ライブが無いウマ娘世界で、なんとかライブを根付かせたい転生者のお話   作:貯金缶

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ファル子の新衣装とか来てくれたら嬉しい。
とにもかくにも、燃料が足りない。


京王杯ジュニアステークス

「はい、はい、お手数お掛けしました。ありがとうございます。それでは、失礼します」

 

 通話ボタンを消して、ふと天井を見る。自分でも気がつかなかったが、疲れているらしく、ため息が出ていた。近くの椅子に座り、背もたれに体重を預けると、椅子が小さく悲鳴をあげた。

 

 これで何度目になるだろうか、深い暗闇の中を船で進むがごとく、目的地への先行きが見通せなくなった。灯台でもあれば、まだましだったかもしれないが、実は大航海時代だったらしい。そのため、俺は、困っていた。現状を考えると、少々楽観的過ぎたのかもしれない。

 

 ウマ娘の競技で使えて、ファル子がキラキラするようなアイドル衣装を作ってくれる被服店が見つからなかった。まずはトレセン学園で使われているメーカーに聞いてみたが、とりつくしまもなく、どこもなしの礫だった。

 

 そうなると、どこかから材料を調達して自分達で作るしかないという考えが頭をよぎった。無駄となろうとも、やるべきことは、練習だと割り切って考えよう。簡単そうで小さい装飾品、今自分の頭の中で思い浮かんでいるブレスレットのような腕飾りから作ってみることにした。

 

 しかしながら、もやもやとした不完全燃焼な状態だったので、気分転換に外へと出掛けることにした。トレセン学園の近くの商店街の中を歩いているとき、ふと、壁に張られたサーカス開催のポスターが目に入った。ちょうどいいことだから、ファル子と一緒に見に行こう。キラキラしているから、ウマドルの為になるだろう。

 

 ポスターに書かれている内容を読んでみる。ウマ娘が色々とするらしいことが分かった。それにしても、ウマ娘が演じるサーカスかぁ。ウマ娘らしい力強いパフォーマンスというか激しい動きがあるんだろう。むむむ、何か喉の奥に小骨が引っ掛かる感じがする。不完全燃焼だった気分に、さらに何者かに化かされているような雰囲気を感じた。

 

 それに微かな苛立ちに似た思いが腹の底で渦巻く気持ちが芽生え、この気持ちをなんとかしなければ、直感的に事態は好転しないことが分かった。

 


 

 これは、とあるトレーナー室の中での出来事である。

 

 男の目の前には数えるのもばからしい数のリボンが入った箱が置かれていた。リボンを購入した際の金額に嘆息しつつ、机の箱を忌々しげに眺めながら、自らの結論をこう述べた。

 

「サスケ、やはり、恐らくは、リボンがスマートファルコンの強さの決めてではない。振り出しに戻った」

 

「へぇ~、そうなの? トレーナー。じゃあさ、ここにある沢山のリボンは、チームのみんなで分けっこするね。いいでしょ? そうしようよ。いっぱい手伝った私たちはそうしたいな~」

 

 複数人のウマ娘が箱をじっと見つめ、今にも箱が燃えだしそうな位な熱量が視線に籠っている状況の中で、サスケと呼ばれたウマ娘がちらちらと自身のトレーナーに目線を配った。

 

「こと、ここに至っては、そうすることにしよう」

 

 その視線に根負けした彼がそう答えると、トレーナー室にいたサスケを除く他のチームメイトのウマ娘達がきゃあきゃあと喧しく騒ぎ立てながら、各々好きなリボンを手に取り、髪の毛につけ始めた。彼女達は、互いにその姿を評価しながら、あれでもないこれでもないと楽しんでいた。

 

 いつも以上に騒がしくなったトレーナー室で、彼はそういえばスマートファルコンは、今日の京王杯ジュニアステークスに出走しているのだったなと思い出した。中継があるはずだから、インターネットのサイトを開いて、チームで見られるようにプロジェクターに映すことにした。中継画像を見るに、どうやらレースの出走までもう少し時間があるようだった。

 

「そろそろ京王杯ジュニアステークスが始まる。ちょっと集中して観るぞ」

 

「トレーナー、今はちょっと無理だと思うよ。まぁ、私は一緒に観るから、お茶淹れてくるね」

 

 敵情視察も重要なことではあるが、サスケを除いて、今のリボンに夢中な彼女たちの耳には入らなかったようだ。年頃の娘達だ。おしゃれの誘惑に勝てないこともあるだろう。さもあらん。それでも、彼女たちを御しきれない自身のトレーナーとしての未熟さに嫌気がさした。これでも俺は分家とはいえシンボリ家の末席にいるはずだ。まだ、終わってはいない。

 


 

 今まさに京王杯ジュニアステークスが始まる前の出走者の控室のときである。

 

「これで、よしっと。今日も可愛いぞ。それと腕飾りの調子はどうかな?」

 

 ファル子は腕飾りをつけた腕を動かし、装着感を確かめていたが、きちんと機能しているらしく、にこやかな笑顔だった。綺麗な光沢を放つ尻尾が艶めかしく左右に振られていた。とにもかくにもファル子は好調だった。

 

 あとは、ファル子にはレースが始まるまでリラックスして時間を過ごしてもらおうとしたとき、ファル子の目から何かしら期待していることを意味する熱光線が俺に放たれた。

 

「何か問題でもあるか? それとも、飲み物? はちみーはちょっとだけなら飲んでもいいよ」

 

 俺の質問を聞いたファル子は、頬を膨らませ、足で控室の床を強く掻いた。『もう分かっていないんだから、私、不機嫌です』といったことが一目瞭然だった。

 

「ファル子、もしかして、あれ?」

 

 自分でも分からないが、とりあえず聞いてみた。

 

「そう、あれだよ。トレーナーさん。早く新曲歌ってよ。ファル子をキラキラにするような歌を唄ってよ」

 

 俺は手元にあったメモ帳から二枚の紙を破り、それぞれの紙に一曲ずつ曲名を書いて、曲名が見えないように両手でファル子に差し出した。

 

「ここに二つの新曲がある。どっちにする?」

 

 ファル子がうーんと悩んでから、指を差した。

 

「ファル子、こっちにする! なんだかビビビッっと三女神様から啓示があったの!」

 

「ふむふむ、こっちか。それでは、トレーナー、早速歌います。新曲『LOVE SICK』です」

 

 俺はPCのミュージックプレイヤーを再生し、音楽を鳴らして、歌を唄った。ファル子の耳がせわしなく動き、体調が絶好調になったことが手に取るように理解できた。これ以上、万全な状態は無いだろう。歌を唄い終わるときには、もうそろそろ出走時間だった

 

「さぁ、キラキラしておいで、ファル子」

 

「ファル子、ファンのみんなをキラキラに輝かせてくるね。もちろん、ファル子もキラキラになって帰ってくるね。じゃあ、行ってきまーす」

 

 控室を出ていくファル子を見送った俺は、重賞の為に用意したファル子を応援するための旗の部品を担いで、観客席に向かうのだった。

 

 ご機嫌な気分で観客先に向かっている俺の耳に会場のアナウンスが入ってきた。

 

「さて、今日も多くの観客が詰め寄せる東京レース場ですが、これから本日のメインレースである京王杯ジュニアステークスが始まりますね。解説者としては、誰が注目すべき選手でしょうか?」

 

 実況のアナウンサーの隣に座り、ヘッドホンとマイクをつけた解説者が質問に対して答える。

 

「3番の彼女が今日のレースの主役でしょうな。既にGⅢを勝っていますし、このままGⅠまで一直線で勝ち上がることは間違いないでしょう」

 

「それでは、他に注目する選手はどなたでしょうか?」

 

 アナウンサーが放ったその質問に困った解説者だったが、これはこういうことを期待されているんだろうなと理解した。

 

「あーっと、それはあのスマートファルコンのことでしょうか?」

 

「そう、その通りです。メイクデビューをある意味一番目立つ恰好で勝利した彼女ですが、解説者としてはどうでしょうか?」

 

「まず、間違いなく実力はあると思います。しかし、トレーナー選びの感性だけは、壊滅的でしょうね。こう、あまり悪く言いたくないのですが、ウマ娘の人生が掛かっているレースでああいうことをするのはちょっとどうかと思います。現状を考えると、トレーナーの指示に違いありません。いたいけな少女をこのような七難八苦に陥れるのは、大人としていかがなものでしょうかと、個人的には思っています」

 

 解説者の言葉に然り然りと頷いたアナウンサーは、続いて情報を出した。

 

「すでにご存じの通り、スマートファルコンは、リボンを付けていますが、今回はそれに加えて腕飾りをつけることになりました。これについては、どうでしょうか?」

 

 解説者は、手の平で顎を撫でつけ、事前に考えておいた回答をした。

 

「個人的には、無駄なウェイトをつけることには、他の選手を舐めているのかと思いますが、全力を出し切った後にライブをする彼女のスタミナであれば、問題無いのかもと錯覚してしまいます」

 

「さぁ、そのようなご意見をいただきました。それでは、京王杯ジュニアステークスがまもなく始まります。中継を見ている皆さんも、自分の推しのウマ娘をぜひとも応援してください」

 


 

 スマートファルコンは、青々としたターフを踏みしめながら、ゆっくりとゲートに入った。周りを軽く見渡すと、メイクデビューのときとは違う、余裕があるウマ娘が何人かいた。きっと経験したレースが多いのだろうことが理解できた。少々、その覇気に尻尾が縮こまったが、レースの後にあるライブを考えると、ファンから勇気を貰えたので、冷静になることができた。

 

 ファンファーレが鳴り響く。音楽が終わった瞬間、ゲートが開いた。既に集中していたスマートファルコンは、自身のトレーナーの言うとおり、ロケットのように飛び出した。走りながら、トレーナーからの説明を思い出した。

 

 京王杯は、まずバックストレッチからのスタートで、まずは坂を上る。その次は、すぐに下る。その先のコーナーを回ったその後は、ゴール前の525.9メートルの直線に入ると、高低差2メートル、全長160メートルの苦しい上り坂が始まり、上りきったあとの直線は、ほぼ平坦であるはずだ。

 

 基本的には、最後の直線での末脚勝負となるらしく、まず、逃げや先行は力尽きることが多い。だが、今の自分ではなんとかなるだろうと思った。その証拠に、今のファル子の目の前には誰もいない。

 

 このままずっと先頭を走れば、ファル子の勝ちだった。最後の上り坂を上り終わったとき、ちらりと後ろを見る。一緒に走り始めていた彼女たちは、未だに後方だった。ファル子は自身の勝利を確信し、そのままゴールを通過し、勝ち切った。これで、重賞初制覇だった。勝利の余韻がつかぬまま、前の方の観客席にいた懸命に旗を振っているトレーナーとファンのみんなに手を振り、クールダウンをした。

 

 ここからがファル子にとっては、本番だった。すなわち、トレーナーと一緒におこなう勝利の凱旋ライブである。

 


 

 ファル子がゴールした瞬間、俺の瞳から涙が零れた。少なくとも、重賞には勝てた。ウマ娘としてのキャリアを確立したファル子の将来は、ある程度、俺がいなくとも安泰だった。一瞬力が抜けた俺が落とした旗を近くのファル子のファンの一人とウマ娘のシャマルちゃんが懸命に支えてくれた。なるべく軽い素材で作ったが、やや重かったらしい。俺はお礼を言って、片手で旗を持ち直し、ファル子に向かって旗を振り続けた。

 

 ファル子がターフから控室へ戻ったことを確認すると、自作の応援旗を持ち運びやすいように解体し、俺自身も控室に戻った。

 

 扉を開けて控え室に入ると、ファル子がキラキラとした笑顔で俺を迎い入れた。見た目は元気はつらつの様子だったが、トレーナーの類いが見れば、その疲労感は一目瞭然だった。事前に持ち込んでいたドリンクをファル子に手渡した。

 

「これでも飲んでリラックスしてから、ライブ会場に行こう」

 

「これは、ちょっと……」

 

 俺自身も喜びやら達成感やら気づかない疲れだろうか、渡したかったドリンクとは違うドリンク、ロイヤルビタージュースを差し出していた。今度はきちんと渡したかったドリンクを差し出し、ファル子はそのドリンクを受け取り、嬉しそうに飲み切った。俺はその様子を見ながら、自身の準備を始めた。そう、これからファル子の勝利の凱歌のライブが始まるのだ。

 

 東京レース場近くの多摩川にあるバーベキュー場にある臨時ライブ会場にて、今まさにスマートファルコンの勝利の凱歌が始まるところだった。俺はいつものようにライブの準備を終え、ネット配信ができるように、ファル子がキラキラに見える画角を調整していた。くそったれ、重賞初制覇の記念の画角が決め切らないまま、ライブが始まった。人が多すぎて見にくいかもしれないけど、仕方が無いが、ここで妥協しよう。次は、伴奏の再生とかをしなければ。

 

「ファンのみんなー! 応援ありがとう! ファル子もファンのみんなもこの曲でキラキラしようね! それでは、唄います。『恋はア・ラ・モード』!

 

 なんとか伴奏用の機材に間に合った俺は、すぐさま行動を開始し、ライブが始まった。ええい、とにもかくにも人が足りない。俺はスーパーマンじゃないんだぞ。ただの人間だ。それでも、限界まで電撃戦のように素早く丁寧に実行をしよう。これもファル子の晴れ舞台だ。この会場は正に『Blitzkrieg Bop』だ。

 

 終わった。ようやく終わったというのもおかしいが終わった。俺自身はまったく楽しめなかった。とにかく忙しかった。誰か手伝ってくれる人がいればいいのだが、人を雇う金など無い! でも、振り返るとファル子は重賞に勝ったし、ちゃんとライブが出来た。終わり良ければ全て良し! 

 

 ライブの撤収作業をしていると、警察がやってきた。事前に申請はしていたが、ライブに来た人が多すぎて、なにやら条例に違反していたらしい。後日、警察署に行くことになった。免許証の住所変更のときにしか行かないから、ちょっとどきどきする。今、しなければならないのは、監督責任者の俺が悪いことは明白ということを主張し、ファル子はどうにか見逃してくれという願いを伝えるだけである。でも、騒ぎになるんだろうなとも思ったし、実際にそうなった。まぁ、色々あったが、次はGⅠレースの準備をしなければならないし、衣装をどうにか都合をつけなければならない。とにもかくにも、色々と忙しいことは明白だった。

 




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