ライブが無いウマ娘世界で、なんとかライブを根付かせたい転生者のお話 作:貯金缶
やっとこさ、ここまで来れました。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
後世のある歴史書においては、重大な会議とされているが、現代の当事者達としては、ぐだぐだな会議が今まさにトレセン学園の一室で行われるのだった。会議室に集まった面々を見渡し、進行役の秘書が話を始める。その姿は、無駄な資料作成のために体力を使い、くたびれていた。
「えー、それでは、時間になりましたので、会議を始めさせていただきます。まず、本会議の趣旨と致しましては…」
理事の一人が古臭い二つ折りの携帯電話で通話をしながら、秘書に対して会議の開始を制止をした。
「ちょっと待って。WEB会議システムが落ちてるみたい。今、再起動しているから、待って欲しいって理事長から電話が来ています」
誰かのパソコンから、年取った女性の声がこだました。
「えっと、こっちのネット環境が悪いのかな?おーい、誰か分かる人いないの~?いないかぁ。」
秘書は書類を会議室の机に置いて、自身の近くにいる秘書見習いという弟子もとい雑用係にお願いをした。
「とりあえずは、お茶でも飲んで待ちますか。君、人数分のお茶をお願いします。私はお茶請けを用意しますので」
お茶を飲み、お茶請けを食べて、少し休憩をした後、回線の調子が良くなったようなので、予定より20分程遅れて会議が始まった。なんという早さだ。いつもよりも一時間は早い。ちょっとだけ秘書は感動していた。ここの人達でも成長するのだと。初めに話そうとした会議の趣旨を述べ始めた。
「ということですので、スマートファルコンを始めとした一部のウマ娘による競技服は、違反ではないかという、世間のご意見に関して、従来の競技服とは別の呼称を用いることとしまして、その別分けをどのようにするのかということを決めたいかと思います。」
興味がなさそうな理事の一人が適当に答えた。
「第一種競技服と第二種競技服とかでいいのでは?」
椅子から立ち上がり、机を両手で叩きつけながら、別のお固そうな理事が反論した。内容は、どうでもいいことだった。
「異議あり!第一類と第二類では?」
煙草を吸おうとして、理事長の秘書からの視線で禁煙週間だったことを思い出し、名残惜しそうに煙草を懐に仕舞った理事の一人が言った。
「いや、そもそも、どちらが一番なんだ?」
保守派の理事が煙草を吸おうとした改革派の理事の元に、バーカウンターで奢りの酒を渡すかのように、飴玉を机の上を滑らせて渡した。派閥は異なるが、タバコが吸えない気持ちは痛いほど分かったので、今この時だけは同士だった。続けて、自分の意見を述べた
「少なくとも従来の競技服が先決だろう」
日和見の理事がお茶を飲み干し、お替わりを雑用係に頼んでから、頭の後ろで手を組んで椅子にもたれかかりつつ、どうでもよさそうな感じで疑問を問いかけた。
「でもさぁ、今後、あの煌びやかなというか従来のとは異なる競技服が主流になったら、結局はあちらが一番になるんじゃないかな?」
一人だけ自宅という安全圏内で葉巻を吸いながら、PC画面上に映る理事長はお茶を濁すかのように適当に話していたが、どうみても何も考えていない様子だった。
「一番とか二番とか決めると色々とありそうだから、甲種と乙種でいいでしょ。今までのが甲種、綺麗な方が乙種ということで。おいっ、今は会議中なんだから、膝の上で大人しくしていてくれ」
無理やり禁煙をさせられている理事達から恨みがましい視線を向けられている理事長は、呑気に猫を膝の上に座らせ、その頭や腹を撫でていた。
この会議に参加している理事達は、誰もが面倒だなぁと考えていたので、ひとまずは、理事長の意見を採用した。
「理事長がそうおっしゃるのならば、致し方ありませんな」
「そうそう」
「はいっ、会議はこれで終わり。撤収しよう」
本当はこの会議はまだ続ける議題があるのに、帰ろうとする理事を引き留めつつも、お固そうな理事は疑念を呈した。
「待った。そうすると、実況でも乙型?乙種?という言い方でいいんでしょうか?なにやらお固そうな感じがしませんか?こう、何と言いますか、若者にウケると言いますか、分かりやすい呼称が必要ではないでしょうか?」
会議室で参加している面々が思った。お前がそれを言うのかと。ただし、猫に夢中の理事長の次に放った一言で決まった。
「勝負するときの服だから、勝負服ということで」
「まぁ、現状はそれでいいんじゃないかな。あまり使う事も無いだろうし、それで次の議題は何かな?秘書君」
秘書は手元の書類をめくり、次の議題を話し始めた。
「次の議題は、あの警察のお世話になったトレーナーの処遇に関してですが、皆さんのお手元の書類に記載された決定事項に何かご意見はございますでしょうか?」
手元の書類を見ることなく、議題を事前に聞かされていた理事達の心は一つだった。臭いものには蓋をするのが一番だ。人それは後回しと言う。
「トレセン学園の隅にトレーナーを隔離しよう」
俺は理事長を始めとするトレセン学園の上層部の格別の計らいにより、トレーナー室の引っ越しをしていた。引っ越し先はトレセン学園の端の方であるが、音楽を鳴らしても周囲の一般住宅に住む人たちに迷惑にならない距離であった。なお、特注である。くっ、こんな特別扱いをしてもらっていいのだろうか、これはGⅠレースに勝てという理事長の後押しなのだろうか。
現実逃避はここまでにしよう。京王杯後のライブで少々やりすぎた。その証拠に俺の手元にはライブの次の日に発行された新聞があった。どこの新聞社も基本的には好意的ではない。大体がトレーナーである俺が悪いという枕詞から始まり、やれリボンは~、とか、最近のウマ娘の規律やら心構えが~とかの論調に繋がり、端的に言ってトレセン学園全体に迷惑をかけている状態だった。
まぁ、これに関しては仕方が無い。時代が俺たちに追い付いていないのだと思い込むことにした。トレーナー室の引っ越しが完了する頃には、綺麗な夕焼けが空に広がっていた。なんだか気分転換に歌でも唄いたい気分だった。
今日のファル子はオフにしていたので、一人でトレセン学園の近くの河川敷で唄っていた。いつもはファル子と一緒に唄っていたので、こんなにも一人で唄う事が寂しいことだとは思わなかった。その日は、何者かの視線を感じている気がしつつも、とぼとぼと歩いて家に帰ったが、あんなことになるとは思っていなかった。
あくる日、ファル子は大はしゃぎで引っ越した新しいトレーナー室で寛いでいた。以前のトレーナー室とは違う新築物件特有の香りに包まれながら、理事長からこっそりと貰った新品の綺麗なソファーに寝ころんでいた。そんなファル子に俺はお茶とお菓子を差しだした。
「お嬢様、こちらかの有名なニルギリの紅茶とお茶請けでございます」
「うむうむ、苦しゅうないぞ。トレーナー君。そこに置いておいてくれ給え。まぁ、それはそれとして、トレーナーさん、その口調はどうしたの?」
ファル子が体を起こし、俺の方を向いていたが、俺はそっけなくその疑問に答えた。
「ただ何となく目に入った雑誌の記事に書いてあったから、真似しただけ。それと、今度、時間があるときにでも、サーカスに行こう」
「それって、デート?デートだよね?キュンキュンしちゃうなぁ。楽しみだなぁ。ファル子、可愛い服の準備をしておくね」
お茶とお菓子を受け取り、尻尾も耳もせわしなく動かして、ふんすふんすと興奮した様子のファル子だった。
「キラキラするためのウマドル修行の一環だよ。それに結構高かったんだからね。お財布に痛い」
「でも、トレーナーさんは、トレセン学園のトレーナーになったんだから、けーひってやつでしょ?」
「なんでも経費になる訳じゃないからね。俺の財布だからね。色々と工夫して食費を削っているんだから、贅沢は敵という訳でもないけど、それでも、ちょっとね」
「じゃあ、トレーナーさんはいつも何を食べてるの?」
俺は冷蔵庫から明日の朝食を取り出し、ファル子に向けて掲げた。その姿を見て、ファル子の顔が梅干しのように萎れた。
「ここに緑色の液体があります。そう、ロイヤルビタージュースだ。これを朝に飲む。以上だ。あとは、ファル子と一緒に食べるご飯かなぁ。まぁ、人間はこれまでの歴史上何度も飢えと戦い、生き残っているから、俺も大丈夫だよ。特殊な事情が無くて、この飽食の時代の日本では、意図しない限り餓死は無いだろうね」
ちょうどよく俺の腹から音が鳴ったが、あえて無視した。目の前のファル子が俺から受け取ったお菓子をあちらこちらへ動かした。なんということだ。このお菓子は絶好調のときのファル子の艶々とした尻尾と同じ位の魅力があるぞ。
「うんうん、分かったから、一緒にこのお菓子食べようね」
どうやら俺の視線がファル子にあげたお菓子に釘付けだったことを見抜かれたようだった。その後、一緒にお菓子を食べましたとさ。
別の日の出来事である。寮の自室でスマートファルコンは、真剣な表情で机を握りこぶしで小突いていた。スピーカーから流れる音楽に合わせて、なにやら歌を唄っているようだった。
「Toi,Toi,Toi…」
同じ部屋にいたエイシンフラッシュが聞きなれた言葉だったために、スマートファルコンに聞いてみた。
「ファルコンさん、どうしたのですか?」
「フラッシュさん、うるさかったかな?ごめんなさい。ちょっと歌の練習をしていただけなの。もう少し静かにするね」
「今のToi,Toi,Toiというのは私の故郷のドイツのおまじないですよ。色々な地方である魔よけの一種です。ですが、どうして、ファルコンさんが唄っているのでしょうか?」
「今度のライブで歌う曲の練習だよ。テーマは歌のお姉さんで、小さい子が歌いやすい歌にしようとしてるの。ここにデモテープがあるから、フラッシュさんも一緒に歌ってみる?」
そうこうして、スマートファルコンとエイシンフラッシュの二人は、一緒にスピーカーから流れる曲に合わせて歌っていたが、途中からエイシンフラッシュがどこかからメトロノームを取り出し、リズムを刻み始めた。
「ファルコンさん、少しテンポが遅れています。気持ち早めに動いてみましょう」
「分かったよ、もうちょっと早くするね」
机を小突く手のテンポが少し早くなったが、スマートファルコンの耳が萎れた。その後、スマートファルコンは、エイシンフラッシュから何度目かのアドバイスを貰った。
「もう少し両手のタイミングを合わせてみましょう。えーと、このタオルを両手で体の左右の外側へ引っ張りながら、机を叩けばタイミングが合いやすくなるでしょう」
「はい」
両手をギアで連結されたように機械的に机を一定のリズムで寸分なく小突くようになったが、スマートファルコンの尻尾が縮こまった。
こんなにも近くに鬼コーチがいることに、今まで気付かなかったことにスマートファルコンは、今更ながらに後悔した。色々とメイクデビューとかで忙しかったけど、これからは、もっとフラッシュさんと交流しようとも思った。これが何かの経験の一つになるはずだから。
それでも、今の状況を考えると、なんだかファル子自身が機械になったようで、自分の想像するウマドルとは、かけ離れていることが理解できた。そんなスマートファルコンの考えを他所に、未だエイシンフラッシュの指摘は収まらず、歌の練習は深夜に突入し、次の日の授業には一緒に遅刻した。
そうして、何気ない日が経過していく。
今週末の8/13は、ナイスネイチャやイクノディクタスが活躍した小倉記念です。
私事ですが、マリアエレーナの2連覇に賭けてみたいと思います。
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