ライブが無いウマ娘世界で、なんとかライブを根付かせたい転生者のお話 作:貯金缶
いつものように暑い夏が来た。ウマ娘にとっては、あまり快適な季節ではないだろう。目の前にいるファル子もあまり良い状態ではないみたいだ。耳も尻尾も垂れ下がっている。やはり、人もウマ娘も暑さには参るものだったのだろう。二人でアイスが溶けるように俺の部屋にある机に顔を伏して、夏休みのトレーニングプランを考えていた。
いつまでもだらだらしている訳にもいけなかったので、とりあえず冷たい飲み物でも飲みながら、ファル子と相談することにしよう。
「ちょっと冷たい飲み物を持ってくるから、ファル子はそこで待っていて」
「はーい、ファル子待ってまーす」
顔を上げてふにゃふにゃとした猫のようになりながらも、ファル子は手のひらをゆらゆらと左右に振って俺を見送った。俺が扉を開けた冷蔵庫の中には、麦茶とミネラルウォーターのペットボトルがあった。どちらにしようかと迷ったが、面倒なので両方持っていくことにした。お盆に二種類のペットボトルとコップを二つ載せてファル子が待つ机に持って行った。お盆を机の上に載せ、ファル子に聞いてみた。
「ファル子は麦茶とミネラルウォーターのどっちがいい?」
「落語家さんの麦茶をちょーだい」
ファル子がちらりとこちらを見て答えた容量が増え続ける落語家の麦茶をコップに注ぎ、ファル子の目の前に差し出すと、ファル子はコップを手に取り、一気に飲み干した。
「トレーナーさん、もう一杯おかわり!」
もう一回ファル子のコップに麦茶を注いで、自分の分のコップにミネラルウォーターを注ぐ直前になって、氷が欲しくなったのでコップを手に取って溢れる寸前まで氷を入れた後、ミネラルウォーターを注いだ。なんとなくファル子の真似をして一気に飲み干した。頭がキーンと痛くなって、意識がはっきりとした。飲み物で一息ついたので、さっそく本題に取り掛かるとしよう。
「夏休みという長い休暇があるのだから、何か特定の能力を集中的に伸ばしたいと思うが、ファル子は何を鍛えたい」
「トレーナーさん、ファル子はスピードを鍛えたーい。それとキラキラとした海に行きたーい」
「スピード中心でトレーニングプランを考えておこう。海じゃなくてプールじゃ駄目なの?それにファル子の友達と行って来たらどうかな?」
「ファル子、お父さんがよくお仕事の都合で日本中飛び回っているから、お母さんと一緒にそれに付き添って引っ越ししているから、今の学校だとあまり友達がいないの」
「いわゆる転勤族か。それはきついな」
「だ、か、ら、トレーナーさんと一緒に遊びたーい。それに、海水浴場の近くの神社で夏祭りもあるらしいよ」
「どこの海水浴場に行きたいんだ?それに親御さんからの了承を必ず貰う事。ふふーん、そうすれば、レンタカーで海へ遊びに行こう」
ファル子の浅はかな考えにちっちっちっと人指しを心の中で左右に振った。大人ってのは、こういうことなのだ。
ファル子がスマートフォンでご両親のどちらかと連絡を始めて、少ししてから通話が終わって、俺に結果を伝えた。
「トレーナーさん、お母さんからOK貰ったよ。ファル子、ここの海水浴場に行きたーい。なんだかドラマで撮影された場所で今人気のスポットだってさ。たぶんウマドルになるためには、こういったキラキラした場所で感性を磨く必要があると思うんだよ」
大人は敗北した。スマートフォンの画面に描かれた地図の印をそんな俺の心境を知らないファル子は指さした。その地図の印を見るにあまり遠くないから日帰りで行けるだろう。いや、そもそも未成年と宿泊してまで旅行することを前提として考えるのはおかしいだろう。ちょっと深く考えてみる。未成年を独身男性の自宅に迎え入れたのも犯罪なのでは?よし、現実逃避をしよう。
「とりあえず、いつ海水浴場に行きたいかの予定を教えてくれ。それとトレーニングも兼ねることにしたから、汚れてもいいトレーニングもできる服も用意してくれ。あと、この距離だと流石に夏祭りは難しいよ」
「だいじょーぶいぶい、お母さんからは許可もらってるから、ファル子はトレーナーさんと一緒に盆踊りを踊りたーい。それにトレーニングウェアは、ちゃんと用意するからね」
ファル子がわちゃわちゃと両手を動かしながら嬉しがって、ファル子の調子が上がった気がする。予定している旅行の日は土曜日だったので、有休をとる必要が無いのが有難かった。
ファル子が俺の家から帰った後、俺は海でしかできないようなトレーニングプランを考えていた。とりあえず海をキーワードに頭に浮かび上がった言葉をノートに書きなぐってみる。遠泳、スイカ割り、砂浜を全力疾走、かき氷、焼きそば、微妙なラーメン、日光浴、ビーチパラソル、ビーチフラッグ、ビーチバレー、砂浜でお城作り…むむっ、フランクフルトと焼きとうもろこしを忘れていた。なんだか滅茶苦茶だった。途中から食べたいものしか書いていないし、最後のほうはただの遊びでしかない。
海に行くのだから、ファル子と一緒に海で泳ごう。あとは、芝は無理だから適当にダートを想定して砂浜を走ればいいだろう。今回はトレーニングよりも休暇に近いのだから、楽しめることをしようと心に書き残した。あれ?そういえば水着とか持って無いぞ。最近のトレンドの水着ってなんだろう?水着を買いに行く必要があるな。
るんるん気分のファル子を助手席に座らせ、朝早く約束の海水浴場に行く日が来た。無事故で行けるように神経を尖らせる。いつも自分しか乗っていないので、人様を隣に乗せるととても緊張する。
「楽しみだねー、トレーナーさん。今日もいい天気で良かったね。ファル子はスイカ割りを最初にしたーい。綺麗に割ってガブリと食べるの」
「すまないが、ちょっと運転で立て込んでいるから、ちょっと待って。スイカ割りは無事?に終わることを願っているよ」
恐らく彼女の膂力だとスイカは無残にも水風船が割れるように砕け散るだろう。念のため掃除用具を持ってきたことに間違いはないはずだ。スイカを置くブルーシートの広さで収まってくれると嬉しいなぁ。砂浜を全力疾走してもらう予定だけど、ファル子の希望を考えると恐らく無理だろうけど、実は芝よりもダートのほうが適正で考えると高いのかもしれない。ただ、芝を走りたいファル子には、勝敗はともかくとして芝を気持ちよく走ってもらいたい気持ちだった。
目的の海水浴場に到着した。俺とファル子は、それぞれ水着に着替えて待ち合わせ場所に向かった。ファル子の水着は流行のデザインだろうか可愛らしかった。こういうときは、ファル子を褒めるべきだろう。ビシッと親指を立てた。
「ファル子のウマドルパワーが最高に高まっているぞ」
「そうでしょ、トレーナーさん!ウマドル目指すファル子にぴったりでしょ」
ファル子はくるりと回って両手でピースサインをした。
砂浜に荷物を置いて、出来るだけ人の少ない場所でスイカ割りの準備を始めた。ブルーシートを敷いて、スイカを置く。
「ファル子、準備ができた。これがスイカを叩く棒だけど、軽く叩くだけでいいからね」
「えー、ファル子、トレーナーさんのちょっといいとこ見てみたーい。ファル子みたいなウマ娘がスイカ割ったら、水風船みたいに砕けちゃうから、もちろんトレーナーさんにお願いするつもりだったよ♪」
「ファル子がやりたかったんじゃないのか?」
「ファル子の最初のファン1号のトレーナーさんのカッコいいところファル子見てみたーい」
「まぁ、叩く準備はするよ」
俺は目隠しをして地面に突き刺した棒を額につけて、棒を中心にくるくると回って方向感覚を惑わせ、ファル子の声を待った。
「ファル子、どうすればいい?」
「トレーナーさん、まずは後ろを向いて、十歩くらい前に進んで」
「よし、まず後ろを向く、前に十歩」
俺は後ろを向いてから十歩くらい前に歩いた。
「ファル子、どうすればいい?」
「えーとうーんと右にちょっと向いてから3歩歩いて、勢いよく叩いて」
「分かった!」
俺は自分の感覚に従い、右にちょっと向いて3歩歩いて、示現流の如く棒を叩きつけた。手ごたえあり!目隠しを外す。目の前には微妙に割れたスイカがあった。二の太刀を素早く用意する。いわゆる包丁である。
「トレーナーさん、このスイカ甘くておいしいね」
ファル子は俺が食べやすく切ったスイカをぱくぱく食べていた。栄養学的には水分が多いから体調に影響を及ぼすことがなく大丈夫だと思う。でもね、結構高かったんだけどな、そのスイカ。久しぶりのそれなりの支出だった。まぁ、ファル子が喜んでいるからいいか。その後は、適当に一緒にウマ娘基準の遠泳をしてから水辺でバシャバシャと水をかけあった。
さてさて、いろいろと遊んだので砂浜でのトレーニングの時間が来た。ファル子はきちんとトレーニングウェアに着替えて準備万端で待っていた。俺は手元にあるトレーニングプランを見ながら、ファル子に今日のトレーニングを指示する。
「普通では出来ないダートを想定したトレーニングをしよう。スピードも大事だが加速力をつけるパワーも重要だ。人の居ないところで何回か全力疾走してくれ」
「分かったよ、トレーナーさん。ファル子のっ!ふぁるふぁるスイッチ!おんっ☆」
ファル子が全力疾走する姿を見て、素人ながらダートで走るための天性の才能をファル子は捧げられて生まれたんだろうと思ってしまった。だがしかしながら、ここは本人の思うがままさせる方がいいと思った。こんなことを考える時点でトレーナー失格と自覚したが、俺の人生は既にファル子にベットしている。オールインである。ただあるがままに進むのだ。ファル子と一緒に芝をひたすら走るしかない。
トレーニングが終わった。なので、近くの神社の夏祭りに出発である。むむむ、盆踊りってどうすればいいのか分からない。
「トレーナーさん、こうやって一緒に踊って!ウマドルの一歩なんだから、ファル子とトレーナーさんとの共同作業だよ☆」
俺は拙かったがファル子はウマドルのように盆踊りを一緒に踊った。なんというか心から熱狂した感じだった。そうして、俺とファル子の休暇が終わった。
はしゃぎ過ぎたのだろういつの間にか眠ってしまったファル子を助手席に座らせつつ、俺は車を運転し家路に着いた。事前に教えてもらっていたファル子の家の前に車を止めて、寝ているファル子の肩を揺すって起こし、家に帰らせようとした。
「ファル子、起きろ!ファル子!なぜ起きない!」
寝ぼけたファル子の頭がウマ娘の膂力によって、俺の腹に突き刺さった。これはヤバいやつだ。俺の肋骨は無事だろうか。俺の苦痛を他所にして眠りから覚めたファル子はるんるん気分で家に帰っていった。俺はしばしば腹を抱えて苦悶の表情を浮かべながら、車を運転して自宅に帰った。後日、病院に行ったが、案の定、俺の肋骨は折れていた。
そうして、ファル子との初めての夏が終わった。
もうちょっと推敲とかしたいけど、後でいいか。
時間に余裕が出来たら、改訂します。
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他の作品も見ていただけると幸いです。
(特に「ドワーフが少女のために生活用品とか作る話」とかいかかでしょうか?)