次の休み、今度は暁山さんに指定されたファミレスまでやってきていた。連絡役兼仲介人として参加するらしく、あちらの案内の方は問題ないらしい。
私は予定の時間より10分ほど早く到着し、三人でテーブル席を確保する。普段なら理那も付いてくるかと思ったけど……
『あー、ごめん。私その日別の予定があるんだよね』
と彼女らしからぬノリの悪さで断られてしまった。そういう日もあるだろう。
ひとまず暁山さんに席を確保したことを連絡する。するとすぐに返信が返ってきた。
『ごめーん、ちょっと遅くなるから先に注文しちゃってて』
こちらは一人だがあちらは二人、予測できない事柄で片方が遅れることもあり得る。
そんな不自由さも他人と関わる醍醐味なのだと噛み砕き、あるものとして受け入れていた。
注文といっても特別なにか欲しいわけでもないので、ドリンクバーを頼みセルフサービスのティーバッグで紅茶を抽出する。
安物でこの前行ったライブ&カフェバーに比べれば天と地ほどの差だが、元より求めていないので気にすることはない。
一応今日出会う人のために作曲の道具も持参しているが、今は手をつけるべきではないだろう。
ただひたすらに紅茶を飲むことに時間を費やし、集合時間から10分ほど遅れて二人は現れた。
「居た居た。ほら奏、こっちだよ!」
「み、瑞希……もう少しゆっくり……」
ボストンバッグを手にした暁山さんに導かれジャージ姿の少女と相見える。顔が青ざめているように見えるけれど。
「烏丸さんの方に荷物置いてもいいかな?」
「はい、構いませんよ」
鞄を受け取りそこそこの重みを感じる。虚弱そうに見える彼女だけれど、なにかスポーツでもやっているのかな。
「お久しぶりです、宵崎さん。こんなに早く再会できるとは思っていませんでした」
「あ、うん……ごめんね。私の都合で呼び出しちゃったのに、遅れて」
「いえいえ。今日は一日暇ですから、お気になさらず」
「もー、そんな固い挨拶いいからさ。奏も座って! 昨日から何にも食べてないんでしょ?」
「ううん、昨日はゼリー飲料を少し」
「そんなのじゃ全然お腹膨れないよ! ほら、メニュー選んで。ボクはいつも通りのポテト大盛りにするからさ」
こうして見ているとなんとも不思議だ。お互い気の合う性格には見えず、絶えず暁山さんが宵崎さんを引っ張っているような気がする。側から見た理那と私もこんな風に見えてたりするのかな。
「烏丸さんは何か頼む?」
「私は大丈夫です」
そういってカップに入った紅茶を見せるも、暁山さんは浮かない表情だった。
「……もしかして曲作る人ってみんなそんな食生活だったりする?」
「私はちゃんと朝ごはんも食べてますからそんなことはないと思いますよ」
ただ、昔は作業に没頭しすぎて叔母さんの差し入れだけで凌いでいた時期もあったっけ。あの時も含めて叔父と叔母には感謝しかない。
だからこそ、宵崎さんの入れ込み具合も分からなくはない。彼女は坦々麺を注文し、出揃うまでは何気ない世間話を始める。
ひとまずボストンバッグに視線を送りながら、先ほど疑問に思ったことを口にしてみることに。
「宵崎さんは何かスポーツでもされているんですか?」
「ううん、それはお見舞いの荷物。お父さんが入院してるから」
「……すみません、失礼なことを聞きましたね」
「気にしてないよ。大丈夫」
どうやらあまり良くないことだったらしい。すかさず詫びを入れるも静かに首を横に振っていた。どうやら本当に気にしていないみたい。
私も身の上話をするときはどうしてもそういった事情が付き物なので、彼女としても慣れっこなのかもしれない。
「うーん、二人とも固いなあ……そうだ、こんな機会だし名前で呼んでもいい?」
「問題ありません。宵崎さんもよければ」
「あ、うん……烏……言葉さん」
「言葉も折角だしボクのことは名前で呼んじゃっていいよ。同い年だからさ」
「ああいえ、私は大丈夫です」
機に乗じて暁山さんも私に名前で呼ぶことを希望してくるが、首を横に振る。
どこかで関係が拗れた場合、慣れ親しんだ呼び方を続けるのも、改めて変えることも憚られるからだ。そうなるくらいなら、私は一定の距離を取る。
「えー、理那のことは呼び捨てで呼んでるのにー」
「あれは、理那が私の相方だからです」
「理那って、この前一緒にいた人だよね。じゃあ、やっぱりあの曲って」
「はい、私の作った曲ですよ。即興ですが」
話題を捻じ曲げながらも本題に持っていく宵崎さん。目が輝いているといえばそうだし、結論を急いているような気もした。
落ち着いて、ゆっくりと答えるために私は最後になった紅茶で喉を潤す。でもまずは先制として話題の一つを潰しておこう。
「なんでもSNSではそこそこ伸びてるようで。私には興味のない話ですが」
「あんまりそういうことは気にしないんだね」
「はい。特別誰かに向けた曲でもありませんし」
強いていうならあの場所にあったピアノのための曲、あの場所に向けた曲だ。SNSで拡散されるとは思わなかったけれど、私の顔が写っているわけでもないし問題はない。
「そっか。誰かに向けた曲じゃなかったから、あんなに寂しそうだったんだね」
「寂しい、ですか。……そういえば、宵崎さんは音楽サークルに入っているんでしたね。宵崎さんはどういった事をされているんですか?」
何やら勘違いされそうなので早急に話題を転換する。あまり私自身について考えてほしくない。
理那のように直接口に出してくれるならまだしも、彼女はそう言った性格じゃないと思うから想像して終わりだろう。
まあ、私も憶測で物を言わないのは同じなんだけど。
「私も作曲だよ。言葉さんとは方向性が違うけど……」
「もし宜しければその方向性という物を教えていただけませんか?」
私に足りない楽曲の中身の部分。楽曲からある程度読み取れるその人の意思である。参考材料は多ければ多いほどいい。
「うん。私は、誰かを救いたい。それに、笑顔になってほしいから」
「……なるほど、それは素晴らしいですね。信じるものは救われる、といいますから」
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しい」
安心した笑みを浮かべる彼女だが、恐らく愛想笑いでしかないだろう。でもこれが私の出来る精一杯の答えだ。
私は人を救おうだなんて大きなことを望んだこともないから。
「言葉さんは、どういう想いで曲を作ってる?」
「私は特に何も。趣味、といえばいいのでしょうか。それをしてないと落ち着かないタチでして」
「特に……そっか」
「へー! 趣味が作曲なんだ。それなら動画とかにも上げてたりする?」
「はい。よければお教えしますよ」
「ありがとー! あ、それならボク達のチャンネルもお教えちゃうねー」
暁山さんとURLを交換してからは、ずっとマシンガントークで主導権を取られてしまった。
宵崎さんにとってはそれが日常茶飯事というように聞いており、私も真似て丁寧に避けたり答えたりしていく。
そんな形で時間が過ぎていき、あっという間に解散になった。
「それでは私はここで」
「また学校でねー」
「じゃあ、またいつか」
ありきたりな言葉を交わした帰り道。私は以前教えてもらった動画から動画投稿者のページに飛び、他の楽曲へと耳を傾ける。
25時、ナイトコードで。それが彼女達の音楽としての名前であった。
聞こえてくるのは優しい音色に優しい歌詞。なるほど、誰かを救うにはこういう曲が一番だと思う。ある時期からは全てそのような楽曲で固まっていた。
「……これも、違うかな」
耳からイヤホンを外す。得られた成果は、少なかった。
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一方の奏も、帰ってから瑞希より送られてきたリンクを開き楽曲に耳を傾けていた。楽曲を投稿しているのなら、その傾向から彼女の想いが掴めるかもと詮索する。
しかし耳に飛び込んでくるのはピアノの時とは打って変わったジャンルの数々。
聴き馴染みのあるバーチャル・シンガーが紡いでいても、楽曲ごとの顔がまるで違っていた。
「この民族音楽のだけ再生数が多いけど、多分雰囲気が合ってるから」
人気のジャンルで得られた一定の評価。形式ばった音楽で、彼女自身の顔が見えてこない。
『私は特に何も』
「本当に、何も想わずに作ってる……でもそれじゃ、誰の心にも届かないのに」
それでも彼女には目に見える実績がある。SNSで拡散されていた動画がそうで、曲に対しての感想だってある。
『特別誰かに向けた曲でもありませんし』
「それなら、この寂しい音色はどうやって……?」
顔の見えない少女との出会いは、奏にとって後ろ髪を引かれる思いを残したのだった。