日も暮れて宿泊施設に移動した私達は各々の部屋で寛いでいた。典型的な年代物のホテルだけど意外にも部屋はしっかりしていた。それでも黄ばんだ白の壁とか数世代前の絨毯とか、どこか時代遅れ感が否めない。
「えーっと、食事も入浴施設もないから最寄りの施設で、ね。なるほどここで抑えてるわけだ」
隣では同室になった理那がなるほどとしおりを読んで納得していた。確かに飯無し風呂無しとなればかなり予算が抑えられる。ホテルと言ってもビジネスホテルに近いものなんだろう。スキー場という観光名所がある時点で周囲の街は相応に発展するし、お互いの施設同士でWinWinな関係を築いているのかもしれない。
「言葉はご飯にする? お風呂にする? それともナイタースキーしにいく?」
「どれも無しで。もうちょっとゆっくりしてるよ」
「その返事は一番ダメだね。お嫁さんに愛想尽かされる旦那さんの典型例だ」
「そもそも私は女なんだけど……」
食べ物にこだわりもなく、焦って入浴施設に駆け込む必要もなく、最後は流石になし。理那が突っかかってくるけど今は慣れない部屋に心を慣らしておきたい。流石の私も家族や親戚以外の誰かと泊まるのは久しぶりの経験だから。
「勿体無いなー、折角の高校生旅行だよ? それにほら、しおりにも書いてあるじゃん。外出時は二人以上でって」
「楽しみ方は色々あるからね。それより理那の方こそ友達から呼ばれてないの?」
「ううんこれから誘うとこー……あ、そうだ。ちょっと待ってて!」
他人が見ていたら「これで本当に相方なのか」と聞かれかねない対応を返していると、理那は何かを思いついたようで部屋を飛び出していった。なんとなくだけど嫌な予感がする。彼女の直感によって導き出された解は時として常識が通用しないから、真っ向から立ち向かっても勝てない。
待っててと言われたものの、こっそり部屋から抜け出そうとして。
「烏丸さんからのお誘いなんて珍しいね。何かあったの?」
「いやー、私も知らなかったんだけど無類の温泉好きらしくってさ。折角なら皆さんで楽しみましょう、って」
「だからって何もオレ達まで誘うことはないだろ」
「いいじゃないか彰人。周りのメンバーと交流を深めるいい機会だ」
理那とVivid BAD SQUADの三人に回り込まれてしまった。
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「なーんだ、結局は理那の作り話かー」
「あの委員長のことだから、んなことだろうと思ったけどな」
「ごめんごめん。でもみんなで旅行だよ? 皆で楽しんで思い出作ったもの勝ちじゃん!」
「斑鳩の言う通りだ。仲間との思い出は何にも変え難い」
逃げることに失敗した私はそのまま温泉へと連行され入浴。大浴場や露天風呂、サウナなども存分に揃えていたのは驚いた。
しかし堪能出来たかというとそうでもない。理那や白石さんから質問攻めにあったり絡まれたりと、ゆっくり出来なかった。あと単純に他の学生も目立ったから落ち着かない。
とりあえず、深夜までやってるみたいなので遅くなったら一人で来よう。無論先生の外出許可をとってだ。
そして今は再び東雲君・青柳君と合流して施設内を散策していた。勿論これも理那の提案である。食事処やマッサージルーム、岩盤浴やら多岐に渡る中、たどり着いたのは遊戯室だった。
ボードゲームのレンタルや雀卓と古今に渡る娯楽の中で、一際目を引いたのは。
「お、卓球台まであるな」
「じゃあ折角だしやってく? あ、ビリの人はみんなに牛乳奢りで」
「よし乗った! えーっと五人だしとりあえずジャンケンで決めよっか」
ジャンケンの勝敗でトーナメント表が埋まっていく。試合数が三試合の所は白石さんと東雲君。二試合のところは私と青柳君。残った理那は不戦勝の枠に収まった。
「それじゃあ11点マッチの1ゲームで終わり、杏と彰人君から初めてねー」
「オッケー、じゃあ彰人、悪いけど本気に行かせてもらうからね」
「当たり前だ。どっかの誰かみたいに手抜いたりしたら許さねえからな」
こうして火蓋は切られ、激しい攻防戦が繰り広げられる。白石さんはテクニカルに際どい場所を狙い撃ち、対する東雲君は軽いフットワークで際どい球でも難なく返していた。
「羽付きの時もそうだったが、やはり二人はとても効率よく動けているな」
「羽付き?」
「ああ。前に友人達と羽付きをやったんだが、その時は俺が彰人の足を引っ張ってしまったからな」
自虐、というより事実なんだろう。機敏に動く
互いの点数は均衡し東雲君がマッチポイント。しかし白石さんも追いつけばデュースという所でラリーが続いている。
「やるね彰人、じゃあこれならどう!」
先に白石さんが狙ったのはコートの縁ギリギリ。アウトの判断が難しく普通なら見送りそうな軌道だった。
「そう来ると思ったよ!」
「えっ、嘘っ!?」
しかし元より狙いをつけていたのか難なく返してみせ、逆に甘い球を誘発した。そこを逃すほど彼は甘い人間じゃない。強烈なスマッシュが白石さんのコートに突き刺さり、後方へと消えていった。
「彰人君の勝ちー! 杏も中々いい勝負してたよ」
「流石にアレ返されるとは思わなかったなー」
「ヤマ張るのは慣れてるんだよ。じゃあ次は冬弥と委員長か」
「そうだな。俺も彰人に続くとしよう」
「初心者だからお手柔らかにね、青柳君」
「大丈夫、俺も初体験だ」
サーブ権を譲りラケットを白石さんから受け取る。意外と重いし大きい。
「ルール説明はさっきの試合見てたからいいよね?」
「ああ、動きの方も大体イメージ出来ている。いつでも始めてほしい」
「私も大丈夫だよ」
彼なりの満ちる闘志を目の前にしつつ、なるようにしかならないと身構える。初体験とはいうけれどあの真面目な青柳君が相手だと意外にもやってのけるかもしれないし……
「じゃあ11点の1本先取で、スタート!」
「──はっ!」
青柳君の振るったサーブは──空を切り球は床へと落ちた。
「……えーっと、とりあえず言葉に1点ね。サーブは二本交代だからもう一回やってみて」
「そうか、すまない」
再び構える青柳君。初体験ならよくあるミスだろうと次に備える。しかし次のサーブも空振りに終わった。
「あちゃー……」
「やっぱりこうなるか……」
「あらら。それじゃあ、やってみせなよ言葉!」
観戦していた白石さんと東雲君も頭を抱えている。どうやら彼はイメージをするのは得意でも形にするのが難しいらしい。そのまま私にサーブ権が移り、とりあえず構えてみる。理那が審判とは思えない発言をしているけど無視で。
「っ!」
私がトスした球もラケットに当たることなく床へと落ちる。
「ちょいちょいちょーい! 言葉もかーい!」
「だって私もやったことなかったし」
「えー……あー、これは早く決まりそうだなあ」
それからもお互いにサーブミスを重ねて点数を交換していき、最終的には偶然決まった青柳君のサーブが決定打となって決着となった。
「ねえ杏、これでビリで奢りって酷くない?」
「いや、私だって予想付かないよこんなこと!?」
「とりあえず、オレ達の中で負けたやつが奢りってことでいいだろ」
なおここから先のことも考えて、ルールがトーナメントから三人のリーグ戦になったのは言うまでもない。