──烏丸宅、言葉の部屋にて
『ねえ、これ私に歌わせてよ』
自分の部屋に篭って作曲していてもその言葉が反芻される。何を思ってそう口にしたのか分からない。
とりあえずその日は考えておくと答え、時間稼ぎに自分の曲を投稿しているサイトと曲名を教えておいた。
歌詞だけでは判断に困るだろうし、曲を聞いてから無理という可能性だって考えられる。
彼女の容姿やノリを考えれば何にも考えていない、という確率が高いけれど私にとってそうは思えなかった。
「普通人が作曲してたら、凄いね、とか聞かせて、しか言わないのに」
音楽業界トップを走る作曲家の曲でもなければ、動画サイトでミリオンを超えるような作曲者でもない。アマチュアもいいところの私の歌詞を、歌いたいと普通思うだろうか。
明日になれば私の曲も聴いたことで意見が変わるかもしれないし、期待しないで待っていよう。
『言葉ちゃーん、ご飯よー』
「はーい」
悶々とした感情を抱きながらも、晩ごはんの為に離席。食卓には多くの料理が並んでおり、既に
「今日も凄い量ですね」
「もうそろそろお料理教室があるらしいので、試作品を試していたそうですよ」
「言葉ちゃんの口に合うといいんだけれど」
「「「いただきます」」」
手を合わせた後、おかずを口へと運ぶ。
「美味しいです。
「よかった! たくさんあるからどんどん食べてね」
「と言っても、言葉さんはあまり量は食べられないでしょう?」
「あはは、
どこか距離を感じる会話だけれど何も間違っていない。
私の家族は幼い時に亡くなった。かろうじて叔父さんが居てくれた為施設送りは免れ、高校まで上がることができた。二人には感謝しても仕切れない為こうして今も敬語を使っている。
「ねえ言葉ちゃん、学校ではうまくやれてる?」
「はい、何も問題は起こしてませんよ。むしろ成績優秀だと誉められるくらいですから」
「そういう事ではないのですが、学校での話を全く聞かないので」
私は笑顔を浮かべているけれど、二人はどこか寂しそうな目をしている。
自分で語ることもなければ、語られることもない平凡な生活ということだけれど、求められているのはそういう事ではないらしい。
「お部屋でも作曲、だったかしら。そればっかりで嫌な事でもあるのかなって」
「ふふ、問題があったらすぐ相談するから」
私の境遇は他人にとって受け入れ難いものなのかもしれない。それでも、今の私は。
「大丈夫だよ。私は今、幸せだから。ご馳走様」
「あら、もういいの?」
「こんなにいっぱい食べられませんから。ただ勿体無いので明日のお弁当に詰めてくれたら嬉しいです」
食事を終えて自分の部屋に戻れば再びパソコンと向かい合う。寝る時間も惜しいというわけではないけれど、やることもないので、というやつだ。
ルーズリーフの
普段の私とは違う私になるように、電子の世界から聞こえる音色で私の想いを変えていく。
「貴方の人生だから、進まなきゃ」
そんな言葉と共に音楽ファイルを書き出すのだった。
/////////////////
──シブヤ某所、ライブハウス前にて
「お疲れ様でしたー」
夜の帳も落ちたシブヤの裏路地、ライブハウスを後にする一人の少女の姿。フードを深く被り、なお隙間から伸びる赤色の髪が特徴的だった。
抜けた先の正面入り口では、まだ熱気の冷めない客達が思い思いの感想を述べている。
「今日もイマイチだったな」
「ああ、いい声してんだがノリもなにもない。曲に救われてるって感じだな」
観客の批評が積もる中をかき分け、振り払うように少女は駆け出した。やがてたどり着いた公園のベンチに座り込み項垂れる。
「あ、理那。そんなところで何してるの?」
「ん? 杏こそこんな時間に珍しいじゃん。相棒の子は一緒じゃないの」
「流石にこの時間まで連れ回さないよ。それより、今日も良かったじゃん!」
夜風に舞う星を髪に纏わせた少女がスポーツドリンクを差し出す。名前は
ありがたく受け取りはしたものの、口にすることはない。どうやらそこまで思い詰めている様子。
「……あんなの言わせておきなって。理那だったらすぐにでもギャフンって言わせられるからさ!」
「ありがと、他でもない杏が言うんだからそんな気してくるよ」
クラスで見せた明るさはどこへやら、静かなところを求めてベンチを立つ。
「明日も学校だし今日は帰るよ。またね、杏」
「あ、うん」
ひどく落ち込んだ様子の彼女へかける言葉が見つからず、そのまま去る背中を目で追うことしかできない。
「解ってる。乗れてないってこと、私が一番解ってるんだ……」
悲痛な声は誰かに届くこともなく、夜の街へと消えていく。
トボトボと歩いて辿りついたのは彼女の家。
「お父さんは……そっか、海外出張だもんね」
明かりのない部屋を進み汚れた自室へとなんとか踏み込む。床には医学書が散乱しており、足の踏み場もなかった。
といっても過去に買い揃えただけに過ぎず、今や無用の長物として部屋の一部を占拠しているに過ぎない。
「いらないなら捨てたらいいんだけど、そういうわけにもいかないしなー」
理那の部屋を埋めるのはいつも本ばかり。しかも全て自分で選んだものなのだからタチが悪かった。
気が荒れている為余計邪魔に写るものの、蔑ろにしないのは思い入れがあるからか。それは彼女にしかわからない。
「とりあえず、委員長から曲教えて貰ってたし聴いてみよ」
そんな現実から逃げるように動画サイトで検索を掛ければ、10万再生ほどの楽曲がトップに躍り出る。
いくつか関連動画も上がっているものの、オリジナルに勝るものはない。
「……んー、寂しいな」
最初の感想はそれだった。哀愁たっぷりに奏られた笛の音と歌詞。
しかも歌っているのが男性のバーチャルシンガー、カイトであるためある一定の共通認識が存在した。
「寂しいけど、まあ、後悔とかそんなのじゃないね」
ただ終わりを告げるだけの旋律は、荒れていた心を静かに落ち着ける。興味を持った彼女は投稿者の動画を漁ってみることにしたのだが。
「なんか、雰囲気違い過ぎてわけわかんないな」
ポップ、ジャズ、ロック、果てにはミュージカルまで。多種多様なジャンルを一通り制覇しているし、彼女が聞くに耐えぬものは一つもない。
それなのに、理那は一つとして納得出来るものがなかった。そうしていたった結論。
「これ、ガワは出来てるのに中身が空っぽだ」
巧妙なハリボテ。作者の真意が見てとれないお手本のような音楽。しかしどうしてか、彼女の直感は未だに変わらない。
「私が歌ったらどうなるんだろう」
そんな一つの期待を胸に、彼女はベッドで天を仰ぐのであった。
では、次回をお楽しみに。