私の発言に暁山さんは思わず足を止める。何か不味いことでも言っただろうか。
「もしかして言葉、知らなかったの?」
「はい。普段から制服もそうですし、スキーウェアも女物でしたからてっきり」
「あー、そうなんだ。知らなかった、んだね」
今までフレンドリーだった暁山さんは見るからにこちらを避けるような動きをしている。どうやら今まで何気なく接していたのも、知っているからという認識の齟齬から発生したものらしい。知っている上でなお気にしない相手を求めていたんだと思う。
しかしここで明らかになった以上、どう転ぶかは分からない。そして大概人はこういう時異常だと感じるだろう。
でも、私にとってはどうでもいい。
「気にしないでください。そんな些細な事で敬遠なんてしませんよ」
「まあ、言葉だもんね。ごめん。まさか知らないなんて思わなかったからさ」
結構噂にもなってるんだけどなー、と苦笑いを浮かべながらもなんとか距離を取り持ってくれる。再び歩き始めてくれるも、その歩幅は小さかった。
「ただ、さ。思うことはあるよね。それが知りたいなー、なんて」
今までの経緯から私が動じないことは知ってくれているとは思うけど、ここでも通用するかは分からない。デリケートな問題だからこそ、感じていることを伝えないといけない。でもその前に確認しないといけないことがある。
「その前に、暁山さんが何故その格好に行き着いたのか気になりますが」
「だって、カワイイから」
「そうですね。男物に可愛さは求められません」
ある一定の派手さはあっても可愛いを求められることはない。あったとしても幼少期の子供服くらいでそういったジャンルは潮時だろう。高校生にもなればそれ相応の格好を求められる。
一部敏感な問題を抱えていると思いきや、そうでないみたいで助かった。
「なら別に気にする事でもありません。ネットで異性のアバターを借ることだってありますから」
「いや、それは本人じゃないから出来るっていうか、ネットだから出来るっていうか」
「ではコスプレは? 理那のように同性を演じることもあれば、異性を演じることもあるでしょう」
「それはそういうイベントだからで」
わかりやすい例えを用意するも、どうやら暁山さんの納得を得るには足りないみたいだ。根底にあるものは同じだけれど、それを現実かつ日常的にするとなると話が変わってくるのは分からなくはない。後ここまで臆病なのも、今まで否定されてきた期間が長かったんだろう。いや、噂と言っていた以上それは今も続いている。
それだけに、表面上の関係だったとしても『理解者』であれば依存してしまう存在。
「やっぱり言葉も変だって思うよね。ごめん、今まで無理させちゃって」
おそらくスキーウェアを選んでくれた時のことを言ってるんだろう。私が何も言わなかったから、相手に合わせているんだと思われてしまう。
また誰かが一般論を並べて誤解していく。そんなのはまっぴらごめんだ。
「この際ですのではっきりさせましょう」
「え?」
逃げ出そうとする暁山さんの前に立ちはだかる。外出禁止時間を迎えようとしているがお構いなしだった。
「暁山さんは可愛い自分が好き。私はそう理解しました。それでは不満ですか」
「いや、不満じゃないけど……その、言葉はそれでいいの? 変だって思わないの?」
そんなことで私は動じない。例え常に女物の服を着ていようが、サングラスで変装していようが、その人が良しとするなら否定することはない。
「ここまで関わっているからこそ、嫌ならはっきり言います」
「じゃあ、スキーウェア選んだ時も嫌だったら言ってた?」
「はい。私の代わりに選んでくれてありがとうございます」
嫌なものは嫌と言えるくらいには私にだって意志がある。あの時感謝を伝えることは出来なかったけれど、今なら遅くはないだろう。
予想外の言葉だったのか暁山さんはしばらくポカンとしていた。しかし段々と意味を理解して明るい表情になっていく。
「そっかそっか! そうだよね、言葉なら嫌って言うよね!」
「はい。暁山さんの趣味趣向にとやかく言うことはありません」
「それはちょっと寂しいけど……」
「それにそういう暁山さんの事を、少し尊敬しているんですよ」
「……そっか。ありがとう」
暁山さんが100%望んだ答えではなかったのかもしれないけれど、考えるのをやめたのかホテルに向かって歩き出す。今何を考えているか私にはわからないけれど、きっと悪いものではないはずだと思いたい。
私の横を過ぎ去る背中に向けて、私の気持ちを後押ししておこう。
「そういえば暁山さん、バーチャルシンガーの曲は聞かれますか?」
「え、うん。聞くけど急にどうしたの?」
「後で私のおすすめをお送りしようかと思いまして」
置いていかれないように私もホテルへ向かう。なお到着した矢先に二人で先生からお説教を受けたのは内緒だ。
/////////////////
──瑞希の合宿部屋にて
他の生徒とのトラブルを避けるためかそれとも偶然かは分からないけど、一人部屋になったボクは帰って早々パジャマに着替えてベッドに飛び込む。家のより硬くて寝心地は悪そうだけど、昼はスキーで楽しんだし自然と眠くなると思う。
なーんて思っていたけど、普段はナイトコードで集まって作業しているからか、全然眠くならない。でもパソコンなんて無いから作業できないし。暇を持て余した結果、セカイに行くことにした。
「うーん、流石に皆は作業中かなー」
フラフラとセカイを彷徨って皆の姿を探してみるけど、作業に入っているのか見当たらない。その代わりに揺れる白いリボンが見えた。特に何かしてるわけでもなく、向こうも散歩をしてるみたいだった。軽く手を振ってみると向こうも気づいたみたい。
「やっほーリン」
「瑞希。どうしたの」
「ちょうど一人で眠れなくてさ。リンは何してたの?」
「別に」
特に興味もないのか、素直じゃないのか。そっけない返事で返す少女の名前は鏡音リン。バーチャルシンガーだ。あ、でもちょっと嬉しそうにリボンが揺れてる。やっぱり素直じゃないなー。
かと言ってお互い特に何かしてたわけじゃないし、ボクに話題があるわけじゃない。合宿のことを話してもいいけど……あ、ゲレンデの写真とか撮った方がよかった。
そうして話題に悩んでいるとスマホの通知が鳴る。相手は言葉からだった。なんの前置きもなくURLだけが添付されている。
「あ、言ってた曲ってこれかな?」
「曲?」
「うん、友達がおすすめって言ってたから。よかったらリンも聞いていく?」
「……うん」
テコテコと小走りでそばに寄る彼女を導きながら、手頃なセカイの残骸に腰をかける。リンが隣に座ってから、再生。
スマホから聞こえてくるのは、カイトが歌う雪の曲。不思議と背中を押してくれるような、あったかい曲だった。
「へー、言葉ってこんな曲聞くんだ。意外かも」
「不思議な曲。奏が作る曲と全然違う」
「そうだね。奏の曲とは違うね」
奏の曲は暗いところでも一筋の光が見えるような曲だ。この曲はずっと手を差し伸べてくれる曲。それなのに、どこか寂しいような……
『後で私のおすすめをお送りしようかと思いまして』
「(相変わらず何を考えてるのか分からないなぁ)」
「(けどここまでしてくれるのは、嬉しいな)」
そんなことを思いながら、ボクは曲をお気に入り登録するのだった。
/////////////////
翌日のスキー練習も私は草薙さんと一緒に麓でのんびりしていた。理那が誘ってくれたけど無理に引っ張ろうとしなかったことには感謝している。
「烏丸さんはいいの? せっかく友達が誘ってくれたのに」
「私はこうやって眺めている方が好きなんですよ。草薙さんも良ければ私に構わず滑ってきてください」
「いや、私もいいかな……あんまり得意じゃないし」
いく宛もなくただ時間を消費する。今日もまた何事もなく終わりそうだと油断をしていると、背後からピンク色の影が現れた。
「あ、言葉! こんなところに居たんだー。もう探したよー」
「暁山さん? どうしたんですか急に」
「ボクがせっかく可愛いスキーウェア選んであげたのに滑らないなんて勿体無いよ! ほらほら、一緒に滑ろう!」
「あっ、ちょっ」
こちらの同意もなしに背中を押しリフトに乗せる。隣には笑顔の暁山さんがいた。
「暁山さん、私はまだ滑るとは」
「何事も楽しまなきゃ損だよ。それに、瑞希でいいよ」
私の意見がどう影響したのか分からないが、先日とはまるで様子が違っていた。と言っても暁山さんに辛気臭い顔をされても似合わないと思う。
加えて名前呼びの許可。むしろそう呼んでほしいと言わんばかりに詰めていく。まあ、このくらいなら別にいいかな。
「そうですね瑞希さん。では、お付き合いします」
「そうこなくっちゃ!」
なおその後スキーに挑戦する私だったが、転んでばかり先に進むことはなかった。