あなたに歌を、そしてセカイを   作:kasyopa

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この街で

 

 

 日は長くなったものの、まだ寒い日が続く屋外の公園。ビビッドストリートを側に控えるこの場所で、私は理那を待っていた。

 スキー合宿というイベントから日常に戻った私は、特に大きな変化もなく学生生活と作曲を続けていた。

 一つだけ挙げるなら、瑞希さんからお昼のお誘いを受けたり実際に一緒したりと、以前に比べて絡む機会が多くなった気もする。ただし出席率の悪さから頻度は高くない。

 

 そんな日々を続けながら曲を完成させ、理那に連絡したところこの公園に呼び出された。もちろん曲のデータは持ってきてとのことで。

 曲が出来たのならすぐに練習に移ると思ったんだけどそうでもないみたい。いやでもこれからカラオケに行く可能性もあるかも。

 

「ごめーん、待った?」

「ううん、今きたところだよ」

 

 思考を巡らせていると、いつか見たラフな格好で飛び出してくる理那。手にはスーツケースがあり、大荷物なのが見て取れる。

 

「その荷物は?」

「ん? マイクとかその他諸々。これがないと始まらないからねー」

 

 ベンチの上に広げた中身は彼女のいう通り音楽機材で固められていた。まさかここで歌い出すとか言うんじゃ。

 そんなことを考えているうちに彼女は準備を終えていた。

 

「よーしセット完了。それじゃあ軽く声出しやるから聞いててねー」

 

 そう言って歌い出したのはやはりというか、ルカの曲。それは誰もが知っているであろう有名曲で、彼女が今から歌うであろう明るい曲とは非なるもの。

 でもどうしてか彼女を表すのにはピッタリで、歌い方といい表現力といい完全に自分のものにしていた。

 いつもの迫力はないけれど、どこか引き込まれるその歌声は本当の理那の気持ちを謳っているようで。

 

「よーっし喉も温まったし早速やっちゃいますか」

 

 続いて聞こえるのは私の曲。今までの疑問も消し飛ばすように明るく、前向きな歌声はどこまでも響いていく。少し近所迷惑になるかと思うくらい伸び伸びと歌っていた。

 彼女の声を聞かせるためにできる限り音圧はそのままにメロの補助を減らしてみたけど、成功みたいだ。ちなみに以前理那が活用したKAITOのコーラスは健在だ。

 

「(こういう時の理那は、圧倒されるな)」

 

 元の声がいいのか、それとも積んできた経験が違うのか。おそらく前者もあるだろうけど相手を魅せるアレンジは後者だろう。

 すんなりと歌い上げてくれる彼女の歌声は、一度の終わりを迎えた。

 

「ふいー、どうだった?」

「あ、うん。声の伸びも凄かったし、歌詞らしく堂々としてるなって」

「ありがと、メロディーがないからちょっと歌いづらかったけど、ここはまあ要練習ってことで」

 

 それからも何度か歌っては修正、または意見を交えながら形にしていく。いくつもの課題が見つけながらも、彼女の観察を続けた。

 こんな屋外でもよく響く声、というより緊張している様子がまるでない。午前中とはいえ休日で外に出てる人も多いのに、見聞きされる環境を逆に利用しているような感じ。

 彼女の持ち込んだ機材もよく見れば傷や汚れもあるし、長い間使っているんだろう。それだけこの街で歌っているのかな。

 そんなことを考えているうちに、いつしか歌うのをやめて隣に座り込んでくる。

 

「とりあえず休憩っとー」

「お疲れ様。でも凄いね、こんな場所でも堂々と歌えるなんて」

「あはは、ありがと。もしかしてカッコイイとか思っちゃった?」

「それはないけど、少し気になって。マイクも使い込んでるみたいだったから」

 

 私の問いになるほどねー、と首を縦に振りつつ飲み物で喉を潤していた。流石に空気が乾燥してるし、歌いっぱなしは辛いんだろう。

 理那は落ち着いた後に、私の目ではなく景色を見つめながら口を開いた。

 

「もう4、5年になるかな。私も最初はこんな場所で歌うなんてすごいなーなんて思ってたんだけど」

「けど?」

「最初は私の師匠に連れられてきたんだけど、何度か歌ってて気づいたんだ。ビビッドストリートが『ここで歌っていいよー』って言ってるんだって」

「ビビッドストリートって、この街が?」

「そう、だから歌ってたら色んな人に出会って、今の私がいる」

 

 なんとも、スピリチュアルに富んだ発想をする。気分屋な彼女らしい、とも思うし言い得て妙とも言える。

 この前WEEKEND GARAGEに行った時も彼女は何かと人気者だった。あの人達もこの街で理那が縁を結んでいる。

 

「だから私にとってここはもう一つの家族みたいなものなんだよ」

 

 それはとても素敵な考えだと思う。街そのものをそう捉えてるからこそ、多分声出しの時に歌ったあの歌も響いて聞こえた。

 だとするなら、私の曲もそんな想いに応えられるように努力しないといけない。

 今まで得た中での収穫が少ないのなら、唯一こうして組んでいる彼女を知ることで彼女の為に頑張ろう。

 

「ありがとう理那。じゃあ私もそんな想いに応えられる曲を作らないとね」

「ありがと、さーってもう一回歌ったらWEEKEND GARAGEでコーヒーでも……」

 

 伸びをして席を立つ彼女は、ふと遠くから眺める人影を見つめる。一人のサングラスをした壮年男性と、小柄の少女。確かあれは小豆沢さん……?

 隣にいる人は、どこかで。確か動画で見たことがあるような。あちらも気付いたようで、男性から前に出て理那の方へと歩み寄った。

 

「よう理那、元気してたか!」

「大河のおじ様じゃん! え、なに、戻ってたの!?」

「ああ、謙のコーヒーが恋しくなってな。それより──」

 

 周囲を見渡して最後にちらりとこちらに視線を送った後、再び理那の方へと戻す。

 

「噂には聞いたが、杏に続いてお前も相棒を見つけたか」

「相棒ってほど大したものじゃないけどねー。専属マネージャー? プロデューサー?」

「なんだそりゃ。それで、今はどうなんだ?」

「今はのんびり気楽にやってるよ。それよりなんでこはねちゃんが一緒に?」

「散歩だよ。この街を見せる為にもな」

 

 どうやら彼女の知り合いのようだ。理那も嬉し驚きと言った様子で昂っているように見えた。

 大河と呼ばれた男性の隣では、小豆沢さんも何が何やらと混乱して色んなところに目を泳がせている。ふと目が合えば焦ったようにお辞儀してきたのでこちらも返した。

 

「街を見せる、ね。じゃあ私から一つアドバイスをあげよーう」

「お前のはアドバイスじゃなくて答えになっちまうだろ。それより練習中に邪魔したな」

「気にしないで、ちょうど休憩してたし。それじゃあ頑張ってね、こはねちゃん」

「あ、うん! 理那ちゃんも頑張って!」

 

 ひとしきり話した後、彼女は二人に背を向けてこちらへ歩き出す。その顔はやっぱり嬉しそうだ。

 そんな背中に、男性はこう言葉を投げかける。

 

「理那、お前は変わらず背負い込みすぎだ。昔みたいにもっと伸び伸び歌ってる方がお前らしいぞ」

「分かってる。でも割り切れるくらい、私は大人じゃないからね」

「……そうか」

 

 それは確かに助言だけど彼女には既に答えが見えているような返答。

 ヒラヒラと手を振る様はいつものお気楽な少女であるものの、影を落とした彼女の表情は私には見えなかった。

 

 

 

 二人と別れて再び練習を再開する前に、気になったことを聞いてみる。

 

「ねえ理那、さっきの人は?」

「あれ、言葉知らない? WALKERの古瀧大河。結構有名人だと思うんだけどなー」

 

 彼女が見せてきたスマホの画面には、先ほどの男性らしき人物と5億を超える再生回数が表示されていた。日本のアーティストでこれほどの数字を叩き出せるのは流石と言える。

 しかし、こういったジャンルの曲を聞かないために見逃していたようだ。

 

「それに、あのRAD WEEKENDを作った一人で、私に歌を教えてくれた人の一人」

 

 嬉しそうに語る彼女だが、それは憧れというより親しい人の偉業を語り聞かせるようだった。

 

「そっか。だからおじ様って呼んでたんだね」

「うん。素敵な大人だよ」

 

 ありし日を懐かしむように優しい笑顔を向ける彼女は、どこか哀愁に満ちていた。

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