あなたに歌を、そしてセカイを   作:kasyopa

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コーヒーを一杯

 あの後は練習を終えて、一服するためにWEEKEND GARAGEを訪れた。

 

「こんにちわー! 空いてまーすか!」

「おう、理那にこの前の嬢ちゃんか。いらっしゃい」

「ご無沙汰してます」

 

 席の案内をしてくれるわけもなく、ただ好きに空いている席を選ぶわけだけど……そんな中で、見知った姿を見つけた。

 

「理那に言葉さんもいらっしゃい!」

「お、杏に彰人君と冬弥君じゃん。今日は個人練習?」

「ああ、今は休憩だけどな。お前もか?」

「そうだねー。午後はここで歌うかも」

「そうか、烏丸と組んだ後は聞いたことがなかったから楽しみだ」

 

 小豆沢さん抜きのVivid BAD SQUADのメンバー。カウンター席に固まった青年二人と、エプロンを身につけた白石さん。

 ただ理那は知り合いがいるにも関わらず、ライブスペースから一番離れたカウンター席の一つ横へと腰掛けた。

 

「それじゃあ杏、私はいつもので。言葉はどうする?」

「前の紅茶と同じものでお願いします」

「オッケー、コーヒーに紅茶ね。ちょっと待ってて!」

 

 注文を受けてカウンター裏に消えていく白石さんを見送る。私もわざとらしく空けられた席に座ろうとして、理那に止められた。

 

「ここは専用の席だからダメー。座るならこっち」

「この後誰か来るの?」

「今すぐはないけどいつ来るか分かんないからね。あの大河のおじ様だって帰ってきてたし」

「つまり?」

「理那の親父さんの席だ」

 

 一向に話が見えてこない中、困った私を見かねたのかマスターの方が助け舟を出してくれる。

 そういえばここに初めて訪れた時も通い詰めている、という話を聞いた。

 

「……とは言うが、理那が勝手に言ってるだけだがな」

「でも、譲太郎さんが来た時はいっつもそこに座ってるよね」

「そう言うことだからさ、空けてくれてると助かるなー」

 

 白石さんの話を聞く限り理那が勝手に言っている、というわけでもないみたいだ。今は混んでいて席がないわけでもないし、理那の顔を立てておこう。

 

「ああ、最近見ないなって思ったら理那の父親だったのか」

「今は海外だから。いつ帰ってくるかは分かんないけどね」

「海外……ということは斑鳩の父親も音楽活動を?」

「あはは、冬弥君ってば言葉と同じこと言ってる。音楽とは何にも関係ないよ。ただの外科医」

「そうだったのか。知らなかった」

「オレもだ。でも珍しいな、音楽以外の常連なんて」

 

 彼らにとっても覚えのある人物らしく、よく見る人のイメージらしい。

 そんな周囲から認知されるほど存在感のある人なのか、それともただ単に入り浸ってるだけなのか。私には想像もつかない。

 一方で東雲君も独特な感想を抱いている。この場所はライブスペースも完備している上に使用頻度も高い。

 小さなライブハウスと言っていいほどパンクやEDM、ラップで満たされるこの空間はお世辞にも喫茶店には程遠かった。

 

「理那の親父さんには世話になったからな」

「世話って、謙さんが?」

「俺じゃないが、まあこの話は置いておこう」

「はーいブレンドと紅茶お待たせー。ん、父さん、何かあった?」

「いや、なんでもない」

 

 一瞬マスターの人にも影が見えた気がしたけれど、すぐになくなった。

 やがて白石さんがカップを運んできてくれる。親子だからか彼女も気づいたようだけど、気付かれまいと誤魔化していた。

 大人の繋がりは子供を超える人脈で繋がっている。同業者や過去にお世話になった人等は、生きる時間が伸びるほどに増えていくものだから。

 それは子供が考えても仕方がないことなので、早々に切り離してカップに口をつける。少し味わいが違うけれど、これでも十分に美味しかった。

 

 

 

 そのまま談笑を交わしながら時間を過ごしていると、お客さんの数が増えてくる。

 誰もがみんな音楽アーティストの装いで、白石親子や東雲君、理那にも声をかけていた。

 

「よう理那ちゃん、最近調子はどうだい?」

「絶好調! 今日は新曲引っ提げてきたから後で歌うよ!」

「それは楽しみね、この前聞きそびれちゃったし、期待しちゃおうかしら」

「あはは、お手柔らかにねー」

 

 こうして見ていると、理那が言っていた『街が歌ってと言っている』のはわかる気がする。

 人々だけでは、いつでも歌っていい、という空気感は作れない。肩を張るわけでもなく、ただ受け止めてくれる場所としてこの街がある。

 あの一言だけでこの店の、ひいてはこの街の見え方も変わった気がした。やっぱり感覚主義の彼女には敵わない。

 

「嬢ちゃんは歌わないのかい?」

「はい、私は歌が得意ではないので」

「ははっ、誰だって最初はそうさ。でも理那ちゃんが認めてくれたんだろう?」

「いえ、私は……」

「言葉は作詞作曲担当。だからこの子は歌わないよ」

 

 私にも声を掛けてくれる物好きな人もいたけれど、そこは理那がカバーに入ってくれる為そこまで気苦労することはなかった。

 空気が分かると言っても慣れる訳じゃないからこればかりは感謝しかない。

 

「それじゃ、お店の空気も温まってきたことだし、一曲かましますか!」

「お、理那ちゃんが歌うってよ!」

「そりゃ楽しみだ。久々に上げさせてくれよー!」

「はーい、じゃあ皆、しっかり付いてきてね!」

 

 彼女への期待が高まる中先陣をきる理那。散々周りに期待させてこの空気を作ったのだから、皆も納得していた。

 局側で改良するべきポイントが直せていないけれど、それでもなお皆を楽しませようとする彼女は本当にここが好きみたい。

 

「──♪ ──!」

 

 そして始まる彼女の歌唱は公園よりも声を抑えていた。流石に屋内だから反響もあってあのままじゃ聞けたものじゃない。

 それでも十分すぎる声量に、更なるアレンジを盛り込んだ歌い方で彼女の声を響かせる。

 慣れ親しんだ店の勝手を理解しているからか、二番からは時折備え付けのフィルターもかけて歌声に色を付けていた。

 単調になりがちな繰り返しを即興のアレンジで乗り越えてみせるさまは、フロアを盛り上げるDJにすら見える。

 

「理那お得意の即興アレンジだな。ただいつもより楽しそうっつーか……」

「最近乗れてないって言ってたけど、問題なさそうじゃん」

 

 東雲君や白石さんも、うんうんと首を縦に振っている。確かに彼女の言う通り気分が乗らないとアレンジしようと言う気持ちにはならない。

 私はそう言うのが全くわからないから、むしろこうやって弄ってくれた方が理那らしさを表せて良いなって思う。

 

「曲も楽器それぞれの調和も取れていて、何より斑鳩の声を高めている。ただ、これは……」

 

 そんな中青柳君は楽曲分析にと耳を傾けている。流石は音楽家の息子だなと思う。

 店内の盛り上がりが次第に大きくなっていく中、負けない理那の声は最後まで鳴り響いていた。

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