「♪──……聞いてくれてありがとう!」
「理那ちゃん今日はよかったぞ!」
「理那ちゃんらしい綺麗な曲で明るい曲ね」
やがて歌い終わった彼女に向けて喝采が送られる。今回は手応えがあったみたいで、観客も相応に満足していた。
そんな声を一身に浴びながらもマイクを観客の一人にパスして彼女も笑顔でこちらの席へと戻ってくる。
「お疲れ様、すごかったね」
「素材がいいからねー。あ、杏またコーヒーおかわりー」
「はーい、それにしてもどんどん上手くなってくじゃん。もしかして今まで本気じゃなかったとか?」
「本気っていうより楽しいとか嬉しいとか、そっちが強いかな」
感覚主義な彼女らしい答えだ。『好きこそ物の上手なれ』というのが、理那を表す上で最も適切な言葉だと思う。
そうやって話していると、自然と東雲君と青柳君も寄ってきた。
「じゃあお前、今まで手を抜いてたってことかよ」
「本気も何も乗れなきゃ意味ないって。彰人君だって嫌いなことで本気になれないでしょ? 勉強とか」
「それはそうだけどよ……」
感覚派ながらその人に応じた説明をするのは正直厄介極まりなく、現に彼も言い返せないようで悔しそうにしていた。
彼の音楽に対する入れ込み具合は理那から聞いていたし、シブフェスで聞いた歌声もユニット揃ってかなり完成度の高い物なのは知っている。
私みたいな素人目でも理那一人じゃ足元にも及ばないと思うけど。ただ、誰か一人となら凌ぎを削れそうではある。
「だからこれからどんどん成長していくからよろしくねー」
「それなら、俺達もあんまりうかうかしてられないな」
「ああ。ただこいつらはライバルでも何でもねえ。気にするだけ無駄だ」
「……? どういうことだ?」
「ん? 何々、なんの話?」
ギリギリで注文を持ってきた白石さん含め、事情を知らない二人に対して軽く説明する。
「私達、別にアレ超える為にやってるわけじゃないんだよね。別の目的があるの」
「え、そうなの!? 理那のことだから絶対そうだと思ったのにー!」
「そうか、それなら仕方ない」
「それに最初から超える気なら杏のお願い断ったりしないでしょ?」
「? 断ったって?」
悔しそうにする白石さんから注文を受け取りつつ、身の上話に花を咲かせる理那。常連ゆえにこの店でいろんな経験をしてきたのだろう。
ただ私の知らないところで話が進んでいく。内容が見えないまま首を傾げていると、青柳君が助け舟を出してくれた。
「以前、白石が相棒に斑鳩を誘ったらしい。俺も後から知ったんだが」
「あの時は誰もが受けると思ってたけどな」
「まあまあ、今はこはねちゃんっていう最高の相棒がいるんだしいいじゃん。昔のこと言ってたって仕方ないし」
そんな経緯があったなんて知らなかった。でもここで白石さんと同年代の子がいるかと言われたら、理那くらいしか見たことがない。
「そうだけど、理那も私の話笑わずに聞いてくれてたじゃん」
「人の夢や想いは笑わないよ。それが無かったら元から伝説なんて生まれないし」
人の想いを貶さないのは素晴らしいことだと思う。私にもその考えは理解出来るし、同調しないものの肯定はしていた。
彼女にもそう思わせる何か、おそらくRAD WEEKENDが彼女にとってのターニングポイントだったのだろう。
しかしそんな彼女の割り切った発言にどこか寂しそうな顔をしている白石さん。
「まあそうだけど……理那も協力してくれたら絶対いいライブになるって思ったんだけどなー」
「ん? 四人で超えるんじゃないの?」
「あれだけのライブはオレ達だけじゃ無理だ。だから今、同じRAD WEEKENDを超えようって奴とイベントをやってるんだが……」
「じゃああの時妙に食いついてきたのって、お誘いだったりした?」
「そういうことだよ」
私達がコンビを組んだ時、舞い上がった理那へ真っ先に声をかけたのは東雲君だ。同じクラスっていうのもあるけれど、そういう意図があったなんて思いもしなかった。
彼らにも目指すべき場所があり、それに向けて独自のアプローチをしているみたいだ。
「ならごめんね。私、人生賭けられるほどの覚悟、無いからさ」
「……だろうな。だから杏、諦めろ」
「そっかー。なら仕方ないね」
白石さんほどの実力者が惜しむほどの人材なのか、それでも理那の主張を尊重した。人のよさがここでも表れている。
「杏、話が終わったなら手伝ってくれ」
「あ、ごめん父さん! すぐ行くから!」
そういえばお手伝い中だったな、なんてことを思いながら私は冷めた紅茶で喉を潤す。東雲君も自分の席に戻っていく中、青柳君だけがこの場に残っていた。
まだ理那に話があるのかと思いきや、その視線は私の方へ向いている。しかし彼は私に話しかけることなく、理那の方へと向き直った。
「斑鳩、さっきの曲は烏丸が作ったと聞いたんだが」
「うん、そうだよ。何か気になるところでもあった?」
「気になる……そうだな。曲の感想になるが、斑鳩らしい明るく前を向いて進んでいけるような、そんな想いが伝わってきた。ただ……」
ここで青柳君が口を濁す。やはり私の方が気になるのか、それとも言うべきなのか迷っているようだった。
「烏丸の想いが俺にはわからなかった。まるで斑鳩本人が曲を作ったのかように聞こえたんだ」
「へえ、よく聞いてるじゃん」
「気を悪くしたならすまない。ただ、どうしても気になったんだ」
作曲者の想いが見えない曲。演奏家の息子として作曲者の意図を読み取る教育を受けてきたんだろう。だからこそ気付いた違和感だった。
今度こそ彼の視線は私の方へ向いている。導入こそ理那を使ったが、これは私に対する質問だ。
「別に特別なことはしてません。理那が歌う曲だから合わせただけのことです」
「そうそう。だから言ったでしょ、言葉は作詞作曲担当だって。あれ、言ってなかった?」
「……そうか。そうだったな」
それは周りのお客さんに言ったことで青柳君には言っていない。しかし彼は言葉を飲み込んでこの場を後にする。
彼が離れたことで訪れる沈黙を誤魔化すため、RAD WEEKENDについて理那に聞いてみることにした。
「そういえば理那は『人生を掛ける』って言ってたけど、RAD WEEKENDって、そんなに凄いイベントだったの?」
「そうだね。アーティストの想いが観客にも伝わって、そこが一つの世界みたいだった。あれを見せられたら憧れるし、焦がれもするよ」
楽しそうに語る彼女だが、そこまで口にしたところで黙り込んでしまう。
同い年とは思えない感傷に身を浸し、今までの自分がなかったかのように振る舞った。
この顔は何度か見たことがある。理那が時折浮かべる遠い日を思う目だ。
「ただ本当に人生賭けてたなんて、わかるわけないじゃん」
「………」
苦い笑みを浮かべながらコーヒーを煽る理那。そんな彼女の姿を、マスターの人がじっと見つめているような気がした。
・
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それから私達の間に会話はなく、理那も時折他の人に誘われながら歌っていた。しかし先ほどまでの陰りは消えず、後に歌った東雲君と青柳君の迫力は比にならなかった。
誰か一人となら凌ぎを削れそう、と思ったけどそれはあくまで技量だけ。覚悟がないと聞いた瞬間から彼らとは大きな差が見える。
これだと例え本気を出せたとしても敵わない。いや、戦うわけじゃないけど身近な人間が更なる実力者というのは、理那としても納得し辛いと思う。
「ふいー、歌った歌った。こんな時間まで付き合わせちゃって悪いね。もうすぐ晩御飯でしょ?」
「あ、そうだね。じゃあ私はそろそろ」
「じゃあ私も帰ろっかな。おじ様ー、お会計お願いしまーす」
「おう、ちょっと待ってろ」
接客と談笑に勤しんでいたマスターを呼び、会計。なお今回は理那が付き合わせたとのことで奢ってもらえた。機材も全部私物みたいだし意外とお金持ちだったりするのかな。
「理那」
「ん?」
扉に手を掛けたところでふと呼び止められた。私ではないけれど気になって視線を向けてしまう。
「あんまり背負い込み過ぎるなよ。お前はまだガキだからな」
「あー、聞こえてたんだ。うん、ありがと」
どこに気をかけられたのか分からないまま店を後にする。帰り道の彼女の表情は少しだけ明るかった。