<理那>
帰り道、言葉と別れて自宅の方へと足を向ける。冬場の空っ風は体に染みるし、体を温めがてら小走りで行こうかななんて考えながら、今日の出来事を思い返していた。
大河のおじ様が帰ってきて、珍しくこはねちゃんの練習を見てあげている。今まで誰かについてあげることすらなかったあのおじ様が、こはねちゃんと一緒にいた。
散歩なんて言ってたけど私にはわかる。何かを教えてあげてるんだろう。だって私が一つ教えてあげようとしたら止めてきたし、そこくらいは自分で気づいて欲しかったのかな。
私も昔、大河のおじ様に歌の練習を見てもらった事がある。って言っても私が勝手に隣で歌って、歌い方を真似てただけなんだけど。
だから直接教えてもらうことはなかったけど、それでも私がおじ様から
「でも、師匠っていうにはちょっと違うかな」
大河のおじ様はビビッドストリートの伝説を作った一人に変わりない。でも私の師匠は別の人だ。
いつも元気で、楽しそうに笑ってて、退屈なんて言葉とは無縁なくらい明るい人。その人の歌には魂が籠ってて、今まで聞いてきた音楽とはまるで違っていた。
それこそ私が今まで目指してた、医者の道を路線変更するくらいには衝撃的だったのを覚えている。
「ま、そのお蔭で失ったものも多いんだけどさ」
赤い自分の髪を弄りつつ空を仰ぐ。夕日はすっかり街の陰に隠れてしまい夜の帳が空を紺に染め始めていた。
ガラにもなく風情を楽しんでいると、スマホがメッセージの通知を鳴らす。送り主は杏だった。何やらイベントを主催するから絶対見に来てほしい、とのこと。多分RAD WEEKENDを目指したイベントだろうと予想を立ててみる。
「とりあえず考えとく〜、っと」
即決するには少し時間がかかる。主に言葉も誘えるかとか、その辺りで。私一人だったら断るのも良くないしって、とりあえず行くって答えるんだけど。
ひとまず言葉にも連絡を入れて、返事を待ちながら家に帰る私だった。
◇
数日後の週末。騒ついたお客さんでいっぱいのハコに私と言葉の姿はあった。私はともかく言葉も特に予定もなかったみたいで合わせてくれたみたい。そういえばバイトとかもしてなかったような。
「ありがとう言葉、付き合ってくれてさ」
「別にいいよ。私も色々な音楽には触れておきたいから」
私の目指すものとは違う音楽であっても、言葉は必ず聞きにくる。作り手だから何かを掴もうと必死なのかも。いや、私の為に音楽を作ってるから無茶な注文に応えられるようにしてるんだ。
言葉の作る曲は相変わらず空っぽで、それなのに私の言ったことも、言いたいことも全部詰め込んだ物を提供してくれる。後は私好みにアレンジして、私が歌う。
以前ライブなんかで歌っていた借り物の曲とはまるで違う、私だけの曲だった。
「言葉はさ、こういうライブとかで自分の曲歌って欲しいって思う?」
「どっちでもいいかな。多くの人を癒す為ならネットだけじゃなくてこういう形式も必要だろうし」
「あはは、そうだね。特に手の届く範囲の人に届けようとするなら、ライブが一番だ」
そうやって人の想いが伝播して、新しい思いを作ることは嫌と言うほど知っている。ただ、その裏に秘められた真意に気付く人は少ない。
ハコの入り口でもらったフライヤーに目を落とせば、今回の主催メンバーの名前が並んでいた。
「今回のメンバーは、Vivid BAD SQUADに遠野新、EVERに三田洸太郎ねー。なるほど」
「知ってる人達なの?」
「うん。特に遠野さんとEVERは有名。一応顔見知りだけど、遠野さんはアメリカ修行に行ってたからなー」
遠野さんも注目され始めたのはもちろんRAD WEEKENDが終わってから。色々あったけど、彼も詳しい背景まで知らないだろう。EVERも、三田さんもおんなじ。皆が皆、RAD WEEKENDに魅せられ集まった同志。
いや、もしかしたらVivid BAD SQUADが軸で動いてる説もある。あの子達が頑張るから、周りも自然と変わってく。今まで笑ってた人が夢に向かって走っていくように。
「知らなかったら、私も同じ舞台に立てたのかな」
「理那?」
「ううん、なんでもないよ。それより最初はEVERだ! 最初っからカチ上げてくるよ!」
MCの紹介代わりに説明してあげる。彼らの始まりの舞台を見届けるために。
◇
会場が熱気に包まれたままイベントが終わりを告げる。RAD WEEKENDには程遠いけど、並のイベントは超えてくるくらいの反響。これだけのイベントを作り上げたのだということを思い知らされる。
それでも、私は誤魔化すみたいに言葉へ向けていつもの質問をする。
「今回は何か参考になりそうなものはあった? まあ、あれだけ沸いたから少しくらいはありそうだけど」
「会場を盛り上げるための音使いとか、セトリくらいかな。それ以外は特に」
「そっか。それだけでも得られたなら十分だ。あ、でもそれ私以外に言ったら怒られるよー?」
多分言葉には彼女達の想いの部分が伝わってない。その理由は私に分からない。分からない以上私が首を突っ込むわけにもいかない。
ここで話が終わってしまい、逃げ場のない会場の熱気は私に向けて『貴女はどうなんだ』と問いかけていた。
同じ舞台を見ていながら今も私は観客席にいる。満足した客達が出口に向けて流れていっても変わらない。
「理那?」
「ごめん言葉、先に帰ってて。私、杏達に挨拶してから帰るよ」
一人になりたいからと嘘を吐いて、言葉を送り出し誰もいなくなった会場。スタッフの人も多分裏で各々仕事をしてるんだろう。でも、考え事をするにはちょうどよかった。
嘘を吐いてるのは私にだって同じだ。人の心を癒したい、なんて言いながら自分の心を癒やせてない。今はただ一人の寂しさを言葉の曲で誤魔化してるだけ。借り物じゃない私だけの曲に縋って、私の想いを歌ってるだけ。
「でも、仕方ないよね。RAD WEEKENDは──」
言い訳を重ねようとして、スマホが光る。また杏からのメッセージかなと思って見てみると、知らない音楽ファイルが入っていた。
「『Untitled』? 言葉が送ってくれたのかな」
躊躇せず再生ボタンを押した私は、そのまま光に包まれる。反射的に目を瞑って、開いた先に広がっていたのは。
「どこ、ここ……」
見たことない落書きだらけのストリートだった。