<理那>
何の気なしに再生した楽曲は光を放ち、目を開いたら異世界でした。いや、私でもわけ解んないけど現実なんだから仕方ない。ほっぺた引っ張っても痛いから夢じゃないし、あの瞬間に何かが起こって死んだ……とは考えにくい。
見たことないのに知っている気がする通り。落書きで彩られてるのに道は綺麗だし、所々にフライヤーも貼られてて、まるでビビッドストリートみたいだ。ただ唯一違うのは歌声も、人の気配もしないこと。
なのに寂しさを感じない。この街が最初からこうだったみたいに、一つの場所として完成している。私の直感が『大丈夫』『悪い場所じゃない』と教えてくれた。
空気も綺麗で、日当たりも丁度いいし、気温も最適。歌の練習するならもってこいの場所だろう。
「とりあえず、動いてみるかな」
落ち着いたところで自分の直感を信じて辺りを探索する。と言っても必死に探し回るんじゃなくて、散策しながら探す感じ。フラフラさ迷って、日向にある一枚のフライヤーが目に入った。
「これ、RAD WEEKENDのフライヤーじゃん」
記憶に新しい、伝説の熱気と空気の手がかり。謙のおじ様は全部捨てたって言ってたし、コレクターすら持ってない代物が、当たり前のように張り出されている。値段の付けられない価値を持っていることは、今の私でも理解してるつもりだ。
知ってるものが出てきて一気に不信感を抱く。誰かがこっそり持ち出して、この通りに張り出す
スマホに目をやれば電波は繋がってるし、題名のない曲も再生されているみたいだ。音はないけど、これを止めたら元の場所に帰れるかもしれない。それでも目の前の不信感が邪魔をして、帰る気を起こさなかった。
「ホント、みんなコレのどこに惹かれたんだろうね」
「それだけ伝説だったから、じゃない?」
「えっ」
フライヤーに気を取られてて気付かなかった誰かの気配。妙に聞き覚えのある少女の声に振り返れば、腰まで伸びたピンク髪の女の子──巡音ルカが立っていた。
長袖だけのやたら小さいジャケットに黒のノースリーブ、ヘソ出しのショートパンツと若干の色気がある衣装なんだけど、それより明るい雰囲気が勝っていた。
「わーお……今まで色んなルカのコスプレ見たけど、ここまで凄いの見たことないや」
「あはは! コスプレじゃないよー。本物の巡音ルカ。よろしくね、理那」
コスプレでも本物というのは聞いたことがないけど、設定重視かな? でも声もそのままルカだし、なんか握手求めてるし。とりあえずお近づきの印に返しとこーっと。
「あれ、私名前先に言ったっけ?」
「ううん? でもセカイで同じ想いを持ってるからわかるんだ」
「世界って、もしかしてここのこと知ってるの?」
出来るだけこの場所の情報を引き出すために質問攻めする。あわよくば、このフライヤーがある理由も知りたいから。
◇
ある程度ルカから話を聞き終えて、頭の中で整理する。
「なるほどー。まずここは『想い』で出来てる。だからRAD WEEKENDのフライヤーとかがあって、居心地もいいんだ」
「そうね。理那も同じ想いを持ってるからこの世界に来れたし、その『Untitled』を止めれば、元の世界に帰れるよ」
「同じ想いね。でもそれはお門違いかな」
私はRAD WEEKENDに特別な思い入れがない。むしろ思い出の中でじっとしていてほしいくらいだ。
「むしろここに来るのって、杏達の方が相応しいと思うけど」
「杏達ならもうここに何度も来てるけど……会わなかった?」
「いや、ルカが第一村人って感じ。でもそっか、杏達もここに来てるんだね」
あれだけ強い信念があったら当たり前かって思う。何より四人がみんな同じ場所を目指して走ってるんだから、こんな不思議な場所が生まれるくらい、なんてことないよね。
「理那はこれからどうする? あ、良かったら一緒に歌ってみない?」
「ううん、私はこれくらいで帰るよ。イベント終わったハコにずっといても、スタッフさんに迷惑なだけだしね」
「……理那」
とりあえずルカに教えてもらった方法で元いた場所に帰ろうとすると、不意にルカが名前を呼んだ。
「今度来た時は理那の歌、聞かせて? 約束よ」
「え、あっ、うん」
無意識の返事ににっこりと笑った彼女を見送って、私は元いたハコに立っていた。
「いや、ギリギリで約束するの反則でしょ」
とりあえずそそくさと退出して家に帰る。私の不思議体験はここでおしまい。ただ私のスマホに残っていたUntitledが、現実だということを教えてくれた。
◇ ◇
理那を見送ったルカは、約束を取り付けた笑顔を忘れないままにカフェへ向けて歩き出す。少女が見せた翳りも頭の片隅に置いているが、何より偶然とも言える出会いを喜んでいた。
セカイの誰もが知らない秘密、次に出会うための約束、そして何より彼女の歌を聞けるということ。バーチャルシンガーとしての最大の報酬。
ガラス扉がカランとベルを鳴らして店内へ。本来のカフェの姿とは違い、ライブ機材が持ち寄られ調整にカイトやリン、レンが忙しなく動き回っている。
「あ、ルカ! どこ行ってたの!」
「ちょっと外の空気を吸いに散歩をね。それよりメイコ、私お腹空いちゃった」
「はいはい、もうすぐご飯にするから待っててね」
残された数少ないカウンター席に座れば、ミクも続いて隣に座る。
「ルカ、何かいいことでもあった?」
「秘密♪ そうだメイコ、もう一つ注文したいんだけど」
「何? コーヒーならすぐに出来るけど」
聡い彼女にも多くは語らず、ルカは一人話を逸らして厨房に消えるメイコを引き止めた。
「ここってテイクアウト、出来る?」