<理那>
強引な約束を取り付けられた私は、次の休みに再びセカイを訪れていた。でも場所や時間が決まってたわけじゃないから、またもどこかわからない場所でさ迷ってしまう。うーん、電話番号とか聞いておけば良かった。
どこに向かって歩いても似たような路地裏に出るばっかりで、一向に進んでる気がしないのもよくない。
「見つからないなー。こうなったら」
探索をやめて歌を歌おう。それもピンポイントでルカの曲。歌が好き(?)なバーチャル・シンガーなら勝手に釣られてやってくるかもしれない。もちろん杏達がこのセカイに来てたら見つかるかもしれないけど、その時は逃げよう。
「♪──」
このセカイには似つかわしくない、ちょっと呆れたみたいな曲。気楽に生きていたと願う
歌が後半になるつれ、意識を周囲から自分に向けていく。声出しや客寄せならぬルカ寄せから、自分の為に歌い上げて気持ちが乗っていく。それでも楽しくなれるような歌じゃないと知ってるから、淡々と私の心を吐き出していく。
このセカイは杏達の『RAD WEEKENDを超える』って想いから出来ている。この前見たフライヤーもその影響で作られたものだということはわかった。でも、この場所の想いと私の想いは違うはずだ。
私は超えようなんて思ってないし、そもそもRAD WEEKENDが
「んー、この辺りかな? あ、いた!」
曲が終わりかけた時、目的の待ち人が現れた。明るい笑顔を振りまいて駆けてくるルカのためにも歌うのを止める。あんな楽しそうな顔にこんな歌は似合わないからね。
その手にはバスケットと水筒まであって、軽いピクニックみたいだった。
「もー、遅いよルカ。退屈すぎて先に歌っちゃった」
「ごめんごめん、カフェからここは遠いから来るのに時間かかっちゃって。でもその歌のお陰で会えたから」
「そりゃそっか。約束はさっきの歌じゃダメかな?」
「ちゃんと聞けてないからダーメ。それに理那ならもっと楽しい曲を歌えるでしょ?」
お気楽な感じでリクエストまで飛ばしてくる。何でもいいって言うよりずっとマシだけど、クールなイメージがあったルカにしては珍しいなんて思っちゃう。まあなんていうか、こんな派手で明るいなルカがクールってのも変な話か。
手荷物が少し気になるけど、リクエストをスルーする方が失礼だよね。
「わかった。じゃあ折角だしとびきり楽しいの行っちゃおうか!」
さっきまでのナイーブな気持ちを蹴っ飛ばすみたいにリクエストに答える。言葉が作ってくれた前を向ける曲。今の私が歌う、私だけの歌。私が一番私らしく歌える──
『理那、お前は変わらず背負い込みすぎだ。昔みたいにもっと伸び伸び歌ってる方がお前らしいぞ』
『あんまり背負い込み過ぎるなよ。お前はまだガキだからな』
二人のおじ様が脳裏に浮かぶ。私の事情を知っていても、前を向けさせようとする励ましの言葉。人を癒す曲で私が癒されてないことくらい、みんなにはお見通しだった。
変わったのは、誰の物でもない言葉の空っぽの曲。私が歌うことで私の想いになってくれる『題名のない楽曲』。最近は私の想いに応えるように作ってくれるから、気分が乗れる。
でも、所詮そこまでだ。私が迷っている限り言葉の曲も迷う。誰かを癒すことなんて、できやしない。
「♪──っと、こんなもんかな」
「うん、理那の気持ちがよくわかる曲だった。でも、ちょっと楽しさが足りないかな」
歌い終えればルカが率直な感想をくれる。注文通りの楽しさに届かないのは謝りたいけど、今の私にはこれが精一杯だから仕方ない。
「それじゃ、今度は私の番ね。置いていかれないように、しっかりついてきて!」
ルカの口から奏でられる歌は技量も凄いけど、何より今にも踊り出しそうな楽しさと何にも縛られない自由さがあった。二十歳の設定があるはずなのにいつまでも子供心を忘れない、何か。いや、もしかしてただ楽しいだけで歌ってる……?
RAD WEEKENDや杏達が主催したイベントで感じた熱気や覚悟なんてものは感じない。その軽さが私にとって心地いい。いつしか私は自然とその歌を口ずさんでいた。
「♪──」
そんな変化に向こうが気がついたのか、ルカはもれなくファンサしてくれる。やがて歌い終えた彼女の表情は清々しい笑顔で、ハイタッチしてきた。なんていうか、ここまで来るとエンターテイナーみたいな感じだなー。
「流石はバーチャルシンガーだね。楽しそうで、のびのびしてて、こっちまで口ずさんじゃった」
「ありがとう。でも、理那もこんな風に歌えるでしょう? 例えばさっきの曲だってこんな風に……」
「っ!」
初めて聞かせたはずなのに、私よりノリノリでサビを歌い上げるルカ。その姿は、私に歌を教えてくれた師匠にそっくりで。
「……なにそれ、それも『想い』から来てるってこと?」
どう捉えても皮肉に聞こえる言葉を吐き出してしまうくらいに、過去と今を重ね合わせる。ルカは大して反応するわけでもなく、サビだけを華麗に歌い上げてから私の隣に腰を下ろした。
「ねえ、理那はどうして歌おうと思ったの?」
「ん? 別に大した理由じゃないよ」
「大した理由じゃなくていいから。ほらほら、お昼も持ってきたんだから」
彼女の手荷物はサンドイッチとドリンク。質問をかわそうとした私も、コップに注がれたコーヒーの香りに誘われて大人しくその場に座り込む。でも水筒からコーヒーが出てくるなんてちょっと意外かも。
「あ、砂糖とミルク忘れちゃったわね」
「いいよいいよ。私ブラック派だし」
差し出されたコーヒーを一杯。豊かな香りと苦味が口に広がり、淹れた人が相当な腕だということがわかる。WEEKEND GARAGEにも負けないくらいの美味しさで、水筒から出てきたってことを差し引いても十分だった。
「うわっ、何これ美味しい! これルカが淹れたの?」
「あはは、私じゃないよー。でもそうね、紹介できる時が来たら紹介してあげる」
「それで、理那はどうして歌おうと思ったの?」
相手が勿体ぶってるわけじゃないけど、今はルカが質問しているから追求はしない。どこかの爆弾魔相手だったらキレてるね。
「そうだね。ルカなら詳しく話していいかな」
未だルカのこともセカイのことも信じられないけど、美味しいコーヒーで口が軽くなる。口にして吐き出したらマシになるっていうし、ここから始まるのは私の勝手な独り言だ。
「それじゃ、私の師匠の話をするとしますか」
これから始まるのは、私の昔話だ。