「こんな感じで凪さんに憧れて歌い始めたのが、最初のきっかけかなー」
「そっか、理那にも歌を教えてくれた人がいたんだ」
「うん。それから杏にも会えて、謙のおじ様にも会えた。だから杏は幼馴染でライバルだったの」
昔話を終えて私の動機を教えると、納得したみたいににっこり笑う。先にサンドイッチ食べてるけど、その緩さ加減が逆に私を和ませてくれた。私も一つもらうと、コンビニなんかよりずっと美味しい豊かな風味が広がった。
「このサンドイッチも……ルカじゃないよね」
「当たり〜。そんなに作ってる人が気になる?」
「そりゃお礼のひとつも言いたいよ。これだけいい仕事してるんだからさ」
バーチャルシンガーにお母さんとかいないし、その辺りは気になる。こんな不思議な世界だから、未来のテーブル掛けみたいに食べたいものが出てくるのかもしれない。
詳しいことは知らないけど、今はありがたーく受け取っておこう。
「じゃあルカの質問にも答えたし、約束も果たしたから私は帰るね」
「あ、その前に最後にひとつだけ、いい?」
このセカイを後にしようとしたところでまたも引き止められる。私は突拍子のない約束を取り付けられないように手を止めた。流石に二度も同じことに引っかかるほど柔じゃない。
「凪さんって、杏の歌を見てくれたり、あのRAD WEEKENDをやった人だよね。今はどうしてるの?」
「そこまで知ってるんだ。なら、気になるか〜」
ルカはこのセカイで本当の想いを見つける手助けをしてくれる、ってのは聴いたけど、知らないことは多いみたい。流石に記憶を読んだりすることは出来ないよね。
それでも昔話でも途中に「誰?」とか「どんな人だったの?」とか聞かれなかったし、杏からは色々聴いてるみたい。私の師匠というより、聞いた二つの話題の方が彼女にとっては重要なんだと思う。そりゃ、このセカイの根っこみたいなものだから仕方ないか。
私はルカから視線を外して、冷めたコーヒーを回しながら呟く。
「亡くなったよ。三年前にね」
「えっ……」
沈黙。予想しなかった答えに彼女も思わず目を丸くしていた。年上の貫禄とか余裕とか無くて、ただ一人の人間みたいに固まっている。そりゃそうなるよ、もうどこにもいないんだから。
私が病院で凪さんと出会った理由も、お父さんの患者さんだったってのも、そう。重い病気に罹ってて、通院してた時にたまたま私と出会った。命を運んでくると書いて運命、って言うけど、命を丸ごと持ってくるとか聴いてない。
「それを、杏は知ってるの?」
「知らないよ。あのおじ様の事だからね。私が知ったのは、ほら。病院が我が家みたいなもんだったから」
「それに、杏も私みたいになっちゃったら辛いでしょ?」
杏は私より凪さんと関わりが深いし、姉妹みたいだなとは思った。
本当なら謙のおじ様も大河のおじ様も、私に隠したかったはず。凪さんも必死に隠してたみたいだし、街の人でも一部の人しか知らない話。でも環境が許してくれなかった。
「みんなRAD WEEKENDが伝説だー、って言ってるけどそりゃそうだよ。本当に命懸けてたんだから」
「だから、理那はあの時『コレのどこに惹かれたんだ』って言ってたのね」
「そう。私はRAD WEEKENDを伝説だなんて思わない。私の師匠の、夢の終わりなんだよ」
本来ならもっと活躍出来たはず。それこそ本当にテレビに出たり、世界にだって飛び出して行けたはずなんだ。なのに諦めざるを得なくなって、それでも最後に何か残そうとやったイベントがRAD WEEKEND。
私にはそんなイベントにしか見えなくて、あの夜が辛かった。歌い出す前の、辛そうなおじ様達の顔は昨日のように思い出せる。
「だから、伝説じゃないものを越えようなんて、想わないんだよ」
「でも、理那はこうやってセカイに来てる。本当は理那だって──」
「だからここには来たくないんだよ!」
同じ想いがあるから同じセカイに来られる、そんな事実を受け止めたくない。約束したから来たけど、無ければハナからこんなところに来る気は無かった。
杏達がこのセカイに来てるって話だって、心のどこかで嘘だって喚いている。このセカイで会いたくない。会ってしまったら、私の中にある想いが本当だって証明してしまうから。
「夢の終わりを見届けて私だけ先に進むことなんて出来ない! 何にも知らない人みたいに頑張るなんて出来ないよ!」
「理那……」
ルカに言っても仕方ないのに私は想いをぶちまける。そこで急に頭の血が引いて、彼女の憐れむような顔がよく見えた。
「ごめん、私もう帰るね。コーヒーごちそうさま」
スマホで鳴り続ける音のない『Untitled』を止めて、今度こそセカイを後にした。
◇
セカイを離れてトボトボと夕日に染まった街中を歩く。セカイっていう場所のせいで、心無い事実と向き合うなんて思ってなかった。今だって私にあんな想いがあるなんて信じたくない。
人生を賭けて何かをするなんて出来ない。本当に賭けて散っていった人を見届けたから。それなら本気になれなくても、今をゆっくり生きられる方がいいに決まってる。私は、何も知らなかった頃に戻ることは出来ないんだから。
「どうした理那、そんな世界の終わりみたいな顔して」
「あっ……大河のおじ様」
通りかかる人も無視して家へと向かう途中、聞いたことのある声が私を引き止める。馴れ馴れしくも図々しい態度は大河のおじ様しかいない。サングラスをしたままだから目の動きはわからないけど、ちゃんと私を見ている。見たところ一人みたいだ。
「こはねちゃんは? 練習見てたんじゃないの」
「何、少しばかり付き合ってるだけだ。それより、何かあったのか?」
私の顔色は誤魔化せないらしく、心配までさせてしまう。ダメだな私。他の人の前じゃこんなの見せたくないのに、よりによって今この人と会うなんて。
「別になんでもないよ」
「顔は何でもないって言ってないな。またバカにでもされたのか」
「まあ、そんなところ。今の私ってば昔みたいにノれてないでしょ?」
「昔みたいに、か」
おじ様も思い出すみたいに私の言葉を繰り返す。遠い日の輝かしい思い出。そこには凪さんも居たし、当然大河のおじ様もいる。兄妹だから当たり前だけど、大切な思い出の一人だ。
「お前は背負い込み過ぎだと、前にも言ったな。覚えてるか?」
「覚えてるよー。でも割り切れるくらい大人じゃないって返したよね」
「それはむしろ、大人だからこそ割り切れないもんだ。あの頃は良かった、なんてジジくさいことは言いたくないがな」
「でも今だっておじ様は『世界を獲る』って夢、諦めてないでしょ?」
「そりゃそうさ。しっかり果たさないと男が廃るってもんだ」
それは、みんなの夢だったもの。今でもおじ様が追い続けているもの。今でもがむしゃらに追いかけてるのはネットを見ればわかる。WALKERの活躍がその最たる例だ。
「そういう理那はどうなんだ。凪から想いを託された、お前は」
「……そんなの、今の私を見てわかるでしょ?」
その言葉を最後に、私はおじ様の元さえも去っていく。
遺したものはあまりにも大きくて、私一人で背負いこめるものじゃない。それでも最後を見届けた者として、凪さん達の夢の先を歩く次の世代として、託された想い。
『良かったら、私の夢について来てくれないかな』
届かない距離にいる人の最後のお願いは、私を過去に縛り付けているのであった。
◇
街をさ迷って、結局辿り着いたのはWEEKEND GARAGE。謙のおじ様のコーヒーが恋しくなったのもあるけど、何だかんだでここが一番落ち着く場所だ。自分の部屋は昔の未練がいっぱいだから寝るだけくらいが丁度いい。
謙さんにはバレないよう、自分の頬を叩いて気合いを入れる。杏が居たらもっと面倒なことになるからね。
「こんにちわー! 今日も来ちゃいましたー!」
今の気持ちを精一杯誤魔化す為に、声を張り上げる。ここではいつもやってることだから、カムフラージュには丁度いい。
「おっと、噂をすれば何とやらだな」
「えー? 何々おじ様、噂って何のこと?」
「それは自分で確かめてみろ」
彼の指し示す場所。ライブスペースから一番離れたカウンター席に、一人の黒い影が座っていた。夜に溶けそうな黒いコートに身を包んて、側にはコーヒーが置かれている。染み付いた薬品の匂いがほんのり鼻を突くけど、それだけ医療現場に立ち続けた勲章だ。
私が知らないわけがない、たった一人の人物。
「理那か。相変わらず元気そうだな」
「お父さん……」
私の父親、斑鳩譲太郎がそこにいた。