些か時間をかけ過ぎましたね。
──神山高校にて
翌日。昨日は色んなことがあったけど早く寝たこともあって目覚めはいい。朝一に登校して今回は斑鳩さんの到着を待つ。
そして彼女もまたいつも通り時間ギリギリにやってきた。
「おはよー委員長、ふわあ〜」
「おはよう斑鳩さん。寝不足?」
「うん、ちょっとライ……じゃなかった。勉強しててさ」
勉強嫌いな彼女にしては珍しい。何か言いかけていたけど追求する気もないのでそのまま。
相当眠かったようで朝のHRの始まりまで机に突っ伏して寝てしまい、聞くことは叶わなかった。
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時間割は進んでいきお昼を目の前にしての音楽の授業。ここで斑鳩さんが真剣に歌っていたのなら、昨日の言葉は信じるに値するんだけど。
「・・・」
皆の歌声を聞き分けるも彼女の声だけは聞こえてこない。それは先生も分かっていたらしく、即座に呼び出しを貰った。
「斑鳩さん、しっかり歌ってください。あなたの声はよく響くんですから、すぐわかりますよ」
「えー、じゃあ合唱に向かないですよー」
「ですから合わせる努力をしてください」
よく響く、と言うのには同意する。外見もさることながら彼女の一声は鶴のようで、すぐに斑鳩さんだとわかるもの。
そこにお調子者という性格が合わさって瞬く間にムードメーカーへ昇華したと言っても過言じゃない。存在感の大半がその声によるものだろう。
「じゃあ行きますよー、二番の頭から」
「──♪ ───!」
「っ!」「うおっ!」
再開された曲に斑鳩さんの声が混じった途端、歌の色合いが変わった。いや、クラス全員の声を合わせても乗っ取られた。他を圧倒する歌声に、一人また一人と歌うのをやめてしまう。
最終的に彼女の独壇場のまま音楽の授業は終わりを告げた。
「理那すごーい! もうプロとか目指した方がいいんじゃない?」
「ほんとほんと、歌手かなにかだと思っちゃった!」
「あはは、それだと宮女に転校しなきゃかなー」
珍しく周囲の黄色い声を受け流している彼女だが、唯一真剣な眼差しで見つめる生徒がいた。
「おい斑鳩、うまいのは認めるが声が薄っぺらいぞ」
「そんなのわかってるって。気迫も何も彰人君に比べたら足りてませんよーだ」
「だからお前は……」
「今は気分が乗らないだけだって。やる時はやるからさー」
東雲君が何やら話しているようだけど、こちらには聞こえない。ただ雰囲気としてお互いをよく知ってるようにも見えた。
クラスでは彼が一方的に面倒臭がっているような印象を受けたけど、この時ばかりは真剣に向き合っている。
むしろ斑鳩さんの方が興味がないようで、遠くで見ていた私を見つけて手を振ってきた。
「あ、委員長また一緒にお昼行こうよー」
そんな彼女は皆に見せつけた、というより言われたからやったという様子で、彼女自身は満足しているようには見えなかった。
お調子者以前に、わからないことが多すぎて私は混乱しそうになる。しかし話せる機会を逃してはならないと誘いに乗るのであった。
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「それで、考えてくれた?」
屋上に出て誰もいないことを確認した矢先にそれだった。考えておく、とは言ったもののこんなに早く急かしてくるとは思わない。
撒き餌に使った曲もあったのに、彼女の答えは変わらない。
「ごめんね、まだ少し悩んでるんだ」
「悩むことないでしょー。YESかNOの二択だよ。NOだったら私も諦めるしさ」
「それでもよかったけど、斑鳩さんがどうしてああ言ったのか知りたくて」
「あー、それもそっか。普通『歌わせて』なんて答えないもんねー」
自分の発言を振り返って何やら気まずそうな表情を浮かべている。
しかしこれ以上悩むのも時間の無駄だから本人に聞けばいい。竹を割ったような性格の彼女なら誤魔化したりしないと思う。
「うーん、ピーンときた! としか言えないんだよね。直感ってやつ」
「それだけで?」
「うん。でも大体芸術ってそう言うもんじゃない? 自分が良さそう、ってのがウケるじゃん」
「それはそうだけど」
言い得て妙というべきか、芸術は一部の理論があれど才能がほとんどを占めると言っていい。
特に音楽は曲を作る人と歌う人で一気に評価が変わったりする。ゲームとかの音楽なら少し違ってくるけど、詞のあるものなら例外はない。
私がこれ以上御託を並べても、おそらく彼女には勝てないだろう。左脳より右脳、論理的より直感的で物事を決める気分屋な彼女を御するのは、骨が折れる。
「それになんていうんだろ。曲聞かせてもらったけどさ。完成してるのに空っぽっていうか、そんな感じ?」
「へえ、そんな風に聞こえたんだ」
「そうそう。なんか曲の種類多すぎてどれが本当の委員長なのかわかんなかったね」
確かに私は数年間でいろんな楽曲を作ってきた。明るい曲、暗い曲、激しい曲、楽しい曲。ジャンルすら問わない多彩な楽曲作り。
ある意味凄いことだと理解していても、別に私はなんとも思わなかった。全部の音楽に理論があって決まった音色がある。
それなのに彼女は中々面白い考察をする。そして同時に鋭い人とも。私は褒美を取らせるように首を縦に振った。
「わかった。でも、これを歌うのはちゃんと曲になってから。いい?」
「オッケー! じゃあのんびり待ってよーっと」
望む答えが得られたからか、購買で買ってきたパンを頬張る斑鳩さん。健啖家のようでみるみるうちに腹の中へと吸い込まれていく。
あらゆる面で私とは反対だな、と思いながらも私はようやく弁当に手をつけ始めた。
「(でも、さっきの授業の斑鳩さんすごかったな)」
クラス全員を惹きつける声。1/fゆらぎと言われるものがあることを思い出す。
彼女が持っているかはさておき、生まれ持ったものの才能というべきか、それとも多くの研鑽を積んだのかはわからない。
あの時は真剣な東雲君すら声を上げるほど驚いていたのが記憶に新しかった。そんなことを考えながら、お昼休みの時間は過ぎていく。
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そして斑鳩さんと約束をした数日後、曲のデモが完成したので聞かせてみる。
「うん、やっぱり聞こえて来ないなー、委員長の音」
「私の音?」
「なんか歌詞に合わせて作った感じが凄いんだよね。いや、すっごく完成度高いよ。でも音から委員長を感じないっていうか」
「本当に面白いことを言うんだね、斑鳩さんは」
ちなみに歌詞はKAITOに歌ってもらっている。あくまでデモといった形だ。
音楽理論で固められた私の音楽だから、個性というものがあるとは思えない。指摘する人は今までいなかった。
そもそも指摘するほどの仲も、見てくれる人も居なかったのだから仕方ない。
「ガワは凄いのに中身が空っぽだから……ねえ、この曲お店で歌ってもいい?」
「まあ、自作発言しなかったら別にいいよ。どこのお店?」
「WEEKEND GARAGEってところ。ビビッドストリートにあるんだけど知ってる?」
首を横に振る。普段から街の散策などもしていないため、そんな名前の通りがあることも知らなかった。
「じゃあ友達もいるからさ、折角なら来てよ! 場所は調べたら出てくるし!」
「あ、えっ?」
「よーし決まり! じゃあ私ご飯終わったから歌ってくるねー」
曲と歌詞を丸ごと掻っ攫って屋上から消えていく。去り際に残した特大の爆弾発言にNOと言えないまま、見送ってしまった。