<理那>
訪れたWEEKEND GARAGEに居たのは、海外出張中のお父さんだった。喜びを通り越して驚きが先に出てしまう。
「え、海外出張してたんだよね? 戻ってきてたの?」
「出張も何も、用が済めば帰国すると言っただろう」
呆れた様子で返す姿は紛れもなく私のお父さんで、誰かがなりきってるわけじゃなかった。昔は近くの病院で院長をやってたけど、中学に上がる頃にはフリーになった。理由は私も知らない。
謙のおじ様にブレンドを注文して、隣の席に座る。店の中は珍しくガランとしてて、私達以外にお客さんはいなかった。
「おじ様、杏はいないの?」
「ああ、今も仲間と練習してるだろうさ」
「そっか。伝説を越えようと必死だもんね」
「それで、お前はどこで何をしてたんだ?」
「私も歌ってたよー。とりあえず休憩」
コーヒーが出てくるまで、今まであったことを話す。言葉と出会って曲を作ってもらえるようになったこと、杏達がどんどん成長してること。その間は口出しせず目も合わせなかったけど、コーヒーにも手を出さずに聞いてくれてるあたり、真剣に聞いてくれてるんだなって思った。
「っと、お父さんがいない間の話はこのくらいかな」
「そうか」
「ちょっとー、私だって色々あったのに労いの一つもないの?」
「それなら、労われるほどの努力をしてから言うんだな」
特に感想を言ってくれるわけもなくコーヒーを傾けた。冗談まじりにねだってみても軽くいなされる。塩対応だけど、元から自分にも他人にも厳しい人。だからこそ天才なんて呼ばれるまでに昇り詰めたから、私に反論の余地はなかった。
話題もなくなり沈黙がやってくる。話したいことはいっぱいあるけど、必死になるほどボロが出そうで心配になっていた。
「ほら、コーヒーだ。それにこれも」
「ありがとうおじ様。って、私サンドイッチ注文してないよ」
「日頃贔屓してくれる常連にサービスだ。たまにこう言うのも悪くないだろう?」
「ありがと。ならお言葉に甘えて」
セカイで食べたのはまた別の、ちょっと豪快なサンドイッチ。それよりおじ様がサービスする時は決まって客に何かあった時だと決まっている。私も昔に何度かしてもらった時もあるけど、必ず相談もセットになっていた。
上手く誤魔化せてると思ったけど、やっぱり付き合いの長い人達には敵わなかった。杏がいないのも好都合だろう。
「それで、何かあったのか?」
「あー、やっぱりわかっちゃう?」
サンドイッチを飲み込んでから苦笑いを浮かべる。分かりきったことだろうみたいな顔で返されるけど、あえて惚けてみる。でも持久戦は不慣れで私の方から折れた。
「ちょっと凪さんのこと思い出してさ。年甲斐もなく哀愁に耽ってたっていうか」
「……だが、あの時とは違うだろう?」
「そうだね。言葉が曲を作ってくれるようになったし、お陰で色々変わったかな」
でもそれは問題の先送りにしかなっていない。ひとりぼっちで寂しいのを紛らわせてるだけで、杏達はドンドン先へと進んでいく。私のことなんか振り返ってられないくらい。彰人君に至っては私のことなんか眼中にないだろう。
『でも、理那はこうやってセカイに来てる。本当は理那だって──』
ルカの言葉がよぎる。建前ばっかり並べたところで本心は隠せないことは既に証明された。それでもなお、進めない理由があるから。
「だからって人生を引き換えに何か出来るわけじゃないし、ダラダラ生きるだけだよ」
「そうか」
これ以上は何も言えないのか、謙のおじ様は黙り込んでしまう。店に流れる曲が何とか場を繋いでいるけれど、合わせてくれる人は誰もいない。
私は抱え込んだ想いに耐えかねて、一番信頼できる人に投げかけた。
「ねえ、お父さんならどっちがいい?」
「何がだ」
「人生と引き換えに何かするのか、ダラダラ生きるのか」
色んな人の命を救い、見届けてきたお父さんだからこそ、どちらがいいか答えを知っているはずだ。この歳になって甘えるのはみっともないかもしれないけど、あいにく私の親はこの人しかいない。そして、この世界どこを探しても、最後に頼れるのは親だけだ。
お父さんは傾けていたコーヒーを戻して、一呼吸置いてから口を開いた。
「私はどっちもごめんだね」
「えー、それってどういうこと?」
「最高の何かをするのに人生を引き換える必要はない。生きて最高の何かを続ける。それだけだ」
珍しく、私の目を見て教えてくれる。真剣な眼差しは捉えて離さない。
「それにこれはお前の人生だ。どう言われようが楽しい方へ進む。今までもそうやって生きてきただろう?」
「あっ……」
かつての私はお医者さんを目指して勉強していたけど、今は音楽の道に方向転換している。代償は多かったけど、私がやりたいと思ったことだから後悔なんてあるわけない。
最初は楽しくても、いろんな事情が重なって楽しくなくなることなんてよくあることだ。私の場合は憧れがどんどん現実に汚されて、そうなりたくないって目を背けただけ。
「ホント、お父さんはすごいなぁ。私よりずっと賢いや」
「おいおい、そりゃ当然だろう。何年生きてると思ってるんだ」
賞賛も当たり前のように受け止めるあたり余裕を感じる。私の憧れる大人の姿をそのまま見せてくれた。
後は言われたように別の道を探すだけ。勉強の時はもう嫌だったから全部投げ捨てた。なら今度も諦める……なんてのは嫌だ。
『お、理那ちゃんが歌うってよ!』
『そりゃ楽しみだ。久々に上げさせてくれよー!』
『理那ちゃん今日はよかったぞ!』
『理那ちゃんらしい綺麗な曲で明るい曲ね』
せっかく凪さんにこの街を教えてもらって、この街が歌っていいよって言ってくれてる。見捨てないでいてくれたもう一つの家族を、簡単に捨てられるもんか。
じゃあ、音楽を諦めないで進む私はこれからどうする? 凪さんが見せてくれた伝説を見据えて、託してくれた想いを継ぐ……? それも一つの方法かもしれない。でも、私にはしっくりこない。こんなにコロコロ道を変えるような人間に、人の想いをずっと同じ形で保てる保証はどこにもなかった。
『人の心を癒す』っていうのも結局、凪さんの思いから目を逸らすための言い訳にすぎない。とりあえず音楽を続けられる理由を探して、ちょっと嬉しかった記憶を引っ張り出した程度。だからこれも理由としては弱かった。
「私は、どうしたらいいんだろう」
結局その日は答えを見出せず、バータイムまでお父さんと一緒に過ごしていた。