その日からというもの、私を取り巻く環境が少しだけ変わった。
「おはよー言葉、今日も真面目だねえ」
「おはよう斑鳩さん。……どうして名前?」
「だってコンビ組むんなら名前くらい覚えなきゃでしょ。ほらほら、言葉も私のこと名前で呼んでいいからさ」
「なら、私も理那で。呼び捨てでいいかな」
「全然大丈夫! むしろバッチこいだよ!」
まずお互いを名前で呼ぶようになった。呼び捨てならこちらもと返してみたけれど、むしろ喜んでいる。
「ん、なんだ理那、いつの間に委員長と仲良くなったんだ。それにコンビってなんだよ」
いつも以上に騒いでいる彼女の変化に気付いたのか、東雲君が声をかけてくる。彼にしては珍しい行動だ。
「言葉が私に曲を作ってくれるようになったんだー。これで今までの私とはおさらば!」
「へえ、委員長が曲を……というか曲作れたんだな」
ちらりとこちらへ視線を向けるも、あまり興味がないのかすぐに理那の方へと戻す。あくまで用があるのは彼女の方らしい。
「じゃあ、お前らもアレを越えようって思ってるのか?」
「あー、うーん。どうかな。わかんないや」
「なんだよそれ。あそこで歌ってるならてっきりRAD WEEKENDを……」
私の知らないところで話が展開していく。
どうやら二人も音楽関係で以前から関わりがあるようにも思えるが、具体的なことは後から聞くことにしよう。こんなバチバチの空気に首を突っ込みたくない。
「私はともかく、言葉はそのイベント全然知らないからね。それに彰人君だって知らないのにやるって言われる方が嫌でしょ?」
「まあ、そうだな。早とちりだった」
お調子者な彼女ではあるものの、彼の本心に気づいているのか宥めるのは早かった。
人それぞれに己を懸けているものがある。恐らくそのイベントというものが東雲君にとって特別なものなのだろう。それこそニワカであることすら許されないように。
そこから彼は躍起になったのがバカらしくなったのか、席に戻ろうとしていた。
「そっちにその気がないならいい。話は終わりだ」
「はーい。あ、そうそう。言葉にあそこの店教えてるから会った時はよろしくねー」
「はあ!? てめえこの! ……はあ」
最後にとんでもない地雷を踏み抜いていくあたり理那らしい。なおとばっちりとして睨み殺しそうな視線が私に向けられたのは言うまでもない。
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お昼休み。秋風がそろそろ厳しくなってくるかと思いながらも変わらず屋上で弁当をつついていた。
「ねえ理那、東雲君とは知り合いなの?」
「うん、この前行ったお店の常連でね。中学くらいの時から知ってるよ」
今が高校一年生だし、数年くらいの付き合いといったところだろうか。
「まあ、でもきっかけは全部アレかなー。RAD WEEKEND」
「RAD WEEKEND? そういえば東雲君も言ってたね」
「そ。おじ様……あ、謙さんのことね。この前行ったお店のマスター。その人達が集まって作ったイベントなんだけど──」
そうして彼女は語ってくれたのは、あの通りのライブハウスで行われたイベント。
ビビッドストリートの人達が口を揃えて伝説と語り継ぐイベントが、多くの憧れを生んだという。
東雲君もその一人であり、音楽への入れ込み具合は学校の授業とは比にならないらしい。
そして彼が常連として通い詰めているのが、この前教えてもらったWEEKEND GARAGEだそうで。
「それで、彰人君達は絶賛そのイベントを超えようと必死なのでした」
「なるほど。だから結構言い合ってたんだね」
「仲良いかはわかんないなー。腐れ縁ってやつ?」
私の方が先に常連だからねー、と付け加えながら購買のパンを齧っている。
東雲君も私に知られた事で落ち込んでたし、あんまり行かない方がいいかな。
そんな彼のことを考えていたら、一つの言葉と疑問が頭を過ぎる。
『私はともかく、言葉は全然知らないからね。それに彰人君だって知らないのにやるって言われる方が嫌でしょ?』
少なくとも理那はRAD WEEKENDを知っているだけじゃない。実際に体験している。どれだけ凄いものか知っているはずだ。
そのイベントから多くの人がアーティストを目指したのなら、理那も同じではないだろうか。そして彼女もまた超えたいと思っているのではと。
しかし見つけた人物はまるでそのイベントを知らない。正直に言うなら興味がないのだから、意に反するのではないだろうかと。
「理那は、何も知らない私と組んでよかったの?」
「ん、別に? 私の目標は伝説を超えることじゃないし」
「じゃあ、どうして歌い始めたの?」
最初の動機。なぜ歌おうと思ったのか。すると彼女は一瞬キョトンとし、やがて遠くを見る目でこう言った。
「人の心を癒すため、かな」
「人の、心を?」
「うん。父さんが昔『人の心にメスは入らない』って言っててね。体の怪我とか治っても、元気になれない人がいっぱい居たんだ」
「そんな人をいっぱい見てきて、少しでも父さんの力になれたらって思ったら、歌ってたんだ」
確かにストレス解消や精神的負担を和らげるために歌や曲を聞く人は多い。
彼女がいうには音楽療法というものがあるくらい人の情動に働きかけるらしい。
それでも、それが叶うかどうかは……ううん、これ以上は彼女に失礼だね。
「そういう言葉は、なんで音楽作ってるの?」
今度はこちらの番、と言わんばかりに返される。まあ、コンビを組むのであれば答えても差し支えないだろう。
「私は、音楽しか知らなかったからね。でも、どんな音楽を作ればいいのかはわかってないんだ」
「音楽しかって、何、想いを伝える方法とか?」
「そんな大層なものじゃないよ。本当に私に残ってたのがそれだけだっただけ」
ほんの少し、この考えに至った経緯を話してもいいと思った。コンビを組むのなら身の上話も悪くない。
「昔は音楽教室に行って、コンクールにも出てたんだ。でも、ある日見にきてくれる筈の家族は来なかったの」
「あー……この雰囲気だと……」
「うん。事故で全員亡くなったんだ」
いつか見た夢の答え。決して裏切られたわけでも邪魔されたわけでもない。誰が悪いわけでもない。
歩いていたら犬に噛まれたみたいに不幸な事故だった。でもその日からほとんどのものがなくなった。
「楽器も全部売ったし、私は親戚に預かられた。でも音楽だけは残ってたから」
「今も作り続ける、と。だから空っぽの曲なんだね」
「正直、そう言われた時にはビックリしたよ。だからこそ面白い、とも思ったんだけどね」
今や機械的になっていた音楽作り。何も求めず、当たり前のものとして続けていた。
彼女との出会いもそうだけど、あの言葉がなければ私も興味を持たなかっただろう。現実は小説より奇なりとはこのことか。
「でも音楽作ってるなら、自分の世界に閉じこもってないで周りを見てみたら? そしたら曲の中身も埋まるかもね」
「そういう理那も、半端な外見の音楽じゃ満足できないんでしょ?」
「あははー。ま、そこはコンビ同士ギブアンドテイクってやつで」
互いの利害一致。まだ進むべき道は分からないけれど、彼女とは上手くやれそうな予感がする。
「それより組んでるなら名前とか決めない?」
「それもそうだね」
どこで活動するにしても名前があった方が楽。
今まで私一人の匿名で良かったが、彼女と組むなら互いに納得できる名前が必要だった。しかし方向性が決まってないのに名前を決めようとはこれいかに。
「とりあえず、歌は軸にするとしてー」
「歌は聞いてくれる人あっての物だからね。SONG TO YOUとかどうかな」
「お、いいね。なら発音をもじって
SONGの頭文字でS、TOと発音が同じTWOから2。ローマ数字なのは私たちが一人一人だからとか、そんな理由。YOUも発音からUに。
見た目より意味がザックリとしているが、方向性が決まってない以上これより踏み込んだ名前も烏滸がましい。
「それじゃあ改めてよろしくね、言葉」
「こちらこそ」
これが、SⅡU始まりの日。ここから先起こる未来の予想は誰にも出来なかった。