入り交じる料理と酒の香り、窓が震えそうな喧噪。
ランチタイムの食堂は、今日も盛況だ。
頭に耳を生やした少女が、そんな食堂に入店する。
冒険者にしては軽装だが、それが非力さを意味しないことは、背中の武器が物語っている。
明らかに少女の体重より重いのではないかという、ハンマーだった。
といっても、この程度で注目を集めたりはしない。
店内には他にも――弓を背負うエルフ、鎧を着た獣人、重火器を持つドワーフなどがいる。
ケット・シーのような猫が給仕しているかと思えば、犬型の騎乗用モンスターが皿で飯を食う。
これだけ個性豊かなら、ハンマーを背負った獣人系の少女など、さほど特徴にならない。
「聞いたか? 勇者のご一行が牙竜の討伐に向かったらしいぞ」
カウンターに席をとった少女の耳が、近い席の会話を拾う。
「下位か? まさか上位か?」
ヒューマン系の狩人が確認すると、ドワーフ系の戦士が痛ましそうに答える。
「いや……それがマスター級らしい」
「そうか……それは死んだな」
話を聞いた少女もまた、呆れた様子で溜息を吐くのだった。
○
=======================
――魔大陸 南西部平原地帯〈さざなみの丘〉――
=======================
酒場でそんな噂をされているとは露知らず。
魔大陸の平原地帯に、勇者たちはいた。
「こいつは凄い、名前の通り、細かい丘がさざなみみたいにたくさんあるな」
「丘の上から棘みたいに岩が生えてるのを見ると、土台はキザキザの地形みたいね」
勇者の言葉に、魔女が相槌を打つ。
「魔大陸って言うには牧歌的だな。あの魔物、アプトノスだったか? 暢気に草食ってるぞ?」
「先ほど頂いたお肉があれかと思うと、あの無警戒さが申し訳なくもありますね」
戦士が鎧の上から腹を撫でると、眼鏡をかけた僧侶の女性が微苦笑する。
以上の四名が、最低限の荷物を背や腰に備えて、丘で波打つ草原地帯を徒歩で進む。
なお、彼らの出身地では、パーティを組むとき『あだ名』を付ける慣習がある。
素性を隠したいのではなく、戦闘時に呼び掛けの時間を短縮するためだ。
先頭の青年は『勇者』、女魔術師は『魔女』、屈強な男は『戦士』、回復術士は『僧侶』。
通称・勇者ご一行。
西大陸では伝統的な呼称とパーティ編成である。
「それより、皆さん油断はここまで。地図によると、そろそろ討伐対象の縄張りですよ」
僧侶の言葉で、勇者一行は気を引き締めた。
私語は慎み、自然と分担して四方を警戒する。
彼らは、西大陸では『冒険者』と呼ばれる戦士たちだ。
冒険者とは語源の直訳であり、実態は傭兵業から魔物専用の狩猟者まで様々だが。
彼らの特技は魔物討伐、ゴブリンからドラゴンまで、人を脅かす魔物あらば武勇伝に変えてきた。
そんな彼らが、海を渡ってこの『魔大陸』に来た事情は、また別の機会に語るべきだろう。
なにせ――彼らは既に、致命的な間違いをいくつも犯している。
(っ、前方、足跡だ)
(調査しよう)
魔法と手信号の組み合わせで意思疎通する勇者たちは、丘の斜面に作られた痕跡に注目する。
これが討伐対象と一致すれば、辿っていくことで発見できる。
上手く行けば奇襲できるので、調査は当然の選択だった。
その上で、彼らの致命的な間違いとは、ひとまず三つ。
ひとつ――焼いたアプトノスの匂いを、全身からまき散らしていたこと。
ふたつ――足跡を発見したことで、そちらに意識を集めてしまったこと。
みっつ――先に発見して奇襲するのは、自分たちだと考えていたことだ。
「っ!」
勇者一行が、後方に気配を感じて身構えたその直後。
――迅雷めいた速度で、巨大な生き物が『僧侶』をかっさらっていった。
察知してそちらを向いた勇者たちと、ちょうどすれ違うように、巨体と『僧侶』が駆け抜ける。
慌てて振り返った勇者たちが目にしたものは……
(なん、だ……あれ……)
青銅のような鱗。
その上から頭と背と腕を覆う黄金色の甲殻、合間を縫うような白色の体毛。
まるで、優れた細工師が手掛けた古代王者の青銅鎧、勇壮かつ美しさを感じさせる威容だ。
頭部からは、まっすぐ前方に、馬上槍めいた太さの角が二本。
更に顎からも、貴族が整えた髭のように、尖った甲殻が三本目の角を作っている。
剛毅な兜のようなその顔は、埋め込まれた宝石のような目で、勇者たちを見ていた。
――その顎で噛み締めた僧侶に、電流を走らせて気絶させながら。
「僧侶!?」「陣形を!」「まだ助かる!」
勇者たちも素人ではない。
すぐさま巨獣に向き直って陣形を組み、僧侶を救出せんとする。
それよりも、巨獣の行動の方が早かった。
――巨獣は『僧侶』を投げつけた。
首を振って顎を開き、苦悶した僧侶を勇者たちのやや横へ放る。
頭から落ちるように放られたのは、意図してのことだろうか。
「拾う!」
危険だと理解していても、仲間を助けるのが勇者だった。
「俺が食い止める!」
そうすると分かっているから盾を構えたのが戦士だった。
「人質がいないなら全力で――」
魔女が魔法の準備をする間に、巨獣が突進してきた。
巨獣が目指すのは、僧侶の落下先に向かった勇者だ。
「来いよ、〈フォートレス〉!」
そこに立ち塞がったのは戦士であり、彼は持っていた大盾を構える。
巨獣の突進を受け止める――悲愴な決意でもなんでもなく、可能である。
ミスリル製の盾と鎧が持つ強度と、土魔法で地面に『接地』する工夫で、人体の軽さも克服。
武芸と土魔法の併用による防御スキル〈フォートレス〉で、彼は土から生えた氷山の一角となる。
そこに角から体当たりした巨獣は、予想外の強度に弾かれる――――ことはなかった。
「んなっ!?」
飛び越えた。
巨獣は要塞と化した戦士を、野生の勘で察知してか、飛び越えたのだ。
戦士が見た限り、巨獣の予備動作は『突進』だった。
だが実際は、それをフェイントにしての『飛びかかり』。
しかも、進路が変わっている。
勇者と戦士への突進から、稲妻のように折れ曲がった先は――『魔女』だった。
「ファイアボ――ッ!?」
杖から放った火球ごと、魔女が押しつぶされた。
飛びかかった巨獣は片腕から着地、その豪腕で魔女を押しつぶし、地面へ抉り込む。
防護魔法のおかげで重傷は防げたが、代わりに魔力の急激消費で意識を失った。
「しまっ――」
戦士は〈フォートレス〉を解除して振り返り、勇者は僧侶をキャッチしながら目を剥く。
僧侶と魔女、いきなり後衛が二人ともやられた。
そして――巨獣の行動はまだ終わっていない。
「どわぁっ!?」
体を回転させて尻尾を振り回す『サマーソルト』で、戦士を弾き飛ばす。
戦士の〈フォートレス〉は、魔法で地面に固定される都合上、発動中は動けない。
だから魔女の方を振り返るため、戦士は解除していた。
その瞬間を待っていたかのような、尻尾の一撃。
宙に打ち上げられた戦士に、巨獣が追撃を放つ。
全身が青白い稲妻を放ち、それが球体となって発射される。
より目を凝らして見ると、球体の中には微細な昆虫のようなものが群れを作っていた。
(いや、問題ない! 戦士の鎧は耐電性能が――)
勇者は僧侶を抱いて着地しながら、戦士の安否に希望を見出したが。
稲妻の球は、戦士に着弾すると同時、媒体となる虫を鎧の下に侵入させた。
結果、戦士は生身に電流を受け、空中で感電。
落下する頃には白目を剥き、煙を立てていた。
(嘘、だろ……?)
勇者は、僧侶を地面に降ろしながら呟いた。
僧侶も防護魔法で負傷こそ避けたが、電流により意識を失っている。
戦闘開始から、勇者がしたのは僧侶をキャッチして着地しただけだ。
その短すぎる時間で、自分以外の仲間が、三人とも戦闘不能。
不意を打たれたとはいえ、ここまで短時間で……!
(こいつ……ただの魔物じゃない……っ!)
一連の出来事から、巨獣の『知性』を感じる。
そもそも、どうやって自分たちの不意をついたのか。
あの隠れるには向かない巨体で、この見晴らしのいい草原で。
可能か不可能かで言えば、可能ではある。
この草原は遠目には平野だが丘も多く、その裏に回られると視認できない。
それでも、かくれんぼの相手を先に発見していなければ、身を隠すのは難しい。
(先に、俺たちが発見されていたんだ……
たぶん、焼いたアプトノスと調味料の匂いで。
だから意図的に残した痕跡を囮にして、俺たちの背後を突いたんだ……っ!)
最初から手の平の上だった。
獣の方から、人間を罠に掛けてきたのだ。
最初に回復術士である僧侶、次に魔法攻撃を使う魔女を狙ったことにも、こちらの戦術への『理解』を感じる。
突進と見せかけた飛びかかりで戦士を騙した動きなどは、もはや立派な『武術』の発想だ。
(冗談キツいぞ……あの巨体で、あの速さで、魔法めいた飛び道具まで操って、
おまけに人間の戦術を学習して、罠や奇襲やフェイントを使う思考まであるなんて……っ!)
勇者たちがこれまで倒してきた『魔物』とは、完全に別次元だった。
強い武器と強い魔法をぶつければ何とかなる有害な猛獣たちとは、明らかに違った。
(これが……マスター級のモンスター……っ!?)
その名を告げよう。
竜盤目・四脚亜目・雷狼竜上科――
無双の狩人、森の王、迅鬼、荒事を成す鳴神上狼――
――ジンオウガである。
(……まだだ!)
我に返った勇者は、僧侶を背に庇って剣を構える。
対魔物特効がある聖剣が、巨獣に通じるかは分からないが、諦めることはできない。
(僧侶が復帰するまで時間を稼ぐ!)
仲間たち全員を担いでは逃げられない。
しかし幸い、回復役の僧侶に致命傷はない。
彼女が意識を取り戻し、他の仲間に治癒魔法を掛ければ、立て直せる。
自分の役目は、その時間を稼ぐこと――この窮地に奮い立たずして、何が勇者か。
「それに……雷を使えるのは、お前だけじゃない!!」
勇者は無詠唱で準備していた魔法を放つ。
雷電魔法――ジンオウガに向けた腕から、金色の稲妻が放たれ、命中する。
ジンオウガの頭上に達した稲妻は数条に枝分かれして、全身に降り注いだ。
『――――』
うっとうしそうに目を眇めて、顔を振る。
ジンオウガの反応はそれだけだった。
(っ、鱗が絶縁性なのか! いや、それだけじゃない。吸収されたような……)
帯電毛――ジンオウガを彩る白い獣毛は、蓄電殻が生み出した電気を蓄える。
勇者の魔法で生まれた稲妻は、ジンオウガに防がれたのではなく、食われたのだ。
普段とは異なる感覚だったのか、ジンオウガは自分の身体に目を配っている。
もはや剣で抗うしかないと、勇者が聖剣を構えたとき、ジンオウガが行動を起こす。
咆哮だ。
風魔法による攻撃かと思うほどの衝撃が、勇者を怯ませる。
ただの威嚇ではない。
その咆哮に惹かれたように、ジンオウガの周囲に雷光虫が集まり、青白い輝きを増していく。
(なにを、してるんだ……?)
隙ではあるが、時間を稼ぐなら仕掛けるべきではないのか。
そんな迷いが災いして――ジンオウガの全身に、青い稲妻が満ちあふれた。
超帯電状態。
落雷があったような轟音と閃光。
目を覆った勇者が再び目にすれば、ジンオウガが変貌している。
角と甲殻と体毛が、青い雷光を伴って逆立ち、稲妻を周囲にほとばしらせている。
「…………っ」
一歩――ジンオウガが前足を踏み出す。
踏み出した足から静かな震動が広がり、小さな稲妻が踏んだ土を焼き散らす。
また一歩、また一歩と進むたびに、雷光の猛威が周囲の草木を弾いて焦がす。
光り輝く、その威容。
王者の如し、その歩み。
神々しく、猛々しく、しかしどこか悠々と。
きっとあれは、天が人の傲慢を罰するために遣わした、雷の化身に違いない。
そんな錯覚に駆られた勇者の剣先が、震える。
畏怖で。
西大陸では、数々のモンスターを倒してきたはずなのに、竜退治の実績すらあるのに。
それが……とんだお遊びだったのだと、思い知らされた。
本物の『モンスター』とは――こういうものなのだと。
そんな舞台を締めくくるように、ジンオウガは再び、咆哮を上げた。
髪を後方に靡かせた勇者は、もはや澄んだものさえ感じる顔で放心すると、
「……むり」
その言葉の直後、ジンオウガの雷光が轟いた。
○
――稲妻が、走る。
海原のような草原を、尾を引くように、真っ直ぐに。
呆然と立ち尽くす勇者に向かって。
水平に飛んできた砲弾が、炸裂するように。
「な、に、しとんねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!!」
――〈白い稲妻〉が、駆け付けた。
勇者とジンオウガの間に、白い髪を尾のように靡かせて。
身の丈ほどあり、自身より重そうな、ハンマーを振りながら。
駆け抜けざまに、全速力を乗せた、バッティングのような横振りで。
ジンオウガの顎部衝角を、地平線の先からやってきた轟雷の如く、ぶん殴った。
「ッ!?」
声は勇者のものか、ジンオウガのものか。
少なくとも、両方とも驚愕したのは間違いなかった。
ジンオウガの巨体が顎を殴られ、頭部が横向きに弾かれる。
驚いた猫さながら、反射的に飛び退いたのか、ジンオウガは頭を向けた方向に転倒した。
「っとお!」
靴を地面に擦らせながら、少女が着地する。
勇者は唖然としながら、その姿を見た。
不意を打つように現われたそのカラクリは、至ってシンプルだ。
丘の陰に隠れていたとか、そんなんじゃない。
視認しがたいほど遠くから、凄まじい速度で、駆け付けてきたのだ。
「おう、生きとるか? もう大丈夫やで」
長い銀髪と、ヘアバンドから伸びる鉢巻のような帯が、風に靡く。
青いジャケットと白いズボンに赤いベルトという、派手だが爽快な配色の『勝負服』。
音を立てて地面に突き落とされたのは、鳥の卵に羽を飾ったような武器、【卵鎚ガーグァ】。
140センチほどの小柄で、自分の十倍以上も大きな獣を殴り飛ばしたとは思えない、粋な笑顔。
「君、は……」
「うちか?」
唖然とする勇者ではなく、転倒から起き上がったジンオウガを見ながら、彼女は答える。
その名を告げよう。
古馬戦線で史上初の天皇賞春秋連覇を成し遂げた――もとい、
ツッコミは稲妻の如し、見せろ根性、浪花っ娘――でもなく、
疾風迅雷、白い稲妻、たこ焼きは断固直火焼き――その名は、
「――タマモクロスや!」
芦毛のハンマー使い、タマモクロスが、獲物を手にとって肩に掛ける。
地面を踏みしめた彼女は、片手をジンオウガに向けて、指先で招きながらこう言った。
「こっからは、ウチとやろうや――ジンオウガ」
○
――VRウマレーターとCAPC○Mが提携した。
これと同時期に発売されたのが、言わずと知れたシリーズの最新作。
VRウマレーターにより、五感の全てで新世界を体験できるそのゲームのタイトルは――
【
これは、そんなゲームからログアウトできなくなった、ウマ娘たちの冒険を描いた物語である。
ご一読いただきありがとうございました。
やる時間はないのでゲーム実況を見ていたタイトルを二つ混ぜてみました。
勇者たち異世界人は基本的に噛ませです。
ジンオウガのBGMを『Make a new track!! シニア級育成BGM』で塗り替える、
男前なタマモクロスでした。