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――〈渓流森林〉エリア5――
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改めて――【モンスターハンター・エクリプス】とは、ウマレーターでプレイ可能なVRアクションゲームである。
テーマのは疾走感、モンスターハンターの世界を心地よく駆け抜ける快感に力を入れている。
ダッシュ攻撃のテコ入れもその一つ。
例えば――【MHE】における『走り』には、何段階かの【ギア】がある。
しばらく走っているとギアが上がり、更に加速して、そこから放つダッシュ攻撃の威力やスタン値が上がるといった恩恵を得られる。
段差や坂道、翔蟲による牽引など、ギアを上げる手段はいくつもある。
これを活用して、中距離からモンスターを封殺するのが、『ランナースタイル』だ。
タマは感覚的にそれを学び、使いこなしていた。
しかし――スタイルひとつで万事クリアできるゲームは駄作だ。
これをやってりゃ全クリ簡単、そんなものは、ゲームをつまらなくするための近道である。
モンハンはそれを許さない。
よって、ランナースタイルにも弱点がある。
(あかん、ここ走りにくいわ……っ!)
森林中の小川という環境が、タマを走りにくくしていた。
ダッシュの『ギア』を稼ぐには、走行距離が必要だ。
また、木や岩といった障害物、上り坂や川の深みにぶつかると、『減速』が起きる。
ジンオウガと戦ったときは、ほぼ平坦な野原だったので、ランナースタイルを活かせた。
しかしここには、木々や坂道や小川といった減速要素が多い。
ギアを稼げる軌道が限定されており、タマの攻撃に速度と威力が乗らない。
ましてや討伐対象が、木々の間を縦横無尽に動き回る、トビカガチであれば。
「こいつ、動きが素早いし目もいいわね!」
リコリスが放った矢を、トビカガチは分かっていたように回避する。
タマが追ってハンマーを振り下ろすが、トビカガチは木に走り、駆け上る。
タマのハンマーは木の根を打ち、トビカガチに頭上を許した。
「ぬおっ!?」
横に転がったタマが一瞬前にいた場所に、トビカガチの尾が叩き付けられる。
機敏なトビカガチはそのままタマに食いつこうとするが、リコリスの放った矢に気付くと、後ろに跳んで避けた。
そのまま藪の中へ飛び込むと、体高の低さを活かして身を隠しつつ、木々の合間を走る。
「急いでるっちゅうに厄介なもんが……っ!」
タマは歯噛みする。
樹木を容易に上り下りすることで生まれる、高低差のある攻撃。
前後左右はもちろん上下にも気を抜けず、枝葉や幹に隠れて動きも読みにくい。
しかし、ハンターたちの撤退を妨げる脅威の排除する上で、あのトビカガチは避けられない。
「っく、武器を取ってくる!」
オグリが歯噛みして、一本の樹木を見る。
武器の【レイトウマグロ】は、トビカガチに奪われた後、木の上に引っ掛けられてしまった。
木の幹を蹴っても落ちてこないので、登ろうと手を伸ばしたとき――
「罠です!」
アイリスがハッとして、オグリの襟首を掴むと、地面に引き倒す。
見れば、藪の中から跳躍したトビカガチが、オグリの登ろうとした木に乗っていた。
オグリが数十センチでも登っていれば、頭をがぶりとされていただろう。
アイリスは、そのトビカガチに向けて、腰の鞄から水筒らしき物体を取り出し、仕掛けを動かして放り投げる。
「連合ギルド謹製、手投げ樽爆弾!」
竹筒ほどの手投げ弾だ。
指先一つで動く着火装置と、少量ながら火薬の爆発を起こす、言わば手榴弾である。
手投げ弾は中空で爆発を起こし、ちょっとした音爆弾ほどの効果を発揮、トビカガチを引かせた。
かつ爆風で枝が揺れ、根元にレイトウマグロが落ちてくる。
「感謝する!」
オグリはそれを拾って、トビカガチの姿を探した。
武器を失ったオグリをカバーする必要もなくなり、タマも小さく息をつく。
「なんや、調査員っちゅうから、あんま戦えへんかと思っとったで」
「驚いたぞ。でもああいう音がするのは事前に言ってくれ」
タマとオグリは、手投げ弾の爆発音に耳鳴りを覚えていた。
ウマ娘の鋭敏な聴覚が徒となった形だ。
「今時の討伐では、『ポーター』も立派な戦闘スタイルですから!」
アイリスは双剣のうち片方を鞘に収めて、空いた手の指に幾つかの瓶を挟んでいた。
「回復役、閃光玉、捕獲用麻酔玉に罠セットまで、アイテムのことならお任せください!」
アイリスは鎧を着ない代わりに、鞄を多く持っている。
防御力を犠牲に装備重量を減らし、道具所持数と身軽さを増す。
『ポータースタイル』――機動力とアイテムを重視した、忍者のようなスタイルだ。
「遠距離は私が。僅かにでも足を止めてくれれば、幹の裏にいたって射貫いてみせる」
そしてリコリスは、弓という武器を見ての通り遠距離型だ。
「私が前に出る。得物の長い私の方が、奴を捉えやすい」
オグリはレイトウマグロを構え、刀身ガードの姿勢を取る。
見た目は魚だが分類は大剣、リーチは長く、刀身は盾になり、近距離戦に優れる。
トビカガチの奇襲からタマを守ったように、オグリの戦闘スタイルは防御型。
VRの迫力に臆さずモンスターに肉薄、最前線を務める――『グラップルスタイル』である。
「オトモもお忘れなくニャ!」
「幾つか罠を仕掛けてきたニャ!」
「足が速くても捉える方法はたくさんあるニャ!」
タマのオトモ三人衆も意気軒昂だ。
トビカガチの登場以降、サハギンたちも近寄ってこないので、横槍の不安もない。
「……せやったな」
ジンオウガの時と違って
レース染めの日々を送っていた弊害だ。勝敗の責任を自分一人で背負い込んでいた。
トレセン学園の中でも、勝利への執念が強いタマモクロスであれば、ことのほか。
でも、ここはターフじゃない。
だから、隣にいる誰かとも敵同士じゃない。
お友だちと協力して強大なモンスターに勝利すること――それもまた、モンハンの醍醐味なれば。
「せやったら、しっかり付いてこんかい!!」
タマモクロス――疾走する。
こちらを警戒していたトビカガチに、自ら飛び込む。
跳躍して木の上に逃げたトビカガチに、リコリスの矢が放たれる。
それも避けたトビカガチだが、風魔法が込められた矢が暴風を巻き起こす。
『ッ!?』
トビカガチは、脚の間にある皮膜でモモンガのような滑空をする。
それ即ち、風に流されやすい。
エルフの魔弓術により巻いた風は、トビカガチの跳躍軌道を乱し、木に衝突させた。
攻撃魔法が効きにくいモンスターでも、行動の妨害くらいは可能なのだ。
「後ろから『さす』のは得意だ」
オグリキャップが――トビカガチの隙を見逃さず、レイトウマグロを振り下ろす。
尻尾の付け根に直撃、【尻尾切断】が起きて、トビカガチの長い尾が三分の一ほど分断された。
「閃光玉、投げます!」
続いてアイリスが――バランスを崩したトビカガチに【閃光玉】を投げつける。
全員が目を覆うと、猛烈な発光が起こり、トビカガチの目を焼いて動きを止めた。
「ここニャア!」
「お縄ニャア!」
「覚悟ニャア!」
アイルーたちが鉤縄を投げつけ、片方のフックをトビカガチに、もう片方を木の幹に噛ませる。
トビカガチが走った勢いで縄が張り、体に鉤が刺さった。
流石にそれでは前に進めず、トビカガチは足を止める。
「だぁらっしゃあ!!」
そこに、翔蟲で宙に舞い上がったタマが、急降下からの脳天へとハンマーを打ち下ろした。
「自分、頭ええけどビビりやろ? 逃げばっかりやん」
トビカガチは
リコリスが矢を放つと、氷魔法で生じた氷塊が、トビカガチの片足と地面を結合させた。
「走り方って、性格出るんやで?」
――モンスターは賢い。
賢いが故に、知性と同時に『性格』も見えてくる。
このトビカガチ、初手は奇襲で、移行は回避を優先し、狙うのは武器を失ったオグリからだった。
それはそれで恐ろしい狡知だが、ジンオウガのような『勇猛さ』を感じない。
だから確信できた。このトビカガチは、袋叩きにすれば勝てると。当人がそう思っていると。
「すまんなぁ。逃げるんを掴まえるのは大得意やねん」
言葉の間に『溜め』を済ませていたタマは、三日月のような笑みと共に、両手で柄を握ったハンマーを振り下ろす。
『ッッッ――』
トビカガチの頭蓋は砕けず、しかし頭部へのクリティカルヒットが、HPを大幅に奪う。
戦闘不能――トビカガチの体は、仮死状態のように動かなくなった。
○
「っしゃあ! 勝ったどーっ!!」
タマの喝采を始め、アイルーたちが歓声を上げた。
オグリは笑みで息をつき、リコリスは感激したアイリスに抱き付かれている。
チームワークによる快勝だ。
たとえこれがゲームだとしても、そうでなくとも、勝利の喜びに違いはない。
「っ、アイリス、キャンプ地に合図を!」
「っと、そうでした!」
プロの冒険者であるリコリスが真っ先に思い出し、アイリスも合図用の音爆弾を取り出す。
自分たちはトビカガチを討伐に来たのではなく、退路を開きに来たのだ。
「後はサブキャンプとやらまで逃げるんだったな」
「おう、オグリ、今回ばかりは方向音痴も勘弁やで?」
タマがオグリをからかったとき――
「ッ、タマ姐さん!」
アイルーの警告が、タマの耳に届いた。
ウマ娘の耳が足音を捉えた方に向くと――
「…………」
トビカガチの牙が、タマの眼前にあった。
視界を埋め尽くす牙竜の顎、その片隅に、倒れ伏したトビカガチが見える。
(もう、一匹……?)
迂闊だった。
今回の、モンスターと魔物の合戦では、群れないモンスターが群れる現象が起きていた。
であれば……この場のトビカガチもまた、一体だけと判断すべきではなかった。
勝った直後こそ隙だらけだから警戒せよ――そんな武芸者の観念は、タマも持ち合わせていない。
だから、既に上下の牙が頭を包みつつある状況で、タマにできることはなにもない。
ゴリッ――と、鈍い音が響いた。
○
盾が――めり込んでいた。
トビカガチの顔面に、横から飛び込んできた腕が、片手剣の盾を打ち込んだ。
タマもオグリも、リコリスもアイリスも、盾は装備していない。
なら答えは一つ――
タマを奇襲したトビカガチが牙を届かせるまでの一瞬で、何者かが割り込んだのだ。
「――――」
タマはその光景を間近に見た。
トビカガチを横殴りにしたのは、壮麗な赤い盾――装備名は【テオ・スパーダ】。
横移動していくトビカガチの顔面に代わって現れるのは、黄袖の赤いジャケット。
細長い腕が進むにつれて、視界に現れたその横顔は――
「ま……」
鹿毛のロングヘアー、大人びた美貌と青い瞳、起伏豊かなスタイルを包む真紅の勝負服。
知らないはずがない、トレセン学園の生徒で、彼女を知らない者はよほどの世捨て人だ。
古豪の駿才、芝を駆けるスーパーカー、パワーとスピードの最高峰――
唯一抜きん出て並ぶ者なしを、最も体現しているウマ娘の一人――
可愛い後輩の絶体絶命に、彼女が間に合わぬはずがない――
「
彼女はトビカガチを盾で殴り飛ばすと、驚くほど軽い足取りで止まり、軽く髪を払った。
「はぁい♪ タマちゃん。お姉さん余計なことしちゃったかしら?」
タマとオグリに顔を向けた彼女は、魅力的な笑顔でウインクしてみせるのだった。
「マルゼンスキー! なぜここに!?」
オグリも驚きを口にしながら、トビカガチを警戒する。
しかし、マルゼンスキーは壮麗な赤い剣を持つ手で、オグリを下がらせた。
「なぜも何も、可愛い妹分たちを助けに来たに決まってるじゃない。
こっから先はマルゼンにお任せ♪」
彼女は東側からやってきた。
タマたちが退路を開こうとしていた、サブキャンプの方角からだ。
ベースキャンプの窮地を知った、サブキャンプ側からの救援――と考えるのが妥当だ。
『ッッッ!!』
トビカガチが咆哮している。
砲声で髪を靡かせながらも、マルゼンの表情は微笑から変わらない。
「んー、最近のゲームって本当に綺麗ねぇ。
いまでも2コンのマイクを使うと裏技ができたりするの?」
これはゲームだから安全だ――という楽観に基づく余裕ではなかった。
タマとオグリには分かる。この笑顔は、マルゼンなりの戦闘態勢だ。
笑顔とは、動物が威嚇のため牙を剥く行動に由来しており……
『――ッッッ!!』
トビカガチが、マルゼンに飛びかかる。
するぅ――と、さして姿勢も変えることなく、マルゼンがその脇を抜ける。
直後、トビカガチの爪が【部位破壊】した。
マルゼンの振るった片手剣が、一切の無駄なくカウンターを取ったのだ。
「お姉さん、ゲームはそんなにしないけど――」
唖然としたようなトビカガチが、声の方を振り返る。
そこにマルゼンスキーが――居ない。
代わりに足や尻尾に衝撃が走った。
「要するに、あれでしょ?」
旋回するように飛び退くトビカガチ、しかしマルゼンの気配が離れない。
「避けて当てればいいのよね? インベーダーみたいに」
ゲームというより、あらゆる闘争に通じるだろう、基本にして理想。
それを、敵がする。
この先、トビカガチが体験するのは、そういう出来事だった。
「「…………」」
タマとオグリは呆然と、その光景を見ていた。
赤い女剣士が、モンスターと踊る。
まるで手を取り合って巧みに体を入れ替えるように、至近距離で剣を振るう。
顎の下を潜りながら薙ぎ払い、新体操のように尾を避けながら撫で切りにする。
大きく飛び退いても、縄で結びあわされたように同じ速度で追い、剣を体に通していく。
剣閃は発光現象に彩られ、踏まれた川面から舞い上がった水飛沫に反射する。
トビカガチの爪や尾は空を切り、全身を旋回させても潜られ、転がれば飛び越えられる。
異様なくらいに――マルゼンスキーを捉えられない。
当たらずに当てる、避けて避けさせない、打たせずに打つ、斬って斬られない。
基本にして極意、その極地だ。
恐らくトビカガチは、マルゼンスキーの姿を視界に捉えることすらできていない。
彼女の影すら踏めているかも怪しい。
相手はマルゼン一人だというのに、見えない蜂の大群に襲われているかのよう。
もはや戦闘にさえならない、かといって蹂躙にも見えない。
ただただ、マルゼンスキーの赤い剣と盾が、トビカガチの青い体にキスをする。
どこか官能的ですらある絶技の嵐に、誰もが魅入られた。
「ふぅ」
そうして気がつけば――トビカガチは動かなくなっていた。
タマやオグリと同様、相手に外傷を与えない攻撃で、踊り付かれて眠ったかのように。
本当に、正真正銘の、完全勝利。
ノーダメージノーヒット、時間にして三十秒も経っていない。
恐らく【MHE】のゲームシステムが許す最短時間で、マルゼンはトビカガチをソロ討伐した。
「
トビカガチの体毛が粉雪のように舞う戦場で、真紅のウマ娘が微笑むのだった。
ご一読いただきありがとうございました。
マルおねは格好いいのでネタ武器に走りません。
ちなみに『2コンのマイク』とは初代ファミコンのことです。
そりゃそうだろと思ったあなた、おっさんの世界へようこそ。