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――トレセン学園 体育館――
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時間は多少前後する。
ウマレーターによる【MHE】のテストプレイ、それが始まってしばらく経った頃。
ゲーム内では、タマモクロスがジンオウガと一戦交えるよりも前。
「確認! 生徒たちの体に問題はないか!?」
トレセン学園の理事長・秋川やよいは、『変事』と記された扇子を開いた。
「はいっ、生徒たちの無事は確認できています。
あくまで『ゲームが中断できなくなった』だけです」
理事長秘書・駿川たづなが、念入りに確認したことを改めて報告する。
体育館には、何台ものウマレーターがあった。
内部にはテストプレイに参加したウマ娘たちがおり、しかし呼び掛けても応答はない。
【MHE】のテストプレイ中、ウマレーターが突如としてエラーを起こした。
するとゲームを中断できなくなり、プレイ中のウマ娘はゲームの世界に閉じ込められた運びだ。
「痛恨! これほど多くの生徒がウマレーターに囚われてしまうとは! 増産が徒となった!」
「プレイ状況を見る限り、全員ゲームを進行しているようですが……
あれ? こんなステージ、予定にあったかしら?」
やよいは閉じた扇子で額を押さえ、たづなはウマレーターに繋いだPCを見て首を傾げる。
この事態は、一部の生徒たちにも知られることとなった。
「な、なんだか大変なことになってませんか……?」
棺桶のように並ぶウマレーターを見て青ざめたのは、サクラチヨノオーだ。
その隣には、スーパークリークと――
「聞けば、オグリさんとタマモさんにイナリさんも、あのウマレーターのどれかに居るとか」
――ヤエノムテキ。
チヨやクリーク、オグリキャップとも同期となるウマ娘だ。
「それは……ちょっと心配ね。
前にグラスちゃんとエルちゃんが似たようなことになったと聞いたけど……」
体育館の入口で言葉を交わす三人。
学園の中でも親交のあるタマ・オグリ・イナリが事実上の昏睡状態となって、思わず様子を見に来たのだ。
「あれは……」
ふと、チヨが体育館の一角に目を留める。
ウマレーターから伸びたコード、それが川のように集まっていく先を、何気なく目で追うと――
「エアシャカールさんと、ファインモーションさん?」
整髪剤で固めた髪とピアスという尖った出で立ちのシャカール。
それとは対照的に貴族令嬢のように楚々としたファイン。
異色だが、一緒にいるところをよく見かける二人だ。
「どう? シャカール、なにか分かった?」
ファインは、シャカールの表情から一定の進展があったと読んで尋ねる。
「まだだ。肝心なことを幾つか試行してねぇ。ったく、VRゲームは畑違いだってのに……」
シャカールはキーボードを弾き、どこか不愉快そうに眉を動かしながらも、息をつく。
少し経つと、シャカールの周囲に、秋川やよい・駿川たづなが集まった。
「感謝! 突然の協力要請に応じてもらい感謝する、エアシャカール!」
「それで、何か分かりましたか?」
「私にも分かるようにお願いね?」
やよいとたづなに続き、ファインから注文を受け、シャカールは面倒臭そうに軽く髪を掻いた。
「……ウマレーターに『ダミー』を送り込んで、問題の【MHE】をプレイさせてみた。
たしかに、プレイヤーが本来ならできる手法ではログアウトできなくなってるな」
シャカールの口調には、なるべく平易な言葉を選ぼうとしている努力が窺えた。
どうやらシャカールは、空席のウマレーターに介入して、【MHE】を起動させていたらしい。
PCでプレイヤーがいると認識させた空のウマレーターで、『遭難』を避けつつ調査したのだ。
「そこで、『ダミー』にプレイヤーが取り得る行動を片っ端から試行させてみた」
それらは電子上で行われ、かなり高速で処理された。
真っ当なプレイングから無意味な動作まで、バグ取りのように『ログアウト手段』を探すと、
「結果――
おお……と、耳にした面々が感嘆を零す。
終わらせる手段があると分かっただけで朗報だが、シャカールは不満そうだ。
「だが現状、解放されたのは『クリアしたプレイヤーだけ』だ。
ダミーがその条件を満たしても他の奴らはいまだゲームの中。
それがダミーであったせいなのか、クリアした奴から順に目覚めるものなのかは不明だ。
他にも不可解なことが山ほどあるが、中間報告としちゃこんなところだな」
こちらからの操作でウマ娘たちを目覚めさせることはできない。
その悪い報せに、やよいとたづなは消沈する。
「無力! つまりこちらからは何もできんとは……」
「せめて、プレイ中のウマ娘にそれを伝える手段があれば……」
シャカールはそれを聞いて失笑した。
「プレイヤー同士のボイスチャット機能は正常だ。現状取り得る選択は、まあそういうことだ」
「……ああ! 誰かが空きのウマレーターでゲームにログインすればいいのねっ」
シャカールの謎かけめいた助言を、ファインが解いた。
『メインシナリオをクリアすればいい』――それを伝えるために、それ以外では中断できないVRゲームをプレイする、ということだ。
「流石にそれは……」
たづなは肯定しかねている。
すでに目覚めない生徒が出ている状況では、実質『二次遭難』させるような手段だ。
「なら、私が行ってあげる♪」
と、そこに現れたのが――マルゼンスキーだった。
「え!? マルゼンさん!?」
これに反応したのは、離れたところで聞いていたチヨだった。
チヨはすぐさまマルゼンの元に駆け寄り、ヤエノとクリークもそれに続く。
「マルゼンさんっ、なに言ってるんですか!? 危ないですよそんなの!」
「あら、チヨちゃん」
両手の拳を可愛らしく握って抗議するチヨに、マルゼンがきょとんとする。
「危ないなんて大げさね。ただのゲームよ?」
「でも、いつ目が覚めるかも分からないじゃないですかっ」
飄然とした口調で言うマルゼンに、チヨはリスクを説いたが、
「ふふ、ありがとう。心配してくれてるのね。でも、分からないなんてことはないわ――」
マルゼンは間を置いて、こう宣言する。
「爆速でクリアしちゃえばいいじゃない!」
RTA――という単語をマルゼンが知っているかは疑問だが、要はそういうこと。
危険性を無視して前向きに言ってしまえば、クリアしてしまえば八方丸く収まるのだ。
「痛快! その意気やよし!」
やよいは『流石』と記された扇子を広げる。
「り、理事長……」
「許可! ゲームクリアが唯一の解決策なら、それを最速にするのが一番の解決策!
即ち! 共に戦う仲間は多ければ多いほどよい!」
「でしょう? 理事長わかってる♪」
古参のマルゼンは理事長のやよいとも仲がよいのか、軽くハイタッチすらしていた。
チヨは同意できる面もあってか止められず、シャカールは苦手な空気を感じてか何も言わない。
ちなみに「じゃあ私も」と言いかけたファインは、SPに肩を掴んで首を横に振られていた。
「任命! マルゼンスキーを、プレイヤー救援部隊長とする!」
「拝命♪ お姉さんに任せておいて」
額に片手を沿えてウインクするマルゼンは、もの言いたげなチヨに顔を向ける。
「ごめんねチヨちゃん。でも、きっとあの中には不安に思ってる子もいると思うの。
だったら、それに駆け付けるのは先輩の役目でしょ?」
事がゲームだろうが、別の何かであろうが、マルゼンは同じことを言っただろう。
それが分かっているから、チヨも引き留めることができなかった。
「だったら、私も行きます!」
そして――マルゼンスキーを一人で活かせるチヨでもなかった。
かくして彼女ら――マルゼンスキーにサクラチヨノオー、放っておけなかったスーパークリークとヤエノムテキも、その救援部隊に加わるのだった。
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――魔大陸〈渓流森林〉サブキャンプ――
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「で、私たちも来たってわけ」
サブキャンプに避難したタマたちは、その一角で会議を開いていた。
功労者ということでテントが融通され、タマたちは車座になって体を休めている。
「はぁー、ウマレーターの外側はそんなことになってたんか……」
マルゼンの説明を聞いたタマは、ふと気付く。
「ちょお待ち? 話を聞くにヤエノも来とるんちゃうんか? 別行動しとんのか?」
マルゼンが引き連れてきたのは、チヨとクリークとイナリだ。
一緒にいるはずのヤエノムテキがおらず、イナリと入れ替わっている。
案じる表情で答えたのはチヨだった。
「それが……どうもこのゲーム、『スタート地点』がバラバラみたいなんです」
「スタート地点? 最初に目を覚ます場所みたいなものか?」
オグリが乏しいゲーム知識で、どうにか話についてくる。
マルゼンがタマに問いかける。
「タマちゃんとオグリちゃん、このゲームが始まったとき、最初はどこに居た?」
「たしか最初は『チュートリアル』やったな。基本操作を覚えて大人しいモンスター狩る奴や」
「私もそうだ。フィールドを少し迷ったが……」
そこはタマもオグリも一致していた。
迷うようなフィールドではなかったと思うが、そこは追及しないでおく。
「で、それが終わったら〈王国基地〉の港やった。船で魔大陸に来たばかりの新米ハンターみたいな設定ちゃうんか?」
「ん? 待て、私も〈王国基地〉だったが、目が覚めたのはギルドのエントランスだったぞ?」
ここで、タマとオグリに相違があった。
イナリやクリークも口を開く。
「あたいはそもそも〈王国基地〉とやらじゃなかったな。こっから東の開拓村だったぜ?」
「私は『移動中の車』ね。ほら、草食竜みたいなのが引いてるあれです」
クリークが言う車とは、この魔大陸の主要な乗り物で『竜車』という。
「私とチヨちゃんは東の〈帝国基地〉だったけど、場所は結構離れてたわ」
「早めに合流できて幸運でした……だから、ヤエノちゃんも何処か別の場所からスタートしてるんだと思うんです」
どうやらこの【MHE】、『遭難』したウマ娘は魔大陸のあちこちに散らばっているらしい。
そのせいでヤエノともはぐれてしまったようだ。
「とりあえず、私とマルゼンさんでウマ娘を探し始めて、クリークさんやイナリワンさんと合流できたんです」
クリークとイナリは、とりあえず最寄りで人が多い場所を目指した結果、マルゼンとチヨを発見したらしい。
そんなチヨの説明を、クリークが受け継ぐ。
「そこで、ウマ娘のみんなを探すために、ギルドで人捜しの依頼を出すことにしたの。
ギルドを通じて各地に張り紙を貼ってもらったり、情報提供の窓口になってもらったりね」
ギルドにはそんな依頼もできるらしい。
要はオグリが指名手配されたときのように、掲示板に『ウマ娘さがしてます』みたいな掲示をしてもらうのだ。
「そのためにゃあ金が掛かるってんで、いっちょモンスター狩りで稼ごうとしてたんだが……」
イナリが説明を引き継いで、タマとオグリに目を向けた。
「狩りをしに行ったサブキャンプで、あんたらのピンチを知り、いまに至るってわけさ」
それが、救援部隊であるマルゼンチームの、今日に至るまでの経過だった。
「張り紙かぁ、その手があったわ」
「ああ、名を上げるよりも現実的だな」
タマとオグリは盲点をつかれた気分だった。
調査員アイリスから『名を上げる』という案を得ていたが、もっと順当な手段があった。
ここがゲームであるという認識もあってか、そういう現実的な発想から遠ざかっていた。
「お! いいじゃねぇか、名を上げる!」
しかしイナリはそちらに食いつく。
「あたいらが誰でも知ってるってくらい話題になれば、大陸中の人間にビラ撒いたようなもんだ!
掲示板に張り紙するより、よっぽど効果があるってもんさ!」
「それはそれで大変そうだけど……」
チヨは微苦笑するが、クリークがぽんと手を合わせる。
「それ、同時にできるんじゃないかしら? このゲームでお金を稼ぐにはモンスターを討伐して、モンスターをたくさん討伐すると有名になるから――」
「それや! 武勇伝を重ねてりゃ自然と両方叶うやん!」
タマは喝采を上げた。
三人寄ればなんとやら、タマとオグリだけで悩むよりも、効果的な方針が定まってくる。
それを見て、マルゼンが陽気に口を開く。
「そうして他のウマ娘ちゃんと合流しながら、メインクエストをクリアすればOKってわけね」
メインシナリオのクリア――それがこの状況を脱する道だという。
それを聞いてふと、タマは気付く。
「……他の奴らと合流するんはもちろん賛成やけど、手っ取り早くゲームクリアしてまうのもありちゃうか?」
「ううん、それはちょっと危ない感じなの」
クリークが残念そうに否定する。
「シャカールちゃんの話だと、『ソロでクリアすると、そいつしか目が覚めないかもしれない』らしいの。確実に全員が目覚めるには、マルチ? みたいな状態で、皆で一緒にクリアした方がいいって」
通常、メインシナリオのクリアは、ソロプレイで進行する。
しかしタマたちがプレイしている【MHE】は、メインシナリオをマルチで進行できる状態にあるらしい。
現状リリースされている【MHE】とは異なる、ウマレーターに関連して起きている、ローカルなバグだそうだ。シャカールが言った『不可解なこと』のひとつである。
「仮に私たちでラスボスを倒しても、他の子を置き去りにして抜けちゃうかもしれないのよね。それだと救援にならないでしょ? そうでなくても、ゲームは皆でした方が楽しいじゃない♪」
マルゼンのポジティブな言葉が、耳にしたウマ娘たちの心を軽くする。
状況が同じでも、楽しんで取り組めるかどうかで、ストレスの値は大幅に変わってくるものだ。
避けて通れない道ならなおさら、ピクニック気分であるに越したことはない。
「よぉ分かったわ。アホなこと言うて堪忍な」
「ああ、仲間を集めてゲームクリア。私も賛成だ」
タマとオグリが納得したところで、イナリが手の平を打ち合わせて注目を集める。
「よし決まりだ! 戦う、稼ぐ、名を上げる! そんで仲間を集める!
最後は足並み揃えて魔王だかなんだかを倒して大団円っ! シンプルでいいじゃねぇか!」
イナリの威勢を追い風に、チヨも挙手して口を開く。
「はい! でしたら、『クラン』を立ち上げるのがいいと思います!」
クラン? と、全員が首を傾げた。
マルゼンは知識が古く、クリークも『遊び』は託児所向け、他はガチガチの体育会系――やむを得ぬことだった。
「えっと、こういうゲームで作るチームみたいなものです。ギルドでも有名なクランはよく話題になるそうですし、皆で助け合って名を上げるには打って付けかなって」
もちろん異論は出なかったが、チヨの提案はここからだ。
「そのクランの名前に、私たちがウマ娘だって分かるようなものを付けるのはどうでしょう?」
「なるほど、聞けばウマ娘って分かるような名前にして、そいつを咲かせようって寸法かい」
イナリは膝を叩いて、他の面々も納得する。
「賛成♪ 合流した子をそのクランに加えて、ゲームクリアを目指していきましょう」
マルゼンの声で、今後の方針が明確になった。
ウマ娘によるクランの結成――さしあたって取り組むべき中途目標が、ここに定まったのである。
「だとしたら、重要なのはクランの名前ね。どんな名前がいいかしら?」
クリークが頬に片手を沿えて小首を傾げる。
通りがよくて、かつウマ娘が聞いてウマ娘だと分かるもの――
タマとオグリ、イナリとマルゼンが、それぞれ考案し始める。
「浪速のウマ娘」
「フードファイターズ」
「大井一発爆走団!」
「おニャン子ウマクラブ♪」
「チヨちゃんは、なにかいい案あるかしら?」
クリークがくるりと顔の向きを変えて、チヨに笑顔で問いかけた。
チヨとしても、最低限自分が名乗れるものがいいので、必死に頭を回す。
「その……でしたら……」
チヨが口にしたそれを聞いて、タマたちは目を瞬いた後、顔を見合わせると――
満場一致で、それを採用するのだった。
まだ駆け出し、注目度など無いに等しい。
でも、もしウマ娘が聞いたなら、これは同胞だと一目で分かる。
こと、トレセン学園のウマ娘なら、ここを目指さないはずがない。
クラン――〈
勝者の歌声、勝利の演奏、自分たちがあるところに名勝もたらす者たち。
その名は、当人たちが思っているよりも速く、人々の口に上ることになる。
ご一読いただきありがとうございました。
文章上で歌って踊らせるのは難しいので、ウイニングライブはクラン名にしました。