魔大陸アトランティス――突如として出現した、異界と繋がっているという大陸。
大陸から流出してくる竜や魔物を封殺するため、【竜と狩人の世界】のハンターと、【剣と魔法の世界】の冒険者たちが、いまも開拓と調査と激闘を繰り広げている。
とはいえ、世界平和のためだけではない。
ハンターや冒険者を送り込んだ国々としては、資源などの利益も当然欲しい。
例えば――帝国。
【剣と魔法の世界】における指折りの列強で、冒険者たちはこの国の依頼で魔大陸に来ている。
魔大陸の概要を掴み、沿岸部に輸送船を入港させられる基地も完成した。
他に遅れを取らないためにも、そろそろ本腰を入れるべき頃合いである。
つまり、冒険者という『民間』の戦力ではなく、貴族が率いる騎士団といった公的戦力。
その投入により、魔大陸の攻略に本腰を入れる。
これを議決した帝国は、国内でも歴戦の将である貴族を、魔大陸に派遣するのだった。
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――魔大陸〈白鉄荒野〉――
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魔大陸南部の〈白鉄荒野〉――未分類の白色鉱石が産出される、岩山と荒野だけがある地帯だ。
南の沿岸部である〈灰色の浜〉から北東側にあり、ここを通れば魔大陸中部へ至る。
しかしそこはサバンナさながら、モンスターや魔物が弱肉強食を演じる地域でもあった。
そんな荒野を、【剣と魔法の世界】にある帝国の貴族が、騎士団を率いて進んでいる。
貴族は馬ではなくガルクに乗っており、荷車はアプトノスが引いていた。
彼らの故郷では馬が基本だが、魔大陸への航海が馬への負担となること、また魔大陸では馬に適した飼料が入手し難いという理由から、現地で買い取ったのだ。
馬の鞍とは異なる乗り心地に、貴族も騎士団も当初は難儀したが、一通りの訓練を経て堂に入った姿となっている。
「閣下、偵察が竜を発見しました」
閣下と呼ばれた貴族は、初老の武人だ。
鍛えられた肉体に鎧を着ており、顔に戦場から持ち帰った傷が散見される。
でっぷり肥えている系でも、令嬢とダンスを踊る系でもない、戦国武将系の貴族だと分かる。
「連合ギルドの情報と特徴が一致、討伐対象でほぼ間違いないかと」
「そうか――」
貴族は考える。
噂では『勇者一行』と呼ばれる冒険者たちが、マスター級のモンスターに蹴散らされたという。
連合ギルドが設定するモンスターの脅威度は『下位』『上位』『マスター』の三段階。
より危険度が高い場合は『高難度』と追記され、一部のモンスターは即座に特別警報が出される。
今回、貴族たちが挑む竜は『上位』。
三段階評価で真ん中くらい。臆することも侮ることもできないといったところだ。
「魔大陸の竜には攻撃魔法が効きにくく、ミスリルやオリハルコンも特効とならない、だったな」
「左様です。我々の世界の騎士や冒険者が従来の装備で戦えるのは下位まで、上位以上はハンターとしての装備を使い訓練を受けてから、というのが通説となっております」
「不名誉なことだ」
貴族はそう言わざるを得ない。
【剣と魔法の世界】でも竜は難敵で、その打倒が容易ならざることは仕方ない。
しかし異世界の狩人たちが、魔法も頼らずそれを倒せるとなれば、武人として話は変わる。
「南西部に基地を築いた異界のハンターたちに比べ、我ら帝国は南部の基地を保つのが精一杯だ。魔大陸の調査でも遅れを取っている」
この魔大陸で出会った、異なる世界の調査団は、それぞれの上陸地点に基地を作った。
ハンターは〈灰色の浜〉から西にある〈王国基地〉を、冒険者は東にある〈帝国基地〉を。
互いに必要な知識や物資を融通しながら、魔大陸という未知の危険地帯を調査している。
だがハンターたち〈王国基地〉と比べて、〈帝国基地〉は調査区域の拡大に遅れを取っていた。
どうやら魔大陸では『魔物』より『モンスター』の方が多いらしく、それを排除する速度の違いが露骨に出ている。
「現場の冒険者とハンターたちは協力関係が成り立っているが……両世界の国家が本腰を入れて開拓を始める段になれば、この遅れが開拓競争に響き、国益を損なうことになるだろう」
意地やプライドだけではなく、外交上のことも加味して、貴族は言う。
「こちら側が無力ではないことを証明しなければならん」
そうした意図をもって、帝国でも指折りの武将である彼が、国内を手薄にしてまで魔大陸にやってきたのだ。
「我ら帝国騎士と――『召喚獣』の力によって」
ロックゴーレム――岩石の巨人が二体、騎士団に随伴していた。
大小無数の黒ずんだ石が集まり、人型を作っており、しかも自ら歩いている。
ガランゴルムのように土砂を体表に固めた二本足の生き物、というわけではない。
純粋に石だけで構築された、動いていること自体が不条理と言える、魔法による疑似生物。
召喚術――その産物である召喚獣だ。
精霊や妖精といった実体を持たない生き物を使役して、必要な魔力と自然物により仮初めの肉体を与える。
ロックゴーレムの場合は、土の妖精を召喚して、魔大陸の土と石を肉体としたものだ。
全高およそ6メートル。
鉱石を割って削ったような剣や斧を持ち、顔を構成する岩の隙間に目と思しき光が灯っている。
動きはやや鈍重だが歩幅が広いため、騎士団の行軍には置いていかれていない。
城門に体当たりすれば容易にぶち抜きそうな、頑強さと重量感が見て取れた。
「魔大陸の『モンスター』に魔法攻撃は効きが悪い――であれば物理でよい」
貴族はロックゴーレムの巨体を振り返って語る。
ロックゴーレムの付近には、それを操る召喚士たちがいる。
「ハンターたちのモンスターに対する必勝法は、煎じ詰めれば『武器で殴り続けること』だ。
なら、肉弾戦でモンスターに劣らぬ召喚獣と組み合わせ、弓や銃の集中砲火を浴びせればよい」
騎士には、魔物用のミスリル装備と、モンスター用のハンター装備、両方持たせている。
うちハンター装備は、弓やボウガン系ばかり。前衛は大部分をロックゴーレムに任せる編成だ。
「今回の討伐対象である竜は、火も吹かなければ魔法も使わぬという。
爪と牙で力押しをしてくるだけの猪武者なら、より大きく、より重く、より頑強な方が勝る。
召喚獣を前衛とした対モンスター陣形の試行にはちょうどよい相手だ」
貴族は騎士団の戦術を再確認して、騎士たちに声を張る。
「これより竜との戦闘に入る! 訓練通りに事を進め、この大陸に帝国騎士の武威を示せ!!」
応! と騎士たちが拳を突き上げた。
騎士の数は三十、ロックゴーレムが二体、それを操る召喚士二人に加え、念を入れて他の召喚士も控えている。
荷車には樽爆弾や罠などが満載で、全員が大型の魔物との戦闘経験を経ている。
誇張ではなく、強い。
慢心ではなく、勝てる。
歴戦の貴族は、驕ることなく準備してきた。
魔大陸に来てからは捕獲されたモンスターを相手に訓練を積み、ハンターの戦術も研究した。
年配の悪癖に駆られず新しい戦術を取り入れ、恥とも思わずハンターの教官に師事した。
ロックゴーレムの質量なら、大型モンスターの怪力であっても封殺できるという読みも正しい。
ゴーレムが押さえ込んでいる間に、騎士たちが集中砲火すれば勝てるというのも事実だ。
これより後、冒険者やハンターたちは、召喚士を重要戦力と評価するようになる。
彼らはその先駆けとして、竜との戦いに勝利することだろう。
――――討伐対象が、ティガレックスでさえなかったら。
岩山の頂上から滑空しながらの、不意打ち。
ティガレックスの翼は、羽ばたいて飛ぶことはできないが、滑空はできる。
全長20メートル近い巨体が、猫のような機敏さで舞い上がり、矢の如く滑らかに飛来して、
――ロックゴーレムを、前足の打ち下ろしで粉砕した。
これが同じ大きさの巨岩だったら、少しは結果も違っただろう。
しかしロックゴーレムは『石積み』だ。多数の石が、妖精の魔力という不思議な吸引力で纏まっているだけ。
その結合力を凌駕するパワーをぶち込まれれば、蹴り飛ばされた積み木も同然だった。
しかもそれが、騎士団の被害を倍増させる。
ゴーレムを構成していた石が、散弾となり叩き込まれた。
隊列の左右に配置されていたロックゴーレムのうち一体は、頼もしい城壁から一点、崩れる塔となって騎士たちを襲う。
当然、ティガレックス自身の巨体も突入しており、最大の被害を出している。
鎧と防護魔法のおかげで死者は出なかったが、気絶する者や骨折する者が十人近く出た。
「――――」
背後で起きた急襲と大惨事に、貴族は声を上げる間もなかった。
彼は入念に準備していた――それでも、情報収集の怠りを否めなかった。
『モンスター対策』ではなく、『ティガレックス対策』を整えるべきだったのだ。
【剣と魔法の世界】では、火を噴いたり魔法を操ったりする竜ほど上位と見なされ、肉弾戦しかないものは獣に近いものとして過小評価される風潮がある。
実際そちらの方が難易度は低いため、歴戦の勇である貴族は、その経験則に従ってしまった。
自分たちの知る竜とは常識が違うかもしれないと思い至り、戦闘経験のあるハンターに酒を驕って体験談を聞くべきだった。
彼らはきっと、こう言っただろう。
『ティガレックス? 軽々しくその名を出すんじゃねぇよ、思い出すだろうが』
『あいつは何て言うか、正々堂々と怖い奴っていうか……とにかく純粋に強いんだよ』
『デカいし速いし凶暴だ。怒らせるとな、関を破った土石流みてぇな勢いで突っ込んでくるんだ』
肉弾戦特化。
ティガレックスを言い表すとき、これも当てはまるだろう。
暴走する兵器めいた生物、厳つい外見に見合わぬ柔軟な体さばき、猫に食われるネズミの気分。
大抵の大型モンスターよりパワーがあって、スピードがあるから、火を噴く必要なんてない。
ただ――強い。
シンプルなパワー&スピード。
それだけで生態系の頂点捕食者となっている竜、それがティガレックスである。
『突っ込んでくるだけでもひでぇのに、その後の回転攻撃がまた鬼なんだ』
『いいか、密集陣形は駄目だぞ? 人間同士の戦争みたいに盾と槍を並べてみろ――
前衛をぶち抜かれた後、陣形のど真ん中から蹴散らされるぞ?』
ティガレックスが、回転する。
ロックゴーレムを一撃で仕留め、石材の散弾をまき散らした後、着地してすぐに旋回する。
首が、前足が、両翼が、後ろ足が、尾が――どれ一つとっても凶器なそれらが、隊列の中心で振り回される。
四方八方に、騎士たちが弾きとばされた。
「なん……だとぉっ!?」
貴族がそう言うだけの間に、騎士団の半数が戦闘不能となった。
ロックゴーレム一体、騎士十数人、そのうち三名は召喚士。
必勝の作戦を実現するための戦力が、秒殺された。
竜盤目 竜脚亜目 レックス科――
轟竜、絶対強者、熱砂の虎、大地の暴君――
黄色の外殻、青い縞模様を帯びた体躯に、大きく発達した左右の前脚。
それを地面に屹立させた轟竜が、いまその異名の由来を体現しようとしている。
『耳栓は絶対に忘れるな。最高級のやつだ。
守るのは鼓膜だけじゃないぞ、
『あれは咆哮なんてもんじゃない、近くにあった岩の表面がひび割れるんだぞ? 爆風だ爆風。
吼える前に対爆姿勢を取れ。口を半開きにしておかないと、肺をやられて呼吸困難になるぞ』
もはや生物の域を超えた、「大鳴き袋」という独自の内臓による、爆風同然の大音声。
『――――ツツツツツツツツツツ!!!!!!――――』
回転攻撃で蹴散らされた騎士団に、追い打ちが掛かる。
指揮せんとした貴族、ゴーレムに命令しようとした召喚士、味方を鼓舞しようとした騎士――
全員の声が、衝撃波のような咆哮に、かき消される。
顔に当たった衝撃は殴られたに等しく、鼻が押し潰されて出血すらした。
体に走る衝撃は地面に腹から落下したかのようで、出そうとした声が逆流するように息が止まる。
――ティガレックスだけが止まらない。
すぐさま、もう一体のロックゴーレムに飛びかかる。
激しい耳鳴りで音が消える中、貴族はその光景を見て、一縷の希望を抱いた。
最初の一体は奇襲で砕かれたが、正面からの取っ組み合いであれば、ロックゴーレムが有利だ。
なにせ岩なのだ。噛もうが引っ掻こうが破れる皮膚も血管もないし、血が流れてないので破れても問題ない。
あとはゴーレムを構成する岩の質量が、竜の全身を押さえ込んで――
『ツツツッッッ!!』
ティガレックスの大顎が、ロックゴーレムの頭部を、
強靱すぎる大顎は、岩だろうとお構いなしに噛み砕き、吐いて捨てる。
凶悪な爪を伸ばす両手が、岩の腕を握り潰して、引き千切る。
それでも胴体の重さに押し倒されるが、巨体での大暴れがゴーレムを浮かせ、横に転がる。
野獣の取っ組み合いと同じ速度で演じられる、ロックゴーレムの破壊。
飛び散った頭や腕が、騎士たちに投石機の如く襲い掛かり、転がる巨体が陣形を踏み潰す。
貴族は反射的にガルクを走らせ、ティガレックスとロックゴーレムの下敷きになることを避けた。
舞い上がる土煙の中――ティガレックスの輪郭だけが起き上がる。
そのシルエットが、地表を小突くようにする動きを、貴族は見て取った。
「防御態勢!!」
貴族はガルクから飛び降りると、ランスと盾を構える。
それと同時に防御魔法を展開、歴戦のタンクである貴族の前方に、透明な壁が出現する。
竜の息吹すら防ぐ防御スキル――勇者一行の『戦士』が使ったものの上位互換だ。
その透明な壁に、ティガレックスの殴った地面から飛来した土砂が、砲弾のように激突した。
通過を許せば、騎士団の被害を更に増大させただろう。
「化け物め……っ!!」
土煙が晴れる。
長い両前脚で地面を掴み、胸を張るように鎮座するティガレックス。
幼少の頃に聞いたおとぎ話の竜が、いかに『童話』だったのかを思い知る。
竜であり野獣、全身から放たれる弱肉強食の圧、頂点捕食者の存在感が加重力のように覆い被さってくる。
「閣下! 退いてください!」
「我々が食い止めます! ここは撤退を!」
動ける騎士たちが、貴族の前に出た。
鎧越しにも見える武者震い、眼前の猛竜に恐怖しながらも、誇り高く立ち塞がろうとしている。
「っ、すまぬ!」
貴族の人生の中で、これほど早く撤退に追い込まれた戦はなかった。
殿軍を務める騎士たちに背を向け、ガルクに跨がる。
屈辱である。息子のように思うことすらある部下を、生贄のように残して逃げなければならない。
誇り高い者ほど身を裂くようなことだ。
「撤退! 撤退する!」
貴族の耳に、襲い掛かるティガレックスの轟音と、騎士たちの骨肉が砕ける音が聞こえる。
その前に――
「トレセーン!! ファイ!!」
「「「「「おーっ!!」」」」」
――〈
ご一読いただきありがとうございました。
ティガレックスがやべーの巻。
ゴーレム系って、何か魔法的な力で成り立ったとしても、
無理のある肉体構造の『維持』にキャパを取られそうなので、
動いて戦うのはそんなに得意じゃないと判断しました。
むしろどこぞの巨人のように円周上に並んで城壁になればいい。
戦闘中は逆に動かない、かたくなるだけでいい。
敵兵が梯子を掛けてきたら腕を伸ばして向こうに押し倒せばいい。
投石機を使われたら、飛んできた石を吸収して城壁を補強すればいい。
「石が巨人になって戦ったらつえー」ではないんだ。
「石材が自分から歩いたらちょー便利」と考えればいいんだ。
どこかに出城を建てたいとき、城を少し動かしたいとき、ゴーレム化して歩いた壁が移動先でまた城壁になる。正に移動要塞、墨俣の一夜城どころじゃない。
つまりゴーレムの強みは『壁』、どこでも城壁~な拠点構築能力にあると見た。
もしこんなもんが戦国時代の日本に現れてみろ、竹中半兵衛だって頭抱えるぞ。
ガランゴルム「跳び越えればよくね?」
ティガレックス「ぶち抜けばよくね?」
リオレウス「自分、空から降りるんで」
人間同士の戦争だったら強いんだよ。お前らモンスターがおかしいんだよ。