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――【剣と魔法の世界】 ハイエルフ王国 漁村――
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エルフというと森に住んでいるイメージだが、海に面していれば漁もする。
観光客からは「なんかイメージと違う」と評判な、海のエルフたち。
その日、彼らが見たものは――浜に漂着した巨大な物体だった。
「おいおい、なんだこれは?」
「分からん、朝に船を出そうとしたら、もうあった」
ぱっと見では岩塊だ。
上下で10メートル、前後で20メートルほどありそうな、卵型。
見上げるほど巨大なそれが、朝起きて、庭も同然な浜辺に出てみたら、あった。
エルフの漁師たちが目を丸くするのも当然だろう。
「こんなでっかい岩が流れ着くはずないだろう。中は空洞なんじゃないか?」
「なんだこれ? 表面が簡単にぼろぼろ剥がれ落ちるぞ?」
エルフの一人が銛で軽く突いてみると、岩の表面が小石になって崩れる。
興味本位でそのまま剥がしていったところ――
「待て、なんだこれ? 琥珀か?」
岩のような殻に包まれていたのは、薄茶色の琥珀と思しきもの。
高く売れるかもしれないという話になり、協力して殻を剥がしていくと……
「冗談だろ……?」
それは、内部に巨大な生き物を内包した、琥珀だった。
透明度の高い琥珀の中に、黒い生き物のシルエットが浮かんでいる。
「な、なんだこの生き物? これ、竜の卵かなにかか?」
「琥珀は虫の死骸を包んでいたりするって聞いたことはあるが……」
巨大な卵型の琥珀、それに閉じ込められた巨大な生物。
漁師であるエルフたちはもちろん、長老たちでも知見があるかは疑問の物体だ。
「おい、これ……なんか、ひび割れてきてないか?」
ピシ、パキ――と、琥珀の表面に、霜が張るような亀裂が広がっていく。
冬の朝に凍っていた水面が、太陽光を浴びて溶け出していくように。
まるで、卵が孵ろうとしているかのように。
「まさか――」
悪い予感を抱いた誰かが言うと――琥珀が砕け散った。
『――――ッッッ!!』
内部にいた巨大生物が、琥珀を破って『孵化』する。
濡れ羽色の黒い体躯に、両腕から生える刃の骨格と、間に張った皮膜の翼。
エルフたちはその名を知る由もないが――ナルガクルガの全体像だった。
「い、生きてる!?」
「離れろ離れろ!!」
「女子供を家に!!」
漁師たちが騒然とする中、巨大琥珀の中から出現したナルガクルガは、赤い目で周囲を見回す。
視界不良なのか、逃げるエルフたちはあまり意識していないようだ。
ナルガクルガはその場でしばらく沈黙すると、体を震わせて琥珀の破片を散らす。
『…………』
そして、漁村から見えていた森を発見、弱ったような足取りでそちらに進む。
漁師たちには幸いなことに、ナルガクルガは村に被害を与えることなく、森へ姿を消していった。
不可解な状態から目覚めた直後で衰弱しており、本能で『森』を目指したのだろう。
これが、エルフの国における、ナルガクルガの最初の目撃例。
『遠洋に出現した魔大陸からモンスターがやってきた』という被害の、最初の一例だった。
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――【竜と狩人の世界】 王国学院――
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魔大陸に赴いた調査員はこう語る。
「まず、魔大陸アトランティスですが――生き物です」
魔大陸から帰還して、得た情報を伝える役を担った調査員は、知り得た限りを語った。
「生き物と申しましても、巨大な亀の甲羅に陸地があるというおとぎ話ではありません。
魔大陸を構成する物質、平たく言えば土を調べたところ、そのほとんどが有機物。
珊瑚に似た、石とも植物ともつかぬ『動物』に由来するものでした」
調査員は、どよめく学会員たちの落ち着きを待たずに続ける。
態度から、この程度は序の口だと伝わってきた。
「異様な速度で成長しては朽ちる珊瑚、それと共生する各種生物。
魔大陸とはこれらの混合物であり、はるか海の底から
その面積と標高は、日を追うごとに増しておりました。あの大陸は、成長しているのです」
係員によって絵図が広げられる。
海の底から巨大なキノコ型の陸地が生えて、会場に傘を広げていた。
「大陸と呼べるほどの量になった原因は、海底火山の活動などが推測されますが……
我々が持ち得る技術では、大陸の『根』となる深海部への到達は不可能と判断。
より差し迫った脅威の調査を優先しました」
続いて調査員が手にとって見せたのは、紙で包まれたこぶし大の何かだ。
包み紙を開くと、琥珀だった。
琥珀の中には、一匹のネズミが内包されている。
「魔大陸の土中には、このような琥珀に似た物体が大量に含まれております。
その大きさは異様と言ってよく、大型モンスターを閉じ込めたものも多数発見されました」
モンスター? どんな大きさだ……と、学会がざわめく。
「異界側の学者はこれを『化石化したスライム』と推測していましたが、これは後ほど。
諸賢に認識していただきたいのは――
調査員はネズミ入りの琥珀を籠に入れると、窓際に持っていって日光を当てる。
すると、琥珀が急に色を白く変えて、ひび割れていく。
しばらくすると砂状に砕け、中に入っていたネズミが解放される。
まさか――と思う学会員たちの見ている前で、ネズミが息を吹き返し、籠の中で動き始めた。
「特に外傷のない生き物であった場合、琥珀が破られると高確率で蘇生します」
限りなく死んでいるような状態から復活する生き物は、たしかにいる。
卑近な例では動物の冬眠、死骸のように乾燥状態となっても水を掛けると復活する乾眠もある。
「このネズミは魔大陸の地下から産出されたものであり、絶滅種であることが確認されました。
伝承によれば魔大陸の出現は過去にも起きており、その際にも調査隊が派遣されています。
船に紛れ込んだネズミが過去の魔大陸で琥珀に包まれ、海底に沈み、また浮上したのでしょう」
魔大陸の伝承はごく僅かだ。
曰く、〈日蝕の日〉に災いが起きて、大陸にいた調査隊を全滅させた末に、海底に沈んだと。
「恐らく数百年前にも魔大陸は出現した。
そのとき、動植物やモンスターが海を越えて魔大陸に入植した。
後に魔大陸は何らかの理由で沈没、詳細な記録と共に海の底へ消えていった。
しかし琥珀に包まれた生き物は保存され、再び魔大陸により汲み上げられたのでしょう」
ネズミ入りの籠を演壇に乗せて、調査員は続ける。
「無論、モンスターもです。土中からモンスターを内包する琥珀が出土した際、日光を浴びると同時に解放され、動き出したモンスターが作業員に被害を出すといった事例も複数起きています」
琥珀に包まれた大昔のモンスターが復活する。
なんともロマンのある話だ――と、学会員の誰かが皮肉った。
それを聞きとがめたように、調査員は話を続ける。
「ここで最初の、『魔大陸は成長している』という話が関わってきます。
大陸は成長と共に、キノコの傘にあたる沿岸部の地表が、自重によって剥離してしまいます」
それは氷山の端が崩れるような光景だ。
魔大陸は上にも横にも成長している。
であれば地表は徐々に海から脱して、浮力に支えられなくなる。
そして横に拡大した沿岸部は、柱がある中心から遠くなることで、自重に負けてしまう。
結果として地表の一部が、剥がれ落ちるように崩落する。
「この剥離した土塊には、しばしばこの『琥珀』が含まれております。
そして――
偽物の琥珀を見分ける方法は、食塩水を入れたコップに落とすことだという。
模造品なら沈むが、コーラルに分類される琥珀は水面に浮かぶ。
そしてアンバーに分類される琥珀は、水面とコップ底の中間で釣り合う。
「すると、剥離した魔大陸に混ざっていた琥珀は海中を漂う。
琥珀は飽和食塩水に落とすと、水面と水底の中間で釣り合う現象を起こしますが、
魔大陸の琥珀は海水に対してこの現象を起こし、適度に日光が届かない水深を漂うのです。
これが沿岸部に漂着すると――日光で自壊した琥珀の中から、モンスターが出現します」
まるで潜水艦のように、あるいは沈みゆく陸地から動物を逃す箱舟のように。
魔大陸で琥珀のカプセルに包まれたモンスターが、大陸の剥離によって『放流』されているのだ。
「原因は調査中ですが、魔大陸の琥珀は高確率で生き物を中心に凝固しております。
モンスター入りの琥珀も相応に多く、沿岸部ではこの漂着によるモンスター被害が増加中です」
これが本題。
魔大陸から、海を渡って沿岸部にモンスターが上陸していることの、そのカラクリだ。
もちろん、普通に飛竜が空を飛んで海を渡ったり、ダンジョンと呼ばれる地下洞窟が別大陸に繋がっていたりもする。だがこの二つは、飛び立ちそうな飛竜やダンジョンの経路を発見できていれば、まだ対処できる。
しかし大陸の剥離は、基本的に沿岸部の『地の底』で起きる。
キノコの傘状となった大地の、傘の裏側から海中に流出しているので、把握も対処も困難なのだ。
現状、漂着しうる沿岸部の全域で、発見し次第の駆除という方針しかとれない。
「質問、よろしいか」
「どうぞ」
挙手したのは軍部の人間だった。
「魔大陸の先には異なる世界があると聞く。そこはもはや疑わない。
であれば漂流する琥珀の中には、『異世界のモンスター』が宿っている可能性もあるわけだな」
「はい。魔物と呼ばれる異界のモンスターが生態系を急変させる危険性は、軽視できません」
場の全員が緊張感に包まれる。
ここにある者たちは学識有る者ばかりだ。
たとえば一匹の魔物が、ゴア・マガラのように質の悪い伝染病を持っていたら?
たとえばそれが、人間や農作物に甚大な被害をもたらしたら?
「魔物はモンスターと比べ、運動能力はさほど脅威ではなく、討伐はハンターで対処可能です。
しかし伝染病などから国を守るためには、皆様に知力を尽くしていただく必要があります」
調査員の訴えで、一同に緊張感が宿る。
権威やら功名心で場を乱そうとする輩など、この場には一人もいない。
そうして調査員が一通りの報告を済ませるなり、学者たちは近い者同士で議論を始めた。
「こちら側には、異界のモンスターこと『魔物』の脅威……」
逆に、やや仲間外れになった軍部の将校は、腕組みして独りごちる。
「であれば逆に、あちら側には、異界の魔物である『モンスター』が渡ってしまっているわけか」
モンスターの脅威をよく知る将校は、それと対峙するだろう異界の軍人たちを想像して、同情気味に息をつく。
「魔大陸の生存競争ではモンスターが優勢だという。
こちら側の魔物はモンスターに食われて終わることを期待できるが、あちらは……」
魔物と戦ってきた世界に、より強大な『モンスター』が現れることになる。
これが生態系の頂点に君臨して、まかり間違って繁殖まで始めた日には……
「せめて、あちら側にも腕の立つ『ハンター』が生まれることを、祈るしかないか」
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――【剣と魔法の世界】 エルフの森――
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株式会社CAPC○M
モンスターハンターエクリプス テストプレイ担当者様
平素よりお世話になっております。
トレセン学園高等部 ライスシャワーです。
たいへん申し上げにくいことなのですが、貴社のゲームにログインしたところ、
ゲームシステムが正常に機能せず、ゲームからログアウトできない状態となっております。
現在、事前のお話になかったフィールドのどこかに遭難しており、
NPCとは到底思えないエルフたちに弓矢を向けられております。
ご多忙のところ恐れ入りますが、至急、対応をお願いいたします。
――――――――――――――
トレセン学園高等部
ライスシャワー
トレセン学園美浦寮○○○号室
TEL:666-8600-00-2506
Emai:Blue [email protected]
――――――――――――――
……といった苦情を送ることもできず、ライスは冷や汗を掻いていた。
「獣人よ! ここでなにをしている!」
「なぜ我らの森に入った! 密猟か!」
複数のエルフが、ライスを囲んで、弓に矢を番えていた。
ライスは身を縮こまらせ、隣にいたブルボンに身を寄せる。
「え? ええっ!? えっと、どうしよう? イベントなのかな?」
「とりあえず、返答した方がよいのではないでしょうか?」
いまだこれがゲームなのか否か戸惑うライスに、ブルボンが淡々と言う。
場所は夜の森、ライスとブルボンがチュートリアル後に目を覚ました場所から、少し歩いた程度。
こちらに
直接問い質しているエルフの男と、他数人が姿を見せている。
囲んでいることを強調するためで、見える人数より多くの矢が自分たちを狙っているだろう。
「私がお答えします」
ブルボンがライスの前に出て、堂々と答える。
「私たちは、怪しい者です」
「ブルボンさん!? 慣れないジョークの練習は後にした方がいいと思うよっ!?」
「いいえ――彼らの視点から私たちを評価すれば明白です。
彼らの領内と推測される森に不可解な手段で侵入、服装も彼らと比べて風変わり、
私たちを『獣人』と呼称したことからウマ娘も見慣れていないと推測されます。
それらを総合すれば、『怪しい』と判断するのが適切です」
「すみませんすみませんっ、煽ってるんじゃないんです! 私たち悪者じゃないですから!」
へこへこと謝るライスと、首を傾げるブルボンを見て、エルフたちは訝しげな顔をした。
「質問に答えろ。ここで何をしている?」
「遭難です。道を探していました」
「……なぜここに来た?」
「不明です。気がつけばこの森にいました」
「…………冒険者証などの、身分を証明するものは?」
「持ち合わせていません」
「そうか、答える気はないのだな」
「? 全て簡潔明瞭に答えていますが」
「ブルボンさぁん……」
エルフとブルボンのやりとりに、ライスは耳をしおれさせた。
「最後に聞こう――あの獣を解き放ったのは、お前たちか?」
鋭い眼光での問いかけに、ライスとブルボンは顔を見合わせる。
そして周囲を見回し、エルフの視線を追って後ろを確認した後、
「えっと、ごめんなさい。真っ暗で見えません。どこに獣がいるんですか?」
「飼育していた動物を不法に放置したかという問いであれば、身に覚えがありません」
その返答を聞いて、エルフは溜息を吐く。
「どうやら本当に迷子みたいよ、隊長」
と、エルフの少女が歩み出る。
「アーキカ様」
隊長と呼ばれたエルフは、少女をアーキカと呼んだ。
「精霊は警戒していないし、当人たちも間抜けすぎる。
なにかの事故で森に迷い込んだんじゃない?」
アーキカというらしいエルフの少女に、ライスとブルボンは目を見開く。
「「理事長?」」
トレセン学園理事長・秋川やよい――に、酷似するエルフだった。
「理事長? そんな役職なんて就いてないけど?」
訝しげな顔をするエルフは、髪といい声といい背といい、理事長そっくりだ。
しかし耳はしっかり左右に尖っており、扇子を持っているが洋風だ。
「あ、えっと、済みません。知り合いによく似ていて……」
「そう。なんにしろ、この森はいま危険よ。獣害警報を聞かなかったの?」
しげしげ顔を見るライスに、アーキカは呆れ顔で問う。
「獣害? 熊とかですか?」
「なるほど、彼女たちは猟友会のようなものなのですね」
それも知らないのか……と、アーキカは面倒そうに溜息を吐いた。
「そんな可愛いもんじゃないの。いま森に居るのは――」
ぴくり――と、ブルボンの耳が動く。
ライスも同様に、ウマ娘の聴覚が不可解な気配を感知した。
音としては小さい。しかし、巨大で重い。そんな矛盾する足音を、二人は聞いた。
「――っ、しまった、見つかった!!」
ライスとブルボンの視線を追って、アーキカが目を剥いた。
声と同時に飛び込んできた黒い影。
アーキカが咄嗟に、ライスとブルボンを掴んで押し倒す。
音は微かに、しかし風圧は強く、巨影が三人の頭上を過ぎった。
「ぐあっ!?」「出たぞ!!」「放てぇ!!」
聞こえたのは、巨獣の不意打ちで撥ね飛ばされたエルフの悲鳴、そこから始まる喧噪だった。
「このぉ!! 今日こそ仕留めてやるわよ――ナルガクルガぁ!!」
月明かりを浴びて、ぬらぬらと光る、黒い体躯。
顔を低い位置にして長い両腕を左右に突き立てる、原始飛竜の骨格構造。
両腕から生える刃状骨格の翼に、体長の半分以上を占める長い尾と、先端に密集して生える棘。
迅竜ナルガクルガ――その姿に、ライスが目を丸くした。
「え? ナルガクルガって――きゃあ!?」
そのナルガクルガが、魔法の矢に集中砲火を受ける。
エルフたちの十八番であり、矢に込めた魔法が突き刺さると炸裂するという戦術だ。
炎、稲妻、氷、烈風――様々な属性の魔法が、鏃の命中と共に炸裂する。
『ッッッッッ!!』
しかし、ナルガクルガは、それらを咆哮と共に吹き散らした。
「っ、やっぱり魔法の効きが悪い!」
アーキカが歯噛みすると、ナルガクルガの反撃が始まった。
赤々と輝く相貌が残光を引く。
巨体に見合わぬ異様な瞬発力で駆けたナルガクルガは、腕から生えた刃を薙ぎ払う。
食らったのは隊長を始めとする複数のエルフたち、および巻き込まれた密林の木々だった。
「隊長!」
アーキカの呼ぶ先で、エルフたちの弓が壊れ、木々が寸断されて倒れる。
エルフ自身は防護魔法で致命傷を避けたが、ダメージに応じて急激に消費した魔力と、防ぎきれなかった衝撃で気絶した。
「くそ! この化け物め!!」
「救援の笛を鳴らせ!!」
「速すぎるっ、距離を置くんだ!」
動揺するエルフたちの間を、ナルガクルガの巨影が跳ね回る。
瞳の赤い残光が線を描き、木の裏側や上に隠れながら矢を避け、尾を振って針を放つ。
槍ほどもある針を、エルフたちは魔法障壁で防ごうとするが、それごと貫かれた。
「障壁がっ!?」
「くそっ、魔法が効きにくいってのは、肉体由来の飛び道具にも言えることなのかっ!」
「魔力遮断系はダメだ! 防壁構築系で防げ!!」
騒然とするエルフたちは、ふと周囲の暗さに気付いた。
「アイツ、明かりを狙って……っ!」
アーキカが歯噛みする。
ナルガクルガの針は、松明やランタンを持つ者を優先して狙っていたのだ。
「照明魔法を……」
「ダメよ! 光った瞬間に狙われる! まずは防御円陣!」
倒れた隊長の代わりに、アーキカが指揮を執る。
エルフは長命というが、もしかすると見た目より年長なのかもしれない。
「そこの二人! 守ってあげるから倒れてるやつらを運んで!」
「あ、はいっ!」
「協力します」
ライスとブルボンは、近くにいたエルフたちを、円陣の中に引き寄せる。
近くに居たエルフが手を貸そうとしたが、ライスは小柄に見合わぬ腕力で、ひょいと隊長を持ち上げ、紐でも引きずるように陣内へ回収した。
「全員入ったわね!? 暴風結界!」
アーキカが扇を一振りすると、一同を中心とする竜巻が出現する。
稲光を宿した旋風に驚いてか、ナルガクルガが後退、唸りながら様子をうかがう。
「ああもうっ、用心深いっ。風に混ぜた鉄片で目鼻くらいは削れるかと思ったのに!」
なんだかエグい魔法で、ナルガクルガを一時的に退けたようだ。
「な、なんで『モンスターハンター』にこんなのが?」
ライスはいかにも『風魔法』といった現象に困惑している。
そんなライスに、ブルボンが問いかけた。
「ライスさん、あれはモンスターですか?」
「え?」
「あれは、『このゲームのモンスター』ですか?」
ライスは、木々のどこかにいるだろうナルガクルガを探して目を配る。
ときおり過ぎる赤い相貌――モンハンプレイヤーなら見間違えるはずもない。
「うん、ナルガクルガ……見た通り速くて、尻尾から針を飛ばすの」
「であれば、プレイヤーである私たちなら、打倒しうる相手では?」
ブルボンが武器を抜刀する。
青い地金に緑の光線が走る、どこかSF感のある剣斧だ。
「そ、それは……ゲームなら、そのはず、だけど……」
一方、ライスは腰の双剣を抜くことができない。
エルフの一人が放った火矢で、一瞬だけ見えた、ナルガクルガの猛々しい形相。
臆病なライスには断言できる――あれは、
「ゲームでないならなおさら、身を守らなければなりません」
ブルボンの断言は、相変わらず淡々としていて、それだけに抵抗なく心に入る。
無感情にロジックを説くその姿は、むしろ周囲のエルフたちより場慣れした戦士のようだ。
それを見て感心したように、アーキカが冷や汗混じりの笑みを向ける。
「アンタたち、あれを知ってるの? なら教えなさい。弱点とか、逆に効かないものとか」
「ライスさん、お願いします」
青い顔をしたライスは、アーキカとブルボンに求められ、慌て気味に答え始める。
「えっと、私の知ってる最新版のナルガクルガと同じなら……弱点は雷、氷は効かない。
閃光玉は怯むけど音爆弾はいまいち。切断と打撃はいいけど弾はダメ。状態異常は効きづらい」
ライスは軽く頭を抱えながら、脳内の知識を必死に吐き出す。
「モーションは尻尾の動きに要注意で……尻尾を軽く上げたら『飛びかかり』、攻撃する腕の逆側に行けば避けられる。尻尾を斜めに掲げたら反対側に『尻尾薙ぎ払い』、縦に振ったら振り返りながら『尻尾叩き落とし』、低く溜めたら『回転攻撃』、くるくる回したら『棘飛ばし』、目が赤く光って怒ってるときはそれらが二連続――」
「めっちゃ詳しいじゃない……」
アーキカの驚嘆に、他のエルフたちが無言で同意した。
改めて、この子たちは何者なのか? という疑問が顔に出ている。
単にライスが、攻略情報を読んでからでないと怖くて挑めない系プレイヤーだっただけだが。
「それで充分です。後は実戦で見て覚えましょう」
「ぶ、ブルボンさんっ!? ほ、本当に……?」
戦うのかと。
ゲームではないかもしれないのに、と。
そんなライスの痛切な眼差しに、ブルボンは表情を変えずに答える。
「迫る危険から逃げられないなら、撃退が最適解です」
ブルボンらしい、合理的な選択だった。
「いい肝してるじゃない。役に立ったら歓迎してあげる。
アンタたち! 拘束はできた!?」
「ダメだ! 植物系の召喚獣で試みてるが、全て切り払われるか引き千切られる!」
暴風結界の外側では、そういう攻防があったらしい。
「はぁ……魔法も効かない、矢も効かない、毒も効かないし罠も通用しない。
なにより森での立ち回りで上を行かれてる。エルフと相性悪すぎよアイツ。
暴風結界も長持ちしないし、趣味じゃないけど肉弾戦しかないわね」
「あなたが指揮官ですね。加勢する許可を」
ブルボンがアーキカに声を掛ける。
アーキカは肩を竦めて、不敵な笑みを向けてきた。
「あら頼もしい。期待していいのかしら?」
「私に『期待』という感情を抱いた方はたくさん居ました。
そして『失望』という感情はまだ観測できておりません」
「気に入ったわ。名前は?」
「ミホノブルボンです」
アーキカはブルボンに何かを感じたらしく、閉じた扇を掲げる。
「結界を解いて照明魔法を使う! 白兵戦で仕留めなさい!」
暗闇という有利を保ちたいナルガクルガを、明かりで誘き寄せる作戦らしい。
「ライスさんは――」
ブルボンの目が向くと、ライスはビクッと震え上がった。
その青い顔は、『自分にはなにも出来ない』と如実に語っていた。
「ここにいてください」
ブルボンの言葉は、果たしてその顔を見ての上か、否か。
「ミホノブルボン――戦闘を開始します」
いずれにせよ、ここで武器を取ったのは、ミホノブルボンであった。
「
背中から抜き取った武器を構える。
エメラルド色のラインが走る青い剣斧が、畳まれていた刀身を機械的に動かして、大剣となる。
金属が噛み合う音と共に、機構に仕込まれた薬液瓶から、刀身に薬液が広がり、薄い蒸気と発光を起こす。
武器というより、カラクリ仕掛け。
少なくともエルフの常識からはかけ離れており、ナルガクルガから見ても異質だったらしい。
「来るわよ!」
アーキカが警告すると同時に、魔法による照明弾を上に放つ。
夜の森を照らす白光は、木々の間から飛びかかってきたナルガクルガと――
「迎撃開始」
前進していたミホノブルボンを、舞台照明のように輝かせた。
飛びかかるナルガクルガ、振りかぶられているのは右前脚。
死神の鎌さながら刃翼を広げた巨腕に対し、ブルボンは眉一つ動かさず左手側に回避。
逆袈裟に振り上げた剣斧で左前脚を一閃――発光現象と共に刃が透過するゲーム的現象が起きる。
『ッ!?』
食らったナルガクルガと、見ていたエルフたちが、同時に目を剥いた。
ブルボンの淀みない動きに、ライスシャワーも唖然としている。
ブルボンと交差したナルガクルガが間近に着地して、それどころではなくなったが。
「チュートリアルは完了済みです」
誰に対してかそう言ったブルボンは、振り返り様に横一閃。
着地していたナルガクルガの後ろ足、アキレス腱あたりを薙ぎ払う。
やはり発光現象、傷は付かない。
しかし、ナルガクルガは明らかに警戒心を出して、ブルボンの方へ機敏に振り返る。
振り返り様に尻尾が振るわれてエルフたちを牽制、放たれていた矢も尻尾に弾かれた。
ナルガクルガは、数の多いエルフたちより、ブルボン一人を脅威と感じたようだ。
「
ブルボンの持つ剣斧が変形、刃の一部が柄から切っ先へと滑るように動き、先端を広くする。
全身を捻るように振るわれた斧が、ナルガクルガの顔面を強打。
ナルガクルガが疎ましそうに振るった腕を逆側へ避けて、脇腹を切り上げる。
死角に入られたナルガクルガは横へ跳躍、しかしブルボンは【翔蟲】で水平跳躍しながら追跡、
「
ダッシュ攻撃を刃翼に叩き込みながら、ナルガクルガの脇腹あたりをキープする。
「ブルボンさん……すごい……」
ライスが驚嘆する。
予想はしていたが、予想以上だ。
日常でもレースでも精密機械のようなブルボンだ。VRゲームでもコマンドが正確なのは頷ける。
だが、チュートリアルで学んだだけで、まるで熟練プレイヤーのように動けるほどとは。
「な、なんだ、あの武器は……」
「大剣から戦斧へ、戦斧から大剣へ……ドワーフのカラクリ仕掛けか?」
「あんな滅茶苦茶な武器、どんな訓練すれば振り回せるんだ……」
エルフたちが目を剥いている。
重厚な変形武器を巧みに操り、俊足を発揮するブルボンに対して。
武器を嗜めば誰でもそうなる。
あんな巨大武器というだけで人を選ぶのに、剣から斧への変形とはなんの冗談か。
重いのが手元か先端かというだけで、全身の使い方が変わるというのに。
一瞬で起きる武器変形に振り回されないのは、変形に合わせて体の中を一新するような芸当だ。
それが成せるのは、彼女が『ゲームのアバター』であるからだろうが……
どうあれ目の前にあるのは、たった一人でナルガクルガを翻弄する戦士だ。
「……戦女神か?」
誰かが呆然と呟いたとき、アーキカが我に返る。
「援護! 風魔法で矢そのものを加速! 速さで鏃を突き刺しなさい!
前衛は抜刀! 多少の傷は治癒魔法で直すから男を見せなさい!!」
アーキカが閉じた扇でナルガクルガを指すと、エルフの兵たちが戦声を上げる。
武器を弓から槍に切り替えたエルフたちが突撃、後衛の弓使いは風を巻く矢を放つ。
魔法が効かないなら、魔法で矢という物体を加速するという機転が、ナルガクルガの背に矢を突き立てた。
『ッッッ!!』
戦況は一変した。
ブルボンという、『モンスター』と正面切って戦える『ハンター』の登場。
加えてエルフたちも、ナルガクルガに手傷を与えられる物理戦を始めた。
ナルガクルガの咆哮に、苦悶めいた声音が混じっている。
「ミホノブルボン! 目立つあんたが引きつけなさい!」
「味方の援護を確認。中距離戦闘に移行します」
取り残されたライスは、短剣を手に立ち上がる。
短剣を手にしたのは、いざというときに備えてのことで、参戦のためではない。
戦わなければならないことを理解した上で、恐怖ゆえ挑めない胸の内が表われていた。
(お願い、このまま倒れて……っ)
とはいえ、彼女にも戦況は見えている。
レースに例えるなら、ブルボンが先行してレースを牽引、それを追うナルガクルガという怪物を、エルフたちと共にバ群で囲んで消耗させている。
ライスが語ったナルガクルガの動きについても正解しており、全員の生存率を高めている。
戦局は有利、主導権はこちらにあった。
『ッ!?』
それを証明するように【部位破壊】、ナルガクルガの刃翼が破損した。
「なにいまの壊れ方っ!?」
「ゲームシステム【部位破壊】です」
「あんた説明下手ね!」
アーキカから見れば異様な現象だったが、ライスとブルボンには吉報だ。
部位破壊が起きたなら、ゲームと同様に相手のHPを0にすることができるはず。
戦闘開始から三分足らずで部位破壊したなら、こちらの火力も足りているようだ。
「わ、私もなにか――ひゃあっ!?」
ナルガクルガの棘が足下に飛来して、ライスは腰を抜かして尻餅をついた。
ライスは戦えない。
理由は単純、怖いからだ。
これがゲームではないことを、臆病さゆえの直感で悟っているからだ。
もしHPを失ったらどうなるか、爪や牙が当たったらどうなるか、そうした恐怖が拭えない。
よしんば勇気が出たとしても、自分が関わって足手纏いになり、戦線の崩壊を招くのではないか――とまで考える。
そんなライスシャワーに構わず、戦況は動く。
「尻尾を溜めた。回転攻撃!」
ブルボンが警告すると、アーキカたちエルフも距離を取る。
読みは外れず、ナルガクルガは全身を回転させていた。
腕の刃翼、尻尾、顔に当たるだけでも、人間なら一撃だ。
しかし間合いは広くない。予備動作が見抜けたことで、全員が後退して回避できた。
――
「あ……っ!?」
ライスの見ている前で――ブルボンとエルフたちが、蹴散らされた。
見抜かれた回転攻撃をすると思われたナルガクルガは、尻尾で木を一本、振り回していた。
緒戦で刃翼による切断されていた木に、尾の棘を突き刺し、強靱な尾と四肢の力で薙ぎ払う。
巨大棍棒となった倒木は、尻尾だけなら届かない位置にいた者たちを襲った。
箸で米粒でも集めるかのように、エルフたちが、アーキカが、そしてブルボンが、丸ごと弾き飛ばされる。
宙を舞ったエルフたちが、森の木々の枝や幹に激突、アーキカは藪の奥へ落下。
そしてブルボンは、ライスの目の前に転がってきた。
「ブルボンさん!」
「……っ、ダメージを確認。HP24%まで低下」
空中で回転して受け身をとったブルボンは、片膝をついていた。
どんなハードトレーニングにも音を上げない彼女だが、いまは苦悶が顔に出ている。
「ブルボンさんっ、大丈夫っ!?」
「はい。痛みはさほどありません。それよりライスさん、この場を離れ――」
ナルガクルガは――二人に会話する時間など与えなかった。
ナルガクルガは尻尾の棘を抜き、倒木から尾を解放して、一直線にブルボンへ突進する。
遭遇した人間の群の中で、彼女が最大の脅威だと認識しているのだ。
――ライスシャワーは知っている。
愚か者とは、それが手遅れになるまで、自分の愚行に気付かない。
自分の至らなさを無視できないタイプのライスは、改めてそれを痛感した。
『ッッッ!!』
ナルガクルガの攻撃は――『噛み付き』。
ライスが言及しなかった攻撃モーションだ。
刃翼や尻尾ばかり警戒していたブルボンが、不意を打たれる。
しかし、それ以上に愚かだったのは――動かなかったこと。
ブルボンの真後ろで、間抜けにも尻餅をついていたことだ。
スラッシュアックスFは、大剣と違って防御モーションがない、攻め重視の武器。
ナルガクルガの牙を免れるには避けるしかない。
ミホノブルボンが、背後にいるライスシャワーを残して、自分だけ避けるはずがなかった。
○
「あ……」
かくして――事態はこの光景に至る。
愕然とするライス、月夜に首を上げるナルガクルガ、その顎に噛まれたブルボン。
「ブルボンさん!!」
ミホノブルボンのHPが――底尽きる。
ご一読いただきありがとうございました。
例によって長くなったので、二話に分けて同時投稿です。
モンスターに侵略される異世界事情と、
CV水橋か○りのロリエルフでした。
ブルボンは射撃上手なのでガンナーにしようかと思いましたが、
変形武器のロボット感が惜しかったので、スラアクにしました。
よければこのまま次話、ライス覚醒編をお楽しみください。