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――【剣と魔法の世界】 ハイエルフ王国――
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ブルボンは足から腹に掛けてを、ナルガクルガに噛まれていた。
それが人間なら、牙が肉を穿って出血しているか、より凄惨なことになっただろう。
「っぐ!」
『ッ!?』
しかし、ナルガクルガの咬力は、ブルボンの肉を断つに至らなかった。
当人たちにも説明できない事象だが、彼女たちはアバターである。
モンハンにおけるアバターとは、ある意味で金剛不壊だ。
人体なら元型を留めない攻撃を食らっても、HPがゼロになるだけで、毛の一本も失わない。
ゲームなのだから当然だ。
故に、ブルボンの身に起きている現象も、当然である。
(拘束攻撃を確認。HP15%以下に低下、なおも減少中、猶予時間およそ6秒――)
ブルボンはナルガクルガに足と腹を咬まれ、体を振り回されながらも、冷徹に思考する。
「
剣斧を変形、大剣にして逆手に握る。
そして、柄どころか刀身を素手で掴みながら、横向きに突き刺す。
ナルガクルガに咬まれた自分の片足、その真横――つまりナルガクルガの口内へ。
「
ハンターの操る武器には、それぞれ『奥義』がある。
剣斧のそれは、戦闘の最中に蓄積したエネルギーを解放して、爆発力を生むというもの。
「
属性解放突き。
それが、ナルガクルガの口内で、炸裂する。
『ッッッッッ!?』
口の中で樽爆弾に火を点けたような衝撃に、ナルガクルガの顔が弾かれる。
反射的にブルボンを吐き捨て、爆風と共に顔が上がり、転倒した。
「……っぐ!」
ブルボンは地面に叩き付けられ、転がった先で仰向けに倒れた。
反対側ではナルガクルガの巨体が森の中を転がり、四肢が空を掻いている。
どちらも生存、そしてダメージも大きいが、深刻なのは動かないブルボンだった。
「ブルボンさん!? ブルボンさん!?」
駆け寄ったライスが抱き起こすも、ブルボンは苦しそうな表情で意識を失っている。
ライスは彼女の足を確認――ナルガクルガに咬まれていたそこには、出血はもちろん歯形もない。
ゲーム的な『ダメージ』だけで済んだのだと分かり、ライスはひとまず安堵した。
「ちょっと! あんたたち無事!?」
そのとき、藪の中からアーキカが飛び出してきた。
アーキカは、ライスの腕で気絶するブルボンと、横倒れで悶えているナルガクルガを見比べる。
ブルボンとナルガクルガの相打ちを理解して、驚嘆の目でブルボンを見た後、迷った末に――
「撤退! 負傷者を連れて撤退するわよ!!」
ナルガクルガへの追撃ではなく、ブルボンを含めた仲間を連れて逃げることを選んだ。
火力源のブルボンが戦闘不能になったいま、ナルガクルガを倒しきれないという判断だった。
『――ッッッッッ!!』
ちょうど、ナルガクルガが立ち上がって咆哮していた。
まだ動けるエルフたちが、アーキカを中心に陣を組み、ライスとブルボンを背に武器を構える。
ナルガクルガの赤眼は、しばらくそれを見据えた後――振り返って走り出す。
自らが伐採した木々の間を抜け、闇の中に黒い体躯を溶かすように、密林の奥へと消えていった。
「…………逃げた」
その選択をさせたことが信じられないという声音で、アーキカは呟いた。
これまでまともな傷も与えられなかったモンスターを、撃退したのだから。
「追いますか?」
「そんな余力はないわ。でも、撃退できたのは大きな前進よ。
撤退するわ! その子たちも連れて行く! 勲功第一よ! 丁重にね!」
エルフの問いに答えつつ、アーキカは撤退の指示を出す。
ブルボンの奮闘もあって、もはやライスとブルボンへの疑いも無いどころか、英雄扱いだ。
「…………」
それでも……ライスの顔から影は晴れない。
衛生兵だというエルフにブルボンを預けると、落としていた短剣を拾って、無言で立ち上がる。
すると、ナルガクルガが逃げた方へ、黙々と歩き始める。
「ちょっと、アンタどこに――ッ!?」
それを見とがめたアーキカが、ライスを呼び止めようとした。
しかしその声は、途中から息を呑むようなものに変わる。
顔は強張っており、冷や汗が頬を伝っていた。
位置的に、ライスの顔が見えたのはアーキカだけだったが、果たして彼女は何を見たのか。
「……ブルボンさんのこと、お願いします」
ライスはぽつりと、それだけ言い残して、
――音も微かに、疾駆した。
○
ナルガクルガが琥珀の中から目覚めて以来、この森で自分を脅かす存在はいなかった。
以前の自分がどこで何をしていたのかは、ナルガクルガも意識していない。
琥珀に包まれる前にどうしていたかなど、興味すら抱かない。
ただ本能に忠実な獣として、置かれた環境で最適な行動を取るだけだ。
見知らぬ土地に放り出されたなら、一から縄張りを獲得して、弱きを食らうまで。
その点、エルフの森は難易度が低い狩り場だった。
なにせ、フィジカルで自分に匹敵するモンスターがいない。
鹿や猪などの、鈍間で食いでのある獣たちがごろごろいる。
一部の獣は、なにやら火を噴いたり突風を起こしたりしたが、それが自分を殺傷しうるものではないとすぐに学んだ。
ナルガクルガは瞬く間に生態系の頂点へと君臨、思うがまま狩りをした。
密林を歩きやすくするため、また狩りの際に物音を立てないため、木々や枝葉を切り開いた。
「獣よ! なぜ我らの聖域を破壊する!」
「よくも我らの聖獣を手に掛けたなっ!」
「さては敵国が送り込んだ召喚獣か!?」
「エルフの魔弓術を思い知らせてやる!」
たまに、二本足で直立する顔の禿げた猿が矢を放ってきたが、魔法に驚いたのも最初だけだった。
最初の数匹を倒すと、数日後には十倍の人数になり、今度は少数精鋭になった。
正直あの気味の悪い『棒立ち猿』には触れたくないが、縄張りからは追い払わなければならない。
それ自体は難しいことではないので、今夜も森で見かけた猿どもを奇襲した。
――明らかに『
持っている道具からも、耳の長い方とは匂いが違う。
『あれがナルガクルガ……噂通りのスピード』
『まあ、見切れないことはないさ』
ナルガクルガ自身、自覚できないことだったが――古い記憶を触発されていた。
琥珀に包まれる前、どこかで暮らしていた自分は、ああいう道具を持つ者たちと戦っていた。
詳細まで思い出したいとは考えない。
ただ、あれは迅速に排除しなければならないのだと直感して、刃翼を振るうのだった。
――予想よりずっと強かった。
体は傷つかないのに体力を奪う奇妙な攻撃に、たまらず逃げた。
屈辱とは思わない。野生の獣に『誇り』はいらない。追及すべきは生存の最適解である。
次は正面から挑まない。より入念に身を隠して奇襲する。
多勢に囲まれると危険だが、一匹ずつ減らせばいい。
闇に紛れて一匹ずつ、それを繰り返すだけだ。
狩るコツさえ掴めば、すぐ脅威ではなくなる。
なぜなら――奴らは自分より『遅い』から。
遅いものは狩られるから、遅いものは逃げ切れないから、遅いものの牙は届かないから。
巨体と速度の優位を活かして、より油断なく立ち回れば、この森で最も強いのは自分だ。
なのに――
『ッ、ッ、ッ……!』
なのに、なぜ自分はいま、息も絶え絶えになりながら逃げている!?
○
森の中を、二つの黒影が駆けていく。
前を行くのは巨体で、赤々と光る眼光が、木々の合間に残光の線を引いていた。
それと全く同じ軌道を辿る、二つ目の影。
巨体を追うそれは、比較してみるとあまりに小さい。
巨体の全長と、小柄な身長には、十倍以上の開きがある。
だが、遅れていない。
むしろ差を縮めるほど、猛追している。
小柄な影は――
『ッッッ!!』
赤い眼光――ナルガクルガは、疎ましそうに足を止めて振り返る。
そして咆哮する。
ティガレックスほどではないが、大型モンスターの咆哮は物理的な衝撃を伴う。
鍛えられたハンターでも、砲声のタイミングを見極めなければ、足を止められる。
そう、タイミングを見切ればいいのだ。
キン――と、音そのものを切り開いたかのように、追っ手が足を止めずに肉薄してきた。
スーパーアーマー……などという概念を、ナルガクルガが知るはずもない。
それどころか、追跡者の姿を充分に視認もできなかった。
咆哮の直後には、低くした自分の顔を、短剣が薙ぎ払っていったから。
『ッッッ!?』
両眼、首裏、背中、尻尾――立て続けに刃の感触が通り過ぎた。
追跡者が走る勢いを殺さず、頭から尻尾までを切り払いながら飛び越えたのだ。
20メートル前後ある、ナルガクルガの巨体を、だ。
ナルガクルガは振り返る。
視界の片隅に映る青白い残光、それを追って首を動かすと――今度は足に斬撃が走る。
追跡者は、木の幹に三角跳びを繰り返して、球が壁に跳ね返るように襲い掛かったのだ。
『ッ!!』
吼えながら回転攻撃――手応え無し。
視界の端に青光が閃くと、回転方向とは逆の腕が【部位破壊】した。
ナルガクルガは直感する。
これはさっきの戦いで、毛色の違う個体の攻撃と同種のものだ。
傷も痛みもないのに、動くために必要な力が、なぜか抜けていく。
多く受けると、傷を負うという因果が遅れて来たように、体の一部が壊れる。
これが繰り返されたとき、自分の体は、息をしたまま死に体になるのだと、直感で理解している。
『ッッッッッ!!』
大きく飛び退いて、咆哮をまき散らす。
声には苛立ちが滲んでおり、威嚇で怯ませようとする意図が見える。
虚勢を張らなければならない――それが意味するところに、ナルガクルガは気付いていない。
「――――」
一瞬だけ、宙に舞い上がり、月を背にした姿が見えた。
――月夜のような紺色のドレス、血のように赤い袖。
――胸元の青い薔薇、片目を隠すような長髪、頭部右側のミニハット。
――体を捻りながら腕を交差した先には、腰の鞘から抜かれた二本の短剣。
――左目に灯る、青い鬼火。
いま改めて、その名を告げるべきだろう。
彼女こそ〈レコードブレイカー〉
彼女こそが〈孤高のステイヤー〉
今宵のあの子は――〈黒い刺客〉
ヒールにしてヒーロー、
悪夢にして奇跡、
不幸を連れた祝福の名前、
――――ライスシャワーだ。
○
(できる……)
ライスは木々の隙間を、藪に隠れるように駆けていた。
月は雲に隠れていて、森の闇が深く、姿はよく見えない。
それどころか、その小さな追跡者の周囲だけ、闇が深くなっているようさえ見えた。
(動ける……)
場所が悪い――ナルガクルガはそう判断したようだ。
ここは自分の縄張りとして『剪定』が進んでおらず、木々の間隔が狭い。
枝葉も多すぎて、巨体ゆえに視界を遮られやすく、得物を見付けにくい。
事実、ライスが何度も死角から斬りかかれているのは、そのためだった。
(戦えてるっ)
ナルガクルガは走り出す。
ライスまたその背を追う。
ナルガクルガは、自分の縄張りを目指し、見晴らしのいいホームで戦うため。
ライスはそうなる前に、比較的に有利なエリアでダメージを与えるため。
(ゲームとだいたい同じ……得意な方なのに、やってみれば出来たのに……っ!)
巨影の赤い眼光が、左右に跳ねるように踊り、密林の木々を避けながら駆ける。
対する青い眼光は、流麗な曲線を描きながら、木々の隙間を潜りながら駆ける。
赤い方が、進路に対して『ブレ』が激しい。
青い方が、より直線に近い軌道で進むため、追いつく。
故に、ライスシャワーの方が速い。
(遅い!! いまさら遅い!!)
しかしライスは悔いていた。
動き出すのが遅すぎた、走り出すのが遅すぎた。
ブルボンがやられる前に、こうすべきだったのだ――と。
(だから、せめて――)
青い光が追いつくと、双剣が煌めく。
テストプレイ用の初期装備に、ライスの勝負服デザインが反映された短剣だ。
それを振るいながら、ナルガクルガを『躱す』。
幾度目かのそれにより、尻尾が切断された。
部位破壊の衝撃により、ナルガクルガの足が止まる。
(逃がさない……っ!!)
ライスシャワーを知るウマ娘ほど、見たこともない顔だった。
恐らく、彼女がこんな顔をするのは、レースでも限られた瞬間だからだ。
そして、彼女がこんな顔をするとき、大抵のウマ娘は彼女の背中しか見られない。
らしからぬ形相、宿るのは怒りだ。
なぜなら、このモンスターは――
(ブルボンさんの――
ナルガクルガの牙に噛まれたブルボンの片足――その光景がライスに刃を振るわせた。
武器は双剣、振るうはライスシャワー、二つの共通項はただ一字。
鬼人化――研ぎ澄まされた肉体に『鬼』が宿る。
「っっっっっ!!」
足を止めたナルガクルガの背で、ライスシャワーが踊る。
空中回転乱舞――双剣を手に回転したライスとナルガクルガの間に、青い剣閃が咲く。
尾から頭まで切り刻みながら着地、まだ背後に居ると思っているナルガクルガが首を振り上げる。
鉄蟲糸技がその頭部に絡まり、ライスを牽引して頭上へ跳躍させた。
再び乱舞、ナルガクルガの赤い相貌が、彼女の青い剣技に塗りつぶされる。
『ッッッ!!』
暴れ回るナルガクルガ。
それでも、爪も腕も刃翼も、ライスに当たらない。
青い眼光が走り、双剣が煌めき、糸の輝きが伸びては縮む。
ナルガクルガの巨体に合わせてダンスを踊るように、ライスの小さな体が縦横無尽に死角を取る。
「ごめんね」
どこか冷淡な声と共に、またも【部位破壊】、今度は頭部。
もはやワンサイドゲーム――ライスシャワーによる、ナルガクルガの蹂躙だ。
自分には似合わないと、ライス自身も思う。
それでも、いまだけは……
いまだけは、ヒールでいい。
いまだけは、悪い子でもいい。
いまだけは、不幸を呼ぶ者でいい。
己の暗黒面を全て解放するかのようなライスから――
『ッッッ!!』
ナルガクルガは、逃げた。
○
おかしい。
こんなはずはない。
ナルガクルガの胸中を言語化するなら、こんなところだ。
自分はこの森で、一番速かったはずだ。
自分はこの森で、一番強かったはずだ。
この森は自分の王国で、夜は自分の王座だった。
なのにいま、ナルガクルガは逃げている。
大きく跳躍して引き離し、刃翼と体当たりで木々を伐採しながら、力任せに『逃げ』を打つ。
それでも――ついてくる。
ついてくる、ついてくる、ついてくる。
青い薔薇の双剣使いが――〈黒い刺客〉が、ついてくる!!
ナルガクルガは、いつしか彼女の足音を『隣』に聞いていた。
彼女はステイヤー、長距離走者――『逃げ』を捉えるのはいつものこと。
瞬発力だけを頼りに、長い距離を逃げ切ろうとした時点で、ナルガクルガの運命は決まっていた。
転倒する。
前脚の部位破壊だ。
痛みも無いのに、自分の力が残り僅かであることが分かる。
そんなナルガクルガの視界――自分を追い越して急停止した少女が、こちらを振り返る。
少女は短剣を逆手に持ち、放たれた矢の如く、その鋭い瞳を近付けてきた。
それを最後に――ナルガクルガの瞳は、二度と赤い光を灯さなくなるのだった。
○
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――ハイエルフ王国 首都展望台――
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エルフの国に、朝が来る。
森の一角にある巨大樹群に作られた立体的な街が、登る太陽に照らされる。
広場には、夜通し行われた祝勝会&歓迎会の跡が、酒瓶や食器として残っていた。
「ひとつ、はっきりしました――どうやら『HPがゼロになると昏睡する』ようです」
街の一角、巨大樹の上に作られた展望台で、ミホノブルボンが語る。
あの戦いの後、しばらくして目を覚ましたブルボンは、体のどこにも不調を残していない。
「倒れて昏睡したという事実がある以上、ゲームのように不死身だと考えるのは危険ですね」
「うん……ゲームっぽいけど、ゲームじゃないんだね」
同じ展望台にいたライスが、海の方角を見る。
巨大樹から眺める紺碧の海は、ファンタジー感があってライス好みだが、気分はメルヘンとはいかない。
「アーキカさんの話によると、あの海の遠洋には魔大陸アトランティスがあるそうです。
モンスター・ナルガクルガも、そこから漂着してきたのだと」
「……【MHE】っていうゲームは、アトランティスっていう大陸が舞台なの。
ゲームの紹介文で読んだだけだけど、たぶん私たち、本来あっちに居るべきだったんだと思う」
ブルボンとライスは、風に髪を靡かせながら、まだ見ぬ魔大陸に神妙な目を向けた。
「私たちのミッションをゲームクリアと仮定するなら、求める情報はそこにあると推測されます」
「うん……行こう、アトランティスに」
ライスの言葉に、ブルボンも「はい」と短く、少しだけ力強く頷いた。
「…………まずは、旅費を稼がないとだけどね」
微苦笑したライスは、ブルボンと共に、展望台を後にするのだった。
この日から――【剣と魔法の世界】のハイエルフ王国に、二人の剣士が名を上げた。
誰も追いつけない俊足の獣人で、沿岸部に漂着したモンスターを次々と狩猟したという。
その二人が、魔大陸アトランティスに向けて出航するのは……もう少し先の話であった。
「ところでライスさん、私のスラッシュアックスが煙を立てているのですが、仕様でしょうか?」
「ゲーム内でも故障させちゃうの!?」
ご一読いただきありがとうございました。
ブルボンを傷付けられてブチギレするライス――これが描きたかったんです。
ライスの武器は迷わず双剣。
見た目は勝負服のライスブレード二刀流です。
内部的には、たぶんナルガ双剣になっていくかと。
次回からまたオグタマ組へ戻ります。