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――魔大陸〈白鉄荒野〉岩棚地帯――
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竜盤目 獣脚亜目 冠頭竜上科――
土砂竜 荒れ地の暴走者――
獣竜種・ボルボロス。
全長14メートル前後と、獣竜種では小柄なれど、人から見れば充分に巨大だ。
冠型の頭部外殻が作る、文字通り『頭でっかち』な外見と、体に泥をまとう習性で知られる。
しかし最も警戒すべきは――健脚。
鈍重そうな巨体を意外な高速で走らせる、強靱な後脚。
縄張りへの侵入をかなり嫌う生態もあり、遭遇すれば重戦車の如し突撃を受けることになる。
「ぬぉぉぉぉぉっ!?」
そんなボルボロスの爆走から必死に逃げているのが、バンブーメモリーである。
武器は背中に収納して、両腕の肘を直角に曲げて、膝も高く上げての全力疾走だ。
状況は少し間抜けだが、ボルボロスに追いつかれない足は瞠目に値する。
「見た目よりいい脚してるッスねぇ! 敵ながらあっぱれッス!!」
装いは勝負服――ショートの茶髪に竹文様のカチューシャを飾り、黒外套の裾を靡かせている。
外套の中は白いベストとシャツに新緑のスカート、スパッツを穿いた足は白いシューズに繋がる。
白い長手袋を着けた腕の片方には、なぜか『風紀委員』の腕章もあった。
「ぃよ!」
バンブーは走り幅跳びのように、地面の一部を飛び越える。
目印の小旗が立てられていたその地面を、ボルボロスの分厚い脚が踏み抜いた。
――落とし穴だ。
「「掛かったぁぁぁっ!!」」
「フシャァァァァァッッ!!」
二人のウマ娘と、一匹のアイルーが、岩棚の上から飛びかかる。
一人はオグリキャップ――防具【ズワロシリーズ】に身を包み、大剣【メガスワスター】を構えている。
もう一人はタマモクロス――青いジャケットの勝負服で、【卵槌ガーグァ】を振りかぶっていた。
二人は間に太陽を挟む形で舞い上がり、どちらもボルボロスの頭部外殻に武器を叩き落とす。
『ッッッ!?』
ボルボロスは頭部に走った衝撃に驚き、落とし穴の中でもがく。
オトモアイルーがその背に乗り込み、麻痺毒を塗った剣を何度も突いていた。
「先輩方っ、いいとこ取りは無しッスよぉ!!」
バンブーメモリーも武器を取る。
長く太い柄が手に取られ、くるりと回転。
棍棒にも見えるそれの先端部には――
【狩猟筆】――操虫棍の一種である。
「トレセン学園風紀委員長バンブーメモリー! 推して参るッス!!」
バンブーは巨大な筆を手に、ボルボロスの脚へと斬りかかった。
武器の強度を持っているようには見えないが、墨に濡れた筆が外殻に阻まれることはなかった。
筆は発光現象を起こし、ボルボロスの体を透過、人工的な音を立ててダメージを物語る。
バンブーは達人の槍術さながら、毛筆を穂先に、逆側を石突にして、華麗に回転。
ボルボロスの、落とし穴から出た上半身のうち、横っ面や背中に攻撃を重ねていく。
「おっと」
ようやくボルボロスが落とし穴から脱出、頭部と尻尾を振り回す。
バンブーは【翔蟲】を頭上に放って急上昇、からの急降下突き。
毛筆の先端が槍の穂先となって、ボルボロスの背から脇腹を貫いた。
「前衛は私がやる。ガードは任せろ」
「ウチは頭や! その王冠みたいな柄を砕いたる!」
一度ボルボロスから離れていたオグリとタマが、左右対称に周回して、横合いから挟撃。
タマの鉄槌とオグリの大剣が、ボルボロスの頭部に左右から炸裂した。
それに向けて、バンブーは【狩猟筆】を向ける。
なんと筆の先端が左右に開き、内部から猟虫を――――ではなく、
バンブーを模したパカプチは何故か飛翔して、ボルボロスの頭部に齧り付く。
これまた何故かボルボロスの【エキス】を吸い取り、バンブーの持つ筆の中に戻っていった。
「多少は堅いみたいやな」
「ああ、だがティガレックスほどの怖さはない」
タマとオグリが言葉を交わして、バンブーとアイルーを加えた三人一匹で、ボルボロスを囲む。
ボルボロスを中心に三人のウマ娘が周回、的を絞れないボルボロスが首を左右に振る間に、アイルーが【毒けむり玉】を頭部外殻に投げつけた。
『ッ!?』
ボルボロスは泥の中に潜伏して、頭部外殻を潜望鏡のように出し、そこに開いた鼻孔で息をする。
そこに炸裂した毒けむり玉。飛散した毒煙を、ボルボロスは一気に吸引してしまった。
「
ダンス用語を符丁とした指示で、タマ・オグリ・バンブーの順に、周回軌道から内側へ切り込む。
俊足を活かした、ミドルレンジからの多角的な波状攻撃。
体育会系に見えるバンブーもトレセンのウマ娘、ダンス用語をとっかかりにした集団戦術への順応は早かった。
三人のウマ娘たちにより、ボルボロスの体にダメージが蓄積していく。
○
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――〈白鉄荒野〉沼地――
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バンブーとボルボロスの激突する岩棚地帯から程近く。
〈白鉄荒野〉と〈渓流森林〉の間くらいにある、川の水が溜まったような沼地で、
「ああもうっ、泥だらけで最悪!」
ゴールドシチーが、言葉とは裏腹にさしたる泥汚れもなく――ジュラトドスを狩猟していた。
シチーも勝負服姿だ。
青白ボーダーのチューブトップに、デニムのショートパンツ、黒いジャケット。
脚線美は左右で白と黒に別れたショートブーツに続き、白手袋をした左手が『弓』を持っている。
【狐弓ツユノタマノヲ】――対モンスター用の弓としては細身な、桜色の華麗な弓武器だ。
ブーツで沼地の蹴散らしながら、シチーは疾走から急停止、堂に入った姿勢で弓を引く。
放たれた矢はジュラトドスの顔面に着弾。
矢が顔に突き刺さるといったグロテスクな現象は起きず、発光現象が頭部に複数咲いた。
弓使いがここにいれば絶句しただろう。
矢は飛んでいない――
シチーが弦から手を離した途端、着弾箇所へワープして、発光の後に消えたのだ。
ゲーム的なグラフィック演出が、現実にそのまま起きている。
武芸の達人がここにいれば、自分が狙われることを想像して冷や汗を流すだろう。
「シチーさん、ナイスです!」
「衛兵にしてはキレがあるじゃねぇか!」
共闘しているのはサクラチヨノーとイナリワンだ。
チヨの武器はスラッシュアックス【剣斧ノ折形・桜雲】、イナリは大剣枠の【忍傘】。
どちらも沼地に脚を取られることなく加速して、ジュラトドスの前後からダッシュ攻撃を見舞う。
「衛兵団でも、モンスターの侵入に備えて最低限は訓練してますから」
シチーは弓に矢を番えて、討伐対象を再確認する。
泥魚竜ジュラトドス――異名の通り、泥の多い川や沼地に住むモンスターだ。
15メートル前後の巨大魚に、地面を走る脚が生えているという姿は圧巻である。
このサイズで突進してくる時点で、装甲車の中に乗っていても安心できないが、他の大型モンスターほど凶悪ではない。
『ッッッッッ!!』
咆哮を受けても、シチーが一瞬だけ怯んだくらいだ。
リオレイアをも討伐してきたイナリやチヨからすれば、萎縮するほどではない。
「引き続き、各自の適正距離でサークル維持、壁に追い込まれないように注意です!」
チヨが作戦を指示すると、イナリとシチーがそれに従う。
イナリは近距離、チヨは中距離、弓のシチーは遠距離で、ジュラトドスを中心に周回する。
ジュラトドスは近距離のイナリに噛み付こうとするが、イナリは急加速しただけで回避、続くもう一度の噛み付きも落ち着いて見送る。
その横っ面にシチーの矢が命中、続いて接近したチヨが尻尾に剣斧を振り落とす。
ジュラトドスの意識が別方向に逸れるや否や、待っていたイナリが【忍傘】を振り、巨体の側面を広く薙ぎ払う。
尻尾を振り回すジュラトドス、イナリとチヨは【翔蟲】で宙に舞い上がって回避。
しかしジュラトドスの脅威は、まだ終わっていない。
ジュラトドスは浅い川面を蹴散らして、シチーへの突進を仕掛けた。
ジュラトドスは、ハンターたちからそれほど脅威とは見なされていない。
それでも警戒すべきは、水辺で半ば泳ぐようにして突進してきた瞬間だ。
この瞬間のジュラトドスは目を剥くほどの速度を出す。
食らえば転倒は確実、次の対応が遅れれば、陸を歩くサメの如し魚竜種の牙が待っている。
『ッ!?』
しかし、その突進をしようとしたジュラトドスが、動けない。
半ば脚を滑らせるように倒れ、不可解そうに身もだえしている。
「弱点は麻痺と、泥が剥がれたときは水属性だっけ?」
シチーの放った矢に付与されていた麻痺効果だ。
シチーの装備編成は、勝負服に上書きされているが、状態異常の付与を重視したものらしい。
「「てりゃぁぁぁぁぁっ!!」」
動けなくなったジュラトドスに、上空にいたイナリとチヨが落下攻撃を突き立てた。
閉じた傘、折り紙の剣という、武器らしからぬ武器の先端がジュラトドスを貫通、血ではなくHPを失わせる。
「撮影や観客を意識せず動けるのって、こんなに気楽なのね」
不敵な笑みを浮かべたシチーは、片膝を地面について、弓弦を深く引き絞る。
鉄蟲糸技【剛力の弓がけ】――青白く輝く蟲と糸が、弓と肩に絡まり、弓の張力を後押しする。
もはや鉄が軋むような音を鳴らす長弓と、尾花栗毛を伸ばすシチーの美貌は、戦場の死者を定める戦乙女の如し。
放たれた矢は真っ直ぐに、ジュラトドスの頭部へ吸い込まれた。
○
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――帝国・第二開拓拠点〈セオン村〉――
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魔大陸の調査と開拓は、沿岸部の基地から、細かな拠点を枝のように伸ばして行われている。
〈帝国基地〉から伸びた枝の一本は、第二開拓拠点・通称〈セオン村〉に繋がっていた。
冒険者やハンターたちは、俗に基地のことを『街』と呼び、拠点のことを『村』と呼ぶ。
そんな村であるセオンは、温泉が湧いていることで有名だ。
「「くぁ~~~」」
タマモクロスとイナリワンが、同時におっさんめいた息をついた。
「モンスターは楽やったけど、泥は災難やったなぁ。ウチもう重馬場のダートなんて怖ないで」
タマを始めとするウマ娘たちが、石造りの広い湯船に漬かっている。
彼女らは白い湯着に袖を通していた。
ノースリーブシャツとショートパンツから成る、入浴用の服だ。
お湯にタオルを入れるのは厳禁というが、靴下や下着をつけたまま入浴すると独特の快感が生まれるのもまた事実である。
人目をあまり気にせず寛げるのもあって、女性たちからは歓迎されている習慣だ。
「近くに温泉があって助かったわねぇ。あービバビバ♪」
「もう、マルゼンさんは離れて見てただけじゃないですかー」
マルゼンスキーが長髪をタオルでまとめ、湯着姿で肩まで浸かっている。
その隣ではチヨが同じ姿勢になっており、非難とは言えない緩い口調で指摘していた。
「ふぅ~。今日はバンブーちゃんとシチーちゃんの討伐実績が目的だもの。
あまり手を貸すとギルドからの評価も渋くなってしまうでしょう?」
クリークが手ですくったお湯を肩に掛けながら言う。
どことは言わないがメンバー最大のそれが、湯着に包まれながらもお湯に浮いていた。
さておき、ボルボロスとジュラトドスの討伐に、フルメンバーで当たらなかった理由はそれだ。
マルゼンとクリークと他のアイルーは、狩りを見守っていただけである。
逆に言えば、二体同時討伐クエストを、余力を残してクリアできたのだ。
「今日はお世話になったッス~」
「私からも。おかげで泥まみれは避けられました」
半ば寝転ぶように全身を浸からせるバンブーと、栗毛をタオルで丸めたシチーが礼を言う。
レース以外でも鍛えているバンブーの肢体は健康的に引き締まっている。
対するシチーはモデル、美容体型の求道者として恥じない美肌とスタイルだ。
そんなバンブーとシチーが、ウイニングライブ(仮)に加わってから――三日が経っていた。
その間、クラン結成のため全員のG級昇格のために活動している。
素材採取クエストを請けたり、偶発的にティガレックスを討伐したり。
衛兵団での仕事引き継ぎを終えたバンブーとシチーが合流してからは、二人に討伐実績を積ませたり。
そんなこんなで三日が経った今日、一同は温泉で骨休めをしている。
「この体、ゲームのアバターのはずなのに、それでも温泉は気持ちいいんスね~」
バンブーの発言で、ふとシチーが思い出したように、
「というか、昨日の話は本当なんですか? このゲームで二日三日が経っても……」
「現実世界では、一時間も経っていない――だったな」
シチーの疑問に、伸びをするオグリの声が続く。
普段の鯨飲バ食が嘘のように細長い体型に、シチーは密かに驚かされていた。
「はい。エアシャカールさんの話では、ウマレーターの中にいる私たちって、なんというか、凄い速度でゲームを進行しているらしいんです」
チヨが改めて説明する。
エアシャカールが『不可解』と首を傾げていたことの一つだ。
「なんか漫画であったなー、そういうの。主人公が修行する系のやつ」
イナリが口にしたものに、タマやオグリも心当たりがないではない。
「原理は分からないけど、何日もウマレーターで眠ったまま、なんてことにならないのは助かるわ。トレーニングにも差し障ってしまうもの」
クリークはその現象を肯定的に捉えているようだ。
たしかに、ゲーム内と同じ時間が過ぎていたら、タマたちはもう何日も昏睡していることになる。
一日休めば三日を失うのは武道だけではない、現実世界で失う時間が少ないのことは歓迎できた。
「というわけで、精神と時の部屋が利いているうちに、ぱぱっとゲームをクリアしないとね♪」
マルゼンが目標を再確認して、タマたちも頷く。
「さしあたりの目標は、全員のL級卒業、G級昇格、そしてクラン結成ですね」
「んあ~、後はなにすりゃいいんだっけ?」
チヨはイナリの疑問に、少し慈悲のない笑みを浮かべた。
「座学試験です。討伐や採取の実績は充分なので」
うぐっ――と、タマ・オグリ・イナリが顔色を悪くした。
「アカンて……なんでこのゲーム独自の言語とかあんねん」
「テストの前に文字から覚えろたぁ難易度が高いぜ……おい、オグリがのぼせてんぞ?」
「覚えなければいけない規則が多すぎるんだが?」
温泉と知恵熱でのぼせかけたオグリを湯船から上がらせて、クリークが話を戻す。
「まあ、文字の読み書きができない人のために口頭試験もあるらしいから、頑張りましょうね♪」
クリークママはお勉強から逃がしてくれないようだった。
「だぁ~。もうちっと気合いが入る話はねぇのかい? 祭りのひとつもねぇのかこの大陸はよぉ」
イナリが仰向けに湯船へと倒れた。
浮力で体が浮かぶと、小柄に反比例するサイズのそれが浮島となる。
「そうねぇ、お祭りというには物騒だけど、近々大きなクエストがあるそうよ?」
マルゼンが伸ばした腕にお湯を絡めながら言うと、一同の注目が集まる。
それについてはチヨも確認していた。
「緊急クエスト――〈灰色の浜〉掃討作戦、ですね!」
灰色の浜というと、サハギンの大群が上陸して、モンスターたちと合戦を繰り広げた場所だ。
「自分も衛兵団で聞いたッス。浜には〈王国基地〉と〈帝国基地〉を結ぶ唯一の街道があるッス。
そこがずっと通行禁止になるのは大問題ッス」
「密輸の摘発も多かったですけど、お互いに必要な物資を融通して成り立っていますからね」
バンブーとシチーは、衛兵としての経験から、事の重大さを理解していた。
「つまり、居残ってるモンスターや魔物を片っ端から討伐しようっちゅう話なんか?」
「それができれば、〈王国基地〉の〈オルガン亭〉に行けるようになるな」
タマとオグリが期待の目でマルゼンを見る。
食い逃げをしてしまった〈オルガン亭〉に詫びを入れるのが、オグリの目下最大の目標である。
「〈灰色の浜〉に屯するモンスターを難易度別に分けて、個別のクエストとして討伐依頼を出すそうよ。大人数で浜に乗り込むと、またモンスターたちが結集しちゃうかもしれないからって」
マルゼンが曰く、場所と時間を細かく指定して各個撃破するクエスト群らしい。
「いいねぇ! 派手な祭りの予感がするじゃねぇかっ」
イナリが水飛沫を立てて起き上がり、隣のチヨが顔を庇った。
「私も〈灰色の浜〉を推す。流通が滞れば、お店の人たちも困るだろう」
「オグリ、お前は店の料理が食えんくなるんが怖いんちゃうか?」
「タマ、食料品価格の値上げは怖いんだぞ?」
「知っとるわ。ゲームの中でまでそういう現実を見せんなや……」
オグリとタマがそう言葉を交わす。
「まあ〈灰色の浜〉にするっちゅうんなら、ウチもかまへんで?
浜を越えた〈王国基地〉には世話になって人も多いからな。恩返しにはええ機会や」
「見上げた根性じゃねぇかタマ公。なぁに、砂浜をちょっと走るくらい、合宿みてぇなもんさ」
対して慎重派についたのはチヨだ。
「もう少し情報を集めてからの方がよくないですか?」
「そうね、L級の私たちが参加できるかも分からないし……」
クリークも慎重派に加わると、シチーが軽く挙手する。
「それって、私たちが『目覚める』ために必要な『メインシナリオ』だったりします?」
メインシナリオをクリアする――それが、この【MHE】に囚われた状況の解決策だ。
クラン結成もその大目標に対する通過点、今回の掃討作戦がメインシナリオに準じたものなら見送れない。
「それが……実は分からないんです」
チヨが消沈気味に答えた。
分からない? と、バンブーとシチーが問い返す。
マルゼンが頭を悩ませている理由は、そこにもあるのだった。
「エアシャカールさんが言うには、そういうクエストが『ある』ことは確からしいんです。
でも、クエストの内容までは判別できなくなっていたとかで……」
マルゼンたちがウマレーターで【MHE】にログインする前、シャカールから説明されたことだ。
メインシナリオを踏破することで目覚めるのは確認したが、シナリオの内容はなぜか文字化けして確認できなかったそうなのだ。
「それこそ、【MHE】というゲーム本来のシナリオとは異なっている可能性すらあるの。
先入観を抱かないように、私たちもメインシナリオがどんな内容なのかは聞いていないのよ」
クリークが補足説明すると、タマやオグリも唸る。
「改めて聞いても、難儀やなぁ」
「これがメインクエストであると見分ける方法はないのか?」
二人の問いに、チヨが明るくない表情で答える。
「一応、あるみたいです。
システム上『メインクエストはプレイヤーがクリアしない限りずっと残る』ので……」
「放っておいて誰もそれをクリアしないようなら、それの可能性が高いってわけ」
チヨが言いにくそうにしている部分を、マルゼンが代わりに言う。
それのどこが言いにくいのかは、イナリがすぐに気付いた。
「そいつぁ、『困っている人がいる案件を放置する』ってことじゃねぇかい?」
そう、ゲームっぽいけどゲームっぽくないこの世界で、その選択は『被害の拡大』に繋がりうる。
そういうクエストを片っ端からクリアすれば、いずれゲームもクリアできるだろう。
逆にそういうクエストだと分かるまで様子を見るのも、仲間の安全を優先するなら最適な選択だ。
積極策か、様子見か――レースであっても、どちらが正解なんてことはない。
「ッケ、粋じゃねえな」
イナリワンはそういう難しさを察しつつ、しっかりと私見を口にするのだった。
「自分もッス! シナリオとか抜きにして、〈灰色の浜〉は放っておけないッス!」
バンブーがお湯を散らすように立ち上がる。
その表情はイナリよりも真剣だ。
「〈王国基地〉と〈帝国基地〉が融通し合ってる物資には、医薬品とかも含まれるッス。
それが無いと危ない人とか、正規の輸入手続きで商売してる人とかもたくさん居るッス!
向こう側に出張して帰宅困難になった人とか、その家族とかも、衛兵団に相談に来てて――」
タマたちは目を瞬いて、バンブーの訴えを聞いていた。
バンブーとシチーは、衛兵の仕事を通じて、タマたちよりも密接に『街』と関わってきた。
まだどこかで『ゲームだ』という意識がある自分たちと比べて、バンブーにとってこの世界は『人の暮らす世界』なのだろう。
そういう意味では、誰よりも誠意を持ってこの世界を見ていたのが、バンブーメモリーなのかもしれない。
『クリアに必要無いイベントだから』なんてプレイヤー目線では、切り捨てられないのだ。
「そうか……そうですよね。言うなれば、災害で孤立化しているような状態なんですよね」
「家族と離れ離れになって泣いてる子がいるかもしれないし、他にも色んな人が困ってるのよね」
慎重派だったチヨとクリークも、今回の緊急クエストに対する認識を改める。
災害の後には復興の戦いが始まる。
〈灰色の浜〉の緊急クエストは、スタンピードという生物災害からの復興作戦でもあるのだ。
「賛成多数、ですね」
最後にシチーが、実質の賛成一票を口にして、マルゼンに目を向ける。
他の面々も同様に、マルゼンを注視した。
「あらあら――」
マルゼンは微苦笑していた。
クラン・ウイニングライブ(仮)のリーダーは、マルゼンスキーだ。
風格・頭脳・人柄、どれについても満場一致だった。
メンバーの意見がここまで固まったなら、後はリーダーの決定だけである。
「もう、みんな人の気も知らずに格好いいことばっかり言って……」
溜息をついたマルゼンに、他の面々が少し表情を曇らせる。
マルゼンの立場からすれば、後輩たちの安全が最優先だ。
危険なクエストに飛び込ませないため、強権で否決するのも優しさである。
マルゼンがそうすることより、させてしまうことについて、後輩たちは顔を曇らせたが――
「私が格好付ける場面が残ってないじゃない♪」
ウインクしてみせたマルゼンによって、一同の表情が晴れた。
その後、〈セオン村〉を後にした彼女たちは、〈帝国基地〉のギルドを目指すのだった。
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――〈帝国基地〉連合ギルド――
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「皆さんのパーティに、指名依頼が届いています」
カウンターに顔を出すなり、受付嬢はそう言った。
よく見ると、記者の乙名史悦子に似ている気がする。
あくまで顔立ちが似ているだけで、三角形の獣耳を持つ獣人の受付嬢だ。
「あら、ご指名なんて照れちゃうわね。どなたからの依頼?」
「ギルドからです。緊急クエストに関して、どうしても皆さんに任せたい役目がありまして」
マルゼンの後ろにいたタマたちは、きょとんとした顔を見合わせた。
参加しようと思っていたクエストに、向こうから誘われた形だ。
詳しい話は別室でということで、受付嬢はマルゼンたちを会議室に案内した。
楕円形のテーブルを囲む形で、マルゼンたちは受付嬢からの説明を受ける。
「皆さんに依頼したいのは、運搬クエストです」
運搬……と、各々が首を傾げたり、納得したりと反応を分けた。
「つまり〈灰色の浜〉を越えて〈王国基地〉まで、急ぎのお荷物を届ければいいの?」
マルゼンの理解は早かった。
普段はお茶目な振る舞いの彼女だが、頭脳も明晰である。
「はい。運搬していただきたい品は、医薬品に食料品、二つの基地の間で必要な書類や、住人間の郵便物です」
「随分たくさんね。なぜ私たちに?」
「スタンピードからの撤退戦におけるご活躍からです。不躾ながら、皆さんは〈アイテムボックス〉をお持ちなのでは?」
ほぼ全員が首を傾げて、顔を見合わせる。
「亜空間に所持品を格納して、いつでも自在に取り出せる、形のない倉庫のようなものです」
「おお、メニュー画面のあれかい」
受付嬢の補足説明でイナリが気付く。
隣のタマも――受付嬢には見えないがメニュー画面を開けば、【倉庫】という項目からアイテムを取り出せる。
便利な機能だとしか思ってなかったが、よく考えればこういう事態には打って付けだ。
「皆様がどのような経緯で〈アイテムボックス〉を手に入れられたかは詮索しません。
我々はいま、二つの基地を、最小限の人数かつ素早く移動できる
先の撤退戦で見せた俊足、戦闘力なども加味して、理想的な人選であると判断されました」
おお……と、早くも張り切っているのは、イナリやバンブーだ。
タマやオグリ、チヨやクリークにシチーも、同じ心地である。
だがマルゼンは、まだ頷かない。
「でも〈灰色の浜〉にはモンスターや魔物がいっぱいなんでしょう?」
「既にギルドの精鋭ハンターにより、脅威度の高いモンスターは排除され始めています。
日を追うごとに浜の危険は取り除かれ、完全に排除されれば本来の輸送態勢に戻るでしょう」
「つまり初日が最も危険ってことね。ギルドがまだ発見していないような、こわーいモンスターや魔物がいるかも」
「はい。そのリスクも込みで、スタンピードの只中から生還した皆様が指名されました」
危険度を確認するマルゼンに、受付嬢は誤魔化すことなく淡々と答えていた。
数秒遅れる形で、タマたちの理解も追いつく。
今回の指名依頼、『○○を討伐せよ』といったものとは、危険度の誤差が違う。
対象区域は〈灰色の浜〉というフィールド全般、遭遇しうる脅威はそこに生息するもの全て。
最悪、両手で数え切れないモンスターに囲まれる、なんてこともありうる。
モンスターの排除は既に始まっているようだが、それを待たずに届けなければならない物資があるのだろう。
これはそういう『お使い』、野生の恐竜がいるサバンナを越えての宅配業だ。
「危険なお仕事ねー。L級ばっかりでクランも結成できない私たちに務まるかしら?」
「もちろん。書類上はL級でも、実力は既にGⅡ級は確実であると、ギルドも認識しています。
今回、L級は参加させられませんが、『書類は前後して構わない』とギルド長もお考えです」
「あら、過分な評価だわ♪ 他はともかく、座学試験だけは心配だったの」
「このような事態です。日程通り試験を実施することは難しく、ご迷惑をお掛けしております。
無論、クエストの報酬については充分にお支払いさせていただきますが」
うふふふ♪ と、なにやら意味深な笑みを交わすマルゼンと受付嬢である。
「……タマ、私はなんだかダークな気配を感じるんだが?」
「奇遇やな、ウチもや」
オグリとタマが言葉を交わすと、隣でチヨとクリークが小声で会話する。
「マルゼンさん、もしかして……」
「指名依頼の見返りに、私たちのG級昇格を要求しているみたいね。
まあ、ギルドも私たちがL級のままじゃ指名できないからだろうけど……」
チヨが冷や汗を流し、クリークが微苦笑する。
「そんな不正は――むぐっ!?」
「バンブー先輩、ここは空気をっ、エアを解読しましょうっ」
口を挟もうとしたバンブーは、隣のシチーの手で抗議を塞がれた。
話から察するに、試験を免除するのではなく、後回しにさせてくれる程度だろう。
「そういうことなら――」
大人の取引は済んだらしく、マルゼンが豊かな胸元をドンと叩く。
「暫定クラン〈
○
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――〈灰色の浜〉 上空――
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ところで、マルゼンたちにも見落としはある。
先の緊急クエスト、〈灰色の浜〉にモンスターや魔物が屯していて通れないという点。
――空輸という選択肢はないのか? という疑問を抱くべきだ。
【剣と魔法の世界】には飛行魔法もあるし、グリュフォンで空を飛ぶ手段もある。
【竜と狩人の世界】のハンターたちにも、飛行船は存在する。
いま魔大陸では準備できないにしても、医薬品などを空輸することくらいは可能なのではないか。
それは、連合ギルドでも既に考えられ、試されたことだった。
「……飛行系の召喚獣は全滅したわ」
「ああ、やっぱり駄目ですか……」
〈帝国基地〉の外壁上に、リコリスとアイリスの姿があった。
樫本理子似の冒険者リコリスと、桐生院葵似の調査員アイリスだ。
二人のうちリコリスは、飛行可能な召喚獣を用いての空輸作戦に加わっていた。
召喚獣を遠隔操作するような作業になるため、場所は〈帝国基地〉で構わない。
しかし、リコリスが曰く、その召喚獣は全滅したという。
「あれの目を盗むか、討伐しない限り……〈灰色の浜〉は通れないわね」
リコリスが口惜しそうに睨む先を、アイリスは望遠鏡で見ていた。
丸く切り取られた空に、その姿が映る――
赤い瞳。
金色と黒色の鋭い甲殻。
皮膜状の、虹色に輝く翼。
二股の尾に、巨大な刃めいた『トサカ』を生やす頭部。
そして何より特徴的なのが、角を中心にしてほとばしる、エメラルド色の『電光』だろう。
「よりにもよって……あれが……」
凶悪かつ獰猛な性格と、モンスターでも屈指の空戦能力で、生態系をも脅かすと語られる飛竜。
竜盤目 竜脚亜目 電翼竜下目 電竜上科――
電竜、空の悪漢、
生まれた瞬間から孤高、自分以外は全て敵という非業の生態――
彼こそは、他の承認を要さず己の強さで完結する、空の一匹狼――
あれこそは、翡翠色の雷光を研ぎ澄ます、勇壮華麗なる竜の
「――ライゼクス――」
ご一読いただきありがとうございました。
前回のライスVSナルガで軽く燃え尽きていましたが、更新再開です。
継読してくださっている皆様、まことにありがとうございます。
バトルはウォームアップがてら泥々コンビ、バンブーとシチーの武器紹介でした。
次回は予告通りのモンスターですが……
いかん、既にハンターウマ娘が八人もいる集団が、思った以上に強すぎる。
これはむしろ、モンスターを勝たせる手段を考えるくらいでちょうどよさそうですね。