魔大陸・アトランティス。
古の時代より『神出鬼没の大陸』として語られている。
曰くその大陸は数百年に一度という頻度で、海底から浮上してくるという。
魔力が満ちたその大陸には、短期間で豊富な動植物が生まれ、価値ある鉱石や宝石が産出される。
それと同時に大量のモンスターも生み出され、時にそれらは海を渡って周辺国に被害を及ぼす。
ただの伝説だと思われていたそれは、実際に起きた。
魔大陸で生まれたと思われる凶悪な竜が飛来した、海のモンスターが周辺海域で船を襲った。
伝承によると、こうした『災厄』は増加し続けて、『
この『蝕の日』に何が起きるのかは、資料にも記されていない。
なぜなら――資料を記していた者たちは、日蝕と共に起きた災厄を、生き残れなかったからだ。
各国はこの記録を重く見て、魔大陸の調査と資源獲得のため調査団を派遣。
上陸先に拠点を築き、拠点はいつしか基地となり、町となり、各国の飛び地となった。
そんな拠点のひとつ――王国領・第一基地。
景観としては、城壁に囲まれた港町といったところ。
タマモクロスの『スタート地点』だった。
○
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――魔大陸 王国第一基地〈オルガン亭〉――
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「お待たせしましたー。
【ガッツチャーハン】に【怪鳥の皮の串焼き】に【シャンボウのマグマ焼き】、
【マスターイカフライバーガー】【リモセラミのガーリックピザ】【雪山草スープ】です。
デザートの【熱帯イチゴタルト】と【シャーベット】は後ほどお持ちいたしますっ」
日没後の食堂〈オルガン亭〉で、給仕が快活に料理を運んでいる。
客層は様々な種族の人類、およびアイルーなどの小さな種族たちだ。
「ちくしょう! なんだあのジンオウガって奴! 強すぎだろ!?」
エールを煽った戦士が、小さい樽のようなジョッキを卓に叩き落とす。
「申し訳ありません、手も足も出ず……」
「私も、魔法がまったく通じなかったわ」
「むしろ、よく五体満足で帰ってこられたよな、俺たち……」
僧侶、魔女、勇者もまた、それぞれの食器を手に気落ちしている。
ジンオウガに瞬殺された勇者一行は、アイルーたちに救助された後、この王国基地に帰還した。
「まー、いまは死なずに済んだことを喜んどきや。
悔しがるんも反省するんも、まずは腹をいっぱいにしてからや。
空きっ腹やと、悪い方にばっかり転んでくもんやで?」
そんな勇者一行と同席しているのは、タマである。
「そうだな。失礼した、お嬢ちゃん」
タマの実感がこもった助言が響いてか、戦士が気を取り直して一礼する。
礼法を感じる仕草なのは、彼が貴族出身であることに由来するが、タマはさほど興味がない。
「俺たちからも礼を言うよ」
「私たちからも」
「せめてここの食事くらいは奢らせてくださいね」
勇者・魔女・僧侶たちも、タマに感謝を示す。
微妙に子供扱いされているのを感じながらも、タマは「なら、ごちになるわ」と快活に答えた。
「ニャハハハ! だから言ったニャー、その装備じゃ魔大陸のモンスターは倒せニャいって」
近くの席にいたアイルーの一団が、勇者たちを揶揄した。
救助に協力してくれたアイルーたちであり、なりは愛くるしいが熟練のハンターである。
「出発前に言われたときは、なに言ってんだこの猫って思ったが……本当だったんだな」
「その、疑ってすみませんでした……」
戦士と勇者が、悔しそうではあるが、恩人であるアイルーたちに頭を下げた。
「構わんニャー、
無駄を承知で一度は助言しておくのが礼儀ってだけニャ」
肉球のついた手で器用に食器を操りながら、アイルーたちは食事を始める。
「なんや、あんたらの故郷とこっちじゃ、そんなに装備が違うんか?」
タマは、彼らが言うところの『魔大陸』のスタイルしか知らない。
言われてみれば、勇者一行の装備は、こちらのハンターたちとは毛色が違ってみえる。
なんというか、より古き良き感じの中性ファンタジー風である。
あまりゲームをしないタマから見れば、どっちも『ゲームっぽい』で一括りだが。
「これでも一流の装備なんだぞ? オリハルコン製の武器に、ミスリル製の鎧だ」
勇者が自分の鎧を軽く叩いて見せる。
細かな傷が歴戦を物語っており、タマには立派な鎧に見えるが、アイルーたちは違ったようだ。
「たしかにいい武装だニャ。でも魔大陸で狩りをするなら、魔大陸の装備に一新するニャ」
「ミスリルだろうがオリハルコンだろうが、魔大陸のモンスターにはあまり意味ないニャ」
「武具として機能はするけど、こっちのモンスターにはこっち素材の武器が一番なのニャ」
にゃーにゃーとお説教をされる勇者たち。
頭から信じなかったわけではない。
ただ、冒険者が愛用の装備を一新するのは、体を取り替えるようなものだ。
右も左も分からぬおのぼりさんに、装備屋で金を落とさせようとしている可能性もある。
それらを勘案して、彼らは最も馴染んだ装備と戦法で、魔大陸での狩りに赴いたのだった。
(うちからすれば、こんなおもろいハンマーが実際に強かったのが驚きやで)
タマが一瞥したのは【卵鎚ガーグァ】。
【モンスターハンター・エクリプス】――略して【MHE】を始めたとき、所持アイテムにあったものだ。
謎の卵が金属の刀剣よりも強力であるという事実に、ここがゲームなのだと実感する。
(というか……こいつらほんまにNPCなんか? この料理、ほんまに偽物なんか?)
タマはこのゲームに『遭難』して以来、幾度も抱いてきた疑問を改めて抱く。
タマの知る限り、これはVRウマレーターが作り出した仮想空間……のはずだ。
ゲームキャラにそれを聞いても無意味なので確認していないが、彼らはNPCのはずなのだ。
しかし、こうして食事を共にする限り、なにかデータ的なものとは到底思えない。
結局、自分の足りない頭で考えても正解は分からないという、いつもの答えに落ち着く。
「魔大陸のモンスターは、お前らの知る『魔物』とはまったく別の生物なのニャ」
アイルーおじさんたちの説教は続いている。
「肉体の魔素構成からして魔物とは別物ニャ。だから『モンスター』と呼び分けられてるニャ。
魔物には効果的な武器や魔法も、『モンスター』には理に叶わなくて効かないのニャ。
岩を割るためにハサミを噛ませ、髪を切るために金槌で殴るようなことをしてるんだニャ」
強いか弱いかではなく、適切な仕組みを用いてないのだと、アイルーは語る。
「たしかに、同じ魔物でも、竜とアンデットには専用の武器や魔法が必要だけど……」
「だからって、『モンスターの素材から作った武器じゃなきゃ倒せない』なんてことあるのか?」
勇者と戦士が唸ると、魔女と僧侶が口を開く。
「呪術的なもの? 人狼が銀の武器を防げない代わりに、他の手段では死なないみたいな」
「それどころか、まったく別の理の上に生きているような印象さえ覚えます。
なにもない海原に大陸が出現したことも含め、まるで……別の世界からやってきたような」
どうやら魔大陸のモンスターとは、彼らの常識から外れた存在であるようだ。
「まあ、いまのは知り合いの研究員からの聞きかじりニャ。
この魔大陸が
狩人がすべきことは、目の前の脅威に最適な行動をすることだけニャ」
アイルーたちは達観したようなことを言って、冷めてきた食事のペースを上げる。
猫舌なので、出来たての料理が冷めるまでは雑談していたらしい。
(最近のゲームは設定凝りすぎちゃうか?)
唯一、タマだけがちんぷんかんぷんである。
いちいち聞くとこちらの非常識がバレて面倒になりそうなので、聞き流しているが。
「とりあえずお前らは素直に店売りの武具を買って、ブルファンゴあたりから地道に始めるニャ」
「ブルファンゴってイノシシだろ!? 冒険者なりたてじゃありまいし――」
アイルーの言葉に戦士は反論しようとするが、アイルーにスプーンを突き付けられる。
「なりたてニャ。魔大陸のモンスターハントは、他の大陸の魔物狩りとは根本的に違うニャ。
お前らは魔大陸のハンターギルドにおいて駆け出しニャ。素直に教習を受けることニャ。
さもなくば、あのへんで飲んだくれてる先輩ハンターに教えを請うニャ」
アイルーが示した一席では、酒に酔ったオッサンたちがゲラゲラ笑っている。
装備品は、モンスターの皮や鱗から作られたものらしい。
頭部・胴体・手足で異なるモンスターを使っているらしく、色と質に統一感がまったくない。
見栄えで強さが決まるわけではないが、盗品を適当に使っている盗賊感があって、いまいち信用しにくかった。
「言うじゃないネコさん。冒険者ギルドとハンターギルドの取り交わした規則では、冒険者ギルドでA級と評価された冒険者は、ハンターギルドでも上位のハンターとして扱われるのよ?」
魔女が抗弁するが、アイルーはこのように即答する。
「それは『受けられる依頼の難易度に天井を設けない』ってだけニャ。西大陸で上位の冒険者だったからといって、魔大陸でも上位の実力者であるという保証ではないのニャ」
アイルーは貫禄ある口調で言うが、スープをふーふーして冷ましているので、迫力はない。
「ぶっちゃけ、そっち側の冒険者ギルドの面子を立てて、そういう制度になってるだけニャ。
だからお前らみたいによそで功績のある奴ほど、実力を見誤って餌になってるニャ。
お前たちが言う難易度A級の魔物は、たぶん魔大陸じゃ下位か中位くらいニャ」
勇者たちは耳を疑った。
「難易度Aが下位って、西大陸でA難度って言ったら竜退治とかそういうレベルだぞ!?」
戦士が、酒が入ったこともあって声を荒げる。
アイルーから見れば巨人のような戦士だが、まるで臆さず言葉を続けた。
「魔大陸のモンスターはジャグラスを始め竜種ばっかりニャ。
大型の牙獣種や甲殻種は下手な竜より強いニャ。
でなけりゃ魔大陸から渡ったモンスターが、そっちの大陸で被害を出すわけないニャ。
魔物より弱かったら普通に魔物が喰い殺してくれてるニャ」
アイルーは容赦なく続ける。
その現実があったからこそ、各国は『モンスターの封殺』のため、人を送り込んでいるのだ。
「『竜は滅多に遭遇しない最強の魔物』と思ってる時点で、お前たちは井の中の蛙だニャ。
LV99だと思っていたものは、実は『0.99』だったのニャ。
いまようやくその事実に気付いて、やっとLV1になれたのニャ」
衝撃的な評価を告げられて、勇者ご一行は消沈した。
「はは……小数点か……」
「Aランク冒険者だった俺たちが、この魔大陸じゃ素人同然かぁ……」
勇者と戦士が自信喪失に駆られ、魔女と僧侶も渋面になる。
「肉体の魔素構造が違うって、学んだ対魔物用の魔法がほぼ全部役に立たないじゃない……」
「神官が使う神秘も、魔物の魔素構造に特効があるというものですから、神の奇跡も通じないことになりますね……回復魔法が味方に効くのがせめてもの救いですか」
後衛組にも、この魔大陸のモンスターに有効な攻撃手段がないようだ。
「まあ、うちはこっちのやり方しか知らへんけど」
黙っているのもあれなので、タマも口を開く。
「せっかく新しい土地に来たんやし、一から積み重ねるのも醍醐味やろ。
まずは下位クエストからこなして、経験と金を蓄えりゃええ。
あとはオトモを雇って、ガルクに乗る練習もしておきや。
たぶん、あんたらが思っとるより親切やで?」
そう言って、【ツチタケノコとお肉の醤油炒め】を口に運んだ。
実際、タマはそうやっていまの水準まで強くなった。
といってもそれは『プレイヤー』に用意された各種恩恵と、ウマ娘の身体能力によるところが大きい。勇者たちが同じことをして同じ結果が出るとは限らない。
だがそれでも、走るべき道が分からない後輩に、コースの特徴を教えるくらいはできる。
「ご厚意、感謝する……参考までに聞きたいんだけど」
勇者が改めてタマに向き直った。
「タマモクロスさんは、何か特殊な訓練を受けているのか?
見ていた限り、武器の扱いよりも、足の使い方に重点を置いているような気がした」
「お、よぉ気付くやん。やっぱ見る人が見ると分かるんやな」
勇者以外の仲間が興味深そうにしている。
思えば勇者以外は、タマの戦いをまともに見ることもできなかった。
「うちはな、ウマ娘っちゅう『種族』やねん」
ゲームでなければこういう言い方はしないが、彼らにはそう言った方が伝わりやすいだろう。
「馬? 獣人の一種か?」
「ケンタウロスやサテュロスとは別物よね?」
「なにか特徴のある種族なんでしょうか?」
戦士が口にした『馬』という単語に内心首を傾げつつ、タマは答える。
「そやな。とにもかくにも足が速い、腕っ節も強い。
うちのいた世界――故郷では、こういう耳と尻尾のあるのがぎょうさんおってな。
そいつらがよう徒競走してたんよ。うちはその選手や、けっこー速いんやで?」
勇者たちはそれを、『限られた地域にのみ住む希少種族』と解釈した。
湿地帯に住むリザードマンとか、山岳地帯の山羊獣人とか、そういうジャンルだろうと。
そこはタマにとってどうでもいい。ウマ娘に言及したのは、次の質問をするためだ。
「で、兄さんたち、ウチと同じような子を見たことないか?
ってまあ、その反応やと、聞くまでもないやろうけどな」
ウマ娘そのものに聞き覚えのない彼らには聞くだけ無駄だった。
勇者たちも寡聞にして知らぬという顔だ。
「誰か探してるのか?」
「まあな。こっちに来たとき、他にも知り合いが何人かおったんやけど、はぐれてもうたんよ」
そう、ウマレーターで【MHE】をプレイしたのは、タマだけではない。
もし『遭難』がタマだけの現象でないとしたら、他のウマ娘もいるはずなのだ。
「もしこういう耳で足の速い奴を見かけたら、うちのこと伝えといてくれへんか?
救助の礼についてはそれでええわ」
合流のための、ダメで元々というつもりでの一手だ。
「それならお安いご用だ。情報通の知り合いにも頼んでおくよ」
快諾してくれた勇者に、タマは「おおきに」と片手を上げた。
「もうひとつ聞かせてくれ。
ジンオウガと戦っていたとき攻撃は、なにかの魔法なのか?」
「ん? 魔法なんて
タマはきょとんとした顔をする。
勇者は目を瞬いた後、微苦笑してこう続けた。
「いやいや、俺の目だって節穴じゃない。
タマモクロスさんがただ鈍器で殴っていたわけじゃないことくらい分かる」
タマがジンオウガに行っていた奇妙な攻撃についてだ。
「すまん、俺たちは気絶してたから見てないんだが、何があったんだ?」
「タマモクロスさんがそのハンマーでジンオウガを殴りまくったんだ。
でも、ジンオウガに外傷はなかった。出血も、痣もできなかった。
でも確実に損耗していた。体力そのものを削り取っていたみたいに」
戦士・魔女・僧侶の視線がタマに集まるが、タマは当惑気味だ。
「いや、そう言うてもな……」
ゲームやし――という小声は、食堂の喧噪にかき消された。
体育会系のタマにも、ゲームに関する最低限の知識はある。
つまり『攻撃を当てたらHPが減って、HPが0になると戦闘不能になる』だ。
それが勇者の目には、『外傷を与えずに体力だけを奪った』になるらしい。
だから不可解だと、勇者は言っているのだ。
(そりゃあ、剣をぶっさしても傷一つない系の手品に見えるやろな)
タマからすれば、それは『当たり前のこと』だ。
だってゲームなのだから。
(いやでも、言うていいんか? ゲームやて。
アカンやろ。なんかこう、着ぐるみの中に人がいる言うくらいアカンやろ)
タマは腕組みして渋面を浮かべるのだった。
(変に思われるっちゅうことは、普通は剣で切ったら流血沙汰なんやな。
でもウチだけは、攻撃したら光って音が鳴って敵がバターンしとると。
……いや困るわ! そんなん言われても!
そこは疑問に思われず流されるやつちゃうんか!?)
頭の中で目を回しているタマに代わって、アイルーが口を開く。
「無駄ニャ、タマ姉さんはいくら聞いてもその秘密を教えてくれんニャ」
「きっと秘伝の技なんだニャ」
「痛みを与えず、骸を汚さず、楽にさせる技なのニャ。お優しいのニャ」
過去に同じ疑問をぶつけたアイルーたちは、なにやら独自に解釈しているようだ。
「そうか、秘伝なら仕方ないな……相手を無力化することに特化した非殺傷技か。
活人の心得を持つ流派なんだな。立派だ」
勇者も勇者で、なにやら神妙な顔で頷いていた。
「あー、うん。それやそれ」
タマはもうそれで通すことにした。
これ以上の追及を受けないために、タマの方から話を変える。
「んで、さっきの話に戻すんやけど、自分ら今後どないするん?
初心に還って一からハンターするっちゅうなら、訓練教官に紹介したろか?」
ゲームのNPCが相手でも、タマの世話焼きは健在だった。
勇者たちにとっても、タマの秘伝より自分たちの今後だ。
「そうした方がいいか……」
「俺も必要は感じてるが……父祖伝来の鎧を手放すのは……」
「あんたは武器を変えるだけで済むじゃない。私なんて魔術自体が戦力外なのよ?」
「学んだ技が失われるわけではないですし、弓などを学べば後衛の役目は果たせるのでは?」
勇者と僧侶は検討しているようだが、戦士と魔女は消沈気味だった。
説教をしていたアイルーたちは、最終的な決断は本人たちに委ねるつもりか、口出ししない。
――食堂の一角が騒がしくなったのは、そのときだった。
「だから、いいから酒を出せって言ってんだろ!?」
「いいや、お前はもう飲みすぎニャ! これ以上は飲ませられんニャ!」
近くのカウンターから騒ぎが聞こえた。
目を向けると、やや傷んだ装備の男性ハンターが、給仕アイルーに酒を要求している。
「嫁かお前は! 代金は払うってんだからちゃんと提供しろよ!」
「払う金があるなら貯まったツケを精算しろニャ!」
酒場ではよくある小競り合いだが、激昂する酔漢と小さなアイルーでは、後者が危険にも見えた。
「お前がパーティを追い出されたばかりなのは知ってるニャ!
今後の支払いが期待できない奴のツケを放っておくほどうちの店は甘くないニャ!」
どうやら男性ハンターは仕事が芳しくないらしい。
痛いところをつかれたせいか、男性ハンターは、顔を赤くすると、
「うるせぇ!」
腕を振るって、アイルーを弾き飛ばした。
手で払う程度だったが、小さなアイルーは体ごと吹っ飛ばされて「ミャア!?」と床を転がる。
「おい!」
勇者が思わず声を上げ、制止しようと席を立つが――
「「「「「フシャァァァァァァァァァァ!!」」」」」
店中のアイルーが、その男性ハンターに襲い掛かった。
従業員だけではなく、料理を食っていた客からも、全てのアイルーが示し合わせたように。
タマたちの近くで飲んでいたアイルーの一団も、四つ足で床を駆けていく。
「うおっ!?」
二匹のアイルーが男性ハンターの膝裏に蹴りを入れて、いわゆる『膝かっくん』を起こす。
数匹のアイルーが背中に飛びついてバランスを崩させ、尻餅をつかせる。
「動くなニャ」
最後に、厨房から飛び出した調理師アイルーが、分厚い包丁をのど笛に突き付けていた。
狩猟装備を持っていた他のアイルーたちも、首筋や耳の穴に切っ先を触れさせている。
大人と幼児のような体格差をものともしない、見事な連携だった。
「お前、この魔大陸のルールを忘れたのかニャ?
アイルーに危害を加えた人間は、周りのアイルーを全て敵に回すニャ」
アイルーの言うことは、勇者たちも道中の船で聞かされたことだ。
「アイルーは弱い種族ニャ、だから人間よりも一致団結して外敵を排除するニャ。
いまなら酒場のケンカで済むけどニャ、お前がうっかりアイルーを手に掛けた日には、町中のアイルーが仇討ちの機会をうかがうニャ。風呂でも食堂でもベッドでもトイレでも、のろまな人間のケツに毒剣ぶっさす瞬間はいくらでもあるニャ」
調理師アイルーの眼光に、男性ハンターが怯む。
アイルーはたしかに弱い、だが一人前の戦士になると小型竜くらいはタイマンで倒すようになる。
よって、人間という愚鈍で外皮も柔らかい生き物など、不意をつけば容易に仕留められるのだ。
「分かったらその武器から手を離すニャ。狩り以外で稼ぐ能がないくせにアル中肝臓で仕事に臨もうとする阿呆は、どうせすぐ獣と虫の餌ニャ。ここで死んでも大した違いはないニャ。でも大人しく金を払うなら、そんなお前でも美味い飯を振る舞って愚痴を聞いてやるニャ」
男性ハンターは、柄を握っていた武器から、ゆっくりと手を離すと、両手を挙げた。
「……今日は、悪酔いしてたみたいだ」
怯え混じりの笑みで言うと、アイルーたちが一斉に武器を引いて離れる。
男性ハンターは早々に料金を支払い、店内を立ち去っていくのだった。
すると店内から歓声が上がり、他の人間たちがアイルーの武勇を称える。
「すげぇなアイルー! 人間相手でもこんなに強かったのか!」
「なんだ知らなかったのか? アイルーがハンターより弱いのは『狩れる獲物の強さ』だ。
人間VSアイルーになった場合の勝敗はまた別の話なんだよ」
「この小さな体で逃げ隠れされて二十四時間ずっと隙を狙われるんだ。
面と向かって決闘するなら人間が勝つけど、手段を選ばない殺し合いならアイルーの方が怖い」
「町の外がモンスターの巣窟なのに加えて、町の中を暗殺者の巣窟にされたらお終いってことさ」
熟練のハンターたちがそう言葉を交わしていた。
制止しようとしていた勇者が、肩を竦めて椅子に座り直す。
「……装備、一新しよう」
「ああ、教習も受けよう」
勇者と戦士が言うと、魔女と僧侶も深々と頷くのだった。
その後、明日になったらタマが教官に取り次ぐ約束をして、勇者がお勘定をしに行った頃――
「……ねぇ、タマモクロスちゃん」
「なんや? 呼びにくかったら『タマ』とか『タマモ』でええで?」
魔女がふと気付いたように、遠慮がちな声を掛ける。
「じゃあタマモちゃん。さっきの話だと同族を探しているみたいだけど――」
魔女が、店内の一角を目線で指す。
「そちらの方のような人を探せばいいの?」
「っ!?」
タマは魔女の見る先に、ばっと振り返った。
てっきり誰かウマ娘がいるのかと思ったら、誰も居ない。
座席もなく、あるのは壁だけだ。
しかしその壁には、掲示板がある。
行政から市民に対する連絡事項などが貼られているものだ。
そこに、似顔絵を描かれた紙が一枚あった。
『衛兵団より情報募集 指名手配犯』
町の治安を預かる衛兵が貼ったらしい――手配書だ。
『名前:オグリキャップ
特徴:銀髪の獣人系、頭頂部寄り上向きの獣耳、健脚、健啖
罪状:食い逃げ
消息:金を工面すると店主に言って狩猟に出てから行方不明
草原地帯でドスファンゴを丸焼きにしていたとの目撃情報あり』
「あいつなにしとんねんっ!!」
タマは似顔絵にツッコミを入れる羽目になった。
「失礼、衛兵団の者です。あなた、ちょっと話を聞かせてもらえますか?」
「ちょ!? うちとちゃうわっ! 髪と耳しか似とらんやろ!?」
直後に誤認逮捕されかけた。
ご一読いただきありがとうございます。
オグリ、ついに飲食店から指名手配されるの巻でした。
タマはゲームに疎いので、重要っぽい情報も、
なんかのフレーバーテキストみたいなものとして聞き流しています。