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――魔大陸南西部〈渓流森林〉――
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イズチ――
橙色の鮮やかな体毛を持つ、翼のない鳥竜だ。
先端が鋭い鎌となった尾を持ち、それを用いて果物を取り、木に登り、外敵を排除する。
全長4メートル前後と、野生動物としては大きいがモンスターとしては小柄だ。
攻撃手段をよく理解していれば、ハンター業の手始めとしてちょうどよいくらいの脅威である。
故に――その個体は逃げていた。
鬱蒼とした木々が生い茂る一方で、妙に草木の潰れた道らしきものがある。
これは『獣道』だ。
生息するモンスターが巨大であるため、その移動経路が自然と広い道になっているのだ。
大物の通り道であるため、普段は通らないその道を、イズチは必死に駆ける。
背後から迫る――〈怪物〉から逃れるために。
「――――ッ!!」
鳴き声を上げて、イズチは二本の足で地を蹴った。
速い、とにかく速い。
イズチが見てきた人間の、どの個体よりも足が速い。
多数の小川が流れる森林という獣有利な環境でも、振り切れない。
イズチは感じた――逃げているのではなく、逃げさせられている。
こちらの体力を吐き出させているのだと。
人間が狩りをするときの手口だ。
人間の怖いところは、妙に多彩な皮(服)でもなく、腕に持った角(剣)や甲羅(盾)でもない。
遠くから飛ばしてくる棘(矢)や火球(弾)も怖いが、まだ耐えられる。
一番怖いのは、スタミナだ。
極端に速くもないのに、延々と追い続けてきて、息も絶え絶えになったところを仕留めるのだ。
奴らがそうやって鹿を狩るところを見たことがある。
だから、自分がいま、その鹿と同じであると分かる。
「ッ!?」
そのとき、イズチの前方やや上空に【翔蟲】が飛んだ。
見覚えがある。人間の中でも、狂ったように他の生き物を襲って狩る輩が使うものだ。
イズチは次に何が起きるのかを予感して、急ブレーキを踏む。
「む?」
止まらなければイズチが飛び込んでいた地点に、〈怪物〉が飛来した。
上空に舞い上がった後、真上からイズチを突き刺そうとしたのだ。
その手に持った――【レイトウマグロ】を。
「見誤ったか。自然そのままの森は、流石に走りにくい」
こちらに背を向けたまま、人間らしい複雑な鳴き声を口にしている。
白っぽい体毛を頭から生やし、なぜか同色の尻尾を揺らしていた。
奇妙な外皮だ。
全体的に赤い、一部は白い。
イズチには知る由もないが、それは『ジャージ』だった。
異様な武器だ。
イズチの知る限り、それは海の魚である。
その人間の身の丈ほどもありそうな、長い角と刃めいた鰭が特徴の巨大魚。
なぜか冷気を帯びているが、とりあえず死んだ魚であることは間違いなさそうだ。
異形だ。異形の怪物だ。
色んな人間を目にしてきたが、あんな毒キノコみたいな配色の外皮は初めて見る。
どういうわけか巨大魚の死骸を持っており、それを地面に深々と突き刺している。
奇妙だ。不気味だ。なにあれ怖い。
どんなに腹が減っていても、相手がどんなに弱っていても、あれはちょっと食べたくない。
ジャージ姿の銀髪ウマ娘が凍ったマグロを肩に担ぐ姿は、イズチの目には異質すぎた。
鳥が目玉の模様を怖れるとか、そういう類の恐怖心を触発してくる。
イズチではなく人間だったとしても、同じような反応をしただろう。
――彼女に最も相応しい二つ名はなんだろうか?
アイドルホース?
笠松の星?
田舎から中央へ殴り込んだ
この場に限ってはどれでもない、あまりに上品すぎる。
だから、残る称号はただ一つ――
「ところで、お前の肉は美味いのか?」
〈怪物〉――オグリキャップ。
捕食者のオーラを立ち上らせて、眼を爛々と光らせながら、彼女がこちらを振り返っていた。
「ッッッ!!」
イズチは必死に吠えた。
目の前の〈怪物〉が襲い掛かってくる瞬間を、少しでも遠ざけるために。
いざとなったらイズチの誇りに掛けて、噛みついて傷跡くらいは残してやるぞと。
「まあ、私も最初は戸惑った。実はゲームではなく、本当に生き物なのではないかと」
赤白外皮の人間が【レイトウマグロ】の角を両手で握り、尾びれをこちらに向ける。
「でも、よく考えたら、現実でも腹が減ったら同じことをした。だから食う。
あと皮とか爪とか剥ぎ取ると金になるらしい。だから絞める。
全ては、私の満腹と飯代のために――」
炯眼でこちらを見据えた人間は、肘を上げて腕を引き、突きの姿勢に入る。
「――お前、今日ここで生きるのやめろ」
人間が動く直前まで、イズチは吠えた。
「っ!」
そして、それは無駄に終わらなかった。
イズチの声に気付いた群が、この場所に集まっていたからだ。
○
全長10メートル前後の、イタチを思わせる尖った顔立ちの巨獣だった。
橙色の体毛は尻尾の先端部から青黒くなり、鋭い鎌のような鉤爪に変わる。
引き連れた二匹のイズチと比べて倍以上ある、イズチたちのボスと思しきものがいた。
竜盤目 鳥脚亜目 走竜下目 狗竜上科 イズチ科――
その名を――オサイズチ。
群の仲間が上げた鳴き声を聞いて、この場に駆け付けたのだ。
「仲間か。しかも大きいのがいるな」
オグリはオサイズチの巨体に感嘆の表情となる。
完全な直感だが、『ヤバさ』は感じていない。
もし感じていたら、近付いてきた時点で反射的に身を隠している。
「バ群に囲まれるのは好きじゃない」
オグリはすぐさま、真横に駆けだした。
オサイズチと他二匹のイズチが、怪鳥めいた声を上げて追ってくる。
バ群に囲まれたときはどうするか。
減速するなどリスクを負ってでも抜け出して、大きく外から回ればいい。
平然とそう言い切るウマ娘も少ないが、オグリは言い切る側のウマ娘だ。
だから今回もそうする。
まずは群に囲まれた状況を脱して、追ってくる三匹を一塊のものと捉え、引き離す。
(足が自然と段差に合わせる。速度は落ちるが、ゲームは便利だな)
不整地の森を疾走しても転ばないのは、ゲームとしての恩恵があるからだった。
地面の凹凸は確かにある。しかしオグリの足は平地のように進む。
見えない足場に、木の根や草花が映像として描かれているかのようだ。
(まずは、細かいのから!)
巨木の間を蛇行するように走ったオグリは、後続のオサイズチたちに陣形の乱れを見た。
それを確認するなり、正面にあった巨樹の幹を――
『壁走り』――オグリは巨樹の幹を数メートルほど垂直に駆け上がる。
足が幹を蹴った。
ジャンプ攻撃モーションに移行、大剣【レイトウマグロ】を構えながら地面へと加速。
オサイズチの背後、後ろにいた普通のイズチに、大剣を振り抜きつつ着地する。
『ッ!?』
首からなぎ倒されるように斬られたイズチが、悲鳴を上げて動かなくなった。
しかし、首は繋がっている。
出血もない。皮は愚か、毛の一本すら切れていない。
武器は間違いなく首を通過したのに、なぜか分断されていない。
勇者がタマモクロスのハンマーに見たゲーム的な現象が、オグリの剣にも起きていた。
だからオグリは、一滴の返り血も浴びることなく、次の獲物に目を向ける。
「ひとつ」
オグリは小走りで樹木の陰に入り、仲間をやられて激怒したオサイズチの追跡をかわす。
(焦らない。障害物の裏に回って、スタミナを回復)
感覚的にはまだ全力疾走できるが、それは『レース』の感覚だ。
短い時間に多数の緩急を強いられる『戦闘』では、もっと消耗が激しいのだと、オグリも学習済みである。
(翔蟲の間に息継ぎして――)
追いついてきたオサイズチの牙を、翔蟲で真上に跳び上がることで回避する。
オサイズチの首がオグリを追って上向きになり、急停止。
(斬って、走って、その繰り返し)
オサの背後、連れのイズチに、オグリは【レイトウマグロ】を下向きに落下する。
尾びれにしか見えない切っ先が、イズチの首へ断頭刃のように落下する。
これもやはり、イズチの体を貫通したにも関わらず、傷を作らず引き抜かれた。
倒れたイズチは、まるで不眠の限界を迎えたように、ばったり倒れて動かない。
「ふたつ」
すぐにその場から離脱する。
やっていることは、タマモクロスがジンオウガに用いた一撃離脱戦法と同じだ。
ウマ娘の脚力――そこから生まれる機動力を活かした、ヒット&アウェイ。
敵が複数であっても、ひとまとめに行動しているなら、巨大なモンスターが一匹と見なせる。
後は部位破壊を狙うように数を削り、丸裸になった本体――つまりオサイズチを仕留めればいい。
(距離を保って、隙を見て、
天性のものか、オグリはレース感覚を狩りに流用して、噛み合わせていた。
コースはない。
縦横無尽に、体力の限り、好きな方向に走れる。
機会があれば足を緩めて休んでよいが、足を止めれば食われるだろう。
しかし、『足を止めたらお終い』なのは、レースと同じだ。
ファールはない。
反則なんて上品なものはない。
相手は体をぶつけるどころか、掴みかかって噛みついてくる。
しかし、『ぶつかったら大怪我』なのは、レースと同じだ。
ゴールはない。
ここまで辿り着けば決着という場所はない。
あるとすればそれは相手のHPをゼロにすること、または撃退すること。
しかし、『そこを目指せばよい』というのは、レースと同じだ。
結論――『そういうレース』を覚えて走れば、自然と勝てる。
だからオグリは、オサイズチの周囲を走る。
地面を踏み抜くように地を蹴って、翔蟲や壁走りを使って、何度もオサイズチと交差する。
服がジャージで武器が魚類なのはさておき――その光景は華麗だった。
オサイズチを中心に、オグリキャップの白い髪が軌跡を描く。
曲線を描いて周り、避ける。
直線を描いて走り、斬る。
木漏れ日が降り注ぐ渓流森林の中に、その線がドーム状の『気圏』を描く。
その圏内こそが〈怪物〉の口だ。
右往左往するオサイズチは、〈怪物〉の口の中で、少しずつ確実に
やがて〈怪物〉の舞踏が終わりを迎える。
傷一つないのに倒れ伏したオサイズチと、その背中に立つオグリキャップという姿で。
「――――」
そんなオグリの目が、木の陰に隠れていたイズチを捉えた。
イズチは震え上がり、脱兎の如くその場から逃げ出すのだった。
情けか疲れか、オグリがそれを追いかけることはない。
代わりに逆方向――自分が駆け抜けてきた、木々の合間を見る。
転々と、動かないモンスターの姿があった。
牙の折れたドスファンゴが、
白目を剥いて倒れるアオアシラが、
渓流の中に伏して動かないガノトトスが、
尾と翼を【部位破壊】されたクルペッコが、
それらモンスターを辿った先に――オグリキャップは立っていた。
「……これだけあれば、『ツケ』は払えるだろうか?」
新米ハンター、オグリキャップ。
この世界に来てからというもの、いまだに初期装備のままである。
「さて……町はこっちだったな」
そして当たり前のように、町とは逆方向へ――森の奥地へと歩いていった。
ご一読いただきありがとうございます。
武器【レイトウマグロ】が似合うウマ娘ステークス。
一番人気はこの子、オグリキャップ。
実力は負けていません、二番人気はスペシャルウィーク。
この評価は少し不満か、三番人気はナリタブライアン。
三人「「「肉がいい」」」