ウマ娘 VS モンハン in 異世界   作:大中小太郎

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モンスターVSスタンピード(前編)

 

 

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魔大陸 南西部〈妖花樹林〉

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〈雷軍装〉ジンオウガとハンター部隊の激闘があった後の〈妖花樹林〉――

ハンターたちは撤退した。

ジンオウガもこの場に執着はなかったのか、森の奥に去った。

 

そんな戦場跡に、一匹のイズチが顔を出す。

 

オグリキャップがオサイズチを狩猟した際、命からがら逃げ出したイズチだ。

群は壊滅、残ったイズチも散り散りになり、このイズチも〈妖花樹林〉まで彷徨ってきた。

いまごろ自分たちの縄張りは、他のモンスターにでも奪われているだろう。

その縄張りを守る力は、長を失ったイズチにはない。

世知辛い野生の世界では、無力なものはただ追われるだけである。

このイズチもそんな野生の習わしにより、早晩なにかに捕食される定めにあった。

 

『…………』

 

そんな運命を察しているのか、どこか哀愁を感じる足取りで、イズチは戦場跡を見回す。

その目が捉えたのは、月光を浴びて輝く、一本の太刀だった。

撤退したハンターの一人が落としていったものだろう。宙を舞って落下した後、地面に突き刺さったのだ。

イズチは知っている。

これは人間が使う『角』や『爪』の一種だ。

自分の手にもこのようなものがあれば、あの〈怪物〉にも勝てたのだろうか?

そんなことを考えながら、イズチは太刀に近付いて、周回しながらしげしげと眺める。

 

『…………』

 

それは――大した意味のない、動物の好奇心による行動だったのかもしれない。

猫がコードを引っ張ったり、犬がクッションを噛んで振り回したりするような。

イズチは――地面に突き刺さった太刀の柄に、何気なく口を近付けた。

そして柄に牙を立て、首を動かして地面から引き抜く。

柄を噛んだイズチの横で、白刃が水平に持ち上げられ、月明かりを照り返した。

 

イズチが首を振る――咥えられた太刀も振るわれる。

剣士というには不格好すぎる太刀筋、まるで子供のチャンバラごっこ。

一匹のイズチが気まぐれに行った、些細な行動に過ぎない。

 

しかし――

動物の習性や、或いは進化と呼ばれるものは、そういう一匹の『変わった個体』から始まる。

 

月が雲に陰る。

争いの去った〈妖花樹林〉に、再び発光昆虫が戻ってくる。

イズチと一本の太刀が、姿を消していた。

 

 

 

 

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――魔大陸〈渓流森林〉ベースキャンプ――

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朝――タマとオグリは、ほぼ同時に目を覚ました。

ウマ娘の聴覚が、周辺に人の動きを感じたからだ。

 

「ふぁ~、朝かぁ」

「むぐぅ、朝ご飯」

 

タマが欠伸をしながら伸びをして、オグリが棒線のような目でむくりと起き上がる。

ウマ娘とはいえ現代女子、できれば鏡で身だしなみを整えたりはしたいが、そのような気の利いた設備はない。

といっても、タマもオグリも、目やにはおろか寝癖もなく、寝起きにしては顔の緩みもない。

たぶんこれも、タマとオグリの肉体が『アバターのようなもの』であるせいだろう。

 

「おはようニャー、姐さん」

「オグリ姐さんもよく眠れたかニャ?」

「朝ご飯はいま支度中ニャー」

 

テントを出ると、アイルーたちが既に目を覚まして活動を始めていた。

タマは感心の表情を浮かべる。

 

「おー、お前ら早起きやな」

「タマ姐さんが寝ぼすけなのニャ。ハンターなら普通は日の出と共に起きるニャ」

「姐さんたちは意外とシティガールだニャー」

 

アイルーたちからすれば、朝焼けが目覚ましらしい。

昔の人間は太陽が照っている時間を無駄にできなかったので、この世界ではアイルーたちが正しかった。

 

「シティガールは他のウマ娘に譲るわ。さて、ウチらもなんか手伝うこと……」

「ん? どうした、タマ」

 

タマは周囲を見回すと、一点に目を留めて唖然とする。

オグリがその視線を追うと、アイルーたちと同じくとっくに目覚めていたハンターたちが見えた。

ベースキャンプはそれなりに広く、テントの外だけで三十人くらいのハンターや調査員がいる。

 

その中でも異彩を放つ女性がいた。

あちらから見ればタマ・オグリも異色だったらしく、視線に気付いてこちらにやってくる。

 

「おはよう、お嬢さんたち。よく眠れたかしら?」

 

タマとオグリは目を剥いて、思わず叫んだ。

 

「「()()()()()っ!?」」

 

トレセン学園で理事長代理を務めたURA幹部、チーム〈ファースト〉のトレーナー。

樫本理子――

 

「理事長代理? 何のこと?」

 

――に酷似した、エルフだった。

 

改めてその姿を見てみると、確かに樫本理子とは相違点が多い。

髪や顔はそっくりだが、両耳が直角三角形のエルフ耳だし、冒険者の装束に身を包んでいる。

対モンスター用の弓を背負っており、腰にはアイテムポーチ、ブーツもよく使い込まれていた。

 

「え? ほ、ほんまか? ほんまに人違いなんか?」

「その、すまない。知人に酷似しているものだから」

 

タマとオグリは、これがコスプレによる下手な芝居である可能性を捨てきれなかった。

 

「そう。私はリコリス、連合ギルドの冒険者で、見ての通りエルフよ」

 

リコリスと名乗ったエルフは、訝しげにタマとオグリを見た後、ふと空を見て弓を取る。

 

「それとも――」

 

リコリスは矢を放って、ベースキャンプの上空を飛んでいた鳥を一羽、音も微かに射落とした。

あまりに自然な動作だったので、弦の音が鳴るまで、矢を放ったことへの理解が遅れるほどだ。

しかもリコリスは地を蹴り、結構な距離を跳ぶと、落ちてきた野鳥を掴み取る。

見事な運動神経、卓抜の弓術だった。

矢を受けてほぼ絶命している野鳥を手に、リコリスは不敵な笑みで振り返る。

 

「私のそっくりさんは、こんなことできるかしら?」

「「別人でした」」

 

きっぱり言い切るタマとオグリであった。

 

「リコリスさん!」

 

と、今度は別の人間が駆け込んでくる。

 

「もう、駄目じゃないですか! 未調査の環境生物を安易に狩猟したら!」

 

リコリスに注意しているその女性に、タマとオグリは再び目を剥く。

 

「き、桐生院トレーナー?」

「では、ない……のか?」

 

桐生院葵――に酷似した、調査員と思しき女性だった。

ガールスカウトのような服装で、腰には望遠鏡などを提げている。

腰裏には双剣の鞘があったが、防具の薄さから見るにハンターではない。

顔立ちは桐生院葵に酷似しているし、背丈も同じくらい、リコリスのようにエルフということもないので、誰がどう見ても桐生院トレーナーにしか見えないが――胸が、結構ある。

小柄に反した存在感が、なかなかにマーベラスである。

 

「ッケ、別人か」

「なぜやさぐれているんだ? タマ」

 

唾を吐くような顔をするタマに、オグリが首を傾げていた。

そんな二人に気付いて、桐生院似の調査員が自己紹介する。

 

「あ、初めまして。連合ギルド所属調査員、アイリスと申します」

 

やはり別人、桐生院似の調査員である彼女の名は、アイリスというらしい。

 

「あなたですね? 森で迷子になっていたという食い逃げ犯は。悪い人ではなさそうですけど、魔大陸で迷子になるなんて命知らずにも程があります!」

「も、申し訳ない。お店にもきちんとお詫びして代金を支払うつもりだ」

 

アイリスはオグリの指名手配について知っていたようだ。

初対面でいきなりの説教だったが、善意を色濃く感じるため、あまり失礼とも感じない。

狩猟を咎められたリコリスの表情も、口うるさいけど憎めない委員長に対するそれだ。

 

「なら、食いしん坊さんのためにも、朝食に鳥肉を加えましょうか」

「ですから、まずは可食確認された生物か確認してからですっ」

 

どうやら、理子似のリコリスは野生型で、葵似のアイリスは知識型らしい。

タマとオグリが知る理子と葵とは、まるで逆だ。

 

「……この状況、実はトレセン学園ぐるみでウチらにドッキリ仕掛けとるんちゃうか?」

 

タマは割と真剣に疑ったが、種明かしの札が出てくることはなかった。

 

 

 

 

タマとオグリは、そのまま二人と一緒に朝食を取ることになった。

 

「つまり、リコリスは【剣と魔法の世界】、アイリスは【竜と狩人の世界】の人なんやな」

 

荷箱を椅子とテーブル代わりに、タマは一通りの自己紹介を聞いていた。

 

「ええ、私は元冒険者で、アイリスは元ハンター。いまは二人で調査中心に活動してるの」

 

というリコリスは、魔大陸に来る前は二つ名がつくほどの冒険者だったらしい。

しかし、エルフ自慢の魔法弓術は、魔法の効きが悪い『モンスター』には頼りない。

そこで武装を見直してハンターに転向したそうだ。

 

「リコリスさんはハンターとしても凄いですよ。対モンスター用の武器と戦術を覚えれば、上位なんてあっという間です!」

 

アイリスは我が事のように、大きな胸を張る。

 

「アイリスの教え方がよかったからよ。それにあなたこそ魔法の覚えが早いわ、冒険者としてもA級は堅いわね」

 

リコリスは、元ハンターのリューインに魔法を教えているそうだ。

ハンターと冒険者の違いは、対モンスターか対魔物かという研鑽の違いだ。

互いに学べば、ハンターだって魔法は使えるし、冒険者だってモンスターを狩れる。

リコリスとアイリスはそういった、魔大陸に生まれたハイブリッド型の『冒険狩猟者』らしい。

 

「路線変更しつつ、お互いの強みを学びあっとるんやな。ええことや」

 

タマは、ウマ娘で言うところの『路線変更』みたいなものだろうと解釈した。

なお、オグリが会話に参加しないのは、流し込むように朝食を取っているからである。

 

話はタマたちのことに変わった。

 

「――つまり、あなたたちは同族を探しているのね?」

 

細かい経緯をぼかして説明した今後の方針について、リコリスは首肯する。

タマとオグリの素性について詮索しなかったのは、冒険者にそういう習慣でもあるからか。

 

「せや。あんた聞いたことないか、ウチらと同じような耳と尻尾の子やねんけど」

「ごくん――人間よりも怪力で、足が速いはずだ。あと女の子しかいない」

 

ようやくオグリも話に加わってくる。

炊事担当から「食い過ぎだ土でも食ってろ」と追い払われたのが、一番の理由だが。

話を聞いたアイリスは小首を傾げる。

 

「変わった種族なんですね? 男性と女性で出生率に落差があるとか? 雌雄のある生き物では通常ないことですが……」

「んー、まあ、変わってるのは事実やろな。こっちやと」

 

ウマ娘の生物学的な発生要因については、タマも門外漢だ。

リコリスはそのあたりを追求せず、タマとオグリの同郷探しについて知恵を回す。

 

「そうね、【剣と魔法の世界】だと獣人がいるから、耳と尻尾だけじゃ特徴にならないわね」

 

冒険者たちの界隈では、獣人など珍しくない。

魔大陸への航路も安定したことで、未知の大陸に一攫千金とロマンを求めた冒険者も増えている。

タマやオグリといったウマ娘が奇異の目で見られなかったのも、それゆえだ。

逆に言えば、外見特徴だけでウマ娘を探し出すのは困難ということでもある。

 

「せやったら……あれや、なんか変わった奴の噂とか聞いてへんか?

 話の入りが高笑いから始まる奴がおるとか、口を開けば『マーベラス』しか言わんとか」

「身長180の大女だったり、素手で岩を砕く自称プリンセスだったり、周囲に心霊現象が頻発したりもするな」

「それどこの魔人の話?」

 

リコリスにはどれも聞き覚えがないようだった。

 

「ああ、歌って踊るんも得意やで?」

「噛みつき癖があったり、電波的な言動を好んで使ったりもする」

「すみません、過去に一度も出会わなかった幸運を噛み締めるばかりです……」

 

アイリスが青ざめていた。

説明不足により、全て一人の人間の特徴と勘違いされている。

 

「知らんかぁ。こりゃ仲間探しも苦労しそうやで」

「地道に探していくしかないだろう。金を稼いで人捜しを誰かに依頼するという手もある」

 

タマとオグリは先行きの長さを感じて溜息を吐いた。

んー、と思案したアイリスが、やがて口を開く。

 

「ちなみに、お二人の尋ね人は、お二人に会いたがっているんですか?」

「ん? どういうことや?」

 

リコリスからの確認に、タマは小首を傾げる。

 

「『合流』が目的なのかということです。お尋ね者を追ってるわけではないんですよね?」

「そりゃそうや。向こうもたぶん、ウチらのこと知ってたら探しに来てくれると思うで?」

 

そうしないウマ娘もいそうだが、基本的に、同じウマ娘がいると聞いたら確かめに来るはずだ。

 

「だったら探すのと並行して、向こうからも見付けてもらえるようにするのはどうでしょう?」

「見付けてもらう? 目立つ格好をして歩くとかか?」

 

オグリは思案するが、タマはハッとする。

 

「っ、そうか! あれやな!? ウチらが有名になりゃええってことやろ!?」

 

タマは盲点をつかれた思いで腰を浮かせる。

リコリスも、アイリスの言いたいことを察して微笑した。

 

「たしかに、腕の立つ人はすぐに二つ名が付くし、武勇伝があれば一般人にも伝わるわね。

 特にこの魔大陸だと、それ以外の娯楽があまりないから」

 

この世界には、テレビもネットもない。

情報伝達は、一部で流通する新聞のようなものを除けば、噂話や吟遊詩人の歌に委ねられる。

その花形となるのはやはり、腕の立つハンターの武勇伝だ。

 

「魔大陸には来ていないそうだけど、〈ソードマスター〉や〈フィールドマスター〉の冒険譚なんかは、異界出身の私でさえ耳にしてるくらいよ? あなたたちがそのくらい名を上げれば」

「向こうがこっちを見付けてくれるっちゅうわけや! 姉さん頭ええな!」

 

タマは手の平に拳を打ち込んた。

 

「有名になり、話題になるか……あまり興味はなかったが、ウマ娘らしい選択だ」

 

オグリも前向きに捉えていた。

彼女たちとて、ハンターではないにせよ『武勇伝』を打ち立ててきた競技者だ。

華々しい活躍で己を広く知られるということに、遠慮はもちろん臆面などない。

アイリスは案を歓迎されたことに嬉々として、言葉を続ける。

 

「例えば、お二人のことだと分かるような二つ名やチーム名を――」

 

 

 

そのとき――タマとオグリが、同時に顔色を変えた。

 

 

 

アイリスの提案によるものではない。

耳をぴくりと動かして、警戒の表情で周囲を見回す。

タマとオグリ以外では、アイルーたちも同じような反応をしていた。

 

「……どうしたの?」

 

二人の様子から、リコリスも弓に手を伸ばして、目を配る。

 

「いや、なんやろな……」

「なにか、胸騒ぎが……」

 

リコリスとアイリスは、ウマ娘のことをよく知らない。

だが獣人の一種なら、人間より聴覚や嗅覚が優れていることは分かる。

そうした彼女らの『野生の勘』は、無視すべきではないセンサーなのだ。

例えば――地震の直前、予兆を感じ取った動物が、人間より速く反応を示すように。

 

「モンスターを警戒しているなら、そろそろ早朝偵察が帰ってくるから――」

 

リコリスがそう言ったときのこと。

 

「警戒! モンスター警戒ニャ!」

 

偵察に出ていたアイルー数匹が、慌ただしくベースキャンプに戻ってきた。

優れた聴覚や嗅覚で周辺を偵察していたアイルーが、血相を変えて報告する。

 

「大量ニャ! モンスター多数ニャ! 群を成してこの近辺に集結してるニャ!」

 

ハンターたちの行動は素早かった。

聞いた者から武器を取り、調査員や研究員は持ち出すべき荷物を手に取る。

 

「群ってなんや? どっちから来とるんや!?」

 

タマは南北に目を配る。

このベースキャンプは〈渓流森林〉の南側に面している。

つまり北には〈渓流森林〉があり、南を見れば〈灰色の浜〉がある。

しかしアイルーの返答は、

 

「南北からニャ! 森側と海側からニャ!」

「別々のモンスターが群を成して近付いてくるニャ!

「どっちも興奮状態ニャ! 遠からず境界線のここいらでぶつかるニャ!」

 

南北から、森と海のモンスターが、挟撃するように迫ってきているというものだった。

 

「なんやそれ!? そないなことあるんか!?」

「タマ、地面だ。微かだが揺れている……っ!」

 

驚いて尻尾を立てるタマの横で、オグリが耳を揺らしている。

二人は防壁の一角に目を留めると、防壁の内側に組まれた足場を駆け上る。

二階~三階といった高さにある足場には、バリスタなどが設備されており、そこから東側を一望できた。

右手を見れば〈渓流森林〉の緑があり、左手を見れば広い清流の先に〈灰色の浜〉が見えた。

正面には、やや傾斜のある野原だ。

海と森の境界線とも言うべき原が、蛇行しながら遠い〈王国基地〉まで伸びていく。

 

そんな野原に――人ならざるものの大群があった。

 

遠目には、砂浜を埋め尽くす生き物たちの影。

ウミガメやカブトガニが群れを成して上陸してきたように、何かが波打ち際から姿を現す。

それらは、水かきのある二本の足で歩いていた。

それらは鱗が張り、尾があり、頭部から尾先に掛けて(ひれ)があった。

鱗の色は全体的に青く、鰭は赤く、爪の伸びた手には(もり)を持っている。

平たく言うと――半魚人。

その大群だ。

いま見えているだけで100には達しており、続々と波間から姿を現している。

 

「なんやあれ……」

「あまり、刺身では食いたくない魚だな」

「半魚人やぞ!? 火ぃ通しても食うなや!」

 

タマとオグリにはあまりゲーム知識がない。

故にあの半魚人を見てもすぐに名前が思い浮かぶことはなく、それはハンターたちも同じだった。

 

「サハギン……」

 

口にしたのはリコリス――【剣と魔法の世界】出身の冒険者である彼女だった。

 

「サハギン? そちら側の『魔物』ですか?」

 

望遠鏡で見ていたアイリスが、視線を外さずリコリスに問う。

 

「ええ、海底に住む人型の魚ね。手足はあるけど、生物学的には人間と完全に別種の魔物よ。

 知能や生態が似ていることから、海のゴブリンとも呼ばれているけど……」

 

リコリスのような冒険者には、見慣れた魔物であるようだ。

しかし、ハンターたちはもちろん、タマやオグリも、ああいったものに知見はない。

というかゴブリンに例えられても、そのゴブリンが何なのかよく分からない。

 

「要するに、中途半端に頭のいい、不愉快で有害な海の生き物たちよ。

 魔法があれば容易に、魔法がなくても刀剣類で倒せるわ」

「いい情報だ。適宜アドバイスを頼む。タマモクロスとオグリキャップは、リコリス・アイリスと組んで動け」

 

教官ハンターが油断なく事態を見守りながら、三人を組ませた。

モンスターに関してならまだしも、魔物に関しては冒険者の知識と経験が必要だ。

サハギンという魔物が現われたこの状況では、冒険者であるリコリスの存在が光る。

 

「えらい数やのぅ。なにしに来たんや?」

「ウミガメのように産卵でもしに来たのか? 卵は意外と美味だというなら考えるが」

「オグリはそもそも何考えとんねん! 腹減ったんか!? 朝飯ならさっき食ったやろ!?」

 

周囲は緊張を和らげるジョークと受け取ったが、オグリが真剣なことをタマだけが知っている。

なにをしに来た? という疑問に答えたのは、リコリスだった。

 

「私たちの世界では間々あることよ。大量発生した魔物の『侵略的な大移動』……」

 

サハギンの大群は、気がつけば海岸線の一角を塗りつぶすほど増えていた。

既に200体以上はいるだろうか――冷や汗を流す一同に、リコリスの言葉が届く。

 

「――スタンピードよ」

 

スタンピード――冒険者たちにとっては、魔物たちとの大規模な戦闘を意味する。

大量の魔物が縄張りを出た先は、基本的に人間の領域だからだ。

沿岸部でのサハギンスタンピードは、海辺の民にとって天災のようにしばしば起きる。

【剣と魔法の世界】の住民にとっては、自然と耳にする言葉だった。

 

「まさか魔大陸でお目に掛かるなんて……私たち冒険者がこの大陸に来たように、サハギンたちもこの大陸の魔力に惹かれてきたんだわ」

「もっと珍しいものが見られるニャ」

 

偵察に出ていたアイルーたちは、海側のサハギンよりも森を見ていた。

促される形で、一同は森側に目を向ける。

 

「ありゃあ……」

「ゴリラか?」

 

森から踏み出てきたのは、分厚い樹皮めいた甲殻を持つ、ゴリラのようなシルエット。

 

「ガランゴルムだと!?」

 

ハンターの一人が声を上げた。

 

剛纏獣(ごうてんじゅう)ガランゴルム……エルガド方面では王域三公にも数えられる強大なモンスターです」

 

今度はアイリスが、【竜と狩人の世界】の調査員として、冷や汗を流しながら説明する。

 

「普段は土を掘り返してキノコを食べている、温厚なモンスターですが……」

 

タマとオグリは、アイルーから望遠鏡を借りて、その姿を確認する。

 

「いまは興奮状態のようです」

 

ガランゴルムは手甲のように外殻の張った両手を、胸の前で打ち鳴らした。

ゴリラのドラミングに近い威嚇行為なのだろうが、轟音はおろか、衝撃波すら起きていた。

 

「遠目やけど、かなりデカないか?」

「ああ、軽トラックくらいなら片手で掴んで投げそうだ……」

 

拳を地面についた前傾姿勢から立ち上がると、全高8メートル前後はありそうに見えた。

なまじ人間に近い形状のせいか、巨体になったときの心証が変わってくる。

 

「おい、待て……」

 

教官ハンターが、目を疑うように呟いた。

 

「何匹……いるんだ……?」

 

ガランゴルムの左右に、また新たなガランゴルムたちが、森から出てくる。

アイリスは、外壁から落ちそうなほど身を乗り出した。

 

「群を、成してる? そんな、サハギンはともかく、ガランゴルムが五体以上も……!?」

 

基本的に、モンスターたちは巨大かつ強大であればあるほど、同種で群れない。

一体ごとが巨大であるため、餌を得るための縄張りが広範に渡り、下手に群れれば餌不足で共倒れになる。むしろ一体ごとが強大であるなら、大抵の外敵は追い払えるので、群れずに生きた方が種全体の生存率は上がる。

そういうモンスターが、繁殖期でもないのに複数いる時点で、既に異常事態だった。

 

「ガランゴルムだけじゃないニャ」

 

一足先に偵察していたアイルーが、牙を剥くような表情で言う。

ガランゴルム以外の影が、森の中から歩み出る。

 

「水獣ロアルドロス……」

 

アイリスが思わず呟く。

黄色い果物のようにも見えるスポンジ状の『(たてがみ)』を特徴とする、長大なモンスターだ。

一頭のそれを先頭に、十頭近いロアルドロスが、野原を流れる川辺あたりに進み出る。

ガランゴルムに比べれば体高が低く、脅威度も高くない。

その分、前述の群れない理屈に当てはまらず、雄一頭をボスとしたハーレム型の群を作る。

雑食で、地上と水中のどちらでも狩りができる生態ゆえだ。

そんなロアルドロスが、合わせて十頭ほど、ガランゴルムと肩を並べる。

 

「河童蛙ヨツミワドウ……」

 

更に、ガランゴルムを挟んで反対側の森から、これまた異様な図体のモンスターが現われる。

ワニのように長い顎、亀のような甲羅、蛙のような手足、そして尋常ではなく『太った腹』。

前へと突き出た腹は垂れ落ちて地面に接しており、その全体像には苔がむしている。

これも数体、土俵に上がる力士たちの如く、森から野原に歩み出た。

 

「蛮顎竜アンジャナフまで!」

 

赤黒い肌の、見るからに凶暴な、恐竜めいたモンスターが加わった。

全長15メートル以上、顎が大きく尾の長いトカゲ型の体を、長く強靱な両脚が持ち上げており、体高もある。

 

「自分以外の生き物は全て排除するほど縄張り意識の強いアンジャナフが、隣のモンスターを襲っていない?」

 

アイリスが口にした通りの習性を持つ、極めて獰猛な獣竜種だ。

こちらは一頭だけだが、他のモンスターと肩を並べているというだけで異常だ。

 

「アオアシラに、ドスフロギィの群まで……〈渓流森林〉のモンスターがほとんど総出です……」

 

アイリスが震える手で記録を取りながら、怯え混じりの早口で続ける。

 

「まるでカムラの里を襲った【百竜夜行】……でもあれは古龍イブシマキヒコの移動に伴う異常行動だったはず。進路上にあった里が被害を受けたというだけで、戦いのために群を成したわけではない……でも、イブシマキヒコなんて確認されていない。ならあれは、自発的なもの……」

 

アイリスの頬を汗が伝う。

 

「サハギンの群を察知して、自分たちから集まったようにしか見えない」

 

森から姿を現したモンスターたちは、三十体を超えていた。

海から上陸してきたサハギンたちは、その十倍にも達している。

 

それらが――対峙している。

 

上陸してきたサハギンの大群と、モンスターの群が、睨み合っている。

数で言えばサハギンの方が数倍は多いが、図体の迫力で言えばモンスターたちが圧倒的だ。

 

「おい、サハギン側を見ろ……」

 

ハンターの一人が指さしたことで、一同の目は再び海側へ。

サハギンの群の中に、巨大なカニらしき魔物が加わっていた。

 

「アーマードクラブ、サハギンたちが飼育する大型の魔物よ」

 

リコリスがすかさず説明する。

大きさで言えば体高5メートルほど、『モンスター』にも劣らぬ巨体のカニだ。

ハサミの大きさは圧巻で、単車ほどもありそうだ。

数は二十体ほどで、背中には指揮官クラスらしいサハギンが乗り、後続のサハギンが続く。

威嚇なのかハサミを開閉しており、金属質な音が響いていた。

 

「魔物たちのスタンピードを、〈渓流森林〉のモンスターたちが、追い払おうとしているのか?」

 

教官ハンターの独白で、タマやオグリもようやく理解が及んだ。

自分たちは舞台袖だ。

総勢300体近くにまで増えた〈サハギンスタンピード〉と、約30体の混成モンスター群。

海と森、その境界線である野原で、両陣営が対峙している。

まるで――戦が始まるかのように。

 

「調査員アイリス、リコリス女史でもいいが……端的に言って、この後どうなる?」

 

教官ハンターが、背中の武器に手を掛けながら、結論を求める。

ガランゴルムが拳を打ち、サハギンが銛を打ち鳴らし、アーマードクラブがハサミを鳴らす。

解体工事現場のような騒音の中、リコリスの声が響く。

 

「魔物のスタンピードは、魔物同士の大規模な争いになることもある……」

 

アイリスが言葉を受け継ぐ。

 

「大きな枠組みでは『縄張り争い』と言えなくもないですが、これは最早……」

 

そのとき――モンスターとサハギンたちの騒音が、ふと止んだ。

嵐の前の静けさを、耳にした全員が感じる中、アイリスが声を荒げる。

 

「これは、『モンスター』と『魔物』の――()()()()!!」

 

始まった。

 

 

 




ご一読いただきありがとうございました。

夢中で書いてたら更新が伸びてしまいました。
後編も同時に投稿いたします。

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