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――〈渓流森林〉ベースキャンプ――
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サハギンの数は予想以上だった。
そして、幸か不幸か統率はいまいち取れていない。
サハギンの知能があまり高くないことと、スタンピードというある種の狂奔状態が原因だ。
結果――全ての個体がモンスターと激突はしない。
主戦場から離れた端っこに……つまり、タマとオグリがいるベースキャンプにも近付いていた。
「サハギン! 南側より多数接近!」
「刺激したくなかったが、仕方あるまい! 撃退しろ!」
丸太を立ち並べた防壁、その上部奥の足場から、バリスタが放たれる。
モンスターを射貫くためのバリスタだ、その威力は攻城兵器にも匹敵する。
命中したサハギンたちは後ろの同胞ごと射貫かれ、その歩みを永遠に止めた。
「モンスターほど堅くない! 矢は環境生物用で充分だ!」
「数が多いぞ! スリングショットも使え!」
「カニに注意しろ、そっちには大型モンスター用のを使え!」
ハンターたちは、攻城戦を仕掛けられた城の兵士さながら、防壁の上から矢や
その中に――
「オグリ、野球は得意か?」
「いいや、だが水切りは得意な方だ」
弓もスリングショットも使わず、手と肩による投石で、一際の剛速球を放つウマ娘がいた。
投げられた礫はサハギンの頭に命中――なぜか出血もせず貫通して地面に埋まり、被弾したサハギンが昏倒する。
「……え? 何かの魔法?」
弓使いのリコリスや、スリングを構えていたアイリスが、共に唖然としていた。
タマとオグリの武器に飛び道具はないし、ウマ娘の脚もこの戦況では活かせない。
しかしウマ娘には、人間の三倍以上とされる怪力がある。投石だけで立派な砲台だ。
「気にしとる場合やない! アンタも自慢の弓を見せてみぃや!」
「そうね……相手がサハギンなら、魔法の出番よ」
リコリスが弓を引くと、同時に二本も番えた矢に、発光現象が起こる。
ハンターたちが物珍しそうに視線を集め、タマとオグリはアニメなどの知識から、次の展開を予想した。
「魚類系の魔物には火か雷――私は気前がいいから両方あげる」
リコリスの放った矢は、片方が炎を宿し、もう片方が紫電を帯びていた。
火の矢は地面に命中――外したのではなく、そこを中心に猛烈な炎が、直径3メートルほどの火柱を立てる。
雷の矢も同様に地面から、同じくらいの範囲に雷電のドームを作り出した。
範囲内にいたサハギンが、火と雷で十匹ほど、黒焦げになって転げ回り、すぐ動かなくなる。
「普通に火に巻かれたり感電したりするよりも、絶命までの時間が短い……」
アイリスがスリングショットで礫を打ちながら、驚きを口にする。
「本来、攻撃魔法ってこういうものよ。冒険者の面目躍如ができたならなによりだけど……」
リコリスは休まず次の矢を放ち、しかし不愉快そうに眉を寄せる。
「数が多いわね」
サハギンはいくら倒しても、木々の隙間から現われた。
ゲーム的に言うなら『無限湧き』のような光景だ。もちろんこっちの矢の数や体力は有限。
そしてゲームと違って、『こうすれば勝てる』という道筋が用意されているとは限らない。
もしかしたらスタンピードが起きた時点で、自分たちは詰んでいるのかもしれない。
それでも、戦いを放棄すれば、恐らくは死が待っている。
「「……っ!」」
タマとオグリは、流石に血の気を引かせ始めた。
仲間の肢体を踏み越えて、防壁をよじ登ろうとしてくる、凶器を持った半魚人の大群。
観光地で池に餌を撒いたときに水面を埋め尽くす鯉ような密度で、ワニかサメくらいには獰猛な魚類が迫ってくる。
仮に全てがゲームだったとしても、怖気が走る光景だ。
「アイルー隊っ、戻ったニャー!!」
と、キャンプ地にアイルーたちの高い声が響く。
ガルクに乗ってきたアイルーが、防壁上の教官ハンターに向けて報告する。
「脱出用の地下道は使えるニャ!」
「隊の半分は救援要請のためサブキャンプまで走らせたニャ!」
「そのサブキャンプまでの経路でも半魚人とモンスターの衝突が起きてるニャ!」
「人間が隠れて越えるのは無理ニャ! 退路を切り開くか籠城するかは委ねるニャ!」
アイルーたちの報告を聞いて、教官ハンターは思案する。
(ベースキャンプとはいえ、防衛設備は未完成だ。サハギンならまだしも、ガランゴルムまで来たら耐えきれん。そしてサハギンの増援があったように、モンスター側にも『増援』がありうる)
苦労して築いたベースキャンプを、守り切れぬと断じて捨てるか。
モンスターがこちらに迫らない可能性に掛けて、退路を塞がれても籠城するか。
難しい選択を問われた教官ハンターだが、思考時間は長く与えられなかった。
「上空! 飛竜!」
ハンターの一人が叫ぶ。
教官ハンターが顔を上げると、遠くに、翼を広げる竜の姿が見えた。
歴戦の狩人である教官は、その敵意が既にこちらに向いていることを感知する。
「……生息地域が近いから、あるいはと思っていたが」
教官ハンターは歯噛みしながら、愛用武器であるへビィボウガンを手に取った。
「よりにもよってお前がこっちに来るのか――」
果たして説明は必要だろうか?
竜盤目 竜脚亜目 甲殻竜下目 飛竜上科 リオス科――
雄火竜、空の王者、飛竜の王、天空の覇者――
モンスターの中でも最大の知名度を誇る、モンスターというものの代名詞――
全長約20メートル、全幅約10メートル、頭部高さ約3メートル、総重量20トン――
赤褐色の鱗に覆われ、両翼間接部と尾の先に衝角を生やし、両脚の爪には猛毒を持っている、最も飛竜らしい飛竜。
「――
ベースキャンプの上空、サハギンの猛攻を受けていた南門あたりに、彼はその両翼を広げていた。
「「…………」」
「「――――」」
タマとオグリが、リコリスとアイリスが、目を見開いて口を半開きにする。
空の覇者が、口から炎をくすぶらせ、羽ばたく翼で嵐を起こしながら、こちらを見下ろしている。
その巨体が、大きく息を吸い込むように体を反らしたとき、彼女たちは全員同時に、防壁の内側へ飛び降りた。
『――――ッッッ!!』
体内にある火炎袋から生まれた炎が、喉から口内に掛けて窮状に凝縮されて、吐き出される。
体を丸めた人間ほどはある業火球は、タマたちの立っていた防壁に、ほぼ真上から落とされた。
火球は隕石が落ちたように、防壁の縁から門と壁を下り、門前に攻め込んでいたサハギンの群に着弾する。
爆発。
樽爆弾どころの騒ぎではない。
現代人のタマたちには、ミサイル以外の比喩が思い浮かばない。
爆発はベースキャンプの外壁一角を根元から砕き、材料となっていた巨大樹の丸太を吹き飛ばす。
命中したサハギンたちは吹き飛ばされるか、一瞬で体内まで焼かれて、丸焦げの半魚人と化した。
離脱したタマたちがキャンプのテントに落下する。
吹き飛ばされた丸太が風車のように回転して、キャンプ内に突き立った。
爆心地を見てみれば、火球の落下軌道を逆に昇るように、火柱が立ち上がっている。
「なんや……あれ……」
天幕をクッションにして無事に済んだタマだったが、心理的には致命傷を負った気分だった。
一発で分かる――圧倒的な強さ。
唾でも吐き捨てるように火を噴いただけで、この被害。
同じ事を繰り返すだけで、ベースキャンプは火の海になる。
現れて一息、それだけで『詰んだ』と理解させられる、空の王者の威容であった。
(あれと、戦えっちゅうんかい……)
無理だ。絶対に負けイベだ。そうでなかったら死だ。
気骨あるタマモクロスをして、戦う前から負けを悟る。
オグリも冷や汗を掻いており、リコリスやアイリスは武器を構えながらも震えている。
「全員、あいつより先に動くな」
そんな中、教官ハンターがヘビィボウガンを構えると――迷わず撃った。
ただし、リオレウスに対してではない。
砕けた防壁の間を抜けた弾丸が、その先にいたサハギンに命中する。
リオレウスの姿に呆然としていたサハギンたちが慌てふためき、押すか引くかまごついていた。
『…………』
リオレウスはその様子を注視していた。
「リオレウスは知能が高い。なら分かるだろう? ――俺たちは、
教官ハンターがもう一発撃つと、次のサハギンが仰向けに倒れる。
その段になってようやく、サハギンたちが踵を返して逃げ出した。
「ほらどうした? 縄張りを侵害した魔物たちが逃げてしまうぞ?」
脂汗を掻きながら不敵に言い切ってみせる教官ハンター。
その言葉の意味は理解できずとも、リオレウスは『状況』を正しく理解した。
『…………』
リオレウスからすれば、人間もサハギンも大差ない。
二本脚で立っていて武器を持ち、自分の縄張りから糧を掠め取ろうとする、ネズミのようなもの。
だからそのネズミどもが屯している場所に来て、追い散らすつもりだった。
しかしどうやら、『
リオレウスにとって、より異臭がするのは、サハギンの方だった。
『ッッッッッ!!』
かくしてリオレウスは、サハギンたちに矛先を向けた。
空中で方向転換すると、キャンプ地に背を向けて着地、地響きと共に陸を駆けていく。
姿は見えなくなったが、雷鳴めいた咆哮と、火球の爆発音が聞こえてきた。
「よし、賭けに勝った。奴がサハギンに構っている間に防壁を補修!」
教官ハンターの指示で、一同が我に返る。
教官はリオレウスの頭の良さを見込み、行動でサハギンとの敵対を示すことで、『さしあたり放っておいてもよい』と判断させたのだ。
もちろん、サハギンを撃ったあの攻撃が自分への敵対と解釈され、戦端を開く可能性もあった。
しかし、放っておいてもそうなりそうだったので、賭けに出た。
ギャンブルとはいえ、教官ハンターのファインプレーである。
「リコリスにアイリス! タマモクロスにオグリキャップ!」
教官ハンターが彼女らに指示を出す。
「アイルー部隊と共に地下道を進み、エリア5の退路を塞ぐ脅威を退けろ!
通過可能になったら音爆弾で合図した後、サブキャンプまで先行!
我々はここで防衛しつつ、合図を聞いたら続く! お前らが血路を開くんだ!」
「っ、了解しました!」
アイリスが頷いて、タマたちも動揺から立ち直る。
「先導するニャ! こっちに来るニャ!」
アイルーが武器を振って導くままに、タマとオグリは並んで走る。
「やるやんけ、教官」
「ああ。それと、流石にあのドラゴンには度肝を抜かれた」
タマとオグリは言葉を交わし、リコリスとアイリスが後を追う。
彼女らが去った後、ハンターの一人が、教官に声を変えた。
「教官、女だけ先に逃がしましたね?」
「そうだが、自分が先の方がよかったか?」
「まさか――俄然やる気が出ましたよ」
リオレウスが去ったことで、隠れていたサハギンたちが、また姿を現している。
他の同胞が火竜を惹き付けている間に、自分たちは美味しいところをいただこうというのだろう。
防壁に穴が空いたことで、そこからの侵入による白兵戦も予想される。
籠城線の勝率が急減したなら、撤退戦あるのみ。そして撤退には殿軍が要る。
最低でも、逃がした少女たちの背中を守るために、ハンターたちは武器を取った。
○
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――〈渓流森林〉ベースキャンプ 地下道――
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ベースキャンプには、通常の経路が塞がれた場合に備えて、脱出路が作られている。
〈渓流森林〉キャンプの場合は、地下道だった。
「って、えらい狭いなぁ!」
小柄なタマでも屈まないと進めないような道だ。
現代の地下鉄に比べれば歩きにくいのは当然だが、狭いのには他にも理由がある。
「あまり広くすると、逆に出口からモンスターが入ってくるからニャ!」
発光昆虫ランタンを揺らすアイルーが先導する。
タマの後ろにはオグリ、その後ろにはアイリスとリコリスが続く。
「出た先はどうなっているんだ?」
オグリが問う。
「自分たちが戻ってきたときは、サハギンが小型モンスターと小競り合いしてたニャ」
「サハギンの気性からして、数が多いほど強気になって襲ってくるわね」
リコリスが冒険者として付け足す。
「教官の指示通り、撃破しつつ駆け抜け、合図を送るべきです。音爆弾は私が」
「道案内は任せるニャ。前衛はタマ姐さんとオグリ姐さんに頼むニャ!」
音の反響する地下道で役割を決めると、進路が騒がしくなってきた。
「サハギンだニャ! 地下道が見つかっていたニャ!」
どうやら地下道の向こう側から、サハギンが侵入してきていたようだ。
かなり拙い状況だ。この狭い地下道で、タマたちは武器は振れないし、後退もままならない。
対してサハギンは矮躯の魔物で、このくらいの狭さでも銛を突くには充分だ。
正面からぶつかれば、タマたちは本領を発揮できず、サハギンの餌になる。
「ええい退路はないニャ! 俺たちで突破するニャ!」
「姐さんたちは後ろで見てるニャ!」
「お、おいお前ら、無理は――」
タマのオトモアイルーたちが、武器を取って突撃した。
「「「フシャァァァァァッ!!」」」
勇敢なるアイルーたちが、地下道を駆ける。
その小ささ故に可能となる、閉所戦闘――
ゲームでは言及されないが、人間用に作られてはいない自然界で、アイルーの小柄が活きる場面は結構多い。
いまこそオトモアイルーの本領発揮とばかりに、アイルーたちはサハギンに強襲を掛けた。
『ッ!?』
地下道の出口、日光が差し込むその付近で、一頭のサハギンが目を丸くする。
ドングリ防具のアイルーが間合いを詰め、盾で銛を弾くと、猫の手に見える片手剣を一閃。
猫の爪を模した切っ先が正確に喉を通り、一体のサハギンが不意打ちで仕留めらる。
「そこを退くニャァァァ!!」
「魚は黙って猫に狩られてろニャァ!!」
「〈白い稲妻〉オトモ部隊の力を見せるニャァ!!」
片手剣アイルーの横を、壁を走るように太刀アイルーが抜け、二体目のサハギンを突き刺す。
その二匹の間を縫って、弓アイルーが矢を放ち、三匹目のサハギンを射貫いた。
三位一体とでも言うのか、閉所とは思えぬ機動力と連携で、アイルーの勇士たちが道を開く。
矮躯からは想像もできない奮戦、正に奮闘、ハンターアイルーの本領ここにありだ。
「よっしゃあ! やったれお前ら!」
タマはせめて背後から声援を送る。
三匹の勇姿より、転がってきたサハギンの生臭い死体を見て顔をしかめたのは内緒だ。
「「「フミャァァァァァッ!!」」」
なにはともあれ、アイルーたちの奮闘により、出口までの道が開かれた。
しかし――飛び出したアイルーたちを迎えたのは、二十匹ほどのサハギンの群だった。
明るいところで、かつ間近に見ると、なかなか不気味な出で立ちの半魚人たちだ。
味方をやられたサハギンたちは、自分より小さな猫どもに、銛の切っ先を突き付けて囲む。
体格でも数でも、アイルーたちに勝ち目は薄い。
だがアイルーたちは足を止めない、かといって突撃もしない。
左右に散った。
さながら――ゲートが開くように。
『『『ッッッ!?』』』
〈稲妻〉と〈怪物〉が――魔物の群を蹴散らした。
アイルーたちを囲んでいたサハギン数匹が、ボーリングのピンさながら四方八方に吹き飛ぶ。
出口を偽装していた草木を突き破り、ようやくの地上に駆けだした彼女らによって。
「やぁっと広い場所に出られたなぁ。ほんまフラストレーションやったで」
「ああ、空でも地下でもないのなら、存分に足を使える――」
どちらも芦毛を靡かせて、眼光で光線を引きながら、武器を振り抜いた姿勢で言葉を交わす。
唖然としたサハギンたちが思わず距離をとり、自然と二人の周囲に空間が生じた。
さながらステージの中央で並び立つように、稲妻と怪物が武器を構える。
タマモクロスと、オグリキャップが、戦場に立つ。
「二十匹くらいか。まあまあ怖いけど、正直あの竜を見た後やとなぁ」
「ああ、併走相手にもならない」
タマとオグリの蹄鉄が、森の地面を踏みしめる。
防壁の上から投石するとか、空に現れた飛竜とか、そんなものは彼女らの戦場ではない。
地上戦、走れる広さがあるところ。
それさえあれば、彼女らは武器を手にした暴れ馬。
魚人ごときなにするものぞ、海や川の生き物が並び立てると思うなかれ。
「バ場はいまいちやけど、いけるなオグリ?」
「ああ、作戦は『先行逃げ切り』だろう?」
彼女らは、ウマ娘。
そして――狩人である。
○
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――〈渓流森林〉エリア5――
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――タマモクロスが、走る。
地を踏みしめ、【卵槌ガーグァ】を腰の後ろまで構え、勝負服の紐飾りを引いて、前へ。
正面、やや右手側にいたサハギンたちに、ダッシュからの薙ぎ払い。
「だぁらっしゃあ!!」
サハギン三匹が、丸ごと殴り飛ばされた。
外傷を与えず
川面に落下したサハギンたちは、泡を吹いて動かない。
「――ふん!」
逆サイド――オグリキャップが、同じように踏み込んで薙ぎ払う。
運動靴が浅い川の水を散らし、両手で構えた【レイトウマグロ】を一閃。
オグリというより武器に目を丸くしていたサハギン三匹を、銛ごと貫通する。
やはりサハギンの体は掠り傷もなく、しかし胴体を真っ二つにされたかのようにバタリと倒れる。
【レイトウマグロ】の属性効果で、攻撃を食らった部分には霜が張っていた。
「姐さんに続くニャー!!」
タマのオトモを筆頭に、アイルー部隊もサハギンに飛びかかる。
「このくらいなら、楽に突破できそうね」
リコリスは弓を引く。
弓は【六花晶弓】、武器の氷属性に加え、エルフの魔弓術により他属性の魔法攻撃を誘導する。
風魔法の矢が、明らかに矢よりも太い風穴を穿ってサハギンを貫通。
かと思いきや火属性の矢が刺されば、体内から丸焼きにされたサハギンが火を吹く。
銛を投げようとしていたサハギンの口に刺されば凍てつかせ、逆側のサハギンには――
「油断は駄目ですよっ!」
アイリスの双剣が見舞われた。
調査員ながらハンター技術も嗜んでいる彼女の獲物は【デュエルツインダガー】。
特に強力なモンスターの素材を使っているということもない、鉱石と鍛冶による武器だ。
しかし、海底の素材を加工しただけのサハギンの銛とは、技術力が違う。
サハギンの銛は弾かれると同時に折れ、続く突きがその使い手を仕留める。
『ッ!?』
サハギンたちは唖然としていた。
ニンゲンのメス四匹と、猫が数匹、自分たちの方が多い――そんな楽観が瞬く間に覆される。
ゴブリンにも似た習性があるが、周囲にいる味方の数に応じて強気になる彼らは、数が減ると途端に臆病になる。
1000体のサハギンが上陸した主戦場から離れていることが、士気を脆くしていた。
「
タマがハンマーを打ち下ろし、その勢いで浮いた体をくるりと旋回、奥に居た別のサハギンを蹴り飛ばす。
「…………」
オグリは淡々と、しかし目を爛々と光らせ、無言でサハギンを戦闘不能にしていく。
「……この半魚人たち、やけに怯えていないか?」
「オグリがそんなん振り回しとるからちゃうか? 連中お魚やし。
うちらからしたら、氷漬けにされた人間ぶん回しとるようなもんやで」
それも一因だが、単純にウマ娘の怪力を思い知ってのことだ。
腕っ節が強くて動きが速い――乱戦では、なんだかんだ言ってそれが正義、それだけで豪傑だ。
豪傑を前にした兵卒は、ただ圧倒されて踏み込めず、転げて道を譲るのみである。
「というか、なんでオグリちゃんは魚を振り回してるの? なんか異様な氷の魔力を感じるし」
「そういえば、どこかのハンターがそれで古龍アルバトリオンを狩ったなんて与太話が……」
リコリスとアイリスが、いまさらながらオグリの武器に首を傾げている。
「テストプレイ用に準備されていた装備だが、私も詳しくは知らん」
言いつつ薙ぎ払い、最後に残っていたサハギンが戦闘不能となる。
「っしゃあ! あらかた片付いたで! 合図を送って教官に報せ――」
「まだニャ! まだ片付けなきゃならない奴がいるニャ!」
タマは作戦成功かと思ったが、アイルーたちはまだ退路を開いたと思っていないようだ。
「たしかに、この程度のサハギンなら、退路が塞がれていたなんて言わないわね」
「アイルーさん、サハギン以外の排除すべき脅威は?」
リコリスが油断なく周囲を探り、アイリスも背中を合わせて双剣を構える。
タマもそれに倣って、とりあえず周辺に目を配るが、そういう眼力はあまり養っていない。
しかしそんなタマでも、いつの間にか上から降り注いでいた……『雪のようなもの』に気付いた。
(雪? いや……動物の、毛?)
削られた氷の断片のような、白い羽毛らしきものが、風に乗ってふわふわと漂っていた。
モンスターに関する知識がもう少しあれば、それがとあるモンスターの『予兆』であると気付けただろう。
「っ、タマ!」
最初に察知したのは、耳をぴくりと動かしたオグリだった。
そのときには既に、『それ』が奇襲を掛けていた。
タマを庇ってレイトウマグロを構えたオグリが、衝撃音と共に吹き飛ばされる。
「ぬおわっ!?」
その背中にぶつかったタマは、一緒に川に倒れ込んだ。
倒れ込んだその目に、自分たちの上を飛び越える縦長の影が映る。
横幅は人間と大差ないが――長かった。
大蛇が何かかと思ったが、鉤爪を生やす足が見えた。
タマが首を動かしてその姿を追うと、奇襲してきたモンスターが木に向かっている。
モンスターは大樹の幹を螺旋状に駆け上がると、爪を枝に引っ掛けて、こちらに顔を向けた。
赤い瞳、獣とも蛇とも付かない面立ち――
青白く刺々しい鱗と、頭部から尾まで生えた純白の体毛――
胴体は細いが、尾はそれ以上に長く太い――
全身から静電気をバチバチと鳴らしている、そのモンスターの名は――
「トビカガチ!」
アイリスが叫んだ。
竜盤目 四脚亜目 凄爪竜上科 トビカガチ科――
飛雷竜、駆ける電影――
木々の間を身軽に跳び、抜け落ちた体毛が粉雪の如く振ることで知られた牙竜種である。
「オグリ、平気か!?」
「ああ、だが武器を奪われた」
タマはオグリの無事を確認するが、オグリは口惜しそうにトビカガチを睨む。
トビカガチの口は、オグリの【レイトウマグロ】を咥えていた。
奇襲でタマに食いつこうとした直前、割り込んだオグリが身代わりにしたものだ。
トビカガチは、異様に堅くて冷たいそれを嫌ってか、登っていた木の枝に引っ掛けて、口を離す。
『ッッッ!!』
そして、甲高い咆哮を上げた。
タマは起き上がってハンマーを構え、リコリスとアイリスも武器を向ける。
「まぁた電気系か。縁があるでほんま……」
トビカガチの全身で音を立てる静電気に、タマは苦笑いするのだった。
○
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――〈灰色の浜〉――
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モンスターとサハギンスタンピードの激突は続いている。
1000体にもなろうかという、サハギンおよびアーマードクラブの上陸。
ガランゴルムを始めとする渓流森林のモンスターたちも、流石に数で磨り潰される。
そう思われた戦況を、更に覆したのは――海側から現れた『モンスター』たちだった。
まず、ダイミョウサザミが数体。
モノブロスの頭蓋骨を背負った、巨大なヤドカリのようなモンスターである。
これが、ほぼ上陸し終えたサハギン大群の真ん中に、砂の中から現れた。
砂が爆発するように現れた巨体に、サハギンたちが慌てふためく。
ダイミョウサザミはそんな『小魚』たちを足で潰し、ハサミで捕らえ、圧殺して放り捨てた。
追い打ちを掛けたのは、海中から上陸してきたモンスターたち。
海竜ラギアクルス――その群だ。
海竜種を代表する海竜、青い鱗と放電殻を持つ、白亜紀の海恐竜を思わせる長大なモンスター。
魔大陸の周辺海域で縄張りを分け合っていたラギアクルスたちが、サハギンの侵攻を受けた浜に集結していた。
そのラギアクルスたちは容赦なくサハギン群に襲い掛かる。
サハギンたちはもはや、網に掛けられた魚群だった。
数を頼んで上陸してみれば、陸ではガランゴルムやアンジャナフに食い止められ、砂浜から現れたダイミョウサザミに大群の中心を穿たれ、海から現れたラギアクルスに尻から食われている。駄目押しで少し離れた東側では、リオレウスが猛威を奮っている。
頼みのアーマードクラブも、モンスターの巨体に対しては足止めがせいぜい。
魔大陸という新天地に、数を頼んで乗り込んできた海の田舎者が、現地の大物たちに洗礼を受けている――とも取れる。
「なにが、起きてるんだ……」
〈王国基地〉に近い、〈灰色の浜〉のキャンプ地で、研究者が呆然としていた。
使命感から双眼鏡だけは手放していないが、気を抜けば膝を折って崩れ落ちそうだ。
「魔大陸が異常地帯であることは分かっていた。だが……」
双眼鏡に映るのは、サハギンの大軍勢がモンスター軍に囲まれ、食い散らかされる光景だ。
「1000体以上の魔物が大挙して押し寄せ、強大なモンスターが手を組んで撃退している。
まるで植民地戦争じゃないか……彼らはなぜそこまで、この魔大陸に固執する……
この地に、いったい何があると言うのだ!?」
研究者の周囲では、ハンターや冒険者が固唾を呑んでいる。
こちらに飛び火するようなら戦う覚悟だが、そうならないことを神に祈っていた。
巻き込まれたくない――あの場所で起きている『何か』に、魔物とモンスターの合戦を起こす見えない力に、自分の運命を攫われたくない。
彼らの心境は、古龍を前にしたときや、嵐による河川の氾濫を目の当たりにした農民と、まったく同じものだった。
――人間は無力だ。
この世界が呼吸のように起こす自然災害や、それを司るような存在の前では、虫けらと大差ない。
他方で起きている、タマたちの奮戦も、あの大合戦の切れ端で起きる、嵐の中の小舟に過ぎない。
しかし――そんな猛威に抗ってきたのも、また人間。
嵐の中に小舟があれば、時に嵐を突っ切って助けに行こうとするのも、また人間。
〈渓流森林〉ベースキャンプの救援のために走る、ハンターの一隊があった。
「は、早い……」
ガルクに乗って道を急ぐハンターが、唖然として呟く。
もちろん自分のことではないし、ガルクのことでもない。
そんな自分たちを置き去りに、先頭を突っ走っている者がいる。
「ガルクにも乗ってないのに、自分の足で走ってるのに……追いつけないぞ!?」
渓流森林を猛進する『彼女』は、ハンターの声も置き去りに、どんどん距離を開かせていく。
腕を振り、髪と尾を靡かせ、嵐の中の小舟へ駆け付けるために。
ご一読いただきありがとうございました。
書いてる間に、なんかタマとイナリの新衣装が!?
本作にも出す、プロットを多少変更してでも出す!
ただその前に、ずっとジャージなオグリにも勝負服を着せてあげたい。