1話
――ウマ娘になりたい。
常々そう思っていたし、口に出してもいた。できれば、モブで終わることなく主役級になりたいとも。
もちろん、叶うはずもない夢物語なわけで。でもだからこそ、春秋古バ王道制覇とかいろいろな夢を描けた。
結局妄想でしかない。ただ、もし万が一。神様などという存在がいるとするのならば、どうか明日にはウマ娘になれますように。なんて、願わずにはいられない。
*
季節外れの冷気が頬を撫でる感覚で目が覚める。部屋の窓は開けていないと思うし、エアコンもついていないはず。夏真っ盛りの今、むしろ蒸し暑いぐらいなのに何故か厚手の布団をかぶっていた。
「なんで、布団なんか……」
ぬぐい切れない違和感に眠気は一瞬でかき消される。
「あ……あーあー」
いつもの野太い声じゃない、透き通るような声。というかどう考えても男の声には聞こえない。幼い少女に近い。
覚醒した意識が、変化はそれだけじゃないと告げる。
野郎のごつい両手はサイズが二回り小さくなり、かわいらしい手。というかおててになっていた。
「なに……これ……」
慌てて布団をはねのけ、下半身も確認する。男子高校生の両足からは見違えるほど幼く、華奢なあんよが鎮座していた。ついでに男の象徴たるモノも消失していた。
「な、なんじゃこりゃ……どういうことだってばよ」
一周回って落ち着きを取り戻した脳で現状を分析する。つまるところ、ようするに。TS転生と言う事だろう。
恐る恐る頭部に手を伸ばす。望んだ姿での転生なら、ウマ耳があるはずだが果たして……ある。あった。ウマ娘たる証の一つ、ウマ耳が確かに付いている。
「よっ……しゃぁ!」
なんでとか、ここがどことか。いろいろと疑問は尽きないが、兎にも角にも今はウマ娘になれたことが嬉しくて、それ以外のことはどうでもよかった。
ひとしきり自身の身体をまさぐ……チェックし終えて、容姿の確認をしていなかったことに気付く。ウマ娘になりたいという最大の願いを叶えて貰ったのだから、これで更に可愛くあれと願うのは望みすぎだろうとも思う。だが、人というのは一つ叶えば二つ。二つ叶えば三つと抑えきれないのだから仕方がない。
期待に胸を膨らませ、ベッドからはいずり出てようやく部屋の広さに気付く。ちょっと、いやだいぶ広い。少なくとも俺の部屋と比べても倍近くあるんじゃないだろうか。
「ていうかこれ、どう考えても日本じゃないだろ」
幼女一人が寝るには似つかわしくないキングサイズのベッドに、絢爛豪華なシャンデリア。ヨーロッパの城と言われたら十人中十人が頷くであろう豪勢っぷり。
至れり尽くせりというか、分不相応感が凄すぎて先ほどまでの胸の高鳴りが急降下している。
汚したり、壊したら怒られるんじゃなかろうかと気が気でないが、容姿はそれ以上に気になるので部屋の探索を続行。広いわりに姿見などはなく、探し続けること十分少々。明らかに高そうなチェストの中から、これまた高そうな手鏡を見つけた。
「おお……」
月並みな感想だが、滅茶苦茶可愛い。黒髪ロングに短いウマ耳がぴょこぴょこと揺れている。鏡に映るその姿は、将来確実に美少女と呼ばれるであろう逸材だった。
「これでウイニングライブとか踊ったらもう最高よ。早くずきゅんどきゅんしてぇな……」
手鏡をチェストに立てかけ、軽くうまぴょい伝説の振り付けを真似てみる。
「♪︎~…………」
運動音痴だとか、リズムが取れないわけじゃなかったはずだが、どことなく動きがぎこちない。腰のあたりに何かあるような……。
いや、何かあるようなじゃねぇ。あるんだよ尻尾が。この可愛らしいふっさふさの尻尾がな! そりゃあ当然動きにくいわけだ。尻尾のある動き方なんてした事がないんだから。
まぁ動き方なんてのは後々慣れるとして……俺はどうすればいいのか。結局ウマ娘に転生したこと以外、何もわかってないままだからな。とりあえず、人でも探しに行くか。
そもそも人がいるのかどうかもわからないが、ここにいても何も進展はありそうにない。
尻尾が足に擦れて痒いことこの上えないが、我慢してこの部屋から出るため扉に近づく。
重たい扉をゆっくりと押し開け、薄暗い廊下に出る。どうやら寒いのは廊下だったらしく冷たい空気が全身を包む。
「さっむ……」
「あら、テスコ起きたのね」
「お?」
開け放たれた扉の前に誰かいる気配がする。というか声が聞こえたのだから、誰かいるのだろう。目を凝らし薄暗い中を探る。
目の前に脚があった。つまり顔はもう少し上。目線を上げた先には、自分をそのまま歳を重ねた感じの超絶美人ウマ娘が居た。