ラカンは先ほどの続きの映像を、ネギたちに見せるべく流し始めた。
ただ、そこから随分と飛んで20年前に発生した大分烈戦争の真っ只中の映像だった。
…… …… ……
20年前の大戦が激化しはじめたのは、ナギが13歳ぐらいの時だった。
最初は辺境での些細ないざこざであったが、それがゆっくりと大きな争いに変わっていった。
そう、ヘラス帝国のアルギュレー・シルチス亜大陸侵攻だ。
そして、ヘラス帝国の目的は、古の都オスティアの奪還だった。
オスティアは魔法世界発祥の地とされ、聖地とされてきたからだ。
ヘラス帝国の圧倒的な魔法力の前に、メセンブリーナ連合は苦戦を強いられていた。
ヘラス帝国の二度のオスティア侵略をなんとか防いだ連合だったが、相手の大規模転移魔法を用いた戦術にて連合の喉元である”巨大要塞グレートブリッジ”を陥落させられてしまったのだ。
それによりもはやオスティア侵略一歩手前となった連合は、紅き翼を呼び戻した。
紅き翼はアルギュレー大陸の辺境に飛ばされていたが、ここに来て大戦の中央へと登場したのである。
紅き翼の多大な活躍により、無事グレートブリッジを取り戻すことができた連合。
これにより連合は逆転し、大陸内部へとヘラス帝国の勢力を押し込むことに成功したのだ。
その後、少年タカミチとその師匠であるガトウが仲間となった。
…… …… ……
グレートブリッジ奪還後。
日が海から顔を出し美しい朝日が差し込む頃、紅き翼たちは奪還したグレートブリッジで日差しを反射する太洋を拝んでいた。
ナギはそこに映し出された光り輝く海に浮かぶ、争いの爪跡が残るグレートブリッジを見て、この戦争に疑問を抱き、色々と考えていた。
この戦いの先に一体何があるのだろうか。
不毛な戦いが続いているだけではないのかと。
「こんなこと続けてどうなる!? 意味ねぇぜ! まるで……」
「まるで、誰かがこの世界を滅ぼそうとしているようだ……、ですか?」
終わらぬ戦いにナギは、この戦いを誰かが裏から操り、戦争を長引かせているのではないかと考えた。
それをナギが言い終える前に、アルビレオがナギの考えを代弁したのである。
むしろ、紅き翼のほとんどが、その考えに行き着いていた。
これは明らかに人為的な争いだ。何者かが戦争を終わらせまいと暗躍し、世界を滅ぼそうとしていると。
「……」
そのことを、仮面の騎士メトゥーナトは静かに腕を組んで聞いていた。
「あなたのところの皇帝は、何か知っているのでしょう?」
「何!? 本当なのか!?」
「……」
アルビレオは静かにたたずむメトゥーナトへと、それを質問した。
あのアルカディアの皇帝ならば、何か知っているのではないだろうかと。
ナギもそれを聞いて、知っているなら話してくれと言わんばかりに食いついた。
そんな彼らをちらりと横目で見ながら、メトゥーナトは深く思考しながら、ゆっくりと仮面の下に隠れた口を開いた。
「…………”
「”
メトゥーナトはその組織の名を口にした。
そう、
だが、今はまだその事実を彼らは知らない。
その名を聞いたナギは、復唱するように組織の名を言葉にした。
秘密結社、まさに悪の組織って感じの言葉に、ナギはこれはまさしく倒すべき敵だと直感で理解したようだった。
「やはり、そっちはすでに見つけていたか」
「ガトウ」
そこへガトウが姿を現し、アルカディアの皇帝がすでに敵組織を発見していたことを、予想通りと言う様子で語っていた。
ガトウの登場に、誰もがそちらに顔を向け、何やら情報を掴んだのだろうかと考えた。
「ヤツらはヘラス帝国・メセンブリーナ連合双方の中枢にまで入り込んでいる」
「内部工作を行ない、世界を混乱させているのだろうな」
そして、彼らの思ったとおり、ガトウは新たな情報を手に入れていた。
完全なる世界と言う組織は、世界のあちらこちらの中枢まで食い込み、色々と行っているという事実だった。
メトゥーナトはそうやって内部から操作することで、戦争を長引かせ世界を終わらせようと目論んでいるのだろうと言葉にするのだった。
…… …… ……
ガトウは先ほどの会話の後、仲間たちを引き連れて本国首都へと舞い戻った。
仲間たちも理由知らないまま、ホイホイとガトウについていった。
「何だよガトウ。わざわざ本国首都にまで呼び出したりしてさ」
「会って欲しい人がいる。協力者だ」
「協力者?」
「そうだ」
首都へ呼んだ理由を述べないガトウに痺れを切らしたナギは、そのことについて質問した。
するとガトウから協力者が現れたと言われたのだ。
紅き翼に協力者? 一体何の協力だろうか、ナギはそう考えながら口からそれを漏らした。
ガトウはナギの漏らした言葉に、一言肯定する言葉を述べた。
「マクギル元老院議員!」
「いや、わしちゃう」
そこで詠春が見つけたのは、元老院議員であえるマクギルだった。
だが、マクギルはガトウが会わせようとしているのは自分ではないと、一言断った。
「主賓はあちらのお方だ」
そして、マクギルが首をむけそれを述べると、そこには白いフードをかぶったものが、こちらにやってきたではないか。
「ウェスペルタティア王国……、アリカ王女」
マクギルが発したその名は、驚くべきものだった。
その名もアリカ。アリカ・アナルキア・エンテオフュシア。
ウェスペルタティア王国の王女で、後にネギの母親となる人物だ。
アリカ王女はヘラス帝国とメセンブリーナ連合に挟まれたオスティアを見かね、その両者の調停役を買って出た。
それによって戦争を終わらせようとしたのだ。
しかし、それもうまくいくことなく、失敗に終わってしまったのだ。
そこで戦争を終わらすためにアリカは、最も有名な紅き翼へと協力を要請したのである。
そして、ナギやラカンがアリカから暴言と言う名の洗礼を受け、少し経った後のこと。
ナギとラカンはアリカの印象を思い思いに語りながら、妙に仲よさそうに言い争っていた。
「ところで、そちらの皇帝はどうしているのです?」
「皇帝陛下は現在、私以外の部下を使い、色々と調べている」
その仲良く騒がしくする二人を、少し離れた場所で眺めながら、アルビレオとメトゥーナトが会話していた。
内容はメトゥーナトの王であるアルカディアの皇帝は、今何をしているか、と言う質問であった。
アルビレオからの問いにメトゥーナトは簡潔に答えた。
我が皇帝は情報を欲している。そのために多くの部下を動因し、情報を収集していると。
「あなたが
「そのとおりだ。私はお前たちと共に行動することを任されている」
そこでアルビレオは、メトゥーナトがこの紅き翼の一員になっているのも、その皇帝の任務であったことを口にした。
メトゥーナトもその言葉を、静かに肯定した。
「……しかし、それだけではないのでしょう?」
「……答えることはできない」
「流石に教えられませんか」
ただ、皇帝の任務がそれだけだと、アルビレオは思えなかった。
あの皇帝がそれだけのために、”皇帝の剣”とまで言われた部下である、このメトゥーナトをよこすか考えたのだ。
しかし、メトゥーナトはそのアルビレオの問いに、その質問は答えられないとはっきり述べた。
申し訳ないがその質問は誰にも話せないことだと。
こればかりは仲間であっても話せないと。
アルビレオも今の問いの答えが帰ってくるとは思っていなかった。
何かしら理由が聞ければそれで充分、だめもとで出した質問だった。
そのため、さほどがっかりした様子もなく、普段どおりの胡散臭い笑みを見せながら、そう口に出したのである。
「すまない」
「いえいえ、気にしてませんよ。そちらにも複雑な事情がおありのようですからね」
それに対してメトゥーナトは、真摯に謝るではないか。
確かに皇帝の任務はそれだけではない。他にも任された命令が存在する。
だが、それを言うことはできない。
それがたとえ背中を預けられるほどに信用した仲間でもだ。
故に、彼は謝る。
言葉少なく小さな謝罪だったが、そこには申し訳ないという気持ちがはっきりと込められていた。
そんなメトゥーナトに、アルビレオはにこやかにそう言った。
メトゥーナトは自分たちの仲間、紅き翼以前に、アルカディアの皇帝の部下。
それが第一であることは、アルビレオも理解していた。
なので、心情は察している。気を病む必要はないと、少し胡散臭げに言葉にするのだった。
…… …… ……
その後、彼ら紅き翼は、アリカの協力に応え、本国首都周辺での調査を開始した。
とは言え、基本的に戦闘しかできないナギとラカンは、休日同然の扱いだった。
調査はガトウが中心となって行われ、それは順調に進んだ。
色々と黒い情報や、完全なる世界に協力する有権者の名前や、敵の真意に迫るものまで集めることに成功していた。
「まさか……そんな……」
ガトウはその報告書の驚くべき内容に、驚愕の表情を見せていた。
これは本当に事実なのだろうか、これが真実だというのだろうか。
「おう? どうしたいガトウ、深刻な顔してよ」
「いや、ついにヤツらの真相に迫るファイルを手に入れたんだが」
そんな時、ラカンは部屋へと入ってきて、渋い顔を見せるガトウに声をかけた。
ガトウはそれに対して、大きな情報を得たと述べた。
「これがどうにも信じがたい内容でな。いや、情報ソースは確かなものなんだが……」
「……やはり信じられんようだな」
「!……メトゥーナトか、驚かすなよ……」
ただ、その報告があまりにもぶっ飛んだ内容だったがためか、ガトウはそれを信じられずにいた。
そこへガトウの後ろからメトゥーナトがスッと現れた。
また、メトゥーナトはまるでその情報を、知っているかのようなことを口にしていた。
ガトウは突然背後から声をかけられ、一瞬驚いた。
だが、それがメトゥーナトだとわかると、小さくため息を出してほっとした様子を見せていた。
「お前はこのことを知っていたのか?」
「皇帝陛下からすでに聞かされていた」
「なっ……! そうか……、そうか……」
ガトウは今聞いた言葉が気になり、メトゥーナトへと質問した。
この目の前にあるファイルに書かれた、信じがたい情報のことをすでに知っていたのだろうかと。
メトゥーナトはその問いに、素直に答えた。
そもそも、その情報の提供者はアルカディアの皇帝。
彼がメトゥーナトに、すでにその事実を教えていたのだ。
ガトウはその事実に驚いたが、その後むしろ納得していた。
あの皇帝が知っていてもおかしくはない。
その部下であるメトゥーナトも知っていても不自然はない。
そして、その皇帝がそう言うのであれば、この情報はまさしく真実なのだろうと考え、小さなショックを受けていた。
その事実とは”魔法世界が魔法でできている”ということだ。
この情報はメガロメセンブリアの一部の元老院しか知らない、極秘事項である。
その真実をガトウは事実であると信じ切れなかったのだ。
そこでメトゥーナトが今言った言葉を聞き、そのことが事実であると確信してしまい、大きく衝撃を受けていたのである。
「あ? お前ら何の話してんだ? 俺にも教えろよ」
「……いや、……なんでもない……」
「気にするな、お前にはあまり興味のないことだ」
話がまったく見えないラカンは、話に混ぜてくれと言い出した。
一人だけ蚊帳の外にいる状態なのが気に入らなかったらしい。
だが、ガトウはこの事実をあえて隠すことにした。
何故なら、このことが事実ならば、目の前のラカンも”魔法でできた存在”ということになるからだ。
それを聞いたラカン本人がどう思うかはわからないが、大きなショックになるだろうと考え、黙っておくことにしたのである。
メトゥーナトもラカンへはそれを言わなかった。
いや、メトゥーナトは最初からそれを知っていたが、やはり隠しておくべき事実として黙っていたのである。
「……しかし、それ以上に、今はこっちの方が深刻だ。この男にも”完全なる世界”との関連の疑いが出てきた……大物だよ」
「こいつは!? 今の執政官じゃねーか!!」
「……」
とりあえず、今の話は置いておくことにして、それとは別に目の前にある大きな事実に目を向けることにした。
それは、なんとメガロメセンブリアの官僚までもが、完全なる世界の手のものと言うことだった。
ラカンですらその情報を目にした時、壮大に驚いた。
まさかこれほどの立場の人間ですら、完全なる世界に手を貸しているなど、思いもしなかったようだ。
しかし、メトゥーナトはそれを後ろから眺めているだけだった。
確かに驚くべき事実であるが、彼にとっては大きく驚く必要のないことだからだ。
「このメガロメセンブリアのナンバー2までがやつらの手先なのか!?」
「確証はない、外でしゃべるなよ?」
そして、この裏切り者は何と言うことか、メガロメセンブリアのナンバー2の地位を持っているのだ。
こんなヤツまで敵であるとは、ラカンにも信じられない事実だった。
ただ、これが本当かどうかはわからない。証拠がないからだ。
故に、ガトウは一言ラカンへ注意した。
「ん?」
「何だ!?」
そんな時、突如として離れた街の方から爆発が発生した。
三人は一体何が始まったのかとガラス張りの壁越しから、その街を見たのである。
すると、そこには街中の一点から、爆発と共に炎と煙が立ち込める様子が見えたのだった。
…… …… ……
先ほど街中で起こった爆発事件は、なんとナギによるものだった。
と言うのも、アリカがナギを街へと案内させ、その時敵に襲われたのである。
だが、それが逆にナギの逆鱗に触れた。
街中で堂々と攻撃してきた敵に腹を立てたナギは、そのままアリカをつれて敵を追いかけアジトへと乗り込み、全滅させちまったのである。
また、アリカは王女でありながら、その時の戦いを随分楽しそうにしていたそうだった。
しかし、ナギは滅茶苦茶に暴れてきただけではない。
ナギはそのアジトにて、大きな証拠を掴んで来たのである。
それは完全なる世界に協力する執政官が、裏切り者であると言う証拠だった。
ナギの大迷惑かつ大活躍によって証拠を手に入れたガトウは、執政官を弾劾せんとマクギルに電話した。
そして、ガトウはナギとともに証拠を持って、マクギルに会いに行くことになったのだ。
「……これからマクギル元老院議員のところへ行くのか」
「ああ、そうだ」
ガトウがナギとラカンをつれてマクギルの部屋へ向かう道中、メトゥーナトがその廊下で背を壁にもたれながら立っていた。
メトゥーナトは何やら三人を待っていたかのような態度で、先頭のガトウに話しかけた。
ガトウはメトゥーナトの問いに、一言で答えた。
その通り、間違っていないと。
「どうだ? お前も来るか?」
「いや、
「……そうか? ナギやラカンが来るよりは全然マシに思えるが」
そこでガトウは、ならばメトゥーナトもつれていこうと考えた。
見た目こそ仮面の騎士で怪しいが、中身は普段は常識的で知的だからだ。
だが、メトゥーナトはそれにNOと断った。
その断りの言葉の中には、妙に意味深な感じもあったが、ガトウはそれに気が付かなかった。
故に、ガトウは単純に断られたと考え、必要がないと言うほどではないと言葉にした。
何せ基本的に戦いにしか興味がないナギやラカンよりも、思慮深いメトゥーナトの方が連れて行く価値があると考えたからだ。
「どういう意味だよガトウ!」
「そのままの意味だ。まぁ、待たせるのも悪いので我々は行くとするよ」
「そうか、ならば気をつけるんだな」
今のガトウの言葉に、ナギは反論するように叫んだ。
とは言え、政など無縁のナギでは政治家を相手に戦うのは不向きであった。
ガトウはそれを考え述べると、マクギルを待たせてはならないと、先に急ぐことにしたのだ。
すると、何故かメトゥーナトは忠告のような言葉を言い始めた。
行き先は味方であるマクギルの部屋。
ただ執政官を弾劾するための会議をするだけだ。
だと言うのに、その言葉は一体何を意味するのだろうか。
「何に気をつけろってんだよ……」
「さてな……」
ナギはそこで意味がわからないと言う様子で、メトゥーナトにつっこみを入れた。
しかし、メトゥーナトはそれに対してはぐらかすだけで、まるで肝心なことを言わなかった。
「……どうせ後で、
「それはどういう……?」
「意味わかんねーこと言ってんなよ!?」
「メトが冗談めいたことを言うなんてな! こりゃ明日は雨か雪か?」
そこでメトゥーナトは、さらに意味深なことを言い始めた。
この後どうせ文句を言われる、それは確定したことだと、謎のいちゃもんを言い出したのである。
ガトウはメトゥーナトがそんなことを言うとは思っていなかったのか、困惑した様子を見せていた。
ナギもまったくもって意味不明なメトゥーナトの言動に、突然どうしたと言わんばかりであった。
また、ラカンはメトゥーナトがこんなことを言うのは珍しいと、愉快そうに笑っていた。
だが、彼らはこの言動には大きな意味があったことを、後に知ることになる。
さらに誰もが騙されたと思い、メトゥーナトが今言ったように、一字一句間違いなく同じ文句を飛ばすことになったのである。
ラカンも映像を流しながら当時を振り返り、いやーすっかり騙された、してやられたと大笑いをするのだった。
「ま……深い意味はない。では
「あ……ああ……」
「変なメトだぜ……」
メトゥーナトは今のことはなんでもないと述べると、別れの言葉と共に立ち去っていった。
ガトウは困惑したまま、それに小さく返事をするので精一杯だった。
ナギも今のメトゥーナトを見て、おかしかったと考えながら、マクギルの部屋へと向かうのであった。
…… …… ……
ナギとラカンを率いてガトウはマクギルの広い部屋へとやってきた。
その奥中央に位置する場所にデスクがあり、マクギルはその横で彼らに背を向けた形で、外を眺めるかのように待っていた。
「マクギル元老院議員」
「ご苦労、証拠の品はオリジナルだろうね?」
「ハ……、法務官はまだいらっしゃいませんか」
ガトウは到着を知らせると、マクギルは背を向けたまま姿勢で、顔を少し動かし後ろを見ながら、ガトウに話しかけた。
そのマクギルの問いにガトウはYESと言葉にした。
また、執政官弾劾のために約束してあった、法務官がまだ見られていないことに疑問を抱き、それを質問した。
「……法務官は……、来られぬこととなった」
「……ハ……?」
マクギルは静かに、法務官は来ないと言った。
ガトウは何を言っているのかわからないという様子で、小さく何故? と言う感じの声を漏らした。
「……あれから少し考えたのだがね。せっかくの勝ち戦だ。ここに来て……慌てて水を差すのも、やはりどうかと思ってね」
「はぁ……」
マクギルは彼らが見えるように少し姿勢をずらし、その理由を淡々と語り始めた。
その訳は、今戦争で流れを掴んでいるのは我ら連合。
ここで戦いを終わらせるのはもったいない、と言うものだった。
その言葉にガトウは、声も出ないと言う様子で、小さく返事をしていた。
先ほどまでの弾劾の姿勢はどこへ行ってしまったのだろうか。
まさしく考えが逆転してしまっていると。
「……」
「いやその……、私の意見ではない」
ナギはそんなマクギルを、疑いのまなざしで睨みつけていた。
それに気づいたのか、マクギルはさらなる訳を言い始めた。
「そういう考えのものも多いということだ。時期が悪い……。時を待つのだ。君たちも無念だろうが今回は手を引いてだな……」
「待ちな」
今の発言は自分の考えではない。
多くの他者がそのような考えを持っているのだと、マクギルは主張した。
故に、今はまだ弾劾の時ではない。
時間を待って戦争に勝利した後、改めて執政官を裁くべきだとしたのである。
だが、ナギは何かに気が付いた様子で、待てと述べた。
コイツは何かおかしい、どこかおかしい、ナギはそう先ほどから思っていたようだ。
「?」
「あんた、マクギル議員じゃねぇな? 何もんだ?」
マクギルはナギの待ったに疑問を抱いた様子で、一体なんだと動きを止めた。
すると、ナギは突如として目の前のマクギルを疑いだしたのだ。
「ブッ!?」
「なっ!?」
さらに、ナギはその場で炎の魔法を使い、マクギルの頭を爆発させたではないか。
それを見たガトウは驚きのあまり、変な声を出したまま固まってしまった。
「ナギ!? いきなり元老院の議員の頭を燃やすなど!?」
「はっ、よく見ろおっさん。マヌケは見つかったようだぜ?」
我に返ったガトウは、焦りながらナギを責めた。
協力的な元老院議員の頭を焼こうなど! と叫びそうな勢いだった。
しかし、ナギはそのガトウの叱咤を鼻で笑った。
そして、もう一度マクギルの方をしっかりと見ろと、ガトウへ言い放ったのだ。
「…………よくわかったね、千の呪文の男……。こんな簡単に見破られるとは、もう少し研究が必要なようだ」
ガトウはナギの言われたとおり、マクギルの方を向いた。
だが、そこに立っていたのはマクギルなどではなかった。
老人だったマクギルではなく、なんと若い白髪の美男子が、そこに立っていたのである。
この青年、完全なる世界の使徒たる”アーウェルンクスの一番目”がマクギルに変装し、演技をしていたようだ。
また、ナギに早々に見破られたことを、不敵に笑いながらちっとも気にしていない様子で語っていた。
「本物のマクギル元老院議員なら、すでにメガロ湾の海底で寝ぼけているよ」
「だったらてめぇはあの世で寝ぼけなッ!!」
そこで”一番目”は、本物のマクギルの所在を言葉にした。
それはつまり、もうマクギルはこの世にはいない、ということだった。
ナギはそれに激昂し、その後を追わせてやると叫んだ。
さらに、目の前の青年をを倒すべく、ナギはすでに行動に移っていた。
……しかし、残念ながら、いや、幸運ながらか、実際にはマクギルは死んでなどいなかった。
何故なら、完全なる世界の使徒に殺される直前に、メトゥーナトの仲間であるギガントがマクギルと入れ替わり、死んだように見せかけたからだ。
メトゥーナトはギガントからの報告で、最初からこの状況になることを知っていたのだ。
だからこそ、マクギルに会う時は気をつけろと、ガトウたちに言い渡し、このことを教えなかったと責められると述べていたのだ。
とは言え、敵を騙すにはまずは味方から。
マクギルが生きているということを、連中に教える訳にもいかなかった為、メトゥーナトはナギたちにも黙っていたと言う事情もあったのだが。
「通しませんよ」
「くらえ」
「!?」
だが、青年は一人ではなかった。
なんと、二人も仲間がいたのだ。
炎を操る屈強な男と、水を操るやせた男の二人が、青年に迫るナギを阻むかのようにして攻撃してきたのである。
「こいつら強ぇぞ!」
「ハッハッ! だが生身の敵だ!」
ナギは敵二人の攻撃に気が付き、とっさに防御し後退した。
また、目の前の連中が強敵であることを、ガトウとラカンへ知らせたのだ。
いや、ナギが知らせるまでも無く、敵が強大であることは目に見えて確かだった。
あのナギが後退を余儀なくされた時点でそれは確定したも同然だからだ。
それ以外にも、水使いの男の魔法で、周囲はすでに水浸しとなっていた。
これほどまでの水の魔法を操るとはやはり強敵、と察することができるほどだった。
しかし、ラカンはむしろ笑っていた。
敵が強いというのも嫌いではない。むしろ、敵が強い方が戦り甲斐があって面白い。
「政治家だ何だとガチ勝負できない敵に比べりゃ……、万倍!! 戦いやすいぜッ!!」
「……メトゥーナトのヤツ、まさかすでにこうなることを察していたのか……?!」
それに、政治とか権力者だとか、殴っても倒せない相手に比べれば、殴って倒せる相手など怖くはないと、ラカンは叫び武器を抜いた。
ガトウはこの状況を見て、ふと先ほどのメトゥーナトの会話を思い出していた。
あの仮面の男はここへ来る直前に意味深なことを述べていた。
この状況をすでに察し警戒していたのか、とガトウは感じていた。
いやはや、ガトウの思ったとおり、メトゥーナトの思惑通りと言うことだが。
『わっわしだ! マクギル議員だ! たっ、助けてくれ!!』
そんな時、”一番目”はとっさに魔法の見えない受話器をとり、まるでマクギルが助けを求めるかのような声を出したではないか。
そして、その敵として出した名こそ、ナギたちだったのだ。
「げっ!」
「やられたな」
しまった、してやられた。
ナギは今の敵の行動を見て、まずいと考えた。
何と言うことだろうか、敵は自分たちを悪役に仕立て上げたのだ。
ガトウも冷静にそれを見ながら、敵の方が一枚上手だったと考えた。
そして、ナギたちは逃げることを選択した。
自分たちを戦争の敵である帝国のスパイとされたからには、説得は難しいからだ。
しかも、それを言ったのが敵であるにせよ、あのマクギルの声でだ。もはや、逃げるのが最善と言う他無かったのだ。
「君たちは少しやりすぎたよ。悪いが退場してもらおう」
ナギたちが逃亡のために外へ向かい駆け出したところで、”一番目”が立ちはだかった。
そこで”一番目”は部屋を埋め尽くすほどの鋭い岩を地面から呼び出し、この部屋を破壊しつくしたのである。
しかし、ナギたちは間一髪部屋の外へと飛び出し、海へと身を投げることに成功した。
だが、脱出に成功しただけであり、お尋ね者にされてしまった事実を変えることはできない。
さらに味方であった連合と戦うこともできないと考え、そのまま身を隠すことにしたのである。
「昨日までの英雄呼ばわりが一転、叛逆者か。ヌッフフ、いいねぇ……、人生は波乱万丈でなくっちゃな」
「タカミチ君たちは無事脱出できただろうか……」
いやはや、連合で武勇を立てた自分たちが、こんなに簡単にお尋ね者にされるとは。
ラカンはそれをむしろ面白いと考えながら、冷たい海につかりながら小さく笑っていた。
ガトウは今のでタカミチたちも追われることになったはずだと考え、無事だろうかと考えた。
が、メトゥーナトが色々と察している様子だったのを考え、既に脱出している可能性を考慮していた。
「姫さんが……やべぇな」
また、ナギは自分たちのことよりも、ヘラス帝国の第三皇女と会談しに向かったアリカを心配していた。
この状況は非常にまずいことになった。
あのアリカも自分たちの仲間として、捕らえられるだろうと考えたのだ。
そして、彼らは思い思いに、逃亡者の身として連合の捜索をかいくぐり、この場を脱出したのであった。
…… ……
と、そこで突然映像が止まった。
いや、ラカンがあえてここで止めたのである。
「おっし、トイレ休憩だ!」
「えー!? 今いいところだったのに!!」
ラカンはここで休憩を提案し、それを叫んだ。
しかし、話がいいところまで進んでいたので、誰もがそれに文句を言った。
「お姫様大丈夫アルか!?」
「ははは叛逆者になってどうなっちゃうんでしょうかー」
「あの少年の姿だったフェイトさんが何故大きく?! しかも敵で!?」
「まあ待てって! ちゃんと全部見せてやっからよ!!」
姫のアリカは大丈夫なのだろうか。
ナギたちが叛逆者にされて、今後どうなってしまうのか。
先ほど現れた時は少年だったフェイトと名乗る人物が、何故映像では大人の姿で、しかも敵なのか。
誰もが思い思いの疑問を口に出していた。
それに対してラカンは、慌てるなと言葉にした。
後でしっかり全部見せるので、とりあえず休めということだった。
「やっぱ”原作”とは多少違うみたいだな」
「だろうとは思っていたさ。何せ”
また、転生者たちも自分たちの意見を話し合っていた。
アルスは今の映像を見て、多少ながらではあるが自分が知っている”原作”と異なることを述べていた。
それに直一が応える様に自分もそう思っていたと言葉にした。
何せこの世界には自分たちのような”転生者”が存在する。
あの映像にはそう言った人物は出てきていないが、どこかで必ず出てくるのではないかと思っていた。
いや、映像に登場していなくとも、少なからず”紅き翼”と戦った、あるいは協力した転生者がいたはずだと、直一は考えていた。
「しっかし、一応”原作”通りって感じっスねぇ」
「今んところはな……。だが、これからどうなるかわからねぇ」
とは言ったものの、今のところメトゥーナトがイレギュラーとして登場する以外は原作どおりであった。
状助もその当たりを考えながら、そう言葉にしていた。
直一もそれは理解しているので、今はまだ大きな変化はないと言った。
ただ、この先何が起こるか、何があるかわからないとも言葉にした。
「……」
そんな周囲の中で、アスナはただただ過去を思い出しながら、一人思い出にふけていた。
ある程度話には聞いていたアスナだが、こうして体験した本人が作った映像を見ると言うのは、何よりも新鮮だったのだ。
「……あ……あの人が……僕の……」
「ん? どうしたの?」
「いえ! 何でもありません!」
「そう?」
だが、その横で、一人驚きと戸惑いを感じ、硬直するネギがいた。
今の映像に出てきたアリカ王女。彼女が自分の母親だということに気が付いたのだ。
それもそのはず、ここのネギは師匠であるギガントから、母親のアリカについて聞かされていたからだ。
故に、ネギはアリカを見て、すぐさまその人物が自分の母親であることを理解したのである。
また、先ほどアーチャーとの交渉にて、アスナがはっきりと言った言葉があった。
それはネギがウェスペルタティア王国の、このオスティアの王子と言うことだった。
つまり、間違いなくあのアリカ王女は、自分の母親だと言う事実を指し示していたのだった。
ネギがそのことを口から漏らすと、それに気が付いたアスナが話しかけた。
それにネギはなんでもないとだけ慌てながら言うと、アスナもあえて何も言わなかった。
…… …… ……
そして、ラカンは再び放映を再開しながら、説明を行った。
自分たちはお尋ね者となったが、仲間だった連合を相手にはしたくなかった。
そのため、メガロメセンブリアからオリンポス山を挟み、その反対側にある辺境の地へと逃げ延びたのだ。
さらに、そのまま捕まってしまったアリカ王女を救出すべく、古代遺跡が立ち並ぶ”夜の迷宮”へ紅き翼は向かったのだ。
アリカ王女の救出は難しくは無かった。
迷宮の壁をぶち破り、そのまま救出ができたからだ。
しかし、そこで待っていたのは、彼女だけではなかったのである。
「遅かったじゃねぇか、我が騎士よ」
ナギが壁を砕き、アリカがいるであろう部屋へと入ってきた。
そこでの第一声は、可憐な女性の声ではなく、男性の声だった。
「なっ!?」
「アルカディアの皇帝!?」
「何故ここに!?」
誰もがその声の発した張本人を見て、驚きの声を漏らした。
何故、どうして、どういうことだ。誰もがそう疑問に感じながら、目の前にドンと座って構える男から視線を移せなかった。
その声の主こそ、なんとアルカディアの皇帝であった。
アルカディアの皇帝、ライトニングは偉そうに座りふんぞり返りながら、驚くナギたちを眺めていた。
また、アリカと彼女と一緒に捕まったと思われるヘラス帝国の第三皇女テオドラも、その部屋でくつろいでいた。
「本人……なのか……?」
「影武者や影分身などではなく……?」
「ああ、そうだぜ。俺は正真正銘、サンダリアス本人よ」
詠春はアルカディアの皇帝が本物なのかわからず疑い、アルビレオも本人ではなく影分身などの分裂体ではないかとさえ考えていた。
しかし、皇帝はそうではなく、間違いなく本人だとはっきりと宣言した。
お前たちの目の前にいる、顔つきが怖くてどう見ても悪役の悪の皇帝のような格好の野郎こそ、本物のアルカディアの皇帝だと。
「久方ぶりでございます、皇帝陛下」
「おめぇ、ここは驚く場面だろうが…………、クソ真面目にも程があんぞ……」
だが、その部下であるメトゥーナトは、皇帝の傍へとやってくると、スッと膝をついて頭を下げて丁寧に挨拶を述べた。
それを見た皇帝は、普段と対応が変わらないメトゥーナトに、苦虫を噛んだ表情を見せながら皮肉を吐いた。
いやはや、何と言う最高の部下だろうか。
すばらしいことに間違いはないが、もう少しこう、驚いてくれてもよいではいかと。
「真面目でよい
「真面目すぎんのも困るということですよ、殿下」
皇帝の言葉にアリカが反応し、ひざまずくメトゥーナトを褒め、肩を持った。
どんな時でもしっかりと主君の前で膝をつき、冷静に対応できる、すばらしい部下だと。
が、皇帝の意見は少し違ったようだ。
真面目であることはいいことだが、もう少し遊びがあってもよいと思っていた。
そのため、苦笑しながらアリカへと、そう言うのであった。
とは言え、メトゥーナトのその態度は皇帝とて想定済み。
当然このぐらいするだろう、と予想はしていたのである。
まあ、単純にメトゥーナトが驚く顔が見たかっただけだった。
「して、何故このような牢獄などに……」
「密談よ、密談。ちょうどいいと思ってな」
「そうでしたか……」
すると、静かに皇帝の言葉を聞いていたメトゥーナトが、皇帝へと質問を行った。
何故ここに皇帝がいるのか、誰もが思った疑問であった。
皇帝はそれに対し、軽快な態度で密談だと答えた。
こう言う隔離された空間ならば、密談するのにはちょうどいいと思ったらしい。
メトゥーナトはそれを聞いて、納得した様子を見せた。
なるほど、そう言う意図であるならば、ここにいるのもおかしくはないか、と。
「しかし、どうやってここへ」
「お二方の会談に変装して混じってな。捕まったフリしてたのよ」
「はぁ……」
だが、するとそこで新たな疑問が生まれた。
この皇帝がどうやってこの”夜の迷宮”へやってきたか、という問題だ。メトゥーナトはそれを確かめるべく、皇帝に再び質問をした。
そのもっともな問いに皇帝は、再び軽い感じで答えてくれた。
そもそも本来はアリカ王女とテオドラ皇女の面談だった。
それを情報で知った皇帝はそこへ護衛として変装し、混じっておいたのだ。
そして、彼女たちと共にあえて捕まり、ここへと一緒にやってきたのだと皇帝は説明した。
メトゥーナトはその説明を聞いて、小さく返事を返すだけだった。
何と言うか、無謀極まりないことをするものだと。
連中が何をするかもわからんと言うのに、無茶しすぎではないのかと。
「お前んとこの王様、随分と突拍子もないヤツみてぇだな」
「驚かせてすまない……」
「いや、別にあんたが謝ることじゃねぇだろ……」
そんな皇帝を見ていたナギでさえ、無茶苦茶な人物なんだな、と感じたようだ。
それを言うとメトゥーナトは、この場に皇帝が突然現れたことに対して謝罪した。
とは言うが、別に誰もそんなことなど責めていない。
メトゥーナトが悪い訳でもないし、皇帝の行動に驚いただけで、何が悪いという訳でもない。
故にナギは、ここで謝るメトゥーナトを見て、皇帝が言うとおりのクソ真面目っぷりを感じながら、それを言うのだった。
「はぁー、真面目すぎんだよおめーはよ。戦闘だと脳筋のくせによ」
「はっ……いえ……」
皇帝も今のメトゥーナトを見て、小さくため息を吐いた。
こう言う普段の対応こそ真面目ではあるものの、いざ戦いとなれば研ぎ澄まされた剣術にて相手を強引に押し込み、光の剣でぶった切る暴れ馬だというのに。
そう皇帝が言うと、メトゥーナトは間違いないとしながらも、少しだけ否定したい気持ちを見せた。
そのためか、最初の一言は肯定しながらも、その後の言葉で否定するような言葉を述べていたのである。
「さーてとよ、とりあえず脱出すんぞ」
「…………皇帝陛下ならば脱出などたやすかったのでは……」
とりあえず今のメトゥーナトの態度を見て、溜飲が下った皇帝は、この迷宮から脱出することを提示した。
しかしながら、メトゥーナトは皇帝がここにいるのならば、脱出など難しくは無かったはずであると考えた。
「はぁー? おめぇら来んの待ってたんだろう? 来て早々誰もいませんでした! とかガッカリしねぇようによ」
「左様ですか……」
すると、皇帝はなんで察せないのか、と言う様子でその何故かを説明した。
なんということだろうか、この皇帝はナギたちがやってくるだろうと見越し、待っていたと言うのだ。
これにはメトゥーナトも苦笑い。
仮面の下で心底曖昧な表情を見せ、待ってる必要はなかったのでは、とさえ思っていた。
とは言え、あえて派手に動かずこちらの動きを待っているというのは、必ずしも悪いことでもないとも思ったが。
「あー、そうそう。俺はまた姿をくらますんで、次の指示まで現状維持よろしく」
「は? ……いえ、理解しました」
「……ほんとおめぇってヤツは……」
また、皇帝は続いて、ここを脱出すると同時に、そのまま姿を消すと言い出した。
故に、次の指示まで紅き翼と行動をともにせよと、メトゥーナトへと言い渡したのだ。
メトゥーナトはその指令を聞いて、一瞬固まった。
だが、すぐさま言葉を理解し、肯定の言葉を述べたのである。
皇帝はそんなメトゥーナトに、またため息を吐いていた。
もう少しこう、何か言ってきてもよいのだぞと、そう言いたげであった。
何せ、理由も語らず姿をくらますと言葉にしたのだ。
せめて、何故? と尋ねてもいいだろうと、皇帝は思ったのだ。
しかし、メトゥーナトは皇帝を信じている。
皇帝の命令を全うすることだけが、皇帝の剣である自分の使命だと考えている。
なので、例え説明されなくとも、そう命じられたからには、それを全力で行うのみだと思っているのだ。
そして、紅き翼はアリカとテオドラを救出し、自分たちの隠れ家へと戻っていった。
皇帝はそのまま彼らと別れ、別の行動に移ったのであった。
…… …… ……
紅き翼はオリンポス山の南東にある隠れ家へと戻ってきた。
おんぼろの屋敷が一つ寂しげに建った、みすぼらしい隠れ家だった。
いや、おんぼろの屋敷と言うか、単純に捨てられた廃墟であった。
ヘラス帝国の第三皇女テオドラは、なんとも皇女と言うには似つかわしくないおてんば娘であった。
そのボロ屋敷を見て、紅き翼の隠れ家とは思えぬと言ったり、ラカンをいじったりとやりたい放題であった。
「さーて姫さん。助けてやったはいいけどここからが大変だぜ」
「助けた……というには釈然としないものもあるが……」
「そいつは言わねぇ約束だぜ」
そんな中、ナギはアリカへと、これからが本番だと言葉にした。
だが、メトゥーナトはしれっとそこへツッコミを入れた。
何せ、自分たちが助けたのは間違いないのだが、あの皇帝がいたのならさほど問題なかったのではないか、と思ったからだ。
それに対してナギは、あえてそれは言うなと、苦い顔をしながら言った。
「連合にも帝国にも…………、あんたの国にも味方はいねぇ」
「恐れながら事実です、王女殿下」
ナギは気を取り直し、再びアリカへと言葉を投げた。
この現状にて、もはや自分たちだけが切り札だ。
味方だった連合も、敵であるヘラス帝国も、そしてアリカの国であるオスティアでさえも、全てが敵に回ってしまった。
そこへ付け加えるように、ガトウがアリカへと申し出た。
「殿下のオスティアも似たような状況で、最新の調査ではオスティアの上層部が最も
「やはりそうか……」
帝国はおろか連邦でさえ、完全なる世界の手のものに操られている。
それはオスティアでも同じことが言えると。
すでに、完全なる世界のものは、オスティアの上層部にまで手が伸びていると、ガトウは調査の報告を述べた。
ただ、アリカもそれにはうすうす気が付いていたようである。
「あの皇帝が言っておった。すでオスティアの上層部……、いや、……国王が怪しいとな……」
「なっ!? なんと……!?」
また、夜の迷宮に捕らえられていた時、アリカは皇帝から色々と聞かされていた。
オスティアの上層部だけではなく、国王でさえも完全なる世界の手に堕ちているということを。
アリカはそれを静かに語ると、ガトウは驚愕し、そんな馬鹿なと叫びそうになっていた。
まさか、オスティア、ウェスペルタティア王国の王が、敵になっているなどと、信じがたい事実だったからだ。
「国王っつーことは、あんたの父親か……!」
「……」
ナギも当然それに驚き、つまりそれはアリカの父親ではないかと叫んだ。
アリカはそれに沈黙したまま、小さくコクりと頭を下げ、肯定の意思を見せた。
そう、国王が敵と言うことはつまり、アリカは父親と決別する言うことに他ならなかったのだ。
「メトゥーナト、お前も何か聞いてないのか? お前は皇帝の部下だろう?」
「私はここを任されただけにすぎぬ身。そのことに関しては何も聞いてはいない……」
「そ……、そうか……」
ガトウはこのことについて、メトゥーナトへと質問した。
皇帝直属の部下であるメトゥーナトなら、何か情報を貰っているかもしれないと思ったからだ。
しかし、メトゥーナトとて全てを知っている訳ではない。
皇帝からは教えられていない情報も、数多くある。
故に、何も知らないと、静かに答えるだけだった。
ガトウもメトゥーナトの答えを聞いて、何も言えない様子であった。
ただただ、無念な表情を見せるだけであった。
「…………それはよい……」
「それはよいって!? あんたはそれでいいのかよ!?」
だが、アリカは国王が敵であることを、よいと言った。
ナギはそれに対して、良いはずがないと叫びそうになっていた。
「よいと言った。……どの道、……味方はすでに連合・帝国、…………そして、オスティアにさえ、どこにもおらんのじゃからな……」
「姫さん……」
それでもアリカはよいとはっきり言った。
強い信念が込められた声だった。
何せもはや周囲は敵だらけ、自分の国にすら味方はいない。
国王が敵だと言われても、もはや驚くに値しない。
いや、アリカはうすうすだが、自分の父親がすでに裏切っていたのではないかとさえ、最初から気が付いていたのである。
だからこそ、ショックは受けど大きく取り乱すことも無く冷静に受け止められたのだ。
しかし、そのアリカの表情には、どことなく哀愁が見て取れた。
ナギはそれでも強くよしとしたアリカを見て、もはや何も言うまいと悟ったのであった。
「…………のう、我が騎士よ」
「……騎士って俺のことか? 俺は騎士っつーより魔法使いで、騎士ならそこのメトじゃ……」
アリカは数秒間の沈黙をした後、ナギへと言葉を述べた。
だが、ナギは騎士と呼ばれることに違和感を感じ、むしろ騎士というのはメトゥーナトのことではないかと話した。
「あの者は
「…………まっ、姫さんがそこまで言うんなら、それでいいぜ」
アリカはナギのその言葉の答えとして、メトゥーナトは違うと言った。
メトゥーナトは騎士ではあるが、元からアルカディアの皇帝の騎士。
自分の騎士ではない。
自分の騎士は目の前にいる赤い髪の魔法使い、ナギだとはっきり宣言したのだ。
ナギはその宣言を聞き、ふっと笑ってそれでいいとした。
目の前の恐ろしくも凛としたアリカが、自分を騎士と認め呼ぶのだ。
それに、やはり自分の父親が敵であるというのは大きなショックなはずだ。
ならば、呼び名ぐらい好きにさせてもよいと、ナギは思ったのである。
「……もはや味方はアルカディアの皇帝を残すのみ。世界のほとんどは敵となった」
ナギの言葉に満足したアリカは、ほんの一瞬だけ、小さな小さな笑みを見せた。
その笑みは数秒すら持たなかったものの、優しく慈愛に満ちたものだった。
そして、すぐさま毅然とした表情へと戻したアリカは、ナギへと啖呵を切り始めた。
世界の半分以上はすでに自分たちの敵。味方となってくれるものは、今はアルカディアの皇帝と、その帝国のみ。
「じゃが、主と、
しかし、ナギとそれを率いる翼たちは、その世界に匹敵する。
いや、それ以上だと噂に聞く。
「こちらはたった8人、されど最強の8人の
その世界に名を轟かせた八つの翼は、世界と戦うには十二分の戦力だ。
そうだ、彼らならば戦える。この混沌とし、破滅せんとその道に進む世界を救える。
「ならば我等が世界を救おう。我が騎士ナギよ、我が盾となり……」
であれば、戦う他道は無い。
世界を護る為に、世界を救うために、戦争を終わらす為に。
ここにある八つの翼を全て賭け、世界の敵を討ち滅ぼそう。
世界を滅ぼさんとする悪しき根源を、悪の権化を打ち倒そう。
それならば、ナギは我が騎士となりて、全ての悪意を、刃を、傷つけんとする全ての攻撃から我が身を守る鉄壁の盾となれ……。
「剣となれ」
そして、全ての敵を粉砕する剣となれ。世界を救う救世の聖剣となれ……と。
アリカはそう言い切ると、一つの剣を持ち出し、刃を天へと向けた。
「はっ、やれやれ……。こういう役はぜってーメトのもんだろうに」
ナギはアリカの言葉を聞き終えると、覚悟を決めたように目を瞑った。
とは言え、こういう”騎士”役は明らかにメトゥーナトの好物だろう。
アイツは根っからの騎士、このような対応こそ自分よりもふさわしいと、ナギはふと考えた。
だが、アリカが自分を騎士というのならば、それに従おう。
今はそれでいい、この争いを終わらせ世界を救えるのなら、騎士にでもなってやろう。
ナギはそう思いながら、ゆっくりと姿勢を低くし頭を下げて膝をつき右腕を地に置いた。
その姿勢を意味するものは、誓約であった。
ナギはアリカへと、かしづいたのだ。
「いいぜ、俺の杖と翼……、あんたに預けよう」
そして、アリカがナギの肩へ剣の刃をそっと置くと、ナギは誓いの言葉をしっかりと言い放った。
自分の命と、仲間の命、それを全てアリカへ貸すと、そうはっきり宣言したのだ。
その姿はまるで騎士そのものだった。
まさしく王が騎士に誉れを授けるような、美しい光景であった。
昇る太陽を背に、二人はここで戦いを終わらせることを誓い合ったのだ。