理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百四十九話 覇王と状助の決勝戦 その②

 状助と覇王が試合している時、観客席ではアスナたちが試合を思い思いに観戦していた。

 

 

「どちらも苦戦していますね……」

 

「流石決勝戦ってだけはあるわね」

 

 

 刹那は二人がどちらも苦しい戦いになっているのを見て、そうこぼした。

アスナも決勝戦なのだから、相手もそれ相応だと思っていたようだ。

 

 

「あの覇王さんもここまで苦しめられるとは……」

 

「あの相手の人……、人……? かなり強い……」

 

 

 苦戦するのが状助なら、まあ当然だと誰もが思う。

状助はスタンドと言う謎の力が使えるだけで、戦闘はズブの素人。ただの一般人より高い程度だ。

 

 しかし、あの覇王がそれなりに苦戦しているのには、誰もが驚きを感じざるを得なかった。

刹那もアスナも、覇王の強い部分、特にリョウメンスクナを一撃で倒したシーンのインパクトが強すぎて、覇王が苦戦するというヴィジョンが思い浮かばないのだ。

 

 ただ、覇王とて無敵ではないし地上最強でもない。

覇王と同等の特典を選び、同じぐらい鍛錬を積んだ転生者も少なからずいるのだから当然だ。それがまさに、覇王が今戦っている相手ならば、苦戦の一つはするだろう。

 

 

「せやけど、はおは負けへん!」

 

「……ですね……!」

 

 

 だが、それでも覇王は勝つと信じるのが、その横で立ちながら応援する木乃香だった。

刹那もその言葉を聞いて、強く小さく返事を返した。

 

 

「そうよ、問題は覇王さんよりも状助の方よ」

 

「確かに、まったく距離を縮められてませんね……」

 

 

 また、覇王よりももっと大変なヤツが一人いるではないか。ご存知状助だ。

 

 アスナは覇王のこと以上に、今さらに苦しんでいる状助の方が気が気ではない様子だった。

刹那もそちらの方を見れば、未だに影の槍を見えない拳で粉砕しながら、その影の槍を防ぐので手一杯の状助の姿があった。

 

 

「あっ、でも状助さん、何かやるようです」

 

「また無茶しなければいいけど……」

 

 

 だが、そこで状助が、何やら行動を開始し始めた。

刹那はそれを見て言葉にすると、アスナは心配そうな様子で状助を見ていた。

 

 

「おおー! 状助、距離つめれたやない!」

 

「かなり賭けでしたね……」

 

「もう……、また無茶して……」

 

 

 状助は”治す”能力を駆使して、ついに敵へ近づくことに成功したのだ。

木乃香はそれを見て大いに喜び、刹那も今の状助の行動は博打だったと静かに評価した。アスナはそんな賭けを見せた状助にため息をつきながら、ヒヤヒヤさせられると愚痴をこぼしていた。

 

 

「アスナ、さっきからずっと状助の心配ばかりやけど……?」

 

「当たり前じゃない。あの時死に掛けた訳だし……」

 

 

 そこでふと、木乃香は気になった。

先ほどからアスナは、状助の心配ばかりしているではないか。何故、何どうして? と言う様子で、木乃香はアスナへそれを聞いた。

 

 するとアスナは、それを当然と言葉にした。

あのゲート事件で死にそうになったのを見たのだから、心配しないはずがないと。

 

 

「まあ、これは試合ですから、死ぬということはないでしょうから」

 

「そうなんだけど、やっぱ心配なのよ」

 

 

 とは言え、これは殺し合いではなく試合である。

流石に命を奪うということはないだろうと、刹那はアスナへ述べた。

 

 アスナもそれは頭で理解しているようだったが、それでも心配なのは心配なのだと言うのだった。

 

 

「見て! 状助が相手を倒したみたいやえ!」

 

「間髪いれずの攻撃、これでは相手もただではすまないはず……」

 

「これで終わりならいいけど……」

 

 

 そして、状助が敵にスタンドのラッシュをぶちかまし、決着が付いた感じだった。

 

 木乃香はこれで状助が勝ったと大いに喜んだ。

刹那もスタンドは見えないが、状助が何やらすさまじい猛攻で敵を攻撃したことはわかったので、それを解説していた。

 

 ただ、アスナはほんの少し嫌な予感がしていた。

今の攻撃で本当に勝ったのならいいが、そうでなければ、と過ぎったのである。そう、相手はどう見ても戦闘のプロ。あの状助の攻撃がいかに強くとも、安心などできないのだ。

 

 

「ああっ!?」

 

「っ! 流石に相手も簡単には倒れませんか……」

 

「状助……!」

 

 

 そのアスナの予感は、なんと見事に的中した。

木乃香はその様子を見て、たまらず小さく悲鳴を上げた。

 

 刹那も大きく目を見開き、驚きの表情と共に状助の相手の攻撃を見ていた。

アスナは敵の攻撃に貫かれる状助を見て、とっさにその名を呼ぶのだった。

 

 

 ……ちなみに、バーサーカーもこの試合を彼女たちの後ろの方で観戦しており、常に覇王と相手が衝突するたびに、唸るような声を出して色々思考する素振りを見せていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そこには地面から伸びる影の槍にて、貫かれる状助の姿があった。

 

 

「うぐっ……! うぐあぁっ!?」

 

 

 右肩、左肩、左太腿を貫かれ、小さくだが苦痛の声を漏らす状助。

なんてこった。今の攻撃で決着がつけれなかった。苦痛に耐えながら、それを思っていた。

 

 

「……すさまじい猛攻だった。対物理障壁を重ねなければ、耐え切れなかったほどだったぞ……!」

 

「ぐっ……!!」

 

 

 その影の槍を追って見れば、多少なりとダメージがある様子のカゲタロウが立っていた。

いやはや、流石の攻撃だった。防御しなければやられていた。カゲタロウは感心した様子でそれを述べた。

 

 そして、状助はそのまま地面に投げ出され、苦しむ声と共に転がった。

まずい展開になった。そう考えながら地面に倒れ伏せた。

 

 

「うう……、防がれたっつーのかよ……。グレート……」

 

 

 今のは渾身のラッシュだった。それを障壁でガードされたことに、状助はショックを受けていた。

さらに、もはや尻に火が付いた状態だということも理解した。後が無くなったことに、焦りを感じ始めていた。

 

 

「マズイぜ……。ヘヴィーすぎるぞこの状況……。両肩に三発……、脚に一発の怪我は結構ダメージ大きいな……」

 

 

 とは言え、これは非常にまずい状況だ。

貫かれた部分は右肩が一発、左肩が二発、そして左太腿が一発。

 

 特に左太腿のダメージは深刻だ。機動力に大きな支障が出るからだ。また、左肩を二箇所も貫かれたために、左腕もうまく動かなくなっていたのも厄介なことになっていた。

 

 

「覇王のヤツも未だ苦戦中……、こちらにはこれそうにねぇ……」

 

 

 この状況は非常にマズイ。すぐに動けるような状態じゃない。

状助はそう考えながら覇王の方を見れば、覇王も未だに苦戦しているではないか。助けは来ないということだ。そして、目の前のカゲタロウを、自分が何とかしなければならないということだ。

 

 

「中々の相手だったがこれまでのようだな。確実にとどめを刺し、あちらの加勢へ向かうとしよう」

 

「そいつはマズイ、マズすぎるぜ……。覇王とて二人がかりはかなりヘヴィーなはずだ。ここで俺が何とかしてねぇと……」

 

 

 もはや目の前の相手は動けない。そう思ったカゲタロウは、ゆっくりと倒れ伏せている状助へと近づいた。

 

 状助もこの状況が相当ヤバイことに危機感を感じ、額から冷や汗を流していた。

このままでは自分もだが、覇王も不利な状況になってしまうと。

 

 

「では、さらばだ。久々のすばらしい戦いだったぞ」

 

「”だった”……? ()()()()()()()()()……? ()()()()()()()()()()()()()()()? ”過去形”じゃあねぇ、”現在進行形”だッ!」

 

「むっ! 未だ闘志が衰えぬとは……」

 

 

 そして、カゲタロウは腕から影の槍を伸ばしながら、状助へと別れを述べた。

とは言ってもこれは試合、再起不能になってもらうという意味だが。

 

 しかし、状助はまだ諦めてはいない。この状況を何とかせんと、カゲタロウをメラメラと燃えるような瞳でにらみつけたのだ。

 

 それを見たカゲタロウは、その闘志を褒め称えた。これほどになっても戦う気力を失わない状助に、純粋に感服した。

 

 

「だが、そのダメージでは何もできまい! 大人しくするのだな!」

 

「そうはいかねぇぜッ!」

 

 

 それでもその怪我を考えれば、動けるはずがない。

カゲタロウは右腕に待機しておいた陰の槍を状助へと向け放ちながら、終わりを高らかと宣言した。

 

 その影の槍は状助へと一直線に伸びていった。

それを状助はしっかりと睨みつけながら、不屈の言葉を叫ぶのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 状助が危機的状況となっているところで、覇王も未だ苦戦を強いられていた。

 

 

「ぐうっ!」

 

「いくらお前と言えども、この連続攻撃は耐え切れんようだな」

 

 

 デュークのミーティアルシャインとミーティアルウィングの同時攻撃により、自慢の黒雛をズタズタにされていた。

流石の甲縛式O.S(オーバーソウル)黒雛とて、幾度と無く強力な攻撃を受ければひとたまりもない。

 

 覇王は小さく苦悶の声を漏らしながらも、再び黒雛を形成しなおしていた。

 

 デュークも黒雛を一度破壊できたのを見て、消耗させられたことを確認しながら、多少勝ち誇ったようにそれを言葉にした。

 

 

「確かに、お前の二つの奥義はすさまじい。だけどね」

 

「っ!」

 

 

 覇王はデュークの実力を認めた。

すさまじい猛攻だ。あの光球と光の羽。どちらもすさまじい威力だ。それが同時に襲ってくるのだから、かなり凶悪な攻撃であろう。

 

 されど、されど、いかなる攻撃であろうとも、その程度では倒せない。この覇王は倒せない。

覇王は黒雛の復元と同時にデュークの胸元まで瞬間的に近寄り、再び握り締めた神殺しを横に振り上げた。

 

 デュークはその攻撃に驚きながらも、即座に後ろへと下がりそれを回避した。

だが、完全に回避できなかったようで、頬に小さな切り傷を作り、そこから血が滴っていた。

 

 

「この世界の”技術”と特典として選んだ”スキル”が僕にはある。この程度では倒されんよ」

 

「……ふふふ……。いいぞ。むしろそれでいい!」

 

 

 覇王が持つ”特典”は麻倉ハオの能力だけではない。

サーヴァント佐々木小次郎の技術も特典として得ている。それはつまり、サーヴァント佐々木小次郎の技量だけでなく、スキルを保有しているということだ。

 

 それだけではない。この世界には”気”と言う技術がある。

それによって瞬動などの技が使えるのだ。その力があるのだからこの程度で負けはないと、覇王は強気で宣言した。

 

 デュークは先ほどの斬撃でできた傷を指で撫で、指に付いた血を眺めながら、面白そうに笑い出した。

そして、それでこそだと心底嬉しそうに声を上げて言い出した。

 

 

「お前のような戦士と戦えることが、我が至高の喜びよ!」

 

「僕は戦士じゃなく、陰陽術師(シャーマン)なんだけどね」

 

 

 強者との戦いこそが至高の喜び。デュークはそう笑って叫んだ。

目の前の覇王のような、強力無比な相手との戦いこそが最大の幸福であると。

 

 覇王はそれを聞いて若干引きつつ、自分は戦士と言うより術者であると冷静につっこんでいた。

 

 

「ふっ……、すでに、我が二つの奥義を見切りつつあるか。さらに、私はお前の攻撃が見切りづらいときたものだ」

 

「そうだろうね」

 

「”宗和の心得”……だったな」

 

 

 また、デュークは自分の奥義を覇王が、すでに見切りつつあることに気が付いていた。

確かに完全に回避されているとは言いがたいが、命中率は最初に比べて落ちてきていたからだ。さらに、こちらは覇王の攻撃をさほど見切れないことにも気が付いた。

 

 覇王はそれを聞くと、冷静な顔で肯定の言葉だけを述べた。

何故なら、覇王の特典であるサーヴァント佐々木小次郎の技術(スキル)には、そう言う効果の能力があるからだ。

 

 それをデュークは淡々と答えた。

”宗和の心得”……、幾度と無く繰り出される攻撃を見切らせない為の技術である。その効果によって、デュークは未だ覇王の剣筋を読めないでいた。

 

 

「ここまで手の内を明かせば、見抜かれるのも当然か」

 

「お前のその”(O.S)”を使った三つの斬撃が同時に放たれる奥義、それを見れば知る者は大抵察することができるだろう」

 

「まあ、そうだろうね」

 

 

 覇王はデュークが自分の特典を見抜いたことに、当然か、と言う顔を見せた。

これほどまでに手の内を明かせば、当然バレることも予想していたからである。何より奥義、燕返しを見せたのだから、知らない訳ではないのならわからないはずがないのだ。

 

 デュークもそれについて静かに説明した。

刀を使った同時に到達する三つの斬撃、燕返しを使ってきた。ならば、燕返しだけを習得しているはずがない。そう考えれば、”アサシンのサーヴァント佐々木小次郎”の能力をそのまま特典として貰っていると考えるのが妥当ではないかと。

 

 

「そして、”心眼(偽)”とやらも厄介だ。おかげで追撃させている”ミーティアルウィング”ですら、大きくダメージを与えられてはいない」

 

「そうかい? 僕とてそいつを避けるのは常にギリギリなんだけどね」

 

「言う割りに余裕そうだがな……!」

 

 

 さらに、覇王には心眼(偽)と言う技術(スキル)がある。それは第六感での危険察知、虫の知らせでの回避である。

その効果のせいか、デュークの奥義であるミーティアルウィングを用いても、危機回避にて思ったよりもダメージが与えられていないのだ。

 

 デュークはそれを忌々しいという感じで語りながらも、表情は楽しそうにしていた。

 

 が、覇王とてその技術(スキル)を用いても、回避するのがやっとであった。

はっきり言って超高速で飛び回る五つの羽を全て回避するなど、非常に困難な作業である。加えてミーティアルシャインの追撃と本体からの格闘があるのだ。ある程度回避を捨てている部分もあるのである。

 

 そう苦笑しながら話す覇王を見て、デュークはやはり余裕があると感じていた。

まだまだがけっぷちではない。むしろ危機的状況と言う様子でもない。底が知れない。デュークはそう考えながら、次の一手を模索していた。

 

 

「であれば、さらなる工夫が必要だ」

 

「こちらもだ」

 

 

 未だ余裕の態度を崩さぬ覇王を、どうやって倒すか。

デュークはそれを思考しながら、次の行動を開始しつつ覇王へとそれを告げた。

 

 覇王も当然目の前のデュークが、一筋縄ではいかないことを理解している。

故に、デュークと同様に目の前の敵を倒す作戦を考えながら、再び衝突するのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方状助はと言うと、何とか体を持ち上げ傷付いた足をかばいながら立ち上がり、スタンドの拳を振るっていた。

だが、カゲタロウの無数の影の槍を受け、再び防戦を強いられていた。

 

 

「ドラララァッ!!!」

 

「どうした? 先ほどよりも動きが鈍いようだが?」

 

 

 しかも先ほどのダメージが大きいせいか、動きが鈍っている状態だ。

状助は苦痛を耐えながらも、必死にスタンドのラッシュで影の槍を粉砕していた。

 

 カゲタロウはまたしても余裕の様子で、状助へと言葉を投げかけた。

スタンドが見えないカゲタロウではあるが、先ほどよりも攻撃が大雑把になっていることに気が付いたのだ。

 

 

「チクショウ! 流石にこのダメージはでかすぎるぜ……」

 

 

 足や腕の傷を引きずっている状助は、先ほどのような動きは不可能だった。

激痛は当然発生するし、血も出ている。非常に危険な状態だ。当然状助もそれを理解しているので、苦悶の表情を見せていた。

 

 

「ふん!」

 

「うぐっ! ぐっ!!!」

 

 

 だが、それこそがカゲタロウにとってチャンスである。

カゲタロウは別の角度から新たな影の槍を飛ばし、状助へと攻撃した。

 

 状助は雨あられに降り注ぐ影の槍を、拳で殴り防御するので手一杯だった。

その攻撃を防御している余裕などない。故に、その攻撃を脇腹で受け止めることになってしまった。

 

 影の槍は脇腹を貫通、そこからブシュゥゥ! と言う音と共におびただしい血が噴出した。

これには状助も小さく苦痛の声を漏らし、表情をゆがめざるを得なかった。

 

 

「これでどうだ!」

 

「ドラァッ!! うっ!!」

 

 

 さらに追い討ちを加えるように、カゲタロウは飛ばしていた無数の陰の槍を束ね、鞭のように振るったのだ。

先ほどの”点”での攻撃だった影の槍が、巨大な”線”の攻撃へと変化した。

 

 状助はそれを砕こうとスタンドで殴るも、強靭でありながらしなやかに編まれた影は強固であり、ヒビを入れることはできても砕くに至らなかった。故に、状助はその攻撃をまともに受けてしまい、吹き飛ばされたのである。

 

 

「ガハァッ!!」

 

 

 腹部に渾身の攻撃を受け、口から血を吐き出しながら吹き飛ぶ状助。

その後地面を数度転がり、力なく倒れ伏せてしまっていた。

 

 

「もはやその状態ではまともに動けまい」

 

「んなことぁーねぇぜ……。まだ動けるぜぇ……!」

 

「すさまじい忍耐力だ。認めざるを得ない」

 

 

 カゲタロウはうずくまった状助にゆっくりと近づきながら、警戒を怠ることなくその言葉を述べた。

目に見えて状助は体を動かせるような状態ではない。立ち上がることすら困難な状態だろうと。

 

 だが、それでも状助は生まれたての子鹿がごとく足を震わせながらも、ゆっくりと立ち上がるではないか。

ここで自分が倒れたら覇王が追い込まれてしまうだろう。そうならぬためにも、ここでヤツを食い止めなければ。そう思う心が、彼を駆り立て再び立ち上がらせていた。

 

 それを見たカゲタロウは素直に賞賛の声を漏らした。

何と言う男だろうか。確かに実力としては上位の魔法使いたちなんかよりも低いだろう。それでもこの根性と忍耐力、そして意思の強さは紛れも無く、戦ってきた幾多の相手よりも強いものだと。

 

 

「ならば、これで終わらせるのみ!!」

 

「きっ、きやがるか!!」

 

 

 であればだ。敬意を表し、確実に止めを刺すのが礼儀。

そこに慢心も油断もない。ただただ、目の前の男を完全に倒すことにカゲタロウは集中し、終わらせることを宣言した。

 

 その直後、カゲタロウは先ほど以上の影の槍を伸ばし、包囲するように四方八方から状助を攻撃したではないか。

 

 迫り来る千の影槍に状助はヤバイと感じ若干驚きながらも、その攻撃を睨みつけていた。

 

 

「うおおおおおおおおッ!!!」

 

 

 千の影槍は状助を囲みながら状助へ吸い込まれるように突撃していった。

状助も四方八方からの攻撃には対応ができるはずがない。大きく叫びながらも、スタンドの拳を一心不乱に振り回し、突きの連打をするのがせいいっぱいだ。

 

 

「中々の強敵であった……。だが、私を倒すには一手足りなかったようだな」

 

 

 そして、状助は千の影槍に飲み込まれるように姿を消し、カゲタロウは勝利を確信するような言葉を、一言こぼしたのだった。

 

 

「……”一手……、足りなかったな……”……それは俺の台詞だぜ……」

 

 

 だが、状助は負けてはいなかった。やられてはいなかった。

千の影槍の壁の中から、その台詞が聞こえてきた。瀕死であるが不屈に満ちた声が、先ほどカゲタロウが述べた言葉をそっくり返すかのような台詞とともに、確かに聞こえてきたのだ。

 

 

「!?」

 

「ドラァッッ!!!」

 

 

 カゲタロウは目を見開いて驚愕した。状助を包む千の影槍の一部が消滅し、穴が開いたのだ。

さらに、突如顔に目がけて石が飛んでたのである。

 

 その石は当然障壁で防がれ、弾き返された。

しかし、その瞬間、見えざる拳がドグシャァッ! と言う轟音とともにカゲタロウの顔面に直撃したのだ。

 

 

「なっ!? ガッ……!!?」

 

 

 カゲタロウはその拳を受けた痛みよりも、今頭に浮かんだ三つの疑問の方が気になった。

どうして目の前の男は動けるのか。確かに千の影槍に飲まれ消えたはず。

 

 もう一つ、何故千の影槍の一部がが自分の意思とは関係なく、勝手に消滅したのだろうかと言うことだった。

またさらに、もう一つ重要な疑問が、カゲタロウの頭を支配した。

 

 

「何故……。障壁が……!?」

 

「やれやれ……。障壁が硬えならよぉ……」

 

 

 それは障壁を貫通したことだった。

それも破壊と言う形ではなく、完全な素通りでだ。

 

 強靭なパワーであれば障壁を破壊することもできるだろう。障壁を破壊する魔法も存在する。

だが、後者はありえない。目の前の男は魔法は使えない様子だった。それを隠していたのであれば、この状態になる前に使ってきてもいいはずだ。

 

 前者は確かにありえなくもない。それでも自分が纏っている障壁は、生半端な攻撃では砕けない自信がある。

それに砕けたのならば、砕けたとわかるものだ。それすらなく、まるで通り抜けるかのように拳が入ったことに、カゲタロウは驚き疑問を感じていたのだ。

 

 状助はその疑問に、苦しそうな様子で答えるべく口をあけた。

あーチクショウ、何で最初からこうしておかなかったんだろうか。

 

 ギリギリのギリギリ、ボロボロになってようやく”あっ、できるかも”なんてひらめくもんじゃあねぇ。そう後悔の念を感じながらも、状助は言葉を述べ始めた。

 

 

「”なおして戻せば”いいだけだぜ!! ドラララララッ!!!」

 

「何ぃぃ!? グウア!!?」

 

 

 障壁が貫通した理由、それは”なおす”能力の応用だ。

物体や傷を直す能力のクレイジー・ダイヤモンドだが、さらに物質を原材料に”戻す”応用が可能だ。魔法とは精霊と魔力を用いたもの。つまり、障壁や千の影槍を”精霊と魔力”に戻したことで、無効化してみせたのだ。

 

 それにより千の影槍の包囲網の一部を”戻し”小さな出口を作り、その隙間から石を投げ入れることができた。

そこからさらに、石を”なおす”ことで、状助が右手に握っていた石と引き合わせ、カゲタロウの顔面目がけて飛び込むことができたのである。

 

 とは言え、これもギリギリのギリギリだった。

魔法を”戻す”ことができなければ不可能であり、外に出れるかさえも賭けであった。まさに危機一髪と言ったところだったのである。

 

 状助は瀕死であるにも関わらずそれを高らかに叫ぶと、追い討ちのラッシュをカゲタロウへと浴びせたのだ。

 

 再びすさまじい見えざる拳の猛連打に、カゲタロウは苦痛の声を吐き出した。

しかも、今度は障壁の防御はなく、全てが全身に突き刺さるクリーンヒットなのだ。

 

 

「ドララララララララララッ!!! ドラララララララララアアアアアッッ!!!」

 

「ぐううおおおおおお!!!!」

 

 

 対物理障壁は雲を散らすかのように消え去り、意味を成さない。

そこへ状助が放つ拳のラッシュは、先ほどのものよりも力強いものだった。状助も必死でカゲタロウを倒そうと、渾身の力を全て振り絞っていたのだ。

 

 あれほどの傷だと言うのに、これほどの力がまだ残っているとは。

カゲタロウは連打を全身に浴びせられながらも、それを考えざるを得なかった。やはり目の前の男は強かった、そう思わざるを得なかった。

 

 

「ドララアアァァァァッ!!!」

 

「ヌウウオオォッッッ!?」

 

 

 無数のラッシュが炸裂した後、最後の最後、怒号のような声とともに最大の力を振り絞った拳が、カゲタロウの顔面へと突き刺さった。

 

 

「ぐっ……、見事……」

 

 

 カゲタロウは勢いよく吹き飛ばされ、数回はねたのちに倒れこんだ。

そして最後の最後に一言、勝者を称える言葉を残し、意識を失ったのだった。

 

 

「ハァ……ハァ……。覇王との約束……、完了だぜ……」

 

 

 しかし、状助ももはや限界だった。

影の槍が貫通した傷からは未だに血が流れ出ており、先ほどの影の槍の包囲網でもそれなりの手傷を負っていた。さらに今持てる力を全て出し尽くしてのラッシュだ。もはや息も絶え絶えで膝を腕で支え、立っているのもやっとであった。

 

 とは言え、なんとか覇王とかわした約束は守ることができた。

これで覇王は心置きなく一対一で戦うことができる。それだけは気休めとなった。

 

 

「だが……、俺も……もう……動け……な……」

 

 

 緊張の糸が切れ限界となった状助は、その場に膝をついて前のめりに倒れこんだ。

意識がゆっくり消えゆき瞼が閉じる直前に状助が見たものは、無数の刃と光球に追われる覇王であった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方覇王はと言うと、未だに羽と光球に阻まれ、デュークへ致命傷を与えられないでいた。

ただ、それはデュークの方も同じであり、覇王の黒雛を破壊しては修復すされを繰り返していた。

 

 

「我がミーティアルウィングは、ただ追尾するだけの刃ではない」

 

「何?」

 

 

 そこへデュークは自らの能力が、それだけではないことを突如として語りだした。

覇王は何の意図があってそんなことを言ったのかと、ふと疑問に感じ口からその疑問がこぼれた。

 

 

「真の使い方は、こうだ!」

 

「!!」

 

 

 するとデュークは右腕を覇王へと突き出すと、ミーティアルウィングが覇王を取り囲むようにして地面に刺さったではないか。さらに、その羽が光り輝くと、膨大な魔力が大爆発を起こしたのだ。

 

 覇王は驚きの表情と共に、その爆発の光の中へと飲み込まれた。

周囲を囲まれた上に突然の爆発。覇王とて瞬時に回避することができなかった。

 

 

「まさか爆発するとは……!」

 

「もらったぞ!!」

 

「っ!」

 

 

 だが、覇王は依然として健在だ。

本来ならば木っ端微塵になっていてもおかしくない爆発を、黒雛の防御を固めることで耐えて見せたのだ。

 

 しかし、そんなことなどデュークもわかっていたことだ。

爆発で困惑する覇王へとすぐさま突っ込み、右手に握り締めた羽で覇王へと斬りかかった。

 

 覇王はそこでしまったと思い、とっさに左へと回避高度をとるも、デュークはそれすらも察していたかのようにそちらへと羽を振るったのだ。

 

 

「ぐっ! だが……!」

 

「遅い!」

 

「やる!」

 

 

 覇王は黒雛の左アームでその斬撃を防御したが、鋭い攻撃にアームは切り裂かれてしまったのだ。

覇王はそのダメージに小さく悲鳴を漏らしながらも、今度は右アームで握っていた神殺しにてデュークへと斬りかかった。

 

 が、デュークはそれを少し体をずらすことで回避し、むしろ剣の振りが遅いと叫んだ。

それでも覇王はデュークの実力を実感しながらも、再び神殺しを横に振りかぶる。

 

 

「フッ!!」

 

「っ! また爆発か!!」

 

 

 その時、神殺しの軌道上に五つのミーティアルウィングが降り注ぎ、それを防いだのである。

なんと、このミーティアルウィングは爆発しても羽自体に破損はない。故に、爆発後に再度、即座に羽で攻撃することも可能なのだ。

 

 するとデュークはすさまじい速度で後ろに下がった。

何故なら、再び羽が光りだしたからだ。それはつまり、再び羽を爆発させるということだからだ。

 

 覇王はそれを見て爆発することを察し、回避行動へと移った。

しかし、爆発は光る以外ノーモーションで発動するため、羽へと神殺しを振るった状態の覇王に、回避する時間はなかった。

 

 

「……即座にO.S(オーバーソウル)を復元し、同時に反撃とは……。いや、当然であるか」

 

「まあね……。しかし、こちらもしてやられたって気分さ」

 

「ふっ……」

 

 

 覇王はその爆発でO.S(オーバーソウル)を全損することとなったが、本体にダメージはなかった。

しかも、破壊などものともせずにデュークへと即座に接近し、瞬間的に()()()()O.S(オーバーソウル)して攻撃した。

 

 爆発の煙の中から無傷の覇王が飛び出し、一瞬で懐に入られたデュークは驚きの表情を見せていた。

そして、数回にわたって覇王の黒雛の腕とデュークの羽が衝突すると、両者は再び睨む形で距離をとった。

 

 デュークは今の覇王の行動を絶賛していた。

O.S(オーバーソウル)の破壊をものともせず、即座に修復してこちらを攻撃してくるなど、中々できるものではないと。が、覇王ならばそのぐらい朝飯前という訳か、とも考えていた。甘かったのはそれを思いつけなかった自分だと。

 

 ただ、覇王もデュークの発言を当然と言いつつも、デュークの巧みな攻撃に苦汁を舐めさせられたと言葉にした。

あの羽の防御と爆発のタイミングは完璧であった。黒雛でなければ防ぎきれなかった、そう覇王も考えさせられていた。

 

 その覇王の言葉に、デュークは小さく笑って見せた。

この目の前にいる強敵に褒められることに、心から喜びを感じているのだ。

 

 

「しかし、こうしてつばぜり合ってるだけじゃ、勝負は付かないよ?」

 

「知れたこと」

 

 

 とは言え、こうやっているだけでは決着が付かないと、覇王は余裕の様子で語った。

デュークも今の現状では覇王を打破しきれない、戦いが終わらないことを感じていた。

 

 

「だからすでに、”工夫”している」

 

「何……? ……!?」

 

 

 故に、デュークはすでに”次の一手”を仕込んでいた。

覇王を倒すには正攻法では無理だと実感したデュークは、そのための手を打っていたのだ。

 

 覇王はデュークの意外な発言に、ふと何をしでかす気なのかと考えた。

されど目の前のデュークは威風堂々と構えており、動く気がない。一体何が始まるのか、覇王に緊張が走った。

 

 

「そう、すでに土中に(ウィング)を仕込んでいたのだ」

 

「しま……っ!?」

 

 

 覇王が注意深く周囲を警戒していると、突如地面が吹き上がり、それが覇王へとすさまじい速度で近づいてきたではないか。デュークはそこで何をしたのかを、覇王へと告げた。

 

 つまり、爆発させた羽の一つを地面へともぐらせ、隠していたのだ。

その羽を覇王に気が付かないように隠し、不意をつくことにしたのだ。その作戦は見事に覇王を出し抜き、羽は覇王の足元へと至ると、三度目の爆発を起こしたのだ。

 

 デュークはこれで覇王に手傷を負わせられたと思っていた。

流石の覇王も足元からの直撃には耐えられないと考えたからだ。目の前の覇王も完全に意表を付かれたという顔で、爆発に巻き込まれ吹っ飛んだからだ。

 

 

「……! なっ……に……っ!?」

 

「……なんてね。それは影分身さ」

 

「そうか! あの時からすでに!」

 

 

 だが、何と言うことだろうか。爆発に飲み込まれた覇王が、デュークの背後に現れたのだ。

その覇王は長刀に神殺しをO.S(オーバーソウル)し、デュークへと切りかかったのだ。

 

 流石のデュークもそれには驚愕した表情を見せ、小さな隙を見せてしまった。

覇王も当然その隙を見逃すはずも無く、瞬時にデュークの右足を神殺しで切り裂き吹き飛ばした。

 

 

 ……覇王は二度目の爆発の時、影分身と自分を入れ替えていた。

そして、影分身に黒雛を装備させてデュークへと攻撃させることで、あたかも本人が戦っているかのように思わせたのだ。さらに、デュークが次の一手を打ってくるのを考え、その瞬間まで身を潜めていたのである。

 

 また、本物の覇王がどこに隠れていたか。それも難しくはない。

何せデュークが”羽”を盛大に爆発させたのだ。隠れるのにはちょうどいい穴が目の前にできているのだから、身を隠すのに困ることなどなかったと言う訳だ。そこに覇王が身を隠し、隙を狙っていたのだ。

 

 

 デュークは覇王が入れ替わった場面を理解し、してやられたという顔を見せた。

また、右足を切り落とされたが故に、一瞬体勢のバランスを崩した。何も無く空を飛べるデュークとて、両足で大地を踏みしめている状態から足を落とされれば、バランスを崩すのは当然の結果だ。

 

 

「そして、O.S(オーバーソウル)からの、……”鬼火”」

 

「フ……。これでは……、避けられんな……」

 

 

 そこへ覇王は影分身に貸していたS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を呼び寄せ即座に黒雛をO.S(オーバーソウル)

バランスを崩すデュークから距離をとると、その瞬間黒雛の背中の蝋燭が肩へと下がり、そこから小さな太陽のような膨大な火が放たれた。覇王が持つ最大最高の大技、”鬼火”である。

 

 その覇王の一連動作はすばやかった。一つの隙すらなく、とんとん拍子で全ての動作が進んでいった。

 

 デュークはバランスを崩している最中、瞬間的に回避するのは困難だった。

もはや回避不可能と判断したデュークは、微笑を見せながら敗北を悟り、そのまま鬼火に飲み込まれたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 ……決着がついたのは誰の目にも一目瞭然であった。

何故なら、炎に包まれたダメージで全身を焼かれたデュークが、大の字で地面に倒れていたからだ。もはや指一つ動かせない様子で、試合会場から空を見上げていたからだ。

 

 まあ、覇王とてこれは試合であって殺し合いではないことを承知していた。

なので、鬼火も全力とは言わず多少なりと手加減を加えたものだった。

 

 それでもこのデュークを再起不能にするには、充分に火力を出す必要があった。

手加減を加えたが、その手加減など微々たるものでしかなかった。と言うか、死んだら死んだで生き返せばいいか、程度には本気であった。

 

 

 司会も鬼火のすさまじさを間近で目の当たりにし、驚愕の表情を見せていた。

今の衝撃で会場を守るために張られている障壁が、一瞬砕けるのではないかと言うぐらいきしんだのだ。それほどまでに覇王の鬼火は強烈なものだった。

 

 とは言え、驚いてばかりでは仕事にならない。

司会はデューク・カゲタロウコンビが戦闘不能であることを確認すると、覇王・ノリスケコンビの勝利を高らかに宣言した。誰もがその宣言に感極まり、盛大な声援と拍手で会場が埋め尽くされたのだ。

 

 

「僕の勝ちだね」

 

「私の負けだな……」

 

 

 覇王は倒れて動けぬデュークへと近づき、司会の勝利宣言を聞いて自分の勝利だと、静かにデュークに勝ち誇った。

デュークは自分の敗北が決定したのを聞いて、素直に負けを認めていた。

 

 

「……ふふふ……」

 

「何がおかしいんだい?」

 

「おかしいに決まっている。お前ほどの男と戦えたのだからな」

 

 

 しかし、デュークは敗北したというのに、何故か笑いをこぼしたのだ。

一体何が面白いのだろうか、覇王はそれをデュークへと尋ねれば、その返答はすぐに返ってきた。

 

 それはただただ、覇王と言う強敵とめぐり合ったことだと言うではないか。

このデューク、勝ち負けなどまったく気にしていなかった。確かに負けたのは悔しいが、それでも覇王と戦えたことが最も喜ばしいことだった。

 

 

「負けてもか?」

 

「勝ち負けの問題ではない。充実感の問題だよ」

 

 

 覇王は負けたのに笑うデュークに、戦っただけでよかったのかと尋ねた。

デュークはそれを当然と述べながら、理由を話し始めた。

 

 デュークが求めていたのは輝かしい勝利ではなかった。

ただひたすらに、強者とのせめぎあいやしのぎあい、削りあいこそが彼の求めてるものだった。その刹那的な時間こそが、彼にとっての幸福であり全てであった。

 

 故に、敗北に泣くことは無く、勝利に未練もない。

勝利を渇望してはいるが、この戦いで得た充実感だけでデュークは満たされていた。

 

 

「お前との戦いの一時は、実にすばらしいものだった……」

 

「はぁ……、存外お前は変人だ」

 

 

 だからこそ、デュークは笑ってそう言えるのだ。

この短い時間であったが、覇王と言う強敵との戦いは人生最高のものだったと。数千年と言う長き時を生きたデュークだが、これほど充実した戦いはなかったと。

 

 そんなデュークの言葉に、覇王は肩をすくめて呆れていた。

いやはや、こんな戦闘ジャンキーがいるなんて、困ったもんだと言う顔だった。自分が負けても強い相手と正々堂々戦えればよいなど、自分では理解できないと。

 

 

「……ああそうさ、こいつはどうしようもない変人だ」

 

 

 だが、そこへ第三者の声が覇王の耳に届いた。

透き通った凛々しいデュークの声ではない、汚く荒い声だった。つまり、自分とデューク以外の誰かの声なのは間違いなかった。

 

 

「……頭部の顔がしゃべったのか」

 

 

 覇王はふとその声の方を見れば、鬼火で消滅した仮面の下、デュークの頭の部分にもう一つの顔があるではないか。

デュークとの会話に気を取られ気が付かなかったが、この顔が今自分に話しかけてきたらしいと覇王は察した。

 

 

「彼の名はガンザ……。生まれた時に我が頭部に宿った”転生者”だ」

 

「その通り。つまんねぇ特典選んじまったらこうなっちまった哀れな男さ」

 

 

 するとデュークはその頭の顔を紹介した。

彼もまた自分と同じ転生者であり、生まれながらに同じ肉体を共有するものであると。

 

 デュークの紹介に乗るように、ガンザと呼ばれた顔は小さく笑いながら、悟ったように話し出した。

選んだ特典が悪かったらしく、こんな姿になって転生してしまったと。

 

 

 ……冒険王ビィトに登場する天空王バロンの頭部には、同じくザンガと言う存在が共存していた。

魔人(ヴァンデル)とも呼べぬバロンの補助頭脳であるザンガだが、ちゃんとした意識を持つバロンとは違う個体であった。

 

 すなわち、バロンの特典を得たデュークもまた、同じような存在である彼を頭部に持つことになったのだ。

さらにその頭部の彼も、同じ転生者と言う奇妙なものだったのだ。

 

 

「どうだい相棒(バディー)。満足したか?」

 

「勝利の満足は得られなかったが……、充分したさ」

 

「そいつは結構なこった……」

 

 

 そのガンザは、はぁ……、とため息を吐いた後、デュークへと今の戦いの感想を尋ねた。

デュークはふっと笑いながら、勝利こそできなかったが、今回の戦いは得るものが多かったと述べた。

 

 覇王との戦いは、久々にすがすがしい気分になるほどのものであった。

自分が持つ全ての能力を出し切っての戦い。本当に久しく忘れていた戦闘の醍醐味を思い出せた。

 

 戦いの中での一秒一秒が、充実に満ち足りていた。二度と忘れることはないと誓うほど、デュークは覇王との戦いを堪能したのである。

 

 それを聞いたガンザは、また大きなため息を吐くと、小さく笑ってそう応えた。

相棒が満足であればそれでよいと。むしろ勝ってその言葉を聞きたかったと、そう思っていた。

 

 

「ならよ、もう二度と”鬼火”なんて食らうんじゃねぇぞ……。マジで肝が冷えたぜ……」

 

「……約束はできんな……」

 

「そう言うと思ったぜチクショウ……」

 

 

 するとガンザは、満足したならもう鬼火みたいな大技は受けてくれるなと、疲れた顔で言い出した。

ガンザとデュークは一心同体。あんな技を食らったらガンザもヤバイからである。

 

 しかし、それは無理だと即答するデューク。

デュークの望みは充実感のある戦いだ。まあ覇王ほどの強敵に出くわしたならば、それを受けないと言う約束は不可能だ。

 

 ザンガはその答えがすでにわかっていたようで、また小さくため息を吐き捨て、やっぱりと愚痴るのだった。

 

 

「さて、僕は状助を治療してやらんと……。お前はどうする?」

 

「私なら問題ない。かなり手ひどいダメージだが、自然に回復する」

 

「いや治してもらえよ相棒(バディー)……」

 

 

 覇王は状助の治療に向かわなければと考え、では目の前のデュークもついでに治療してやろうと声をかけた。

 

 が、デュークは覇王の申し出を静かに断った。

自分は人間ではなく魔人(ヴァンデル)であり、ダメージは大きいものの致命傷ではないので、問題ないとしたのだ。

 

 とは言え、ガンザはそれでも治して貰えとデュークへ進言した。

いくらなんでも鬼火を食らった状態から復帰するには、それなりに時間がかかる。脚だってぶった切られている。

 

 当然その間はずっとダメージの激痛を耐える必要があるのだから、今ここで治療してもらうのがよいとガンザは思ったのである。

 

 

「流石に敵であった相手の情けは受けたくはないものだ」

 

「つまんねぇプライドだぜ……」

 

 

 デュークは治療を受けない理由を言葉にした。

例え試合であっても戦った相手からの施しは受けたくはないと。

 

 ガンザはまたしてもため息を吐き、何と言うつまらん考えだと思った。

別に殺しあった訳でもないだろうに、そんなプライドなんて捨ててしまえと。

 

 

「……すまんな……」

 

「もう、ん千年と付き合ってんだ。慣れちまったよ……」

 

「そうか……」

 

 

 デュークはあきれ果てた様子のガンザへと、静かに謝った。

自分のちっぽけなプライドのために、迷惑をかけると。

 

 ただ、ガンザとてデュークと数千年もの年月を共にしてきた。

この程度のことなどすでにわかっていたことであり、もう諦めも入っていると苦笑して見せたのだ。

 

 デュークはそんなガンザへと、小さく笑って見せた。

デュークもまた、ガンザならそう言うだろうと理解していたからである。

 

 

「まあ、僕は行くよ。いい試合だったよ」

 

「ああ、いい試合だった」

 

 

 覇王は二人がとてもいいコンビであると思いながら、別れ際に今回の試合の感想を述べた。

 

 デュークも去っていく覇王へと、同じ言葉を投げかけるのであった。

 

 こうして、ナギ・スプリングフィールド杯は覇王・状助の勝利に終わった。

だが、この試合では三郎にかけられた借金の半分しか稼げない。残り半分は数多へとゆだねられたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 試合終了後、覇王と状助は待機室で今回の戦いのことで話し合っていた。

 

 

「いやあ、随分と酷い目にあったみたいだね」

 

「マジもう勘弁してほしいぜ……」

 

 

 覇王は状助がボコボコにやられたのをいじるように、笑いながらそう言った。

状助は覇王に治療されて傷はもうないが、もう二度とゴメンだと疲れた顔で言葉にしていた。

 

 

「死ぬかと思ったぜ、まったくよぉ……」

 

「まあ、これで君も少しは戦いに慣れたんじゃないかな?」

 

「慣れたくねぇぜ……」

 

 

 必死になんとかしたが、かなりヤバかった。また死にそうになった。

状助はそういいながら、はぁー……、と大きくため息を吐き出した。

 

 覇王はそう言う状助へと依然笑みを浮かべたまま、戦闘に慣れてよかったのではないか、と冗談交じりで言い出した。

 

 いやはや、こんな痛い目に遭うのなら、慣れたくはないと状助は語った。

まあ、それでも何かあれば戦ってしまうのが状助なのだが。

 

 

「……助かったよ、状助。ありがとう」

 

「おいおいおい……、いきなり気持ち悪ぃじゃねあねぇか」

 

 

 だが、そこで覇王は表情を一転させ、真面目な顔を見せた。

そして、状助へと先ほどの戦いのことで、礼をしっかり述べたのである。

 

 状助はそんな覇王の反応に多少驚いた。

まさか突然真面目な顔で、礼を言ってくるなんて思っても見なかったからだ。見慣れぬ表情と聞きなれぬ言葉に、戸惑ったのである。故に、気持ち悪いなんて単語が口からでたのであった。

 

 

「僕が礼を言うのがそんなに気持ち悪いかなあ……」

 

「いや、そう言う訳じゃあねぇけどよぉ……」

 

「じゃあ、どんな訳だい?」

 

 

 まさか礼を言っただけで気持ち悪いなんて言われるとは……。

覇王はその程度のことで気持ち悪いかなあ、と苦笑した。

 

 状助はそう言うことじゃないと、慌てて言葉にした。

何と言うか言葉のあやと言うか、とりあえずそう言う意味ではないと。

 

 覇王は慌てる状助へと、ではどんな理由があるのか苦笑したまま尋ねた。

自分だって礼ぐらい言うし人として間違ってないんだから、そりゃないよね、と言う感じだった。

 

 

「いやあ……、普段、自信満々のオメェから、そう言われるとは思ってなかったもんからよぉ……」

 

「別に僕は自信満々って訳ではないんだけどね」

 

「マジかよ……」

 

「大マジさ。今回だって君が頑張ってくれたからこその勝利だと思っているしね」

 

 

 普段から飄々としている覇王が、真面目に礼をしてくることに驚いたと、状助は語った。

 

 が、覇王は自分に自信があると言う訳ではない。

多少ならばあるかもしれないが、全て自分が何とかできるとまでは思ってはいないのだ。

 

 状助は覇王がそう言ったのを聞いて、嘘だろ? と思った。口に出た。

普段の態度を見ていても、そうとしか思えなかったからである。

 

 しかし、覇王はそれをはっきり言った。嘘ではないと。

自分だって所詮特典がなければただの人でしかない。今回だって状助が頑張ってくれたから助かったと思っているし、だからこそ礼を言ったのだから。

 

 

「まあよぉ……、とりあえず何とか約束は守れてよかったぜってこった」

 

「そうだね、おかげでこっちも思う存分やれたよ」

 

「こっちは思う存分やられたけどなぁー!」

 

 

 それを聞いた状助は、ふっと小さく笑いながら、約束は果たせたことを喜ぶようにそれを言った。

 

 覇王もそれに対して、よくやってくれた、すごく助かったと言った。

状助の頑張りで、デュークと一対一で戦えたのだから。故に、何も考えずにただひたすらデュークを倒すことに専念できたのだから。

 

 まあ、そのおかげで状助も、かなり手酷く痛めつけられたのだ。

状助はそれを冗談交じりに叫ぶのだった。

 

 

「かなりのやられっぷりだったね」

 

「笑い事じゃあねぇぜ!」

 

「そう言う君だって笑ってるじゃないか」

 

「そりゃ当事者だから笑ってんだっつーのよぉー!」

 

 

 他人から見てもかなりズタボロになってたね、と覇王は普段のような笑みで言い出した。

自分が治療しに行った時は、もはやボロボロで動けない様子だったと。うん、瀕死だったな、と。

 

 笑いながらそう言う覇王へと、状助はそう叫んだ。

笑うところじゃない。かなり辛かったと。

 

 しかし、覇王はそう叫ぶ状助も、笑っていることを指摘した。

なんだ、辛いだ痛いだ言いながらも、そうやって笑っていられるじゃないかと。

 

 状助はそれについて、痛めつけられた本人は笑っていいんだよ! と言った。

ただ、こうして笑い事にしていられるのだから、何事も無くてよかったということだとも、状助は思っていた。

 

 

「状助!」

 

「うお!? 急になんだよ!」

 

 

 そこへアスナが急いで入ってきて、とたんに状助の名を叫び呼んだ。

試合でボコボコになった状助を、心配して駆けつけたのである。

 

 状助はそれを聞いてビクッっと体を震わせ、突然どうしたと言わんばかりの顔を見せていた。

 

 

「バカじゃないの! また無茶して!」

 

「いきなり馬鹿はねぇんじゃあねぇかあ……?」

 

 

 さらにアスナは驚いて固まっている状助へと詰め寄り、声を張り上げ何をやっているんだと叱咤しだした。

 

 状助は突然そんなことを言われ、いやいや、と戸惑いながらも反論した。

無茶をしたのは事実だが、馬鹿だ何だと言われることはしてないはず……、と。

 

 

「バカよ! 大バカよ!」

 

「いや、よく言われるけどよぉ……。そこまで言わなくてもいいだろ!?」

 

 

 しかし、アスナはさらに状助へと馬鹿を連呼した。

スタンドしか使えなかった状助が、最近気を覚えた程度で格上の相手をするからこうなるんだと。

 

 ただ、状助は言いすぎだと少し怒鳴った。

そりゃ結構馬鹿だと言われているが、流石にちょっとムカッと来たようだ。

 

 

「……まったくもう……、どうしてあんなになるまで無茶を……」

 

「ああ……、そりゃなんつーか……、男同士の約束だからよ……」

 

 

 だが、アスナはそこで怒った表情から打って変わって悲しそうな顔を見せるではないか。

状助が怒ったからではない。ボロ雑巾になった状助がすごく心配だったからだ。ゲートで状助が死にかけて以来、そのことが脳裏に過ぎってしょうがないのだ。

 

 少しイラッとしていた状助だが、アスナのそんな表情を見たら、すぐさま冷めてしまったようだ。

そして、無茶をした理由を聞かれたので、それを素直に、真面目な表情で答えたのである。

 

 そう、無茶した理由は試合前、覇王とかわした約束だった。

カゲタロウを抑えておいてくれ、そう言われたからこそ、やり遂げたに過ぎないのだと。

 

 

「はぁ……。それでも死んだら意味ないでしょ……」

 

「試合だから死にはしねぇと思うけどよ……。たぶん……」

 

 

 アスナは誇らしげにそう語る状助を見て、小さくため息をついた。

また、その約束のために死んでしまっては元も子もないと、呆れた感じで言葉にした。

 

 状助はまあ確かに、と少し思いながらも、試合だから死ぬことはないとも思った。

が、割と派手にボコボコにされたのを考えて、たぶん、と付け加え自信なさげに言っていた。

 

 

「まあ、無事だったからいいけど……」

 

「なんか心配させちまったみてぇで、悪いな……」

 

「本当に心配したんだから」

 

「いやホント、すまねぇ……」

 

 

 とりあえずアスナはようやく冷静になったようだ。

少しふて腐れた顔を見せながらも、目の前の状助が元気なのを見て安心した様子を見せた。

 

 状助もアスナへと、先ほどの試合で心配させてしまったことについて、小さく謝った。

確かにボロボロだったし、ちょっと死ぬかと思ったのも事実だったからである。

 

 すると、アスナはようやく小さな笑みを見せ、状助へとそう言葉にした。

まったくもって目の前の状助は、普段は臆病で情けない癖に、こう言う土壇場でやらかすんだから。

そんなことを考えながら、苦笑していた。

 

 いやはや、ここまで心配してくれるってのは嬉しいものだ。だからこそ、本当に申し訳なかった。

状助はそう思いながら、もう一度頭を下げた。

 

 

「でも、勝ててよかったわね、おめでとう」

 

「ほとんど覇王のおかげだがなぁー……」

 

 

 アスナは状助の謝罪を受け止め、もう気にしていないと言う様子を見せた。

そして、今度は状助の大会優勝を祝う言葉を、笑顔で述べたのである。

 

 状助はそれに対して、まったく自信がない様子で、覇王がやったと言うだけだった。

この状助、たいていのことを覇王がやってくれたと思っている。一番の強敵だったデュークも覇王が倒してくれたし、おかげで勝利できたと思っているのだ。

 

 

「何言ってるんだよ。さっきも言ったけど、君が黒いのを抑えてくれたおかげでもあるさ」

 

「ほっ……本当かよぉー……」

 

「嘘は言ってないつもりだけどね」

 

 

 しかし、覇王はそこで状助へと、先ほどと同じことを言い出した。

今回の勝利は状助の献上も含めていると。状助がカゲタロウを倒したからこそ、勝利できたのだと。

 

 だが、やはり状助は、そう言う自覚がまったくない。

覇王のその言葉をおせじか何かだと思い、嘘ではないかと聞くのだった。

 

 そんな状助へと少し呆れながらも、覇王は本当だとはっきり言った。

と言うか、そんなつまらないことに嘘をつく訳がないと、やれやれという様子で思っていた。

 

 その後、木乃香と刹那もやってきて、覇王たちを祝福する言葉を投げかけた。

気が付けばとても騒がしい感じになり、覇王はそれを見て苦笑するのであった。

 

 ……彼らはこれで50万ドラクマをゲットすることに成功した。

とりあえず、彼ら二人の目標は半分達成されたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:デューク

種族:魔人(ヴァンデル)

性別:男性?

原作知識:なし

前世:空手家

能力:ミーティアルシャイン・ミーティアルウィング

特典:冒険王ビィトの七ツ星魔人(ヴァンデル)・天空王バロンの能力

   話し相手程度の相棒

 

転生者名:ガンザ

種族:魔人(ヴァンデル)にも満たない補助頭脳

性別:男性?

原作知識:あり

前世:システムエンジニア

能力:デュークのサブ頭脳・デュークが瀕死か意識不明の時にデュークの体を支配できる

特典:手足を使わずに生活

   外敵から身を守る能力


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