ここは墓守り人の宮殿。その一つの部屋で、モニターを眺める男が一人いた。
それはアーチャー一味の仲間の一人である、コールド・アイスマンという男だった。
「何を見ているんだ」
「試合だ」
「試合……? ああ、拳闘大会の決勝戦か」
そのコールドへと、声をかけた男。その名も赤井弓雄。
自称アーチャーを名乗る転生者だ。
アーチャーはコールドが何を見ているのか、気になったようだ。
それを尋ねられたコールドは、素直に言葉にした。それは戦いであると。
が、アーチャーは何の試合かわからなかったので、モニターへと目を移し、理解した様子を見せた。
「フフフ……、すばらしい」
「何がだ」
すると、コールドが突如として、クツクツと笑いながら言葉を発し始めた。
アーチャーはちょっと不気味に思いながらも、何がどうしたと疑問を投げた。
「俺がライバルと認めた男が、すばらしいんだ」
「ほう」
コールドは当然のごとく、歪んだ笑みを見せつつ、画面から目を離さずそれを説明した。
そうだ、俺が認めたあの数多とか言うヤツが、最高の場面を見せてくれたのだ、と。
とは言え、アーチャーはコールドが何を言ってるのか、あまり理解していない。
何か面白いヤツを見つけた、程度には聞いていたが、それだけなのだ。
故に、軽く相槌を打つだけで、それ以上は言葉にしなかった。
「一度は失望させてくれたが、やはり俺が認めただけはあった!」
「あ、ああ……。そうか……」
しかし、コールドはそんなことなどお構いなしに、どんどんテンションをあげて声を大きくするではないか。
一度は失望した、とは、龍一郎にあっけなく倒された姿を見たからである。
その後復活したので、その失望を上回る期待が湧き出たようであった。
その光景にアーチャーは、正直ドン引きだった。
だから、後ろに下がって表情を引きつらせながら、相槌を打っていた。
なんというか、随分とご執心だ、としか思っていなかった。
「しかし、なるほど。
そんなアーチャーなど気にもせず、画面に釘付けとなっているコールド。
そして、数多が言っていた
「確かに、俺なんぞよりも、よほどの高みではあるな」
その数多が言っていた
それを完全に察したコールドは、その龍一郎の実力を見て、なるほどと納得した様子を見せたのである。
「次に合間見える時が、すでに楽しみになってきたぞ……、熱海数多……!!」
この戦いにて数多はさらに成長を遂げている。
次に戦う時は、この前以上となっている数多と戦えるのを、コールドは楽しみで仕方が無かった。
次はきっとさらに白熱した戦いになる。
そう考えただけで、表情が緩み笑ってしまうと、コールドは唇の端を吊り上げながら思うのだった。
「むっ……、アーニャが何故あの場所にいるんだ……」
そんなコールドにドン引きしつつも、その横でアーチャーは試合を見ていた。
すると、そこには人質にできなかった少女、アーニャの存在がいたのである。
アーチャーはアーニャの存在と居場所を確認しつつも、どうして試合に出ているのか理解できない様子を見せるのだった。
…… …… ……
拳闘大会、ジャック・ラカン杯は、かなり長く試合が行われていた。
数多と龍一郎が幾度となく衝突を繰り返し、もはや試合場は見るも無残な姿となっていた。
何分、何十分戦いが続いたのだろうか。
誰もが終わりが見えぬ戦いに、息を呑みながらも未だ冷めぬ熱意を浴びせていた。
ただ、戦っているのはもはや男二人のみ。少女二人はどちらも疲れ果て、完全に倒れこんでいた。
焔は先ほど受けた龍一郎からのダメージを引きずっていたが故に、体力の限界を超えてしまったのだ。
全力での
アーニャもまた、同じく疲労で限界を超えていた。
決定打のないアーニャは、ひたすらに氷系魔法を撃ち込みつつ、氷系魔法を纏った蹴りで接近戦を行うしかなかった。
長い試合にて徐々に魔力を消耗してきたアーニャは、魔力枯渇に陥ってしまい、最終的に意識を失ってしまったのだ。
しかし、そんな果てしなく続いている戦いも、終わらないということはないだろう。
終わらぬ試合など存在しないのだから。
「チクショウ……、まったく決着がつかねぇ!」
「はっ! テメェもタフになりやがって、すぐに終わらせてやると思ったんだがなぁッ!」
数多は長く続いた戦いに、大きな声で文句を飛ばす。
龍一郎がまったく倒せないからだ。目の前の親父が、まるで倒れる気配すら見せないからだ。
龍一郎も、数多の粘り強さに関心していた。
あの時眠らせてやったのに、起きたら耐久力が段違いに上がっていた。
すぐさまぶっ倒せると思っていたが、考えが甘かったと、龍一郎も声を大きくしていた。
「つーことはよ。お互いの最大最強の技を、ぶつけ合うしかねぇよなぁ?」
「俺もちょうど同じことを考えてたところだぜ」
このままだらだらと戦っていても、埒が明かない。
ならば、最高の決着のつけ方ってものがあるだろう。
それは簡単だ。
両者とも、最大の奥義をぶっ放し、
龍一郎がそれを提案すれば、数多も同意見だと言葉にした。
「なら、行くぜ?」
「ああ、行くぞ!」
そして、両者は目と目を合わせると、龍一郎の掛け声と共に、どちらもゆっくりと構えを取り始めた。
「”超熱血”」「”真熱血”」
数多は、先ほど見せた奥義の再来。
龍一郎は、自ら生み出した最高の奥義を。
「”衝撃”」「”剛龍”」
数多は、先ほどは届かなかった奥義を、龍一郎に届かせるため。
龍一郎は、ここまで戦い抜いた数多への、最大の賛美と褒美として。
「――――”崩壊拳”ンンンッッッ!!!!」
その奥義を、名を叫びながら。
「――――”天昇拳”ッッ!!」
両者は、それを倒すべき相手へ向けて放った。
「うおおおおおおぉぉぉぉッッ!!!!」
「おおおおおおおおおおッッ!!!!」
数多は極大の炎の渦を纏いながら、龍一郎へと接近していく。
同じく、龍一郎も炎の龍を背負いながら、最大加速で数多へと突撃していく。
「オラァッッ!!」
「キャオラッ!!!」
ズドンッ! と言う衝突音が、会場へと響き渡った。
それは両者の奥義が衝突する音だった。
すると、突如として、まるで太陽のプロミネンスが吹き荒れるほどの、すさまじい炎が会場を覆った。
それは天を焦がすほどの、莫大な炎。
誰もが炎の光で視界を遮られ、両者の姿が見えなくなるほどだった。
「どうしたぁ? この程度じゃ俺にゃ勝てねぇぜ!?」
「うぐううおおおおおおぉぉぉッッ!!!」
奥義のぶつけ合い、気合のぶつけ合いがそこにあった。
その衝突の中心は真っ赤に燃え盛り、地面はマグマのように溶解し、大きな波を立てていた。
だが、拮抗とは言えず、わずかながら数多の方が押されている状態だった。
龍一郎は押される数多へと、さらに激励を飛ばす。煽りまくる。
数多もそれを聞きながら、さらなる根性を見せるべく、大声で唸りをあげた。
「ぐうう……”激熱血”」
「……何?」
すると、数多は右腕の奥義で龍一郎の奥義を抑えつつ、左手を握り締め、新たな奥義の名を述べ始めた。
龍一郎はそれを聞いて、まさか、と言う顔を見せた。
「――――――”鳳凰……飛翼拳”……ッッッ!!!!」
「なっ!? 左手で新たな奥義だとぉッ!?」
なんと、何と言うことか、数多は左手で新たな奥義を発動し、龍一郎の奥義を超えるべく両腕でそれに抗ったのだ。
その奥義を発動すると、左腕から炎の鳥が発生し、数多を包み込んだ。
その左手を右手の隣へと突き出し、龍一郎の奥義を破らんと力を解き放った。
すさまじい炎の渦と炎の鳥が、炎の龍を打倒すべく、それを押し戻さんと力強く殺到する。
龍一郎は驚いた。
まさか、数多が一つの奥義ではなく、二つも奥義を同時に発動するなど思っていなかったからだ。
ダブル奥義など、数多が使えると思っていなかったからだ。
「クッ!? やるじゃねぇかッ!! だが、まだまだ甘かったみてぇだなぁ!!」
「おおおおおおおおおオオオオぉぉぉォォッッ!!!!!」
しかし、だがしかしだ。
これでようやく龍一郎の奥義と拮抗状態になっただけであった。
龍一郎は確かに驚いたが、この程度では自分を超えられぬと、数多へと叫んだ。
数多は叫ぶ。
はちきれんばかりの声で、強く強く叫ぶ。
目の前の親父を超えるべく、強く強く心を念じる。
このままではダメだと、次の行動を開始する。
そして、数多はなんと右腕の奥義をやめ、懐へと戻したのだ。
「ッッ……”真熱血”」
「ッ!?」
それは、新たな奥義だった。
右腕を戻したのは、新たな奥義を放つためだった。
数多はここでさらなる奥義の名を、静かに言葉にし始めたのだ。
龍一郎はそれを聞いて、再び驚いた。
奥義の三連続、その時点で驚愕すべきことだ。
が、それ以上に、この奥義の名に驚いた。
「――――――”剛龍天昇拳”んんッッッッ!!!!!」
「なっ!? にぃっ!?!?」
それは、今龍一郎が放った奥義だった。
数多はその奥義の名を言い終えると、右腕を龍一郎へ向けて突き出した。
すると、龍一郎のように、炎の龍が発生し、数多を取り巻く炎の鳥を飲み込んだ。
なんと炎の鳥を取り込んだ炎の龍は、さらなる成長を遂げ、荒れ狂う巨大な龍となって、龍一郎の炎の龍を襲ったのだ。
龍一郎はそのすさまじい炎のパワーに、たまらず声を荒げた。
まさか奥義を三つも放つとは、自分の奥義まで使えるとは。
「どおおおオオオオおおおォォォぉぉりゃああアアアアぁぁぁアアアァァァァァッッッ!!!!!」
「ぐうううおおおおおおお!? こいつ俺の奥義まで……ッッ!!?」
炎の龍と炎の龍が、どちらかをかみ殺さんと、暴れ周り渦となっていた。
まさに、龍と龍が戦っているかのごとき、すさまじい光景だった。
この奥義にて、数多の炎の方が龍一郎の炎より強くなった。
上回った。このチャンスを逃すまいと、数多は更に気合を入れて叫び声を上げ、炎を燃焼させ爆発させる。
龍一郎は自分が押されていることに気が付いた。
まさか、この自分が目の前の息子に押され始めているなどありえないと。
こんなことがありえるのかと思いながら、目を見開き大声を張り上げていた。
まさか、まさかの連続で、驚愕の連続だった。
「オオオォォヤアアァァァァジイイイイィィイィィィィッッッ!!!!!」
「うううおおおおおおぉぉぉぉッッ!!??!?!」
さらに、数多は炎の龍と一体化し、龍一郎を押し上げ天高く昇り始めた。
それはまさに炎の龍が空へと舞い上がるかのような、とても神秘的な光景であった。
誰もがその雄々しく天に昇る龍を見て、感激していた。
ラカンもネギも小太郎も、エヴァンジェリンもギガントも、その光景に驚きを隠せずにいた。
そして、龍は闘技場の天井のバリアへと衝突すると、龍一郎を圧迫し始めた。
数多はそこでさらに大声で、父親を呼び叫んだ。
喉がイカれるほどの大声で、目の前の父親を打倒せんと叫んだ。
龍一郎は背中にバリアに衝突させながら、目の前の炎の龍を受けるのに精一杯だった。
なんということだ、自分の奥義が完全に押され、危機的状況へと追いやられている。
この数多の奥義を何とか押し返すべく、龍一郎も大声で叫び右腕に力を入れる。
だが、それはかなわなかった。
龍一郎の奥義が完全に吹き飛ばされ、数多の奥義が龍一郎の体へと直撃した。
数多の炎の龍が、龍一郎の炎の龍と龍一郎へと牙を立て、飲み込んだのだ。
その直後、巨大な爆発が会場の天井を覆い尽くした。
巨大な爆発は天井のバリアを完全に砕き散らし、膨大な炎は余波となって空へと轟き天を焦がした。
また、数多が放った炎の龍は、自らの使命を果たしたかのように、天へと昇り消滅していった。
すさまじい光景だった。
誰もが何が起こっているのか、わからないほどの状況だった。
天が光り輝き、まるで太陽のようなまばゆい輝きが、観客席に降り注いだ。
そんな輝きの中を突きぬけ、まっさかさまに落下する二つの影が見えてきた。
数多と龍一郎が、天から落ちてくる様であった。
「……」
「……」
数多と龍一郎は、どちらも距離を置いて地面へと着地し、静かに立ち尽くした。
いや、驚くことに立ち尽くしているのは数多だけで、龍一郎は地面に右膝をついて数多を見上げていたのである。
両者とも無言。
観客すらも、その空気に当てられて、誰も声を出せずにいた。
そこで、その空気を破ったのは、龍一郎の方だった。
「――――クク……」
龍一郎はゆっくりと立ち上がり、再び笑い始めたのだ。
「クックックッ……」
静かに、されど愉快に、龍一郎は笑っていた。
今の戦いを、まるで楽しいゲームを終えたかのような、そんな風に愉快そうに笑っていた。
「……いやぁ、効いたぜ……、今の奥義三連発はよぉ……」
いやはや、数多のあがきはすさまじかった。
驚きの連続に、何度も心を躍らされたか。龍一郎は穏やかな声で、数多を褒めるようにそれを述べた。
「……久々に……ッ、ガフッ……実感したぜ……。――――でけぇダメージを受ける感覚をなぁ……!」
すると、龍一郎は言葉とともに口から大量の血を吐き出し、少し体をよろめかせた。
これほどまでに手傷を負ったのはいつ以来か。
龍一郎はそれを思い出しながら、口についた血を右腕で拭い去りながら、数多の方を眺めていた。
が、しかし、数多はピクリとも反応をしなかった。
龍一郎がこれほどの言葉を投げかけているというのに、立ち尽くしたまま動きもせず、声すら出さなかったのである。
「しかしよぉ、立ったまま気絶するとは、随分器用な奴だなおい……!」
何故なら、数多は三つの奥義を放ち、着地した時点で、完全に気を失っていたからだ。
流石の数多も奥義三連続は肉体的にも精神的にも耐え切れなかった。
それでも着地して二の足で立っているのは、数多が振り絞った最後の気合が見せたものだったのである。
龍一郎はそれに気が付き、聞いていないであろう数多へとその感想を苦笑しながら述べていた。
「……しょうがねぇな……」
龍一郎はその言葉の後に、はぁー、と大きくため息を吐くと、チラリと周囲を見てどうするかを決めた。
「審判」
「はい? なんでしょうか?」
そこで龍一郎は突如として、審判を呼び出したではないか。
審判の女性は驚くのを何とか堪え、気絶した数多へのカウントを取ろうかと思っていた。
そんな時に呼び止められ、なんだろうかと龍一郎へと近づいていった。
「――――負けだ」
「え?」
すると、龍一郎はなんと、一言、自ら負けを認めると言い出したではないか。
審判はそれを聞いて、聞き間違えかと思いキョトンとした顔を見せていた。
「俺の負けだ」
「えっ!? あっ!? そ、それは自ら敗北を認めるということでよろしいのでしょうか!?」
なんということだろうか。
意識を保ち立ち上がった龍一郎は、自ら敗北を認めたのだ。
一体何の冗談だろうか。審判は驚き戸惑いながらも、本当にそれでいいのか聞き返していた。
「ああ、それでかまわねぇよ」
「ほっ、本当によろしいんで!?」
龍一郎はその問いに、YESと答えた。
自分の負けで結構。その判定でよいと、静かに言葉にしたのだ。
が、審判はこの勝負、明らかに龍一郎の勝利と考えていた。
なので、もう一度、本当にそれでよいのかを尋ねたのである。
「本当の本当だ」
「わっ……わかりました」
二度目の問いにも、龍一郎はそれでよいと答えた。
何故なら、あの奥義のせめぎ合いの後に、立っていたのは数多だったからだ。
気を失いながらも二つの足を踏みしめて、しっかりと地面に立っていたのは数多だ。
龍一郎は最終的に膝をついていた。
体力的にもダメージ的にも余裕はあるが、片膝を地面につけ、立っていられなかった。
だからこそ
「龍一郎の敗北宣言により! 優勝は数多・焔コンビに決定しました!!」
審判も龍一郎の言葉に二言がないことを理解し、数多たちの勝利を高らかに宣言した。
その直後、観客席から大きな声が聞こえてきた。
誰もが両者の熾烈な戦いに感激していたためか、このような試合の幕引きだと言うのに、大声で賞賛の声を送ったのだ。
龍一郎は声援を聞きながら、ゆっくりと数多の方へと歩き出した。
そして、龍一郎が数多の前へ来ると、数多の体がぐらりと揺れ、龍一郎の肩へともたれかかったある。
「んったく……、寝るんなら倒れてからにしろや」
龍一郎は数多の体を支えると、ため息を小さく吐きながら、静かに床へと寝かせた。
まさか、この状態で立っていられるとは、大したヤツだ。そう龍一郎は思いながら、聞こえぬ数多にそれを言った。
「……随分成長しやがって。……マジでいい試合だったぜ……!」
さらに、この試合で急成長を遂げた数多へと、龍一郎は賞賛の言葉を残した。
すばらしい試合だった。自分がここまで追い込まれたのは久々だった。
今の試合を思い返しながら、龍一郎は言葉をつづる。
「だがよぉ、今度はさらに強くなって挑んで来いよな」
しかし、龍一郎はこれで満足していない。
今度は自分が完全に倒れ、動けなくなる程の勝利をおさめてくれ。
さらに強くなって完全な勝利を見せてくれ。
心の奥底から龍一郎が願うことは、それであった。
意識がない数多へと、龍一郎は最後にそれを言葉にすると、今度は焔の方へと歩み寄った。
「父……さん……」
焔もまた、完全に体力的限界を超えて、前のめりで倒れていた。
かろうじて意識がある状態だが、体が全く動かない状態だ。
当然
龍一郎が焔に近寄る音を聞いた焔は、何とか頭だけを動かし、龍一郎の方を見上げた。
「よう、大丈夫か?」
「……そうでも……ない……」
龍一郎も焔が苦しくないように、体をかがめて姿勢を低くしながら、安否を気遣った。
その龍一郎の問いに、焔は大丈夫ではないと、少し辛そうな声でゆっくりと言葉にした。
「あんだけ俺の拳を受けたんだからな。よく耐えた方だぜ」
「う……ん……」
あの時焔へ向けて放った拳は、本気の威力だった。
確かに数多へ放った攻撃よりも、回数は少ない。
それでも、その威力を受けてなお耐え切ったことを、龍一郎は賞賛し称賛たのである。
龍一郎はそれを言い終えると、焔の頭を優しく撫でた。
焔はちょっと気恥ずかしそうにしながら、小さく返事をしたのだった。
「さて、アーニャちゃんは……、こっちも寝ちまってるみてぇだな……」
そして、龍一郎は立ち上がると、自分と同じチームを組んでくれたアーニャの方を見た。
そこに見えたのは、焔と同じく前のめりに倒れ、気を失ったアーニャだった。
「よっこらっと……」
龍一郎はアーニャの方へと歩き出し、彼女を優しく静かに抱きかかえた。
その後、まだ焔に用があったのか、龍一郎は再び焔の方へと戻ってきたのだ。
「俺はこの子を医務室に運んだ後でトンズラすっからよ」
「……なっ……」
龍一郎はその次に、再び姿をくらますことを、焔へと予告しだした。
アーニャにしかるべき処置を行った後に、この場から去ると。
それを聞いた焔は、またしても姿を消すと言う龍一郎に、小さく驚いた。
こんな試合の結果にしてしまって、数多に会わなくてもよいのかと思ったからだ。
「数多の野郎に言っておいてくれ。――――
「……ッ! ああ……、伝えておく…………」
「……いい子だ」
ただ、龍一郎は小さく笑いながら、もう一言付け加えた。
それは数多への言葉だった。そして、その言葉は
焔はその言葉の意味を理解したのか、再び驚いた顔を見せた後、穏やかな表情でそれを承った。
そんな焔へと、龍一郎は優しさを感じる表情で小さく褒めた。
その後、龍一郎はアーニャを抱えたまま、その場を去っていったのだった。
…… …… ……
あの試合の後、数多たちは医務室へと運ばれた。
そこのベッドで数多は寝かされていた。
また、アーニャもその近くのベッドで、ぐっすりと眠っており、その傍にはネギの姿もあった。
「う……、ここは……?」
あれから数時間ベッドで寝かされていた数多が、ようやく意識を取り戻した。
ゆっくりと目を開け、まばゆい光を瞳で認識し、今いる場所を確認する。
「……俺は親父に奥義を三連続でぶっ放して…………、それから…………」
次に数多は、ゆっくり上半身を起こし、現状を把握した。
自分はどうなったんだったか。奥義を三度使ったのは記憶している。
その後親父を何とか圧倒したも覚えている。だが、その後のことがよく思い出せなかった。
「そっ、そういや試合はどうなった!?」
そして、最も気になることこそ、試合の結果だ。
あの後どうなったのか、数多は気になって慌てた態度を見せていた。
「優勝したのは、私たちだ」
「焔!?」
すると、ベッドの端っこに座りながら、顔をこちらに向ける焔が、その結果をはっきり言葉にした。
数多は突然声がしたので少し驚き、そちらへ顔を向け、それが焔だと理解して表情を緩ませた。
「優勝って、俺が親父を倒したのか!?」
「……いや、父さんはまだ動いていた」
「じゃあ何で俺らが優勝なんだよ!?」
が、再び数多は混乱し、困惑を示した。
優勝、ということは、自分が龍一郎を倒したということになるはずだ。
それを確認すべく焔へと、再び荒げた声で聞き返したのである。
焔はゆっくりと、その事実を述べた。
あの奥義同士のせめぎ合いの後、どうなったかを焔は見ていた。
数多は龍一郎を倒しきれず、龍一郎は当然のごとく歩いていたのを言葉にしたのである。
では、何故自分たちが優勝しているのか。
数多はさらに理解が及ばず混乱を見せた。
龍一郎が動けるならば、優勝は当然親父の方なはずだからだ。
「それは…………、父さんが自ら敗北を認めたからだ」
「な……ッ!! なんでだッ!?」
どうして自分たちが勝ったのか。
その理由を焔は、数多へとはっきり言った。
それを聞いた数多は、驚きながら大きな声で疑問を叫んだ。
まるで意味がわからなかったからだ。
「それは多分…………
「
すると焔はさらに言葉を続けた。
その数多の”何故”と言う疑問を解消すべく、その言葉を数多へと伝えた。
その言葉を聞いて、数多はぴたりと動きを止めた。
そして、焔へともう一度、聞き間違えはないか、聞き返したのである。
「父さんが私に託した、兄さんへの送り言葉だ」
「
その言葉こそ、焔が数多へと伝えるように頼まれたものだった。
焔はそのことを数多へ伝えると、数多は静かにその言葉の真意を考え始めた。
「ふぅ……」
先ほどの興奮していた状態からは打って変わって、完全に頭を冷やし、冷静となった数多。
小さくため息をついた数多は、龍一郎が何を言いたいのかを、理解した様子だった。
「……わかったぜ親父……」
あの龍一郎が納得し、認めたということだ。
だからこそ、今回は勝ちを譲ったのだろうと。
そのことを考え、数多は天井を見上げてぽつりと言葉を漏らした。
「今回はまあ、……こんなチンケな勝ちでも、勝ちってことで貰っておくぜ」
数多も合格の言葉で、今回の勝利に納得した。
親父がそれでいいとしたのなら、ありがたく勝ちを頂いておくとした。
「だがよ、次は実力だけで、勝ちを奪ってやるからな……!!」
だが、
それでも
その決意を胸にしまいこみ、右腕を天井へと掲げ、不敵に笑って見せたのであった。
「おっと、……とりあえず勝ったんだから賞金をあいつらに渡さねぇと」
「……と言うか、体は大丈夫なのか?」
さて、完全勝利と言う訳ではないが、勝利したのだから、賞金は手に入るだろう。
それを覇王と状助に渡しに行かなければと、数多は体を動かした。
そこへ焔は数多の体を気遣う言葉をかけた。
先ほどの試合で、龍一郎からボコボコに殴られていたのだから、もう少し休んでもよいのでは、と思ったようだ。
「寝たらだいぶ良くはなったみてぇだ」
「そうか」
数多もふとそれを思ったのか、両腕を回したり手を握ったり開いたりを繰り返した。
とりあえず痛みは多少あるが、動くことに支障はないことを確認した数多は、問題ないと焔へ告げた。
焔も数多の態度を見て、納得した顔を見せたのだった。
「むしろ、そっちこそ大丈夫なのかよ」
「私も、少し休んだから平気だ」
だが、次に数多が逆に、焔の体を心配した。
少しの時間かもしれないが、あの親父と戦ったのだ。
まだ体が痛むのではないかと考えたのだ。
それに対して焔も、自分も問題ないと言うではないか。
焔も数多が寝ている間に、しっかり休んでいた。
なので、問題はないと言葉にしたのだ。
「そっか。んじゃ、あいつらんところに賞金持って行くか!」
「うむ」
ならば、早速賞金を受け取りに行こう。
数多はベッドから下りて立ち上がり、焔へと声を掛けて歩き出した。
歩き出した数多を追うように焔もベッドから降り、小さく返事を返して数多へと駆け寄っていった。
そして、彼らが外へ出たところでアーニャも目を覚まし、心配するネギの表情を見て顔を赤らめるのであった。
…… …… ……
数多たちは賞金を受け取った後、状助たちを探した。
そして、闘技場の一つの部屋で待機していた状助たちをようやく見つけると、二人の方へと駆け寄っていった。
「よう、お前ら!」
「どうも」
「どうもっす」
「お疲れ様です、熱海先輩。妹さん」
ようやく見つかったと言う様子で、数多は大声で二人を呼んだ。
その横の焔も、二人を見てとっさに挨拶を述べた。
状助も数多たちを確認した後、小さく頭を下げて返事をしていた。
また、覇王は勝利した二人へと、労いの言葉をかけたのである。
「ほら、
「ありがとうございます、熱海先輩」
「ありがとうございますッ!!」
「礼はいらねぇよ。約束だからな」
挨拶が終わると、数多はすっと50万ドラクマが入った布袋を取り出し、覇王へと手渡した。
いやはや、なんとか約束が果たせた。よかったよかった、そんなことを考えながら、二人に話しかけていた。
覇王はそれをゆっくり受け取ると、その場で頭をしっかり下げて礼を言葉にした。
状助も続いて頭を下げ、同じく礼を言うのだった。
がっつり頭を下げて礼をする二人に、数多はそれは不要と述べた。
何せ勝手に約束したのは自分だし、その約束を果たしたに過ぎないと思っているからだ。
「そして、優勝おめでとうございます」
「おめでとうっス!!」
「お、おう……。サンキュー……」
と、そこで覇王は賞金を持ってきた数多へと、大会優勝に対しての祝いの言葉を述べた。
状助もそれを聞いて、とっさに頭を下げて、そのことを祝った。
が、完全勝利ができなかった数多は、それに対して曖昧な態度を見せ、少し覇気の無い声でその礼を述べるのだった。
「とりあえず集まったっすねぇ。目標の100万ドラクマ」
「一時はどうなること思ったけど、何とかなってよかったよ」
状助は今回のことがうまく行ったことを、大変喜んだ様子であった。
”原作知識”を使った作戦だったが、すでに”原作”とはかけ離れている。
うまく行くかどうかは、状助もわからなかったからである。
いやー、すごいなあ。本当に100万ドラクマが集まるなんて。
覇王はそうしみじみ思いながら、これで一つ肩の荷が下りると安堵していた。
「まっ、とりあえず俺のスタンドで、お二人を治療させて頂きますッ!」
「おっあの不思議な力か!」
「目にも見えぬ謎の力だな……」
そこで状助は先ほど戦っていた数多たちへと、クレイジー・ダイヤモンドの腕を伸ばした。
二人は軽い手当て程度しかされてないのを見た状助は、とっさに傷を治そうと考えたのだ。
数多も状助の能力は何度か見ていたので、例の力のことを思い出していた。
まったく目に見えずに、物体や傷を一瞬で修復する状助の能力は、すさまじいが便利なものだと思っていた。
焔も状助の能力を見たことがあった。
なんと言うことか、魔法や気とは違う得体の知れない力だ。
故に、いつもながらよくわからないものだと、言葉を漏らすのだった。
「すげぇなあ! いやあ痛みも怪我も吹っ飛んだぜ! ありがとうよ!」
「ありがとう」
「別にいいっすよ! 約束果たしてもらったわけだしよー」
なんということだろうか。傷が突如として癒えたではないか。
数多はそれを見て状助へと礼を、笑顔で叫ぶかのように言った。
ただ、すさまじいダメージだったのか、完全に傷が癒えるまで数十秒かかっているのだが。
焔も治療してもらったので、状助へと小さくお辞儀して感謝を述べた。
その二人から感謝をもらった状助は、照れくさそうにしながら、気にしなくてよいと言うではないか。
大会で優勝し、賞金を貰って来てくれたことの方が、明らかに感謝してもしきれないことだと思っているからだ。
「では、僕らは友人のところへ行って、開放してきます」
「んじゃ!」
「おう、行って来い!」
二人の傷が癒えたのを見た覇王は、早速三郎の奴隷解放を行うと話し、移動を始めた。
状助もそれにつられて歩き出しながら、最後に数多たちへと腕を挙げて別れの台詞を残した。
数多はそれを見送り、笑って二人へ声をかけた。
「まあ、とりあえず、何とかなってよかったぜ」
「そうだな……」
状助たちの姿が見えなくなったところで、約束を果たせたことに、安堵して気が抜けた態度を見せる数多。
彼らの友人が無事に助かってよかったと、心からそう思っていた。
焔も同じように少し疲れた様子で、数多の言葉に同意していた。
「数多と焔はここかな?」
そこへ、二人を探して会いに来たものがやってきた。
それはあのギガントだった。
「ギガントのおっちゃん! 久しぶり!」
「ど、どうもお久しぶりです」
数多はギガントの姿を見て、元気よく挨拶をした。
焔はギガントの姿に恐縮してしまい、小さな声で戸惑いながら挨拶を述べていた。
「どうしてここに?」
「優勝祝いついでに、治療をしに来たのだよ」
そして、数多はギガントがこんな場所に現れたことに疑問を感じ、それを聞いた。
その問いにギガントは、平然とした態度で答えを述べた。
勝利、と呼べるような勝ち方ではなかったにせよ、あの龍一郎を認めさせて勝利したことには違いないだろう。
その勝利を祝いの言葉をかけるだけでなく、決勝戦での傷を癒そうと考え、ギガントは足を運んだのである。
「サンキューおっちゃん!」
「ありがとうございます」
「気にするな。治療こそがワシの役目。怪我人がいたら治療しに来るのは当然のことだ」
数多はそんなことのために、こんな場所にやってきてくれたギガントへと、とっさに礼を言葉にした。
焔も同じように感謝し、ペコリと頭を下げていた。
ただ、ギガントはそれを当然と思っているからやって来たに過ぎない。
なので、礼は不要だと言いながら、ゆっくりと二人へと近寄ったのである。
「だけどおっちゃん。すげー申し訳ねぇんだけど、すでに治して貰っちまってんだ」
「ほう?」
しかし、数多たちはすでに状助から治療を受けた後であった。
故に、すでに治療が終わっていることを、申し訳ないと言う感じで数多はギガントへと言った。
ギガントはそれを聞いて、一言不思議そうな声を出すだけであった。
「俺の後輩の一人が、何かすげー能力で治してくれたんだ」
「なるほど」
数多はさらに説明を続けた。
状助の能力はすごいものだったと。その謎の力で簡単に傷を癒してくれたと。
それを聞いたギガントは、腕を組みながら納得した様子を見せていた。
そのすごい力となれば、メトゥーナトが報告に挙げていた、先ほどすれ違った例の男子なのだろうと。
「それなら、いらぬお世話だったようだな」
「いえ、そのようなことは決して!」
「そうだぜー! 気を使ってくれてむしろ感謝しかねぇぜ!」
「ふっ、そうか」
ならば、自分の役目はもうないだろうと、ギガントは小さく笑ってそう言った。
それでもここまで足を運んでくれたことに対して、焔も数多も感謝していた。
二人はギガントへと、気を使ってくれたことへの感謝を述べると、ギガントも再び微笑をこぼした。
「遅くなったが、二人とも優勝おめでとう」
「あっ……、ありがとうございます……!」
そこでギガントは、ここへ来た目的のもう一つを、言葉にした。
先ほどの大会での優勝、それを祝うためにもここに来たのだから。
焔はその祝辞の言葉に感激し、深々と頭を下げて丁寧にお礼を述べた。
「いやー、何か勝ったって実感はねぇんだけどさー……」
「そうであれ、勝利には違いあるまい。あの龍一郎があのようなことをしたのだからな」
「確かにな……。まっ、次は完全な勝利をするだけだぜ!」
「うむ、それでよい」
ただ、数多は今回の試合、勝ったというような気分ではなかった。
焔から一連の流れを聞いて納得はしたものの、やはり完全勝利ではないことを気にしていた。
とは言え、あの龍一郎が自ら負けを宣言するほどのことはあるだろう。
龍一郎が数多の実力に納得し、満足したからこそ、あの場で負けを認めたのだろうから。
ギガントはあれは間違いなく、数多の勝利であったと考え、それを数多へと話した。
数多はギガントの言葉を聞いて、その考えに納得行くものを感じていた。
あの親父が自ら負けを宣言するなど、普通ならありえない。
負けを認めさせるだけのことは、やれたのだろうと。
が、それとは別で、やはり完全な勝利を数多は手にしたかった。
だからこそ、次は必ず親父を打ち負かすことを、ここに宣言するのである。
数多の強気で決意に溢れた宣言を聞き、ギガントは優しい笑みを見せながら、それを肯定した。
そうだ、今回悔いが残ったのなら、次にまた頑張ればよい。次があるのだから、そこで頑張ればよいのだから。
「そういや、親父はどこ行ったか知ってっか?」
「さてな。それはワシにもわからん」
それはさておき、親父である龍一郎がどこかへと姿を消した。
焔からそれを聞いていた数多は、はてどこへ行ったのかと考えていたりもした。
なので、それを知っていそうなギガントへ、数多はそのことを尋ねたのだ。
しかし、そこで返ってきた言葉は、知らないの一言だった。
ギガントも龍一郎が今どこにいるか、わからないと言うではないか。
「ただ、そろそろヤツも皇帝陛下からの指示で、再び行動を開始するはずだ」
「そーなんか」
だが、龍一郎も休暇が終わり、再び皇帝から仕事を得て動き出す時でもあった。
その任務についてギガントは語ることはなかったが、任務が始まることだけを数多へと伝えた。
数多もギガントの話を聞いて、なるほど、と思いながら、次に親父にあった時のことを考えるのだった。
「それなら、ワシは失礼する。何かあれば言って来るといい」
「おう!」
「はい!」
もう特に用事はないと考えたギガントは、この場を去ることにした。
何せギガントもアルカディア帝国の代表として、ここへやってきている。
それなりに外交などの仕事があるので、今後の予定もギッシリなのである。
ギガントはそこで別れの言葉を述べ、問題があったら相談することを最後に言い残した。
数多も焔もそれに対して大きく返事を返し、それを聞いたギガントはにこやかに笑いながら、立ち去っていったのだった。
…… …… ……
状助と覇王は賞金を全部使い、三郎の奴隷の解放を行った。
その賞金100万ドラクマと引き換えに、三郎の奴隷の首輪の鍵を受け取ると、すぐさま三郎のいる場所へとやってきたのである。
「おーい! 三郎!」
「お待たせ」
「状助君! 覇王君!」
三郎を見つけた状助は、大きな声でその本人を呼んだ。
覇王もさわやかな笑顔で三郎へと声をかけていた。
その二人が現れたのを見て、三郎も彼らの名を呼び喜んだ様子を見せていた。
「もうすぐ奴隷じゃあなくなるぜ!」
「いやー、本当に何とかなってよかったよ」
「本当にありがとう。それしか言葉がない……」
状助は三郎の奴隷の解放が終わることを笑いながら告げ、覇王も安堵した顔を見せていた。
その二人の行いに、三郎は感謝感激感動しかできず、ただただ感謝の念を言葉にすることしかできないでいた。
「俺たちは何度も聞いたからよ、後で熱海先輩にも言うといいぜ」
「うん、そうする」
状助はその礼を何度も聞いている。
なので、自分たちと同じように、いや、それ以上に頑張ったであろう数多にも、礼を言った方がいいと言葉にした。
三郎も確かにそうだと思い、後でしっかり礼をしようと心がけた。
「では、早速彼女に外してもらうか」
「――――え?」
まあ、それはそうとして、さっさと本題に入ろう。
覇王はそう考えると、即座に行動に移った。
ただ、覇王から発せられた言葉は、かなり意外なものだった。
なんと覇王は
つまり、自分たち以外の人が、三郎の首輪を外すということだ。
三郎はそれを聞いて、ポカンとした顔を見せた。
そして、覇王と状助が道を開けるように左右に移動すると、そこには一人の少女の姿があった。
それはあの和泉亜子だった。
状助と覇王は、彼女に三郎の首輪を取らせる為に、ここにつれてきたのである。
「あ、あの……、ホンマにウチがやってええんですか?」
「むしろ君がやった方が三郎も喜ぶと思うけど?」
とは言え、突然つれてこられて、突然首輪の鍵を渡された亜子は、少し困惑した様子だった。
と言うか、彼らが頑張ったおかげで三郎の首輪が外せるなら、自分ではなく彼らがそれを行うに相応しいと亜子は思っていたのである。
故に、亜子が自分が三郎の首輪を外していいかを覇王に聞けば、逆に何でやらないの? と言う感じで覇王が答えを返した。
首輪を外すときに顔が近くに来るんだから、友人とは言え野郎がやるより、彼女である亜子がやった方が三郎も喜ぶじゃん、と覇王は思っていたのである。
「せやけど、ウチ迷惑かけてばっかりで、何もしてへんし……」
「気にしすぎっすよー」
しかしだ。亜子は何もやってない、と思っている。むしろ邪魔ばかりしていたとさえ思っていた。
実際は闘技場で支給などのアルバイトをやったりと、それなりにお金を稼いでくれたりもしたし、そんなことはないのだが。
それでも三郎の借金を全部チャラにしたのは覇王たちであり、自分ではないので、何もしてないと思っているのだ。
その亜子の嘆きに、状助は反応した。
そんなことはないし誰も気にしてないし、そこまで真剣に考えることじゃないと、状助は言うのだった。
「それに、三郎さんがそうなったんも、全部ウチが悪い訳で……」
「だからこそだよ。君がそうさせたなら、最後に君の手で開放してあげるんだ」
ただ、それ以外にも亜子が悩む部分があった。
それは元々自分が謎の病気で熱を出したことから、三郎が奴隷になってしまったと言うのがある。
全部自分が原因で、彼らの頑張りを横取りするようなことをしてもよいのかと、そう悩んでいたのだ。
そこで覇王は、彼女を説得するかのように声をかけた。
それに終止符を打つのも、原因を作った彼女の役ではないかと、覇王は言い出したではないか。
が、ぶっちゃけ覇王は適当なことを言って、彼女を丸め込もうとしているだけである。
ただ首輪を外すだけのことを、大げさに構えてはいない覇王は、亜子に三郎の首輪を外してもらいたいだけなのだ。
「ちょっと待って! 二人ともどういうこと!?」
「どうもこうもねぇって。最後の最後、シメの部分を彼女にやってもらうだけだぜ」
「だっ、だけど急になんで!?」
突然亜子が出てきたのを見てポカンとしたままだった三郎が、再起動したかのように大声で慌てだした。
何故亜子がここで出てくるのか。
何故彼女が自分の首輪を外す役目をさせられようとしているのか。
それがわからず状助へと動揺しながら聞いたのだ。
その問いに対して状助は、特に何かを気にする様子もなく、単純な理由を三郎へと話した。
だが、三郎はその答えに納得がないようで、もう一度何故、と聞き返した。
「それは今僕が言ったとおりだよ」
「おめーも頑張ったんだからよぉ、こんぐらいの役得があってもいいんじゃあねぇか?」
「そ、そんなことは!」
そこへ覇王は、先ほど亜子に言ったことが理由だと、三郎へと言葉にした。
状助も覇王の言葉に続いて、さらに理由を口にしたのである。
そもそも、二人は亜子に首輪を外させることが、三郎のご褒美になると思った。
彼女たちのために自らを犠牲にし、一人だけ奴隷となって、その仕事を必死に頑張ってきた。
それ以外にも、目の前の彼女を守りたいと考え、奴隷として忙しい中、気の練習も行ってきた。
そんな三郎にも、何か褒美があってもいいのではないか、と状助も覇王も思った。
故に、ならば三郎の彼女である亜子に、最後の首輪を外してもらおうと、この計画を実行したのだ。
「二人とも気にしすぎだよ。この程度なんてことないだろ?」
「まっ、そういうことだからよ。俺たちは外で待ってるぜ」
「えっ!? ちょっと状助君!? 覇王君!?」
なんというか、亜子も三郎も深く考えすぎだ。
ただ単に首輪の前側についている錠前に、鍵を差し込んで外すだけの作業じゃないか。
覇王は思ったことを言葉に出すと、状助もさっさと部屋の外へと足を運び出したではないか。
覇王と状助が部屋から出て行くのを、三郎は慌てて声をかけて静止しようとした。
しかし、時すでに遅し。二人は部屋の扉を閉めた後で、すでに部屋から出てってしまった後だったのだ。
「……二人とも……」
二人が出てってしまった後に、三郎は一言つぶやいた。
あの二人が何を考えているのか、大体察していた。
100万ドラクマを稼いでくれただけでなく、ここまで気を使ってくれるとは。
本当にいい友人にめぐり合えたと、三郎は感謝と感激を胸の中で何度もささやいていた。
「あのっ、三郎さん」
「なっ、何だい?」
そこへ亜子は、少し不安な様子で三郎の名を呼んだ。
三郎は突然呼ばれたことでビクッと反応し、とっさに亜子の方へと向きなおした。
「首輪、……外してもええ?」
「あ、ああ……、どうぞ」
もはや観念したと言うか、覚悟を決めたと言うか、二人の気持ちを汲んだ亜子は、三郎の首輪を外そうと思ったのだ。
それを亜子が言うと、三郎も二人の気遣いなのだから、気にしすぎては申し訳ないと思い、それを許したのである。
「じゃあ、失礼します」
「……」
亜子はならばと、そっと三郎の首輪に手をかけた。
そして、状助から渡された鍵を、そっと小さな錠前に差し込んだのである。
三郎はその光景を、静かに見守っていた。
亜子の顔がとても近くにあり、彼女の息遣いが感じられた。鼻をなでるような、彼女のほのかないい香りも感じられ、三郎少しドキドキした。
それは亜子も同じであり、三郎の首輪に視線が集中していると言うのに、なんだか鼓動がやけに早いのを感じていた。
こんなに近くで三郎を感じることは滅多になかった。と言うかなかった。キスだってまだしたことがなかった。
なので、こんなに近くまで寄るのは初めての体験で、二人はなんだかとっても気恥ずかしくなっていたのだ。
二人以外誰もいない空間、音も無く静かな部屋。
そこへ錠前の鍵が開いたのか、おだやかな光が発せられた。
すると、首輪が三郎の首からはずれ、ぽとりと地面へと落ちたのである。
その後二人は顔を赤くしながら、言葉もなく静かに見つめ合っていた。
話したいことは色々ある。されど、中々言葉が出てこない。
どうしたらいいのだろうか。
そんな雰囲気の中、無言のまま数秒間見つめあった後、困った様子でうつむく二人であった。
…… …… ……
部屋の中の二人がよろしくやってるだろうと思いながら、その外で覇王と状助が語らっていた。
「いやあ、何とかなってよかったぜ」
「そうだね。僕もわりとほっとしているよ」
状助は三郎の奴隷解放に必要だった賞金100万ドラクマを、しっかり集められたことに胸をなでおろしていた。
覇王も同じく三郎を助けられたことに安堵した様子だった。
「しかしよぉ、ここからが本番だぜ……」
「確かに、これからの方が大変かもしれないね」
しかし、状助はむしろこれからが本当の戦いであることを
それ以上に、
覇王も原作知識なんてほとんど覚えていないが、転生者が攻撃してくると言う状況なのは間違いないと考えていた。
「転生者もいっぱいだしよ、かなりきついぜぇ……。きっとよぉー……」
「あの竜の騎士やそれ以外にも、強大な転生者があっちにいるとなると、気は抜けないか」
また、敵の数は未知数だ。
どういう理由で完全なる世界に入ったのかはわからないが、とにかく数が多いのだ。
それだけではない。数多くの転生者は雑兵にも満たないが、中には竜の騎士の転生者、バロンなどの規格外の強さを持った転生者も敵対しているのだ。
それを相手にするのだから、はっきり言って余裕はないと、状助も覇王も悩んでいた。
「まあ、とりあえず三郎の奴隷解放を祝おうか」
「そうだな! 先のことよりとりあえず、今のことだぜ!」
ただ、そんなことを考える前に、今は三郎のことを喜ぼう。
覇王はそう言うと、先ほど見せた渋い顔から、にこやかな表情へと変えた。
状助も覇王の言葉に同意し、表情を緩ませたのであった。