突然のクルト・ゲーデルの訪問に、誰もが驚きを隠せなかった。
何故こんなところへ、メガロメセンブリア元老院議員であり、この
また、クルトの目的はネギとカギに会う事であった。そのために色々と情報を入手し、この場所にネギとカギらしき少年がいることを突き止めて、わざわざ足を運んだのだ。
「なんだぁテメェ? やんのかぁ!?」
「ちょっと兄さん!? 何でいきなり喧嘩腰なの!?」
しかし、カギは目の前の胡散臭い
この男は胡散臭いことを知っている。この男の事情を知っている。この男の目的を知っている。かなり面倒なヤツだと知っている。
だからカギは、かなり不機嫌そうな、むしろ怒りを見せるような態度で声を上げ始めた。
相手が礼儀正しく出てきているというのに、カギはその態度こそ気に入らないと言う様子を見せたのだ。
しかしネギは逆に、突然目の前までやってきた男の人へと、威嚇しだしたカギに困惑した。
ネギはこのクルトの顔を見るのは当然初めてであり、礼儀よくお辞儀する人を邪険にするカギの姿に驚いていたのだ。
それ以外にも、夕映もカギの変貌した態度に、少し驚いた顔をしていた。
まるで敵に出会ったような感じであり、そんな態度のカギを見て、どうしたのだろうかと思ったのである。
「いえいえ、私は決してそのようなことを、しに来た訳ではありません」
「じゃあ何だよ!?」
クルトはニコニコとした表情を崩さず、カギの威嚇めいた質問を丁寧に答えた。
とは言え、クルト自身まだ何も言ってないというのに、ここまで威嚇されていることに、若干疑問を感じているのだが。
何せ”原作”とはそこそこかけ離れた状態であり、このクルトも当然”原作”ほど面倒くさい性格はしていなかった。とは言え、政治家をやっているのには変わりが無いので、胡散臭い部分はまったく差異がない。そのおかげでカギに睨みつけられている訳でもあるのだが。
そんなクルトへと、カギはさらに不機嫌さを増し増しの声を上げていた。
”原作”にていちゃもんみたいな喧嘩の売り方をしてきたクルトを、カギはまったく信用していないのである。
「総督府にて開かれる舞踏会、それにご招待するために、態々こちらへ足を運んだ次第です」
「は? 何で?」
だが、乱暴な物言いのカギの問いにも、クルトは真摯な態度で答えた。
それはネギたちを総督府の舞踏会に招待する為だと、やはりニコニコとした顔で言ったのだ。また、その手には手紙が握られており、その言葉に嘘がないことも見て取れた。
とは言え、カギはそこもまったく理解できなかった。
確かに”原作”でも、その舞踏会に招待される。ただ、こんな直接的な招き方などしてこなかったからだ。故に、さらに裏があるのではないかと勘ぐり、再び何で? と聞き返したのである。
「何故、と申されましても、それはご来場なされてからのお楽しみということで……」
「何が目的だっつーんだよ!」
「兄さん!」
しかし、クルトは今度のカギの問いには答えなかった。
この舞踏会に参加してくれればそれはわかる、と言葉を濁したのだ。
そこに対してカギは声を荒げて問い詰めた。
一体何を考えてるのかまったくわからない。何がしたいのかわからないと、カギはさらに警戒したのだ。
そんなカギに対して、流石に失礼だと声を大きくするネギ。
ネギはクルトのことなど当然知らないので初対面の人間だ。それにカギの心情もわからないので、単純に無礼すぎると思ったのである。
「目的、ですか……」
ただ、目的、とカギに言われたクルトは、ふむ、と考えるように腕を組み始めた。
目の前のカギは何を怒っているのかわからないが、警戒していることはなんとなく理解できた。なので、それを言えば多少警戒心を抑えてくれるかもしれない、とクルトは考えた。
「それは……」
クルトはそれを言おうとしたところで、突然の邪魔が現れた。
いや、邪魔をする気があったのかはわからないが、とにかく話しを区切られてしまったのだ。
「ほう、新オスティアの総監が、こんなところで油を売る時間があるのですかね?」
「む……!?」
その男は黒一色であった。
黒いスーツを着込み、薄黒いサングラスをしていた。髪の毛は紫色をしており、オールバックの髪型がきまっていた。
そして、何よりもその表情が、他人を見下し小馬鹿にしているという感じがにじみ出ていた。
それは言葉にも表れており、目の前のクルトへ皮肉交じりの冗談を、嘲笑しながら投げかけていた。
クルトは突然声をかけられ、ふとそちらへ視線を向けた。
クルトとてこんなことを言ってくる連中はごまんと見て来たが、ここまで下に見てくるやつは一人しかいないと考えた。
「羨ましい限りです。そのような暇があるというのは」
「ナッシュ・ハーネス元老院議員、ですか……」
その男はクルトの顔を見て、さらに煽り立てた。
羨ましいな暇そうで。まるで本心からそう言ってるかのように、自分は忙しいかのように、この男は言い放った。
そこでクルトはその男の名を、内心警戒心を最大にしながら、表情はにこやかなまま言葉にした。
なんと、その男こそ、あのナッシュであった。カズヤに喧嘩を吹っかけ、何やら企んでいる男、ナッシュ・ハーネスであった。
「なっ!? 何!? 野郎が!!?」
「あの人は!? まさか!?」
その名を聞いたカギは、クルトなどどうでもよくなったかのように、ナッシュへと驚愕の表情を向けた。
ネギも学園祭の武道会にて、自分の生徒に行った残虐ファイトを見ている。だからこそ、その正体を聞いてかなり驚いた顔をしていた。
また、彼らだけではなく、少女たちにも緊張が走った。
誰もがナッシュの姿を見て、または正体を知って驚き戸惑っていたのである。
「あなたこそ、このような場所へ何をしに?」
「私はただ散歩をしていただけですよ。何せ、終戦記念の祝祭ですからね」
ナッシュの挑発など気にせず、クルトもナッシュへと胡散臭い笑みのまま質問を飛ばした。
するとナッシュはその問いに、ただの散歩だと嘘くさい様子で答えるではないか。
いやー愚問としか言いようがない。何せ今は終戦記念、このような喜ぶべき祝いの日に出歩いて何が悪いのか、と言う様子だった。
「そのような部下を二人も引き連れて、ですか……」
「部下の一人や二人ぐらい、問題などないはずですがねぇ?」
が、クルトはそのナッシュの答えを聞いて、目を細めてさらに問いを投げた。
ナッシュは当然一人でいる訳ではない。
その後ろには得体の知れない部下が二人、少し距離を置いた場所で待機しているではないか。
片方は引きつった笑みのまま表情が固まった変な男であり、もう片方は全身黒尽くめの鎧で身を固め、まったく顔が見えないのだ。
そのようなおぞましい部下を引き連れてくるなど、この祝祭に相応しくない、と言う様子でクルトはその問いを言葉にしたのだ。
そんなクルトの様子などお構いなしに、何か問題でも? と腹が立つ感じの笑顔でナッシュは堂々と答えた。
というか、まともな部下や護衛もつけづに、こんなところにノコノコやって来ているそちらの方が気が知れない、と言うような態度だった。
「ああ、あなたが何かをしようと、最終的に全ての実権を握るのは私になりますので」
「何を……?」
ナッシュはそこで突然、クルトへと自分の野望を言葉にし始めた。
クルトはナッシュの突然の言葉に、意味がわからないと言う様子を見せていた。
「そう、この世界を救い、その全てを総べることになるものこそ、この私、ナッシュ・ハーネスであることを、お忘れなくぅ」
「……そうなればよろしいですね」
「はい、いずれはそうなります。私がさせます。実現させます」
このナッシュの野望、それは”魔法世界の救済”のようであった。
いや、そのように語っているだけであり、本当にそう考えているかは謎である。だが、それは過程でしかないようで、最終的にはメガロメセンブリア、ひいてはこの世界全ての頂点に立つことこそ、ナッシュの野望であった。
そんなことを突然話されたクルトは、皮肉を言うだけだった。
この男の野望はわからないが、簡単にこの世界を救えるはずがない、と考えたからだ。むしろ、この男に世界を救える訳がない、と考えたのである。
しかし、ナッシュの自信は絶大だったようで、必ず成し遂げると宣言するではないか。
まるで自分の計画が確実に成功すると言うような、そんな言葉であった。
「そして、ん……? そちらのお二方は……? ああ、なるほどぉ……」
「……!」
ナッシュはさらに言葉を続けようとした時、その視界にネギとカギが映った。
違う、ようやくナッシュは彼らを認識できた、というのが正しかった。
ネギたちは認識阻害の指輪により正体が隠れていた。
そのおかげなのか、ナッシュがネギたちを認識するのに時間がかかったのである。
ナッシュはそのことを把握したようで、なるほど、と小さく言葉にしていた。
認識阻害か、指輪か何かがその効力を発揮しているのか、そうナッシュは察したのだ。
ネギはナッシュに気がつかれ、少し驚いた顔を見せた。
また、自分たちが賞金首であることを考え、捕まえに来るのではないか、と構えたのである。
「……ハーネス元老院議員、我々に彼らを逮捕する権利はありませんが……」
「えぇ、別にそのような野暮なことなどする気にもなりませんよ」
ナッシュがネギたちに気がついたのを理解し、すかさずフォローを入れるクルト。
ナッシュはクルトにそう言われたが、特に行動するつもりはないと、ニヤついた表情で言葉にした。
言葉にしただけで、心の中では何を考えているかわからないのだが。
「しかし、このお二方が、あの噂の20年前の英雄の……」
「!」
そこでナッシュはネギとカギへと、声をかけた。
目の前のこの二人が、20年前に英雄と言われた、あのナギ・スプリングフィールドの子供なのか、と。
「いやはや、このような小さな子を残して消えてしまったものが、果たして英雄と呼べるのかどうか……」
「なっ、何が言いたいんですか……!?」
すると、ナッシュは二人を突如哀れむような表情を見せ、まるで彼らの父親を馬鹿にするかのような発言をしだしたのである。
ネギはそのナッシュの言葉に、大きく反応を見せた。
この目の前の男は、何の事情も知らない癖に、自分の家族の間に土足で踏み入ってきたのだ。それは許しがたい行いだった。ネギとしては聞き捨てならない言葉だった。
「いえ、親と言う観点からすれば、むしろ畜生にも劣る、と個人的に思っただけですよ?」
「ッ!!」
ネギの怒気が含んだ発言を聞いて、心の奥底からほくそ笑みながらも、表情は哀れんだまま、さらにナッシュは言葉を続けた。それはまさに、挑発の一言だった。しかしながら、客観的に見ればそう言われてもおかしくないものでもあった。
とは言え、言い方というものがある。言葉を選んで発言すべき事柄である。これは確かにネギへの挑発だった。
ネギはナッシュの今の言葉に、ビクッと体を震えさせた。
この男は完全に挑発しているのは明らかだ。されど、肉親を、憧れの父親を”畜生にも劣る”など言われれば、誰が我慢できようか。それでもネギはグッと堪えた。怒りを爆発させ、魔力を暴走させることを必死に押さえ、我慢して見せた。
「いやはや、さぞ冷血かつ冷酷なる
「それは……ッ!!」
そこへさらにまくし立てるかのように、挑発を繰り返すナッシュ。
もっと怒れ、怒って攻撃してこい。そう言いたげな感じの言葉だった。
さらに、このナッシュは父親だけではなく、母親の方まで貶したではないか。
ネギはそれを聞いて、弁解を述べようとしたのだが、まったく言葉が出なかった。
何故ならネギは生まれて物心ついた時には、すでに両親がいなかったからだ。
そんなはずがない! と言いたかったネギだが、両親を見たことがないネギに、それを言うことはできなかった。
いや、ネギは心の奥底から、それはありえないと確信している。それでも、他人を納得させるだけの理由が言葉にできなかったのだ。
「クックッ……、いい表情ですねぇ。後世に残したいほどのすばらしい顔ですよぉ?」
「クッ……!!」
非常に歯がゆい思いをするネギを見て、最高だ、とナッシュは笑い出した。
すばらしい、本当にすばらしい顔だ。そうそう、それが見たかった。見れて良かった。ナッシュはネギを見下しながら、薄ら笑いを浮かべていた。心底喜んでいた。
そう笑われるネギも、理性を保ち怒りを抑えるので精一杯だった。
手を強く握り締め、必死で目の前の男へ殴りかかるのを我慢していたのだ。
それでも我慢の限界と言うものだ。ネギとて聖人君主や神ではなく、ただの人間である。
目の前で愉快に嘲笑する男に対して、今のもプッツンしそうな状況だった。
また、目の前のナッシュが、何故か自分たちの両親が生まれた時からいなくなっていることを知っているのに、ネギは疑問を感じていた。一体目の前の男が、何をどこまで知っているのか、そのあたりがわからず不審を抱いたのだ。
「ネギ先生!」
「だ……大丈夫です……!」
そんなネギへと声をかけ、握り締められた拳にそっと手をそえるのどか。
のどかに手を握られたネギはハッとした表情を見せ、少し気持ちを落ち着かせた。そして、のどかの方へ向き彼女の顔を見て、安心させるかのようにその一言を言うのだった。
「ふむぅ……。もう少し激昂していただけると思ったのですが、……まぁ、いいでしょう」
それを見たナッシュは先ほどの愉快な顔から一転し、心底つまらなそうな顔を見せた。
もっとキレて攻撃してきてくれるかと思ったのだが、予想が外れてがっかりしたのである。ま、それはそれでいいや、とナッシュは気持ちを切り替え、今度はカギの方へと顔を向けた。
「そして、なるほど。片方はもしや、ふむ。そうですかぁ……」
「……!」
ナッシュはカギを見て、カギが転生者であることをすぐに理解した。
それをわざとらしく言葉にし、まるでカギを煽るかのような態度を見せたのである。
カギも自分の方にナッシュが意識を向けたことに気がつき、無言ながら警戒をはじめていた。
何もしゃべらないのは、この目の前の男には言葉を述べるだけで、喜ばせるだけになることを理解していたからだ。
「愚かにもそのような存在になってしまわれて、この私も同情せずにはいられませんねぇ」
「…………」
カギを標的にしたナッシュは、またしても挑発するかのような発言を、哀れんだ表情でしだした。
なんとこのナッシュは、ナギの息子になったことを”そのような存在”と見下し、同情するとまで言ったのだ。
カギはそれを聞いて、一切言葉を口にせず、黙ってナッシュを睨んでいた。
目の前の男が何を言おうが、黙っているのが正解だと考えているからだ。
「おやおや、だんまりですかぁ? 何か言葉を発してくれてもよいのでは? いや……、もしや人の言葉がわからないと?」
「ッ……!」
しかし、ナッシュはカギがしゃべる気のないことを察し、そっちの方面で煽り始めた。
いやー何か文句とかないの? 言えないの? 人語が解せないの? 猿だったの? そう愉快そうに挑発しだしたのだ。
その挑発にカギは大きく体を揺らした。
だが、それ以上の動きはなかった。カギはここで我慢できなければ、目の前のクソの思う壺だということを理解しているからだ。だから何も言わない。何も行動しない。言われるがままでかまわない。
それに、夕映がこちらに静かに近づき、とても心配そうな顔で様子を見ているではないか。
ここで暴れたら夕映にも迷惑や被害が及ぶと考えたカギは、ナッシュの挑発を受け流すことに決めたのだ。
「……ふむ、中々耐え忍びますねぇ。これでは面白くありません」
ナッシュは微動だにしないカギを見て、つまらないと心から思った。
目の前の踏み台めいた転生者ならば、今の挑発で怒りに燃えて暴れてくれると思っていた。だと言うのに、そうはならなかった。非常に残念な結果に終わってしまったことに、ナッシュは内心苛立ちを感じていた。
「ハーネス元老院議員、そのような物言いは彼らに対して失礼では……?」
「いやぁ、つい。私、そういう性分でしてねぇ……」
ナッシュの言いたい放題な状況に、業を煮やしたクルトがネギとカギの間へ割って入った。
実際クルトもネギとカギの”母方”の方まで貶され、内心憤りをくすぶらせていたのだが。
ナッシュはクルトが割って入ってきたのを見て、これ以上の挑発行為は無駄だと感じた。
なので、気持ちを切り替えこの場を去ることだけを考え、適当ないい訳を言葉にし始めたのである。
「お二方には大っ変、申し訳ないことを……、身勝手ながらお許しいただければ幸いです」
「えっ……ええ……」
「……」
すると、ナッシュはわざとらしく大げさな態度で、ネギとカギに頭を下げて謝罪しだした。
実際、心にも思っていないことであり、当然まったく反省もしていないのだが。
ネギはそんなナッシュの態度にあっけにとられ、生返事を返すのがやっとだった。
されどカギは謝るナッシュへと、冷えた視線を送るだけだった。
「では、私はあなた方ほど暇ではないので、これにて失礼」
「……」
ナッシュはもう用はないとばかりに、最後に一言挨拶を述べると、部下二人を引き連れ立ち去っていった。
この男がネギやカギを侮辱して挑発したのは暇つぶしであり、それ以上の意味はなかったのだ。
立ち去って離れていくナッシュの後姿を、クルトは遠目で睨んでいた。
今までのネギとカギへの無礼もそうだが、あの男は自分の尊敬する存在をも侮辱して見せたからだ。
「ネギ先生、大丈夫ですか!?」
「はっ……、はい……。のどかさんのおかげで……、なんとか……。ありがとうございます……」
「わっ、私は何も!」
あのナッシュが立ち去り、完全に姿が見えなくなったところで、のどかはネギへと心配そうに声をかけた。
ネギは息も詰まりそうな状況が終わったのか、小さく呼吸を整え、怒りを分散させてのどかへ礼を言葉にした。
あの時のどかが手を握ってくれなければ、怒りに身を任せていたかもしれない、と思ったからだ。
感謝をされたのどかは、自分は何もしていないと、慌てながら言っていた。
自分はただ、ネギの手を握っただけ。それだけしかしていないと、のどかは思っていたのだ。ただ、その行動がネギを我に返らせたのは事実である。
「カギ先生も、手を出さなずによく堪えてくれましたね」
「……ああ、本当ならここでぶっ潰してやりたかったが……」
また、夕映もカギへと、あの時手を出さなかったことを褒めていた。
カギの性格ならば、あれほどまでに挑発されれば、殴りかかってもおかしくなかったからだ。
ただ、カギが何かしようとした時に止めるなりフォローするなりしようと、こっそりカギの近くに移動していた夕映であった。
されど、カギもそこそこ強い精神力を身につけていたようだ。
あの安い挑発に乗ってぶっ飛ばしたかったのは事実だが、それはそれであの男に負けたものだとも思っていた。故に、なんとか必死に堪えることができたのである。
「おほん。我が国の元老院議員が粗相を働き、誠に申し訳ございませんでした」
「いっいえ!」
そこへクルトが仕切りなおすかのように咳し、ネギとカギへとナッシュの無礼を詫びたのである。
ネギはそんなクルトへ、あなたからの謝罪は不要と言う感じで、両手を出して大丈夫だとアピールしていた。
「そして、先ほどの話の続きですが、これが招待状となっております。是非、お仲間の皆様も誘ってお越しいただきたい」
「は、はあ……」
さらにクルトは言葉を続け、招待状をネギへと押し付けるように手渡し、舞踏会へ来るよう催促した。
ネギは早口で催促するクルトの剣幕に押され、小さく返事をするだけだった。
「詳細などは今手渡した招待状に記載されておりますので、そちらをご覧下さい」
クルトはどんどん話を進め、詳細な説明は招待状に入っていると説明を述べた。
誰もがその説明を聞き入れるので精一杯なのか、全員が無言でそれを聞いていた。
「ああ、そちらの方々も彼と知り合いならば、どうぞお越しください」
「えっ!?」
「わっ私たちもですか!?」
「当然です」
また、そこで話を聞いていたエミリィたちへクルトは体を向け、彼女たちも舞踏会へ招待すると言い出した。
それは彼女たちがネギの知り合いである夕映の仲間だからだ。
エミリィは突然のことであっけを取られ、口をあけて驚いた。
それ以上に驚いた様子のコレットも、自分たちが本当にそのような場所へ行っていいのかを聞き返した。
それに対してクルトは、はいと口にした。
むしろ、そうでなければ誘わない、とばかりの言葉であった。
「では、後ほど」
そして、クルトは言いたいことを言い終えると、部下の少年を引き連れてその場を立ち去っていった。
彼がここへ来た目的は、本当にネギたちを舞踏会に招くだけだったようである。
「あの人たち、明らかに僕らのことを知ってましたよね……」
「あいつもだが、まさかあの野郎も元老院だったとは、やりづれー相手が出てきたもんだぜ……」
ネギはあのクルトと名乗った人が、自分たちのことを把握していることを、思い出したかのように言葉にした。それだけではなく、ナッシュと名乗ったあの男でさえ、自分たちのことを知っているような口ぶりだった。一体誰なのだろうか、どうして自分たちを知っているのか、強い疑念を感じていた。
しかし、カギはあのクルトの正体を知っているので、どうでもよかった。
それ以上に気になったのは、あのナッシュとか言うクソ野郎が、メガロの元老院議員だったということだ。
なんでもない野良の転生者なら、ぶん殴るだけでいい。ぶっ飛ばして再起不能にすれば解決だ。
だが、元老院議員という立場を持っているのであれば、殴ると面倒になる。簡単には倒せない。そうカギは考えながら、どうするかと悩むのであった。
…… …… ……
ネギやカギがクルトと出会い、ナッシュと一触即発の状態になっている時、別のところで二人の少女が祭りを楽しんでいた。それはアスナとあやかである。彼女たちは状助たちの仕事が一段落したので、少し気分をやわらげようと外に出て遊ぶことにしたのだ。
また、彼女たち以外にも、木乃香と刹那も他の場所で同じように祭りを楽しんでおり、エヴァンジェリンは護衛としてアスナたちの後ろを、その二人にまったく悟られないように気配を消して尾行していた。
「これおいしーじゃない!」
「そんなに?」
アスナとあやかは祭りの店で売っている食べ物を物色しつつ、食べ歩きをしていた。
そのアスナの右手には当然食べ物が握られており、色鮮やかなアイスクリームがそこにあった。当然隣のあやかも同じように、アスナとは種類が違うアイスが握られており、何度か食べた形跡があった。
そして、アスナはそのアイスを少し口に含めると、頬を撫でて顔いっぱいにその味のよさを表現していた。
なんといううまさだろうか。久々にこう言うものを食べたのか、いつも以上にうまく感じる。そう思いながら、アスナは表情をゆるませ、ニコニコと笑っていた。
そんなオーバーな顔をするアスナを見て、あやかはそのアイスがそれほどまで美味なのかと、少し興味を持った。
なので、アスナへとそれを確かめるかのように、声をかけたのだ。
「いいんちょも食べてみる?」
「では、ありがたく……」
問いを投げられたアスナは、ならば食えばわかると考え、あやかの顔へとアイスを向けた。
あやかは一言礼を言うと、そのままパクリと小さな口で、アスナのアイスを試食したのである。
「あら、本当においしいですわね」
「でしょー?」
すると、あやかはアスナのアイスに、絶賛した様子を見せた。
アスナが言うとおり、確かにおいしい。むしろうまい、うますぎるぐらいだと。
自分のアイスを驚くほど絶賛するあやかへと、アスナも笑顔を見せていた。
「じゃ、いいんちょのやつも一口貰うわね!」
「ちょっと!? 勝手に何してますの!!」
だが、そこでアスナが今度はあやかのアイスへと顔を近づけ、サッと一口頂いていったではないか。
あやかはそれを見て、勝手に食うなと言わんばかりに、大きな声で文句を飛ばした。
「いいじゃない、ちょっとぐらい」
「悪いとは言いませんけど、許可ぐらいお取りなさい!」
「ごめんごめん! あ、でもいいんちょの方のもおいしーわねー」
「そうでしょう? って……はぐらかすんじゃありませんわ!!」
しかし、アスナは悪びれた様子もなく、あやかの文句に対してケチくさいと言うではないか。
とは言え、あやかも食べられたことを責めているのではなく、一言なかったことに対して怒っているのだ。
アスナはそう言うあやかへ適当に謝罪を述べると、あやかのアイスもうまいとわざとらしく絶賛した。
あやかはそこでほっこりした顔で同意の言葉を言うと、ハッとした後再び怒った表情へ戻し、今の注意を流されたことに叱り出したのだった。
「……なんだか、久々に落ち着けたかな……」
「そうですわね……。色々と大変でしたし」
そんな騒がしくも楽しいひと時を満喫していたアスナは、ふと静かになるや真面目な様子で一言つぶやいた。
それはこんな穏やかな時間がすごせるのは、いつ振りだろうかということだった。
確かに少しは落ち着ける時間ぐらいはあったが、ここまで心の奥底から落ち着けたのは、ここに来てはじめてではないか、と思ったのだ。
あやかもアスナの言葉に反応し、小さく同意した。
色々と目まぐるしい程の不思議な体験を幾度となく味わってきたあやかも、今の時間は何も気にせずにいられたと思ったからだ。
「そういえば、あなたは暴漢に襲われたそうじゃない。大丈夫でしたの?」
「うん。状助のおかげでね」
「ふうーん、東さんのおかげ、ねえ……」
そこであやかは安心、という言葉で思い出したことを、アスナへと尋ねた。
それはこの前、街で事件があった時のことだ。アスナが転生者に襲われ、危うかった時のことだ。
あやかは、あの時アスナが転生者に攻撃されたのを、暴漢に襲われたと言う形で聞いていた。
なので、そのことを心配しながら、アスナへと無事を聞いたのである。
すると、アスナは状助が助けてくれた、と言うではないか。
状助の名前が出たのを聞いて、あやかは目を細めていぶかしんでいた。
「その東さんは、今どこにおりますの?」
「んー、まだ闘技場の方じゃない?」
また、あやかはその状助本人が、どこにいるのかをアスナへ聞いた。
アスナはそれに対して、現在地はわからないので先ほど見た場所を答えた。
「あちらも一段落したのですから、少しは外の空気でも吸った方がよいと思うんですけれども」
「そうよねー。あんな大変な目に遭ったんだから、少しぐらい気を抜いてもいいと思うんだけどねー」
と言うのも、状助たちが抱えていた問題が解決したのを、あやかも理解していた。
それで問題が解消したのだから、外に出て少しぐらい気晴らしをすればいいのに、と思ったのである。
アスナもあやかと同じ気持ちだったようで、いつまでも闘技場に引きこもってる必要はないと言葉にした。
それに、一つの山を越えたのだから、リラックスぐらいしてもいいのではないか、と感じていたのだ。
「ふふ……」
「なっ、何よ……、急に笑い出したりして……」
すると、あやかが急に小さく笑い出したではないか。
それを見たアスナは、気味悪そうにその理由を聞いた。
「……アスナさんが東さんの話をする時、とても穏やかな顔をすると思いまして」
「は……? そんな顔してた?」
「してましたわよ?」
「そう? そうかしら?」
あやかが笑った理由、それはアスナが状助の名を出す時、その表情が柔らかかったからだ。
とても喜ばしそうに、状助のことを話すからだ。その光景が微笑ましくて、あやかはつい小さく笑ってしまったのである。
なので、あやかは微笑みながら率直に、その理由を話した。
そして、その理由を聞いたアスナは、何言ってんだ、という顔をして見せた。
そんなことあるのだろうか、と思ったアスナは、本当に? とあやかへ尋ねた。
あやかは疑問に思いしかめた顔をするアスナへと、YESと返した。
嘘なんて言ってない。そう感じたからこそ、そう言ったのである、と。
しかし、アスナはまったく自覚がないのか、確認するように顔を手で触った。
ぷにぷにと頬を指で揉み、本当に? とやはり疑問視する言葉を発していた。
「そんなに東さんのことが気になりますの?」
「気にならないって訳じゃないけど……」
あやかはアスナが状助のことを随分と気にかけていると思った。
なので、それをあやかが聞いてみると、アスナは少し悩んだような顔で、正直に気にしてない訳じゃないと言葉にした。
「なっ、何よっ!? 急に人の顔をじろじろ見て……!」
「いえ、別に何でもありませんわ!」
うーん、と悩む様子を見せるアスナを、あやかは顔を近づけて凝視していた。
今の質問は単に興味本位のものであったが、それに対して随分と悩んでいるではないか、と。
それを見たアスナは、何やってんの、と言う感じで片手をヒラヒラさせてあやかへ離れるように催促した。
あやかはアスナの態度を見てさっと後ろに下がり、嬉しそうな顔で何かありげな感じの声を、大きく張り上げたのだ。
そこであやかが思ったことは、アスナが状助に対して友人以上の感情があるのではないか、ということだった。
本人はまったく自覚していないようだが、ほのかにそれを感じられると思い、気になったのである。
「何かあるんでしょ!? 言いなさいよ!」
「なーんにもございませんわー!」
「何考えたのよー!! 教えなさいよー!!」
しかし、あやかはそれを悟られまいと考え、あえて黙っておくことにした。
そこであやかは、アスナの前へ出て、まるで鬼ごっこの鬼から逃げるかのように、少し距離を取りはじめた。
アスナもあやかの態度に、何かを企んでいるのではないかと察し、前を歩き出したあやかを追うようにしてそれを叫んだ。
そんなあやかも何にもないと言いながらも、その言い草はわざとらしかった。
あやかはそう言いながら歩く早さを増しながら、アスナをからかうかのように笑っていた。
アスナは自分から逃げはじめたあやかを追いながら、何を考えているのかを聞き出そうと必死に大きな声を出すのだった。
…… …… ……
ここは完全なる世界の本拠地、墓守り人の宮殿。
その外側の廊下にて、一人の男が遠くで雲の上に浮かぶ巨大な島々を眺めていた。
「さて、そろそろ次の作戦に移る時間だな……」
そして、その男、転生者のアーチャーはそろそろ頃合だと思い、新たな作戦の決行を考えていた。
「ほう、もうそんな時か雑種」
「そうだ。早速みなを集めて作戦の概要を……」
そこへもう一人、同じく転生者である黄金の鎧に身を包んだ男が現れ、アーチャーへとその後ろから声をかけた。
アーチャーはその男の質問を肯定し、仲間を集めて作戦を説明すると言葉にしつつ、男の方へと顔を振り向かせた。
「なっ……!!!?」
だが、そこでアーチャーは、その光景を見て驚愕した。
黄金の男の右手には、一振りの美しく豪華な剣が握られていた。しかも、その剣には鮮血が滴っており、それが光に照らされ輝いていたのだ。
「ガッ……グフゥッ……!!?」
するとアーチャーは口から自分の外套と同じ、真っ赤な液体を盛大に吐き出し、苦しみ始めたではないか。
なんということだろうか、黄金の男が握る剣がアーチャーの背中に突き刺さり、その体を貫通していたのだ。
「き……さ……ま……、何を……!?」
「それはこちらの台詞だ雑種よ」
苦痛に悶えながらもアーチャーは、この行動の真意を黄金の男へ尋ねた。
一体何を考えているのだろうか。自分は黄金の男の仲間のはずだ。命を狙われるようなことをした覚えはない。
だが、そのアーチャーの問いに、むしろ冷淡な声で逆に質問し返す黄金の男がいた。
「雑種、お前はその後、こちら側を裏切る算段であっただろう?」
「な……に……!?」
「その顔はやはり図星と言う訳か」
黄金の男はアーチャーが後々自分たちを裏切ると勘ぐっていた。
それを言葉にすれば、アーチャーの顔色が変わったではないか。やはり、と思った黄金の男は、フッと小さく笑っていた。
「であれば、裏切り者は早々に始末せねばならん。それだけのことよ」
「ぐ……うう……」
裏切るとわかっているのなら、さっさと退場してもらおう。
そう思っていた黄金の男は、ここでそれを実行しただけであった。
それを言葉で説明しながら、黄金の男は剣をアーチャーの体から引き抜いた。
剣が引き抜かれたことにより、そこからさらに鮮血が飛び散り、アーチャーはうめき声を漏らしたのである。
もはや苦痛と出血によりアーチャーは倒れこみ、動けない様子であった。
傷からは止まらぬ出血で床を赤色に染め上げ、真っ赤な絨毯のようになっていた。
「さて、しかととどめを刺しておこう。お別れだ雑種よ!」
「ぐううおおおお!!!」
倒れて瀕死となったアーチャーへと、黄金の男は追い討ちを宣言する。
その宣言とともに、黄金の男の背後から無数の武器が空間から生えてきたではないか。そして、黄金の男はそれらをすべてアーチャーへと放ち、串刺しにせんとしたのだ。
しかし、アーチャーとてこのまま死ぬ訳にはいかない。
最後の力を振り絞り、転送符を発動してこの場から消え去ったのだ。
「っ! 転移だと……」
アーチャーが倒れていた場所に無数の武器が突き刺さったのを見て、黄金の男は少し驚いていた。
本来ならばその数々の武器は、石の床ではなくアーチャーに突き刺さっていたはずだからだ。まさか、あの傷で転送符を使い逃げるなど、黄金の男は予想していなかったのだ。
「まあよい……、あの傷ではどの道助かるまい……」
とは言え、今のアーチャーは重傷で瀕死だ。
なので黄金の男は、ほっといても勝手に死ぬと考えた。
「さて、この
そんなことよりも、もっとやるべきことがあると、黄金の男は考えた。
それはアーチャーめがやろうとしていた次の作戦の行動だ。
どうせ”原作”と同じようなことをするんだろうと思った黄金の男は、それを自分が指揮して行動させようと考えたのだ。
また、自分がようやくアーチャーの指揮権を奪ったと考えた黄金の男は、盛大な高笑いを始めたのだった。
「……では、まずは貴様の力を借りるとしようか……」
笑いを止めた後、黄金の男はふと、何もない空間へ顔を向けて話し出した。
「なあ……、
すると、そこへ一つの人影が突如として現われたのだ。
それに対して黄金の男は、
「……お前がそれを命ずるのならば、オレはそれに随うだけだ……」
そのランサーと呼ばれた男は、真っ白な髪をしていた。同じように顔の肌も病的に白く、されど体の大半は黒に覆われた細身の男だった。
また、黒い体をさらに薄い黄金に輝く具足が腕や脚などに装着され、肩には赤色の短めのマントを羽織っており、背中には鳥の羽根のような装飾が装備されていた。
その顔もビジュアル系のような顔立ちで、非常に整ったものであった。しかしながら、その表情はさほど優れてはおらず、むしろ暗雲の中にいるかのように曇らせていた。
そのランサーなる男は黄金の男の言葉を、まるでそれ以外の選択が存在しないかのような感じで承った。
黄金の男はそれを聞きニヤリと笑いながら、他の仲間のところへとランサーを連れて歩き出したのだった。