理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百五十六話 舞踏会

 

 

 状助たちはようやく総督府の建物の中へと入った。

すると、そこは何とも豪邸と言うほかないほどの、美しき光景が広がっていた。歩く人々もきらびやかな様子であり、振る舞いも上品さを感じさせていた。

 

 

「ほおー、随分と派手だなこりゃ」

 

「まさにセレブだらけって感じだ」

 

 

 もはや庶民とはかけ離れた光景に、状助も三郎も珍しいものを見る目で、まさに田舎者丸出しな感じで周囲を見回していた。

そして、状助はそれに多少驚いた様子を見せながら、目の前の感想を言葉にし、その隣にいつの間にかいた三郎も、感激に近い感覚を味わっていたのである。

 

 

「俺、すげぇ場違いなんじゃあねぇかこれ……」

 

「それは言わないお約束だよ」

 

 

 そこで状助は、周りの雰囲気を察して、恐縮したようなことを言い出した。

状助は元々庶民寄りの生活をしていたので、当然庶民の感覚の物差しで測っているからだ。

 

 同じく庶民の感覚にしかなじみのない三郎も、それは確かにある、と思ったらしく、状助の言葉を肯定しつつも、そう言葉にしたのだった。

 

 

「覇王君は?」

 

「忙しそうにしてるぜ?」

 

「ははー、なるほどね」

 

 

 が、それよりも三郎は、覇王がどこに居るのか気になった。

それを聞いた状助は、指を刺してそちらの方に視線を誘導した。そこには木乃香と優雅な時間を過ごす覇王の姿があったのである。

 

 

「しかし、あの野郎、随分と手馴れてねぇか……?」

 

「確かに、中々いい動きをしているね」

 

 

 また、覇王が何やら踊りなれてるような感じを、状助は受けていた。

三郎もそれに対して、うんうんと頷きながら肯定した言葉を述べたのだ。

 

 

「でよ、おめーはどうすんだ?」

 

「俺かい? どうするかなあ……」

 

 

 まあ、覇王のことはわかったのだから、次は自分たちがどうするかだ。

状助は三郎に、この後のことを尋ねれば、三郎も腕を組んで悩む仕草を見せだした。

 

 

「どうするってよぉー、一つしかねぇんじゃあねぇか?」

 

「それはどういう……?」

 

 

 が、状助は三郎にはすべきことがあると言うではないか。

三郎はそれを状助へと、静かに聞き返した。

 

 

「彼女が待ってるんじゃあねぇかってことだぜ。誘ってやれって」

 

「……ああ、そうだね」

 

 

 それは当然、ここへ来ているであろう三郎の彼女、亜子の相手だ。

こう言う時に誘って踊らずして、いつ行動するのか。状助はそれを三郎へとはっきり言った。

 

 三郎も確かにそうだ、と考え、そうすることにしたようだ。

いや、実際三郎の中では、そうするべきだと答えは出ていたのである。されど、やはり何か引っかかりを感じているようで、状助に背中を押してもらいたかったと言うのもあった。

 

 

「なら、悪いけど行ってくるよ」

 

「頑張って来いよ!」

 

 

 三郎は状助に言われ、即座に行動することにした。

まずは亜子を探して誘うところからだ、と考え、状助に声をかけた後歩き出して行った。

 

 状助も三郎の行動が報われるよう祈りを込め、応援の言葉を投げたのだった。

 

 

「さあて、俺はどうするかなぁー」

 

 

 そして、一人取り残された状助は、自分はどうするかを考え始めた。

とは言うものの、自分にダンスの相手なんていないし何をしたらよいか、と腕を組んで独り言を垂れ流すだけだった。

 

 だが、そんな状助の背後から、近づく一つの人影があった。

 

 

「どうするかなー、じゃないでしょ?」

 

「うおおっ!? いきなり後ろから驚かすんじゃあないぜ!?」

 

「勝手にそっち驚いただけじゃない」

 

 

 それはアスナだった。

アスナは状助の背中をぽんっと叩き、状助へと声をかけた。

 

 状助は突然後ろから話しかけられたことで、かなり驚きアスナへ叫んだ。

されど、アスナはどこ吹く風と言う顔で、そう言う意図はなかったと言う感じの言葉を言うだけであった。

 

 

「なに独り言なんか寂しく言ってるのよ」

 

「別にいいじゃあねえかよぉー」

 

 

 と言うか、この状助は何を一人でぶつくさ言っているのだろうか。

アスナはそう思ったのか、そのことについてつっこみをいれていた。

 

 とは言え、それを言われる筋合いはないと、状助も言い返していた。

まあ、思ったことが勝手に口に出てしまったのは、非常に恥ずかしいことなのだが。

 

 

「つーか、何しに来たんだオメーはよぉ」

 

「察しが悪いわねー。……むしろわざと?」

 

 

 そんなことよりも、アスナへ一体何の用だと状助は尋ねた。

しかし、それは愚問と言うものだろう。何せ舞踏会なのだから、やることと言えば一つしかないのだから。

 

 それを考えてアスナも、それをわざとやっているのかとさえ言葉にした。

まあ、アスナも状助が、そう言うのを恥ずかしがるのを知っているので、それ以上は言わなかったが。

 

 

「本当ならそっちから誘ってもらいたかったけど……」

 

 

 いやはや、まったくもって困ったものだ。

紳士であればこう言うとき、自ら手を出して誘うものなのだろうに。

アスナはそう思いながらも、状助じゃ仕方ないかと考え、小さく愚痴った後に状助の方を真っ直ぐ見た。

 

 

「私と踊ってくださいます?」

 

「……俺ぇ?」

 

 

 そして、アスナは右腕を状助へと差し出し、ダンスへと誘ったのだ。

が、状助はそこでもやはりとぼけた声で、俺が? と言うだけだった。

 

 

「はぁー……。状助以外、誰がいるのよ」

 

「いやあ、そうは言うけどよぉー。シャコーダンスなんてやったことねえしよぉー……」

 

 

 なんという情けのない姿だろうか。

状助の根性のない態度に、流石のアスナもため息を吐いてつっこんだ。

されど、状助も恥ずかしい上に、踊りなんてわからんので困っているといい訳するではないか。

 

 

「私だって初めてだし、別に適当でもいいのよ。ほらっ!」

 

「おっ、おい!」

 

 

 そんなもん自分だって同じだ。

アスナはそうはっきり言い、踊りも雰囲気さえ出ればよいと言ってのけた。その後さっと状助の腕をつかみ、踊りのステップを踏み始めたのだ。

 

 とっさのことで驚く状助は、そのアスナの行動にあっけに取られるしかなかった。

引っ張られながらアスナへと、慌てた声で怒鳴るのがやっとで、文句すら出せなかった。

 

 

「うん、いい感じね」

 

「待てっ! うおおっ!?」

 

 

 慌てる状助を見て小さく笑いながら、アスナはしっかりとダンスとして何とか形にしていた。

その目の前で、必死にアスナにあわせてステップを踏む状助の姿があったのだった。

 

 また、先ほどまでアスナと一緒にいたあやかは、のどかとダンスをするネギに見惚れており、のどかが踊り終わったら誘おうと待っていたのだった。そのあやか以外に、アーニャも待っていたりするのだが。

 

 

…… …… ……

 

 

 アスナと状助から少し離れた場所で、その微笑ましい光景を眺めているものがいた。

それはエヴァンジェリンである。エヴァンジェリンはアスナの護衛として、一応ながら近くにいることにしていた。

 

 

「気楽なヤツだ」

 

「ははっ、楽しそうだね」

 

「まったく……」

 

 

 いやはや、緊張感のかけらもない光景だ。まったくもって危機感がない。

そう愚痴るエヴァンジェリンは、少し不機嫌な態度を見せていた。

 

 まあ、確かに傍から見ればそう思うのも仕方のないことだろう。

とは言え、アスナとて用心まで投げ捨てている訳ではないし、エヴァンジェリンもそこは理解しているようだった。

 

 ふて腐れた様子のエヴァンジェリンの横で、苦笑しながらそう言葉にする変装したタカミチの姿もあった。

しかし、タカミチもあれほど感情豊かになったアスナを見て、少し思うところがあるので、それに対して何かを言う気はなかった。

 

 そんなタカミチの心の中など知ってか知らずか、横で笑っているタカミチの姿を見て、さらに不機嫌さを増すエヴァンジェリン。

だが、別に踊りたいとかそう言う訳でもないので、少しイラっとしているだけだが。

 

 

「で、私はどうすればいい訳?」

 

「とりあえず踊ってきたらどうだ?」

 

「はぁ……」

 

 

 とは言え、何もやることがないのでは暇だと思ったトリスは、エヴァンジェリンへ指示をくれと言う感じでそれを聞いた。

その問いにエヴァンジェリンは、こう言う場なのだから当然そうすればよいのでは、と言うだけだった。

トリスはその答えに盛大なため息を吐きながら、そんなもんかと思ったのだった。

 

 

 

「まぁ、今ところ何もないし、行ってくるわね」

 

「ああ」

 

 

 されど、現状で特に何かあった訳でもないので、トリスは素直にそれに従うことにした。

トリスがそう言って立ち去るのを、エヴァンジェリンは一声かけて見送ったのだった。

 

 

「行かせて大丈夫なのですか?」

 

「問題ないさ。私はアイツの場所を把握できるしな」

 

「そうですか」

 

 

 それを見た、エヴァンジェリンの横でひかえていた茶々丸は、トリスを目の届かないところへ行かせて大丈夫なのかと尋ねた。

それに対してエヴァンジェリンは、トリスの場所や動きは全て知ることができると話した。

茶々丸はそれならばと、納得した様子を見せていた。

 

 

「しかし、なんだろうか……。この胸騒ぎは……」

 

 

 ただ、エヴァンジェリンは何か嫌な予感を感じていた。

それが何かわからないが、漠然とした不安を感じていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 当然ながらカギもこの場にやってきているので、この状況でどうするかを考えあぐねていていた。

 

 

「いやー人が多いなあこりゃ」

 

「しかもどいつもこいつも豪華と来たもんだ」

 

 

 そして、カギがいるということは、当然カモミールもいるということだ。

気がつけば霊圧(そんざいかん)が消えてしまっていたカモミールであったが、基本的にカギの頭か肩をポジションとしており、離れることはない。

 

 そんなカモミールも、この舞踏会の参加者が多いことを、言葉としてこぼしていた。

カギも多いだけでなく、誰もがブルジョアであることを悟ったようなことを述べるのだった。

 

 

「さーて、どうすっぺね」

 

「誰かを踊りに誘えばいいんじゃねーか?」

 

「そうは言うがなカモ」

 

 

 いやはや、この現状で何をすればよいのやら。

カギはそれを腕を組んで考え始めた。

 

 されど、この場は舞踏会。であれば、当然踊るのが礼儀というものだろうか。

それを考えれば、踊るのが一番であると、カモミールはカギへと進言した。

 

 しかし、カギは基本的にシャイ。

誰かを誘って踊るなど、こっ恥ずかしくてできぬのだ。

 

 

「ははーん。兄貴は誘うのが照れくさいって訳かね?」

 

「ちっ、ちげーし! 俺は頂点に立つ存在だから常に孤高なだけだし!!」

 

「意味わかんねぇーっすよ!」

 

 

 煮え切らない態度のカギに、カモミールは察した様子でそれを言った。

すると、カギは慌てたように弁解し、混乱したかのような意味不明の言葉を言い始めたではないか。

流石のカモミールにも、その言葉の意味が解読不可能だったようで、何言ってんだとつっこむのだった。

 

 

「で、誘うんならやっぱゆえっち?」

 

「はー!? 何でそうなるし!」

 

「そりゃ兄貴が一番親しいのはゆえっちだし当然なんじゃね?」

 

「いやまあそうだがさー!」

 

 

 そこでカモミールは、踊る相手なら夕映だろうとカギに言い出した。

カギはそれを聞いて盛大に驚き、何でそこで夕映の名が出るのだと叫びだしたではないか。

 

 そうは言うが、カモミールの目線から見ても、一番仲がよいのは夕映であるのは明白であった。

であれば、当然誘うのは夕映になるだろうと、考えるのも当然の結果だ。

 

 しかし、やはり納得できんという顔をするカギ。

いや、カギとてそれは考えていたが、やはり誘う勇気がなかったのである。

 

 

「あのー」

 

「うわあああああああ!!??」

 

「なっ、なんでそんなに驚くですか!?」

 

 

 だが、そんなカギの後ろから、突如として夕映が、小さく声をかけてきた。

今しがた夕映の話をしていたカギは、その声に大そうな驚き方をして悲鳴のような声を叫びだした。

 

 いきなり驚きだしたカギを見て夕映も少しびっくりしながらも、驚くような呼び方はしてないはずだと疑問に思うのだった。

 

 

「い……、いや、なんでもない」

 

「はぁ……」

 

 

 カギはさっと夕映へと向きなおすと、夕映の疑問に気にするなと言う感じで答えた。

夕映はそんなカギに少し呆れた顔をしながら、生返事を返していた。

 

 

「んで、どうしたんだ、ゆえ」

 

「いえ、せっかくの舞踏会なので、暇なら一緒に踊ってもらえると、と思いまして」

 

 

 気を取り直したカギは、何しに来たのかを夕映へと尋ねた。

すると、夕映はこんな場所なのだから、一回は踊っておきたいと言う様子で、カギを誘ったのである。

 

 

「え? 踊り? シャルウィダンス?」

 

「はいです」

 

 

 が、カギはそれを聞いて、何で? マジで? と言う顔をしだした。

そして、カギがとぼけた様子の言葉に、夕映はしっかりと返事を返したのだ。

 

 

「生憎ダンスは苦手でね」

 

「私もはじめてですよ」

 

 

 夕映は本気だというのを理解したカギは、いい訳じみたことを言って考えを改めさせようとした。

されど、夕映とてダンスなどやったことがない未知の領域。その程度では曲げるはずがなかった。

 

 

「アリアドネーのお友達ほったらかしていいんか?」

 

「断りを入れて来たですよ」

 

「え? あ、うん」

 

 

 次にカギは、近くに姿が見えないアリアドネーの友人の話をした。

が、夕映も当然黙ってここに来た訳ではないので、それも通用しなかった。

 

 

「のどかの方とか見てなくていいの?」

 

「のどかはネギ先生と踊ってたので問題ないです」

 

「え? そ、そう」

 

 

 ならばとカギは、今度はのどかを引き合いに出してみた。

のどかが心配な夕映ならば、そっちに行ってくれるだろうと目論んだのだ。

 

 それでも夕映は、すでにのどかのことは視察済みであった。

のどかはすでにネギとダンスをしており、問題なさそうだったのだ。

 

 まさかこれもダメだとは。カギはもはや半分呆れ始めていた。

あの手この手が通じないことに、ショックを受けていたのだ。

 

 

「兄貴ー! ゆえっちが誘ってんだから踊ってやれって!」

 

「うるせー!」

 

 

 もはや見ていられなくなったカモミールは、呆れた様子でカギに観念したらどうだと言い始めたのだ。

カギはそんなカモミールに、わかっていると言わんばかりに叫んでいた。

 

 

「嫌ですか?」

 

「い、いや……。ぬー……」

 

 

 ここまで否定されてしまうと、夕映もカギが本気で嫌がっているのではないかと思えてきた。

なので、少し不安そうな顔をしながら、それをカギへと聞いた。

 

 カギも単純に恥ずかしいと言うだけなので、夕映にそんな顔をされれば、違うと言わざるを得なかった。

だからこそ、歯切れが悪い感じの言葉を出しながら、唸りながら悩むのだった。

 

 

「わかったわかった! やってやる! やってやるよ!!」

 

「ありがとうです!」

 

 

 そして、悩んだ末にカギは、やけっぱちのような声を上げながらも、夕映と踊ることにしたのだ。

それを聞いた夕映は、暗い顔から一転して、ぱーっと明るい表情を見せたのである。

 

 

「若ぇなー兄貴は」

 

 

 そんなやり取りを見ていたカモミールはやれやれと言う態度で、自称おっさんのカギもまだまだだと言う感じで一人ごちっていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、同じく会場に入ったフェイトは、周囲を見渡しながら何やら考える様子を見せていた。

 

 

「…………」

 

 

 あの皇帝はこんな場所に自分たちを送らせて、一体何を考えているのだろうか。

何か意味があることなのだろうが、その真意がまるで見えない。そのことをふと気にしながら、周囲の人々を眺めていた。

 

 

「どうしましたか?」

 

「いや……」

 

 

 そのフェイトの隣にいた栞の姉は、キョロキョロするフェイトに、何かあったのかを聞いた。

されど、フェイトはそう言う訳ではないと、一言で返したのである。

 

 

「君たち、何してるの?」

 

「いえ! 私たちのことは気にせず!」

 

「そう」

 

 

 また、自分の従者たちが後ろの少し離れたところでコソコソしているのが見えた。

フェイトは不思議に思いそれを尋ねると、慌てた様子で栞が代表のように言い訳じみたことを言葉にしてきた。

そう言われたフェイトは、やはり不思議に思いながらも、それ以上の詮索はしなかった。

 

 

「皇帝が何を考えてここへ送ったかはわからないが……」

 

 

 皇帝がどういう必要性があって、自分たちをここへ来させたのか。

フェイトは何度か考えたが、結局答えは出なかった。

 

 いや、多分よからぬことが起こるのだろうと言う考えはあった。

しかし、それだと何故、栞の姉の同行を許可したのかが気になったのである。とは言え、今はわからずとも、何かわかることが起こるに違いないとフェイトは考えた。

 

 

「とりあえず、こう言う場だし……」

 

 

 それに、考えてばかりでは、しょうがないとも思った。

なので、舞踏会らしい行動をしようとフェイトは考えたのである。

 

 

「僕と踊っていただけるかな?」

 

「っ……よろこんで」

 

 

 そこでフェイトは、自分の横にいた栞の姉へと振り向き、右手を伸ばしてダンスに誘ったのである。

その紳士的なムーヴに、栞の姉は一瞬ドキッとしたが、すぐさま満面の笑みを浮かべて、その言葉を承った。

 

 そして、二人はゆっくりと踊り始め、まるで円を描く様にステップを踏むのだった。

また、当然栞の姉はダンスなど素人であるが、フェイトがダンスをインストールしたのか、それをエスコートするかのように踊って見せたのだ。

 

 

「むむむ……、流石フェイト様……」

 

「様になってる」

 

「姉さんも……」

 

 

 その一連の動作を見ていた従者たちも、フェイトの紳士な行動を称えていた。

それ以上に、フェイトの熟練者じみたダンスに、驚きを感じざるを得なかったのである。

また、栞は少しずつダンスに慣れていく姉を見て、中々すばらしいと心の中で思っていた。

 

 

「さて、我々はどうしますかね」

 

「そうですね……」

 

 

 その従者三人の後ろで待機していた転生者ランスローのこと剣が、自分たちはどう行動するかを栞へ尋ねた。

栞もそれを聞かれれば、どうしようかと言う様子で考える素振りを見せていた。

 

 

「ふむ……、ならば不肖ながら、この私があなた方と一人ずつ踊るとしましょうか」

 

「剣さんがですか?」

 

「嫌なら無理強いは致しませんが」

 

 

 ならばと、剣は一つのことを提案した。

それは、三人が交代しながら自分と踊るというものだった。

 

 栞は剣が踊ると聞いて、本当に? と言う感じでそれを聞いた。

剣はそれに対して、自分と踊るのが嫌というなら、断ってもよいと述べた。

 

 

「まあ、こう言う場所ですし」

 

「私はそれでいいと思う」

 

「それでいいんじゃにゃいかな」

 

 

 されど、栞も剣と踊ることは特に気にした様子はなかった。

他の環と暦も、それでいいと納得していた。

 

 

「では、改めてよろしくお願いします」

 

「こちらこそ」

 

 

 ならば早速、と言う感じで、一番手に栞が手を差し出した。

初めての体験で緊張もしていが、同時に楽しみでもあったので、表情は柔らかな笑みであった。

 

 剣も三人が快く賛同してくれたことに感謝しながらも、栞の手を取りながら、初めてのダンスを堪能するのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 誰もがダンスを楽しんでいる光景の中に、一人困った様子の女子が一人、ふらふらと歩き回っていた。

 

 

「……ふーむ」

 

 

 それは焔だった。焔もアスナに誘われ、ここへやってきていた。

しかし、やって来たはいいのだが、いざ入ってみれば誰もが踊りを踊っているか、会話してばかり。自分は何をするべきなのか、やはり踊るべきか、だが誰と? と、さまよっていたのである。

 

 

「どうした?」

 

「いや……、どうも雰囲気が合わなくてなー……」

 

 

 そこへ、義兄の数多が現れ、何を悩んでいるのか聞いてきた。

焔は率直にこの空気の中に馴染めないと、こぼしたのである。

 

 

「こんな場だしなぁ……。俺もちょいと苦手だ」

 

「兄さんもか……」

 

 

 確かに、こういうブルジョアな雰囲気というのは、数多も苦手だと言葉にした。

慣れてない、というか、妙な高級感というものが若干気になるようだ。

 

 焔は数多のその言葉に、自分と同じなのかな、と思った。

こういう場所など来たことがない二人は、当然ながら場慣れしていないのだ。

 

 

「兄さんは、何をやってるんだ?」

 

「見回りだぜ。何もないか確認の為のな」

 

「なるほど」

 

 

 と、そこで焔はそんな数多が、今何をしているのか気になった。

それを聞いてみれば、数多は見回りだと言うではないか。

 

 数多は数日前に新オスティアを襲った敵の襲撃、特にコールドとか言う男を警戒していた。

またこの場所へ攻撃してくる可能性を考え、警備まがいな見回りを行っていたのだ。

 

 それを聞いた焔も、納得した様子を見せていた。

確かに今は何もないが、何か起こる可能性も頭の片隅に置いてあったからだ。

 

 

「踊らないのか?」

 

「いやー、なんつーか、相手がいないくてよ」

 

 

 とは言え、ここは舞踏会。

誰もがダンスを行っているのだから、それをやらないのか、と思ったようだ。

されど、数多には相手がいない。いないのであれば、できないと数多はばつが悪そうに言葉にした。

 

 

「なら、私と踊らないか?」

 

「踊れんのか?」

 

「やってみなければわからない」

 

 

 するとほむらは、自分と踊らないかと、数多へ提案した。

しかし数多は、ほむらが踊れるのか気になったので、それを聞き返す。

 

 ほむらは当然やったことのないダンスなど、できるわけがないと思っていた。

それでも、やればうまくいくかもしれないし、できないかもしれないと、数多へ言うのだった。

 

 

「……だな! んじゃ、いっちょやってみっか」

 

「うむ」

 

 

 数多は、ほむらがそう言うのであればと、やる気を見せて手を伸ばした。

ほむらも、その数多の手を取り、小さく笑って見せたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 舞踏会の一角にて、多くの女性の人だかりができていた。

その中心にはアルスがおり、女性たちは彼と踊るためにやってきていた。されどアルスはその気が全くなく、むしろ困った様子で苦笑するばかりであった。

 

 そして、アルスは女性たちに頭を下げて丁寧に断りを入れてまわり、女性たちもそれを受け止め散り散りになっていった。

 

 

「アルスさん、人気者だねぇー!」

 

「はは、まあな」

 

 

 そんなアルスのところへと、一人の少女がやってきた。

それは裕奈だった。裕奈は友人と会話した後、アルスの顔を見に来たようだ。

 

 それでアルスがいるだろう場所へ来てみれば、なんとまあモテモテだったではないか。

裕奈はアルスへとニヤニヤと笑いながら、そのことをつっこんだのである。

 

 されどアルスはそれで慌てるような男ではない。

そのモテ加減をむしろ誇るかのように、笑いながら堂々と一言で返した。

 

 

「ありゃりゃ? 随分余裕な態度だねぇー」

 

「まっ、これも慣れってやつさ」

 

 

 もう少し焦るかと思えば、余裕で返された。

裕奈は驚きつつ、そのことをつついた。

 

 アルスにとってこの事態など、特に珍しいものではない。

何せアルスはこちら魔法世界ではかなりの有名人であり、時折こうした場面に出くわしていたからだ。

 

 

「はー、この人気者めー!」

 

「はっはっはっ!」

 

 

 これが勝者の余裕というやつか。裕奈はそう思い、笑いながらアルスを肘で軽くどついた。

アルスはそんな裕奈に対して、盛大に笑って見せたのであった。

 

 

「んじゃ、私とも踊ってくれるかな?」

 

「お誘いとあらばお任せあれ」

 

「その演技似合ってないよ!」

 

「ほっとけ!」

 

 

 そこで裕奈はあらたまってアルスへと向き直すと、ニコリと笑ってダンスに誘った。

それを見たアルスも、少しオーバーな態度でお辞儀し、その誘いを快く承った。

 

 そのアルスのまるでアニメみたいな行動に、裕奈は面白おかしくつっこむように指摘した。

アルスもそりゃそうだ、と思いながらも、それを言うのは野暮だと言う感じに返したのだった。

 

 

「なに、先客がいる訳?」

 

「おお? 何でお前さんがここに?」

 

 

 そんなところへ、もう一人の少女がやってきた。それはエヴァンジェリンの従者となったトリスであった。

 

 トリスはエヴァンジェリンに踊ってこいと言われてそうしようと歩きだしたが、相手がいなかったことを思い出した。

そこで一応そういうのが頼めそうな相手である、アルスを誘いにやってきたのである。

 

 しかし、アルスのところへ来てみれば、すでに先客がいたではないか。

まさか自分以外がこいつの相手をする人がいるなど、考えていなかったのだ。

 

 また、アルスも目の前にトリスがいることに少し驚いた。

彼女は確かエヴァンジェリンの別荘に封じられていたはずだと思った。外に出すなんて話も聞いてないし、なぜ目の前に現れたのかわからなかったのだ。

 

 

「マスターが許可したからに決まってるでしょう?」

 

「そりゃそうだ」

 

 

 それについてトリスは、外に出れたのはエヴァンジェリンが許可したからだと言うではないか。

まあ、あの場から脱走なんてできる訳もないし、それ以外考えられんわな、とそれを聞いたアルスは納得した様子を見せた。

 

 

「この子は?」

 

「エヴァンジェリン殿の従者だよ」

 

「え? あの!?」

 

 

 突然知らない来訪者が現れたのを見た裕奈は、その人が誰なのかをアルスに聞いた。

アルスはその問いに対して、特に気にした様子もなく、かのお方の従者であると答えた。

 

 しかし、エヴァンジェリンの名前を聞いて、裕奈は大きく驚いた。

何せエヴァンジェリンは()()では金の教授と謳われ、魔法使いならば誰もが憧れる存在だからだ。

 

 魔法使いの集まりや夜の警備などで、何度かエヴァンジェリンの顔を見ることはあったが、その従者と聞けば、やはり驚かざるを得ないだろう。

 

 まあ、そのエヴァンジェリンが実際にはすぐ近くにおり、この旅に同行している訳なのだが。

とは言え、エヴァンジェリンはこの旅においては常に気配を薄めているので、あまり意識が向かないようにしている。なので、裕奈もあまり気にしないのも無理はないというものであった。

 

 

「トリスよ。適当に呼んで」

 

「どっ、どうもー。私は明石裕奈って言います! よろしくー!」

 

「そう……、よろしく」

 

 

 されどトリスはそんなことなど知らないので、気にせず適当に自己紹介を済ませた。

裕奈も惑いを抑えつつ、普段どおりの明るい態度で、自己紹介を返した。

 

 が、トリスは目の前の子が”原作キャラ”であることが少し気になった。

なるほど、リアルにそれを体感すると、確かに漫画で見たのとは変わってくる、と思ったようだ。

 

 何せ、トリスは基本的に”原作キャラ”との接点がなかった。

完全なる世界にもデュナミスぐらいはいたが、あまりかかわってくるようなものでもなかった。故に、少し新鮮な感じを受けていたのである。

 

 

「で、アルスさんとはどんな関係なので?」

 

「は?」

 

 

 そう考えに更けているトリスへと、調子を取り戻した裕奈が、爆弾みたいな質問をしだしたのだ。

それを聞いたトリスは、今しがた考えていたことが全て吹っ飛び、ポカンとした顔を見せた。

 

 

「だって、アルスさんとダンスする為にここに来た感じなんですよね?」

 

「まあ、そうだけども」

 

 

 突然の意味がわからない問いにあっけにとられるトリスへと、裕奈はさらに問いを出した。

目の前の少女は、何やらアルスを探してここに来た様子だった。なら、何らかの関係があるのではないか、と思ったのだ。

 

 それを言われたトリスも、そのとおりだったので、YESと答えるしかなかった。

 

 

「アルスさんも隅に置けないなー! 奥さんも娘さんもいるのに! このこの!」

 

「おいおい、勝手に想像すんな。別に何もねぇって」

 

「本当かなー!」

 

 

 その答えを聞いた裕奈は、アルスがこんなかわいらしい子にまでモテていると思い、肘でアルスの脇腹を軽くこついてからかいだした。

 

 されど、アルスにとってのトリスは、敵だったが言いくるめて無理やり味方にしたという感想しかない。

なので、裕奈が勘ぐっているようなことはないと、はっきりきっぱり言い切ったのである。

 

 それでも、疑いだしたら止まらない裕奈は、じとっとした目でニヤニヤ笑いながら、アルスを問い詰めるのだった。

 

 

「そうよ、その男とはなんでもないわ」

 

「そうなんですか?」

 

「と言うか、ダンスの相手として知り合いが、そいつしかいなかっただけよ」

 

「ほー」

 

 

 目の前で漫才をしだした二人に呆れつつも、間違いをただすようにトリスが口を開いた。

横からのアルスへのフォローに、裕奈はそちらへと問いを投げた。

 

 それに対してトリスは、淡々とした声で、アルスへ会いに来た理由を語ったのである。

裕奈はそれを聞いて、なるほどー、と思い、納得した様子を見せていた。

 

 

「むしろ、その男に妻子がいたというのが驚きなんだけど」

 

「あれ? 話してなかったっけか?」

 

「初耳よ!」

 

 

 そこでトリスは今の裕奈の発言で、聞き捨てならない言葉があった。

それはアリスが既婚者で子供までいるということだった。

 

 そのことをトリスはアルスへと聞けば、あれ? と言い出すではないか。

なんとこのアルス、家族のことも話した気でいたらしく、おかしいなあ、と首を傾げだしたのだ。

 

 その事実を今知ったトリスは、大声で叫ぶようにつっこんだ。

というか、こんなヤツがすでに結婚して子供までいるというのが、理解できないとさえ思えた。

 

 

「んじゃ、私が教えてあげますよ!」

 

「あなたが?」

 

「私はアルスさんの家族と親しいんで」

 

「ふーん、じゃあそれでいいわ」

 

 

 すると、裕奈がアルスの家族について話すと言い出した。

それを聞いたトリスは、どうしてコイツの家族のことを目の前の少女が知っているのか、と疑問を口にした。

 

 裕奈はそれについても説明し、トリスは疑問が氷解したのでそれでいいや、と思ったのだった。

 

 

「おいおい、俺の役目を取んなって」

 

「いーじゃん、減るもんじゃないし」

 

「いやよくねぇよ」

 

 

 だが、それについてはアルス自らが説明するべきだと、アルス自身が思ったので裕奈にそれを言った。

それに対して裕奈は、悪びれた様子もなく、笑いながら気にしなくてもいいと言う感じのことを言うではないか。

 

 とは言うても、アルスの家族については当然アルスが一番理解している。

だから、その説明は任せられないと言う様子で、アルスは裕奈につっこんだ。

 

 

「あんたから聞かされると自慢にしか聞こえないから、そっちでいいのよ」

 

「さいですか」

 

 

 されど、トリスはむしろ裕奈から聞いた方がよいと言葉にした。

アルスがそれを語ったならば、自慢になるだろうと思ったからだ。

 

 それを聞いたアルスは、一言そういうと、へこむような態度で小さくなったのであった。

 

 

「では、早速!」

 

「ええ、頼むわ」

 

 

 そのやり取りを見ていた裕奈は、すかさず説明に入ることにした。

トリスも暇つぶしにはもってこいという感じで、説明をお願いするのであった。まあ、そのあと色々と話を聞いて、さらに驚くことになるのだが。

 

 

「つかお前さんがた、ダンスしに来たんじゃねぇのか……」

 

 

 そんな二人を見てアルスは、自分と踊りに来たのではないのか、と疑問に思い気が付けば口に出していた。

ただ、ダンスとか面倒だし、と実は思っていたので、面倒でなくてよかった、と思ってもいたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 誰もがダンスを楽しむ中で、少し離れた場所で考え事をする少女が一人いた。

 

 

「さーてねー」

 

「どうしたんでい?」

 

 

 それは眼鏡をしたロングヘアーの少女、ハルナだった。

今は特に平穏で何もないが、どうなることやら、と少し不安に駆られていたのだ。

 

 そこへやってきて話すのはカモミール。

カギがゆえとうまくやってるのを見て、こちらに来たのである。

 

 

「いやー、今後、あの連中が襲ってきた時のことを考えてね」

 

「まあ、ありえることだな、それは」

 

 

 ハルナはこの先、この前襲ってきた敵が再び攻撃してくることを懸念していた。

カモミールもそれを聞けば、なくはない、むしろ可能性が高いと言葉にした。

 

 

「だから、この際みんな仮契約しちゃった方がいいんじゃないかなってね」

 

「姉さんもそう思うでしょ?」

 

 

 ならば、こちらもそれに応じた対策をするしかない、とハルナは思った。

そして、その対策で最も行いやすいのが、仮契約だと考えたのだ。ただ、対策と言えど対抗策ではない。身を守るための策だ。

 

 カモミールもその意見には賛成だった。

いや、むしろもっとやれ、やれと言ってくれ、と言わんばかりの食いつきようだった。

 

 

「で、ネギ君があの紙をまだ持ってないかなって考えてた訳」

 

「は? 紙?」

 

「ほら、あの仮契約用の」

 

 

 それならさっそく、と考えたハルナは、簡単に仮契約が可能な契約用紙の存在を思い出した。

あれがあれば、即座に仮契約が可能だからだ。ハルナはそれをネギがまだ持っているか、聞きに行こうと思っていたのである。

 

 何それ? カモミールの最初に思ったのはそれだった。

ハルナはカモミールがそれを忘れているのかと思ったのか、説明を行いだした。

 

 

「別に俺っちがいりゃ必要ねぇーんだよ!! チクショー!!」

 

「あー、キスでもできるんだっけ?」

 

「それが普通なはずなのにあの紙切れのせいでクソー!!」

 

 

 しかし、カモミールとてそんなことは説明されなくても、理解している。

むしろ、そいつの存在を消しちまいたいんだよ! とばかりに大声で叫び始めた。

 

 そこでハルナ」は別の仮契約の方法を思い出したようだ。

カモミールはそれこそが正規の方法だと、叫ぶかのように訴えたのである。

 

 

「んまあ、そっちも個人的には楽しそうでいいけど、みんな一々腹をくくる必要があるだろうしねぇ」

 

「んなこと言ってる場合じゃねぇでしょ!?」

 

「そうは言うけど、乙女にとってキス一つは結構大きな壁だよ」

 

 

 ハルナもカモミールが提唱する方法のが楽しそうではあると思っていた。

されど、その方法だと色々と考えさせられる部分もあった。

 

 そんな風に言うハルナへと、カモミールは大きく叫ぶ。

この危機的状況の中、方法なんて気にしている場合ではないと。

 

 そう、確かにその通りではあるだろう。悠長なことを言っている余裕はない。

()()でも、ハルナが同じことを口にしてネギたちを丸め込んでいた。

 

 だが、()()では刹那はおろか木乃香すら滅茶苦茶強く、アスナもべらぼうに強かった。当然楓も普通に強いし古菲もこっちで修行したのか強くなってる感じだった。なので、戦力強化に全力を注ぎたいという気持ちは、あまり湧いてこなかったのである。

 

 また、覇王と言う強力な存在がおり、ある程度安心している部分があった。それ以外にも千雨が連れてきた、法とカズヤの二人が近くにいるというのも、気持ちを緩めるには十分な存在であった。

 

 エヴァンジェリンが近くにいるというのも、それなりに影響があった。とは言え、エヴァンジェリン自身は存在感をほとんど消して近くにいる上に、ハルナもエヴァンジェリンのことをよく知らないので、何か強く期待しているという部分があまりない状態なのであるのだが。

 

 故に、無理強いしてまでキスさせるのもなんだかな、と思ったりもしていた。

だからそれを差し置いても、女の子の唇は重たいと、ハルナは言ってのけた。特にそれが初めてであればあるほど、その意味が大きくなると。

 

 

「ネギ君は子供だけどほら、イケメンだし、逆にみんなが恐縮しちゃうんじゃない?」

 

「確かにそうっすけど、……ちなにみ兄貴の方は?」

 

 

 また、相手はあのネギである。彼は少年ではあるが、顔立ちの整ったイケメンだ。

そんな少年と唇を重ねるのは、やはり、ちょっと恥ずかしいのではないかと、ハルナは言葉にした。まあ、そう言うハルナ自身は、そのあたりなどさほど気になどはしていないのだが。

 

 今の発言に、カモミールも納得するものがあった。

それでこんどは自分が兄貴と慕う、カギの方について聞いたのである。

 

 

「あー、カギ君はほら、何かそう言うの照れそうだしねー」

 

「ま、まあそうだが……」

 

 

 その問いにハルナは、その場合は逆にカギの方が恥ずかしがってしまい、無理ではないかと答えた。

カモミールはそれに対しても納得を見せ、そうなると予想したのだった。

 

 

「だから、そう言うの気にしないでやれる仮契約ペーパーの方が手ごろかなって思っちゃってさ」

 

「く……クソー!!!」

 

 

 そういう理由もあって、やはり仮契約には契約用紙を使ったほうが早いと、ハルナは思ったのである。

カモミールはそれに対して納得しつつも、かなり悔しそうな態度で嘆きを叫ぶのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギと踊り終わったのどかは、一人で少しふらふらと歩いていた。

 

 

「ちょっと疲れちゃったかな……」

 

 

 緊張と張り切りでほんの少し疲れを感じたのどかは、休憩できる場所を探して周囲を伺ったのである。

 

 

「よう」

 

 

 そんなのどかへと、不意に声をかける一人の男性が現れた。

 

 

「クレイグさん!? どうしてここに!?」

 

「なんだか招待状が手に入っちまってな」

 

 

 それはこっちへ来てから助けてもらっていた、クレイグだった。

のどかは何故彼がここにいるのかを驚き、尋ねてみた。

 

 するとクレイグはこの舞踏会の招待状が偶然手に入ったからと言葉にしながら、後ろで苦笑しているクリスティンを立てた親指でさしたのだ。

 

 

「あれ……? ロビンさんは?」

 

「あー……」

 

 

 のどかは後ろに控えていた彼の仲間を見て、ひとり足りないことに気が付いた。

それは緑色の外套の男、ロビンだ。そのいないロビンのことをクレイグへと聞けば、頭を指でかいて、少し悩んだ顔を見せた。

 

 

「あいつも一応来てはいるが、空気が馴染めんっつってバルコニーに出てるよ」

 

「そうですかー」

 

 

 結論から言えば、ロビンもこの場に来ていた。

しかし、ロビンという男はこのような華やかな場所を苦手としていた。なので、会場にはおらず、外の空気が吸える場所に出ていたのだ。

 

 それをクレイグが苦笑しながら説明すると、のどかも納得した様子を見せていたのだ。

そのあと、彼らと少し談笑したのどかは、疲れが取れたのを感じ、夕映のところへと歩き出したのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは舞踏会である。当然ながら眼鏡の少女、千雨も法とダンスを行っていた。

 

 

「なあ……」

 

「どうした?」

 

 

 そこで、ふと千雨は気になったことがあったようで、疑問を含んだ声を出した。

法はそれに対して、何か気が付いたのかと、小さく尋ねた。

 

 

「なんでお前はそんなに踊りなれてるんだ……?」

 

「ああ、そのことか」

 

 

 千雨が気づいたこととは、つまり法がダンスに慣れている感じということだった。

それを聞けば法は、そんなことか、という感じの声の後、簡単な説明を始めた。

 

 

「一応、俺は資産家の息子でな……。それなりの教養を身につけさせられた」

 

「……は?」

 

 

 なんということだろうか。ここに来て新たな真実が明るみに出たではないか。

この法、こともあろうに資産家の息子だったのだ。いや、特典の元となった存在を考えれば、確かにそうなってもおかしくはないのだが。

 

 その知りたくもなかった真実に、千雨は表情を呆けた顔で硬直させていた。

何それ、知らないんだけど、そんな顔だった。

 

 

 

「う……嘘だろ……? お前が? 何かの冗談だろ?」

 

「嘘じゃないさ。まあ、信じないのはそっちの勝手だが」

 

「マジかよ……」

 

 

 もはや現実逃避めいた様子で事実を飲み込めきれない千雨は、否定してもらうかのごとく、何度も質問を重ねていた。

というか、同じクラスに財閥のお嬢様がいるというのに、なんともひどい慌てふためきようである。まあ、法をそういう目で、一度も見たことがなかったが故の驚きというものだ。

 

 そんな千雨に、特に気にした様子もなく、真実だとはっきり告げる法。

あえてこのことを言わなかったのは、千雨がこのように混乱すると思ったからである。

 

 もはや、逃れられぬ現実を少し受け止め始めた千雨は、驚愕の表情とともに脳内で頭を抱えていたのだった。

 

 

「どおりでムカつくぐらい様になってるわけだ……」

 

「誉め言葉として受け取っておこう」

 

 

 こっちは頭を抱えて悩んでいるというのに、目の前の法は涼しい顔をしているだけだ。

千雨はその態度にイラつき、皮肉の一つを投げ飛ばした。

 

 が、それすらも涼しい顔で流す法。

もはや完全に慣れた様子でしかなかったのだった。

 

 

「で、まだ何も起こってないようだな」

 

「まあな……」

 

 

 と、そこで話を切り替えるように、法は真剣な顔で今の現状について話し始めた。

千雨も今の平和な現状を見て、特に何かが起こっている訳ではないことに、静かに同意した。

 

 

「このまま、何事もなく過ごせればいいのだが……」

 

「嫌な予感しかしねぇ……」

 

 

 しかし、今は平和だが、この先はわからない。

彼らは知らないが、すでに敵の一人がらかんと戦闘に入っているのだ。

 

 法はただただ、今の平和な状態で終わればよいと、願いを言葉にした。

されど、千雨はそううまくいくはずがないと考え、踊りながら脳内で頭を再び抱えるのであった。

 

 

 ……ちなみにカズヤは、ただただつまらなそうにそこらへんをぶらついていた。

 

 

…… …… ……

 

 

 ダンスに一区切りついたネギたちは、作戦会議のために数人で集まっていた。

 

 

「ということで、仮契約しよう!」

 

「えー!?」

 

 

 突然の第一声を放ったのは、眼鏡黒髪セミロングのハルナだ。

それに対してつっこむかのように、不満の声を出すネギだった。

 

 

「えー!? じゃないでしょ! こういう時だからこそだよ!」

 

「だ、だけど……」

 

 

 そこへハルナは、この危険が迫っているかもしれない今だからこそ、仮契約が必要なのだと叫んだ。

 

 ネギもそのことは理解していたのか、否定はしなかった。

しかし、やはり生徒と仮契約を行うというのには、罪悪感と抵抗があったのである。

 

 

「今の状況を見て、そんな悠長なこと言ってる暇はないでしょ?」

 

「……そうですが……」

 

 

 されど、危険は刻一刻と迫ってきている。

悩んでいる時ではないと、ハルナは論じた。

 

 とは言え、やはり仮契約するのには非常に消極的なネギは、それでも拒否したいという態度を見せていた。

 

 

「おいおい、悩んでる場合じゃねぇと思うぜ?」

 

「カモくん?」

 

 

 そこへカモミールがシュッとハルナの肩へ移動し、うだうだやっている暇はないと言い出した。

突然現れたカモミールへと、ネギは視線を移した。

 

 

「敵の数は未知数、攻撃してくんなら自分らだけで守護れる数だって限られるんだぜ?」

 

「確かにそうだけど……」

 

 

 カモミールは今の危険な状態を再認識させるかのように、それを語った。

とは言われても、やはりポンポンと仮契約を行うのはよろしくないと、ネギは考えしりすぼんでしまう。

 

 

「だからこそ、せめて自分を守れる装備を渡しておくのは悪い考えじゃないと思うんだがなぁー?」

 

「う……うん……」

 

 

 別に戦わせる訳じゃない。ある程度自分で身を守れるようにするために行うのだ。

そうカモミールは説得するように、言葉をつづけた。

 

 しかし、やはりネギは乗り気ではない様子。

ただ、納得できなくもない理由であり、この現状を考えればやむなし、とも考え始めていた。

 

 

「そう思うよなー! 兄貴ーもよー!」

 

「……え? まあ、そうかも……」

 

「なんで兄貴も乗り気じゃねぇーんだよ!!!」

 

 

 それでも乗り気にならないネギを見たカモミールは、ならばカギへと話を振って盛り上げてもらおうと考えた。

しかし、カギすらも仮契約に乗り気ではなく、テンションがとても低かった。

 

 昔は仮契約してぇー! とか言ってたのに、なんだこの現状は。

いや、少し前からあまり乗り気ではなかったが、露骨にテンション下がってるのを見て、カモミールはつっこむように叫んでいた。

 

 

「とりあえず、今仮契約の紙ってあの何枚ある?」

 

「えっと……、あと3枚ほどですね……」

 

「3枚かあ……」

 

 

 まあ、それよりも、まず先に確認することがある。

仮契約に必要な用紙だ。あれがなければ話にならない。

 

 それをハルナがネギへと聞けば、今の手持ちは残りはわずか3枚だけだと返ってきた。

3枚、たった3枚。思ったより少なかったことに、ハルナは少し頭を悩ませた。

 

 

「くーと楓とゆーなは戦える感じだから、それ以外の子がいいね」

 

 

 そして、3枚だけならば、誰と仮契約をさせるかを、ハルナは腕を組んで考えた。

古菲、楓、裕奈は自力で戦う力がある。特にこっちに来てからと言うもの、古菲と楓はかなり強くなった。

それ以外にも裕奈はなんか最初から魔法使いだし、大丈夫だと判断した。

 

 ならば、それ以外の戦えない子たちと行うべきだろう。

とは言ったものの、事故でこっちに来た子は3人以上いる。はて、誰にしようかと、ハルナは迷っていた。

 

 

「そうだ! ここに少年三人いるわけだし、コタ君を含めて一人一回ずつしよう!」

 

「はあー!? なんで俺もせなあかんのや!?」

 

 

 だが、ハルナがそこで思いついたことは、関係ない別のことだった。

それは小太郎が、目に入ったからこそ思いついたことでもあった。

 

 小太郎も含めて三人の少年がここにいるではないか。

そして、仮契約用紙も3枚ある。ならば、三人が一人ずつ仮契約すればいいじゃないか、というものだったのだ。

 

 完全に部外者と思っていた小太郎にとっては、まさに寝耳に水であった。

突如として話に加えられた小太郎は、驚いた顔で文句を叫んだ。

 

 

「お姉さんからのお節介だよ! 夏美と仮契約してきな!」

 

「なしてそこで夏美姉ちゃんが出てくんねん!!」

 

 

 何故ハルナが突然そんなことを言い出したというと、夏美のことを気にしてのことであった。

夏美からは強烈なラブ臭がする。アンテナがそう言っている。その相手は目の前の小太郎だ。

 

 であれば、お節介だとわかっていても、ちょっと手助けしたくなるのがこのハルナという少女だ。

そういうことで、小太郎へとハルナとの仮契約を勧めたのだ。

 

 されど、小太郎にはそこでどうして夏美の名前が出てきたのか理解できなかった。

故に、その疑問をぶちまけるかのように、再び叫んで文句を吐き出していた。

 

 

「そっちの管轄だと思ってたけど違った?」

 

「いやまあそうやけど……」

 

 

 何故? という問いに、むしろ関わり合いがあるのはそっちじゃないのか、と返すハルナ。

何せ、小太郎はハルナの部屋に居候している身で、関わりが深いのも事実だ。

まあ、その部屋には、現時点でここにいるあやかも住んでいるのだが。

 

 それを言われたらまったく否定できない小太郎は、そのことはしぶしぶと肯定した。

 

 

「ちゅーか! 仮契約したって何出るかわからへんやろが!!」

 

「まあそうだけど、自分で身を守れる何かが出ればいいかなってね」

 

「そんなん賭けやろ!!!」

 

 

 しかし、小太郎はふと今思った疑問を、思いっきり突き出した。

それは仮契約したところで、どんなアーティファクトが出てくるかわからないということだった。

出ない可能性だって実はあったりするし、使えないものが出るかもしれないと小太郎は考えたのだ。

 

 されど、ハルナとしては何か便利なものが出ればいいな、程度の考えであった。

出ればあるだけマシと思っており、もしかしたらかなり便利なものが出るかもしれないという希望もあった。

 

 だが、それは完全に賭けであった。アーティファックトガチャであった。

そのことに対して小太郎は、はっきりと文句を大声で投げたのだ。

 

 

「そんなに嫌なのかね?」

 

「べ、別にんなこた言っとらへんやろが!!」

 

 

 ハルナとて、そんなことなど言われなくともわかっていることだ。

それよりも、こんなに必死に否定してくるあたり、夏美と仮契約するのが嫌なのだろうか、と逆に質問してみた。

 

 その問いに小太郎は、少し戸惑った様子を見せながらも、そんなことはないと言った。

別に紙に印を押すだけだし、それ以外のことはやらないのだから。

 

 

「じゃあ決まり! ささっとやっておいで!!」

 

「勝手に決めんなや!!」

 

 

 嫌ならしょうがないと思ったが、そうでないなら問題ない。

ハルナはだったらやっていこうと、声高らかに彼らに命じたのである。

 

 ただ、全部仕切られていることに、小太郎は再び文句を叫んだ。

嫌ではないと言ったが、やるとも一言も言っていないのだ。

 

 

「マジでやんの? マジで?」

 

「カギくんも臆病風吹かせちゃってまあ……」

 

「いや、そうじゃないが、マジでやんの?」

 

 

 そのハルナの宣言を聞いたカギも、本気と書いてマジ? と言い出した。

最近もはや従者ハーレムなんかどうでもよくなってきているカギは、もう積極的に仮契約をする気がない。

 

 そんな態度のカギに、ハルナはシャイな部分が出てきたと考えたようだった。

普段はスケベ根性丸出しだというのに、こういう時になると臆病風を吹かすのがカギだと思っているからだ。

 

 だが、カギとて別にキスとかする訳ではないので、そういう部分で臆することはないので、違うと否定した。

それでも、本当に、マジで仮契約しなきゃならんのかと、再び訪ねていた。

 

 

「マジマジも大マジよ!!」

 

「はあぁぁぁぁぁ――――――……」

 

「なんでそんなおっさんみたいなでかい溜息ついてんの!?」

 

 

 カギの質問には、当然本気だと返ってきた。

あたり前である。ハルナがこんなことを言い出したからには、やらなきゃ止まらないのはわかっていたことだった。

 

 すると、やっぱり、という様子で、陰鬱な表情で大きくため息を吐き出しはじめたカギ。

やだやだ、あーやだやだ。この期に及んで仮契約なんて、あーやだやだ。そんなことを言いたそうな雰囲気とオーラがにじみ出ていた。

 

 そんなカギのひどく疲れた溜息に、ハルナはおっさんみたいだと言葉にした。

いや、実際カギは転生者で、前世と合わせれば完全におっさんみたいなもんなのだが。

 

 

「で……、誰とすりゃいいんだ……?」

 

「この際二人が決めてよ」

 

「は……? 何言ってだコイツ……?」

 

 

 まあ、やるっつーんなら、しょうがない。

カギは腹をくくったようで、ならば誰と仮契約すればよいのかを、ハルナに聞いたのだ。

 

 しかし、ハルナは自分ではなくそちらで決めてくれと言い出したではないか。

その発言にカギは、呆れた表情で呆れた感じの台詞を吐き出していた。小太郎のように、勝手に相手を選んでくれるとばかりに思っていたカギは、完全に意表を突かれたからである。

 

 

「だってさー、仮契約するのは二人じゃん? だったら、二人が決めた方がいいと思うんだよね」

 

「いや、よくねーよ! 俺って結構決めるの苦手なんだよ!!」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 

 カギの呆れた顔を見て、ハルナは言い訳を言葉にした。

仮契約を行うのはカギとネギである。その本人が決めたほうがいいと思ったと、説明したのだ。

 

 されど、カギはそこででかい声で反論した。

いや、もはや情けないぐらい悲しい事実を述べただけであった。

 

 その言葉に今度はハルナが呆れた顔を見せていた。

いやしかし、美少女から一人選べと言われれば、悩んでしまうのもしかたないことである。

 

 

「確かに兄さんはそういうところあったね……」

 

「うっ、うっせーよ! チクショー!」

 

 

 ああ、そういえばそうだったね、と思い出したかのようにネギがカギへと言い出した。

弟の生暖かい視線と言葉に、カギは悲しみを叫ぶので精いっぱいだった。

 

 

「とりあえずさ、話してみてOKって感じならでいいからさ!」

 

「ま、まぁいいか……」

 

 

 それなら戦闘力のない子なら誰でもいいから、とにかく話してみてとハルナはアドバイスを送った。

また、NOと断られたら無理強いはしない、という感じのことも含まれていた。

 

 カギも選べないのであれば、()()で出たアーティファクトの便利順で決めようと考えたようだった。

 

 

「しかし、誰とするか……。守護れる道具が出るやつ……。でも楓とはなしな感じだし……、ぬぬぬぬぬ……」

 

 

 だが、カギはそこでも悩んだ。

というか、出てくるアーティファクトの中で、もっとも便利なものは楓と仮契約して出てくる天狗之隠蓑だ。

 

 これはマントの中に住居として使える部屋のような異空間があり、隠れる機能まで備わっている優れたものだ。複数の人をその中に入れて移動することも可能でもあるため、戦闘できない子たちを安全に移動させるのにも便利なのである。されど、楓は忍者で戦えるので、仮契約候補に入ってない感じだった。

 

 だからこそ、それ以外で便利なアーティファクトが出てくる子と仮契約しなければならないことに、カギは悩んだのである。

 

 とは言っても、必ずしもネギが仮契約した時と、同じアーティファクトが出るとは限らないのだが。

 

 

「何ぶつぶつ言ってるの兄さん」

 

「なっ! なんでもねーよ! 誰にするか悩んでるだけだよー!!」

 

 

 それが自然と口から漏れていたのを聞いたネギが、カギへとそれを質問した。

すると、カギはそれがこっぱずかしかったようで、照れて叫びながら言い訳をぶちまけたのだった。

 

 

「まあ、腹をくくって行こうぜ弟よ」

 

「え!? 本当にやるの!?」

 

「やるから言ってんだ。さっさと終わらせてこようぜ……」

 

 

 そのあと冷静さを取り戻した態度を見せたカギは、お前も来いと言わんばかりにネギへ一緒に行くぞと言った。

 

 ネギはそれに対して、本当に仮契約をするのか、と再度確認するかのように大きな声で聞いたのだ。

それにカギは、やる気のなさそうな声と態度を見せながらも、当然だと言う感じで渋々肯定していた。

 

 

「そ、それじゃ、これがその紙」

 

「おし……」

 

「なして俺まで……」

 

 

 ならば仕方がない。ここまで来たらやるしかない。

ネギもそう考えたのか、カギと小太郎へと仮契約の紙を渡した。

 

 カギはそれを受け取ると、本当に渋々という声で気合を無理やり出していた。

小太郎はと言うと、まるで被害者になったような顔で、巻き込まれたという感じのことをこぼすのだった。

 

 

「まだまだ子供だねぇ~」

 

「あの紙さえ……あの紙さえなけりゃあ……!!!!」

 

 

 そして、ハルナはいい感じにまとめるような一言を、ゆっくりと歩き出した彼らの背中へ向けて言い放った。

その肩の上で、憎々しく彼らが持っている仮契約ペーパーを睨みつけ、恨みつらみを吐き出すカモミールがいたのであった。

 

 


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