理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百六十三話 ランサーのサーヴァント

 総督府では、未だ召喚魔と警備兵との戦いが続いていた。

されど、警備兵の攻撃はまったくもって通じず、完全に押されていたのが先ほどの現状だった。

 

 が、そこで突如として押し返し始めた。

それはアルカディア帝国の警備隊が、この戦いに参上したからだ。おかげで未だに警備兵に大きな被害はなく、誰も()()()()されてはいなかった。

 

 

「はあぁ!」

 

「うおぉぉっ!」

 

 

 そこで周囲の兵士よりも、ひときわ目を見張るほどの活躍をする兵士が二人いた。それこそがメトゥーナトの部下である、スパダとグラディであった。

 

 二人は街で起こった戦闘の後、アスナを遠くから見守るようにして護衛していた。そして、ここへ来ていたので、この事態を即座にメトゥーナトへ伝え、増援を受けたのである。

 

 

 ――――ただ、すさまじい活躍を見せるのは彼らだけではなかった。とてつもないスピードとパワーで召喚魔を圧倒する、輝かしい騎士の姿があったのだ。

 

 その騎士は白銀の鎧に身を包んだ、金髪の男性だった。

顔もかなり整っており、たいていの人が見ればイケメンだと言うだろう。

 

 どこの所属かは不明だが、騎士は瞬く間に握っている剣で、100……1000の敵を屠っていく。その進攻は止まることなく、まさにハリケーンのごとき所業であった。

 

 スパダとグラディも素晴らしい戦いぶりを見せてはいるが、白銀の騎士はそれ以上の働きを見せていたのだ。また、その近くには男性がおり、ともに戦っているようだった。

 

 

「これだけの数……、なかなか歯ごたえがあると言うものだ」

 

「されど、数だけで肝心の中身に歯ごたえはないがな」

 

 

 そんな騎士の近くでは少し霞むとは言え、流石はメトゥーナト直属の部下とだけあり、二人はすさまじい実力を備えていた。

それ以外にも対策用の武装を施しているのも大きく、二人は召喚魔をいともたやすく薙ぎ払っていったのである。

 

 されど、やはり数は多く、まだまだ視界には大量の召喚魔が存在していた。しかし、所詮は雑魚。この程度であれば、問題はないと、両者は思うのであった。

 

 

「しかし、これはまさに20年前の再来」

 

「ついに皇帝陛下がおっしゃられていたことが起こったという訳か」

 

 

 また、二人が一番思うことは、皇帝の発言であった。

皇帝はこうなることを、すでに予見していた。半分は協力者としての転生者が言っていたこともあるのだが。とは言え、皇帝は再びこのようなことが起こることを、確信していたのは事実であった。

 

 そのことを思い出し、皇帝の言葉が誠になったのを、今の戦いで実感していたのである。

 

 

「まあ、我々はただ、目の前の敵を倒すのみ」

 

「そうだな」

 

 

 ただ、そんなことを考える必要はないだろう。

この現状において、やるべきことはただ一つ、敵の殲滅以外ないのだから。故に、二人は皇帝やメトゥーナトの手足となりて、敵を倒すだけであると考え、剣を振るっていくのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 黄金の男から辛くも逃げ切ったネギたちは、ようやく地下物資搬入港へ続く広場へとやってきていた。

 

 

「みんな大丈夫かしら……」

 

「先行した兄さんも気になるけど……」

 

 

 この広場は未だに静まり返った雰囲気ではあるが、他のところでは戦いが繰り広げられている。

それを考えたアスナは、他の仲間たちは無事なのかどうかを心配していた。

 

 また、ネギはそれ以外にも、この状況にいち早く動き、走り去ったカギのことを心配している様子であった。

 

 

「っ!?」

 

「なっ!?」

 

 

 だが、その時、突如として空の空間が割れ、大柄な男がその割れた空間から落ちてきた。

それを見たネギたちは、驚きの表情をしていた。何故なら、その男はよく知っている人物だったからだ。

 

 

「ラカンさん!?」

 

「よお、ぼーず!」

 

 

 なんと、そこから出てきたのは、血に濡れたラカンだった。

あのラカンが血濡れの姿で出てきたということが、最も驚かされることでもあった。

ネギはたまらずその名を呼べば、ラカンはいつもと変わらぬ様子で返事を返してきたのである。

 

 

「ラカン、急に出てきたが一体どうした!?」

 

「お前がそこまで手傷を負うとは」

 

「んだ? クルトとガトウも一緒か」

 

 

 クルトは突如として割れた空間から出てきたラカンに対し、何があったかを問い詰めるように叫んだ。

ガトウはと言うと、冷静にラカンの状況を見て、この男がこれほどのダメージを受けていると言う事実に驚いていた。

 

 そんな二人にさえも、ラカンは久々に会った旧友と言う感じで、軽く言葉を交わすだけであった。

 

 

「見ての通り、戦闘よ」

 

「そうだろうが、相手は……?」

 

「そこだ」

 

 

 そして、何があったと言われれば、答えは一つしかないだろう。

それをラカンが答えれば、ガトウも真っ当な質問を返したのである。

 

 ガトウの問いにラカンは少し離れた場所を指でさすと、その先にはもう一人、男が血濡れで倒れていたのだ。

 

 

「……俺の負けだ……」

 

「ああ、俺の勝ちだ」

 

 

 その男こそ、ラカンと必殺技を撃ち合い、競り負けたブラボーであった。

もはや全身ボロボロの状態で、大の字になって倒れていたのである。

そして、ブラボーは自ら敗北宣言を、苦しそうに言葉にしたのだ。

 

 また、必殺技同士の衝突による衝撃により、結界が破壊されたのでラカンらが現れたのである。

 

 それを聞いたラカンは倒れて動けぬブラボーへと近寄り、勝利宣言をブラボーへと言い渡した。

されど、その言葉に自慢や見下した様子はなく、むしろ敬意さえ感じられるものだった。

 

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「なんとか……だがな……」

 

 

 そこで倒れたブラボーへと一直線に駆け寄る、一人の少女の姿があった。

それはブラボーが連れてきた仲間の少女であった。少女はブラボーがズタボロなのを見て、かなり心配した様子で近寄り声をかけたていた。

 

 ブラボーは苦痛を我慢しながらも、ギリギリではあるが無事であることを少女へと伝えた。

されど、やはり見た目はズタボロのぼろ雑巾。体も動かない有様であり、心配するなと言う方が無理であった。

 

 

「その子は?」

 

「そいつの仲間だ」

 

 

 その少女を見たがとうは、彼女についてラカンへと聞いた。

ラカンは即答するかのようにそれを答えながらも、ブラボーと少女へと目を向けていた。

 

 

「だったら拘束して情報を吐かせるべきだと思うのだが?」

 

「そこまでする必要はねぇだろ?」

 

「何故だ!?」

 

 

 そこへ敵であればこのままほっとくのはおかしいと、クルトは渋い顔で苦言しだした。

 

 しかし、ラカンは不要と断じた。と言うのもこのラカン、女の子にはとても優しいのだ。まあ、下着を奪ったりセクハラまがいなこともするのだが。

 

 そんなラカンの言葉に、クルトは苛立ちながらその理由を問いただした。

 

 

「おい、お嬢ちゃんよ。もう戦う気なんかねぇんだろ?」

 

「……はい。私はこの人が言った通り、降参します……」

 

「そうかそうか!」

 

 

 と、言うのも、ブラボーとの戦いにおいて、少女は参戦しないと言うことを最初に言われていた。

また、それをラカンは確かめるかのように、少女へと優しく聞いたのだ。

 

 少女はそれを肯定し、小さくうなずいた。

それを見たラカンは盛大に笑いながら、納得した声を上げていた。

 

 

「だそうだが、どうする?」

 

「そうだな。俺たちは急いでる訳だし、彼らを捕まえて連れていくのは少々面倒だ」

 

 

 そして、ラカンは近くにいたガトウへと、少女の処遇を尋ねた。

ガトウは腕を組みながら、自分たちの目的は現状を考え、少女を拘束して連れまわすのは不便だと考え言葉にした。

 

 

「そうね。ここでおとなしくしてくれてるのなら、問題ないんじゃないかしら?」

 

「そうですね……」

 

 

 また、アスナも同じ意見であり、少女たちがここで動かないのであれば、気にすることはないと言い出した。

同じくネギも自分と同じぐらいの少女を、無理やり拘束するのは気が引けると言う様子であった。

 

 

「甘いことを言わないでいただきたい!? 彼らは敵なのですよ!?」

 

「この状態じゃあの男はまともに動けんだろうよ」

 

 

 されど、それじゃ甘いと怒気を含んだ叫びをあげるクルト。

このまま敵を放っておくと言うのはあまりにもお粗末だと、クルトは主張したのだ。

 

 その答えとしてラカンは、ブラボーと名乗った男がしばらくは動けるような状態ではないことを言葉にした。

当然である。自分の最大の奥義を受けて、無事なはずがないのだから。

 

 

「あの少女とてどれほどの力を秘めているかもわからんのですよ!?」

 

「つっても、あの子はもう戦わんとよ」

 

「敵の言葉を信用するのですか!?」

 

 

 が、懸念すべき部分はその男だけではない。

その傍にいる少女ですら未知数だとクルトは声を張り上げた。

 

 そうは言うが、少女は今しがた不戦の宣言をしたばかり。

ラカンはそれを言葉にしたのである。

 

 それでも少女とて敵。敵は敵だ。

その言葉を鵜呑みにするのは間違っていると、クルトはさらに強く主張したのだ。

 

 

「信用できないのでしたらこれで契約を……」

 

「鵬法璽か」

 

 

 そんな彼らのやり取りを見ていた少女は、それならと懐から鷹のような鳥を模した道具を取り出した。

それは魂まで縛り付けるほどの強力な契約を可能にする、魔法具であった。

 

 ガトウはそれを見て、その魔法具の名前をぽつりと言葉にした。

 

 

「んじゃ、俺様が契約すっか!」

 

「お願いします」

 

 

 それならと、ラカンが自ら契約者として名乗り出た。

ブラボーなる男と戦っていたのはラカンであり、けじめをつけようと考えたのだ。

 

 少女はぺこりと頭を下げると、自分たちは彼らとは戦わない、この騒動が終わるまではここを動かない、と言う趣旨を述べて契約を行った。

 

 

「おし、契約完了だ。これで文句はねぇだろ?」

 

「う……うむ……」

 

 

 そして、契約ができたのを確認したラカンは、これでも何かあるか? とクルトへと言い放った。

 

 クルトはそれに対してまだ何か言いたげな、怪訝な表情ではあったものの、それ以上何も言うことはなかった。

何せ契約したとは言え、敵の持っていた魔法具で契約したのだ。何があるかわからないと疑うべきであったからだ。それでも今のやり取りを見て、敵の少女も嘘をついている様子はなかったので、あえて何も言わなかったのだ。

 

 

「んじゃ先に急ぐとするか」

 

「そうしましょっか」

 

 

 一連の件が終わったのを見たガトウは、ならばここにはもう用はないと言い出した。

つられてアスナも用が済んだなら仲間との合流を急ごうと考え、そう言葉にしたのである。

 

 

「あのよぉ? 俺、結構ボロボロなんだが、誰も心配してくれねぇの?」

 

「は? 誰が?」

 

「ピンピンしてるじゃない」

 

 

 それを見たラカンは、何かおかしいと言うことに気が付いた。

それは誰も自分のことを心配していないということだ。これほどまでに手傷を負った状態だと言うのに、心配の声一つ聞いてないのだ。

 

 そのことについてラカンが言えば、ガトウは何を今さら、と言う呆れた顔を見せるではないか。

アスナですらも、確かに傷だらけの血まみれのラカンだが、余裕の様子を見せていることをつっこんでいた。

 

 

「ひでぇな……。どう思うよぼーず」

 

「いえ、大丈夫そうだと思いますけど……」

 

「おめぇもかよ……」

 

 

 うわー、こいつらちょっとどころかかなりひどい。

旧知の仲ではあるがもう少しこう、手心と言うか。

ラカンはそう思いながら、今度はネギへと話題を振った。

 

 されど、ネギから出た台詞も、ラカンが期待していたものではなかった。

なんとこのネギでさえも、今のラカンの状態でも平気そうだし元気だし問題ないかも……、と思っていたのだ。

 

 ラカンはネギにすらそう言われ、こいつも随分図太くなったな……、とさえ思っていた。

まあ、言われた通り間違いなく元気ではあるのだが、もうちょっと心配してくれてもよくね? とラカンは心の中で思うのだった。

 

 

「馬鹿言ってないで行くぞ」

 

「おめぇら酷すぎじゃね? ちょっと……、いやかなーり酷すぎじゃね?」

 

 

 そこへガトウが今のラカンの言葉を、馬鹿なことと一蹴して先に急ぎだしたではないか。

これにはラカンもげんなりした顔を見せていた。とは言え、誰も心配しないのは、むしろラカンを信用してのことなのだが。

 

 さらに言えば、ラカンが無敵すぎるのも悪いところではあるのだが。

それでも安否を気遣う言葉ぐらいかけてくれてもいいんじゃないか? とラカンは涙とともに、ガトウから投げ渡された治療用魔法薬を飲むのであった。

 

 

 そして、ネギたちはラカンを連れて去っていき、この場にはブラボーと少女だけが残っていた。

 

 

「…………すまなかった……」

 

「何のことですか……?」

 

 

 ふと、ブラボーは依然倒れたまま、少女へと謝罪を言葉にした。

少女は謝罪を受けるようなことに身に覚えがなかったので、どういう意味での謝罪なのかをブラボーへと聞いた。

 

 

「ヤツに勝つと言う約束を果たせなかったことに対してだ……」

 

「そういうことですか」

 

 

 ブラボーの謝罪とは、あの時にらかんを倒すと約束したのに、それができなかったことに対してのものであった。

少女はそれを聞いて、確かに約束したことを思い出した。

 

 

「……いいんです。私はあなたが死なないでいてくれたのなら……、それで……」

 

「そうか……」

 

 

 されど、少女は約束が破られたことに対して、特に気にした様子は見せなかった。

そんな約束なんて問題ではなく、むしろブラボーが死なずに済んだと言うことに、少女は安堵をしていたのである。

 

 それを聞いたブラボーは、小さく返事をするだけであった。

されど、よく見れば憂いの表情を見せる少女を見て、申し訳ない気持ちが込み上げてくるのがわかった。

 

 

「あの、これを……」

 

「……俺にはまだそれは荷が重い持ち物(ちから)だ……。しばらく預かっていてくれ……」

 

「……わかりました……」

 

 

 と、そこで少女は預かっていた二つの核鉄を取り出し、ブラボーへと渡そうと手を伸ばした。

だが、ブラボーはそれを拒否し、再び少女へ預け事にしたのである。

少女はブラボーの言葉通り、再び核鉄を懐へ戻すと、自分ができるかぎりの治癒の魔法をブラボーへとかけはじめたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 周囲の召喚魔を蹴散らしながら駆け抜ける、少女たちの姿があった。

それは刹那たちだ。マタムネやさよも合流し、さよは木乃香とすでにO.S(オーバーソウル)している状態だ。

 

 同じくさよの近くにいた和美と、先ほど加わった状助一行もおり、誰もが約束の場所へと急いでいた。

 

 

「ちょっと待って!」

 

「どうしました?」

 

 

 だが、そこで和美が待ったをかけて急停止したではないか。

誰もがそれに少し驚き、走るのをやめて立ち止まった。そこで刹那が何か見つけたのかと思い、足を止めて和美へと問いかけた。

 

 

「あそこに……」

 

「これは……血……! お前は……!?」

 

 

 和美が見つけたのは、血だまりであった。

廊下のT字路の角から、何やら赤い液体が流れ出ているのを見つけたのだ。その和美表情は青白くなっており、嫌な予感を感じている様子であった。

 

 それ以上に、血が苦手な亜子は、今にも卒倒しそうなほどに顔を青くさせていた。

そんな亜子の手を握り、目の前の悲惨な状況を隠すかのように三郎が立っていた。

 

 刹那もそれを見て、どうして鮮血らしきものがあふれ出ているのかを確認しにゆっくりと動いた。

そこで見たものは驚くべき人物が、壁を背にして座り込んでいたのだ。

 

 

「お前はアーチャー!?」

 

「グ……。君たちか……」

 

 

 それこそ、赤色の外套の男、自らアーチャーと名乗った、本名赤井弓雄だったのだ。

また、赤い外套は鮮血で濡れ、どちらの色だったのかさえもわからないような状態だった。

 

 表情はいつものような余裕はなく、顔色を悪くしながら脂汗が噴出しており、かなり辛そうなことが見て取れた。

それ以外にも手で腹を抑えており、傷口がそこにあるのだろうと言うことも伺えた。

 

 刹那が少し声を荒げてその名を呼ぶと、アーチャーも彼女たちの存在に気が付きそちらに目を向け、苦しそうな表情のまま声をかけてきた。

 

 

「なしてそないな傷を……」

 

「ふっ……、君たちには関係のないことだ……ウウッ……」

 

 

 木乃香はアーチャーがこれほどの傷を、どうして受けたのかが気になった。

されど、アーチャーは痛みに苦しみ耐えながらも、無関係と切り捨てまったく話す気がなかったのだ。

 

 ――――アーチャー黄金の男に刺されたあと、転移を何度か繰り返してここへと今しがた飛んできた。

ここに来た理由は単純に、彼女たちに自分を発見してもらうためだった。そう、関係ないと言いつつも、本心は助けてほしいと手を伸ばしているのだ。

 

 とは言え、ここを黄金の男らが強襲することはアーチャーも知っていた。

故に、黄金の男に見つからないかは賭けであった。

 

 

 

「……そうだな」

 

「せっちゃん!?」

 

 

 そんなアーチャーの物言いに、刹那は冷静な表情のまま、肯定の言葉を吐き捨てた。

それに対して木乃香は、驚いた顔で横の刹那の名を呼んだ。

 

 

「……彼は敵です。助ける義理も道理はありません」

 

「この人を見捨てるんか……!?」

 

「無理もないよ。こいつのせいで色々苦労したんだし」

 

 

 それは当然だろう。なんせ目の前の男は、自分たちと敵対している人物だ。

特にこの魔法世界に来た直後に起こしたことを考えれば、助けるなんてありえないだろう。

 

 刹那はそれを言うが、木乃香は流石に血まみれの怪我人を見捨てるとは思っていなかったのか、少し大きな声を出して驚いた。

 

 とは言うが、この男のせいで色々と大変だったのは事実だ。

和美もそれが身に染みているので、困惑した表情でそれを言葉にした。ただ、和美も敵であるにせよ、目の前で人に死なれるのは目覚めが悪いと言う気持ちもあり、若干後ろ髪を引かれている様子であった。

 

 そんな彼女たちのやり取りを、腕を組みながら静かに見守るマタムネ。

何か言いたげではあったが、あえて無言を貫いていた。

 

 

「そういうことだ……。私のことは無視してくれてかまわんよ」

 

 

 その会話を聞いていたアーチャーは、ほっといてくれと言い出した。

しかし、その表情は痛みと出血以外にも、何かを求めるかのような辛そうな表情をしていたのである。

 

 

「ホンマに……?」

 

「何?」

 

 

 そう言うアーチャーへと、木乃香はそれが本気で言っているのかと、困った表情で聞き返した。

そんな質問が来るとは思っていなかったのか、アーチャーは若干驚き、声を出した。

 

 

「ホンマにそう思っとるん?」

 

「…………」

 

 

 さらに木乃香はアーチャーを問い詰めるように質問する。

目の前の男が、本当は助かりたいんじゃないか、と思っているからこその発言であった。

 

 二度の質問で、アーチャーはついに黙ってしまった。

なんと答えればいいのか、どうすればいいのか、迷っているような表情だった。

 

 

「おいテメェ……」

 

「君は……ああ。()()()()のか……」

 

「あんときゃ、よくもやってくれたよなぁ……」

 

 

 すると、少し後ろにいた状助が、ズイッとアーチャーの前へとやってきて声をかけた。

それを見たアーチャーは、この()()()()()()()()がよく無事で生きていたな、と考えながら、目の前に立つ状助をきつそうに見上げた。

 

 そこで状助はなんということか、腕を鳴らしながらアーチャーを見下ろし睨みつけ、ここぞとばかりに恨みつらみを言い出したのだ。

 

 

「……復讐かね? こんな動けぬ自分をさらに痛めつけるのかね? ……それはさぞ気分がいいものだろう」

 

「ああ、当然そうさせてもらうぜ……!」

 

「なっ!?」

 

「えっ!? 状助!?」

 

 

 いやはや、目の前の()()は自分に恨みがあるようだ。

そりゃ死にかけたんだし当然と言えば当然か。ならば、この場で傷ついた自分を殴って気を晴らすのだろうか。

 

 そう、アーチャーは無理やり出した余裕の態度で状助へと問いを投げれば、YESと即答されたではないか。

それには流石のアーチャーもマジで? と言う表情をせざるを得なかった。ここでこの男のラッシュを食らえば、確実にあの世に逝っちまうからだ。

 

 同じく、その状助の言動を見た木乃香は、流石に驚いた。

まさか状助がこのようなことをするとは思ってもみなかったからだ。

 

 

「ドララララララララララアァァァッ!!!!」

 

 

 が、次の瞬間、状助はアーチャーへと、クレイジー・ダイヤモンドのラッシュを叩き込んだではないか。

それも全力のラッシュ。その通路にドゴドゴドゴドゴと言うとてつもない轟音が響き渡る。そのとてつもないパワーのラッシュは、アーチャーが若干足元が浮いている状態のまま数秒間続いたのだ。

 

 

 ただ、誰もがスタンドを見ることができないため、アーチャーが勝手に宙に浮いて踊ったように一人で殴られていると言うシュールな状態であった。

 

 それでも状助が何かしていると木乃香たちが理解できるのは、状助の能力を知っているからに他ならない。

故か、何も知らない亜子にはシュールな光景が広がっているのだが、三郎が彼女の目を手で覆っているので、見ることはないだろう。

 

 

「ドラァッ!?」

 

「ググウッ!?」

 

 

 そして、最後の渾身のパンチがアーチャーの顔面に刺さると、そのまま壁にぶん投げた。

アーチャーは当然壁に激突し、苦悶の声を漏らした後、再びそのまま壁を背にへたり込んだのである。

 

 

「ふぅー! すっきりしたぜぇ」

 

「なっ! そこまでするん!?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「せやけど……」

 

 

 いやあ、最高の気分だ。清々しいにもほどがある。

まるで元旦の朝に新しいパンツを穿いたような、そんな気分だと状助はスッキリした表情で言い出した。

 

 今の所業を見た木乃香は、流石にあんまりだと状助を批難した。

敵とは言えもはや死にかけのような人を、あれほどまでに殴りつけるなんてひどいと思ったのだ。

 

 が、状助は悪びれる様子もなく、むしろやって当然のようなことを言い出したのだ。

そんな状助に木乃香は強く反発しようとしたが、状助が一番辛い目に遭ったことを考え、何も言えなくなってしまったのだった。

 

 

「ぐ……。これ……は……?」

 

「俺の能力で”なおした”んだぜ。まっ、その前に本気でボコったから貸し借りはなしだがな」

 

 

 しかし、なんとどういう訳か、アーチャーの傷が見る見るうちに治っていくではないか。

そんな状態を見たアーチャーは、多少驚きながら自分の体を確かめるように見ていた。

 

 それもそのはず、状助はクレイジー・ダイヤモンドのラッシュを叩き込むと同時に、能力を使用していたのだ。

それこそどんなものでも”なおす”能力だ。それによってアーチャーの傷がきれいさっぱり治ったのである。

 

 また、それを状助はなんとも言えない表情で説明した。

ただ、能力を使う前に本気で殴り飛ばしたので貸しにはならないし、あの時の借りは返してもらったとも言葉にしていた。

 

 

「とどめをさしたんちゃうんの!?」

 

「……コイツは確かに俺たちを襲った」

 

 

 木乃香は、状助が今の攻撃でとどめを刺したのだとばかり思っていたようで、再び驚きの声を上げていた。

そう言われた状助は複雑そうな表情で、自分の今の心境を語りだしたのだ。

 

 

「だけどよ、何も死ぬこたあねー、そう思っただけだぜ」

 

「せやったんか……。誤解してゴメンな」

 

「……状助さんがそう言うのでしたら……」

 

 

 そうだ、こいつは敵だ。自分たちに攻撃してきた敵だ。

それでも、自分もであるが仲間は全員無事だった。であれば、ここで死なすのもかわいそうだと思ったのである。

 

 木乃香は状助の言葉に納得しつつ、今しがた疑ったことに対して小さく頭を下げて謝っていた。

それを状助は何も言わず振り向き、小さく笑って見せただけだったが、特に気にしていないと言う様子であった。

 

 刹那も、最も被害が大きかった状助がそうしたのであれば何も言うことはない、と言う感じであった。

 

 今の状況を静観していたマタムネも、それには小さく笑っていた。

彼の行動は敵に対して甘い対応だろう。されど、それを見捨てれば心優しき彼女たちは傷つき、後悔するだろうと心配していた。故に、そうならなかったことを喜んでいたのだ。

 

 

「敵であるこの私を助けるとは、愚かにもほどがあると思うがね……」

 

「言うじゃあねぇか」

 

 

 されど、アーチャーはゆっくり立ちあがると、皮肉めいた言葉を吐き出すばかりだ。

とは言え、アーチャーが言ったことも正論ではあり、状助が甘すぎると言うのも間違ってはいないだろうが。

 

 だが、その言葉を聞いた状助は怒る訳でもなく、普段どおりの表情でアーチャーを見ながら言葉を述べ始めた。

 

 

「でもよぉ、内心じゃマジで死にかけてて、助けてほしいって願ってたんじゃあねぇのか?」

 

「……」

 

「図星みてぇだな」

 

 

 状助は考えていた、思っていた。

目の前のこの男はFateに登場するアーチャー、エミヤではなく、自分と同じ転生者であると言うことを。

 

 であれば、アーチャーじみた皮肉を口走っていても、内心はそうじゃないのではないのかと。

きっと助かりたい、死にたくない。そう思っていたのではないのかと。

 

 それを状助がアーチャーへと言えば、アーチャーは眉毛を歪ませて黙ってしまったのだ。

状助はその沈黙を肯定と考え、やっぱりそうだったかと思ったのだった。

 

 

「とりあえず、こいつにもなんか事情がありそうだし、連れて行こうと思うんだが、いいっすかね?」

 

「このまま野放しにもできないですし、そうするしかありませんね……」

 

 

 また、状助はただアーチャーを助けた訳ではない。

このアーチャーが血まみれになっていたのには、何か理由があるはずだ。その理由を聞き、あわよくば情報も引き出せると考えて助けたというのもあった。

 

 状助のその言葉に、刹那も静かに同意した。

放置して逃げられ、再び敵として出てきても厄介だからだ。

 

 

「まあ、いいだろう。君たちの好きにしたまえ」

 

「当然、拘束させてもらう」

 

「なら、うちがやったるわ」

 

「なんでこの状況で、そんなに偉そうな態度がとれるんだよ。尊敬するぜぇ……」

 

 

 その話を聞いていたアーチャーも特に敵対する様子もなく、むしろすでに降参したかのような態度で、両手を上に挙げていた。

しかし、その物言いはかなり傲慢な感じで、なんとも上から目線であった。

 

 そんなことなど気にせず、刹那は言われずともと拘束の準備に入った。

すると木乃香が任せてほしいと言わんばかりに出て、覇王から借りた前鬼と後鬼を人形の札にO.S(オーバーソウル)し、アーチャーの両手を拘束させたのだ。

 

 状助はと言うと、この期に及んでまだこんな態度がとれるアーチャーを見て、あきれ果てた様子であった。

 

 

「ああ、そうだ……言い忘れていた」

 

「あぁん?」

 

「……礼を言う……」

 

「なんだよ、ちゃんと言えるじゃあねぇか」

 

 

 拘束され身動きが取れなくなったアーチャーは、ぽつりと状助へと何かを言い出した。

状助は恨み言があるのだろうかと言う感じで返事をすれば、なんとアーチャーから信じられない言葉が出てきたのだ。

 

 それこそ、先ほど傷を癒してくれたお礼であった。

少ない言葉で小さな声であったが、はっきりとそれを言った。あのアーチャーと名乗ったいけ好かない皮肉屋みたいなやつが、感謝を述べたのだ。

 

 状助は少し驚きながらも、ふと笑みをこぼし、アーチャーが礼を言えたことに関心したのだった。

 

 そして、彼らは再び仲間のいる合流場所へと移動を開始するのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、デュナミスとともに落下していったロビン。

どちらも地面へとしかと着地し、対面する形でにらみ合っていた。

 

 

「さぁて、ここが正念場ってやつですかねぇ!」

 

「ぬう、このっ!!」

 

 

 だが、ロビンはこの戦いを長引かせる気はない。

故に、何度も矢を巧みに放ち、デュナミスを圧倒する。

 

 されど、デュナミスもやられっぱなしではない。

影から槍を作り出し、それを使ってロビンへと攻撃を行いながら、矢を防御していたのだ。

 

 

「んでもって、そろそろ毒が効いてくるころだ」

 

「毒だと?」

 

 

 と、その時、ロビンはふと、毒のことを話し出した。

それを聞いたデュナミスは、何のことだと言う様子でそれを復唱した。

 

 

「いやあ、20年前()()()()には毒が通じなかったもんで、ちょいと苦戦させられましたがねぇ」

 

 

 さらにロビンは言葉をつづける。

20年前、この地の大戦に参加したロビンは、()()とすでに戦っていた。その時は()()が”人形”が故に、自分が用意した毒が通じなかったことで、苦渋をなめさせられたとロビンは思っていたのだ。

 

 

「今回の毒は以前とは一味違うぜ?」

 

「なんだと……っ!?」

 

 

 また、今回再び戦うだろうと()()()()に言われていた。

だからこそ、()()に通じる毒を用意してきたのだ。そして、すでに仕込みは完了しており、もはやデュナミスは手遅れだったのだ。

 

 それをロビンが言えば、流石のデュナミスも焦りの表情を見せていた。

すでに自分に毒が盛られていることを察したからだ。最初のかすめた矢に、毒が仕込んであったのがわかってしまったからだ。

 

 

「んじゃ、とどめといきますかね……!」

 

「ぐっ!?」

 

 

 ロビンはそこで一瞬にしてデュナミスへと接近し、その体を蹴り上げたのだ。

デュナミスは今のロビンの動きを追えず、蹴りをまともに貰ってしまい、苦悶の声を出しながら体をふらつかせていた。

 

 

「我が墓地はこの矢の先に……」

 

「何をするつもりだ! させん……ぐう……!?」

 

 

 その隙にロビンは再び距離を取ると、詠唱を始めたではないか。

デュナミスはそれを見逃さんと影の魔法を操ろうとするも、視界がブレはじめ、魔法をうまく操れなくなっていたのだ。

 

 

「森の恵みよ……、圧制者への毒となれ!」

 

「ぬううおお……! 体が痺れて……っ!!」

 

 

 その詠唱こそ、サーヴァントが持つ最大の武器、最大の技を繰り出すためのもの。

ロビンは目の前の敵をこの場で確実に消すべく、ついに宝具を開帳したのだ。

 

 するとどうだろうか。

詠唱と同時にとてつもない魔力が弓矢に集中し始め、それが一撃必殺の攻撃だと言うことがデュナミスの目でもわかった。

 

 それを阻止せんとデュナミスは必死にもがくも、毒が回って体が麻痺しはじめており、身動きがすでに取れなかったのだ。

 

 

「”祈りの弓(イー・バウ)”ッ!!」

 

 

 そして、ついにその宝具は解き放たれた。

膨大な魔力が矢とともに撃ちだされると、まるで植物の蔦のように、デュナミス目掛けて伸び始めた。

 

 それこそがロビン、アーチャー・ロビンフッドの宝具、祈りの弓(イー・バウ)である。

その効果は相手の体内に存在する毒《不浄》を爆発させ、ダメージを与えると言うもの。毒に蝕まれているのならば、絶大な効果を発揮する。

そう、それ故にデュナミスへと最初に毒を食らわせておいたのだ。

 

 

「なっ!?」

 

「っ!?」

 

 

 しかし、その宝具はデュナミスへと届く前に、突如として横から飛んできた光線(ビーム)のような攻撃にて阻まれた。

 

 自分の最大の攻撃が阻止されたのを見たロビンは、たまらず声を出して驚愕の表情を見せるしかなかった。

同じようにデュナミスも、何が起こったのかわからず驚くばかりであった。

 

 

「……助太刀だ。悪く思え」

 

「ぬう……貴様は……」

 

 

 光線(ビーム)が放たれたであろう場所には、何やら人の影が一つあった。

その人物は夜の星々の光に照らされ、その身にある薄い黄金の鎧を輝かせていた。されど、それ以外の部分は黒く闇に溶け込み、金色と白い顔だけが夜空の星の光を反射させていた。その存在感は、まるで夜中に輝く太陽のようであった。

 

 そして、その第一声は両者へ向けて放たれた言葉だった。

また、デュナミスはその人物を知っている様子で、どうしてここにいると言う様子を見せていた。

 

 

「て、テメェはサーヴァントか……!?」

 

「そうだ。クラスはランサー。申し訳ないが真名は明かすことはできない。許せ」

 

「ランサーだと……!?」

 

 

 その輝きと宝具を打ち消した攻撃、さらにはその圧倒的な存在感を感じ取ったロビンは、目の前に現れた新たな敵が自分と同じサーヴァントであることに気が付いた。

 

 ロビンの言葉に反応した黄金の鎧を持つそれは、自らのクラスを明かしはじめた。

されど、流石に真名だけは伏せることを述べ、そのことについて小さく謝罪したのである。その立ち振る舞いで高潔さを感じさせるには十分であった。

 

 

 この土壇場に新たな敵。さらにはランサーのサーヴァント。

この事態にロビンは戸惑いを感じざるを得なかった。もう少し、あと少しで目の前のデュナミスを倒せたはずだが、とんだ誤算としか言いようがなかった。

 

 何せ自分の宝具を相殺するほどの攻撃を放てるサーヴァントだ。

宝具かどうかはわからないが、はっきり言ってとてつもない力を秘めているのは明らか。もはや狩るものが逆に狩られるような状況になっていることを、ロビンは薄々感じ始めていた。

 

 ただ、ランサーと自ら名乗ったのは間違いないともロビンは考えた。

何故ならその右手にはしっかりと、黄金の柄に巨大な漆黒の矛先を持つ槍が握られていたからだ。

 

 

「……この場はオレに任せろ」

 

「……頼んだぞ」

 

 

 ランサーはデュナミスに、このサーヴァントの相手を引き継ぐと言い出した。

デュナミスもここでもたもたしている暇などないと考え、この場をランサーに任せ痺れる体を押して影の中に沈んでいったのだ。

 

 

「逃がすかっ!!」

 

「甘いな」

 

 

 ロビンは影へと沈んで行くデュナミスへと、とっさに矢を数本放った。

だが、瞬時にデュナミスを庇う位置へと移動したランサーは、握っていた大柄な槍を回転させて、迫り来る矢を叩き落したのだ。

 

 

「不服だろうが、お前の相手はこのオレだ」

 

「……っ!」

 

 

 そして、ランサーは選手交代の宣言を発し、鋭い眼光をロビンへと送ってきたのだ。

ロビンは今の矢を簡単にはじかれたのを見て、絶句するしかなかった。絶句した理由は簡単だ。デュナミスを逃がしたことに、大いな危機感を感じたからだ。

 

 

「嬢ちゃんたちがやべぇな……」

 

 

 その危機感とは自分の事ではなく、先ほど逃がしたのどかたちのことであった。

のどかはデュナミスが持っていた杖のような何か(コード・オブ・ザ・ライフ・メイカー)を持っている。再び襲われるのは明らかであったからだ。

 

 

「……しかし……、なんだこいつ……何やら妙な感じだ……。今の行動、とてつもない技量だっつーのに、まったくなんとも思えねぇ……。何かおかしいぞ……」

 

 

 だが、ロビンはここで何か得体のしれない違和感に襲われた。

目の前のランサー、先ほど自分の宝具を相殺し、矢をはじいたと言うのに、特になんとも思えていないことだ。

 

 あれほどの巨大な槍をいともたやすく扱っているのに、何故かその技術を気にするほどに感じなかったのだ。このギャップにロビンは、ただならぬ気配を感じていたのである。

 

 

「こりゃ、やってみなきゃわからねぇってことかッ!!」

 

「それでいい、かかって来い」

 

 

 しかし、考えていても仕方がない。

ここはとりあえず、戦う場面だ。相手もこちらを逃がす気はまったくない。ならばと、ロビンは再びクロスボウを構え、戦闘開始を宣言するかのような言葉を吐き捨てた。

 

 それを聞いたランサーは、ふと小さく笑いながら威風堂々とした態度で槍を構えたのである。

 

 

「言われなくてもなぁッ!!」

 

「……フッ!!」

 

 

 そして、ロビンはすばやく移動しながら、的確に矢を放ち始めた。

が、その卓越した射撃を、ランサーは軽く槍を振るってはじき落としたではないか。

 

 

「簡単にオレの攻撃を防ぎやがって!」

 

「その卓越した射撃の腕はなかなか目を見張るものがある。だが、この程度ではオレには届かん」

 

 

 おいおいおい。ロビンは内心そう愚痴り舌打ちしそうになる。

自分の矢をいともたやすく叩き落すランサーに、この戦いが明らかに自分が不利であることを思い知らされていた。

 

 されど、はじき返したランサーは、今の攻撃を賞賛しだしたではないか。

いや、ランサーは心の奥底から、ロビンの矢を素晴らしいものだと思ってた。されど、次の言葉はダメ出しであったが、これを超える攻撃がくることを内心楽しみに思っていた。

 

 

「あーそうですかい!!」

 

「アーチャーだと思っていたが、近接戦とはな」

 

 

 ダメ出しされたロビンは、やけくそのような声で叫んでいた。

そこでロビンが出た行動は、なんとランサーに接近するというものだった。

 

 アーチャーであるロビンがランサーに接近など、正気の沙汰ではない。

やけくその破れかぶれになってしまったのだろうか。

 

 ランサーも目の前のロビンがアーチャーだと断定し、そのことを指摘する。

それでもアーチャーだと思っていた相手が、実は違うクラスだった可能性も捨てきれはしないだろうと思考しながら。

 

 

「だが、近接戦ならばこちらが有利だ」

 

「はっ、んなことぁ、はなっからわかってんのさ!」

 

 

 とは言え、接近戦はランサーの得意分野だ。

むしろ、懐へもぐりこんできたのは好都合と言うものだと、ランサーは豪語する。

 

 されど、当然ロビンは承知の上での行動だ。

やけくそに攻撃した訳ではなかった。勝算があっての行動だったのだ。

 

 

「……?! 消えた……!?」

 

 

 と、接近してきたロビンが、突如として姿を消した。

ランサーは目標としてしっかりと捉えていたロビンが消えたことに、目を見開いた。姿を消す宝具かスキルか。その思考を脳に過らせながら、ランサーはすかさず周囲へと目を向けた。

 

 

「ほらよ!」

 

「っ!」

 

 

 すると、突然夜の暗闇から、ロビンの蹴りがみまわれた。

だと言うのに、鋭い不意打ちにランサーは驚きながらも、槍でその蹴りを防御して見せた。

 

 

「んでもって、こいつも持っていきな!」

 

「む……ッ!」

 

 

 だが、ロビンはそのランサーの行動を読んでいた。

その上でさらに、後方へと飛び上がりながら、矢を数発放ったのだ。

 

 が、この至近距離からの矢を、なんとランサーは体をくねらせるように動かしかわしてみせたのだ。

なんという動きだろうか。あろうことかロビンの矢は、むなしく夜の闇へと消えていった。

 

 

「なっ!? マジか!? 今のを避けるってのかよ!?」

 

「今の不意打ちは、素晴らしいぐらいに絶妙だった」

 

「言ってくれるぜ……ッ!」

 

 

 流石のロビンも、今の攻撃を回避されるとは思ってなかったのか、驚愕の顔を見せていた。

そんなロビンへと、ランサーはむしろ賞賛の言葉を投げかけてきたではないか。

 

 いやはや、その攻撃を回避して見せたのはいったい誰だったか。

ロビンは皮肉にしか聞こえないランサーの言葉に、再び愚痴を吐き出しながら舌打ちするしかなかった。

 

 

「では、今度はこちらから行くぞ!」

 

「うおお!?」

 

 

 そこでランサーは攻守逆転とばかりに、ロビンへと急接近し槍を振るいだした。

ロビンはその槍の一撃を何とか回避。が、それも辛くもと言う様子で、それは叫び声にも表れていた。

 

 

「ガアッ!?」

 

 

 しかし、ランサーの攻撃が一度などと言うことはない。

その鋭く重い二撃目は、しかとロビンの脇腹へと叩き込まれた。流石のロビンも苦悶の声を息とともに吐きだし、体が揺さぶられる感覚に見舞われたのである。

 

 

「フンッ!!」

 

「グッ!?」

 

 

 だが、ランサーの攻撃は止まることはなく、さらなる追撃がロビンを襲う。

その美しくもしなやかな槍さばきを見せながら、次に狙うは右肩だ。ロビンは今しがたの攻撃でよろめいた隙をつかれ、右肩を槍で穿たれた。

 

 

「ハァッ!」

 

「グッ!? ウオオアッ!?」

 

 

 それでもランサーの攻撃は終わらない。

ランサーは巨大な槍を大きく振りかぶり、ロビンのどてっぱらにたたきつけたのだ。

その破壊力はまさに超ど級。ロビンはまるで風に吹き飛ばされる木の葉のごとく、後方へと叫び声とともにぶっ飛んでいったのである。

 

 

「悪いが、これで終わりだッ!」

 

「マジでしくじっちまったなこりゃ……」

 

 

 が、後方へ吹き飛び倒れこんだロビンの首元へと、星々の光を吸い込むような黒き槍がすでに突き付けられていた。

なんというスピードとパワー。まさしく英雄と呼ぶほどの戦闘能力。もはや勝負は決まったも同然の状況だ。圧倒的なランサーの実力の前に、ロビンは弱音を吐くのが精いっぱいであった。

 

 

「”黄金衝撃(ゴールデンスパーク)”ッッ!!!」

 

「何ッ!? ぐううおぉッ!?」

 

「っ!」

 

 

 もはや絶体絶命のロビン。

これまでかと諦めていたロビンであったが、そこに、一筋の光……、否、雷が闇夜の上空からたたき落ちた。それこそ、ゴールデンなるバーサーカーの宝具の稲妻の鉞であった。

 

 そのインパクトたるやいなや、まさに雷神が操る雷轟電撃がごとき破壊力、電光石火がごとき落下速度。

 

 それをランサーは、回避することもかなわず驚愕の顔を見せながら、両手で槍を構えて受け止め防御して見せた。だと言うのに、衝撃によって十数メートルも弾き飛ばされるほどのものだった。

 

 また、ロビンはバーサーカーの宝具がランサーを捉えたのを見て、体をばねのようにして飛び上がり、咄嗟に距離を置いた。

 

 

「……新手か……」

 

「チィ……、今のを捌くとはよ!」

 

 

 吹き飛ばされたランサーはその場に着地、すでに態勢を立て直していた。

とは言ったものの、その表情は芳しくない。

 

 突如現れたサーヴァントの宝具らしき斧による()()()()()は、辛くも防ぐことができた。

されど、その斧から発生していた()()()()は防ぐことがかなわず、食らってしまった。それはランサーの体のあちこちから、立ち込める白い煙を見れば明らかだ。

 

 咄嗟の判断で斧の威力を使いわざと吹き飛んだおかげで、大きなダメージにはなっていない。

ただ、そうしなければ今の一撃で、予想以上の大打撃を受けていたのは間違いないとも、ランサーは考えていた。

 

 故にランサーは、目の前の新たに登場したサーヴァント(バーサーカー)を冷静に、そして鋭く睨みつけていたのである。

 

 バーサーカーもまた、自分の自慢の宝具を防いだランサーらしきサーヴァントに舌打ちした。

あの一撃が決まれば倒せたはずの威力だ。倒せなくとも撤退までは追い込めるだろうと思っていたのだが、思ったほどダメージを与えられていない。これはちょいと危険な相手だと思考し、額に汗を流していた。

 

 

「……とてつもなく強大な力だ。人を超えし力、神性を保有するサーヴァントか」

 

「ああ、そのとおりだ。まっ……アンタもそうみてぇだがな……」

 

 

 ランサーは再び構えを取りつつも、研ぎ澄まされた判断力からバーサーカーの能力を察し始めていた。

あれほどの雷と力を併せ持つサーヴァントなど、並みのものではないことは明白。であれば、やはり神の血を一片でも受け継いだ存在だろうと判断したのだ。

 

 バーサーカーもロビンの前に立ちふさがりながら、ランサーの問いにはっきりとYESと答えた。

しかしバーサーカーもまた、目の前のランサーらしきサーヴァントも、同じく神の力を宿すサーヴァントであることを見抜いていたのだ。

 

 ……バーサーカーの嫌な予感と言うのは、このランサーの気配を感じてのものであった。

故に突如出現した召喚魔を蹴散らしながらもマスターたる刹那とは合流せず、その気配を追っていた。そこへ膨大な魔力を感知し、ここへ参上したということだった。

 

 

「いやあ、助かったわ。バーサーカーの旦那!」

 

「バッド……、まだ助かっちゃいねぇぜ……」

 

 

 ロビンはバーサーカーが来たことで、ほんの少し安堵の表情を見せていた。

されど、バーサーカーはランサーを渋い顔で睨んだまま、未だ状況が好転していないことをロビンへと告げた。

 

 

「……いやー、やっぱそうだろうと思いましたがねぇ……。それほどヤバイ相手ってことですか」

 

「ありゃ、マジでデンジャラスな相手だぜ」

 

 

 ただ、ロビンとてそれは肌で感じて理解していたことでもあった。

あのランサーはかなり危険だと言うことは、今戦ってわかっていたからだ。それでもバーサーカーがヤバイと言う程ならば、相当な相手なのだと言うことを察し、苦笑いをするしかなかった。

 

 バーサーカーもこの戦い、かなり厳しいものになると感覚で感じていた。

勘ではあるが、あのランサーは化け物だと認識。それにランサーから漏れ出す炎のような魔力の量も、桁違いなのは目に見えて明らかだ。倒すにせよ無傷じゃ絶対にありえないと、バーサーカーも覚悟を決める程だった。

 

 

「だが、そのゴールデンな感じは敵ながら嫌いじゃあないぜ」

 

「オレもお前のような存在に出会えたことを、心から誇りに思う」

 

「そうかい!」

 

 

 とは言え、あのランサーらしきサーヴァントの具足は、うっすらと(ゴールデン)に光り輝く素晴らしいもの(ゴールデン)だ。

その一点だけは評価できると、バーサーカーはニヤリと笑ってないはずの余裕を見せていた。

 

 そう褒められたランサーもまた、バーサーカーと同じ気分であった。

この金髪の筋肉は屈強な戦士に違いない。これほどのものを相手にするのであれば、こちらも無事では済まないだろう。であれば、このような実力者と相まみえることができ、幸運を感じざるを得ないと。

 

 バーサーカーはランサーのその言葉に、白い歯を見せて盛大に笑っていた。

こいつは強い。強い敵だが、高潔で正々堂々とした敵だ。自分の大好物(ゴールデン)な敵だ。ランサーの態度からそれがバーサーカーへと伝わり、バーサーカーは喜びで笑いがこみあげてきたのである。

 

 

「まだやれるか?」

 

「ま……、なんとかですがね」

 

 

 と、そこでバーサーカーはふと真面目な表情に戻り、顔を向けずにロビンへと話しかけた。

それはロビンがまだ戦えるかと言うものであった。

 

 問われたロビンはダメージは多大ではあるが、体は動くと言葉にした。

右肩を貫かれたのはかなり大きいが、援護ぐらいはできると踏んだのだ。

 

 

「わりぃが二対一で行かせてもらうぜ? 卑怯だって煽ってくれてもかまわねぇ」

 

「そのような無粋な真似などする気はない。お前たちの全力に、オレが全力で応えるだけだ」

 

「そりゃ、こっちもつまんねぇこと聞いちまったみてぇだな」

 

 

 ならば、こちらは二人で攻めることになる。

バーサーカーはそれを考慮し、あえてランサーへとそれを宣言したのである。

 

 本当ならば一対一で決着をつけたいとバーサーカーは思った。

されど、ここで退場する訳にもいかないのも事実だ。相手を確実に仕留める必要がある。

 

 はっきり言って二対一など男のするような真似ではない。

さっきの攻撃も卑怯な不意打ちだった。卑怯に卑怯を重ねることに、バーサーカーは苦虫を噛んだような表情を見せていた。

 

 だからこそ、そうせざるを得ないことを謝罪するかのように、バーサーカーは二言目を言い放ったのだ。

 

 だが、ランサーはそれを納得し、承諾した。

逆に一対二であっても、自分の実力を十全に、それ以上に発揮すればよいと言うだけだったのだ。

 

 なんという言葉だろうか。

そのランサーの台詞にバーサーカーは、今しがた放った台詞に対して恥じ入ると言う様子で言葉を返したではないか。目の前の男の精神や、度量、器量の大きさに感服し、今の発言を失言と思いふと笑いをこぼしていた。

 

 

「行くぞオラァッ!」

 

「来るがいい!」

 

 

 しかし、戦いにはそのような心情は不要。

バーサーカーはこぼれていた笑みを消すると、叫びとともに地面を大きく蹴ってランサーへと突撃していったのだ。

ランサーも顔から表情が消え、その槍を構えて応戦する姿勢を見せていた。

 

 ――――こうして戦いの火蓋は切られたのだった。

 

 


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