理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

165 / 179
百六十五話 覇王VS大魔王の転生者

 一方、総督府の宮殿の一角の屋上にて、覇王とバァンが戦っていた。

 

 

「ふん!」

 

「ハァッ!!」

 

 

 覇王の黒雛の強靭な爪を、バァンは闘気で強化した拳で受け止める。

それだけでなく、黒雛を粉砕するほどの威力のパンチを、逆に覇王へと浴びせるのだ。

 

 

「クソ兄貴の野郎……、オレを無視すんじゃねぇ!!」

 

「無視なんかしてないさ」

 

 

 だが、この場にいるのは二人だけではない。

忘れてはならない存在がもう一人、それこそ覇王の弟であり、完全なる世界の一員となった陽だ。

 

 陽は自分が忘れられていると考え、覇王へとS.O.S(スピリットオブソード)を突きつける。

されど、覇王とて忘れてはいない。何故なら、陽は”無無明亦無”が使えるからだ。

 

 これを受けては最強のO.S(オーバーソウル)黒雛とて、ひとたまりもない。

不意に解除されてしまえば、目の前のバァンへと大きな隙を作ってしまうからだ。

故に、覇王は陽相手にも油断はない。

 

 

「せいっ!!」

 

「あぶぶぶ!?」

 

 

 だからこそ、攻撃してきたのなら、即座に反撃として黒雛の爪を伸ばし、陽へと突き刺す。

陽も瞬間的な反撃に恐れおののき、なんとかS.O.S(スピリットオブソード)で防いだものの、数メートル拭きとばされ、床に転がったのであった。

 

 

「よそ見は禁物だ」

 

「いや?」

 

 

 しかし、それこそが隙だと、バァンが覇王へと詰め寄り攻める。

が、覇王はその程度のことで隙を与える訳もなく、バァンの手刀を神殺しにて防ぎきり、即座に黒雛の爪で反撃した。

 

 

「ぐっ……。やるな」

 

「そっちこそ」

 

 

 バァンは今の反撃に対して、冷や汗を額に流しながら闘気を込めた左手で防御し後ろに下がった。

そこでバァンが放った言葉に、覇王は冷静な様子で返していた。

 

 

「しかし、アレは出さないのかい? お前が()()()()()()()()をさ」

 

「あれは身動きが取れなくなる。お前を抑えるのにはふさわしくないだけだ」

 

「なるほど……」

 

 

 と、そこで覇王は一つ気になることを、バァンへと尋ねた。

それは特典元である”大魔王バーン”最大の戦術の一つである、あの技をバァンが未だに出していないことだった。

それこそが”天地魔闘の構え”であった。

 

 それを聞いたバァンは、あえて使っていないと小さく笑いながら説明する。

何せあれは自分に向かってくる相手に対して絶大な効果があるものだ。

 

 覇王は自分と戦う理由がないことを、バァンは理解していた。

挑まれる訳ではなく、追わなければならないのであれば、あの技は不要。

そして覇王ならば、逃げられないとされる大魔王からも、逃げおおせることは可能だろうと言う結論から、あえて使わないことにした。

 

 その説明に、覇王も納得した様子だった。

むしろ、天地魔闘の構えなどなくとも、十分強敵であることも理解していた。

 

 

「実際、余はお前との相性があまりよくない。得意の魔法もお前の纏う鎧(O.S)と同じ属性でもあるしな」

 

「確かに、そのとおりだろうね」

 

 

 とは言ったものの、バァンは覇王に対して、自分との相性が悪いことも理解していた。

最大最高の呪文、カイザーフェニックスの属性と、覇王が使うO.S(オーバーソウル)黒雛の属性が同じであり、効果がさほどない。

そういう意味では、やりにくい相手であると、バァンは思い口にした。

 

 覇王も相手が不利であることを、察していた。

何せ先ほどから戦ってたが、一回もカイザーフェニックスを使ってこなかったからだ。

 

 

「何言ってやがるんだよ!! ぶっ潰すんだろ!!?」

 

「潰すさ。だが……、そうやすやすとはいかんと言うだけだ」

 

「その前にお前を滅ぼしてやるよ」

 

 

 そんな会話を少し離れた場所で聞いていた陽は、激しい怒りを見せながらまくしたてるかのように、バァンを煽った。

バァンは安全地帯に逃げ込んでいる陽を見て呆れながら、覇王は倒すと宣言した。

しかし、覇王はそうなる前に、バァンを倒すと強気の姿勢だ。

 

 

「できるなら……だがなァ――――ッ!!」

 

「できるさ……!!」

 

 

 ならば、やってもらおうか。

バァンはそう叫びながら、覇王へと突撃した。

 

 覇王もやれると断言し、バァンへと接近。

バァンは強烈な手刀で、覇王は神殺しで、両者が通り過ぎる瞬間にて攻撃。

そして、ダメージを受けたのはバァンの方だったのか、多少足元をよろめかせていた。

 

 

「魔族だけあって、なかなかの耐久力だ」

 

「流石は最強のO.S(オーバーソウル)。早々には破れぬか……」

 

 

 とは言え、バァンもその程度では倒れない。

確かに鋭い斬撃ではあったが、この程度の負傷はすぐさま魔族の再生能力で治癒してしまう。

覇王はやはりこういう相手は厄介だと、悪態をつきそうになる。

 

 されど、バァンも苦虫をかんだような顔を見せる。

今の一撃はかなりの力を込めたはずだが、覇王が纏う黒雛は無傷。

簡単には砕けぬ覇王の鎧に対して、バァンは次の手段に出た。

 

 

「ならば! 強引に破るまでだ! ”カラミティウォール”」

 

「もうそれは見飽きたよ」

 

「!? 無理やりカラミティウォールを突破しただと!?」

 

 

 バァンは強大な闘気を周囲に発生させ、覇王を吹き飛ばすことにした。

これぞ大魔王バーンが誇る技の一つ、カラミティウォールである。

 

 だが、これは先ほどの戦いですでに何度も使用していた。

覇王はもはや見切っており、黒雛の防御力を利用し、無理やり突破して見せたのだ。

 

 流石に無茶苦茶な攻略法に、バァンは驚き隙を見せた。

その隙を覇王が見逃すはずがなく、そこへ得意の絶技を見舞うのだ。

 

 

「――――秘剣……”燕返し”……!」

 

「うぅ! ぐっ!?」

 

 

 覇王がその奥義の名を口に出すと、瞬間バァンへと三つの斬撃が一秒もたがわず同時に襲い掛かった。

バァンはそれを咄嗟に横へ飛んで、何とかしのいだものの、完全にかわすことはかなわず、右胸と脇腹に二撃の切り傷を負っていた。

 

 

「おっ! おい! なにやってんだ!?」

 

「ぬかった……。まさかそこまでやるとは……」

 

 

 それを見ていた陽はと言うと、またしても文句を飛ばしていた。

が、バァンにそんな文句を聞いている余裕はなく、覇王の今の行動に戦慄を覚えてばかりであった。

 

 

「……まだまだ余はお前を侮っていたようだ」

 

「お前にはここで倒れてもらう」

 

 

 ここでバァンは、覇王への対応を誤っていたことを理解した。

この程度で十分、久々の強敵との戦いを楽しもう、そう思っていたのが悪かった。

最初から最大の力でねじ伏せるべきだったと、ここで後悔を見せた。

 

 当然と言えば当然の結果だろう。

覇王には遊びがない。最初から全力であり、目の前の強敵を確実にこの場で倒すと決意しているのだから。

その意識差が大きいのだ。故に、この結果は必然であった。

 

 

「ふ……。こちらとて、そうもいかんのでな……!」

 

「……!」

 

 

 バァンは自らの慢心を悔い改めた。

また、ここで倒される訳にはいかないと言葉にしながら、バァンは闘気を高ぶらせながら、全身に力を入れる。

 

 その気迫、その闘気にあてられた覇王は、バァンの底時からに慄き一歩足を下げた。

これは何かマズイ。強烈な一撃が次に来る。そう予感したからだ。

 

 

「ぬうおおぉぉっ!!」

 

「くっ!?」

 

 

 その予感は的中した。

爆発的な闘気を纏ったバァンは、先ほどとは比べ物にならぬほどのパンチを浴びせてきたのだ。

そのパワーとスピードに圧倒されそうになる覇王だったが、なんとか黒雛のアームで防御。

それでもバァンのパワーは圧倒的で、覇王は勢いに負け、後ろへと吹き飛ばされた。

 

 

「動きが変わった……!?」

 

「見るがよい! 余の本気を!」

 

 

 突然のバァンの行動の変貌。これには覇王も驚かざるを得なかった。

そして、これこそが自分の真の本気であると、バァンは高らかに宣言し、さらなる攻撃を追加する。

 

 

「”カラミティエンド”ッ!!!」

 

「なんの……!」

 

 

 それこそ闘気を手刀に集中・圧縮して放つ大魔王が誇る伝説の(つるぎ)

この一撃はかの勇者の竜闘気(ドラゴニックオーラ)を貫通し、切り裂くほどの威力だ。

 

 されど、覇王は神殺しにてそれを防御。

すさまじい切れ味のカラミティエンドを切り結んで見せたのだ。

 

 

「右腕だけだと思わん方がよいぞ!! ”カラミティエンド”ッ!!!」

 

「な……に……!?」

 

 

 しかし、バァンの攻撃はこれにとどまらない。

右腕を防がれたならば左腕がある。バァンは即座に左腕から、同じ奥義を解き放った。

流石の覇王もその行動には一瞬驚くも、その左腕の手刀を今度は黒雛のアームで受けて防御した。

 

 

「その程度で防ぎきれると思うか!」

 

「うおぉ!?」

 

 

 だが、なんとバァンの全力を注いだ手刀が、覇王の黒雛のアームを切り裂いたのだ。

なんという気迫、なんという執念。その威力に覇王も度肝を抜かれるほどであった。

 

 

「さらに”カラミティウォール”っ!!」

 

「ぐっ!? があ!?」

 

 

 そこへバァンは今度は周囲を薙ぎ払うように、強大な闘気を放出。

黒雛を破損した覇王は、大規模な範囲攻撃を前に回避することもかなわず、本体に直撃こそせずとも黒雛に大きなダメージを受けてしまった。

 

 

「それだけだと思わぬことだ! ”闇の吹雪”!!」

 

「こっこれは”()()()()()()()”……! ぐう!!?」

 

 

 さらにバァンはひるんだ覇王へと畳みかける。

今度はなんと”この世界”の魔法を、バァンが放って見せたではないか。

 

 覇王もまさかその手で来るとはと、唸って見せた。

また、カラミティウォールを直撃した覇王に、この魔法を回避する余裕もなく、ボロボロの黒雛で防御する以外方法はなかった。

 

 

「いいぞぉ!! 今のお前のパワーでクソ兄貴をこの世から消し去ってしまえぇー!!」

 

 

 突然押し始めたバァンを見た陽は、悠々とした表情でバァンを応援していた。

なんということだろうか。先ほどまでは一緒に戦っていたと言うのに、気が付けば蚊帳の外で煽るだけになっていたのだ。

まあ、覇王とバァンの戦いは高次元であり、陽が入る隙も実力すらない訳だが。

 

 

「やはり実力を隠していたか……」

 

「余とて、この作戦自体は乗り気ではない……」

 

 

 覇王はバァンとの距離を取り、半壊した黒雛を修復しつつ、今の戦いで思ったことを言葉にした。

最初と今のバァンの動きが、明らかに別物だったからだ。

 

 その覇王の言葉にバァンも、実際は本気を出す気などなかったようなことを言い出した。

何せバァンは”古き友人”の手を貸すだけがここにいる目的であり、完全なる世界の一員になった訳ではないからだ。

 

 

「だが、お前との戦いは、悪いものではないのでな」

 

「やれやれ……」

 

 

 されど、これほどの強敵と戦えると言うのであれば、全てをさらけ出すのも悪くない。

バァンはそう思い、本気を見せることを決めたのだ。それ以外にも、この肉体を持つものとして、負ける訳にはいくまいとも思ったからだ。

 

 そのバァンの戦闘狂のような言葉に、覇王は肩をすくめてため息をついた。

闘技場での決勝戦にも似たような奴がいたのを思い出したからだ。

つくづく魔族と言うのは戦いに人生を見出しているのだろうか、と思ってしまう程だった。

 

 

「しかし……、どうする……?」

 

 

 とは言ったものの、今のバァンは強大な壁だ。

先ほどの戦術はもう通用しないと言ってもいいだろう。

 

 本気になる前に決着をつけるべきであったが、もう遅い。

覇王はバァンを倒す策を、頭の中で巡らせるのだった。

 

 

「鬼火を使おうと考えているのなら、あきらめた方がよいぞ!」

 

「……やはりそう来るか……」

 

 

 そこへバァンは覇王へと一瞬で距離を詰め、最大の必殺技は使わせないと宣言した。

あの竜の騎士の力を持つバロンが、一発で窮地に至った最大の技。あれだけは使わせてはならないことを、バァンも承知だったからだ。

 

 覇王とてそれは理解していることだ。

あの技を安易に出させないことこそ、相手が最も気にすることなのは、使用する自分もよくわかっているからだ。

 

 ただ、その技が繰り出せると言うだけで、相手に多大なプレッシャーを与えられると言うことも、覇王は十分理解している。

だからこそ、相手の戦術を狭めることが可能であり、こちらも対応しやすくなるというものだ。

 

 

「ならば、考え方を変えるだけだ」

 

「何?」

 

 

 であれば、鬼火に頼らない戦法を取るだけだ。

覇王はそう宣言すると、バァンは次の瞬間信じられない光景を目にすることになった。

 

 

S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)……」

 

「黒雛を解除しただと……!?」

 

 

 それは、なんと覇王が今しがた修復したばかりの黒雛を、自ら解除したからだ。

そして、黒雛から分離させたS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を個別にO.S(オーバーソウル)したからだ。

 

 バァンはそれには理解しがたいものだった。

自ら最強の鎧をかなぐり捨てるなど、狂気の沙汰としか思えなかったからだ。

 

 

「さらに……!」

 

「影分身……! しかもこの数は……!?」

 

 

 とは言え、覇王とて無策にそのような無謀な行為に出た訳ではない。

覇王はあえてそうする必要があったからこそ、黒雛を解除したのだ。

 

 その理由は影分身を使用する為である。

本人と装備は分身できても、流石に別の存在であるS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)までは、同時に分身させることができないからだ。

 

 しかし、バァンはそれ以上に、影分身の数に驚いた。

なんとその数総勢20。しかも、その存在感は本体と全く誤差のないほどの、濃密な気で編まれていたのだ。

これにはバァンも本体を見分けるのは至難の業だ。

 

 

「だが、本物は刀のO.S(オーバーソウル)をしている……なっ!?」

 

「本物がなんだって?」

 

「馬鹿な……、解除しているだと!?」

 

 

 ただ、一つ見分ける方法があった。

それは覇王が握っている神殺しにあった。

 

 神殺しもリョウメンスクナをO.S(オーバーソウル)させた武装。

リョウメンスクナもS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)と同じく、影分身できないものだからだ。

 

 が、覇王とてそんなことは百も承知。

すでに神殺しすらも解除し、長い刀のみを握った状態となっていたのだ。

 

 バァンもそれには驚いた。

まさかすべての武装を解除して、その身一つで挑んでくるとは思ってもみなかったからだ。

 

 

「別に神殺しがなければ戦えない訳ではないぞ」

 

「先入観を持たされたか……!!」

 

 

 と言うのも、覇王の戦い方が甲縛式O.S(オーバーソウル)に頼るものばかりだとバァンは思っていた。

されど、覇王は単純に、自身の肉体と気だけで戦闘できるぐらい強いのだ。

 

 それを覇王が言えば、騙されていたと言う顔をバァンが見せたのである。

 

 

「ほら、行くよ!」

 

「うっおおおっ!!」

 

 

 覇王は影分身を用いて、バァンへと畳みかける。

すさまじい速度で放たれる無数の斬撃が、バァンへと襲い掛かった。

 

 それをバァンは即座に対応し、両手の手刀に闘気を込めて、防ぎきって見せたのだ。

 

 

「やるね……!」

 

「これしきの事で、我が命を獲れる思うなっ!」

 

 

 覇王はバァンのその防御に、素直に賞賛の意を見せた。

なんというとんでもない動きだろうか。今の連続した斬撃を、全て手刀で返された。

やはりこの男は強敵だと言うことを、改めて知らしめされたのだ。

 

 そのバァンも、今の覇王の多重攻撃に、冷や汗をかかされていた。

されど、この程度では倒されんと、強気の姿勢を見せるのだった。

 

 

「なら、S.O.F《スピリット・オブ・ファイア》、焼き滅ぼせ」

 

「ぬう!!」

 

 

 そこへすかさず覇王は、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)へと命令を下す。

しかし、大振りなS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の腕では、俊敏なバァンを捉えることはできない。

 

 

「”カラミティエンド”!!」

 

「そう来ると思っていたよ」

 

「……なっ!?」

 

 

 逆にバァンはS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の腕を、手刀で切り裂く。

O.S(オーバーソウル)の破壊は術者に返り、巫力をそぎ落とすからだ。

 

 それを覇王は読んでいた。そういう行動をするだろうと。

その読み通りに動いたバァンの足元へと、覇王は一つの魔法を放った。

 

 

「これは……こおる大地!?」

 

「お前だけが”()()()()()()()”を使える訳じゃないって訳だ。まあ、僕は氷系の魔法は得意ではないんだけどね」

 

「魔法までも操れるとは……!!」

 

 

 それは大地を凍結させる魔法、”こおる大地”だった。

覇王の魔法により足元と、二つの足を氷に閉じ込められたバァンは、驚きと焦りの表情を見せた。

まさか相手も自分と同じく、”この世界の魔法”を使用するとは思っていなかった。いや、考えるべきだったと、後悔していた。

 

 覇王はそんなバァンに、氷系は得意じゃないと言うではないか。

バァンはこれほどの魔法を操れて、どこが不得意か、と毒づきそうになった。

 

 何せ、覇王の戦闘スタイルは、基本O.S(オーバーソウル)での接近戦。

それをなくした後もずっと接近戦ばかりだった。故に、こういう遠距離での魔法攻撃ができるとは微塵にも思っていなかったのだ。

 

 されど、覇王本人は自分の戦闘スタイルを、シャーマンと言う基本術者系だと思っているのだが。

 

 

「そして……」

 

「!? まさか……!!?」

 

 

 また、覇王はただバァンの足を凍らせた訳ではない。

それは次の攻撃の布石として放ったものだ。そう、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 バァンもそれを察し、このままではマズイと思考し、凍った足を何とかしようと力を入れた。

が、完全に凍結した状態では、抜け出すことは不可能だった。

 

 

「ならば! ”メラ”!」

 

「そうはいかないよ!」

 

 

 力でだめなら魔法を。バァンの判断は素早かった。

即座に指から小さな炎(メラ)を足元へ落とし、凍った足を溶かそうと考えた。

 

 しかし、それを簡単に許すような覇王ではない。

メラが足元に落ちる前に、瞬動にてバァンの目の前へと移動し、その技の構えを取ったのだ。

 

 

「秘剣……”燕返し”……!!」

 

「ぬう!! ”カラミティウォール”!!」

 

 

 そして、その奥義は、覇王の宣言とともに放たれた。

メラが未だ足元近くにあり、完全に間に合わないと判断したバァンは、妨害の為にカラミティウォールを放つ。

それにより覇王は三つの斬撃を放った直後に、闘気の壁に阻まれ吹き飛ばされた。

また、三つの斬撃はバァンに届くことなく、夜の風のように消え去ってしまった。

 

 

「甘いね」

 

「っ!!」

 

 

 だが、それは覇王の影分身だった。

バァンがカラミティウォール放ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、真上から声が聞こえてきたのだ。

バァンは驚愕した。戦慄した。そして、やはり認識が甘かったことを、その身で味わうことになった。

 

 

「秘剣……”燕返し”……!!」

 

 

 無情にも、その奥義は再び、覇王の声とともに放たれた。

今度こそ確実に、バァンへと命中するように。バァンの体へと吸い込まれるかのように、三つの斬撃は嵐のように駆け抜けた。

 

 

「ガフッ……!」

 

 

 その三つの斬撃は、隙をつかれたバァンの肉体を、一秒の時間の狂いもなく切り刻んだ。

その瞬間、鮮血が舞う。

 

 なんということだ。スペックを見れば怪物じみた覇王は、最初は単なるごり押しみたいな戦闘方法をしていたではないか。

それが、今はどうだ。自分を確実に倒すために、あの手この手で攻めてきた。

 

 バァンにとって、強者(てんせいしゃ)は策など用いず、自分の力を過信して戦うものだと思っていた。

自分もそれは当てはまるものだった。それなのに目の前の覇王は、その実力に過信することなく、策を講じてきた。

気が遠くなるほどの時間を修行で費やし強者となったバァンではあったが、これほどの強者が策を練って戦ってくるなど理解しがたいことだった。

 

 

「おっ、おっさん!? 何やってやがんだ!!?」

 

 

 バァンが致命的なダメージを受けたのを見ていた陽は、焦った様子で叫んでいた。

なんであんなものがかわせないのだ。なんとかしろ。そう言いたげな顔だった。

 

 とは言うものの、陽は覇王がO.S(オーバーソウル)なしであれほど強いと言うのを初めて知り、かなりビビっているのだが。

 

 

「さらに、S.O.F(スピリットオブファイア)……!」

 

「ぐうううおおおおおぉぉぉッ!!!!??」

 

 

 そのバァンが三つの斬撃を体に直撃して何秒も立たぬうちに、覇王はさらに追撃を行う。

S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を瞬間的にバァンの頭上へとO.S(オーバーソウル)し、その巨大な腕をバァンへとたたきつけたのだ。

 

 瞬間、バァンは灼熱の業火に焼かれながら、巨大な腕から与えられる強烈なプレッシャーを受け、大きく悲鳴を上げだした。

いや、魂すらも焼き尽くすS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の炎を食らっているのだから、当然だ。

 

 

「なっ! めっ! るっ! なっ!!」

 

「っ!?」

 

 

 だが、なんということだろうか。

バァンは両腕でS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の手をつかみ、全身を使って持ち上げたではないか。

全身を渾身の闘気で防御しているにも関わらず、体が炎で焼かれていると言うのにだ。

それでも、つかんだ両手はそれ以上の闘気で覆い、ダメージを最小限に食いとどめていた。

 

 バァンには敗北はありえない、屈しないと言う強い気持ちがあった。

故に、バァンはその手を持ち上げ、執念と信念を口から吐き出すかのように叫んだ。

 

 流石の覇王もその光景を見て、ありえないと言う様子で驚いていた。

当然だ。S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に押しつぶされ、燃やされているのにも関わらず、あのような行動ができるはずがないからだ。

それほどの根性と忍耐、強靭な精神があのバァンに存在したことを、覇王はここで噛み締めることになったのだ。

 

 

「”カラミティウォール”!!!」

 

 

 そして、バァンは両手から強烈な闘気の渦を放出し、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を蹴散らした。

 

 

「そして”カラミティエンド”!!」

 

「――!」

 

 

 さらに、そのまま覇王へと瞬間的に接近し、闘気を込めた手刀を放つ。

呆然としていた覇王であったが、瞬時にそれに対応、後ろへ下がって回避した。

 

 

「まだまだ行くぞ! ”カイザーフェニックス”!!」

 

「ううぅ!?」

 

 

 しかし、バァンはそこへ即座に、あの魔法を覇王へと撃ちだす。

それこそ大魔王バーンが誇る代名詞の一つ、カイザーフェニックスだった。

 

 膨大な魔力がメラゾーマを不死鳥の姿へと変えて放つ、最大の呪文。

今の覇王は黒雛による防御がないが故に、この魔法が有効だった。

 

 覇王は集中して全身を気で覆い、カイザーフェニックスを必死に耐える。

されど、そのダメージはかなり大きく、焼かれながらも巫力を用いて回復を図るほどだった。

 

 

「オオオォォォッ!!」

 

「ぐっ!! イオラの嵐か!!?」

 

 

 さらに、バァンは攻撃を激しくさせる。

今度はとてつもない爆発の嵐が覇王を襲った。

 

 それこそ、イオナズンに匹敵するほどのイオラの嵐。

バァンは両手から、マシンガンのごとくイオラを放ち続ける。

 

 爆発、爆発、また爆発。

覇王は爆風にさらされながら、必死で耐えるの精いっぱいだ。

しかも、このイオラの嵐は覇王の影分身を全て吹き飛ばすほどだった。

 

 だが、覇王はバァンを、まるで鷹の目のように光らせながら、常に見ていた。

チャンスはある。いずれ来るチャンスを、覇王は伺っていたのだ。

 

 

「よいものを見せてやるぞ! ”フィンガーフレアフェニックス”!!」

 

「5つ同時にカイザーフェニックスを!?」

 

 

 そんな覇王だったが、次の瞬間ゾッとするような光景を見ることになる。

なんと、バァンはカイザーフェニックスを()()()()()()()()()()繰り出したのだ。

 

 それこそ氷炎魔団団長のこと”フレイザード”が用いた呪文、フィンガーフレアボムズの応用であった。

フィンガーフレアボムズは五本の指からメラゾーマを発射する呪文。

それを大魔王の魔力で放てば、全てがカイザーフェニックスへと変貌するというものだった。

 

 ただ、フィンガーフレアボムズは生命ではない、禁呪から生まれたフレイザードだからこそ使える魔法。

魔族であるバァンが使用するのであれば、寿命を削ってしまう可能性がある。

 

 また、バァンは本来のバーンと同じく、カイザーフェニックスを”ためなし”で放つことができる。つまり連射が可能なのだ。

それでもこのようなリスクを負ってまで、この魔法を放ったと言うのは、もはや勝つために手段は択ばないと言うバァンの決意の証だった。

 

 これには覇王も大きく焦った。

先ほどのカイザーフェニックスの一撃でさえ、とんでもない威力だったのだ。

全て食らえば塵すら残るかわからないほどだ。

 

 さらに、五つのカイザーフェニックスが融合して一つとなりて、超巨大な不死鳥となって襲い掛かってきたのだ。

覇王はこれはまずいとばかりにS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を盾にすることで、なんとか防御。

 

 とは言え、バァンの攻撃はこれにとどまることはない。次の瞬間、覇王に鋭い一撃が突き刺さったのだ。

 

 

「今だッ! ”カラミティエンド”……!」

 

「ガア……ッ」

 

 

 ――――その瞬間、真っ赤に染まった手が、覇王の背中から突き出した。

おびただしいほどの紅色の液体が、覇王の体の貫かれた部分から噴出する。

さらに、うめき声とともに口から血を吐き出し、あの覇王が苦痛にあえぐ表情を見せていた。

 

 バァンは一つとなった巨大なカイザーフェニックスの影に隠れ覇王へと突撃。

覇王が防御に使っていたS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)をカイザーフェニックスが命中した時に発生した爆炎ごと、闘気を集中させた左手の手刀にて、上下に分断。

 

 そこからさらに炎で周囲がくらんだのを利用すると、闘気を最大限に集中させた右手の手刀を抜き手にし、覇王へと突き出して串刺しにして見せたのである。

覇王もそれを回避することができず直撃。その結果、バァンの腕が覇王の体へと、食い込ませることになってしまったのだ。

 

 

「ィヤッタアァァァ――――!!! クソ兄貴の胸を貫いたアァァァ――――ッ!!」

 

 

 その光景を見た陽は、歓喜極まるほどの声をあげながら、踊るほどに喜んだ。

やった、よくやった! あの兄貴が体を貫かれた。よく貫いた。このままやってしまえ。それを体全体で表現して見せていた。

転生者ではあるものの、血のつながった兄弟であるのに、その言い草と態度はひどいものだろう。

 

 

「――――やるね……!」

 

「何!?」

 

 

 ――――ああ、だがしかし。

この程度で覇王がくたばる訳がない。この程度で覇王が屈する訳がない。敗北するはずがない。

 

 貫かれたと言うのに、血で染まった口の先端を上に歪ませ、覇王は何事もないように賞賛する。

今の攻撃は素晴らしいものだった。この自分が対応できなかったほどに。自分の体を貫かれるほどに。

これほどの傷を負ったのは()()()()()()()()。本当に強い、そう心の奥底から言葉にしていた。

 

 馬鹿な。確実に急所を貫いたはずだ。

バァンは仰天するほどに驚愕し、目を見開いて覇王の顔を見た。

何故笑っている? 何故余裕がある? 魔族として生まれたバァンが、まるで化け物を見るような目で覇王を眺めていた。

 

 

「リョウメンスクナ……O.S(オーバーソウル)

 

「これは……ぐおおっ!?」

 

 

 覇王はバァンの腕から体を引き抜くと、即座に巫力での回復を図った。

さらに、自分の背後に紙の人形を一つ飛ばし、その場にリョウメンスクナを巨人の姿でO.S(オーバーソウル)したのだ。

 

 バァンがハッとした時には、すでに遅かった。

今しがたの覇王の化け物ぶりに戦慄し、たじろいでいたバァンは、覇王がO.S(オーバーソウル)したリョウメンスクナの出現に気が付くのが一瞬遅れた。

その一瞬、本当にたった一瞬だったのだが、その一瞬のうちにリョウメンスクナの四つの腕が、バァンの四肢を力強くつかんだのだ。

 

 

「さらに、影分身!」

 

 

 そこへ覇王は、再び高密度の6体の影分身を作り出す。

そのうちの2体が、あの構えを取り始めたのだ。

 

 

「まっ……まさか!?」

 

「そのまさかだ」

 

 

 必死に抜け出そうともがくバァンだったが、その2体の影分身の構えを見て青ざめる。

その口からは焦りとともに言葉が漏れれば、覇王は肯定の意思を見せてにやりと笑った。

 

 

「秘剣……”燕返し”!」

 

「グオオアアアアッ!!!」

 

 

 その2体は立て続けに、動けぬバァンへとその奥義を解き放つ。

同時に3発ずつの、合計6発もの斬撃が、バァンの体を切り刻む。

 

 その苦痛に声を荒げるバァン。

叫び声とともに、血しぶきが夜空へと舞った。

 

 

「なっ! なっ! 何やってんだこのクソ雑魚!!!!!」

 

 

 先ほどまでの優勢はどうした、威勢はどこへ行った。

今のバァンの惨状を見た陽は、怒りと焦りに彩られた罵倒を、苦しむバァンへと叩き送る。

 

 何せ、バァンが負けてしまえば、今度はこっちに覇王が向かってくるからだ。

故に、煽るしかなかった。いや、陽の実力では煽ることしかできないが正しかった。

 

 

「これで終わりじゃないよ」

 

「影分身が……!? うおおおおお!!!??」

 

 

 だが、覇王の攻撃は終わらない。

この程度では魔族の再生力によって、簡単に復活することを見込んだ覇王は、さらなる攻撃で王手を討つ。

 

 なんと、先ほど作りだした6体の覇王の影分身が、動けぬバァンへと突撃してきた。

それも、刀を前へと突き出し、バァンを串刺しにするためにだ。

 

 バァンは未だリョウメンスクナにつかまれて動けない。

そこへ覇王の6体の分身が、バァンの体へと6本の刀を突きさし、金縛りにして見せたのだ。

 

 

「そして、”鬼火”」

 

「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!!」

 

 

 6体の影分身に串刺しとなったバァンは、もはや動けぬ状態となっていた。

と、そこで急にリョウメンスクナが消失すれば、すでに本体の覇王は再び黒雛をO.S(オーバーソウル)し、少し離れた位置で宙に浮いているではないか。

 

 それこそ、あの最大の大技が来る前兆。

そして、まさにギロチンを落とす死刑執行人のように、覇王はその技の名を、小さく言葉にした。

 

 ――――覇王の肩へと背中の二本の蝋燭が下がった。

すると、夜だと言うのにまるで周囲が昼間のように明るくなった。

その光源の正体こそ、まさに太陽のような極光の大火球。覇王の最大の必殺技である、”鬼火”だ。

 

 鬼火は発生した直後、即座にバァンへと向けられ放たれた。

バァンは6体の影分身に串刺しにされて動けない。

その鬼火(たいよう)を目の前に敗北を悟ったバァンは、喉がつぶれるほどの叫びを上げながら、炎に焼かれ光に飲み込まれていったのだった。

 

 

「グッ……ハァ……ハァ……、こ、これほどとは……」

 

「呆れたよ。今の攻撃でもまだ立っていられるなんてね」

 

「……余にも魔族としての意地があるのでな……」

 

 

 鬼火が消え、光が晴れると、そこには未だに立ち尽くすバァンの姿があった。

全身は焼かれて動けるはずがないと思う程の状態だと言うのに、ふらつきながらも二本の足でしっかり地面を踏みしめていた。

 

 バァンが鬼火で消滅しなかったのは、全身全霊をかけて闘気で防御したからだ。

でなければ、流石のバァンとて燃え尽きていただろう。

 

 燃え尽きず、しかも倒れぬバァンを見た覇王は、バァンの底知れぬ根性に呆れていた。

自分の鬼火の直撃を受けてなお倒れなかったのは、あの竜の騎士を含めて二番目だ。

 

 とは言っても、バァンも気力を振り絞って、やっとのこさ立っていると言う状態だった。

それでも倒れないのは、意地があるからだ。

自分は魔族の、あの”大魔王バーン”の肉体を得たのだ。

これしきの事で倒れるなど、許されないと言う信念があったからだ。

 

 

「だが……流石にもう動けぬ……。大魔王の肉体とてここまで痛めつけられれば、立っていられるのも奇跡と言うものよ……」

 

 

 されども、もはやバァンは戦闘など不可能だと断じた。つまり、それは自ら負けを認めたと言うことだ。

何せ数回の燕返しと鬼火を食らったのだ。普通ならば死んでいてもおかしくはないだろう。

強靭なる大魔王の肉体でなければ、すでに塵すら残っていないはずだ。

 

 また、”大魔王バーン”は並ならぬ再生能力を持っていた。それこそ腕が切り落とされても即座に再生する程のものだ。

 

 その肉体を得たバァンも同じく、その能力を持っている。だと言うのに、このボロボロとなった状態から再生されないのは、やはり闘気を振り絞り、使い切ったからだろう。それ以外にも、覇王から受けたダメージが、予想以上に大きすぎたと言うのもあったのだった。

 

 

「……で、どうするんだい?」

 

「知れたこと……。余はもはや戦闘不能……、潔くとどめを刺せばよかろう」

 

 

 バァンが敗北を認めた。ならば、次はどうするのかを、覇王は静かに尋ねる。

その問いにバァンは、ふっと小さく笑いながら、殺せばいいと言葉にした。

敵に情けなどいらぬだろう。この場で消してしまった方が、身の為であると。

 

 

「別にお前が”特典”で暴れてないんなら、とどめを刺す気はないんだけどね」

 

「だが余は魔族だぞ? お前と敵対したのだぞ?」

 

「関係ないさ。危険な奴かそうでないかが、僕の判断基準だからね」

 

「……そうか」

 

 

 覇王は別にバァンを殺す気などまったくなかった。

先ほどの戦い程度でしか見知ってはいないが、自分勝手に暴れるような奴ではないと判断したのだ。

 

 しかし、そうでなくとも自分は人間ではなく魔族だと、バァンは言い出した。

邪悪な存在である魔族ならば、消す必要はあるのではないか、と。

 

 が、それでも覇王はNOと言う。

魔族だろうがなんだろうが、危険でなければ殺す必要はないと。

 

 ――――いや、覇王はなんであれ、殺すと言う行為を嫌悪している。

わざわざ特典を引き抜いて蘇生させるほどには、殺して終わるのを嫌っているのだ。

 

 バァンは覇王の言葉を聞いて納得したのか、小さく笑い目をつむった。

 

 

「なっ! 何言ってやがんだこのクソ野郎!! 戦えよ!! 戦えってんだよ!!! クソ兄貴を倒すんじゃなかったのかよ!! 戦え!!! 戦え!!!!」

 

 

 そこに水を差すかのように陽は、かなりの怒りを見せながら、八つ当たりするように何度もバァンを罵倒する。

この陽、今の鬼火を必死で逃げて何とかしたようだが、やはり余波によりそこそこのダメージを受けた様子だった。

 

 そして、戻ってきたらバァンが何やら満足して負けを認めているではないか。

覇王を倒すと豪語した癖にと怒り、陽は明らかに戦闘不能なバァンへと、醜く何度も戦えと要求するのだった。

 

 

「おい」

 

「うっ!!? な……、なんだよクソ兄貴……」

 

 

 その暴言と自分勝手さに、流石の覇王も呆れを通り越してイラつき、無表情で殺意を向けて陽へ声をかける。

覇王のその圧倒的な重圧に怯みビビりあがる陽ではあるが、何も言い返せないのは負けたと感じて腹が立つので、その呼びかけに応じたようだ。

 

 

「僕を倒すんだろ? だったら自分の手足を動かしてみせなよ」

 

「そいつが! そいつがテメェを倒すって言ったんだよ!! なのにこの体たらくなんだよ!!!」

 

 

 覇王は陽へと、挑発するかのようにそれを言った。

自分を倒したいのであれば、自らの手で戦いを挑んで来いと。

 

 しかし、それでも陽は自分から戦うと言う選択はない。

バァンが覇王を倒すと豪語したからそれを信じた。なのに、ふたを開けてみればこの結果だ。

なんと情けないんだ。弱いんだ。陽はそうやって地団駄を踏んで、バァンを馬鹿にするだけであった。

 

 

「……ちっちぇえな」

 

「あっ……うぅ……クソおぉお!!!!」

 

 

 そんなクズ極まりない陽の態度に、覇王の怒りは散ってしまった。

はぁ、と小さくため息をついた後、お決まりの台詞を一言こぼすほどに。

 

 それを聞いた陽は、見下されていると感じて逆上し始めたではないか。

なんという小物。ただ、その怒りで覇王へと襲い掛かる程度には、まだ蛮勇さは残っているらしい。

 

 

「……」

 

「ぐえぇぇ!!?」

 

 

 ああ、それでも覇王の足元どころか、小指一本にも及ぶわけもない。

覇王は即座に陽の懐へと入り込み、そのどてっぱらに拳をねじ込む。

 

 陽は汚い悲鳴を上げると、体をくの字にして腹を抑えながら、後ろへずりずりと下がっていった。

 

 

「ちっちぇえな。お前相手なんかにはO.S(オーバーソウル)すら不要だよ」

 

「ちっ……、チクショウ!!! チクショウ!!!」

 

 

 弱い、クソ弱い。雑魚以下だ。

覇王は昔陽に、修行しないと本来の力は発揮できないと助言したことを思い出し、再びため息をついた。

陽の実力程度では、覇王が特に武装や能力を使う必要すらない。

悲しいかな、覇王と陽の差は、月とすっぽんどころではないのだ。

 

 それを悔しそうに嘆く陽ではあるが、完全に身から出た錆。

修行を怠って今の実力に妥協していたのが悪いのだ。

 

 

「全部テメェのせいだぞクソ魔族!!! この雑魚!! 屑!!」

 

「……」

 

「どっちもお前だろ? 少し黙ってろ」

 

「アグォ……」

 

 

 すると、陽はあろうことか、責任転嫁としてバァンを再び煽りだしたのだ。

こうなったのも全部バァンが覇王に勝てなかったからだ。自分が悪い訳ではないと。

 

 これにはバァンも呆れた顔を見せ、無言で憐みの視線を送るだけだった。

 

 覇王はと言うと、もう陽の言葉など聞きたくないと言ううんざりした様子だった。

そして覇王は、陽の背後へと瞬時に移動し、後頭部を強打して黙らせたのだった。

 

 

「そういえば、お前はこの戦いに興味がないと言ったね。だったら、教えてくれないかな? 今のあれの状況について」

 

「……多くは語れんぞ」

 

「別にいいさ。目的だけでも知っておきたいんだ」

 

「……」

 

 

 陽が気絶しうるさいのがいなくなった。

覇王はようやく落ち着きながら、バァンへとこの状況を質問する。

 

 と言うのも、先ほどから徐々にではあるが、この場から離れた空が光り輝き始めていたのだ。

いや、まるで光を集めていると言った方が正しいような、何かとてつもないことが起こっている状況だった。

 

 それを覇王が指をさしてバァンに聞けば、知っていることは少ないと言うではないか。

何せバァンも特にアーチャーや黄金の男から、指示や作戦を聞いたりした訳ではない。

バァンは”古の友人”から協力を受けたからこそ、ここにいるだけだからだ。

 

 それでも覇王は一つでも多くの情報が欲しいので、この光が何のためにあるのかだけでも聞き出そうとしていた。

実際覇王は今後の状況を”原作知識”で知っている。多少記憶から抜け落ちているが、事の顛末を理解している。

 

 ただ、この世界には転生者がおり、彼らが何をするかわからない。

あのアーチャーとか言うやつが、どんな目的を持って行動していたのかを知りたいのだ。

 

 バァンはそれを聞かれた後”古き友人”への義理はある程度果たしたと考え数秒間黙ると、少しだけ情報を覇王へと話すのだった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。