理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百七十三話 転生者ディオ

 ――――ディオ・B・T・マクダウェル。

転生者にしてエヴァンジェリンの兄として生まれた男。

 

 彼は襲い掛かる数人の転生者(同族)を見て思う。

やはり転生者とは愚かな存在であると。自分もその愚かな存在の一部であることを。

 

 

「転生者ども、か」

 

 

 自分は転生し、何も得ていなかった。

今はまだゼロ、いや、マイナスだ。スタート地点にすら立てていない。

 

 何故なら、自分の計画はとっくに滅んでいるからだ。

何もできずに、もがくことしか、もがくことすら許されなかったからだ。

 

 ディオは転生者を見て思う。

くだらん存在だと。いくら能力を貰おうとも、欲望にしか使えないのであれば無意味だと。

 

 

「自分もだが、やはりくだらん。なんと無駄か。無駄無駄……」

 

 

 なんというくだらなさか。

自分も、目の前の転生者(こいつら)も、自分のために貰った力をふるっている。

人のためではなく、自分のために、自分の欲望のために。

それはとても愚かしいと、ディオは常々思っている。

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄アァッ!!!」

 

 

 そう、転生者とは無駄な存在。

この世界において、これほど無駄なものは存在しない。無駄だ、無駄。

 

 ディオはそう言葉にしながら、スタンド、ザ・ワールドを出現させて、襲い掛かる転生者どもをラッシュで薙ぎ払う。

 

 

「……しかし、わかっていたことだが数が多い。これほどまでに完全なる世界(ゆめ)に拘るか……」

 

 

 されど、完全なる世界に味方する転生者は、かなり多い。

今倒した転生者は10人ちょっと。その倍ぐらいの転生者が集まり、ディオを囲っている状況となっていた。

 

 それを見てディオは、やはりくだらんと考える。

彼らは自分たちがしたかったことができずに、こうして腐っているんだろうと。

自分の欲望どおりに事が進まなかったが故に、完全なる世界に逃げようとしているのだろうかと。

 

 いや、奴らはそんなことなど気にせず、自分が何をしているかも理解せず、ただただ自分の力を見せつけたいだけなのだろう……。

 

 きっと、あの日からだろう。

彼が転生者という存在に、反吐が出るほど嫌悪するようになったのは――――。

 

 

 

 

 

 

 ――――600年前。

ディオはとある小さな村に生まれ落ちた。

特に何もないが、平和な村だった。

 

 

「お兄様!」

 

「キティか、どうした?」

 

 

 何かあったとすれば、それは妹がエヴァンジェリンであったことだろう。

ディオは彼女を初めて見た時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と察した。

 

 だが、それ以上にディオは、()()()()()()()()()()()として認識するようになっていった。

とても優しく、自分になつき甘えてくるこの金髪の少女に、愛おしさを感じるようになっていった。

 

 そして、エヴァンジェリンは普段のように、兄であるディオへと笑顔で駆け寄る。

ディオは急に呼ばれて一体どうしたのかと、そんな彼女へと声をかけた。

 

 

「村の近くに何やら裕福な人がやってくるみたい!」

 

「ほう、貴族か何かか? こんな辺境の地に……?」

 

 

 エヴァンジェリンが言うには、この村の近く、たぶん外れの方だろうか。

そこへ金持ちがやってくるというのだ。

 

 金持ち、多分貴族だろうか。

確かに村の外れに何やら屋敷らしき建物を、村の大工らが建造していたのを思い出した。

そんなものが”原作”にあったかはわからないが、ここでは確かにそれを見たとディオは思った。

 

 とは言え、こんな何もない村に、いったいどうして来たのだろうか。

それがディオにとって最も気になったところであった。

 

 

「そこまでわからないよ。噂でしかないもん」

 

「噂か」

 

 

 エヴァンジェリンはディオの問いのような独り言に対して、知らないと語った。

というのも、この話は直接聞いた訳ではなく、村中の噂でしかなかったからだ。

 

 ディオはなるほど、と自分の顎を撫でて考えた。

噂、とは言え何もないところに煙はでない。きっと金持ちが近い時期に、この近くにやってくるのだろうと、そうディオは結論づけた。

 

 

 その数日後、本当にこの村に貴族らしき家族がやってきた。

それなりに大きな馬車に荷物を積み、使用人らしき人が馬車の上から2頭ほどの馬を操り、村へと入ってきたのである。

 

 ディオは物珍しさに、ちょいと見せおこうと野次馬のように集まった村人を押しのけ、村へ入ってくる馬車を見ていた。

そして、馬車が停止すると、中から一人の少年がこの村の大地へと降り立った。

 

 

 バッ! ダンッ! バ――――ンッ!!

 

 力強い飛び降りと着地。

随分と立派な召し物を着こなした、一人の少年がそこにいた。

 

 

「君()ディオ・ブランドーだね」

 

「そういう君()ジョナサン・ジョースター!」

 

 

 そして、少年はディオを見ると第一声にそう言い放った。

ディオも釣られて、その名を口にした。

 

 ディオ・ブランドー。

ジョナサン・ジョースター。

互いにそれの能力を貰ったからか、それに近い姿をしていた。

だからすぐに、お互いそれを理解した。

 

 また、それは彼と初めて会った日のことだった。

まるで運命だというような、いや、実際に運命だったのだと感じざるを得なかった。

 

 彼はジョナサン。

ジョナサン・ジョゼット。ジョジョ。

ジョナサン・ジョースターの能力を貰った転生者。

 

 彼らは同じジョジョ好きということで、すぐさま打ち解け友人となった。

奇妙な友情ではなく、友情を感じていた。少なくともディオは、彼を友人だと認めていた。

 

 

「なあ、好奇心で聞くんだがディオ。君が考えうる最も”強い”特典はどんなヤツだい?」

 

「……どんな特典であろうとも、十全以上に力を発揮したければ、修行や鍛錬を怠らずに行うことだ」

 

 

 ディオはジョナサンと友人となり、ジョナサンと河原で遊ぶことが多くなった。

木陰で寝そべりながら、彼らはくだらない談笑をして笑いあった。

そこでは当然ジョジョネタを混ぜて会話することも多かった。

 

 その何気ないくだらない談笑の一つで、ジョナサンはプッチ神父とDIOの何気ない会話を真似し、ディオに質問をした。

それはすなわち、転生者が特典として選ぶなら何が最強なのか、というものだった。

 

 その問いにディオは、いくら能力が強かろうとも鍛えなければ意味がないと返してきた。

転生神は教えていた。能力を最大限発揮するには、鍛錬を行わなければならないということを。

 

 

「転生した神が言っていた。でなければ、いくら”最強”と呼ばれた特典であっても、真価を発揮できず弱いままだと」

 

「質問が悪かった。子供遊びで話す”ピカ〇ュウとミッ〇ーどっちが人気”そのレベルでいいよ」

 

 

 最強の能力でさえ鍛えなければ雑魚である。

これが転生者の真理の一つ。

 

 鍛えたならば最強となりえるが、その練度の差と最強たりえる鍛錬の難易度にはそれぞれの特典で違いがあるはず。

ディオはそれを考えたうえで、そう答えて発言している。最も強く、最も鍛錬の必要のない能力こそが最強なのではないか、と。

 

 とは言え、ジョナサンが聞きたかったのはそういうことじゃない。

あくまでどんな能力を貰ったら最強になれるかな、程度の問いかけだった。

だからそれを訂正し、もう一度ディオへと尋ねる。

 

 

「……()()()A()C()T()4()と呼ばれたスタンドがもっとも”強い”。故に手にあまる」

 

「ジョニィ・ジョースターのスタンド……」

 

 

 再び問いかけられたディオであったが、正直言って困っていた。

ディオははっきり言ってわからん、と言いたくなったのである。

自分の知らない作品で最強能力があるかもしれないし、メタれる能力があるかもしれないと思ったからだ。

 

 しかし、それではいくら何でも格好つかんと考えたディオは、ならばジョジョネタで話してるのならジョジョでいいか、と答えを語る。

そこでディオが答えたのは、SBRに登場するジョナサン、ジョニィのスタンド能力だった。

 

 ジョナサンも当然その名を知っているので、なるほど、と多少考えた。

 

 

「必ず殺すが発動条件が厳しいんだぜ? 先手撃つのは結構面倒そうだ」

 

「確かに……。しかし、当たれば魂すら消滅させる、と言うのは恐ろしいものだ……」

 

 

 ジョニィのスタンド、タスク。

物語が進むにつれてどんどん強化されていったスタンド。

その最終形態こそが、タスクACT4である。

 

 その能力は重力すらも手にし、魂すらも抹消させうる恐るべき能力。

 

 いくら別の世界に逃げても能力を消すことはできず、無限に追跡される。

食らったら最後、その場から動くこともできなくなり、無限にループし続ける。

 

 されど、それを発動するには条件がある。

その一つは黄金長方形の回転で、爪弾(タスク)を回転させられるようにならなければならない。

これだけでもかなりの難易度となる。

 

 しかもそれ以上にもう一つの条件である、馬に乗り、馬を自然体で走らせ黄金長方形を作り出すことだ。

この二つの条件をクリアしないかぎり、この能力を使うことはできない。

 

 故に、ディオは手に余ると言った。

確かにこの能力は強い。不死身となった存在でも、一撃で殺せるだろう。

 

 ただ、馬に乗りながら発動させるという条件がかなり厳しい。

それ以外にも黄金長方形の形で回転させる秘儀を習得しなければならない。

 

 それに、一撃で誰でも即死するぐらいの威力がある。

誤射したら取り返しがつかない。殺意しかない能力で汎用性もない。

だから、手に余る。

 

 ジョナサンもディオの言葉に、納得しかなかった。

強すぎるがそれだけ。それ以上がないので使いづらい。

わかるわかる、と腕を組んでジョナサンはうなずいていた。

 

 

「あれがエヴァンジェリンかい?」

 

「そうだ」

 

 

 ふと、ジョナサンは体を持ち上げて、遠くではしゃぐエヴァンジェリンの姿を見た。

エヴァンジェリンは木陰で寝そべるディオを見つけると、ニコニコ笑って手を振ってきた。

 

 ジョナサンはあれがエヴァンジェリン、のちに真祖の吸血鬼となり()()()()と呼ばれる魔王となるのか、と思った。

されど、面影がまったくないので、本当にそうなのか、と疑問に思ったのである。

 

 故のジョナサンの問いに、ディオはYESと即答する。

あの娘は確かにエヴァンジェリン。のちに吸血鬼となって永き時を苦悩と苦難で塗りつぶされる、哀れな少女だと。

 

 

「天真爛漫、だね。ギャップが激しすぎて風邪をひきそうだよ」

 

「俺は気にしたことなどないが」

 

 

 自分が知っているエヴァンジェリンは、すでに吸血鬼となってスレた状態。

それとこっちを比較すると、似ても似つかないとジョナサンは苦笑する。

 

 が、ディオにとっての彼女は、かわいい妹でしかない。

彼女が生まれた時から自分はその兄であり、妹が何者であろうとも関係のないことだった。

 

 

「俺はなジョジョ。彼女には()()()()()幸せな一生を過ごして欲しい、と思っている」

 

「……吸血鬼にならずに、かい?」

 

「無論」

 

 

 だからこそ、それをディオは願う。

その願いを友人、いや、親友であるジョナサンへとゆっくりと語る。

 

 エヴァンジェリンが()()()()人並みの幸福を得ることを。

人間のまま、あのままの状態で幸せになってほしいと、ディオは思っている。

 

 ジョナサンはそれはつまり、吸血鬼にはしたくない、ということかと聞けば、当たり前だとディオは言う。

 

 

「彼女の600年は地獄の連続だろう。せめて、人間のまま死ねれば、少なくともそんな苦痛を味わうことはない」

 

「原作はどうなる? 彼女が空いた穴は誰が埋めるんだい?」

 

 

 エヴァンジェリンは死ねない肉体を得て、何百年もの時間を地獄の中でさまようだろう。

しかし、人間として生きるのならば、そのような地獄の連続を味わうことはないだろうと、ディオは語る。

 

 が、ジョナサンはそこで”原作”のことについて触れてきた。

彼女がいなくなったならば、誰がその”役”を受け持つのかと。

 

 何せエヴァンジェリンは”原作”ではそれなりに重要なポジションにいる。

主人公の師匠でもあり、主人公が会得する魔法の開発者でもあるからだ。

 

 

「俺がやる」

 

「君が……?」

 

 

 その役目は俺がやる。今を生きる彼女は優しき少女だ。

ディオはそうはっきりと、決意したかのような目で宣言した。

 

 ジョナサンはその言葉に、そんなことが可能なのかと疑問に思った。

 

 

「何故かわからんが未だ特典の力が発動していないのだが、俺の特典はD()I()O()()()()()()()()()()()()()だ」

 

「つまり、君が代わりに吸血鬼になる、ってことかい?」

 

「そのとおりだ」

 

 

 どうしてそれが可能だと言えるのか。

それはディオが選んだ転生特典にある。

 

 ディオの特典は”DIOの能力”と”真祖の吸血鬼になる”というものだ。

故に、エヴァンジェリンの代わりは十分務まると、ディオは考えていた。

 

 ただ、転生神のいたずらか説明不足かはわからないが、本来5歳になった時に発現するはずの特典を、何故かディオは未だに得てないと言う現状であった。

つまるところ、スタンド、ザ・ワールドすらも発現せず、人間のままだったのだ。

 

 ジョナサンは、ならばその特典で代りを務めようというのか、と聞けば、ディオは即答。

 

 

「彼女にはあのように健やかに生きて欲しい、それが俺の願いなのだ」

 

「そうか……」

 

 

 ディオは心の奥底から、妹となったエヴァンジェリンの幸福を願っていた。

だからこそ、覚悟は完了しているし、彼女に待ち受ける苦難も自分がおっかぶることにも恐怖はなかった。

 

 ジョナサンはそんなディオを見て、一言だけつぶやいた。

この男はすでに決めている。この世界の運命を砕こうとしていることに、ジョナサンは気が付いた。

 

 

「なら、僕も手伝おう」

 

「いいのか……?」

 

 

 だったら、とジョナサンが口を開いた。

それはディオの考えに賛同し、協力するということだった。

 

 ディオはジョナサンが自分の勝手を手伝ってくれると言うことに、喜びを覚えた。

だが、そこですぐに助かる、とは言わず、もう一度確認するかのような言葉を放つ。

 

 

「水臭いことを言わないでほしいな。君と僕の仲じゃあないか!」

 

「……ありがとう、ジョジョ」

 

 

 そんなディオへと、ジョナサンはさわやかな笑顔で気にするなと言うではないか。

ディオはこの素晴らしき友人に対して、涙ぐんで感謝を伝えるのだった。

 

 ――――この関係は永延に続くと思われていた。

どんな状況になっても、どんな過酷な運命が待ち受けようとも、二人ならばと思っていた。

 

 しかし……、ああ、しかし……、運命は加速する。

 

 

「お兄様。今日はお城に呼ばれて、出かけるの」

 

 

 その日がついにきた。

運命の日、選択の時。

 

 エヴァンジェリンはその運命を知らず、ディオへとそれを話す。

 

 

「ついに……、その日が来たのか……」

 

「? お兄様?」

 

 

 ()()()()()()()()ディオは、そこで顔に手を添えて言葉をこぼす。

ああ、ついに、ついにやってきてしまった。この運命という日が来ないことを願っていた。

 

 だが、やってきてしまった。分岐点がやってきた。

ディオはそう考えて、苦悩した視線をエヴァンジェリンへと送る。

 

 されど、何も知らぬ無垢なる少女は、その苦悩を察することは不可能。

何を悩んでいるのかわからないエヴァンジェリンは、ただただ兄であるディオを心配そうな目で声をかけるのみ。

 

 

「ああ……、いや、……すまない。そうか、よかったな」

 

「はい!」

 

 

 ディオはそこで気を取り直し、笑顔でエヴァンジェリンを祝う。

心の奥底では、まったく祝福などできず、この日を呪っていたのだが。

 

 そのディオの言葉に、エヴァンジェリンは花のような笑顔を見せた。

無垢なる少女の甘味こそ、兄であるディオに喜ばれることだった。

 

 そして、エヴァンジェリンは城へと招かれた。

それがどんなことを意味するかも知らずに……。

 

 

「……何とかしなければ、ならんか……」

 

 

 ディオはそれを見送った後、対策を考えていた。

この日が来なければいいと思っていながらも、待っていたのもディオ。

 

 本来、手っ取り早くこの展開を破壊するならば、城への招きを拒否させればいい。

されど、城への招きこそあの()()()の企てだ。

 

 拒否したところで展開が変わるだけで、きっとエヴァンジェリンを吸血鬼にしようと行動するだろう。

であれば、あえて”原作通り”にし、こちらが先読みして動くことにした。

 

 ならばと、まずは城へと急ぎ、彼女を吸血鬼にするのを阻止しようとディオは行動を開始する。

 

 

「ジョジョ」

 

「わかっている。僕も行こう」

 

 

 また、その背後に待機していたジョナサンへと、ディオは声をかければ、ジョナサンも小さくうなずく。

そして彼らは、エヴァンジェリンのいる城へと乗り込んだのであった。

 

 

「楽に入れたな……。誰もいないのか……?」

 

「わからない。しかし暗いな」

 

 

 もはや陽が傾き、地平線が赤く染まっている。

あたりは暗くなりつつなり、城の中は闇に支配されようとしていた。

 

 ディオとジョナサンは城の内部へと侵入し、あたりを見回す。

楽に入れたとディオは考えたが、逆にそれが不気味だと思った。

 

 ジョナサンも城の内部が暗くなっているのを気にしていた。

暗くなると探すのが難しくなると思ったからだ。

 

 また、当然ディオは”特典”が未だないが故に、心許ないが鉄の棒で武装しており、ジョナサンにも()()()()()()()()()()、腰にナイフらしきものを鞘に納めてぶら下げていた。

 

 

「どこだ、どこにいるのだキティ……!」

 

「焦るといいことがないよ、ディオ」

 

「しかしだな……!」

 

 

 彼らは城の廊下を走りながら、エヴァンジェリンがいる部屋を根掘り葉掘り探す。

ディオはエヴァンジェリンが起きて反応してくれることを願い、彼女の名を何度も叫んで呼んだ。

 

 そのディオへと、ジョナサンは静かにアドバイスを口にする。

焦りすぎるのはよくない、と。しかし、何か雰囲気が妙だった。

 

 されど、ディオの頭の中はくまなく焦燥感に支配されていた。

だからだろうか、ジョナサンの些細な雰囲気の違いに、気が付かなかった。

 

 ――――それが運命を分けた。

 

 

「ッ! ……ぐっ……? 何が……?」

 

「……まあ、焦らずともいいことはないけど、ね」

 

 

 ディオがジョナサンの方へと振り向けば、何やら急に腹部に大きな衝撃と、強烈な痛みを感じた。

妙な笑みを浮かべるジョナサンを見ながら、ふとディオは痛みを感じた部分に手を添える。

 

 

「ぐっ……うおおぉぉッ!? この痛みはッ!? この血はッ!?」

 

 

 すると、なんということだろうか。

手がまるでトマトケチャップをぶちまけたように、真っ赤に濡れているではないか。

 

 そして、これはトマトケチャップなどではない。

ディオ、その本人の血である。さらにそこには、一本の銀色に光る物体が刺さっていた。

 

 ……銀色に光る物体、それはナイフだった。

ナイフが一本、ディオの腹部に深々と刺さっていたのだ。

 

 ディオはたまらず手から鉄の棒を落とし、うめき声とともに大量に冷や汗を全身から噴き出させてたのである。

 

 

「わるいねえディオ。君とはここでさよならしなきゃあいけない」

 

「き、貴様……!? ジョジョ、何を……ッ!?」

 

 

 何故、何故なんだ。

どうしてこんなもの(ナイフ)が体に刺さっているのだ!?

 

 考えられる原因は一つしかない。

しかし、そんなことをディオは考えたくもなかった。

 

 その原因がジョナサンであるかもしれない、そんなゲスな考えがディオに浮かんだ。

それを拭い去りたいかのようにディオがジョナサンへと顔を向ければ、ジョナサンは薄ら笑いを見せながら語り始めたではないか。

 

 その言葉にディオは、意味がわからないと混乱した。

いや、ナイフが体に刺さっている時点で、すでにディオは混乱していたのだ。

 

 また、この発言こそが、このナイフがディオに刺さった真実を語っていた。

そうだ、間違いなく目の前のジョナサンが、ディオの腹にナイフを突き刺したのである。

 

 

「僕もずっとこの瞬間を待っていたんだ。彼女、そうエヴァンジェリンが吸血鬼になるこの日を」

 

「だからこの俺が、それを阻止しようと言っているのだッ!!」

 

 

 ジョナサンは、苦痛と出血で立っているのもやっととなっているディオを、眺めながら言葉を続ける。

この日を待ちわびていたのはディオだけではなかったと。そう、かくいう自分もそうであったと。

 

 ならば、そうであればとディオは吹き出す血とともに言葉を張り上げた。

自分がこの日を待っていたのは、エヴァンジェリンを吸血鬼にしないためだと。

 

 

「それは困るよディオ」

 

「何ィッ!?」

 

 

 だが、ジョナサンは嘲笑しながら否定の言葉を放つ。

何故なら、ジョナサンはエヴァンジェリンが吸血鬼になってくれないと困るからだ。

 

 何故だ。

ディオは疑問に思った。

どうしてエヴァンジェリンを吸血鬼にしなければならないのか、理由がわからなかったからだ。

 

 

「僕は彼女と永遠の時を生きる。彼女は僕が貰う」

 

「ふっ……ふざけているのかァァッッ!!!」

 

「僕は本気だ」

 

 

 何故? 愚問だとジョナサンは説明しはじめる。

理由は単純だ。エヴァンジェリンを自分のものにし、彼女と永遠に生き続けることがこのジョナサンの目的だったからだ!

 

 そのためにこの日を待っていたし、ディオの計画が成功しては困るとも思っていたのである。

 

 ディオはたまらず罵倒するかのように、腹の奥底からはち切れんばかりの声を荒げて叫んだ。

されどジョナサンは、冷徹な目でディオを見ているだけであった。

 

 

「だからディオ、頼むから死んでくれ。僕のために」

 

 

 そう、利用してきた、ジョナサンはそう言った。

ディオという存在を、エヴァンジェリンの兄という立場に生まれた転生者だからこそ。

 

 しかしもう、価値はない。

不要になったから、邪魔になるから、だからそう、消えろとジョナサンは淡々と言葉にする。

 

 

「”山吹色の波紋疾走(サンライトイエローオーバードライブ)”ッ!!」

 

「グッ!? ぐおおあああぁぁぁッッ!?」

 

 

 そして次の瞬間、ナイフを引き抜いて血を地面にまき散らし青ざめたディオへと、ジョナサンの無数の拳がさく裂した。

 

 ただの拳の連打ではない。ジョナサンが特典として選んだ能力、ジョナサンの能力である波紋の効果を乗せた拳だ。

 

 生身の人間が受ければ、強烈なショックで数日間をも気を失うほどのパワー。

それを連打で、しかも死にかけの負傷をしたディオへとぶち込みやがったのだ。

 

 ディオはジョナサンの拳を全身に受け、苦痛の叫びをシャウトしながら壁に激突、重力に負けてしゃがみこんで動かなくなった。

いや、腹にナイフを刺された時点で、すでにもう虫の息であったのだ。

 

 

「がはぁっ……」

 

「強烈な波紋パンチの連打とその出血量、死んだかな?」

 

 

 もはや体は動かぬディオ。

最後に盛大な吐血をしたと思えば、首がだらりと下がり、指一本ぴくりともしなくなっていた。

 

 ジョナサンはディオが動かなくなったのを見て、死んだと考えた。

されど、ジョナサンはディオの特典を聞いているので、完全な安心を得るために、確実な死を確認する。

 

 

「…………」

 

「死んだ、みたいだな……」

 

 

 見れば明らかに死んでいるだろうディオの顔面に、ジョナサンは一撃蹴りを入れる。

ディオはその衝撃で横這いに倒れ伏せるが、動く気配はない。

 

 次に心臓の鼓動を確認すると、もはや何も聞こえてこなかった。

すなわち、心臓は止まり、完全に死んでいるという証拠であった。

 

 ジョナサンはディオが完全に死んだことを確信し、その表情をゲスなものへと変えていった。

もはやその顔に”ジョナサン・ジョースター”の紳士としての面影は存在しない。

あるのは狂ったゲス野郎の表情だけだ。

 

 

「クックックッ……、ウケケケ……! ウケコケコケケケコケコケケココケウケコッッ!!!」

 

 

 そして、ジョナサンの腹の底から、心の奥底から愉快&ざまーみろの笑いが込み上げてきた。

やった! やったぞ! 邪魔者は消えていなくなった! そんなふざけた笑いだった。

 

 

()()()()()()()! ようやくエヴァンジェリンが僕の(もの)になるッ!!」

 

 

 ようやく、長年の悲願が達成される。

エヴァンジェリンが吸血鬼となり、自分のものになるのだと。

 

 とはいえ、まだ自分のものになるかはわからない。

ただ、精神的に弱ったエヴァンジェリンに甘い言葉を囁けば、コロッと騙されるだろう、とジョナサンはゲスな思考を巡らせいてた。

 

 それに問題はまだある。

エヴァンジェリンは吸血鬼になるが、自分は波紋が使えるだけの()()というところだ。

 

 波紋があればかなりの若さを保ちながら長生きできるだろう。

しかし、それでも死が待っている。エヴァンジェリンと永遠の時を過ごすならば、不老不死にならなければならない。

 

 まあ、そこはおいおいでいいだろうとジョナサンは考えた。

100年近く時間はある。エヴァンジェリンの力で吸血鬼化もできるだろうし、何とかなるだろうと楽観視したのである。

 

 

「このクソカス(ディオ)と仲良しごっこしてたのも全部このためだったが、クソカスはもう死んだ」

 

 

 そう、全てはこの時のため。

この小さな村に引っ越してきたのも、ディオと仲良くなったのも、全部このためだったのだ。

 

 いや、エヴァンジェリンに転生者の兄がいることは、ジョナサンには誤算であった。だが、こうも簡単に利用できたのだから嬉しい誤算だった。

 

 でなければ、こんな妙な正義感ぶったゴミなどと、友人なんかになりたくなかった。

エヴァンジェリンの兄という勝ち組の立場に生まれ、余裕を感じる態度を見せてきたこのディオとかいうクソカス。

 

 正直ジョナサンはディオが嫌いであった。

そのエヴァンジェリンの兄という羨ましい立場にいる時点で、すでに腹立たしかったのだ。

 

 全ては演技だった。ディオとの友情も、紳士的な態度も全て。

何故なら、ディオに近づくことでエヴァンジェリンにも近づけるからだ。

兄の友人という立場ならば、エヴァンジェリンの警戒心をなくし、信用を築き上げられるからだ。

 

 

「クソカス、僕のために生きててありがとう。そしてさようなら」

 

 

 全ては計画通りに進んでくれた。

故に、最後に礼だけは言っておく。

ジョナサンは見下したゲスな目つきで、動かぬディオへと別れの言葉を述べる。

そして、ジョナサンは動かぬディオへと背を向け、エヴァンジェリンを探そうと足を動かし始めた。

 

 

「――――なるほど……、そういうことだったのだな……。初めから友情などなかったと」

 

「何ッ!?」

 

 

 だが、その直後、背後から……動かなくなったディオから、急に声が聞こえてきた。

それはもう二度と聞けるはずのない声だった。何故なら、その声の持ち主は死んだからだ。ゾンビでもないのに骸が動くはずがないのだから。

 

 しかし現実に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ジョナサンはとっさに声が聞こえた方を振り向けば、血みどろのディオが噛み殺すほどの殺気を放ち、射殺すように睨んでいた。

 

 

「うげぇ!?」

 

「なるほど、最初から我が妹が狙いだったという訳か。この俺を騙して、キティを手に入れようとしたと」

 

 

 さらに、急に何もないはずの場所から、ジョナサンは顔面を殴られた感触を受けて吹き飛ばされた。

 

 そんなジョナサンへと、ディオはぽつぽつと言葉を述べ始める。

最初から友情などなかったことを、エヴァンジェリンを手に入れるために嘘をついていたと。

 

 

「ばっ、馬鹿なッ!? なぜ死んでない!? いや、確かに今! お前は死んでいたッ!?」

 

「この俺が誰だかは、貴様もよおーく知っているんじゃあないか?」

 

 

 ジョナサンは殴られたのかわからないが、とにかく痛みを感じる頬を手で押さえながら、焦りに彩られた表情で驚愕した。

 

 何故ならば、今さっきディオは死んでいたから。

間違いなく心臓は止まり、生命活動を停止させていたからだ。

 

 そう醜く狼狽えるジョナサンを睨みながら、フンッとディオは鼻で笑い、自分が選んだ特典を教えたはずだが? と言葉にする。

 

 

「俺はディオ、DIOの能力を貰った転生者だと言うことをな……」

 

「……吸血鬼、になったのか……、死に際になった今、この場で……ッ!?」

 

 

 それすらも忘れているのであれば、もう一度教えてやろう。

ディオは先ほどとは違い余裕の態度で、されどジョナサンの喉元を食いちぎりそうな表情で、それを語った。

 

 ディオの特典、DIOの能力。

そうだ、つまり先ほどの死によって、能力がようやく目覚めたということだろう。

ジョナサンは焦った顔で、得ていなかった特典をディオがようやく手にしたことを理解した。

その特典の力で復活し、腹の傷も治り全快になったことを理解した。

 

 

「なんとも数奇な運命だろうか。やはり運命を感じざるを得ない」

 

「こっ、このクソカスがあぁぁッッ!! ”山吹色の波紋疾走(サンライトイエローオーバードライブ)”ッ!!!」

 

 

 これは運命なのだろうか。

ジョナサンに敗北し、吸血鬼になった。

そういう意味では運命を感じているディオ。

 

 されど、その運命は悲しきものだ。

こうなりたくはなかった、というのがディオの本音であった。

 

 そんなディオの気持ちなど微塵も知らず、ジョナサンはディオを罵倒しながら再び拳を握って襲い掛かった。

 

 

「無駄だ。無駄無駄無駄ァッ!!」

 

「うげぐえぇッ!?」

 

 

 されど、ディオの特典は吸血鬼になるだけではない。

もう一つ重要な、そして強力な特典を得ていることを、ジョナサンは頭から抜けていた。

 

 迫りくるジョナサンの無数の拳を前に、ディオは腕を組んで棒立ちになりながら無駄無駄と叫ぶ。

すると、ジョナサンが胸、肩、顔を強く殴られた様子で、再度吹き飛び壁にぶつかり膝をついたではないか。

 

 

「この俺は今、全ての転生特典を得た。もはや貴様なんぞに負けはしない」

 

「馬鹿な……。こんなクソカスのせいで僕の計画が……」

 

 

 DIOの能力と吸血鬼化だけではない。

そう、スタンド、ザ・ワールドも操ることができるということだ。

見えざる拳こそ、ザ・ワールドの拳であったのだ。

 

 この能力を得たディオは、もはやジョナサンごときに負けることはないと確信した。

それはおごりや慢心からくるものではない。自分の今の能力が、ジョナサンよりも大きく差を広げたからだ。

 

 ジョナサンは波紋を使う能力こそ特典であり、それ以上は存在しない。

何故なら、もう一つの特典を()()()()()()というのを選んだからに他ならない。

 

 つまるところジョナサンは、波紋が使えるだけの金持ちでしかない。

どれだけジョナサンに波紋の才能があろうとも、真祖の吸血鬼とザ・ワールドの能力を得たディオには、逆立ちしたって勝てはしないのだ。

 

 

「許さん……。許さんぞディオオォォォッ!!!」

 

「許さないのはこっちの方だジョジョ……、いや、()()()()()ッ!!」

 

 

 それでも、今度はジョナサンが逆上して、叫びながら再びディオへと襲い掛かる。

拳に太陽の波紋を纏わせて、ディオの頭を砕かんと腕を伸ばす。

 

 だが、許さないのはむしろディオの方だ。

これほどまでの裏切りを許せるはずがないだろう。

 

 故に、もはや目の前の男をジョジョなどと呼ぶのはおこがましくなった。

目の前の男は()()()()()()()()()。ジョジョなどと呼ぶにもおこがましい片腹痛い存在でしかないと、ディオは呼び方を訂正して迫りくるジョナサンを迎え撃つ。

 

 

「”ザ・ワールド”ッ!!! 時よ止まれいィィッ!!」

 

 

 もはや見るに堪えないジョナサンを前にディオは、ザ・ワールドの最大の能力を解き放つ。

ザ・ワールドを中心に、世界の全てが動くのを止める。流れる水は流れるのをやめ、千切れる雲すらその形状を維持し固定される。それこそ”時間停止”の能力だ。

 

 今初めて使ったが故に何秒時間を止められるかわからないが、目の前のジョナサンを黙らせるには十分であった。

 

 

「ジョゼット……、貴様との偽りの友情、嫌いではなかった……」

 

 

 短いであろう停止させている時間の間に、ディオはジョナサンへと一歩近づいて寂しげにつぶやく。

ディオはジョナサン、目の前の転生者の男のことを友人だと思っていたし、信用していた。

 

 これまでの間のジョナサンとの記憶が走馬灯のように脳内を駆け巡る。

くだらないことを話して笑いあった。同じ転生者としてシンパシーを感じることもあった。

それが全て偽りで嘘だったとしても、ディオにとっては大切な思い出になっていた。 

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァ――――ッ!!」

 

 

 そして、その思い出を全て振り切り、かなぐり捨てるかのように、ディオはジョナサンへとザ・ワールドでラッシュを放つ。

もはや秒間100発ではないかと言う程の拳が、ジョナサンの全身に突き刺さりボコボコの姿へと変えていく。

 

 

「時が動き出す」

 

 

 たった数秒間が数分とも感じるほどの拳の嵐がやみ、ディオはぽつりと定番の言葉をこぼす。

すると、止まっていた時間が再び動き出したのだ。

 

 

「うげっ!? ギニヤアァァァァァッッ!?!?」

 

 

 時間停止中、無数に打ちのめされたジョナサンは、突如襲い掛かる全身の痛みと衝撃にもだえ苦しみながら、石造りの壁にめり込む。

その表情は意味が分からないという顔で、もはやジョナサンの整った顔立ちは悲惨なものとなっていた。

 

 

「そしてこれは! これのナイフはッ!!」

 

 

 そこへディオは先ほど自分の腹から引き抜いたナイフを、()()()()()()()()()()大きく叫んだ。

 

 

「俺の体と心に突き立てたッ! 貴様のナイフだァッ!!!」

 

「ウグエェエッ!?」

 

 

 このナイフこそが自分たちの関係を引き裂いた、自分の肉体と精神を貫いたナイフ。

ディオはそれを大声で発しながら、ジョナサンの喉元へと突き刺したのだ。

 

 ジョナサンは情けないうめき声をあげながら、金魚のように口をパクパクすることしかできなくなっていた。

そして、そのナイフは喉を貫き心臓へと達し、ジョナサンを絶命させたのであった。

 

 

「さらばだ、ジョゼット……」

 

 

 ディオはジョナサンの完全に魂を失った肉体を見下ろしながら、寂しげな表情で別れを告げる。

初めて出会ったあの時や、一緒に語り合ったあの時などの、楽しい記憶を思い返しながら。

 

 

「……妹は……?」

 

 

 だが、感傷に浸っている暇などはない。

何故なら、ディオの目的はジョナサン抹殺ではなく、妹のエヴァンジェリンを吸血鬼にしないことだ。

それをハッと思い出し、すぐさまディオはエヴァンジェリンを探し始めた。

 

 

…… …… ……

 

 

 探し始めて数分が経っただろうか。

中々エヴァンジェリンがいるであろう部屋が見つからずに焦るディオの目に、一つのものが入ってきた。

 

 

「くっ……これは……」

 

 

 それはフードとローブに包まれた、一人の人間だった。

しかし、それは石畳の床に倒れ伏せ、血を流して動かなくなっていた。

 

 

「遅かった、というのか……」

 

 

 その何者かの死体を見た時、ディオは全てを察して理解した。理解できてしまった。

つまりそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

ディオは間に合わなかったということだ。

 

 

「……くっ……、馬鹿な……うぅ……、こんなことなど……ウグッ……グッ……」

 

 

 そこでディオが、その死体が倒れている目の前の部屋を覗くも、すでにもぬけの殻。

ディオは絶望して膝をつき、床を殴って後悔に苦む。その精神的苦痛はもはや煉獄に焼かれる肉体そのものだった。

 

 

「……しかし、吸血鬼になったにせよ、近くにいるはずだ……」

 

 

 とは言え、エヴァンジェリンの吸血鬼化を阻止できなかったにせよ、エヴァンジェリンを探すことをやめるなどありえない。

近くにいるはずだと考え、ディオは折れそうな精神を奮い立たせ、再び立ち上がってエヴァンジェリンを探し始めた。

 

 突然吸血鬼となり、困惑と悲しみに支配された妹に少しでも安らぎを与えんと。

安心させて安全を確保せんと、ディオは走って、走って、走って、エヴァンジェリンを追い求めた。

 

 そして、ディオはエヴァンジェリンは再び村へと戻った可能性を考え、そちらへと足を進めたが……。

そこでディオを待っていたのは、さらなる絶望であった。

 

 

「村が……燃えている……だと……」

 

 

 ――――村が……燃えてる。

ごうごうと燃え上がる家々とそれを飲み込むかのように広がる火炎は、まるで炎の嵐となって夜の闇を赤く照らす。

 

 ディオはその光景を見て、そんな馬鹿な、という顔で表情を強張らせながら目を見開いていた。

何故、どうして、こうなった? そのような考えを永延に頭の中で渦巻かせながら。

 

 

「俺は……、この俺は……ッ! 何も守れなかったと言うのかッ!?」

 

 

 地面に手をつき、草原の草を強く握りしめて、ディオは想像を絶する絶望に胸を砕かれ自分の弱さと浅ましさを嘆く。妹も、家族すらも守れなかったと。

 

 

「神よッ!? 何故そうさせたのだッ!? 貴様が特典を早々に動かせるようにさえしていれば、こんなことはッ!?」

 

 

 さらにディオは、涙とともに呪いの言葉をまき散らし、その絶望に身を悶えさせた。

どうしてこうなってしまったのか。これこそ転生神の悪戯だというのか。

 

 

「これが運命だと言うのかアァッ!? 神よッ! 転生の神よッ!! ()()()()()()()()()()()()()アァァァ――――ッ!!?」

 

 

 エヴァンジェリンが吸血鬼となり、住んでいた村が燃えて消え、世界をさまよえる迷子となることこそが、彼女の運命なのだろうか。

誰も変えることができない、確定された運命だというのだろうか。

 

 何もできなかった自分は、運命に縛られるだけの存在なのだろうか。

運命に抗うこともかなわず、翻弄されるだけの存在でしかないのだろうか。

 

 ディオは転生神へ答えを求めるように嘆き叫ぶも、答えは返ってこなかった。自分ですらも答えが出せなかった。

 

 

「グッグッ……うううおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ――――ッッッ!!!!!」

 

 

 ディオは転生させた神を恨んだ。

いや、転生というくだらないことをさせた転生神など、とっくのとうに恨んでいる。

 

 だが、エヴァンジェリンという存在に、それをかわいい妹として合わせてくれたことには感謝していた。

 

 それでも、それでもこの地獄のような仕打ちを受け、ディオは自分を転生させた神へと呪言を吐き散らす。

ジョナサンから受けた痛み以上の”痛み”に打ちのめされ、膝をついて天を仰ぎながら涙を血の涙へとかえて慟哭した。

 

 

 しかし、ディオの心は折れなかった。

何故なら、これ以上の絶望を感じたものがいることを、知っていたからだ。

これ以上に絶望に打ちのめされたであろう妹、エヴァンジェリンの存在があったからだ。

 

 故に、もう一度立ち上がり、燃え盛る村を背に歩みを進めることにした。

今、最も絶望しているであろうエヴァンジェリンを探すために。

もう一度彼女の顔を見て、安心し、安心させるために。

 

 それだけではない。

自分が本当に運命に翻弄されるだけの存在なのかを、確かめるための一歩でもあった。

 

 運命に縛られ抗えないのか。それとも自分でも小さいことだろうと、運命を切り開けるのか。

それを知るためにディオは星の輝く下、闇夜の中を歩き始めたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 そして、二度と転生者など信用しないと心に決めた。

転生者などくだらないゲスな存在。ジョナサンと同じ存在である転生者など、信用に値しない存在であると。

 

 

「転生者など、肥溜めから生まれた蛆虫よッ!! 所詮世界に仇名すことしかできぬ寄生虫よッ!!」

 

 

 故に、ディオは転生者を嫌悪する。

ヘドが出るほどに、その存在を否定する。

 

 

「貴様らごときに、我が幸福の邪魔をさせてなるものかッ!!」

 

 

 そのような存在ごときが、自分の野望を阻むなど、到底許されるわけがない。

許せるわけがない。だからこそ、目の前の薄汚いドブネズミのような転生者を、薙ぎ払いちぎって投げる。

 

 

「なんだってんだこの鬼気迫る重圧は!?」

 

「てめぇも転生者だろうがよ! ゴミがよおお!!!」

 

 

 だが、そこまで罵倒されれば敵の転生者も怒りに燃えるというものだ。

一人はディオの怒りの重圧(プレッシャー)に飲まれるが、他はその罵倒に対してブチキレた。

何がゴミだゲロだウジ虫だ。テメェも同じだろうがよ、と。

 

 

「所詮は同じ穴の狢、仲良く殺しあおうぞッ!! ”ザ・ワールド”ッ!!!」

 

 

 そんなことなどディオとして百も承知の事実。

所詮は自分もくだらない転生者の一人。大切なものも大切な場所も守れなかった、愚かな転生者。

だからこそ、同じ転生者同士で殺しあうのが似合っている。

 

 ディオはそう叫びながら、再びザ・ワールドを操り時間を支配するのであった。

 

 


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