少し戻って休日前の麻帆良学園女子中等部3-Aの教室内。
授業が終わり帰宅や部活のために各々が行動しだし、ワイワイと騒がしい声が増えていく。
「はぁ? カラオケ?」
「そうそう! カラオケ!」
「ちょっと都会の方まで出て、地球と日本と現実のありがたみを味わう会でもやろうって!」
そこでそそくさと帰ろうと学園の廊下を歩くトリスへと、裕奈とまき絵が話しかけてきた。
二人はやっと魔法世界からここに帰ってこれたことをさらに実感するべく、休日にカラオケをする気だった。
「亜子とアキラを誘ったんだけど、ちょっと用事があるみたいでさー」
「きっと彼氏のとこだよ!」
「あー! なるほどね!」
本来ならば一緒にいた、厳密には裕奈以外密航者として魔法世界に来て巻き込まれた亜子とアキラを誘う予定だったのだが、二人には先約があるからと断られたと言う。
まき絵はこの二人なら彼氏じゃない? と考えて言葉にすれば、裕奈もそれだ! と理解した。
亜子と三郎がお付き合いしてるのはクラスなら誰でも知ってるし、アキラも年上の男性と親そうにしていたのを目撃されているからだ。
ただまあ、亜子と三郎はともかく、アキラと
それに二人には断られても、また次回やればいいじゃん! と言うのが裕奈とまき絵の考えなので、まったく気にしていなかった。
「で? なんで私に? 私、新入りで接点ないと思うんだけど?」
「ほら、向こうで少しお世話になった訳だし」
「新入りって言うならさー! うちのクラスでやったのとは別に、私たちだけの歓迎会でもする?」
「それもいいねー!」
つまるところ、自分は補充要員と言うことか、とトリスは察したが、そもそも夏休み明けに編入してきたばっかりの自分が何故に? と思う。
ただまあ、裕奈は魔法世界の総督府で何度か会話しており、まき絵も一応顔は見たぐらいには知っていたので、声をかけたということだった。
また、総督府では敬語で話していた裕奈だが、同じクラスになったのだから堅苦しいのはなしとトリスに言われ、砕けた話し方をするようになったと言う経緯がある。
で、当然新たなクラスメイトが増えたのであれば、歓迎会をしないようなクラスではない。
トリスがクラスに入った初日に、トリスの歓迎会が盛大に行われている訳で。そんな歓迎会が粛々と進むはずもなく、滅茶苦茶賑わうのは当たり前のことで。
さらには当然のように質問攻めされまくったトリスは、3-Aの洗礼を受けてまあ大変な目に遭ったりしたのだが。
ならば自分たちだけで二次会もいいね、とまき絵がニコニコして話せば、裕奈も乗っかるような言葉を言いながら笑う。
「勝手に盛り上がってるとこ悪いんだけど、まだ行くともいいとも言ってないんだけど?」
「そんな!?」
「ダメ?」
が、トリスはまだ答えを言ってないと呆れた顔で告げれば、裕奈もまき絵も大きくショックを受けた様子を見せたあと、瞳をウルウルさせながら上目使いでお願いポーズをしだしたではないか。
「……はぁ、わかったわよ……。……そういうの前世ぶりだし…………」
「やった!」
「ありがとー!!」
「一々感動しないでほしいんだけど……。ってちょっと!? 抱き着かないでって!?」
流石にそこまでされたらなあ、とトリスは考え、どうせ休日なんて予定なかったしまあいいか、と承諾。マジでチョロイ女だ。
それに、そう言うことなど縁のない生活ばかりしてきたので、懐かしいとも思ったのである。
トリスが渋々だがOKを出したのを聞いた裕奈とまき絵は、二人で抱き合いながらグルグル回って喜ぶと、さらにトリスをサンドイッチするように抱き着いてきたではないか。
暑苦しいとトリスは思いやめなさいと言うが、二人は止まることはなく。
気が付けば一緒に下校までしてしまっていた。
で、休日は友人と遊びに行くから、とトリスはエヴァンジェリンへと告げれば、エヴァンジェリンも特に気にした様子を見せず、そうか、と許可を出してくれた。
エヴァンジェリンとて従者だとしても、別に縛り付けておく気はないので、別にそのあたりは自主性に任せている訳だ。
…… …… ……
そして、休日の昼前に待ち合わせの場所へ行き、そのまま都会へと出た三人。
トリスは本当に久々に普通の私服と言うものに袖を通し、感慨深いものを感じたりしていた。
「ふうん? こういうところは前世と差がないのねぇ」
「何か言った?」
「別に何も?」
都会に出れば麻帆良とは違い、前世で見た光景ばかりだった。
トリスにとってもこういう光景は前世ぶりと言うことで、ついつい無意識に口から言葉が漏れる。
裕奈はトリスのつぶやきに反応するが、トリスは口を押えて知らないふりしてとぼける。
ただ、トリスは周囲をこそこそと眺めながら、やはり前世を懐かしんだ様子だった。
「よーし! 歌うぞー!」
「私は飲もーっと!」
「……ほんと前世と差がないのねぇ」
そして、カラオケボックスについた一同、裕奈とまき絵はさっそくテンションマックスで騒ぎ出す。
されど、トリスはカラオケの個室にすらも、何やら懐かしさを感じており、前世への思いにふけてばかりだ。
そんなトリスを不思議に思いつつ、裕奈は歌い出してまき絵はドリンクバーでジュースを貰ってきて飲んでいた。
その後、テンション最高潮にできあがった裕奈とまき絵は幾度となく歌い、トリスはそれを聞いて拍手して、小さく笑む。
「やったー! 結構いい点数出た!」
「上手だったよー!」
「中々やるじゃない」
そこで裕奈は今までで一番いい点数を叩きだし、マイクを掲げて喜び踊っており、まき絵もニコニコしながら拍手して褒めたたえ、その横でトリスもへえ、と言う様子で褒めながら、ぱちぱちと小さく拍手。
「トリスさんも歌ってほしいなー!」
「私、あんまり得意じゃないのよね、そういうの」
「気にしないって! ほら!」
「はぁ……、しょうがないわねぇ」
そんなトリスを見た裕奈は、ここに来たのにジュース飲んでおつまみつまんでるだけのトリスに、歌ってほしいと笑って要求。
急に振られたトリスは、悩んだ様子で自信がないと言う。まあ、ちょっと下手だよと言って、お断りする方法だ。
そこへまき絵もヘタでもなんでも大丈夫と言って、曲集の本を手渡し、裕奈もマイクを手渡す。
トリスはため息をついて、そこまで言われちゃあ、と言う様子で自分の得意そうな曲を探してデータを送り、マイクを握って歌い出した。
また、この時代はまだ分厚い本で曲を探していることに、端末ないんだ……と不便に思うトリスだった。
「なんか……、うまくない?」
「ほんとほんと! すごいうまいよね!?」
そして、いざ歌い出したトリスの歌声は、なんとまあ美しいもので。
裕奈もまき絵も、トリスの隠されていた歌唱力にあっと驚き、感激した模様。
「95点!? 高!」
「これで得意じゃないって嘘でしょ!?」
最後に歌い終わった時の点数が出れば、裕奈は目を疑うほどの点数が出てることに、またしても驚きの声を出す。
まき絵もトリスが得意じゃないと言っていたことを思い出し、こんな点数出せるのにそんなはずないよね!? と声を荒げてトリスを見た。
「久々に歌ったわ。まあ、たまにはこういうのも悪くないわね」
「楽しんでてよかったー」
「うんうん!」
と言うのも、前世では割と歌うのが好きだったトリス。
学生時代は学友と、エンジニア時代も旧友や仕事仲間とカラオケへ行くことが多かった。
ただ、久々の久々、前世ぶりと言うことで、自信がなかったのは嘘ではない。
本当に久々にこうやって歌えたトリスは、かなり満足した様子でまんざらではないと言う態度を見せる。
裕奈もまき絵も、なんだかんだ言ってトリスが楽しんでくれたことを、嬉しく思って笑っていた。
ここへくるまでのトリスはなんかずっと渋い顔してたし、歌うまでやはりどこか浮ついた様子だった。
なので、ようやく柔らかい表情を見せてくれたので、二人はほっとしたのだ。
で、とりあえず一曲歌い終えたし、のどが渇いたとお断りを入れて、部屋を出てドリンクバーへと向かうトリス。
「こういうことしてると、前世思い出しちゃうのよねぇ……。はぁ……」
部屋の外に出たトリスは、少し哀愁のある表情で溜息を吐く。
元々トリスは前世に不満がなかった転生者であり、前世を思い出す行為をしていたので、ちょっとセンチな気持ちになってしまった。
生きていれば、旧友やら仕事仲間とやらで、こういうことをやってこれたのになあ、と、自分が神の失敗だかなんだかで死んでしまったことを心底残念に思う。
それ故に、こんな気分を何とか紛らわせようと、ジュースを取りに出たと言う訳だ。
「あら? あの子は確かうちのクラスの……」
と、くさくさとした気持ちをなだめながらジュースを片手に廊下を歩いていれば、何やら女の子一人に男性二人が囲っているのが見えた。
女の子の方はトリスも見覚えがあり、それは最近自分が入ったクラスの、つまり3-Aの子だった。
「ねえ、あなたたち、何してるの?」
「あっ、あれ!? 君って……!?」
「なんだ? 知り合いか?」
明らかに只ならぬ様子に見かねたトリスは、その人たちへと声をかけた。
また、クラスの子は釘宮円であり、トリスがここにいることに驚いた顔を見せる。
男の片方も急に声をかけられたことに気が付き、絡んでいた少女の態度から、その知り合いと判断した模様。
「中坊相手にナンパはやめときなさい? お店の人に迷惑かけたいの?」
「中学生だぁ? 本当かぁ?」
「嘘言ってどうすんのよ。いくら何でも中坊をナンパするのは犯罪がすぎるわよ?」
こういう行為はつまりナンパだろうと判断したトリスは、円が中学生だと教えてやる。
されど、円ももう中学三年であり、わりと大人っぽさも相まって、中学生に見えなかったらしい。
だからトリスは念を押し、流石に大学生以上ぐらいの年齢っぽい男性二人が、中学生ナンパはマズイでしょ、とはっきり言ってやった。
「うるせぇ!」
「んなこと関係ねぇ!」
「うるさいのはあなたたちでしょう? 言ってわからないのなら、しつけてあげるわ」
するとなんか逆上した男二人が、今度はトリスへと襲い掛かってきた。
男たちからすると、少し背の低めな女の子がナマイキ言ってきたので、ちょっと脅そう程度のムーブだった。
だが、トリスはこれを攻撃とみなし、襲い掛かってくるのなら仕方ないと、ため息を吐きながら強硬手段に出る。
トリスは持っていたジュースを空中へと放り投げれば、瞬時に姿勢を低くして体をひねり、下半身を持ち上げて逆立ちしながら回転し、男たちの顎を撫でるように蹴った。
そのままの勢いで空中にふわりと浮かんだあと、二の足で床を踏みしめ姿勢を戻す。
そして、落ちてきたジュースを右手で掴むと、男たちは顎蹴られて脳を揺さぶられたために気絶し、その場に倒れ伏せたのである。
「あっ……! はぁ……、しまったわね……。こういった癖は何とかしないと…………」
まあ、これでも強力な特典を持つ転生者であり、当然一般人ごときに負けるはずもなく。
当然のように男たちはあっけなく蹴散らされた、という訳なのだが……。
そこでまたため息を吐くトリス。あっ、ちょっとやりすぎた、と一瞬頭に過ったのだ。
叫んで店員呼んだ方が、もう少し穏便に済んだんじゃないかな、と今更ながら考え付いたのである。
魔法世界でやら完全なる世界でやらで揉まれすぎたせいで、ついつい行動が手荒になりがちね、と少し反省。
助けられた円はと言うと、まるで映画のワンシーンみたいなトリスの行動を見せられて、驚きのあまり固まっており、一体何が起こったのかと目を見開いていた。
「だ、大丈夫!?」
「私が通報されるってこと? もう知らないふりすればいいんじゃない?」
「いや、そうじゃなくて……」
ハッと意識を戻した円は、トリスへと駆け寄って心配そうな声をかけるが、トリスは何が? と言うしれっとした態度を見せるだけ。
が、円はそういう意味で言ったのではなく、襲われそうになったことに対しての言葉だった。
「そういえば、どうしてここに?」
「あぁ、あなたのお友達から誘われたのよ。明石さんと佐々木さん」
「そうだったんだ!? すごい偶然!」
と、そういえばと言う様子で円はトリスがここにいることを聞けば、トリスも自然な様子で答える。
その答えに円は驚き、こんなことあるんだ、と声を大きくしていた。
「だったら合流してもいいかな?」
「いいんじゃない? 元は四人で来る予定だったみたいだし」
「じゃあ、ちょっとこっちの二人呼んでくる!」
「こっちは説明しておくから」
「ありがとう!」
円も桜子と美砂と来ており、それなら一緒にやろう? と話せば、トリスもあの二人なら気にしないでしょうと答え、一つの部屋で続きをしようと言うことになった。
「……まあ、学生も悪くないわね…………」
自分の部屋へと戻りながら、トリスは今の状況に思いふける。
こういうことができるのは、横のつながりが増えたからだ。
きっと、意地を張って学生をしなければ、できなかったことだろう。
そういう意味では学生をやらせてくれたエヴァンジェリンに感謝しなきゃな、とトリスは思う。
ただ、彼女たちと友人として付き合うのであれば、魔法世界でのゲートポートや新オスティアでは敵だったことを告白し、謝らなきゃいけないな、とケジメをつける覚悟をするのだった。
…… …… ……
こちらも同じく夏休みが明けて、初めての休日の昼下がり。
「よう、どうした? 急によ?」
「あっ、刃牙……」
呼び出すにはうってつけの噴水の近くで、一人の男が少女に話しかけた。
転生者でクラッシュの能力を貰った鮫島
呼びかけられた少女はアキラ。
アキラが刃牙に連絡を取り、ここで待ち合わせをしていたのだ。
「あの、その……、私、謝らなきゃいけないことがあって……」
「ん? なんだ? 庭に置いてあった俺の壺でも割ったか?」
「そっ、そんなの置いてなかったよね!?」
「冗談だぜ冗談!」
とは言え、アキラは何やら浮かない顔をして、謝罪したいと言い始めた。
刃牙はそれに対して、適当なボケをかますと、それにはっきりつっこみを入れるアキラ。
当然それは嘘であり、悪い悪いと刃牙は笑っていた。
「…………海外に行く前、言ってたこと覚えてる?」
「あぁー、なんだったっけかなぁ?」
「変なところには絶対に行くなって、そう言ってくれたよね?」
「言った気がするが、……正直んな昔このと、あんま覚えてねぇんだわ俺」
そこでアキラは本題へと入り、約束のことを話し出した。
刃牙がアキラがイギリスへ、ひいては魔法世界へ行く前に言った言葉のことだ。
が、刃牙はそこでも適当にはぐらかしだす。
当然刃牙もそれを言ったのを覚えているが、今はもうどうでもよいからそんな態度なのである。
「刃牙が覚えてなくても、……そのことで謝りたかったんだ」
「なんでだ?」
「だって……、せっかく忠告してくれたのに…………、無下にしてしまったし……」
アキラは刃牙の忠告を実感し、だからこそ身を案じてくれたのに無視してしまったことに、強い罪悪感を覚えていた。
だから今、謝りに来たと言葉にするが、刃牙としては別に謝られるほどでもない、些細な事でしかなかった。
「はぁー……。別にどうでもいいんだよ、俺としちゃ、んなことなんてよ」
「どうでもいいって……! そんな言い方!」
故に、刃牙はため息をついて、どうでもいいとはっきり告げた。
されど、アキラには常に悩んできた問題であり、本当に申し訳ないと思っていたからこそ、そう投げやりに言われると気分が悪かった。
「だってよ、……お前が無事に帰ってきてくれたじゃあねえか」
「えっ」
「俺にゃ、そんだけでじゅーぶんってもんだぜ?」
が、刃牙は、気にしていない理由を、ここではっきりと口に出した。
何せアキラが無事に麻帆良に戻ってきたのだから、そんな過去のことなどを気にする必要がなくなったと言う訳。
そう言われたアキラは少し戸惑って固まれば、そんなアキラをにこやかに眺めながら、言葉を続ける刃牙。
かわいいかわいい妹分が、五体満足で悲しい目に遭わず、ここに戻ってきてくれたことが、とても嬉しかったのだ。
まあ、刃牙も何ともない風に装っているが、アキラが海外に行った後は結構ソワソワしていたりと落ち着かない日々を過ごし続けていたりしたが。
本当に魔法世界に行ってしまっていないか、かなり心配していたりしたのだ。
「でも……、ゴメン……」
「気にしてねぇって言ってんだろ? 真面目だなぁお前はよ」
「うん……」
そんな風に言われたら、もう何も言えないではないか。アキラはそう思ったけれども、それでも一言、謝った。
そこで、ふと学園祭の時のことも思い出せば、いつだって刃牙は、何かと自分を気にかけてくれていることに気がつく。
そして、顔を上げれば刃牙は目の前で苦笑して困っていた。
また、その目は本当に安堵したような優しいもので。
アキラは改めて、刃牙が自分のことをすごく大切にしてくれていることを実感し、今にも泣きそうな顔になっていた。
とは言え、刃牙は謝られながら泣かれても、やはり困ったなと苦笑するだけだ。
刃牙はアキラの表情に見かねて、頭をなでて困った奴だと笑いかけてなだめれば、アキラも少し元気を取り戻して、微笑んで見せたのだった。
…… …… ……
同じく休日の麻帆良の一角。
街中のカフェに二人の男女が、対面しながら円形のテーブルを囲って着席していた。
それは三郎と亜子であり、魔法世界の出来事で学園祭二日目の惨事を思い出した亜子が、そのことを話したいと三郎を誘った形だった。
「「あの」」
二人はとりあえず適当に話せる場所をとここへ来て、飲み物を頼んで座りながら、さて話そうかと思った時、二人同時に声を出した。
「「……そちらからどうぞ」」
声がハモったのを聞いた二人は、あっ、と言う顔を見せたあと、もう一度声を出せば、またしても二人同時に発せられた。
「……」
「……」
二度も声がかぶったのを聞いた二人は、こりゃダメだと思い黙ってしまった。
「……ほな、まずウチから……」
「……うん」
そして、数秒間の沈黙のあと、亜子がおもむろに声を出せば、三郎は亜子の言葉に従い頷く。
「三郎さん。もう一度聞くんやけど、……あの時の、学園祭の二日目の夕方のこと、ホンマにあったことなんやね……?」
「……そうだよ。カギ先生が君を眠らせて、夢だと思い込んでくれるようにしてくれてたんだ」
「カギ君が……」
亜子は魔法世界で一度質問したことを、再度三郎に尋ねた。
麻帆良学園祭二日目の夕方、あの時銀髪が行った行動が、全部夢ではなく現実だったのかと。
三郎は少し渋った様子を見せながらも、その問いに素直に答えれば、亜子もカギの名前を聞いて、ふとつぶやいていた。
「それで……、その…………。じゃあ、ウチの背中の傷のことも…………?」
「…………あの男が言ってたことだよね?」
「うん……」
「覚えてるよ……」
「そ……、そっか……」
だが、亜子が聞きたかったのはそこではない。もっと重要なことがあった。
それこそ、自分の背中の傷のことをあの銀髪が暴露し、三郎が聞いていて覚えていたかどうかだった。
三郎もその問いにはっきりと、覚えていると話した。
ここで知らないとか覚えてないなんて嘘ついても、しょうがないと思ったからだ。
「…………ゴメンな……、こないなこと秘密にしてて……」
「別に謝る必要はないよ?」
「せやけど、ウチ……、背中におっきい傷があるし…………」
「そう言われても、俺は見たことないし」
ずっとこのことを隠していたことに罪悪感を抱きながら、表情を曇らせながら亜子は謝る。
これからもずっと付き合い続けるのであれば、隠し通せることではないのはわかっていたのに、それでも怖くて話せなかったからだ。
されど、三郎としては、何故謝られなければならないのかと疑問に思ったのでそれを聞けば、やはり傷があることが悪いことだと言う様子で、亜子は悲し気にそれを言う。
が、三郎は聞いただけで、実際に亜子の傷を見たことがないので、それは何とも言えないと語った。
「……だけどね、その傷のことが亜子さんにとってデリケートな話なのは、亜子さんの態度で大体わかってる。それが体だけでなく、心の傷にもなってるってことも……」
ただ、亜子のその表情と態度で、傷のことがとてもトラウマになっていることは、三郎も察していた。
きっと一番知られたくなかったことで、だから傷がある自分なんか好かれるはずがないと、そう思い込んでいるのだろうと。
「それにさ、そのぐらいで嫌いになんかならないよ。だって俺、話したり一緒にいたりして楽しいとか、笑顔がかわいいとか、そういうところで亜子さんのこと、好きになったんだから」
「さっささっ、三郎さん!?」
が、三郎としては別にそれはどうでもよかった。
ぶっちゃけ背中に傷があると言うのは、本人が好きでやったことではないだろうし、亜子のことを傷があるなしで好きになった訳じゃないからだ。
なので三郎は亜子のことを嫌いにならないと言い、その理由をすらすらと並べていく。
されど、突如として告白めいたことを言われた亜子は、顔を真っ赤にしてワタワタと焦りだした。
とは言え、三郎もすらすらそんなことを言っているとは言え、ちょっと気恥ずかしかったりするのだが。
「それに、隠し事してたの、亜子さんだけじゃないよ? ……俺にもあるし」
「……何やろ……?」
で、なら今度は自分の番だと、三郎は自分が秘密にしてきたことを話そうと口を開く。
亜子は三郎の秘密とは一体なんだろうかと、疑問を持った様子だった。
「笑ってもいいけど、聞いてくれる?」
「わ、笑うやなんて! 絶対笑わへん!」
「そう? でも面白かったら笑っていいからね?」
「う、うん……」
ただ、三郎は前置きを言葉にした。
きっと荒唐無稽で中学生真っただ中の妄想みたいなことを言うから、と。
亜子は真剣に聞くと声を大きくして言うが、三郎は何を言われようと気にしない、と言う様子を見せた。
「俺、その、なんというかさ…………、生まれ変わりって言うか……?」
「生まれ変わり……?」
「うーん、転生ってやつ? ほら、死んで別の人に生まれ変わっても、前の人生の記憶が残ってるってやつ。そんな感じなんだ」
「ほえー……」
そこで三郎が再び口を開き、自らの秘密を明かし出した。それは自分が転生者ということだ。
とは言え、亜子はそれを聞いただけじゃピンとこなかったのか、そんなことあるんだ、と言うようなちょっと呆けた声しか出せなかった。
「まあ、信じてもらえないかも、しれないけど……」
「……でも確か、あの時あの人が、そないなこと言っとったね?」
「ああ……、そうだったね」
三郎としてはこんな中学生の夢物語めいたことなど、信じてもらえないと言う気持ちで話していた。
されど、亜子はあの時銀髪が、そんなことを言っていたのを覚えていたのでそれを言うと、三郎は少し表情を曇らせていた。
「俺ってさ、ちょっと……、いや、だいぶズルでね。生まれ変わる時に運動神経と料理の才能を貰ったんだ」
「才能を……?」
「そう。才能」
「不思議なこともあるもんなんやねー」
あの銀髪が言ったことを覚えているならと、三郎はさらに転生者としての中身を暴露した。
それは自分が転生した際に、二つの特典を貰ったことだった。
ただ、亜子としてもそんなことを三郎から話を聞いても、やっぱりそんなことが存在するんだな、程度の感想しか出ない。
まあ、魔法世界で摩訶不思議な状況を見てきたせいで、そういう不思議ワードに強い耐性が付いたせいでもある。
「……ズルいとか、卑怯だとか思わない?」
「そうやなぁ……。確かにちょっぴりズルいかもしれへん」
「…………そうだよね」
三郎としても特典を貰ったと言うところに、少し引け目を感じてはいた。
その時点で他より優れていると言うことになるからだ。
亜子も三郎が言ったズルと言う言葉に、そうだねと返した。
三郎も亜子の言葉に肩を落とした様子を見せるが。
「せやけど、三郎さんはその二つのこと、ちゃんと真摯に取り組んどるんやない?」
「貰っただけじゃ宝の持ち腐れになるみたいでね。だから鍛えてるんだ」
亜子の言葉には続きがあった。
才能を貰ったのは確かにズルかもしれないが、三郎はその才能を伸ばすために頑張ってきたのを、亜子は知っていた。
それを言われた三郎も、才能を貰っただけでは意味がないと、転生者ルールを説明する。
「そうやったら、別にええんやない?」
「いい、のかな?」
「みんな才能とか見えへんけど、何か練習とか勉強とか、そうやって頑張っとるんやない? ウチやってバンドの練習しとるし」
「まあ、そうだね」
すると亜子は、じゃあ気にする必要ないよね? と言い出した。
だって、みんなそれぞれ才能あるなしにかかわらずに頑張っている訳だし、修練しないと開花しないんなら、周りの人と大差ないのではないかと。
三郎はその才能を知ったうえで、頑張っていると言う違いしかないのではないか、と。
まあ、三郎の特典が一般人めいてるからこその答えだ。
これが宇宙を破壊できるパワーとかだったら、もう少し亜子の考えは変わっていたかもしれない。
されど、そう言う亜子ではあったが、三郎はやっぱり主人公なのでは? とふと思った。
しかし、それは本人が、主人公になんて別になりたくないよ、と言ってたので、あえてそれを口にすることはなかった。
「三郎さんの場合、それが見えとるだけなんやないかなって」
「そ、そんなもんなのかな?」
「ウチもよーわからへんから、うまいこと言えんのやけど……」
つまり、普通の人は自分の才能を発掘して発見するけど、三郎はそれが最初から発掘された状態でしかない、と亜子は思った。
亜子にそう言われた三郎は、そんな気にしなくていいのかな、と苦笑した。
とは言え、亜子とて三郎の話だけで全部わかった訳じゃないし、わからないことの方が多いと思う。
それでも、一つだけ間違いじゃないと言えることがあった。それはつまり────。
「でも、ウチは……、それを頑張ってる三郎さんのことが、…………好きです」
「……亜子さん。ありがとう」
自分の才能を知って、それを磨くために研鑽する三郎のことが、好きだと言う事だ。
はっきりそう亜子に言われた三郎は、流石に照れ臭くなったのか、礼を言いながら顔を赤くして下を向いた。
亜子も自分で言った言葉にはっとして、はにかんで俯くのだった。
(うおおいぃ!? なんで俺、この席に座っちまったんだぁ!? き……、気まずいぜぇ……)
そんな二人の会話を、背を向けて席についていた状助がたまたま聞いており、冷や汗をかいて焦っていた。
ただまあ、二人の邪魔だけはしたくないので、バレないように必死にコソコソすることしか、状助にできることはなかったのであった。