魔法世界での戦いが終わってから、それなりに経った休日の昼過ぎ。
「よっ! 久々かあ?」
「うん、久しぶりね」
たまに平日にも顔を合わせていた状助とアスナだったが、最近は試験だなんだで忙しいので会えず、休日と言うことで久々に会う約束をしていた二人。
とりあえず、いつものように麻帆良の街中をゆったり歩いて散策しはじめる。
「毎回思うんだけど、暑くないの? それ」
「ファッションは我慢っつーだろ? がくせーはがくせーらしく、だぜ」
「はぁ……、そう」
アスナは状助の格好を見て、10月前ではあるがまだまだ暑さが残っていると言うのに、しかも今日はいつもよりも暑いのに、何故か普段通りの学ランなことに呆れた顔をしていた。
と言うか、休日だと言うのに学ランって……、と言う気持ちでいっぱいだ。見てこっちも暑苦しくもなるとさえ思っていた。
んなことは言われなくてもわかってる状助は、当然暑いのを我慢してまで学ラン姿をしている訳で。
学生と言ったら学生服だろ、と笑いながら言う状助に、アスナはもはやため息しか出なかった。
「そういやよぉ、妹になった子はどうしてるんだ?」
「元気にしてるけど? ただ、勉強の方はやってこなかったから、色々教えてるとこ」
で、状助はアスナに、アマネのことを聞いた。
確かに墓守り人の宮殿で顔を見ており、その後麻帆良でも何回か顔を見ているのだが、最近は会ってないので少し気になった。
その問いにアスナは、体調面では問題なさそうだと答えたが、勉強面においてはちょっと不足していると話す。
元々アマネは孤児であり、そういった勉強をしてこなかった。なので今はそのしてこなかった分まで、勉強しなきゃならないからだ。
そのため、アスナもアマネの勉強を見てあげており、メトゥーナトがいる家に帰ってアマネの勉強を見てあげて、そのあと寮へと帰って自分の勉強をする生活が続いていた。
まあ、一応メトゥーナトも面倒を見ているため、無理しなくても良いと言われてるが、アスナは自分がやりたいからやっているので頑張っている。
それに昔、メトゥーナトが同じことをしてくれたのをアスナはしっかり覚えているから、今度は自分がやる番だと思ってむしろ張り切っているのだ。
「そりゃ、大変そうだなあ……」
「でも、あの子結構覚えるの早くて、教えるの方も楽しいわよ?」
「へー、そいつぁ羨ましい話だな。俺もそのぐらい頭がよけりゃなぁー」
状助は不足していた分まで勉強するアマネと、それを教えに寮と家を行き来しながら生活しているアスナに、うおっ、めっちゃキツそーって感想を述べる。
とは言え、アマネは頭がいい方のようで、教えればその分ちゃんと吸収していくタイプだった。
なので教えることは苦ではないと、アスナは微笑みながら語る。
そんな話を聞いて、いやー、そうやって簡単に記憶できるのが羨ましい、と状助は思った。
自分ももうちょい記憶力あればなあ、と言う様子で腕を組んで苦笑する状助。
「状助って成績悪かったっけ?」
「可もなく不可もなく、ってやつよ。及第点っつーか……」
そんな状助の言葉を聞いたアスナは、状助の成績がどうだったかを尋ねれば、状助はまあ平均じゃね? と渋い顔して答える。
まあ、
「上を目指したいの?」
「別にそこまでじゃあねえがよぉ……」
「じゃあ、別にいいじゃない」
「確かに、そりゃあそうだな」
だったら記憶力増やして何がしたいのか、と状助へとアスナが聞けば、状助は特に今でも不満はないと話す。
まあ、記憶力もっとあったら楽になるのかなー、ぐらいの考えだ。
現状維持で文句がないのなら今のままでもよいのでは? とアスナが言うと、状助もうんうんと頷いて納得の様子を見せた。
「それにしても、まだ暑いわねぇ……」
「9月ももう下旬だってのになぁ。でも、まだまだ暑い日が続くんじゃあねえか?」
「本当、いやになるわね。早く涼しくならないかしら」
そんなことよりも、アスナはこの暑さに少し参った様子を見せた。
もう10月に近づいていると言うのに、未だ日差しが強いことに、状助も同意する。
いや、お前の格好が暑苦しいのも悪くないか?
アスナも夏のように水遊びするような時期でもないので、暑いのは勘弁と言う様子で暑さが収まるのを願うしかなかった。
「ほらよ、こういう暑い時は水分補給するのが一番だぜ」
「ありがと」
確かに暑いなあ、と状助は思い、自動販売機でジュースを二本買って一本をアスナへと投げ渡した。
アスナもそれを受け取って礼を述べ、二人はジュースの蓋を開けてのどを潤す。
「つーかよぉ、咸卦? だっけか? アレ使っとけば気温に耐性できるんじゃあねぇのか?」
「そんなの日常でポンポン使う訳ないでしょ?」
「まっ、確かに」
そこで状助は、咸卦法の超耐性を思い出した。
咸卦法ならば極寒の寒さすら耐えうる温度耐性を得ることができるので、暑さに強くなれるのでは? と言うことだった。
だが、アスナとて四六時中咸卦法なんかに頼ることはしたくない。
身体能力アップやら防御力アップやらの複合的な究極技法なのだから、普段から使う訳がないのである。
状助もそう言われれば、まあそうだな、と納得した。
自分だってスタンド出しっぱなしとかしないし、と。
まあ、とりあえずな感じで会話しながら、のんびり麻帆良の街を見て回ってく二人。
しかし、そんな時。
「きゃっ」
「どうしたぁ!?」
アスナは道端に出っ張った石に足を取られ、もつれてそのまま倒れてしまったのだ。
突然アスナが悲鳴を上げたので、状助は驚いてそっちの方を振り向けば、こけたアスナの姿が目に入ってきた。
「いたた……」
前のめりにこけてしまったアスナは膝をすりむいており、とりあえず姿勢を尻もちをついた形に変えて座り込み、怪我の様子を見る。
「あーあ……、頭からジュースかぶっちゃった……。ベトベトだし……。どうしよ……」
「おいおい、大丈夫か……よ……」
「なに? あっ……」
さらにアスナは不幸なことに、右手に持っていたジュース缶をこけた拍子に手放してしまい、頭から缶ジュースをかぶってしまっていた。
糖分などを含んだジュースで髪も服もベトベトになってしまい、座り込んで途方に暮れるしかなかった。
状助がそこへ近寄り手を差し伸べようとしたが、アスナの姿を見て手が止まってしまう。
何故なら、ジュースで濡れた服が透けており、うっすらとブラジャーが見えてしまっていたからだ。
まだ暑い日と言うこともあってか、薄着をしてきたからそうなってしまったのである。
「…………」
「べ、別になんも見てねえからよぉ!?」
「……何も言ってないでしょ…………?」
それを見たアスナも自分の状態を確認し、さっと手で胸元を隠した。
で、案の定それを見てうろたえる状助。
ただ、アスナは自分がこけたせいでこうなったのを理解しているので、別に理不尽に怒ることはないのだが、状助はやはりそこを警戒しているので、慌てているのだ。
いつもの光景を見たアスナは、小さくため息を吐いて、別に何とも思ってないとはっきり言っておく。
「でもこれ、ほんとどうしよ……」
「しょーがねぇなぁ!
だが、服が透けているのもそうだが、膝の怪我も消毒しなくちゃいけないしで、ジュースでベトベトなのが気持ち悪いしで、どうするべきかとアスナがつぶやく。
すると状助が復活したのか、得意げな様子を見せておもむろにアーティファクトをこっそりと起動すれば、パイプたばこのようなストローが出現。
「それって……」
「おめーとの仮契約で手に入れた、俺のアーティファクトだぜ! ”
アスナは地味に、初めて状助がアーティファクトを起動したところを見て、それがあの時の、と思い出していた。
そう、これは魔法世界の新オスティアの総督府にて、アスナと仮契約を行った時に、状助が手に入れたもの。
状助は形と能力がほぼそのスタンドに似ているので、
そして、状助がストローを口にくわえて吹けば、大量のシャボン玉が発生し、アスナの体を包み始める。
「シャボン玉が包んできて……、これって……」
「これで大丈夫じゃあねぇか?」
「かぶったジュースだけが消えてる……。すごい能力ねそれ」
「なんでこんな能力のアーティファクトがあるのかはわからねぇがよ……。
その能力はスタンドの
だからアスナがかぶってしまった
濡れていた服もベタベタしていた髪も元に戻り、ジュースをかぶる前の状態へと戻っていたのである。
アスナはこの能力に驚いた様子を見せ、状助もなんでジョジョリオンの定助のスタンドみたいな能力のアーティファクトが存在してんのか、と疑問に思い悩んだ仕草を見せながら、アーティファクトを仮契約カードへと戻す。
「ほれ、立てるか?」
「うん……。あっ、擦り傷まで……」
「これで元通りだな!」
「何から何まで、ほんとにありがとう……」
「困った時はお互い様だぜ」
また、状助は未だ尻もちで座ったままのアスナへと手を差し伸べて立たせると、クレイジー・ダイヤモンドの能力で怪我も治してあげる。
一連の状助の動作にアスナも嬉しく思い、感謝して笑顔を見せれば、状助はこういう時は当然という態度を見せて笑うのだった。
「…………」
そんな状助の顔を見たアスナは、ふと状助が使ったアーティファクトのことを思い出し、さらにはその時に行った仮契約のことも思い出してしまった。
あの時の仮契約はいつもの仮契約ペーパーではなく、本来の
そういえば、そうだった。あの時、初めて……、そう初めてキスをしたんだった、と。
すると、その時の光景をはっきりと思い出してしまったアスナは、今更ながら急に気恥ずかしくなってきたのである。
「どうしたぁ?」
「えっ? なっ、なんでもないけど……!?」
「??? そうかぁ? なんでもねえならいいけどよぉ」
で、そのせいで黙ってしまったアスナに、状助は変だな、と声をかければ、アスナはキョドった態度で慌て始めた。
なんか突然慌てるアスナに状助は困惑しながらも、問題ないならまあいいか、と再び歩き出す。
「……」
「どうしちまったんだぁ? 急に黙りこんで……?」
「べっ、別にそういう訳じゃ……!」
「なんか悩み事か?」
「そういうのでもないけど……」
なんかもう理由もわからず、顔を伏せて顔を真っ赤にしてしまっているアスナ。
仮契約の時以外も、魔法世界で状助に助けられた時のことを、ふと思い返していた。
そう言えば、なんだかんだ言ってピンチの時に助けてくれたのは状助だった。
ゲートポートの時も死にそうなぐらいの傷だったのに、渾身の力で自分を解放してくれた。
新オスティアでも魔法無効化を逆利用された時も、自分を助けに来てくれた。
あの時裸だったから恥ずかしかったけど、状助は必死に見ないでくれた。
裸といえば墓守り人の宮殿で自分が脱がされた時も、状助は攻撃をうけてるのに目を開けなかった。
別に怒る訳じゃないのに、恥ずかしいだけだったのに、目を開けてと言っても開けなかった。
ヘタレだなんだと思ってたけど、その対応がなんだか嬉しかった。
それに死んだかもしれないと思った時は、本気で悲しかったし、元気な姿を見た時は、本当に嬉しくて、嬉しさで涙が出た。
再会した時もいつも通りで、そこで気持ちが抑えきれずに抱きついて泣いてしまった。
それでも状助は眉を下げながらだけど、微笑んでくれていた。
気にするなって言ってくれた。
その大きな体に抱きついた時の安心感と暖かさは、未だに心に残っている。
つい最近の話なのに、何故か懐かしく感じる記憶。
自分は思っていた以上に、状助の優しさに救われていた。状助のたくましさに助けられていた。
それをグルグルと頭の中で思い返したら、なぜかすごく顔が火照ってしょうがなくなってきて、胸がどきどきして止まらなくなったアスナは、なんだかよくわからない感情に振り回され始めてしまったのだ。
ただ、状助にはアスナがそんな理由で悩んでいることなどわかるはずもなく。
突然静かになってしまったアスナに、状助は変だな、と心配になって声をかけるが、アスナはまたまた慌てて大丈夫と言うだけだ。
「疲れてるっつーんならよぉ、そこのベンチで休もうぜ?」
「……そ、そう? それなら、ちょっと休もうかな?」
「おめーが疲れてるかって話なんだけどなあ……。まあ、休むっつーんならそうするけどよぉ」
状助はアスナが疲れてるんだろうと考え、ベンチがあるから座ろうと言うが、アスナは話を聞いているのかわからないような返事しかしない。
こりゃマジで疲れてるんだろうな、と察した状助は、そのままアスナをベンチへと連れて座らせた。
「調子でも悪いのか? んなら寮の近くまで送るが……」
「ち、違うって! 元気だから!」
座っても顔を伏せて黙ってしまったアスナを見た状助は、いよいよ調子が悪いのだろうと判断し、帰るなら送ると提案する。
が、アスナは別に体に異常がある訳ではないので、大丈夫だと声を荒げる。
「熱でもあんのか? 顔が赤いけどよ?」
「なっなっ、ないって! 夕日でそう見えるだけだってば!!」
されど、変だなと思う状助は、そのままアスナの顔に自分の顔を寄せれば、アスナが真っ赤になっていることに気が付き、熱中症、この時代ならまだ日射病を疑い出す。
ただ、アスナは状助の顔が近くに来たせいで余計にテンパってしまう。
それでも顔が赤いのは、きっと太陽が傾いてきたからそう見えるだけだと、ワタワタしながら主張する。
「ならいいけどよぉ。マジで調子悪かったら言ってくれよな?」
「う、うん……」
本人がそう言うならと状助は引き下がれば、アスナは小さく頷いて見せた。
「なあ、本当に大丈夫か? マジで心配なんだけどよぉ……」
「だ、大丈夫大丈夫!」
「そうは見えないんだがよ、マジで大丈夫なのか?」
「全然大丈夫だって!!」
しかし、やはり状助はアスナの体調を心配し、アスナの前でかがんでで様子をうかがうが、やはりアスナは慌てながら問題ないの一点張り。
とは言え、アスナ本人がそう言っても、状助としては余計に心配を募らせるだけ。
何せアスナは我慢強く、他人を心配させまいと気丈に振る舞う癖があるのを知っているからだ。
それ故に本気で状助はアスナのことが心配になってきて、それならどうするかを悩み始めた。
「いいや! やっぱり看破できねぇ!」
「えっ!? ちょっ!? なっ、何するの!?」
「おめぇん家に届けるだけだぜ!」
なので、状助はもはや四の五の言っていられないと、強硬手段に出る。
顔を真っ赤にしながら伏せているアスナを急にお姫様抱っこしだした状助は、そのまま家の方に行くと言い出したのだ。
家、とはつまりメトゥーナトがいるところ、骨董品屋と一つになっている一軒家のことだ。
状助は男子故に女子寮に近寄れないので、一番安全なそっちにアスナを届けることにしたと言う訳だ。
また、突然の状助の行動に混乱、困惑したアスナは、理解が追い付かない様子で顔を耳まで赤く染め、驚きの声を上げて少しだけ騒ぐ。
「だっ、だから別にそういう訳じゃないって言ってるでしょ!?」
「マジで調子悪かったらヤバイからよぉ! ちっと我慢しててくれよな?」
「じょ……、状助!?」
さらにアスナは調子が悪い訳じゃないとはっきり言うが、状助はそれをまったく信用せずに、そのまま気を用いて走り出したのである。
まあ、調子が悪い人ほど大丈夫です、とか言うものだと思っている状助は、このままじゃマズイな、とお節介を焼いている訳だ。
とまあ、そのまま連れ去られるような形で状助に抱きかかえられたアスナは、家へと連れていかれるしかなくなってしまった。
それにアスナは、ここで暴れて本気で心配してくれている状助に怪我をさせたくなかったので、仕方なく大人しくするしかなかったのであった。
…… …… ……
気で強化しているのでアスナを抱えても問題なく走れた状助は、早いペースでアスナの家へと到着。
「うーっス! 来史渡のおっさん!」
「おや、状助か? ……何かあったのか?」
状助が扉の前で大声でメトゥーナトを呼べば、何だろうかと扉をガラリと開いて顔を出すメトゥーナト。
そこでメトゥーナトが見たのは状助と、彼に抱えられながら顔を真っ赤にして伏せているアスナの姿だった。
なので、なんか妙なことが起きたのかと、メトゥーナトも判断に迷った様子を見せる。
「アスナが調子悪そうにしててっスねぇ……。俺じゃ女子寮入れないんで、こっちに預けに来たって訳なんっスよ」
「なるほど? アスナ、大丈夫か?」
「そっ、そういうのじゃないって言ってるのに……! ……もう!!」
自分たちを見て悩むメトゥーナトへと、状助は説明をすれば、言われればそうだな、とメトゥーナトも納得。
が、アスナだけは自分が問題ないのを理解してるので、納得できないと叫んでいた。
「本人はそう言ってるが……?」
「なんか上の空だったり顔が赤かったりで、ちょっと暑さにやられたかもしれねぇって思いまして……。本人も我慢強い方っスし……」
「ふむ、確かにそう言われると、間違ってはいないな」
メトゥーナトはアスナの言葉に耳を傾け、そう状助へと問う。
しかし、状助はアスナの変に頑固なところを知っているので、症状を並べて体調不良の疑いがあると主張。
状助の言葉にメトゥーナトも、腕を組んでなるほど、と再び納得。
「……というか、そろそろ降ろしてほしいんだけど…………」
「おっ、そうだったな。悪い」
「もう…………」
ただ、未だに状助に抱きかかえられている状態のアスナは、業を煮やして離してほしいと要求。
状助もそういえばそうだったと思い、謝りながらそっとアスナをおろして立たせ、大丈夫かな、と様子を見る。
強情な状助にアスナも少し呆れており、少し怒った様子で小さくため息を吐いていた。
「まっ、俺はアスナをおっさんに預けに来ただけなんで! じゃっ、お大事に!」
「感謝する」
「ちょっ! ちょっと! 状助!? あーもう……」
で、状助はアスナを家へと送り終わったし、この程度なら”パール・ジャム”を使う必要もないと考え、もう用済みだろうと判断してそそくさと帰って行った。
メトゥーナトはその行動に礼を言い、アスナはそうじゃないと叫ぶが、すでに状助は走り去った後だった。なんとまあ、せわしない男だろうか。
「とりあえず入ろうか」
「う……うん…………」
文句も伝えきれずに置いて行かれたアスナを見かねたメトゥーナトは、とりあえず家へと案内し、アスナも静かに従ってメトゥーナトの後を追うようにして入って行った。
「……と、言われたが、本当のところはどうなんだい?」
「別に調子が悪いわけじゃなくて…………」
「では、どうしたのかな?」
リビングのテーブルへと案内されたアスナは椅子に座り、メトゥーナトも氷が入った冷えたお茶を用意したあと、対面で座って大丈夫だったのかを聞いた。
その問いにアスナは、お茶をすすった後に静かに口を開き問いに答え、メトゥーナトはそうでないなら何があったのか、と再度質問をする。
「ちょ、ちょっと……、その…………。うー……」
「うん? はっきりしないな? やはり調子が悪いのではないか?」
「ちっ、違くて……!」
メトゥーナトの二度目の問いに、アスナは顔を再び赤く染めて伏せながら、もごもごと言いづらそうに何か要領を得ない説明を始める。
そんな様子を見たメトゥーナトは、うーんと悩んで体調不良を疑うが、アスナは慌ててそれを否定。
「あの……、魔法世界で状助と仮契約して…………」
「ふむ?
「いつものがなかったから、そっちじゃなくて……」
「……なるほど」
どうしてこんなことになっちゃったのかを、アスナは順を追ってゆっくりとメトゥーナトへ聞かせる。
ただ、メトゥーナトが考える仮契約は、あの仮契約ペーパーを使って行う事であり、問題ないはず、と考える訳で。
しかし、あの時、それが不足しており、通常手順の方法で仮契約を行ったと、はにかみながらアスナは告白した。
メトゥーナトもその方法も知っているので、少し察した様子を見せて頷く。
「状助がアーティファクト使ったのを見て、その時のことを急に思い出しちゃって…………」
そして、今の状態になってしまった原因を、アスナはゆっくりと口に出した。
仮契約の時のことを何故か急に思い出して、何故か急に顔が火照って、胸がどきどきしてしかたなくなったのだと。
「い、今更……、そのことを思い出しただけで、なんか変な気分になっちゃって…………、どきどきしてきちゃって……、それで…………」
あの時の光景、あの時の感触、あの時のほんのりとした気恥ずかしい気持ち、それを全部思い出してしまい、途端に状助の顔を見るのが恥ずかしくなってしまったと。
その感情をどう処理していいのかまったくわからなくなってしまい、困惑してしまった。
なんでこんなに甘酸っぱい気持ちになったのか、まったくわからなかったのだと。
そのことを顔を伏せて照れ照れしながら、アスナはメトゥーナトへと語った。
自分でもなんでこんなことを話しちゃってんだろう、と思いながら。
「フッ」
「わっ、笑うところじゃないでしょ……!?」
そのアスナの説明を聞いたメトゥーナトは、少し嬉しく思って小さく笑った。
何故笑われたのかわからないアスナは、それにプリプリと怒り出して文句を叫ぶ。
笑う要素なんて何一つなかったよね、と。
「いや、アスナも随分と女の子らしくなってくれたな、と思ってな」
「すでに十二分に女の子らしいけど……?」
メトゥーナトはただ、アスナの新たな感情の芽生えに、寂しくも喜んだのだ。
自分は日々の生活や勉強、その他戦うことや技、戦闘の心得など、それぐらいは教えられた。されど、その感情だけは、自分では教えることができない。
それにまだ本人ははっきりと気がついてはいないようだが、その芽生えにメトゥーナトは喜んだのである。
そもそも、メトゥーナトはそういった感情を今まで抱いたことがなかった。
剣を振り、剣のために生きてきたメトゥーナトには、そのような生き方ができなかった。
龍一郎や皇帝ならば知ってるだろうが、自分はそれを知らないのだ。なので、それだけは教えられなかった。
ようやく乙女心を得たか、とメトゥーナトがほっこりしながら言うと、アスナは元々そうだったとさらに文句を飛ばしてくる。
確かにまあ、戦うことばかり教えてもらったけれども、内面自体は男勝りじゃないよ、とアスナは思っているので。
「まあ、調子が悪いわけではないなら、それでよいよ。ただ、何かあれば店の方にいるから、声をかけておくれ」
「うん……」
とりあえずメトゥーナトは、アスナが体調不良ではないことだけはわかったので、そこに安堵してそのまま店の方へと戻っていく。
アスナはメトゥーナトの背を眺めながら返事を小さく返し、氷が溶けたお茶に口をつけた。
「はぁ…………」
そしてアスナは、テーブルに突っ伏しながらため息を吐き、この気持ちが何なのか悩む。
どうしてこんなに照れくさいのだろうか。
確かに、そう確かに、仮契約とは言え、あの時は初めてのキスだった。
だけどその時はまだ、少し気恥ずかしかったけど、こんな風な気持ちにはならなかった。
でも、今更色々思い返して、急に恥ずかしい気持ちが湧いてきた。
この気持ちの正体は、一体なんなのだろうか。魔法世界に行くまでは、そんな気持ちなんてなかったのに。
状助とは色々あった。いっぱい助けてもらった。
小学生の時、ヘンタイから助けてもらったのが始まりだ。
それから、ずっと傍にいた気がする。
休日には顔を合わせたし、色々相談にも乗ってもらった。逆の時もあった。
傍にいるのが当たり前だった。
いつも横にいてくれて、時にいっしょに悩んでくれて、時にいっしょに怒ってくれて、時にいっしょに喜んでくれて。
失いたくないと思った。いなくなってほしくなかった。
何かあったらいやだから、魔法世界に来て欲しくなかった。
”なおす”能力は確かにすごいし便利だけど、自分には効果がないのを知ってるのに、それなのに、この力は役に立つはずだからって、そう言って魔法世界についてきてくれて。
でも、それであの時、酷い怪我をして…………。
辛かった。悲しかった。
状助がいなくなることが、嫌だった。
もう会えないかもしれないと思うと、胸が苦しかった。
それでいっぱい泣いた。いいんちょの胸の中で、泣きじゃくった。
でも、生きてた。元気になって、手を振ってた。
嬉しかった。涙が溢れるぐらい、嬉しくて嬉しくて。
再会した時も、感極まって状助の胸の中で泣いちゃって……。
拳闘大会の決勝で、また大怪我して倒れた時には血の気が引いた。
終わってみれば、いつものように元気な姿になってて、本当に人の気など知らないで無茶ばかりすると怒ってしまった。
本当は安心して嬉しくて、よかったって思ってたのに……。
それで、また危険な目に遭っても大丈夫なように、仮契約をした。
戦わなくてもいいなんて言っても、無茶をする人だから。
失いたくない人だから。
大切な人だから。
せめて、なにかをしてあげたくて……。
だから、初めての、キスをした。
「……そっか…………。私……、状助のこと…………」
そこでようやく自分の気持ちに気が付き、さらに気恥ずかしくなって何度もため息をつくのだった。