授業が終わり放課後となった麻帆良学園女子中等部3-Aの教室内。
誰もが部活や下校の準備に入り、教室がワイワイと騒がしくなっていく。
「ねえねえ、トリスさん」
「なぁに?」
「トリスさんって、ここに来る前って何してたのかなって」
「……この前話した通り、”完全なる世界”にいたけど?」
カバンに必要なものを詰め込んで下校の準備をしていたトリスへと、裕奈が現れて話しかけてくるや否や、トリスの昔話が聞きたいと裕奈が言ってきたのだ。
トリスは昔話なら前にしたでしょう、と言った。
つまり、完全なる世界に入って何をしてきたか、ということは話したと言うことだ。
まあ、特に何か工作やら作戦やらをしたことはなく、やったことと言えばゲートポートと新オスティアでアルスと戦っただけではあるが。
「それは教えてもらったけど、その前とかは?」
「その前……ねぇ……」
ただ、裕奈はそれ以前のトリスが知りたくて、それを聞いてきたようだった。
トリスも完全なる世界に入る前と言われ、ふと自分の今世を振り返った。
「言っておくけど、面白い話にはならないよわ? それでも聞きたいの?」
「なんかすごい意味深……! あんまり話したくないなら別にいいけど……」
で、トリスが振り返って思うことは一つ、自分の過去なんて聞いても楽しくはない、ということだけだ。
正直言って普通の人に聞かせるような内容でもないし、そんな内容を本当に聞きたいのかと裕奈に尋ねれば、裕奈は言いにくいのなら、と断ろうとする。
「別に話したくないとは言ってないわよ? 聞きたいのであれば教えてあげるけど?」
「……お願い!」
「そう、わかったわ。話してあげる」
とは言え、トリスとて話しにくいと言うことではなく、あくまでも裕奈が聞いてて面白くないと言うだけだった。
なので別に話してもよいと言えば、裕奈は元気な声で頼んできたので、トリスは静かに口を開き、自分の過去を語り始めた。
「そうねえ……、私は
────トリスは物心ついた時には、すでに独りだった。
両親の姿もすでになく、メガロメセンブリアにいたのを覚えているぐらいだ。
トリスには5歳までの記憶がない。
覚えている必要のないぐらいの記憶だったからだろうか、今はもう記憶にないのだ。
5歳だったので特典を得ていたから、魔獣退治などでお金を稼ぎつつ、魔法世界を転々とする生活を送る日々を過ごした。
魔獣さえ倒せればお金が稼げたので、必死に戦って特典を強くしていった。
強い魔獣を退治できれば、その分お金が多くもらえた。
だから強い魔獣を倒せるように、戦いながらさらに特典を鍛え、実力を上げていった。
強くなれば強くなる程、強力な魔獣を倒せるようになり、お金自体には困らなくなった。
ただ、転生者だったから、前世の記憶があって精神も大人として過ごした部分があったからこそ生きてこれたと、トリスは当時を思い返して改めてそう感じた。
そして、気が付けば名うての魔獣退治の傭兵になっていた。弱冠10歳ぐらいの時だった。
しかし、それが不幸の始まりでもあった。
有名になったおかげで、他の転生者に目を付けられ、追い回されるようになった。
トリスは”Fate/EXTRA CCCのメルトリリス”の能力を貰い、見た目もメルトリリスと同じような姿だった。
なので転生者たちはそんな見た目のトリスに襲い掛かり、手籠めにしようとしてきたりしたのである。
襲いかかってくる転生者たちを半殺しにしつつ、奪えそうな能力を吸収してトリスはさらに自己強化を行なった。
されど、倒しても倒しても減らない転生者に、完全に嫌気がさしてしまった。
それからトリスは身を隠しながら、こっそり強い魔獣のみを退治するようになった。
数をこなすと他の転生者に遭遇しやすいと考え、強くて数をこなす必要のない依頼だけを受けることにしたのだ。
街にいても転生者に見つかると思ってあまり街へと行けなかったせいで、お金を持っていても使う場所がなく、ひたすら身を隠す日々が数年続いた。
そんな時に、アーチャーと名乗る男に出会った。
アーチャーと名乗る男は”完全なる世界”の一員であり、それなりの権限があると言う。
完全なる世界の一員となれば、今のような苦しい生活ではなく、ある程度融通が利くようになると言ってきた。
街にもあまり入れず買い出しすらままならなかったトリスは、その取引に応じて完全なる世界へと入った。
特典をさらに強化できるチャンスだと思ったし、今の生活から抜け出せるかも知れないとも思った。
それにもしかしたら、自分のような転生者がいるかもしれない、と思ったからだ。仲間になれば、味方が増えると思ったからだ。
しかし、アーチャーが言っていたほど、生活が楽になることはなかったし、仲間が増えることなんてなかった。
完全なる世界に入れば自分のような境遇の仲間がいると思っていたトリスは、その全てに裏切られたのである。
何故なら完全なる世界の転生者たちも、トリスのことをいやらしい目で見てきたからだ。
自分のような境遇の転生者なんてほとんどおらず、誰もかれもが自分を追いかけてくる連中と差のないやつらばかりだったからだ。
故に、拠点である宮殿にはあまり近寄らず、周囲の場所を転々として生活する日々だった。
また、それでもしつこく襲いかかってくるような奴は返り討ちにして能力を吸収してやったりしたが、大抵は逃げてやり過ごすことにした。
食糧確保は完全なる世界自体で勝手にやっていたので、食料分配の日になったら高速で奪取して姿を消すだけだった。
唯一、バロンと言う男だけは多少なりとて気にかけてくれてはいたが、最後は敵対して戦い決別してしまった訳だし、もう二度と会うこともないだろう。
そうやって心をすり減らす生活ばかりが続き、心がすさんでいくのを感じていた。
トリスは精神的に参ってしまい、攻撃的な性格になってきていた。だからアルスとの戦いでは性格悪い態度だった訳でもあった。
その後、アルスに敗北し保護されてエヴァンジェリンの従者となり、トリスの凍った心は少しずつ溶けていった。
孤独で疲れたトリスは癒されながら、完全なる世界との最終決戦を戦い抜いた。そして、戦いが終わり、麻帆良で学生をすることになった。
トリスは学生なんて興味がなかったが、なって見るとなんだかんだで楽しい日々だった。
自分の行いを許してくれた彼女たちには感謝しかないし、一緒につるんでくれる裕奈たちにはありがたい気持ちでいっぱいだ。
こんなに温かい気持ちになったのは、今世では初めてだった。
麻帆良の中学校に入って、本当に良かったと心の奥底から思えるぐらいには、トリスの心の傷は癒されていたのである。
トリスは自分の足取りや経緯のみを思い出しながら裕奈へと話した。
「うぅぅぅ……」
「なっ、なんで泣いてんのよ!?」
「だっ、だってぇ…………」
すると、裕奈はトリスの過去の境遇にショックを受けて、泣き出してしまったのである。
トリスとしては他の人が泣く程ではないと思っていたので、ちょっとギョッとして戸惑った。
それに別に同情してほしくて話した訳でもなく、ただ聞かれたから話しただけだったからだ。
が、裕奈にとっては本当にトリスがかわいそうでつらそうで。
何せ裕奈はこの麻帆良で
だから、トリスの境遇が話を聞いただけでも、本当に苦労の連続だったのだと思い、悲しみを覚えたのである。
「そんな辛い生活してたんだね……!」
「知らんかった……」
「本当に頑張ったんだね……」
「ちょ!? なんであなたたちまでいるのよ!? ていうか聞いてた訳!?」
さらにいつの間にかトリスの話を聞いていた、まき絵と亜子とアキラも一緒に泣いており、トリスはそんな三人にも驚いてつっこんだ。
「はぁ……、お人よしねぇ。私は気にしてないから、涙をぬぐいなさいな」
「う……うん……」
トリスはこんな話で泣いてくれる彼女たちの優しさを嬉しく思いながらも、苦笑してハンカチを取り出し裕奈の顔をぬぐってあげる。
裕奈もトリスにそう慰められ、とりあえず涙を止めることにした。
「おバカねぇ。こんな話で泣くなんて」
「だっ、だって……」
「泣かない方が無理やろ……」
「あまりにもあんまりで……」
「まったく……」
また、他の三人にも泣くのをやめるようトリスは言うと、三人もトリスの過去に衝撃を受けた様子で各々の気持ちを吐き出してきた。
トリスは三人の気持ちを汲みつつも、やっぱり苦笑するだけだった。
「…………でも、嬉しいわね。こんな私のために泣いてくれて……」
「そんなの当たり前だって! 私たち友達じゃん!」
ただ、トリスは本当に嬉しかった。
自分のこんな過去のことで、涙をしてくれる人がいたことに、とても救われた気持だった。
だからトリスはそれを口に出すと、裕奈は友達だから当然だと元気に声を上げたのだ。
「そう……? 私って友達?」
「そうだよー!」
「もう立派な友達だよ」
「うん!」
とは言え、トリスは彼女たちが自分のことを友達だと思ってくれていたことが、少し信じられずに聞き返してしまう。
それを聞いたまき絵もアキラも亜子も、もうそうだよと優しく言ってきた。
「……そう。私が友達」
四人に友達と言われたトリスは、ふと前世を思い出していた。
前世では友人が多かったトリスは、今世においてはじめて友人ができたことに、内心感激していたのである。
「……友達、ね」
そして、自分を友達と認めてくれた四人の顔を見て、ふと小さく微笑むトリスは、こんな不貞腐れた素直じゃない自分を友達だと言ってくれた四人に深く感謝した。
四人もトリスが笑顔を見せたのを見て、ニコニコと笑っていた。
いつもは不貞腐れた顔ばかりのトリスが笑ってくれていたからだ。
「でも泣いたらお腹すいてきちゃった!」
「それなら帰りに超包子でも寄る?」
「いいねえ!」
「ええんやない?」
と、裕奈はこんなシリアスな話は似合わないと言う感じで、お腹を押さえておなかすいたー、と言い出した。
アキラがならばいつもの場所行こう、というノリで誘えば、まき絵は元気に乗っかり、亜子もうんうんと頷く。
「なら、今回は私がおごってあげるわ」
「いいの!?」
「やったー!」
「ホンマにええんか?」
「大丈夫?」
「いいのよ。たまには任せなさい?」
そこへトリスも同行すると言う様子で、そこの支払いは自分がすると言えば、裕奈とまき絵は大いに喜び、亜子とアキラは無理してない? と心配そうな声を出す。
ただ、トリスは魔法世界で使わなかったお金が結構残っており、換金して麻帆良に持ってきていた。
それに自分の過去を聞いて同情してくれた四人に、何かしてあげたかったのも事実だ。
なので問題ないと言い、四人へとニコリと笑って見せたのだ。
「……ここへ来てよかった」
「んー、何か言った?」
「いいえ、何も?」
「それならいいけど」
そして、トリスは本当にこの麻帆良に来て正解だったと、ふと小さくこぼす。
それを聞いた裕奈が不思議そうに聞いてきたので、思わず出てしまった言葉だったのでトリスはごまかせば、裕奈はそれ以上気にしなかった。
こうして五人は超包子へと足を運び、料理に舌鼓を打つのだった。
…… …… ……
その数日後の休日。
いつもの仲良し四人である裕奈、まき絵、亜子、アキラと、新メンバーとして加わったトリスは、麻帆良の街を話しながら歩く。
大河内アキラは悩んでいた。
魔法世界から帰ってきたあとの最初の休日に、隣の家に住んでいる兄貴分として接してきた男性、
あの日から、ずっとどうすればいいのか、どうしたらいいのか悩み続けていたアキラ。
刃牙が自分のことをずっと気にかけ、大切にしてくれていたことを理解し、いや、最初からわかっていたことだったが、改めて認識してその気持ちに気が付いてしまった。
「どないしたん? 何か悩みでもあるん?」
「えっと……」
何か深刻そうな表情をするアキラに、亜子が心配になって話しかけてきた。
アキラはそれを言いにくそうにしながらも、ゆっくりと話し始める。
「私の家の隣のお兄さん的な人、覚えてるよね?」
「三郎さんと仲良くなっとった人やね?」
「うん、その人」
アキラは亜子が刃牙のことを知っているはずだと聞き、亜子も思い出した内容を話せば、アキラはそうと答える。
「私、その人のこと……、好きかも……しれない…………」
「好きっちゅーのは、異性としてってことなん?」
「……うん」
それで本題として、アキラはその刃牙のことが気になって仕方がない、つまり好きなんだと亜子へと正直に言う。
亜子は好きと言っても種類はあるが、アキラの表情と様子からして、LIKEではなくLOVEだと判断してそれを尋ねれば、アキラははにかみながら静かに頷いた。
「なになに? 何の話?」
「どうしたのー?」
「アキラがお隣のお兄さんのことが好きっちゅー話やねん」
そこへ別で話をしていた裕奈とまき絵が加わってきてどんな話か聞いてきたので、亜子がアキラが好きな人できたみたいだよ、と説明。
ただ、トリスはそういう話についていけないので、とりあえず横で聞いているだけだった。
「やっぱり彼氏だったの!?」
「そうだと思ってたんだよねー!」
「別に彼氏じゃないけど……」
しかし、その話を聞いた裕奈とまき絵は、なーんだそうかー! 程度の認識しかしなかった。
何故ならアキラとそのお兄さん、つまり刃牙の仲の良さはだいぶ広まっており、付き合ってるんじゃないかとさえ噂されていたほどだからだ。
とは言え、アキラ本人は付き合っていたと言う事実はないので、そうじゃないと否定しておく。
「で、好きなの? どうなの?」
「……好き…………なんだと思う……」
それはそれとして、じゃあそこんとこどうなんだと裕奈が聞けば、アキラは照れながら多分そうだと思う、という様子で好きだと言った。
まあ、あれだけ親身になって頼り甲斐のある姿を見せ、傷ついても守護対象に罵倒されても心が折れず嫌うことなく守ろうとしてきた男性に、心を打たれないはずがない。
刃牙本人はそんなこと気にしてないが、アキラにとっては思い返せばそりゃもうときめくような内容でしかない訳で。
「やっぱりじゃん!」
「そうだと思った!」
アキラの答えを聞いて、裕奈もまき絵も予想通りだと笑う。
だって態度を見れば一目瞭然と言うか、すごい自然体で接していたのがバレバレだったからだ。
で、トリスはと言えば、ふーん、という様子で聞き耳を立てていた。
他人の恋路に興味はないが、彼女たちの話題と言う意味では興味がある様子だった。
「でっ、でも……、それなら私、一体どうすれば……」
「どうすればって……ねえ?」
「告白するしかないんじゃないかなー?」
まあ、好きなのは自分でも理解したアキラだったが、じゃあ次は? という話になる訳で。
なんか困惑しているアキラへと、裕奈はいやー悩むことないでしょって態度を見せれば、まき絵は告白しかない! と言い出した。
「そんなの無理!? そんなことできないよ!?」
「だけどしないとお付き合いできないよね?」
「そうだよねー」
告白と聞いたアキラは、恥ずかしすぎて不可能と叫ぶ。
それにそんなことをして今の関係が壊れてしまったらどうしよう、という不安もすごくある訳で。
されども、そうしないと先に進めないのは事実だ。
それを裕奈がはっきり言えば、まき絵も腕を組んでうんうんと頷く。
「亜子はどう思う?」
「亜子も川丘君と付き合う時、告白したんだよね?」
「へっ!? うっ、ウチ……!?」
「そうだよ! どうなの?」
で、だったらもうお付き合いしている亜子なら何か応えてくれるはずだと、裕奈とまき絵が亜子へと話を振る。
突然不意打ちを受けた亜子は、まさか自分に飛び火するとは思っておらず、顔を真っ赤にして慌ててた様子を見せた。
で、戸惑うだけの亜子へと、どうやってお付き合いを始めたのかを聞きだそうとする裕奈。
「う……ウチも、確かそんな感じやったけど……」
「なんでそんな自信なさげなの!?」
亜子はと言うと、困惑が抜けない様子で恥ずかしそうにしながらも、多分告白してお付き合い始めたかも、と何故かどうなんだろうって様子で言う。
で、裕奈はどうしてそんなわからないっていう態度なのかと疑問に思い、大きく叫んで驚いていた。
「えっと……、その、まずウチから告白したんやけど……、三郎さんが、そのあとすぐ……告白してくれはって…………」
「おおー!」
「なーんだ! 熱々じゃん!」
というのも、亜子は確かに自分から付き合ってくださいと三郎に告白したのだが、三郎はそれを聞いて逆に、むしろ自分とお付き合いさせてほしいと告白返しをしたのである。
三郎はこういうことは男が先にするものだと思っていたので、亜子の方から告白されてしまったのを恥じて自分もせねばと、告白で返事を返してしまったと言う訳があった。
照れながらその時のことを思い出して亜子は話せば、それを聞いた裕奈とまき絵は、なるほどーラブラブじゃん、言う様子で納得した。
「つまり、アキラもまずは告白しないとダメってことだね!」
「そういうことだねー!」
「えっ……、そ、そうかな…………」
亜子も告白してお付き合いしだしたのだから、だったらなおさら付き合うなら告白は必須だとアキラへ言う裕奈。
まき絵も乗っかってそれを同意すれば、アキラは戸惑いながら困った様子を見せる。
「大丈夫だよ! アキラならいけるって!」
「そうそう! 頑張って!!」
「ウチも応援しとる!」
「……かっ、考えておく…………」
それに裕奈もまき絵も亜子も、アキラなら大丈夫だろうと言う様子で告白するべきだと背中尾をしまくる。
しかし、アキラとしてはいきなり告白はちょっと……、という態度で言葉を濁すだけだった。
そんな四人は考えるじゃなくて行動しろだの今すぐは無理だので盛り上がり、ワイワイガヤガヤ騒がしくなってきた。
「そういう話好きねぇ……。女子中学生なんだし、まあそんなもんよね……」
そんな会話を隣で静かに眺めて聞いていたトリスは、ちょっと呆れた様子を見せていた。
それでもまあ、彼女たちの年齢を考えたらそういう話で盛り上がっちゃうよねえ、と理解を示すトリスだった。
…… …… ……
学校が終わり放課後の時間。
誰もが部活や下校のために移動をはじめ、ガヤガヤと賑やかな声であふれ始める。
そんな時、一人下校する生徒がいた。トリスだ。
トリスは未だに部活を決めていないので、帰宅部としてエヴァンジェリンのログハウスへと帰るだけだった。
裕奈たちは当然部活などがあり、そっちへ行くわけで。
なので今日は一人で、とぼとぼと歩いて帰っていたのである。
「最近あのクラスが普通に感じてきている自分が怖いわ……」
3-Aと言うとんでもない連中の仲間入りを果たしたトリスは、最初はそのクラスメイトたちのパワーと騒がしさに圧倒されっぱなしだった。
されど、流石に数週間ほど過ごせば、なんかその騒がしさに慣れ始めてしまっていたのだ。
「まあ……、いい人達ばかりだからいいけど……」
ただ、3-Aの子たちは、基本的にお人よしで優しい。
あの騒がしいパワーからは想像できない程、とても友達想いな人達だ。
トリスもそれに触れて理解しており、まあ騒がしいぐらいならいいか、と思ったりもした。
「ところで────」
そこでふと、トリスは足を止めて、街角の影へと声をかけた。
「誰かしら? さっきからこっちを監視してる誰かさんは?」
「…………」
トリスは自分が先ほどから見られていることに気が付き、その視線の方向へと向きなおしてはっきりと言葉を発する。
それに昨日の雨でできた水たまりからパシャリと何かが跳ねる音がしており、それにも気になったのだ。
すると、街角の影から一人の男がゆっくりと姿を現わす。
右手にはペットボトルをぶら下げ、静かに影から出てきてトリスの方をじっと見ていた。
「転生者よね? 私に何の用かしら?」
その男の顔を見て、トリスは転生者だと言うことをすぐに理解した。
男の顔はジョジョの奇妙な冒険Part5に出てくる、ボス親衛隊であるスクアーロにそっくりだったからだ。
そう、トリスをつけ狙っていたのは、鮫島
「お前がアキラの言ってた編入生か?」
「アキラ? ああ、大河内さんのこと?」
「ああ、そうだ」
そして、刃牙はトリスの前へとさらけ出して仁王立ちすると、一つの質問を飛ばした。
刃牙はアキラから夏休み明けに入ってきた編入してきた生徒の話を聞いていた。
さらに写メを貰っており、それを見てトリスを転生者だと判断し、警戒したのである。
で、問いを投げられたトリスはと言うと、アキラと言う名前から自分の友人になった大河内アキラかと聞き返せば、刃牙はそれを小さく肯定。
「そうねえ、いつもよくして貰っているわねぇ」
「へぇ、そりゃよかったな?」
目の前のスクアーロがアキラの知り合いなのを理解したトリスは、彼女には世話になってると笑って言い出した。
が、刃牙はトリスへの警戒心を下げることなく、じっと眺めて隙を伺っているだけ。
「だったら単刀直入に聞くぜ? お前は何もんだ? 何の用でこの場所に来た?」
「はぁ? ”学生”しに来たに決まってるでしょ? それ以外ある?」
「…………本当か?」
「はぁ。なんで嘘つかなきゃならないのよ」
刃牙は、ならばと今度ははっきりと直接的な質問をトリスへとぶつける。
どこで何をやってきたかもわからない、突然出てきた転生者のお前とかめっちゃ怪しいんだよ、と告げたのだ。
が、トリスはエヴァンジェリンの従者として麻帆良についてきて、学生をしろと言われてやってるだけ。
別に裏がある訳でもなく何か企んでる訳でもなく、楽しい学生生活を送ってるだけ。
なのでそれをトリスは呆れた様子ではっきり答えれば、刃牙もマジで? と訝しむ。
ここまで言ってもまだ警戒している刃牙に、小さくため息をした後、肩をすくめて本当だとトリスは言った。
「……ならいいが」
「なんでそんなに警戒されてるのよ私……。ここでは何もしてないのに……」
トリスの言葉に裏も嘘もなさそうだと考えた刃牙は、睨むのをやめはしないが警戒心を少し下げた。
また、急に出てきて警戒される理由がわからないトリスは、正直迷惑極まりないと思いつつも、警戒されるようなことなんて一切してないと愚痴る。
「そりゃお前の顔を見りゃ、一発で転生者だってわかるからよぉ」
「あなたも同じでしょうよ! 勝手に悪い人扱いしないでくれる?」
「……そうだったな。申し訳ねえことした」
「まぁ、別に気にしてないけど」
刃牙はトリスの今の言葉に転生者だから警戒したと告げれば、トリスもお前の顔だってスクアーロだろうがボケ! とかなりご立腹な態度で叫ぶ。
人の顔で悪人判断とかマジで勘弁してほしい。というかお前の顔の方がずっと悪人顔だろうがアホ! と本気で思うトリス。
そうトリスに怒られた刃牙はちょっと反省して頭を下げた。
確かに転生者だからと言って、勝手に警戒して悪人扱いしたのは失礼だったと、刃牙も認めたのである。
とは言え、トリスとて転生者と言うものを警戒していた時期もあるので、まあしょうがないと思って許すことにした。
それに警戒すること自体は悪いことではないし、知らない男に警戒されても気にならないからだ。
「おっと、俺は鮫島刃牙ってもんだ」
「私はトリス・メルリよ」
「ああ、そう聞いてる」
「そ」
と、警戒心を緩めた刃牙は、名乗らないのは失礼だと考えて自己紹介をすれば、トリスもならばと名乗っておく。
しかし、刃牙はアキラから名前も聞いているので、それは知ってると言えば、トリスはまあそうか、と小さく返事を返した。
「……依然、銀髪オッドアイの野朗にやられてな」
「そんなのがいたの!?」
「ああ……。特典にニコぽを持ってやがったんだ」
「うわぁ……」
で、何故転生者が3-Aに入ったからと言って警戒したかを刃牙は説明しだした。
それは銀髪イケメンオッドアイの神威がいたからだ。こいつに煮え湯を飲まされまくったことで、新たな転生者を警戒するようになったのだ。
トリスはマジでそんな見た目の奴いるんだ……、と驚くが、さらに驚くべき事実が刃牙の口から明かされた。
銀髪イケメンオッドアイでしかもニコぽ使いだったと言う事実だ。
その特典を聞いたトリスは、マジでドン引きした様子で小さく悲鳴に近い声を出す。
そりゃ確かに完全なる世界でも変な転生者はいたけど、ニコぽとかは持ってなかったと思い返して、それを持ってた銀髪のやつにドン引きしたのだ。
「アキラがそいつの術中にハマっちまってな……。だから余計心配なのさ」
「そんなことがあったのねぇ……」
さらに、そのニコぽにアキラが引っ掛かってしまい、めっちゃ苦労したので心配だったと刃牙は話す。
トリスは自分が警戒された理由を聞いて、そりゃ心配になるわね、と納得した様子を見せてちょっと同情していた。
「えっ? じゃあ大丈夫なの!?」
「もう大丈夫だ。ニコぽも解けたし覇王ってやつがそいつの特典を抜いたみたいだしな」
「そうなのね……」
そこでトリスはニコぽされたアキラを大きく心配し、今はどうなのかと叫んで問えば、刃牙はニコぽはもうなくなっており、銀髪野郎の特典も覇王が何とかしたと説明。
トリスはそれを聞いて安堵してほっとため息を吐き、覇王って宮殿で暴れ回ってたアイツか、と思い出していた。
「……ふぅん? つまり大河内さんのこと、大切なのね?」
「家族みてぇなもんだからな」
「家族?」
「ああ、家が隣でな? それなりに交流があって妹みてえなもんだと思ってるのさ」
「妹みたいな……ねえ……」
なるほどなあ、と納得したトリスは、つまり刃牙がそこまで心配してるアキラのことがすごく大事にしていることに気が付き、それを言葉に出す。
すると刃牙はアキラのことを家族だと言い出したので、トリスがそれを聞き返せば、刃牙はそう思っている理由をつらつらと語った。
刃牙とアキラは元々家が隣同士で交流があり、アキラを妹として扱っていると。
ふうん、とトリスは聞いて思ったが、はて、そういえばアキラがお兄さん的な人、つまり目の前の刃牙のことが好きだと言ってことを思い出した。
「でも、あの子があなたを兄みたいに見てるかはわからないでしょ?」
「さぁなぁ。でも、俺は兄貴分としてしか接してねぇからな」
「そう……」
なので、アキラはそう思ってないかもよ、とトリスはちらりと言っておこうと考えて口に出してみたが、刃牙はそれはありえないと言う様子で自分は本当に妹としか見てないと言う態度をするのみ。
トリスは刃牙の態度を見て内心「あっ、これ振り向かせるのすごい大変な奴だ」と察したが、表では小さく返事を返すだけ。
「まっ、私には関係ないわね。何もないなら行くけど?」
「ああ、悪かったな。疑っちまってよ」
「でもまあ、確かに転生者が多いと、警戒したくなるってものよね」
「まぁな……」
それに自分が気を回してもいい方向にはいかないと思ったトリスは、それ以上口出しせずに無関係を貫き通して帰ることにした。
刃牙も態々足を止めさせてしまったことと警戒したことを謝ると、トリスはそりゃ警戒するわ、と理解を示してため息を吐く。
トリスの同情めいた言葉に刃牙もちょっと疲れた様子を見せ、そのあと二人は別れて各々の帰る方向へと足を踏み出すのだった。