麻帆良にかかる巨大な橋を、音すら追い付けぬ速度で駆け抜ける男が一人。
「急な連絡を受けて最速で帰ってきたが……、こりゃ確かに酷いことになってやがる……」
猫山直一、スクライドのストレイト・クーガーの能力を貰った転生者。
彼は今日、クリスマスの時期だったので麻帆良の外へと出かけていたのだが、学園長から連絡が飛んできて、ラディカル・グットスピード脚部限定で超特急で帰ってきたのだ。
「よりにもよって今日みたいな日にやらかしてくれやがってッ!」
せっかく休みってことで朝方から出かけていたと言うのにこの始末。
直一は本気で許せねえと言う態度を見せ、だったらやることは一つだと、周囲の物体を分解・アルター粒子と化かして全身をアルター化し始めた。
「だったらぁ……! 最速でぶっ潰してやるッ!! 教えてやるぜッ! 俺の速さの恐ろしさをッ!!」
これこそフォトンブリッツ。ラディカル・グッドスピードの最終形態。
これを見せるほどに直一は機嫌が悪いと言うことであり、さっさとこの騒動を終わらせてやりたいと言う強い意志の表れだ。
そして、直一は瞬間的にその場から姿を消せば、召喚魔や鬼神兵を蹴りでぶちのめして敵戦力の数を減らしていくのだった。
…… …… ……
フェイトは麻帆良の空を浮きながら、月の裏の下っ端魔法使いと戦闘を繰り広げていた。
「一応、彼らも”転生者”同様、いつも通り石化して”牢獄”へ放り込んでいるけど……」
と言っても、フェイトは石化させる魔法である石の息吹と石化の邪眼を使い、魔法使いどもを石化しながら皇帝から預かった小型の魔法球、通称”牢獄”に、石になった魔法使いを放り込む作業を行っているだけだが。
それに月の裏の魔法使いはフェイトの姿を見るとビビッて逃げ出そうとするので、後ろから石化の邪眼と言う目からビームを出して石化させる魔法を使い、簡単に石化することができる。
おかげで月の裏の構成員の転生者は大体フェイトにやられており、被害がだいぶ少なくなっているのだ。
「召喚魔の数が多すぎる。倒しても減らないのが厄介だ」
ただ、魔法使いはそれで数が減っていくが、召喚魔だけは数が減った様子が見当たらない。
故に、魔法使いを石化するよりも、召喚魔を多く減らす方に力を注いでいた。
「やはり上空のアレを破壊しなければダメか」
空を見上げればキューブ状の物体に発生する魔法陣から、ゾロゾロと召喚魔が湧いているのが見える。
フェイトもキューブ状の物体を破壊しない限りは、この事態を終息させることは不可能と判断。
「しかし、鬼神兵まで出てくるとは……」
だが、そこへ空に魔法陣が出現したかと思えば、その魔法陣から鬼神兵が出現し、麻帆良の大地へ降り立った。
そんなものまで用意しているとは思っていなかったフェイトは、麻帆良の街を守護するべく召喚魔を減らしながら鬼神兵を破壊しに動くのだった。
…… …… ……
同じく、アーチャー・ロビンフッドとそのマスターのナビスも、召喚魔を駆逐していた。
「数が多くて面倒だなぁッ!」
「まさかこんな事態になるなんて……」
「まったく、前準備もなしに突然出てくるってのが一番嫌なパターンなんですけどねぇッ!!」
ロビンは空を飛ぶことができないが、矢を召喚魔へと的確に狙い撃ち、どんどん狩って行く。
が、数の多さと減らなさに嫌気がさしたような台詞を吐き、苛立ちを募らせる。
マスターであるナビスも空を飛びながら魔法を使って召喚魔を撃退している最中だ。
また、麻帆良でこんな大規模な戦闘が発生するとは夢にも思っていなかったナビスは、ただただ困惑をするばかりだ。
それにロビンは罠を大量に仕掛けて待つ戦法が得意であり、こうやって突如として敵が出てきたことに愚痴りまくる。
こういう完全な不意打ちは自分が得意とする戦法だが、相手にされるのは非常に腹立たしい訳で。
「上空の巨大な物体は他に任せて、私たちはとにかく召喚魔を減らしましょう」
「あいよマスターッ!」
ただ、ロビンが空を飛べない以上、上空のキューブ状の物体は攻撃できそうにないとナビスは判断して、他の転生者か誰かが破壊してくれるのを祈りながら、召喚魔を撃破していくしかなかった。
ロビンもそれはわかっており、黙々と召喚魔を狩り続けることにしたのだった。
…… …… ……
アルスもまた、男子中等部寮を守護しながら戦っていた。
「いくら倒してもキリがねぇな……」
雷の投擲や術具融合・スターランサーなどを駆使して数多くの召喚魔を撃破していたアルスだったが、敵の数の減らなさに頭が痛いと言う様子を見せる。
「タカミチのやつも苦戦しているみてぇだ……、むしろ狙われてるって感じだなぁ、ありゃ」
また、離れた場所で戦っている高畑が、敵に粘着されて身動きが取れない状態になっていた。
やはり”原作キャラ”ということで随分と狙われているようで、アルスもこれじゃどうしようもなさそうだと思った。
「まったく冬休みに入ってんのになぁ。まあ、俺には関係ないことだけど……。ってもこんな無茶苦茶しやがって、本当に腹が立つぜ!」
アルスは冬休みになったってのにコレとかありえねぇ、と愚痴る。
もうすぐ年越しの季節であり、今日はクリスマスだぞ空気読めよ、と。
「それに午後からは妻と娘が来る予定なんだよ! ふざけんなコンチクショウ!!
それにアルスは怒りに燃える理由があった。
何故なら今日はクリスマスであり、ウェールズにいる妻ドネットと娘のアネットが来る予定だったからだ。
その後数日こっちで滞在したのち、正月過ぎにウェールズへ家族揃って帰る予定だったのだ。
自分の予定をこんな意味不明な騒動でお釈迦にされかけているからこそ、心底イラつくのだ。
「俺の予定が狂ったら許さんからな! いやもう許す気なんかねぇけど!! しっかり落とし前つけてもらうぞこの野朗ッ!!」
楽しみに待っていた今日を、クソみたいな一日に変えてくれやがった奴らに怒りをぶつけるかのように叫ぶアルス。
毎日毎日カレンダーの日付を見て、ニヤニヤしながら待っていた今日を、ぶち壊された恨みは計り知れない。
その怒りを召喚魔にぶつけながら、それらを蹴散らしまくって学生寮を守るのだった。
…… …… ……
転生者の豪もまた、ジェネシックガオガイガーに駆り召喚魔を破壊し続けていた。
本来ならば上空のキューブ状の物体を破壊したいのだが、”人間”である月の裏の魔法使いに阻まれて、身動きが取れなくなってしまっていたのだ。
「超竜神! 撃龍神! お前たちはあの巨人の相手を頼む!」
「了解!」
「了解!」
そこへ今度は鬼神兵が出現したのを見た豪は、超竜神と撃龍神へと指示を出す。
二体は豪の命令を快く引き受け、威勢のいい返事をした後に鬼神兵の方へと飛んで行った。
「それにしてもジェネシックのパワーでは”人間”を相手にすることはできない……! このままでは…………!」
しかし、この状況を打破するのは難しいと、豪は悩む。
ジェネシックガオガイガーは確かに強力な存在だが、強力すぎる破壊力が故に、人間を相手にするのは不向きだ。
単純に指に触れただけで文字通り光にしてしまうし、ブロウクンマグナムなんかを当てれば人間なんぞバラバラになってしまうだろう。
「だが、それならそれで敵を惹きつけ、街を守るだけだッ!」
されど、召喚魔を倒すだけならば問題はない。
豪は敵の魔法使いが自分たちの邪魔をするために集まるのであれば、自ら囮となりつつ召喚魔を減らすことだけを考え、上空のキューブ状の物体は他の誰かに任せることにしたのだった。
…… …… ……
エヴァンジェリンは召喚魔を蹴散らしながら、キューブ状の物体へと接近していた。
そこへ敵と思われる黒いローブを纏った何者かが魔法攻撃で行く手を阻む。フードを深くかぶっており、さらに闇で隠れており素顔を拝むことはできない。
その謎の人物は幾度となくエヴァンジェリンと衝突しながら、エヴァンジェリンの強さを実感していく。
逆にエヴァンジェリンは相手の強さ測り、”竜の騎士”ほどではないことを見抜いていた。
「流石は真祖の吸血鬼だ。並みの強さではないな」
「当然だろう?」
敵はエヴァンジェリンの実力に舌を巻いた様子でありながらも、ニヤリと笑って余裕を見せるが、エヴァンジェリンはそんな敵に対して最大の警戒しつつ、それでも余裕と言う態度で戦いを挑む。
「ふーむ、しかし伍海も大半がやられたようだな、情けない」
「貴様らの練度が足りなかったからではないか?」
「舐めていたということか? まあ、確かにそうかもしれんな」
どんどん激化する二人の戦闘中、敵は幹部である伍海が半分がやられたことを感知し、その程度だったのかと嘆く。
この月の裏の中では最上位の魔法使いだったはずなのだが、こうもあっけなくやられてしまうと言うのならその程度だったのだな、と。
それをエヴァンジェリンも鋭く指摘してやれば、敵も自分たちがこの麻帆良を乗っ取るならこの程度でいいだろう、と高を括っていたのは事実だと淡々と言って認めた。
「だが、この”フォースクリスタル”さえあれば、召喚魔はまだまだ増やし続けられる。我々の負けではない」
「潔く負けを認めればいいものを……」
「この私が負けてないのだから、認めるはずがなかろうに!」
されど、幹部が負けた程度では月の裏の敗北ではないと、敵ははっきり宣言。
この上空に浮かぶキューブ状の魔力の塊をフォースクリスタルと呼び、これが残っているうちは問題ないと語る。
が、幹部の大半がやられたんだからさっさと尻尾を巻いて逃げろよ、とエヴァンジェリンはつまらなそうに吐き捨てる。
エヴァンジェリンとしては、この麻帆良を襲ってくるはた迷惑な連中程度の認識であり、本当にさっさと負けてほしいのだ。
されど、敵は自分に勝ってからそれを言えと笑う。
「負けはないッ! 裏魔法使いの集い”月の裏”幹部、伍海の頂点・嵐の大洋である、このダークフォグがいるかぎりな!」
「ならば、この場で吹き飛ばしてやるぞ」
「やってみるがいい!」
さらに自分さえ残っているのであれば、月の裏の敗北はないと名乗り上げてはっきりと告げてきた。
この男こそ月の裏の幹部の頂点であり、月の裏の事実上のトップだ。その名はダークフォグ。
エヴァンジェリンはこいつが麻帆良を襲った忌々しい組織の頭だと理解し、じゃあさっさとぶっ飛ばすと宣言し、さらに攻撃を加速させる。
ダークフォグもできるならな、と煽りながら、エヴァンジェリンの攻撃を防ぎ反撃する。
「しかしまあ、
「
「ふふふ、実によい」
ただ、エヴァンジェリンは闇の魔法を使わずに戦っていた。
何故ならエヴァンジェリンが得意としている闇の魔法、
それでもダークフォグは闇の魔法なしで自分を押しのけるほどの実力に、感心した様子で笑う。
されど、エヴァンジェリンとしては闇の魔法は手札の一つであり、なしでも問題ないと告げて同じく笑った。
だからよい、とむしろ何故か喜びだすダークフォグ。
「……しかし、何か妙だな……。こいつの戦い方はどこかおかしい…………」
そのダークフォグの態度や何か違和感を感じる戦い方に、エヴァンジェリンは底知れぬ奇妙な不気味さを感じ始めていた。
「考え事か? ”奈落の業火”ッ!」
「”千年氷華”ッ!!」
一瞬気をそらしたエヴァンジェリンへと、ダークフォグは容赦なく炎系大魔法をぶち込んでくるが、すぐさま気を取り直したエヴァンジェリンは、相殺のために氷系大魔法をぶつけ返して空中で爆発を起こす。
周囲へ空気が振動した衝撃波が伝わり、ビリビリと空気が揺れた。
「地上を守護りながら戦うのは大変だろうに。気にするものが多いと苦労が増えるな?」
「ふん。貴様相手にはちょうどいいハンデだ」
「言うではないか!」
エヴァンジェリンが地上を守るようにして戦っていることに気が付いたダークフォグはそれを言うと、エヴァンジェリンはそれでもお前は自分を倒すには足らないと、自信をもって豪語。
なんとまあとんでもない自信だと、ダークフォグは笑うだけで恐れも怯みもない。あるのは麻帆良を乗っ取ると言う野望だけだ。
「傷が簡単に癒えない様子から、奴は人間のようだが……。なぜ自分の肉体を労わらずに戦える?」
されど、ダークフォグは先ほどからの戦いで、徐々に傷を増やしていた。
だと言うのに、それを全く気にも留めずに戦っている姿に、エヴァンジェリンはやはり違和感を覚えて訝しむ。
「ハアッ!!」
「ふっ!」
「くっ!? やる……!」
そこへダークフォグが籠手の鋭い爪を束ねて手刀にして切り込んで来れば、エヴァンジェリンも同じく自分の爪を伸ばして手刀としつばぜり合う。
だが、押し負けたのはダークフォグの方で、エヴァンジェリンはそのまま手刀をダークフォグの左肩に当ててダメージを与えた。
「やはり妙だ……。あれだけの傷を受けても、まるで痛みを感じていないかのような動きをしてくる。普通なら多少なりとて傷を庇う動きをするはずだが……」
左肩を負傷したのであれば左肩を庇うはずだが、そんな様子もなく再び突撃してくるダークフォグに、エヴァンジェリンはやはり奇妙なものを感じて警戒する。
「”雷の暴風”っ!!」
「”闇の吹雪”ッ!!」
そして、ダークフォグはそのまま雷の竜巻を起こす魔法を、エヴァンジェリンはそれを見て闇と凍結の嵐を起こす魔法を使い、互いの魔法をぶつけ合う。
「ぐうっ!? 押し負けるとは……!」
似たような魔法同士の魔法合戦を制したのはエヴァンジェリンの方だった。
雷の暴風は闇の吹雪にちぎられて消し飛ばされ、漆黒の嵐がダークフォグへと迫るが、ダークフォグは咄嗟に回避して直撃を避けなんとかしのぐ。
「何故だ? 何故こいつはこれでも余裕があるように見える? 一体何を考えている……?」
この状況で有利なのはエヴァンジェリンの方だ。ダメージを受けても再生する吸血鬼の肉体を持ち、魔力の高さもこちらが上だ。
なのに、どうしてだろうか。目の前のフードで顔が見えぬ男には、どういう訳なのか余裕というものが感じられる。それが最も不気味だった。
「考え事をしている余裕などないッ!! ”奈落の業火”ッ!!」
「ちぃっ! ”千年氷華”ッ!!」
ダークフォグは思考の渦に沈むエヴァンジェリンへと、再び炎系大魔法をぶち放つ。ご丁寧に麻帆良の街を巻き込むようにだ。
当然それをもう一度氷系大魔法でダークフォグの魔法を打ち消し、大爆発が発生。
「何度も防がれると癪だな……! ならばこれで────なッ!?」
何度も完璧に自分の魔法を相殺されて腹立たしく思うダークフォグだったが、その時、背後から小さい影が現れたことに驚く。
「ケケケッ!!」
「ぐうあっ!? なにっ!?」
それは千年氷華を術具融合したチャチャゼロだった。
チャチャゼロは凍てつく氷の刃で背後からダークフォグを切り裂き、背中に斜め一直線の傷を作るれば、ダークフォグはたまらずうめき声をあげた。
「そのまま切り刻んでやれ!」
「アイサーッ!!」
「があっ!?」
エヴァンジェリンがチャチャゼロへとそれを命じれば、チャチャゼロは元気な返事の後に悠々と超高速でダークフォグを切り刻む。
腕や足、体、全身くまなく切り刻まれていくダークフォグは、氷魔法の凍結のダメージも追加で受けており、声を上げて苦しむ。
「ナンダ? アッケナサ過ギルゾ?」
「…………」
そして、ダークフォグはゆらりと態勢を崩したと思えば、そのまま地面へと落下していったのだ。
チャチャゼロはそれを見て簡単にやられすぎだと考えながら、落下していくダークフォグを眺める。
「ッ! ”燃える天空”ッ!!」
「なっ!?」
だが、ダークフォグはやられたのではなく、やられた振りをしていただけだった。
落下しながら首と手をエヴァンジェリンへと向ければ、完成させた炎の上位魔法を放ってきたのである。
エヴァンジェリンもそれには驚き声を上げたが、瞬時に魔法障壁を展開してそれを防ぎきる。
「…………防がれたか」
今の魔法を防ぎきられたのを見たダークフォグは再び態勢を整えて、ふわりと宙へと浮かび上がってくる。
また、今のチャチャゼロの攻撃でかぶっていたフードが斬り裂かれ、その顔を露にしていた。
見た目は20代前後の男性らしい顔をした男であり、顔色は悪いのか青く見え、額には何やら真っ黒い二本の角のような装飾があった。
「そのダメージで何故動ける……? 不死者はないはずだろう……?」
「フッフッフッ。それは秘密だ」
はっきり言って今のチャチャゼロの攻撃でダークフォグの全身は切り刻まれ、血まみれの姿だった。
普通の人間ならばこの時点で動けないほどのダメージなのだが、どういう訳か普通に動いていたのである。
エヴァンジェリンはそれを質問するが、ダークフォグは笑ってはぐらかすだけだった。
「ルオオオォォォッ!!」
「っ! チャチャゼロッ!!」
「オウヨ!」
その会話の後、即座に攻撃へと転じてくるダークフォグ。
籠手の爪を伸ばし、まるで自在に動く先が鋭い鞭のような動きでエヴァンジェリンへと、その鋭い爪が迫りくる。
そこへチャチャゼロを防御に使い、チャチャゼロも両手に持つ刃を高速で振るってはじき返した。
「ぐうっ!? 固いな……!」
「当然だ!」
普通ならば貫通してもおかしくない威力の武器だと言うのに、完全に防がれたのを見たダークフォグは驚愕の表情を見せる。
が、エヴァンジェリンとてこの程度は防げることなど理解していたことだ。
術具融合で防御も上がったチャチャゼロであれば、このぐらい防げないと困ると言うものだ。
「だがっ!!」
「なっ!? マズイ!」
それならばとダークフォグは爪を戻して手刀の形へと変え、膨大な魔力を纏わせて突きを食らわせてきたのを見たエヴァンジェリンは、この攻撃は見た目以上の威力があることを察し、チャチャゼロを避けさせて自らの障壁で防御。
「ぐっ!」
「御主人ッ!?」
しかし、障壁を貫きエヴァンジェリンの胸へと、ダークフォグの抜き手が深々と突き刺さった。
チャチャゼロは自分を下げたエヴァンジェリンの方を見て声を上げるが、エヴァンジェリンはすぐさま後退して傷を再生させる。
「人形を庇うとは面白い奴だ」
「私はいくら傷ついたとしても、簡単に治るからな……!」
「そうだな。それこそ本当に厄介だ」
ダークフォグは武器である人形よりも自ら傷を負うことにしたエヴァンジェリンに、面白いものを見たような目で見て笑う。
されど、エヴァンジェリンにとってチャチャゼロは昔から自分を支えてきた相棒だ。
それをこんな戦いでみすみす失う気などない上に、自分ならば傷など治るので多少のダメージなら問題ないとしているのである。
当然、ダークフォグもエヴァンジェリンの再生力を知っており、本当に邪魔な能力だと悪態をつく。
「しかし、なんだ今の力は……? 何が起こっているんだ……?」
「アリャ何カオカシイゼ……」
「そうだな。何かある……」
とは言え、今の攻撃も相手の渾身の一撃ではあっただろうが、それでも変な感じをエヴァンジェリンは受けた。
今の攻撃は腕が吹き飛ぶんじゃないかと言うほどの魔力を、右手に集中させ抜き手を使ってきた。
人間であれば流石にそこまでの行動はしないが、ダークフォグと名乗った男は明らかに人間だ。
それが非常に強い違和感となっており、やはり不気味に映るのはチャチャゼロも同じだった。
エヴァンジェリンもそれこそ奴の秘密であり、隠し玉を持っている可能性を示唆していると最大限警戒する。
「フッフッフッ、よい、よいぞ。本当に良い逸材だ。よすぎて笑いが出てきたぞ」
「何がおかしい?」
「素晴らしい、本当に素晴らしいぞ。やはり、獲物はお前に決定だ」
「一体何が言いたいんだ……?」
すると、ダークフォグはエヴァンジェリンを見ながら、何やらつぶやいて笑い出した。
はっきり言って状況的にダークフォグが明らかに不利だと言うのに、余裕をこいて笑っているのがおかしいのだ。
危機的状況すぎて精神がおかしくなったのかと考えるのが普通だが、エヴァンジェリンは余裕を見せる姿を見て、何か絶対に裏があるということを確信する。
そんなエヴァンジェリンの対応に、素晴らしいとのたうち笑っているダークフォグ。
完全に次のターゲットとして捉えたと宣言し、エヴァンジェリンを困惑させていた。
「ハッハッハッ!! ウオオオオォォッ!!」
「接近戦か! ”闇の吹雪”ッ!!」
と、次の瞬間、ダークフォグはエヴァンジェリンへと肉薄するため、加速して突っ込んでくる。
エヴァンジェリンは咄嗟に漆黒の嵐を右腕から解き放って迎え撃つが────。
「────ッ!? ダメージを受けてでも無理やり抜けてくるだと!?」
「ウオオオララアァァッ!!」
なんとダークフォグは闇の吹雪を直撃しながら、勢いを殺すことなく突っ切ってきたのだ。
その行動に溜まらず驚くエヴァンジェリンのもとへとダークフォグは迫り、その拳を振り上げた。
「がっ!? くっ! 先ほどもだったが、こうも簡単に真祖の吸血鬼の障壁を砕いてくるか!?」
「おおおっ!!」
「ぐうっ!?」
そのまま拳をエヴァンジェリンの腹へとぶち込むと、防御として展開していた障壁を砕いてエヴァンジェリンの腹部に拳をめり込ませたのである。
流石のエヴァンジェリンも少し怯んだその隙に、ダークフォグはさらに拳を連打してくる。
障壁を砕き連打してくるダークフォグに悪態をつくエヴァンジェリンだったが、その激しい拳の嵐に耐えられず、たまらず苦悶の声を漏らしていた。
「クタバレーッ!」
「ぐっ!? チッ!! ”奈落の業火”ッ!!」
「くっ!? ”闇の吹雪”ッ!!」
されど、チャチャゼロは未だフリーな状態であり、隙を見て氷の刃をダークフォグの背中へと突き刺した。
それを見たダークフォグは完成させた魔法をエヴァンジェリンに放ちながら視界を遮り、チャチャゼロを引きはがして投げ捨てる。
チャチャゼロは投げ捨てられた勢いのまま、エヴァンジェリンの横へと戻り、エヴァンジェリンは闇の吹雪で周囲の炎を吹き飛ばした。
「まだまだだぁ!!」
「あれほどの傷を受けても、まだ動いて戦えるのか……。本当にどうなっているんだ……? 何かに支配されているのか……?」
今のチャチャゼロの攻撃はだいぶ深々と背中に突き刺さっていたはずなのに、それでもエヴァンジェリンへの攻撃を緩めないダークフォグに、エヴァンジェリンはもしや、といろいろ仮説を頭の中で並べていく。
「フッフッフッ、まだまだ、終わらんぞ」
「……嫌な予感がしてきたな」
そして、ダークフォグは爪を伸ばしてエヴァンジェリンへと攻撃。
エヴァンジェリンはそれを回避しながら、相手の秘密の予想に冷や汗を流し始める。
「さあ! 行くぞッ!! ”火精召喚・槍の火蜥蜴45柱”っ!!」
「”魔法の射手・収束・氷の103矢”ッ!!」
ダークフォグはさらに炎の精霊系の召喚魔法を使い、エヴァンジェリンへと攻撃するが、エヴァンジェリンも氷属性の魔法の射手を放って迎撃。
「ふははははっ! その程度か真祖の吸血鬼!!」
「舐めるな!!」
そこへ再びダークフォグの伸びた爪がエヴァンジェリンを襲い、そのか細い右腕を掠って鮮血が宙を舞う。
それを見たダークフォグは煽る台詞でエヴァンジェリンをたきつけ、エヴァンジェリンも怒気がある台詞を吐き捨てながら、ダークフォグへと急接近した。
「”断罪の剣”ッ! これでッ!!」
「ぐうおっ!?」
エヴァンジェリンがダークフォグへと肉薄した瞬間に、右腕に断罪の剣を伸ばしてそのまま振り上げれば、ダークフォグの右胸から右肩にかけて一直線に斬り裂き、血しぶきがダークフォグの苦悶の声と共に噴き出したのだ。
「フッフッフッ……、見事だ……、あまりにも見事だ……!!」
「なっ!? 腕を!? 離せッ!!」
が、ダークフォグは動く左腕で力強くエヴァンジェリンの右腕を掴み、褒めたたえながらニヤリと笑う。
この男の行動におぞましさを感じたエヴァンジェリンはすぐさま離れようとするが、右腕がしっかりと握られており抜けなかったのだ。
「もはや
「何だとっ!?」
するとダークフォグは何やら妙なことを口走り叫べば、ダークフォグの肉体から黒い霧状の何かが抜け始めた。
「ヤツの体から黒い何かが抜けて……、まさかこいつがッ!?」
「そう、その通り。これが私の本当の姿。これこそ月の海、伍海が頂点、嵐の大洋の正体よッ!!」
ダークフォグの肉体の真上に黒い霧状の何かが集中すれば、そこから三日月のような鋭い二つの目が現れたではないか。
ダークフォグはそのまま力なくうなだれはじめ、ほとんど動かなくなってきていた。
そして、エヴァンジェリンはそれを見て、ダークフォグの秘密、つまりその正体を理解して焦った。
予想が正しければ、この黒い霧状の何かは他者を乗っ取るタイプの生命体だと察していたからだ。
その直後、黒い霧状の何かは自らをダークフォグと名乗り、この姿こそが本当の姿なのだと豪語したのである。
そう、ダークフォグは”ダイの大冒険に登場するミストバーンの能力”を貰った転生者。
漆黒の気の集合体であり、ガス生命体とゴーストの間の存在。他者に乗り移りその者の魂を破壊し、その肉体を意のままに操ることで生き延びてきた黒き気の生命体だ。
「ぐっ!? しまったっ!? クッ、離せッ!!」
「クックックッ! 離す訳がなかろうよッ!!」
「御主人ーッ!!!」
だが、その時点で遅かった。
すでに、すでに霧と幽霊のような黒い物質はエヴァンジェリンの全身に巻き付き、エヴァンジェリンは身動きが取れなくなってしまっていたのだ。
チャチャゼロはその光景に危機感と戦慄を覚えてエヴァンジェリンへと叫ぶが、もはやエヴァンジェリンにチャチャゼロへと声をかける余裕すらなかった。
「貰うぞ、その体ッ!!」
「ぐっ!? ううああぁぁぁぁぁあぁっ!?!?」
傷ついた肉体を捨て、今度はエヴァンジェリンを乗っ取ろうと迫るダークフォグに、エヴァンジェリンは抵抗してみせるが、徐々にその黒い霧が体内へと侵入していき、その気持ち悪さと意識を奪われていく感覚に襲われ、大声で叫ぶことしかできなかったのだった。