素直になれない彼女《ヒロイン》の育てかた   作:アメリカンショコラ

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第十話

 

 

 

「ごめんくださーい!」

 

 

 お盆休みが終わり八月十七日、旭川さなは夏樹さん家の前まで来ていた。

 インターフォンを鳴らしても返事は来ず、ならばと門扉を開いて中に入る。

 さなは玄関の取ってに手をかけてひねると鍵は掛かっていなかった。

 

 

 そして、さなが勝手に入る事は家主である蘭が認めているので家の中に入るとーーー

 

 

「だ、ダメ………! こ、これ以上やれないわ……!」

 

「さっき……休んだ、ふんっ、ばっかだろ」

 

「だって……直宏全然休ませてくれないから……」

 

 

 二人の男女の息の上がった声が二階から漏れてきた。

 

 

(な、何をやってるんですか! こ、こここっ、こんな真っ昼間から! 初顔合わせの時と前会った時の変化で怪しいとは思ってましたがそんな爛れた生活を送ってるなんて。二人がそこまで行った事が許せないとかそう言うんじゃなくて夏樹先生に迷惑がかかるでしょ! これは私が二人に注意しなければ。ちゃ、ちゃんとそう言うところでしてくださいって)

 

 

 さなはどかどかと階段を上がっていく。

 

 

「はあ……はあっ……も、もうムリよ……直宏、底なしすぎるよ……」

 

「まだまだ全然だ……ほら、もっとギアを上げるぞ」

 

「こ、この……鬼畜ぅぅ〜ッ」

 

 

(そ、底なし!? 鬼畜!? 一体中でどんなプ………)

 

 

 旭川さなはむっつりだった。それはもうむっつりだった。

 さなは勢いよく扉を開く。するとそこにはーーー

 

 

「二人とも何をやってーーーー」

 

 

 中で開かれていたのはさなが予想したものとは違っていて。

 

 

「おう、旭川来てたのか。何って見て分からないか? 筋トレだよ筋トレ」

 

「う、うぎぎぎ、ぷはぁあ! も…もう……腹筋に、ち、ちからが……ぜぇぇ、はあぁぁはぁぁ!」

 

 

 さなの目に映ったのは二人横並びで上体起こしをしているという異様な光景だった

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

「なるほど、澤村先輩の絵の上達の為に筋トレをする必要があったと。なんで先輩も一緒になって?」

 

「ブレない筆にはブレない姿勢が必要だからな。その為のトレーニングだ。一緒にやったのはコイツが一緒にやらないとやらないとか言い出したからだ。本当ならちゃんと足押さえてやりたいってのに」

 

「だって、それじゃあ、み、見えちゃうじゃないの……」

 

「ああ………」

 

 

 旭川は澤村が俺と一緒にやった理由が分かったらしい。納得したように声を上げた。そしてすぐにオレも思い至る。

 

 

「汗で服が透けるとか、上から胸見られるとかそんな事気にしてたらトレーニングなんて出来んぞ。後ジムに通ってるジムのトレーナーもそんな事で一々変な目で見たりしない それと一緒だ」

 

「そ、そんな事言ってあわよくばって思ってるんでしょ! それともあたしの身体が貧相だから見る価値ないとでもいうわけ!?」

 

「言ってねぇよそんな事。女のヌードデッサンも幾度となくした事あるオレだぞ? 気分はジムのトレーナーと同じだ。そういう時はスイッチが切り替わるんだよ。例え旭川が突然全裸になったとしてもオレは邪なモノを抱く事なく進行できる」

 

「それはそれであたし達を女として見てないって言われてるみたいでムカつくわね」

 

「………それと先輩。セクハラです」

 

 

 オレがいかに真面目だという事を熱弁したというのに解せん。

 

 

「それは兎も角として先輩。澤村先輩にはちゃんと教えるのに私にはしてくれないんですね」

 

「それは旭川と澤村は違うからな」

 

「それはつまり直宏は旭川さなよりあたしを取ったという事よね♪」

 

「むっ……」

 

 

 何が誇らしいのか胸を張って言う澤村に旭川は眉間の皺を寄せる。

 

 

「あのなぁ。旭川は身体が弱いんだよ。お前みたいに無理をさせられない。それにオレが不用意に手を加えて余計な不純物を入れたくないんだ。オレは旭川さなという芸術家の世界を見たいからな」

 

「先輩……………ふふ、澤村先輩。どうやら直宏先輩は私の事を大切にしているからこそ選ばなかったようですよ? 澤村先輩なら要らないことをして潰してしまっても問題ないって思われてるみたいです」

 

 

「うぎぎぎぎぃぃー………」

 

 

 

 今度は澤村が歯をぎりぎり鳴らして悔しがっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「直宏! トレーニング再開するわよ! あんたは足を抑えなさい!」

 

「でもお前見られたくないんだろ」

 

「そんな事気にしてたらトレーニングできないでしょ! ほら早く!」

 

 

 さっきはあんなに否定的だったのに随分な手のひら返しはこの際置いておく。

 

 

「分かった分かった」

 

 

 澤村に急かされたオレは、仰向けになり、手を頭の後ろに添えた澤村の足をがっちり抑える。

 何がコイツを駆り立てたかは知らないがやる気になったようで何よりだ。

 

 

 それからオレがしていたトレーニングを再開する。

 

 

「起き上がる位置が高すぎる! もうちょっと下げて、そうそのくらいで五秒間停止!」

 

「ひぁうぃぃぃ! いーーーち、……………にーーーーーい!」

 

 

 完全に起き上がる奴ではないきつい奴を五回三セット行い、

 

 

 

「ほらもっと腰を落とせ、背筋もしっかり真っ直ぐ」

 

「じゅーーーーう! じゅーーーーいち! じゅーーーーーーーに!」

 

 

 五分の休憩後、開始したスクワットでは背筋を真っ直ぐ伸ばすように支えて矯正する。

 この二つは正しい姿勢を保つ為の筋力を持続させるのに大変有効だ。

 姿勢が良くないと関節の動きが悪くなるし、絵というのは大変繊細で僅かな姿勢のブレが僅かな歪みを生む。デジタルなら何度でも手軽に直せるからそれでもいいかも知れないが、アナログで途中までは完璧な筆入れだったにも関わらずその僅かなブレで台無しになるのはやるせないし、許せないだろう。

 一日の作業を短くして、何十、何百日かけるいうのもあるにはあるが、そんな筆の遅いイラストレーターなど話にならないので意味のない仮定。

 何枚も描き何枚も没にしての珠玉の一枚を生む。その努力をする為の努力だ。天啓の如く描きたいモノを生み出せるのは極々極々限られた超天才のみ許される。

 

 

「こうも美少女だと汗をかいてる姿も絵になりますね」

 

「なんだ旭川スケッチしてるのか」

 

 

 今は澤村は腕立てをしている。その姿を旭川はスケッチブックに描いていた。

 

 

「ええ、まあ結構特殊な状況なので私の引き出しに入りますし、それに苦しんでる澤村先輩というはなかなかにインスピレーションを掻き立てます」

 

「相変わらず陰があるものを描かせたらピカイチなだけはあるな」

 

 

 

 隣で座る旭川は目線の先にある、美少女が出してはいけない様な声を出している澤村を真剣な表情で見つめながら応えた。

 

 

「それと同時に生も感じる。苦しさ辛さを全面に押し出す事で、その中にある懸命にもがきながらも抗う姿………命を燃やす煌めきをより際立たせている……前に見た時よりもすごく良くなってるな」

 

「だかが下書きに何をそんな大袈裟な………でもありがとうございます先輩」

 

 

 

 感謝を言う旭川の顔はそっぽを向いていてどんな表情をしているか分からなかった。

 

 

「けどそれは先輩のおかげです。先輩は余計な事をして私に影響を与えたくないと先程言っていましたが………もうとっくに手遅れなんですよ? 六年前のあの日から私の中に先輩が入って来てるんです」

 

 

「………そのものすっごく周囲に誤解を招く様な言い回しはやめてくれ……目の前の狂犬がすごい目で睨んできてるから」

 

 

 腹筋を終わらせた澤村が座る俺たちを見下ろすように立っていた。

 

 

「苦しんでるあたしを肴にしてイチャイチャイチャイチャしてるとは随分いい度胸じゃない……」

 

 

 凄く疲れているはずなのに今の澤村はそれを感じさせない程生命力に溢れていた。

 

 

 

「おーい直宏ー! 今日はいいもの買ってきたぞ!」

 

 

 いつの間にか学校の仕事から帰ってきた蘭が呼びにきてなあなあになって助かった。コイツ蘭には猫被ってるから。

 それで今日はお開きになり解散するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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