素直になれない彼女《ヒロイン》の育てかた 作:アメリカンショコラ
九月一日。新学期始まりの朝、豊ヶ崎高校へ続く坂道を歩いていると後ろから肩を叩かれた。
「お、おはよー直宏」
「ああ、おはよ……う」
俺の肩を叩いたのは豊ヶ崎二第美女の一人澤村•スペンサー•英梨々だった。周りに登校している生徒も少なくない中、有名人なだけあって注目が集まる。
「何よ素っ頓狂な顔をして」
「いや、まさかお前の方からくるとは思わなくて驚いたとか昨日言ったことの出鼻をくじかれたみたいでもやっとしたとかそんなこと考えてただけだ。おはよう英梨々、今日から新学期だな」
「そうね、だからといって何も変わるわけでもないけど」
英梨々と一緒に通学路を歩く。最初は注目されて居心地が悪かったが、途中から馬鹿らしくなり開き直って気にしないことにした。
「澤村………さん?」
校門まで辿り着くと、英梨々に声をかけたのは二人組の女生徒だった。
「あ、里見さん、石巻さんおはよう」
「うん……おはよう」
「おはよう……澤村さん、その人はもしかして彼氏?」
「ううん、友達」
三人で話込んでいるのでオレは先に行こうかとも考えたが、英梨々の少し震える手と足を見て考えを改める。
「英梨々の友達か? オレは草薙直宏。よろしくな里見、石巻」
「う、うん……よろしく草薙くん」
「うん……」
オレが挨拶をすると二人とも何故か頬を染めてぼーとしていた。
「いっ…………! い、いきなり何しやがる」
「ふんっ、何でもないわよ」
「何でもないなら足を踏むんじゃねぇ」
いきなり足を踏みつける暴挙に出て、二人に聞こえないように英梨々に抗議する。
「澤村さん?」
「な、何でもないわよー石巻さん。ほら直宏いくわよ。石巻さん、里見さんも、また教室でね?」
「うん……」
「また……」
会話を断ち切るように二人に言って、その場を離れる。
後ろからは「やっぱり、違くない?」「うん、友達にしては、ねぇ?」とかそんな会話が聞こえたがよく分からなかったのでスルーした。
「おい、直宏これはどう言うことだよー!」
「どう言う事って何のことだよ石上」
一時間目の休み時間、クラスメイトの石上剛がそんな事を言ってきた。
「何って澤村の事に決まってるだろ〜! 一体どう言う経緯で彼女をゲットできたんだよ〜、や、やっぱり顔か? 顔なのか!?」
「彼女じゃない、友達だ」
「そんな事信じられるか! お前はケータイにずらーっと流れてる女の名前に対して友達〜とか言ってる奴くらい信じられない!」
「すげぇ言い草だな」
そんなクラスメイト面倒くさい追求を交わしつつ、放課後になった。
月初めのサークル活動開始だ。
「何やってるのよ倫也! シナリオと絵はこんなにも順調なのにゲーム組み始めてもいないってどう言うことよ!」
「全くその通りでございます、すみません!」
「大体なんでキャラデザも原画も背景も塗りもやってるあたしの方が進んでるのよ? おかしいでしょこんなの!」
「ゲーム作りの事何も知らない役立たずですまん英梨々」
「そんな、直宏はいいのよ! あんたはあたしに絵を教えてくれて、ちゃんとサークルの役に立ってくれてるし! 問題はみんなを引き込んだ元凶の癖に与えられた餌を待ってただブヒブヒ言ってるコイツにあるってだけで!」
「ブヒィィィ!!? ほん、とうに、申し訳ございませんんんんッッッッ!!!」
もう随分板についた土下座をするのはサークルの代表にしてディレクターの安芸倫也。
「倫理君がサークル代表として不甲斐ないのはいつものことだけど、本当におかしいのよね澤村さん。今の草薙君とのやりとりにしても、モチベーションの上がりようにしてもね」
「……何が言いたいのよ霞ヶ丘詩羽。締め切りを早めに終わらせた上に、クオリティもこれまでにないくらいのものをあげてるあたしに向かって文句でもあるわけ?」
「今までとは比べ物にならないくらい速さもクオリティも上がってるし絵に対しては何も言うことはないわ」
「確かに今まではなんか綺麗に丁寧に描くことに固執しすぎてるように見えたのが、今は自然になってると言うか、ただ描いているものにキレイさや丁寧さがついてきてるみたいな、そんな感じだもんなー」
「そ、そう………」
霞ヶ丘先輩と安芸に褒められ、素直に照れる英梨々。
これなら安芸の一番になる日は、近いかも知れないな。
「だからそこについて思うことはない。ただ澤村さんのモチベーションが異様に高すぎるのよ。特に夏コミが終わってからと言うもの、一体どんな嬉しい事が起こったのか気になるわ。後いつの間にか名前で呼び合ってることも含めて。ねぇ草薙君?」
「後者は兎も角前者はあんたの策略でしょうが……」
「あら何のことかしら? 全く身に覚えがないわね」
あくまで自分が関与したことを英梨々の前で認める気はないらしい。
「そんなの霞ヶ丘詩羽には関係ないでしょ! 逆にあんたの方こそ夏休み前から超速でシナリオ書き上げてる癖に!」
「あら、私は商業作家、プロですもの。受けた依頼に対して全力なのは当然………」
「そう言う割には次回作の小説、遅れに遅れてるそうじゃない?」
「誰が言ったのかしらそれ。場合によっては密告者そのものの人生を消し去る必要がありそうね………!」
「と、兎も角スクリプトの件はちゃんと何とかするから、各自作業開始!」
その密告者であろう安芸は誤魔化すようにパンパンと手を叩き、解散させようとする。
「まさかあなたじゃないわよね倫理君?」
「その話はもう終わったから、俺たちは前だけ見てるから……!」
話は終わっていなかった。
オレは問い詰められている安芸を尻目にさっき気になった単語を調べる。
スプリクトというのはスタッフロールが流れる時に度々目にしたことはあるが一体どういうものなのだろうか。
ーーーーーー
軽く調べたところによるとスクリプトとはプログラムに指示を出す命令文のようなものらしい。
プログラムとはそんな簡単に作れるのか疑問に思って調べてみると出来合いのゲームを動かす為のプログラムはフリーであるらしく、スクリプトと絵とシナリオさえあればゲームを作ることは可能みたいだ。
ずっとオレがこのサークルにある意味を探していた。ただ英梨々に技術を教える事だけでは申し訳ないと思っていた。英梨々はそれでも役に立ってると言ってくれたが、オレはそう思えなかった。
だからとりあえずスクリプトで役に立とうと、帰りに寄った本屋で、スクリプトの本に手を出すとーーー
「あ、すみません」
「いえ、こちらこそ………って加藤?」
「え? 草薙くん? 草薙くんもスクリプトの本買いにきたの?」
「加藤もか。もしかしてオレみたいにサークルの役に立ってない自分に罪悪感があったからか?」
「ううん。ただ何となくやってみようかなって寄ってみただけ」
「そ、そうか……」
き、気まずい……そう感じているのはオレだけだろうか。加藤のフラットな表情は感情が掴みにくく判断できなかった。
「スクリプトの本ってどれが良いか分からんから迷うな」
「取り敢えず違うの二つ買ってさ、分かりやすそうな方をシェアしたらいいんじゃないかな?」
「じゃあファミレスでも寄って行くか? 加藤が良いならだけど」
「うん、全然良いよ。親には夕食要らないって連絡しておくね」
「いいのか……じゃあオレも蘭に適当に食ってきてくれってメールするか」
いきなり誘うオレもどうだが二つ返事の加藤もどうなんだ。やはり加藤の考えている事は分からない。
「……………」
「……………」
近くのファミレスで、ご飯を食べながら本を睨むこと一時間が経った。
その間終始無言でいるオレたちの異様な雰囲気を感じて周りの客は食べ終わるとすぐに立ち上がって会計を済まして居なくなる。
「草薙くん……読んでみてどんな感じ?」
「一言で言うなら英語の構文を覚えてる感じだ。一つ一つは覚えるのが簡単だがいかんせん数が多い。加藤は?」
「うん、私も大体そんな感じかな。これなら単語とか覚えるだけだからどの本にもそんな違いがないかも。ただ営業時間内までに全部目に通すのは無理そうだね」
「だな、じゃあ解散するか?」
「あ、草薙くんは先に帰って良いよ? 私はもうちょっとここで読んでから帰るし。勿論食べた分のお金は置いていってもらうけど」
いや、そこで置いて帰ったらそれこそオレの印象が悪くなるだろ。それに付き合わせたのはオレだ。家の近くまではちゃんと送らないとな。
オレは帰り支度をやめ、座り直す。
「あれ、帰らなくて良いの?」
「家に帰ったら読む気失せるかもしれないしな。せめてここでキリのいいところまで進める事にした」
「そうなんだ」
帰るのをやめた建前にそれ以上何も言うことはなかった。
オレは加藤が帰ると言い出すまで読み続けた。
「あ、草薙くん。もう私の家近いから。送ってもらっちゃって悪いね」
「ああ、この近くなのかお前の家。だから気軽に安芸の家に泊まりに行けるのか」
「何駅も離れてるのに泊まりに来る先輩もいるけどね」
別れを切り出した場所は坂の上に興信所がある事から地元の人に名付けられている探偵坂だった。
「じゃあ、また明日ね」
「あ、加藤」
「何……?」
オレに背を向けて去ろうとする加藤を呼び止める。
「サークル頑張ろうな」
「え、どうしたの急に」
「兎に角頑張るぞ」
「………草薙くんってそんな熱い人みたいな感じだっけ? 最初会った時は私よりの、やる気のない感じだった気がしたんだけど」
「そりゃお互い様だ。お前だってスクリプト覚えて頑張ろうとしてるし、意外と熱い奴じゃないか」
「だからそれはなんとなく気になっただけで………」
「何となく気になっただけでそんな分厚い本を何時間もファミレスで入り浸って黙々と読んだりしないだろ」
「………………草薙くんは意地悪だね」
今の言葉の意味は分かるぞ。オレに内心を言い当てられて、ただ認めるのは癪だからささやかな抵抗をした、そんなところか。
オレは加藤を同志と思っていた。いや、すでにサークル参加者同士なのだから同志には違いないのだが今はよりそう感じる。
オレと同じ理由かは分からないがサークルの役に立ちたいと思ったのは同じなはずだ。
「…………帰る」
「おう、また明日な同志。安芸たちをアッと言わせてやろうなー」
「うるさいよー同志!!」
早足で去って行く加藤に声を上げ、それに対する悪態に苦笑つつ見送るのだった。
ーーーーーー
「ふああああ〜」
「随分眠そうだな加藤……ふぁぁ」
「そっちこそ眠そうだね安芸くん」
「寝る前に首筋寝違えて眠れなかった。そっちは?」
「………器用だね。私は同志に負けたくないから勉強してた」
「同志なのに負けたくない? ………それと加藤、中間テストはまだまだ先だぞ?」
「テスト前以外にも勉強はしたほうがいいと思うけど。中間テスト、赤点取っても知らないよ?」
「お、俺は今ゲーム作りで一生懸命だからいいんだよ……!」
「その一生懸命作ってるって言うゲームのシステム部分一切手に付けずにサボってた安芸くんがなんか言ってる」
「か、加藤……なんか毒味出してきてない? いつものフラットな加藤は一体どこに行っちゃったの?」
「一体誰がそうさせたんだろうねー」
「お、俺のせいなの……? 俺なんかやっちゃいましたかー!?」
『いらっ』そんな声が顔から発したような(気がした)倫也はそれから必死に恵を宥めた。
ーーーーーこれが後の黒加藤誕生のキッカケを作ることになるとはこの時の倫也はまだ知らなかった。