素直になれない彼女《ヒロイン》の育てかた 作:アメリカンショコラ
「と言うわけで右が原画担当の澤村英梨々。左がシナリオ担当の霞ヶ丘詩羽先輩」
オレは何も見ていない、何も見ていない………
「で、こっちが音楽担当の氷堂美知留」
残暑もだいぶ落ち着いて、外にも出やすくなった頃の土曜日の昼下がり。
ようやく決まったらしい音楽担当との初顔合わせ兼打ち合わせと称してサークルメンバーを自分の家に呼んだ安芸は3人に交わる敵意に似た視線を感じていないのか呑気に他己紹介をしていた。
オレはと言うと英梨々と先輩の後ろに立って、目の前の氷堂のヘソだしタンクトップと半ケツショートパンツ姿から微妙に視線を外し、ただの背景の一部だと自分に言い聞かせて平常心を保つ。
「おい、安芸どうにかならなかったのかよ氷堂の格好」
「し、仕方ないだろ……折角買ってやった服を皆んなが来る前に窮屈だって脱ぎ捨てちゃったんだから」
「ねえ〜トモ、そっちのイケメンもサークルの人なの?」
「ああ、紹介がまだ続いてたんだった。この男は草薙直宏、世界的芸術家の息子にして原画担当の英梨々のアドバイザーだ」
ベットの上で胡座になって座る氷堂はオレを指刺してそう言う。
安芸がオレの紹介をすると氷堂はどこかで聞いたことあるようなと唸り、ぽんと思い出したように自分の手のひらを叩いた。
「くさなぎなおひろって聞いたことあると思ったらランコが言ってた人か〜! 何か凄い絵を描くんでしょ? よく知らないけどさー」
「ランコ……って誰?」
「多分、美智留のバンド仲間」
バンドやってるのか氷堂は。だから安芸が目につけたということか。
そこで英梨々が後ろを振り返って睨んでいた。
「何だよ」
「別にー。直宏、校外の子にまで人気あるんだと思っただけよ」
「オレはミーハー女子に興味はない」
「……どうだか。いざ迫られたらデレデレするんでしょ? 旭川さなの時もそうだったし」
「うーん、
おい、いらんことを言うな。睨みつける目が更に酷くなったじゃねぇか。
「お待たせー。飲み物とお菓子用意してきたよ」
この空気の読めないと言うか読んでるとも言えるタイミングで部屋に入ってくる加藤。
安芸の家を自分の家のように歩き回り、台所でお菓子の用意する。それなんて夫婦? と言ってしまうくらいに加藤は慣れ親しんでいる。安芸の両親にも何か気軽に名前呼ばれてたし。
ーーーーーー
氷堂との邂逅から帰ってきたオレはパソコンを開いて現在作成中のゲーム画面を確認しつつ、ソースコードに文字を書く。これを何度か繰り返して、オレに与えられた作業分を進めていく。
そしてある程度進めると保存して、ちゃんとシナリオ通りに進んでいるかゲーム画面をクリックし、問題が無ければサークルに共有する。
「直宏、何をしているの?」
「ああ音願か。前何回か話したことあるだろ? ゲーム制作サークルに入ったって、それの作業だよ」
「………ちょっと触ってもいい?」
「え、あ、ちょっと待ってろ。ほれ、オレが止めるまでだぞ」
部外者に開発途中のゲームをやらせるのはいいものかと思ったが、ネタバレにならない日常会話のちょっとしたシーンくらいならいいかと、そこの場面を読み出す。席を譲る。
譲られた音願はカチカチとマウスをクリックし始めた。
「そこまでだ」
「ん」
「どうだった?」
「面白かった」
ゲームを進めていても全くの無表情なので、どうだったか不安だったが面白かったらしい。
「シナリオ作ってる人ってプロ?」
「分かるのか?」
「立てに台本読んでないから。ちょっと台本みたいに説明つけすぎだとは思うけど、声が付いてないからそれでもいいかも」
「声か……今のギャルゲーは主人公以外フルボイスが当たり前だもんな……その辺りどう考えてるのか安芸に聞いてみるか」
オレは安芸にLEINを送り返事を待つ。
その間も作業も再開する。しかしそれはすぐ止まってしまう。
オレは思わず振り返っていたーーーーーー
ーーーーーー目の前には抑揚のない、しかし感情が無いわけではないクラスメイトがいた。
ーーーーーー目の前には主人公を余裕の表情で揶揄い、けれどその奥には見栄と主人公への純な想いを持つ先輩がいた。
ーーーーーー目の前にはいつも主人公に素直になれず強く当たってしまう、だが根は誰よりも臆病で主人公の事が大好きな幼馴染がいた。
目の前にいるのはたった一人のはずなのに、様々な人物が幾重にも重なっているように思えた。
登場人物が切り替わる度に声色も、仕草も、その人が纏う雰囲気さえも変貌する。
オレは安芸からの返信が届いたことも忘れ、放心していた。
これが夏樹音願のーーーーーー変幻自在の音姫と呼ばれている『葛乃紀こころ』の実力だった。
ーーーーーー
「という事でこの作品の主人公以外の声優をして頂くことになった『葛乃紀こころ』改め、『月宮しずく』さんです」
「どうもみなさんこんにちわ。月宮しずくです」
「…………立て続けに一体どういうつもりなのこの男は……」
翌日の日曜日、急遽呼び出された霞ヶ丘先輩はご立腹のようだった。
昨日暫くしてから我にかえり、安芸からの返信は『本当は声優雇いたいけどそんな金がない』との事だった。
オレはダメ元で音願にこのゲームの声優をしてくれないかと言ってみたのだがまさかのOK。女優業で忙しくないのかとか金はあんまり出さないかもしれないぞと言ったのだが収録を宅録ですれば時間も使わないし、声優をやった事がなかったからやってみたいとの事だった。
音願はフリー、誰の許可も取る必要がない。一応音願からの提案で声優としての名義を新たに考え、安芸にサンプル音声を送り、ディレクターの許可も取って今に至る。
「これはオレから安芸に提案したことだ。音願はこのギャルゲーの登場人物の声を当てるに相応しい」
「どやぁ」
音願は全く表情を変えないまま、口でドヤ顔を披露した。
そしてそれに黙ってないのがもちろんこの女である。
「何を考えてるのよ!? 主人公以外の登場人物の全てを担当? そんな無茶通るわけがないッ!」
「それに彼女は女優業で忙しい身の筈よ、事務所だって認めるわけがない」
「そこのところは大丈夫。月宮さんはフリーで、宅録の予定だから。彼女の演技を見たら英梨々の言った無茶もまかり通る筈だよ」
音願はオレが昨日徹夜で書き起こした台本を手に取って声を当てる。
数秒後息を呑む音が聞こえた。まず二人は男性の声を発する音願に驚き、登場人物が本当にしてまうような仕草や声色を自然に行う音願に釘付けになる。葛乃紀こころワールドに飲み込まれていく。
もはや誰も月宮しずくの声優参戦に異を唱える事はなかった。ただ実力で叩き潰した。
「まだ怒ってるのか。いい加減に機嫌直せよ。音願の事はお前も認めたじゃねえか」
「怒ってない」
音願はあの後すぐ仕事でいなくなり、加藤は最初から用事でおらず、先輩はいつの間にか消えた。安芸は集合したのが自分の家だったので外に出る訳がない。だから今歩いているのはオレは澤村の二人しかいない。
「サークルだってあいつ忙しいから顔に出すことなんて滅多にないだろうし、そんなめくじら立てるなって」
「だから怒ってないって言ってるでしょ!」
「怒ってない奴がする態度じゃないって言ってんだ!」
「怒ってるわよ! あの子を参加させることをあたしに何の相談も無く勝手に決めたことにねッ!」
「それは………ディレクターの安芸に話を通すのが先だろ? それにあいつが即決したから………」
涙目で顔を赤くして叫ぶ英梨々に気圧される。
「それでも……ッ! その気になれば倫也に言ってからすぐに連絡出来たはずでしょ!?」
「それはすまん………メールくらいするべきだったな」
「ふんっ………」
オレの謝罪に許した様子は無く、聞く耳持たないと鼻を鳴らして早歩きをしだす。オレは追いかけた。
「すまん」
「…………….」
「今度からはいち早くお前に相談するから許してくれ」
「ついてこないで……!」
「どうしたら機嫌直してくれるんだよ。オレ英梨々が機嫌直してくれるなら何でもやるから」
英梨々はピタリと足を止める。そして小さく呟いた。
「………待ってたのに」
「え?」
「新学期始まってから一週間、誘ってくれるの」
「一体何の話しーーーーーー」
そう言いかけて思い出す。
「もしかして昼休みの飯の誘いの事か?」
「……………知らない」
そして再び英梨々は前に出て歩き出す。オレはそれを追いかけて横に着く。折角英梨々の機嫌を直す為の光明を本人から出してくれたんだ。見逃すわけにはいかない。
「そうだな、明日は一緒に食べるか!」
「当日教室に来て誘ってくれなきゃいや」
「分かった明日G組まで行ってそこで食べるか。あ、そうだ折角だから英梨々の分の弁当作ってこようか?」
「……どうせそのお弁当もあの子に作るついででしょ? そんな惨めなおこぼれ貰いたくない」
「あの子って音願のことか? あいついっつも昼は外食だから弁当は作らないぞ?」
「そ、そうなんだ………」
英梨々はプライドが高いからそう思ってるなら拒否するのも頷けた。
オレは音願の弁当は作ってない。蘭の弁当はオレ作なのだがそれを言うと話が拗れると思ったオレは言わなかった。