素直になれない彼女《ヒロイン》の育てかた 作:アメリカンショコラ
「あ、あああああのッッッ!? は、ははははははじめまして! も、もも森丘、ららら藍子でしゅッ!?」
目の前のどう見ても緊張しているオリーブグリーンの髪を肩のところで両脇に結んだ女子を目の前にして、ああ確かにこれは
「ああ初めまして草薙直宏だ。森丘の事は氷堂から少し話は聞いている。オレの事知ってくれてるんだよな?」
「は、はい!! それはもうッ!!」
「好きな作品とかあったりするのか?」
「草薙さんが発表されてる作品は全部好きですけど、特に『印象・今宵』とか『雪芽』が好きですッ!」
今森丘ぎ上げた作品は草薙直宏の作品でもマイナーな部類、にわかなら日展金賞の『緋翠』やル・サロン展入賞『
『印象・今宵』はクロード・モネの作品『印象・日の出』にインスパイアされた作品で太陽が完全に沈み、窓の外から見える月を描いた作品。
『雪芽』はその名の通り降りしきる大雪から出てくる若葉を描いた作品。
そのどちらも美術界で有名になる前に描いた作品なので知る人は少ない。
「あ、あんな緊張してるランコ初めて見るよ……」
「いつもはダウナーか、時に草薙君の話になると興奮するくらいだもんねー」
出演者控え室中での俺たちのやり取りを扉の近くで見守っているのは氷堂達バンドメンバー四人と俺たちサークルを裏切ってバンドのマネージャーとなった安芸。
加藤から来たLEINによればそれが氷堂をサークルに参加させる為の布石らしいが………
「そうか……緊張してるだろうが初デビューライブ頑張れよ」
「ひゃい! ライブよりもこっちの方が緊張してますから大丈夫です! それではこれからリハーサルなので!」
「ああ……」
そう言った後、森丘はライブメンバーの方に駆け寄っていった。部屋から出る際の『もうちょっと気の利いた事言えなかったのかな』とか『自分のファンなんだからもっと嬉しそうな顔をしたらいいのに』とか女子達のオレに対する不平不満を聞かなかった事にして、誰もいなくなった控え室で他に呼び出されたサークルメンバーを待つのだった。
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other side
「あ、澤村さんいた!」
恵をライブハウス前で待っている間に詩羽が英梨々の事を散々いじめて、恵がきた時に彼女はメイドカフェに逃げ込んでいた。その逃げ込んだメイドカフェにやって来た恵と詩羽はコラボドリンクを飲んでいた彼女を見つけて店の外に強引に連れ出す。勿論会計は済ませて。
「あたしここからてこでも動かないわよ……!」
「だから誤解なんだって〜! 安芸くんの事ちょっとは信じてあげてよー」
電柱に捕まり最大限の抵抗を見せる英梨々に恵は必死に彼女を引き剥がそうとする。安芸はサークルを裏切り、いとこの女に走ったのではないのだと、他に意図があって美智留のバンドのマネージャーになったのだと、聞く耳を持ってもらうために倫也との信頼関係を出して恵は説得にかかる。
「今までの彼の言動から見てどこに信用する要素があるのかしら」
「それは霞ヶ丘詩羽に同意しすぎて草生えるわね」
「………普段は水と油なのに、こういう時だけ一致団結するのやめてよ」
一向にライブハウスに来てくれない英梨々に恵は最終手段を取ることにした。
「確か氷堂さんのバンドメンバーには草薙くんのファンがいたよね。今頃草薙くんはファンとの交流ーーー」
「何してるの加藤さん、早くライブハウスに向かうわよ」
「流石にその切り替えの速さは呆れてしまうわね……いくらなんでも効果覿面すぎるでしょう」
さっきと言ってる事が真逆の行動へ刹那に切り替える英梨々に流石の詩羽も苦笑気味だった。
「トモぉぉぉ〜! あんたを殺してあたしも死んでやる〜!」
「うあああぁぁぁぁぁ〜! やめろぉぉぉ〜美智留〜!」
裏口から入って美智留のバンド『icy tail』の控え室の開いた先に広がる倫也の上に美智留が跨り、涙目で顔を赤くして怒鳴っている光景にさしもの三人もついていけていなかった。
ーーーーーー
氷堂が猫耳メイド服姿で安芸に殴り込む少し前ーーー、一足先に戻ってきた安芸に色々事情を聞かされた。
加藤が氷堂の奏でる音楽がアニソンぽい曲調だと気付き、これは使えると安芸は思った。オタクでない氷堂がそんな曲調の音楽を弾いている事からバンドメンバーがオタクなのではと他三人を訪ね、案の定そうだったので三人に氷堂のサークル参加をマネージャーになる事で許可をもらう。そして当の本人を説得する為にアニソン・ゲーソンを専門に演奏するライブハウス『CLUB G-MINE』で演奏し、オタク達の熱量を浴びることで参加をさせたいと思わせる……らしい。
オレがそれで本当に説得できるのかと疑問に思ったが、安芸の迷いのない『出来る!』の一言は全く根拠の無い自信の筈なのにいけると思ってしまうのはどうしてだろうか。
安芸の告白まがいの後押しやバンドメンバーの説得もあり、舞台に上がることを決意した氷堂は緊張した面持ちで客を目の前にしている。
オレたちは後ろの方の壁際に陣取って歌い出すのを待っていた。
五人以外の観客は他の出演バンドが目当てで来た……だからスマホをいじったり、雑談をしていて誰もicy tailを真剣に見る者はいなかった。しかし演奏が始まると観客全てがステージ上の四人に歓声が上げ、ペンライトを降り始める。掴みの一曲目はicy tailの存在を叩きつけるには十分だった。オタクでも……いやオタクじゃなくとも知っている作品の曲は会場全体を一体化させる。
安芸の尽力によりボーカル&ギター氷堂美智留の可愛さを発揮するMCを挟み二曲目へ。
そのタイトルはーーーーーー
「ーーーーーー『冬に咲く華』」
そこから先のことはよく覚えていない。
ただ分かることは涙の跡があったことだけ。
ーーーーーー
英梨々side
あたしの隣で涙を流す直宏をーーーああ、今色んなことが脳裏を駆け巡っているのだろうなと見ていた。
この曲は長い間疎遠になっていた少女が抱くもどかしい恋を歌った曲。彼は疎遠になってしまった何処かの誰かを今でも想い続けているのだろうか。そう思うと胸が苦しくなった。
共感出来てしまうから辛いのだ。それが彼なのか相手の方なのかは分からないけれど、それがもし両方ならーーーーーー
痛い。同じ気持ちになれるからこそ特に。
ステージ上では氷堂美智留達『icy tail』が三曲目、自身達のオリジナル曲を披露している。
彼女たちの歌は先と比べると直球的であたしもこんなふうに伝えられればこんな痛みを感じずに済むのかなと、今は少しばかり羨ましかった。
「澤村さん………?」
「…………え、あ、なに? 加藤さん」
隣の加藤さんに肩を叩かれる。気がつけば加藤さん以外もういなかった。
「氷堂さん達の出番終わったよ? 私たちは一旦控え室に戻るけど澤村さんはこのまま見ていくの?」
「ああ、そうだったの…….あたしも戻るわ」
「そう、じゃあ戻ろっか」
あたしは加藤さんの後をついていき、ライブハウスの外を出る。
その間の事は良く覚えておらず、気がついたらあたし一人だけだった。スマホの携帯は19時45分、氷堂美智留のバンド演奏は三曲だから控え室に帰って30分弱ぼうっとここで立ち尽くしてたんだ……みんなも声をかけてくれたらいいのに。
「あ、澤村さんやっと来た」
「加藤さん?」
外に出ると加藤さんが待っていた。冬入りはまだとは言え九月中旬の夜は随分と冷え込む。どうしてそんな寒さの中、外であたしを待っていたのだろう?
「なんであたしを……というか寒い中、外で待ってるくらいなら声をかけてくれたらよかったのに」
「あーなんていうか澤村さん、氷堂さん達の出番終わってから心ここにあらずって感じだったから声かけるの悪いなーと思って。他のみんなにもあたしから放っておいてあげてって頼んだの。私が責任持ってちゃんと送り届けるからって」
「だからって外で待つ必要ないじゃない……」
「確かにそうだね。あーでも他の出演者の通行の邪魔になっちゃうし」
「それなら尚更通行に邪魔なあたしに声をかけた方がいいでしょうに……」
あたしは近くの自販機のホットレモンを買う。
「はい、加藤さん」
「うんありがとう」
あたしは迷惑料と労いの意味を込めてホットレモンを加藤さんに手渡した。それを素直に受け取った加藤さんと夜の秋葉原を歩く。
「良かったよねー氷堂さんのライブ」
「そうね」
「……素直に認めるんだ意外。いつもの澤村さんなら『ふんっ、あんな奴の演奏なんか別に大したことないわよ』ってそっぽ向きながら言いそうなのに」
「あたしの事なんだと思ってるのよ……加藤さん。あたしだって良いものは良いって素直に認める感性くらい持ち合わせてるからね?」
「それはほら霞ヶ丘先輩とのやり取り見てる身からすればそう思ってしまうのも無理ないというか」
「あれはあの根暗女がいつも上から目線で喧嘩売ってくるからよ」
「どっちもどっちだと思うけどなぁ……」
それに今はその元気がないからと言える。
「でも良かった」
「何が?」
「澤村さんが霞ヶ丘の事認めてるって分かったこと」
「何をどう解釈すれば今のあたしの言葉で霞ヶ丘詩羽を認めてるってことになるのよ?」
「だって上から目線で喧嘩売ってくるからってことはそうじゃなかったら認めてるって事になるでしょ?」
「……そうかもね」
確かに逆説的に言えばそうとも取れるか。だからといって才能は認めても性格は最悪で人として認めることは一生ないけど。
「あのさ
「何? 加藤さん。さっきからあなたらしくないというか、随分とおしゃべり………へ?」
加藤さんがあまりにも何でもないふうに名前で呼んだものだから気付くのが数巡遅れて立ち止まる。
「私、英梨々のこと友達と思ってる。英梨々はどう? 私のこと友達だと思ってる?」
「何その面倒くさい彼女のムーブみたいな…………ま、まあ一緒に徹夜してゲーム作るくらいだしと、友達……と言って良いのかも?」
彼氏に彼女が自分の事好きって何度も聞くようなことを言い出した加藤さんに前半の言葉を言うと死んだ魚の目をしたのですぐに問いに答える。途中どもってしまったのは真の意味で女友達がいなかったから。だから最後は確証が持てずに疑問系で終わらせている。加藤さんがあたしの事を友達と思ってくれているというのに自分が情けなくてしかたない。
「私は英梨々を友達だと思ってる。英梨々も私のことを友達と思って……多分思ってくれてる」
…………ごめんなさい。あそこで友達だって言い切れなくて。それで多分あなたが言おうとしてることの締まりが悪くなるかもしれない。
「両方が友達と思ってるならさ、教え合おうよ互いのこと。無礼講にさ」
加藤さん………
「親しき中にも礼儀ありとも言うわよ?」
「『昨日の友は今日の友、親しき中にも礼儀なし』」
「……何よそれ」
「安芸くんにサークルへ引き摺り込まれてから初めて自分で買ってプレイしたギャルゲーの作中に出てきて、私の好きなフレーズ」
「ーーーぶふっ! あははははははははは!!!!」
加藤さんから出てきたとは思えない台詞に思わず吹く。
「な、なにがそんなに可笑しいのかなぁ……」
「だ、だだだって、あなたの口からあり得ない台詞がで、出てきたからッおかしくって!」
だってあの加藤恵が自分でギャルゲーを買ってプレイしたのよ? 倫也のゴリ押しでもなく、自分の意思で。
「別に可笑しな言葉なんて何一つないと思うんだけど?」
「そりゃ単語一つ一つは何もおかしくないわよ? け、けど、く、組み合わせが、だ、だめでしょ……! ぷふっ!」
「………やっぱり私澤村さんの友達やめる」
あー、お腹痛いッ! 加藤さんはそんな馬鹿にしたあたしの態度に不貞腐れ、駅の改札を抜けて構内を早歩きで進みあたしを置いて行く。
「ちょっと待ってよー! 恵ー!!!!」
あたしは慌てて後を追いかけ、恵が許してくれるまで謝り続けた。
ちなみに後日恵の家でプレイすることになったギャルゲーが重たくてあたしが鬱になりかけたのはまた別の話。
サクラノ刻延期悲しみ