素直になれない彼女《ヒロイン》の育てかた   作:アメリカンショコラ

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第十九話

 

 

 

「おはよー直宏!」

 

「ああおはよう英梨々」

 

 

 11月上旬、冬入りも間近に迫る肌寒い朝の中一緒に登校する。相変わらず注目を集めているが、それは段々少なくなっていた。何度も朝登校したり、昼飯を一緒に食べることが多くなったことですっかりオレと英梨々は恋人だと勘違いされている。オレはそれを当初否定していたが途中から英梨々に勘違いされたままの方が告白されずに済んで何かと都合がいいと言われ、それ以来は否定せず放っておくことにしていた。

 

 

「直宏ー! 一緒にご飯行こ?」

 

「ちょっと先に行っててくれ。飲み物買ってくるから」

 

「うん! じゃあいつものところで待ってるね?」

 

 

 英梨々自らオレの教室までやって来て昼を誘ってくる。これは合宿が終わるまでにはなかったこと。

 仮面を被っていた時の儚げで物腰柔らかい笑みとは違い、桜が咲いたような満開の笑顔は向けられた者が勘違いしてしまう程の破壊力があった。初めて教室にやってきた時は信じられない目で見られたもんだ。

 

 

 オレは途中中庭の自販機でお茶を買い、美術室の奥、第二美術準備室の中に入る。ここは美術部のエースの英梨々が個人のアトリエとして使っている場所で今は昼食をとる時にも使っている。それが許されるほど英梨々は期待されているということだろう。

 

 

「どうかな? 言われたところ直してみたんだけど」

 

「…………」

 

「直宏?」

 

 

 オレは一枚のキャンバスを見つめる。

……なんだこの違和感は。この絵のタッチ……似ている。

 

 

「直宏ってば!」

 

「え、ああ、なんだ?」

 

「感想聞かせてよ。何か悪いところでもあった?」

 

「いや悪いところなんかない。この短期間で驚異的に成長してる」

 

「直宏もそう思う? なんていうかなんでも思う通りに描けるというかすごく調子がいいのよ。これも色んなことを教えてくれる直宏のおかげかな」

 

「何言ってんだお前の素養あってこそだ」

 

「そ、そうかな? そう褒められると照れちゃうわね」

 

 

 本当に怖い。良い意味でも悪い意味でも。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「さってっと、それじゃあシナリオ担当さんはおつかれさまでしたー!」

 

 

 

 視聴覚室に上機嫌な明るい声が響く。

 それは聞くだけで周りが明るくなるような天真爛漫な声色ではなく、邪魔者が居なくなって清々しい気持ちがありありと伝わってくる。さっきとの寒暖差で風邪を引きそうだ。

 

 

「というわけで、後はあたし達に任せてラノベ新作の方に全力投球してくださいな♪ さよなら霞ヶ丘詩羽……永遠にね」

 

「それがサブルートを散々ダメ出しされた上に要望を叶えてあげた優しい先輩にいうことかしら? 澤村さん」

 

 

 お陰で他のサブルートも増量する事になったわとため息を吐く先輩。

 

 

「だから最大限労いの言葉をかけてあげたじゃない!」

 

「さっきの言葉を額面通りに受け取れる程おめでたい頭はしていないの私は」

 

「あらやだ、せっかく人が親切にあなたの仕事や体調を気づかっているというのに、そういう思いやりさえ素直に受け止められないなんて、小説家って偏屈で狭量で性格破綻者ばっかりってのは噂だけじゃないみたいね〜」

 

「あら芸術家程偏屈で狭量で人格破綻者はいないというのに。澤村さんはどうやら、これまで一度も鏡を見たことがないようね」

 

「あんたらせっかくめでたい日まで平常運転(ケンカ)やめてよ!?」

 

 

 

 いつも通り窓側と廊下側に立ち、対角線上でやり合う美少女二人はさておいてだ。シナリオも完全にアップされて原画の方も遅れが無い程『blessing software』は順調であった。問題がなさ過ぎて逆にとんでもないことが起きるんじゃないかと不安になるくらいには何もない。

 

 

「そんな風に挑発したって何も出ないわよ? シナリオが完パケした以上、もうこのサークルにあんたの居場所がないというのは厳然たる事実なんだから、さっさとお帰りあそばせ霞ヶ丘詩羽……いえ、霞ヶ丘セ・ン・パ・イ?」

 

「本当にそれでいいのかしら澤村さん? ここで私を追い払ったせいで、今以上にボコボコに叩き潰されて、結局後で泣きながら助けを求めて来ても知らないわよ?」

 

「はあ? 何言ってんのあんた? それってどういう状況……」

 

 

 

 毎度毎度言い争って良く会話の内容が切れないものだと思いながら、もうすぐ発表する体験版に向けてデバッグ作業をしていたのだが……

 

 

「っはよ〜! トモ! 新曲作ってきたよー!」

 

「おはようございます」

 

「なっ!?」

 

 

 サークルの音楽担当と声優が何故か二人揃ってやってきた。

 

 

「み、美智留!?」

 

「なんであんたらがここにいるのよ!」

 

「いや〜曲が出来たから聞いて欲しくていてもたってもいられなくてさー! 夏樹ちゃんとは校門前で偶然バッタリあったんだよ!」

 

「今日の撮影がこの辺りだったので寄ってみました」

 

 

 突然現れた二人に安芸は驚き、英梨々は突っかかる。

 

 

「よく入れたな二人とも」

 

「それがさー聞いてよ草薙ちゃん。凄いんだよこの子! 先生とちょっとお話ししただけで通してくれたんだよー!」

 

「校長先生のお孫さんがどうやらわたしのファンだったようで、色紙にサインをしてプレゼントしたらこれからはいつでも好きに見学していいと言ってくれました」

 

「校長の一意で入れるなんてセキュリティガバガバじゃないのよこの学校!」

 

 

 校長の私欲により部外者を招き入れる学校とは一体……

 

 

「詩羽、体験版以降の台本は出来上がりましたか?」

 

「ええ、後で草薙君を通して渡そうと思っていたからちょうど良かったわ。後音願さんには今後の事で話したいことがあるのだけどいいかしら?」

 

「はいなんでしょう」

 

 

 

 先輩は音願を放送ブースへと連れて行った。

 

 

「ごめんなさいね途中で止まることになるかもれなくて」

 

「それが詩羽の選択なら。応援しています」

 

「ええありがとう」

 

 

 数分後、二人がそんな意味のわからないことを話しながらブースから出てくる。

 

 

「二人とも何を話してたの?」

 

「………倫理君には関係あるけど関係ない話よ。ライターと演者だけ伝わる話」

 

「?」

 

 

 ーーーーーー

 

 

 

「あれー? いないのかな安芸くん」

 

 

 

 2日後朝10時。安芸の家に集合を掛けられた俺たち三人はインターホンを鳴らしたが安芸が出てくる事はなかった。

 

 

「まさか昨日の夜から帰ってないとか? 今頃ホテルで夜明けのコーヒー飲んでたりとか? いやなんだかんだヘタレな霞ヶ丘詩羽に限ってそんなことあるわけないか」

 

「しっかし困ったな。安芸の部屋の窓に石でも投げるか」

 

 

 英梨々は鍵を隠してありそうなところを隈なく探すが見つからない。

 

 

「流石にそれはもし割れちゃった時のことを考えるとしない方がいいと思うよ?」

 

「ならどうするんだよ? 安芸からのLEINじゃサークルに関わる大事なことらしいじゃねぇか。呼び出し無視して帰るわけにはいかないだろ」

 

「あーそれもそうだね」

 

 

 加藤はそういうと鞄から何かを取り出し、鍵穴に差し込んで捻り、取っ手を引いた。

 

 

「め、恵……? あ、あんた……」

 

 

 英梨々は加藤のとった行動に茫然としていた。オレも同じ気持ちだった。

 加藤からしてみれば同棲のしているカップルのように自然な行動だったのかも知れないがオレ達にとっては異様な光景だったのだ。

 安芸もその家族も加藤に気を許しすぎだろ………

 

 

 

 

「ぐすっ、すすっ! よ、ようおばえらきべたのか……!」

 

「泣くか挨拶するかどっちかにしなさいよ!」

 

 

 部屋の中でパソコンに向き合いながら安芸は号泣していた。こっちはこっちで、なんだかなあ……

 

 

 

『巡璃(瑠璃)ルート第二稿』

 

 

 

 安芸が呼び出した理由はこれが原因だった。完パケしたシナリオとは途中から展開も結末も全く違うもう一つのメインルートとも呼ぶべきシナリオが先輩から上がったらしい。

 このシナリオも流石は霞詩子。安芸のわざとらしいモノローグや泣き声に邪魔されても感動する物語が出来上がっていた。

 

 

「どうするの倫也? こっちに変えるの? 原画家のあたしとしては前の方が楽できていいんだけど」

 

「え? その言い方、こっちにしてもいいって取れるぞ? そうしたら立ち絵の表情から作り直さないとダメかも知れないのに」

 

「まあ普通の原画家ならそれをされたら絶対に失踪するわね。だけど今の柏木えりの作画ペースなら大丈夫よ」

 

「英梨々……」

 

 

 英梨々の自信を持った一言に安芸は感動し、それと同時に遠いものを見るような目になっていた。

 オレは逆にその自信が怖かった。

 

 

「で、問題はそこじゃない。こっちを選ぶとこれまでに作ってきた作品の解釈が変わる。メインヒロインが巡璃から瑠璃になった」

 

「分かってる」

 

 

 ………さっきからちらちら見えていたんだが加藤は作品の方向性を決める大事なイベントだと言うのにパソコン開いて何してるんだ。

 オレはそれが気になってパソコンの画面を覗き込む。そこにはちょうど何かのゲームのイベント絵が表示されていた。

 

 

 …………ッ!? こ、これはーーーーーー

 

 

「おい英梨々、ちょっと来い」

 

「何よ直宏? 今大事な話を…………ッ!? こ、これって!?」

 

 

 英梨々はすぐ気づいたようで驚愕する。

 線は違うようだがこの絵の塗りは完全に………旭川さなそのものだった。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 その後、旭川もそうだが原画の方も度々名前が出てきていた人物が波島出海だと分かり、安芸はその人物を呼び出した。

 待つこと30分、オレ達が外に出て待ち構えていたのはその人物でもなく、勿論旭川でもなくひとりの男だった。

 

 

 

「伊織……」

 

「波島……」

 

 

 苗字から察するに波島出海の兄のようだ。波島いおりは緊迫感した雰囲気をそよ風のようにいなしてオレの前に立つ。

 

 

「初めまして、だね、草薙直宏先生。僕は『rouge en rouge』代表の波島伊織だ。君の妹さんには随分とお世話になっているよ」

 

「………ッ。お前まさか………」

 

「フッ……」

 

 

 オレは差し出された名刺を受け取ることなくある考えに至り、それが正解と言わんばかりに波島は笑みを浮かべる。

 

 

 

「旭川のことくっーーーーーー」

 

 

 

 

「ーーーちょっと、ちょっと、ちょっとおぉぉぉ〜! 直宏先輩変な勘違いしないで下さいぃぃぃッッッ!!」

 

「ちょっと先に出るのやめてよぉぉぉさなちゃん!! やっと素直になれない彼女の育て方の読者(ここの人達)にわたしの存在を印象付けるチャンスなのにこれじゃさなちゃんのバーターとしか思われなくなっちゃうよおおおぉぉぉ〜!」

 

 

 

 

 オレの言葉が続く前に飛び出して来た旭川と、切実な大声でそれに続いてきた波島出海によって、完全にシリアスな雰囲気がぶっ壊れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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