素直になれない彼女《ヒロイン》の育てかた 作:アメリカンショコラ
昔、あたしが最も荒れていた時期……と言ってもそれを表面化させた事はなく内面だけが嵐のように荒れ狂っていた時の事だ。
小学生の絵のコンクールで入賞を果たした。それで一時入賞を果たした作品が飾られる展示会にパパと一緒に来た。
小学生のコンクールだ。数字による明確な順位づけはされておらず、頑張ったで賞とか可愛らしい賞とか曖昧な賞で書かれたものの下に並べられた作品をぼーと流して見ていると……
「荒々しいなぁ。何かしらの憎悪をキャンパスに描き殴ってるのかこれ」
パパが知り合いの人達と話しているのをよそに、いつの間にか同い年くらいの男の子があたしの隣に立っていた。
視線の先にはあたしが描いた作品があった。
「え?」
「ん?」
あたしの作品は人物画で女の子が笑顔で微笑んでいる作品だ。それなのに彼の作品評は全くの逆だった。作品自体ではなくその奥にある作者の内面をズバリ当てていた。
それに驚いて隣を見たあたしに気付いてこっちを見る。
「ねぇなんであた……あの作品が荒々しいの?」
気になる。何でそう思い至ったのか。あたしは自分の作品を指差して尋ねていた。
「んー、理屈で説明するのは難しいな。ただそう感じただけだし」
「……あなたはただ、絵の雰囲気からあたしの内面を感じ取ったって事?」
「そうだなー。後付けの理屈を述べるならこの張り付いたような笑顔が内面の暗さを暗喩しているとでも言えばいいのか? だが最初は直感……ってこれお前が描いたのか」
そんな漫画とかアニメみたいに感じられる人現実にいるんだなぁ。そこであたしは男の子の顔をはっきり見た。
自信に満ち溢れた、それが内面から滲み出る、言うなら生意気な表情を見せる男の子の事は今でもよく覚えている。
ーーーーーー
「と言うわけでこいつこのサークルに参加することになったから」
「草薙直宏です。絵は描かないけどそれ以外なら色々手伝えるから言ってくれ」
「そうなんだーよろしくね草薙くん」
澤村との対話を終え、何だかんだで入る事になってしまったサークルの奴らに挨拶をした。
加藤は何故そうなったのか気にもせずにフラットに歓迎した。
「ちょっと待てッ!? 何があってそうなった!?」
「何よ? 元々倫也が草薙を誘ったんだからその通りになっても問題ないでしょ」
「問題大有りよ澤村さん。絵描きとしてサークルに協力させるなら兎も角、才能を活かさずにただの手伝いとしてだなんて。
彼が烏滸がましいのかそれとも澤村さんがよっぽど彼にイラストレーターとしての立場を奪われるのが怖いと言うことかしら?」
「ち、違ッ! そうじゃなくて草薙はッ〜〜〜」
オレは澤村の前を腕で塞いで制止する。絵は描かないけどサークルに参加はすると言うのは烏滸がましいという霞ヶ丘先輩の気持ちは分かる。けど後者は否定しなければならない。これでも芸術家の端くれだったからな。
「澤村が描かないなら参加を認めると言ったわけではありません。利き腕が使い物にならないからオレは描けないんです」
オレは学ランの袖を捲って利き腕の状況を見せた。その悲惨な状態の腕を見た三人はあの加藤でさえ息を飲み、バツが悪そうにした。
「よくも知らない人間が憶測で物を言ってしまってごめんなさい………腕の痛みとかは大丈夫なの?」
「ええ、殆ど感覚が無いだけで痛みは無いです。それとオレに謝るんじゃなくて澤村に謝ってください。その手の侮辱は芸術家の端くれだった身としては早々許容できる物では無いと思いますから」
「そうよね……澤村さんもごめんなさい言いすぎたわ」
「あんたにそう素直に謝られるとこっちの気が狂うわね……まあ受け取ってはあげるけど」
澤村と先輩は一体どう言う関係なんだろうな。今のやりとり的に仲良くは無さそうだけど。
「霞ヶ丘先輩がただの手伝いだけじゃ満足しないって言うなら、オレが澤村の絵のダメ出しもするって言うのはどうですか?」
オレの提案に先輩は目を丸くした。それに黙っていないのは澤村だ。
「ちょ、いきなり何を言い出すのよ草薙ッ!」
「アニメ系のイラストは正直畑違いかも知れないですけど大きな括りは美術ですから教えられる事もあると思います。それに澤村にはちょっとしたお返しをしたいと思っていましたし」
「それって絶対本来の意味じゃ無いでしょ! 問い詰められたこと根に持ってて仕返ししたいだけなんでしょ!? そうなんでしょ!?」
当たり前だ。これくらいさせて貰わないとな。
「ふふっ。それは良いアイディアね。そう言う事なら彼のサークル参加に私は納得したわ。それであなたはどうなの倫理君」
「ぐぬぬ……うーん」
さっきからずっと唸って考え込んでいた安芸に先輩は問いかける。
「このサークル全員ゲーム制作の素人なんだから人数はいた方がいいんだし、何を悩む必要があるのよ」
「それはあれよ本当は拒否する必要がないのに主人公一人のハーレム物だったのがイケメンで全てが主人公より優ってるライバルが加入した途端、男への劣等感とヒロイン達に対する独占欲を発揮して揺れ動いているのよ……何よそれ自分は散々他の女とイチャイチャしてヤキモキさせる癖にいざ他の男と仲良くなるのは許せないとか! そんなヒロインが他の男と話しただけでビッチだの阿婆擦れだの悪態つくようなオタクなんか死んでしまえばいいのに〜〜〜!」
「やめてやめて! 俺の襟に掴みかかってブンブン揺らすのはやめて!!」
霞ヶ丘先輩は何でスイッチが入ったか知らないが錯乱したかのように安芸の身体を揺らす。
「急にどうしたんだ先輩は……?」
「クリエイターという人種はね内に秘めた闇が表面化することがあるのよ。あんな風にね」
クリエイター全般で括っていいもんなのかあれ……どう見ても霞ヶ丘先輩特有の奴なんじゃないか?
「あのどうでもいいんだけどさ。そろそろ話を戻した方がいいんじゃない?」
「い、いたのね加藤さん」
「いたんだ加藤さん」
「止めるならもうちょっと前からにして欲しかったな加藤……」
いたのか加藤。いやいるのは分かってたが、いたのか加藤。
ーーーーーー
「改めて今日からサークル参加する事になった草薙だ」
「ゲーム作りは右も左も分からないがどうぞよろしく頼む」
サークル代表の安芸の紹介を受け、まばらな拍手が起こる。
あの後安芸が加藤にオレのサークル参加についてどう思うと尋ねた時に『いいんじゃないかな〜本人が参加するって言ってるんだし』と抑揚のない声で返答し、3人が賛成した事で安芸も渋々受け入れたようだ。元はと言えばお前の勘違いのせいだしなこうなったのは。
「で、改めてどう言う集まりなんだこれは?」
「よくぞ聞いてくれた! このサークルは誰もが胸をキュンキュンさせるような最強のギャルゲーを作る為に集まったメンバーだ!」
「いつ聞いても頭沸いてるとしか思えないふざけた目標よね」
「ゴホンッ! まずはシナリオ担当の霞ヶ丘詩羽先輩……ペンネーム『霞詩子』で活動する処女作はシリーズ累計五十万部以上売り上げた超売れっ子の女子高生ラノベ作家だ」
澤村の水を差す一言にもめげずに咳払いをした後、安芸は霞ヶ丘先輩がどういった存在か説明する。
シナリオ担当……という事は……
「次は隣の原画担当、澤村・スペンサー・英梨々……ペンネーム『柏木えり』は人気サークル『egoistic lily』のイラストレーターだ」
やはりというか澤村は絵担当という事だった。それなら加藤は?
「そして最後にこの加藤恵は俺たちの作るゲームのメインヒロイン」
「………………は?」
言ってる意味が分からない。ゲーム作りに現実の加藤がどう結びつくと言うんだ。オタク文化に疎いオレでもおかしい事は分かる。
「やっぱりそういう反応になるわよね」
「ちゃんと経緯を説明しなさい倫理君。聞いても理解出来ないかもしれないけれどね」
安芸から誰もがキュンキュンするような最強のギャルゲーを作ろうと思った経緯の説明を受ける。
どうやら簡潔に言えばこの加藤恵と桜舞い散る坂の上でギャルゲーの様な運命的出逢いをした。それでインスピレーションを受けた安芸はその時加藤とは知らなかったヒロイン何某をメインとしたゲームを作ることを決意した。
そうだと言うならメインヒロイン=加藤恵という図式は成り立つだろう。
「ギャルゲー……って恋愛するゲームの事だよな? 加藤恵をモデルにしたそんなゲームを作りたいと……加藤正気か?」
「うん草薙くんの言いたい事は分かるよ。正気じゃないよね私。でも入るって言っちゃったし、しょうがないかなって」
オレはそんな思いつきを実行した安芸ではなくそれを受け入れた加藤に問いかける。
相変わらずフラットで表情からは感情が読み取れないが少なくとも流されて入ったと言うわけでは無さそうだ。
「そんな訳で原画の英梨々とアシスタントの草薙が入り、ついに本格始動となった我がサークルですがまず手始めにーーーーー」
サークルのメンバー紹介も終わり、冬コミと言われるイベントに向けたミーティングが始まった。
途中ゲームの開発スケジュールを巡り、シナリオと原画が喧嘩を始まるといったアクシンデントに見舞われたものの間に入った安芸の仲裁もあって何とかその場は収まった。
霞ヶ丘先輩はプロットを、澤村はキャラクターデザインを手掛けている中オレはというとーーーーーー
「なあ安芸。このシーンの天之川って奴の足おかしくないか? これじゃあえびぞりどころか背中から生えて見えるんだが」
「なあこの主人公優柔不断過ぎないか? くっつくまでならまだ許せるとしても兎も角付き合ってるのに他の奴に絆さるとかこれじゃ嫌われるぞ」
「なあ思ったんだがさっきからこの絵師、絵の可愛さ綺麗さで誤魔化してるけどもしかしてへーーー」
「言わせねぇよ!?」
ギャルゲーの事を全く知らないオレに安芸は用意したノーパソにインストールされたギャルゲーをプレイさせる事になった。実際手で触れてみる事でギャルゲーのことが分かるはずだかららしい。
基本的な操作や各種用語について手解きを受けながらプレイし始める事1時間半、気になる箇所……特にイラストの事について事細かく安芸に聞いていた。
プレイしていく中でオレが出した結論は最後まで続かず安芸に阻まれる。
「確かに俺でも違和感覚えたシーンはいくつかあるけどそこはどうでもいいんだよ! いやよくはないかもしれないけど今はヒロインの可愛さやヒロインの魅力を引き立てるシナリオで女の子を攻略する楽しみを知ってほしいんだ!」
「気になるもんは気になるから仕方ないだろ。例えばほらちょうどヒロインのかなでが主人公に卵焼きを食べさすシーン。この箸の持ち方でどうやって掴んでんだよ。中途半端なピースみたいな箸の持ち方しやがって。描けないなら実際に箸を持ってあーんしてる構図を撮るか撮ってもらって描け、雰囲気で誤魔化そうとするな」
例え手抜きだとしても手の抜き方ってもんがある。せめて中指を箸の間に挟め。
写実なんてデッサンの基本中の基本だぞ、今まで雰囲気で描いてきた事が分かる一枚である。
厳しく見過ぎだと思うかもしれないが職業柄どうしても目に入ってしまうのだから仕方ない。一応フォローするなら衣装のデザインは凝っていて書き込みが凄いとは思う。
「そうだ倫理君一つ貴方に重要なミッションを伝え忘れていたわ」
「なになに?」
「ゲーム制作において最も大事なこと………お金集めよプロデューサー」
「はい?」
「DVDのプレス代、パッケージやマニュアルの作成、印刷代……数十万から百万の単位でお金が飛んでいくわよ」
「ひゃ、100万!? そんなお金高校生には無理だよ〜!?」
制作費用を聞いた安芸がムンクの叫びで青褪める。同じゲームを何個も売る(安芸が言うには頒布する)訳だし当然といえば当然か。
膝を抱えてうずくまった安芸に先輩は近づいていく。クリックしていた指を止めてその行く末を見守る事にした。
「大丈夫よ倫理君、私のささやかなお願いを聞いてくれたら融通してあげるから」
「詩羽先輩………」
「倫理君………」
それが例え悪魔の囁きだとしても安芸にとって一本の蜘蛛の糸に見えただろう、安芸のあだ名を呼びながら近づいていく先輩。
「いい加減にしなさいよ霞ヶ丘詩羽ッ〜〜!!」
あわば数センチで顔がくっつく距離まで近づいていた二人の間に入り押し退けた澤村が元凶の先輩ではなく何故か安芸に怒りのツインテールビンタをかますのだった。
「この女のいう事なんて聞いたらろくでもない事になるの分かりきってるんだからすぐ拒否りなさいよ倫也!」
「でも澤村さんお金の事は解決しなければならない問題よ。それともあなたが肩代わりしてくれるのかしら澤村さん」
「ツッコミどころはそこじゃないこと分かって言ってるわよね!?」
「だからやめて!? その崩壊するサークルみたいな内輪揉めはやめて!」
体を突き合わせて喧嘩を始める二人を安芸は懸命に止めていた。その際オレにも目をくれたので………
「オレは出さないぞ。通帳には学費と最低限の生活していける程度しか残ってないし」
「そうじゃないだろ!? そういう事じゃなくてこの二人の喧嘩を止めてくれ!」
結局安芸がバイトを頑張って金を貯めるという結論で何とかその場は収まるのだった。