素直になれない彼女《ヒロイン》の育てかた   作:アメリカンショコラ

22 / 31
第二十二話

 

 

 

 

「なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな」

 

 

 大海原をゆっくりと、確実に、進む船が海を蹴立てていく波の音は、まるでこの夜が永遠に続いてしまうのではと思うほど心地よいので、思わず眠りも覚めてしまう。

 それがこの和歌の意味。あまりに心地よいが故に冷めてしまう夢。そういうものだってあるだろう……。

 

 

 祓い浄められた空気の中、私のそばで横たわる彼……名を中村時綱が眠りに付き、夢に達した時に詠唱は始まる。

 

 

「今宵、夢惹の巫女・伯奇が時綱様の狂夢(きょうえ)を取り入れます」

 

 

 方相は鈴を打ち鳴らす。

 その鈴の名を『伯奇神楽鈴』。灘の儀に方相が伯奇の力をより引き出す時に使う。さらにそれは私と方相氏を結びつける神具でもあった。

 つまり方相は私が何処にいても場所が分かる。

 

 

「なかきよの……」

 

 

 それは長い夜。時綱が見る長き夢を見続ける。朝の夜明けを待つほどに。

 それはいつしか淡く光り、私の元へ。まるで植物が光を吸収するが如く私に溶け込んでゆく。

 さらに時は進む。すると今度は黒いものが浮かび上がる。夢は心の奥底をも浮かび上がらせる。深層心理……そこに潜む『憎しみ』

 

 

『戦場では父を立てたが為に、己が武功は立てられず』

 

『政では気性の荒さから部下に疎まれ、我が子時貞さえも弟の氏綱になつく始末』

 

 

 声が聞こえる。時綱の嘆き、妬み、辛みがつらつらと私の中に流れていった。

 そうした呪いと呼ぶべきものが解け、儀式は終了した。

 

 

 場面が変わる。

 

 

「来ていただけましたか」

 

 

 少女がやってきたのは枯れ木の丘。その頂上にて時貞は彼女を待っていた。

 

 

「今宵、枯れた桜の丘で会いたいと文に書かれておりました故、言われた通りに参上いたしました」

 

「ははは、言われた通りか、貴方らしい」

 

「貴方らしい?」

 

 

 少年は何がおかしいのか笑う。私はその笑顔を見て心がない筈なのに何故か不服に思った。

 

 

「いや、こちらの話です。それにしてもここの桜は何処も老木だから、もう花を咲かせない。

 皆気味悪がって、夜にはこの丘に訪れない」

 

「この丘の名前はなんと?」

 

「名は無い。ただの枯れ木の丘。人目を偲んで会うには絶好の場所であります」

 

 

 彼はそれでここを選んだと言う。

 

 

「いやそんなことより、先に礼を申し上げるべきでしたな」

 

「礼?」

 

 

 彼はそんなことの為に態々ここに呼び出したのだろうか。

 

 

「はい。父の凶夢を取り除いていただき、まことにかたじけのうございます」

 

「それは伯奇の役目」

 

「そう言わずに礼くらい言わせてください」

 

「……」

 

「それにしても、貴方が来てくれるとは思いませんでした」

 

「何故でしょうか?」

 

「初めて逢ったあの時、私にあまり良い印象を持たれているとは思わなかったので」

 

 

 貴方の事を化け物扱いしてしまいましたしと過去を恥じるように彼は頭を掻いていた。

 それは見当違い。何故なら良い感情も悪い感情も私には生まれる筈もないのだから。それを彼に伝えると……

 

 

「私には信じられない。貴方に全くの感情が欠落しているなど……そういえば夢惹の巫女は喋ること、見る事、聞く事を禁じられていると聞く。

 しかし貴方は喋ったし、見たし、声も聞いた」

 

 

 正確には方相氏以外の言葉だ。

 

 

「それなら伯奇殿は全ての禁を破ってしまったことになる。何故、心を持たぬ貴方がそのような事をした」

 

「わかりませぬ……」

 

 

 私はそう答えると何故か時貞殿が笑う。どうしてそんなに嬉しそうに笑うのか私には分からない。

 

 

 何故、私はあの時に、目を開けたのか?

 何故、私はあの時に、彼の声に耳を傾けたのだろうか?

 何故、言葉を交わしたのだろうか?

 

 

 感情を持たない私には分からなかった。本当は分かっていたのかもしれないがそれが感情と呼ばれるものだと気付いたのは彼の死を目の当たりにした時ーーーもう遅すぎる霜月、赤口(癸丑)の日の頃だった。

 

 

ーーーーーー

 

 

 文化祭二日目。ついにこの日が来てしまった。

 午前中はその事を考えないように色んな出し物を観に行った。

 今頃安芸たちは頑張っているだろうか。シナリオ修正を先輩と二人で寝る間も無く。

 

 

「あの、注文いいですか?」

 

「…………はい。いかが致しましょうお嬢様」

 

「えーと、アップルティーと、この日々頑張るお嬢様へ自己肯定ボイスをお願いします」

 

「………かしこまりました。アップルティーを届け次第お嬢様に癒しをお届けいたします」

 

「はい………」

 

 

 指定されたマニュアル通りにやるだけ……やるだけ………今からやるのはオレじゃ無い。別の誰か。

 オレは注文されたアップルティーを届けるまで、必死に自分に言い聞かせる。

 

 

 

「お待たせしました、アップルティーでございます。そしてお嬢様お耳を拝借」

 

「はいー……!」

 

 

 

 直宏はお嬢様の耳に近づいて囁いた。

 囁かれた彼女は頬を赤く染め、顔を綻ばせる。

 その光景をすみで見た委員長は計画通りとほくそ笑む。

 

 

(昨日は平日で客足が少なかったから出来なかった。飲み物以外の品物が切れた時から始まる第二フェイズにして最終到達点……これはいける! 勝てるわGクラスに……いえ、全ての部やクラスの出し物に……! 我が二年Bクラスが勝つ)

 

 

 

 数日前の放課後。百合はクラスの男子六名を集めていた。

 

 

「あなたたちを呼び出したのには理由があるわ」

 

「そりゃあるだろ。理由なく呼んだら怖ぇよ……」

 

 

 一人の男子生徒が百合に突っ込むが、彼女はスルーして言う。

 

 

「あなたたちには食べ物が切れた時からお客様に癒しを届ける存在になってもらうわ」

 

「…………は?」

 

 

 百合の突然の意味不明な発言に6人の言葉がシンクロする。

 百合は彼らに説明をした。商品に使える予算に限りがある以上全部売り上げたとしても儲けに限度がある。ならば自分達がお金を使わずに稼ぐ方法……それがそれなりにイケメンである6人の精鋭による形に残らないイケメンボイスを商品にしてしまおうと百合は考えついた。

 

 

「それってホスーーー」

 

「お嬢様へお届けする癒しボイスよッ! ASMRよ!!」

 

 

 ホストみたいなものじゃと直宏が言う前に百合が強引に遮った。

 で、まあそんなこと急に言われてやる筈もなく……6人は渋い顔をする。

 

 

「受けてくれるなら文化祭の準備をサボる権利を与えるわ」

 

「ッ!?」

 

 

 全員の顔色が変わる。

 こういうイベントごと……特に事前準備がいるイベントが意欲的なのは大抵女子で、男子たちは面倒くさがる傾向にある。それはここに集められた6人も例外ではなかった。

 

 

「……でもなぁ」

 

「恥ずいもんなぁ。そんなことするなんて」

 

「彼女にバレたらヤバいしなぁ……」

 

 

 男子たちの天秤が揺れていた。サボりへの誘惑と恥ずかしさ、彼女バレの両天秤。

 それを傾けたのは一人の男だった。

 

 

「オレはやってもいい」

 

「草薙!?」

 

「正気かよお前!」

 

 

(もう冬コミまで一ヶ月程しかないんだ。少しでも時間を作りたい)

 

 

 その決断は数日後、急遽徹夜で二つのシナリオを組み込むことになったサークルにいいように作用することになる。

 

 

「委員長俺も名乗りを上げさせてもらうぜ」

 

「津野牧くんあなた……」

 

「俺もやるわ。草薙だけ恥ずい思いさせるのはなんか違うしな」

 

「お前ら……」

 

 

 迷っていた中一人が決めたことで、二人目三人目と参加する流れになる。

 直宏は友情を感じた。今まであんまり話してこなかったがここにいる奴らはいい奴らだとがらにもなく目頭が熱くなる。

 そして最後の6人目も………

 

 

「仕方ないな……彼女説得してくるか……でも失敗したらお前らも説得手伝ってくれよ? 委員長も」

 

 

 仕方ないなと言いつつもやる気になってくれていた。

 

 

「ええ、その時はクラスの女子全員で必ずやり遂げて見せるわ」

 

「いや、それは流石に彼女さんが可哀想だろ……」

 

 

 委員長のとんでも発言にみんな呆れつつも笑い合うのだった。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 英梨々side

 

 

 今日は直宏入ってるかな。

 昨日は時間帯が被ってる事もあって執事姿の直宏は拝めなかった。

 あたしは2ーBクラスの教室は向かう。

 そして辿り着くと昼過ぎにも関わらず行列が出来ていた。

 

 

 直宏たちのクラスの出し物が人気なのはクラスメイトから聞いてたけど……あたし達と同じ喫茶店よね? それにしては行列が進むのが早いというか、よくこの回転率を維持して商品が売り切れないわね。ウチのクラスだって途中から品切れを起こさず、待たさずで整理券を配って回転率を緩めるのに。

 

 

 あたしは行列に並んで待つ。これは偵察、この回転率の早さの正体を掴むために必要なことだ。決して直宏の執事姿を拝みたいわけじゃない。

 暫く待つと教室前まで進み案内人に中へ入ることを促される。

 

 

「お帰りなさいませお嬢様……げっ」

 

「それがお嬢様にする態度なの? 執事さん」

 

 

 中に入ると出迎えたのは偶然にも直宏だった。

 執事姿の直宏をカッコいいと思う前に失礼な対応を取られたのでムッとした態度が先に出る。

 

 

お前……オレの黒歴史を笑いにきたのか?

 

はぁ? たかが執事姿を見られて何が黒歴史……

 

「草薙くーんッ! ドア付近で何詰まらせてるの! 早く席に案内してあげて!」

 

「悪い委員長! では英梨々お嬢様こちらへ」

 

「うん……」

 

 

 あたしの指先が直宏の掌に添えられ、席までエスコートされる。

 悪くなかった……けどこれ他の女子にもやってるのよね。そう思うとムカムカしてきた。

 

 

「こちらメニュー表になります。注文がお決まりになりましたらお呼びください」

 

「ありがと」

 

 

 あたしは直宏から二つのメニュー表を受け取り、直宏は下がっていった。

 あたしはメニュー表を眺める。その殆どにバツがつけられており、飲み物以外売り切れているようだった。

 確かにこれなら回転率は早くなるだろう。なにしろ飲むだけだから。でも行列になるかと言われるとそうはならない。目の保養というだけではこの行列を説明するのは気持ちが悪い。あたしは二枚目のメニュー表に切り替えるとーーー

 

 

「ーーーな、何よこれはッ!?」

 

 

 あたしは思わずテーブルをばんっ、と両手で叩き席を立つ。大きな物音を立てた事でスタッフも他のお客の注目を浴びるがそんな事を気にしている余裕が無かった。

 

 

「直宏ッ! こっちにきなさいッ!!」

 

「どうしたんだよ? お前今までのイメージ総崩れになるぞ?」

 

 

 あたしは直宏を呼びつける。

 

 

「んな事、今はどうでもいいのよ! こ、このメニューは何!? 説明しなさい!!」

 

「………お前、知っててきたんじゃなかったのか」

 

「知ってたらくるわけないでしょ! こんなハレンチなお店ッ!」

 

 

 あたしが突き出したメニュー表にはこんな事が書かれていた。

 『日々頑張るお嬢様への自己肯定ボイス』、『自堕落なお嬢様のやる気を上げご褒美ボイス』『強気なお嬢様をただの少女に変える意地悪ボイス』他にも色々なお品書きが書かれてあった。

 

 

「まあまあ澤村さん落ち着いて」

 

「これが落ち着いてられる!? こんな内容学校に許可とってやってる訳が……てかあんた誰よ!」

 

「私? 私はこのクラスの委員長をしてる山岡百合。……澤村さん、これはあなたが思うようなものじゃないの。淑女たちへの純粋な応援の様なもの。チアと同じ理屈なの」

 

「一緒にすんな!」

 

  

 突然割って入ってきた山岡百合とやらに意味の分からない論理を展開されるが納得するわけがなかった。

 

 

澤村さん、草薙くんのことが好きなんでしょ?

 

は、はあ? い、いったい何を根拠に……

 

 

 あたしに近づいて耳打ちしてくる山岡百合。

 

 

そんなの草薙くんにエスコートされてる時の表情見たらすぐわかるって……ほら澤村さん想像してみて? 草薙くんがあなたに甘々な台詞を囁いてくれるところ

 

 

 な、直宏があたしにそんなことを……?

 

 

『英梨々……今日も頑張ったな。いつも一生懸命なお前が好きだよ……』

 

 

 いいかもと、一瞬でも思ってしまったのが運の尽き。山岡百合はあたしのそんな隙をつく様に畳み掛けてくる。

 

 

普段は決して言ってくれない事を言わせることができるの……例えばいつも嫉妬してばかりのあたしが男に言い寄られてるのを見て直宏に独占力発揮されちゃうシチュとかぁ……ただひたすらに好き好き甘えられたりとか……もしくは自分の奥底に眠る被虐心を擽ぐる意地悪をされちゃったりなんかしちゃって

 

 

「…………ごくっ」

 

 

 お腹の奥底がキュンと締め付けているような感覚になった。

 そんなことをされちゃったらあたし……

 

 

 

「はい、澤村さんメニュー返すね。あ、選べるのは一回並ぶ毎に一つだけだからよく吟味してね? じゃっ、私は下がるから草薙くん後はよろしく!」

 

「あ、ああ………」

 

 

 山岡百合はそういうとこの場を去っていった。

 

 

「で、どうする? 注文せずに帰るか? オレとしてはその方が余計な思いしなくて済むんだが」

 

 

 あたしは直宏の言葉に耳を傾けられないままメニュー表を見つめる。

 そして悩んだ末に選んだのはーーー

 

 

「日々頑張るお嬢様へ応援ボイスでお願いします……」

 

 

 数あるメニューの中でも一番と言っていいほどソフトなものを選んでしまうヘタレなあたしだった。

 ちなみにそれでもめちゃくちゃ恥ずかしく聞いたらすぐ逃げるようにレジへ向かった。エロ同人作家のくせにと存分に笑ってちょうだい。

 

 

「あ、澤村さん良かったね」

 

 

 あたしの伝票を受け取ったのは先程の山岡百合だった。

 

 

「全然よくないわよ!? めちゃくちゃ恥ずかしかったわ!」

 

「そう? アレンジも加わっててすごく良かったと思うけど」

 

「………アレンジ?」

 

 

 あたしはお金を置いてすぐ出て行こうとするが山岡百合の一言で足を止める。

 

 

「あのメニュー達全部台本があるの。お嬢様方の要望を一々聞いてアドリブさせるのは難しいから」

 

「つまり何が言いたいわけ?」

 

「所々アレンジが加わってて、アドリブもあった。つまり草薙くんが澤村さんに対して本当に思ってることを言ったということよ」

 

 

 山岡百合はこちらにウインクをして見せる。

 あたしはプシューと湯気が立ち、取り出した小銭を落とすが、ちょうどそこは受け皿の上。

 

 

 あたしは顔が暑すぎてこの場に居られず走り去る。その間際にーーー

 

 

「あ、並び直さないの〜!?」

 

「するかッ! バーカッ!!!!!」

 

 

 今度こそあたしは去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………かわいいなぁ。清楚な澤村さんもいいけどああ言う澤村さんも人気出るだろうなぁ。そう思わない草薙くん?」

 

 

 英梨々の叫び声が聞こえなくなった後百合は呟いた。

 

 

「………ノーコメントで。後この事は広めないでくれ」

 

「私一人口止めしたしたところでもう無理だと思うけどねぇ」

 

 

 実は強気で、けれど恥ずかしがりやな澤村さんだと学校中に広まるのは時間の問題だった。

 

 

 

 

 






  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。