素直になれない彼女《ヒロイン》の育てかた   作:アメリカンショコラ

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第二十四話

 

 

 

 初めは身近にいて直に感想を聞ける読者と言った感じだった。私は彼の感想にちょっとした勇気を貰い、創作のモチベーションを上げる糧にする。そんな作者と読者の関係として当たり前のものだった。

 しかしその勇気の比重がどんどんと重く傾いていく。あまりにも熱心に語るものだから。(沙由佳)のことを好きだと言うものだから。いつしか私は作者と読者という垣根を超えて彼を好きになっていった。

 感想を聞く口実に彼の望むものを一部取り入れたり、もう完成稿は上がったと偽っていち早く読んでもらい感想を聞いて後でこっそり物語を書き換えたりしたこともある。

 それを私の作品を楽しみにしているファンから裏切りだと謗られても言い訳できない。けれど私はそれを度外視してしまうほど彼に傾倒してしまう弱い女だった。

 根暗で人付き合いの苦手な少女が、唯一身近にいた倫也(男の子)に恋をする。それは至極当たり前、絶対のルール。

 根暗だから素直に好意を示せないーーーだから物語を通して伝えようとする。

 恋などしたことなかったからどうしたら私を好きになってもらえるか分からないーーーだから彼の為、彼が望む物語にしたし、なっているか確かめようとした。

 けれど彼は最後までただの読者《ファン》だった。彼にとって私は作者でしかなく、彼はそれを盾に、恋するメトロノームの沙由佳と結ばれる初稿を読む事はことはなかった。だから私はそれをボツにして、恋するメトロノームは第二稿(真唯)と結ばれる結末にした。何はともあれ選ばれなかったのだ。沙由佳エンドにするわけにはいかなかった。

 

 

 そしてあの雪の日から疎遠になって3ヶ月後に再び彼と接近する。

 ゲームを作る為、彼はディレクターになった。私はゲームのシナリオを書く過程であることに思い至る。今度こそ選んでもらうチャンスなのではと。

 沙由佳の時は彼は読者だったから読んでもらえなかった。けれど今度はディレクター、選ぶ立場にあると。そして私は二つのルートを書き上げた。今度こそ選んでもらう為に。

 

 

 けれど結果はご覧の通り彼はどちらかを選ぶことはなく、両方を取って、さらにハーレムルートなんか用意する始末。

 私に取って瑠璃()以外の選択は敗北だ。けれど第三のルートを読んで瑠璃(自分)が選ばれた時よりも瑠璃は輝いていた、楽しそうだった。それを私は心の底から祝福する。

 瑠璃は私の手から離れる事によってより魅力的なメインヒロインへと変貌したのだ。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「こんなところに連れてきてなんなのかしら?」

 

「そうですね……目的地に着くまでまだ時間がありますから、歩きながら話しましょうか」

 

 

 

 あれから電車に乗って数十分、弓引駅に降りた音願さんは改札口を抜けてあるきはじめる。私はそれの数歩後ろを歩いてついて行く。

 

 

「詩羽はこの弓引に伝わる伝承をご存知ですか?」

 

「いいえ、知らないわ」

 

「では話しましょう」

 

 

 彼女は話す。それは千年前に起きた夢を喰らう少女と武士の少年の悲恋物語。

 心が存在しない伯奇が少年との触れ合いでそれを得て、されどそれをよしとしない伯奇の父に時綱を殺されて発狂し、今まで溜め込んできた()がありもしない桜を咲かせ、彼女の憎しみに呼応するように彼を殺した父やその部下たちに襲い掛かり、その多くが殺される事態となった。

 それが収まり、後日伯奇の怨念を畏れた方相は彼女の死んだ場所に神社を建てる。それが今から向かう夢惹神社だと音願さんは言う。

 

 

「そしてここからはわたしの話です。伯奇と同じく心のない少女が救われるまでのお話」

 

 

 昔、世間に公表できないという意味で井伊直弼が少年時代を過ごした場所の名前を取って、埋木屋と中村家が呼ぶ屋敷があった。

 それは妾の子を更に妾にして子どもを産むという最悪が罷り通っていた場所で、今はヤクザの家系だった夏樹家にその家にいた子どもごと所有権を奪われて音願さんたちはそこに住んでいるという。

 

 

「誘奈さん……直宏の母親は私の腹違いの姉で、本当はイトコではなく直宏の叔母になります」

 

「そんな……どうして中村の人間はそんな酷いことを……!」

 

 

 私はそんな義憤に駆られるほど中村の所業はろくでもなかった。

 

 

「中村の血を薄れさせない為です。千年前は近親婚など当たり前でしたから伯奇も中村の人間でした。そして千年の間度々伯奇は生まれ、その度に中村の家は栄えてきました。

 けれどそれにも限界があります。幾ら血が近しい人物と契ったところで元から離れてしまうのは避けられないからです。そして伯奇が生まれる感覚は徐々に長くなり、中村家は没落し始めます」

 

 

 例えば大元とその兄が子どもを作るとしよう。子どもは大元と兄で半分ずつ血を分けるとする。その際大元が死んでしまった、ならばその子どもと子どもを作った場合、大元の血は4分の1になる。簡単に言えば大元が産んだ子どもが伯奇になる確率が2分の1ならその子どもが伯奇を産む確率がその半分になり、代を重ねるごとに伯奇を産む確率が低くなっていく。本当はそんな単純でもないのだが年数が後ろになればなるほど伯奇が生まれる間隔は長くなる。そして中村家は殆ど没落状態にあった。

 

 

「そんな中ある少女が伯奇として目覚めます。それがわたし夏樹音願。おそらく最後の伯奇となる存在です」

 

「……」

 

 

 私は目の前の少女が心のない存在には見えなかった。何故なら彼女には確かな感情があったから。

 

 

「おそらく最後っていうのは……」

 

「この伯奇神楽鈴と呼ばれる神具は伯奇の力を引き出すのもありますが伯奇の力の発動を知らせる側面があります。けれど今こうしてここにある以上中村の人間が伯奇を知ることはできない」

 

 

 こうして歩いているうちに丘の上の神社にたどり着く。真っ暗で辛うじて輪郭しか見えない神社は不気味で、されど神聖だった。

 

 

「六年前わたしが伯奇としての力を引き出した際、わたしと純一郎は中村家が手出しができないアメリカへ渡米しました。そして純一郎が病気で帰国した8ヶ月前に中村家とある契約をします」

 

「ある契約……?」

 

「15億中村に払うことで、中村の所有する伯奇神楽鈴を渡し、わたしを完全解放すること。神楽鈴と一緒なのはこれが中村にある限り伯奇は完全に解放されたと言えませんから」

 

「どうやって払ったの? そんな大金……」

 

「純一郎が今まで貯めてきた10億5000万円と直宏が純一郎作として出した春夏秋三部作が4億5000万の価値のある資産だと認められその契約は成されました」

 

「……!」 

 

「純一郎と直宏に救ってもらった返しきれないほどの恩があります。だからわたしはそのお金を返せるほどの金額を稼がなければなりません。

 直宏にはそんなの考える必要ない、これはオレたちが勝手にしたことだと言われてしまいましたが」

 

 

 

 そんなことされてしまったら草薙君に惚れてしまうのも無理はない。これが音願さんが役者として働く理由……

 

 

「なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな」

 

「……回文?」

 

「ええ、伯奇としての力を発揮させる呪文のようなものです。そしてこれがーーー」

 

 

 そこで私の目を覆うように一刃の風の風が吹く。思わず目を瞑り、手を翳して風をやり過ごして目を開けると私の手に桜の花びらが乗っていた。そして目の前の光景に目を見開く。

 

 

 神輿の奥、一際大きい枯れ木。この季節に花開くはずのない桜が咲いていた。

 

 

 物語でしかあり得ない光景。先ほど聞いた伝承はあくまで伝え聞かされていたもので尾鰭のついたものだろうと思っていたがそうではなかった。

 現実は時にして幻想より奇なりとはよく言ったもので、桜の花を通した月光は音願さんを幻想的な存在として確立していた。

 

 

「六年前の美桜の時とは逆。奪う方ではなくわたしの中に溜め込んだ想い()を伯奇の最後のように解放する」

 

「そ、そんなことをしたらあなたは!」

 

「大丈夫。わたしは死なない。その為に神楽鈴を直宏から貸してもらったのだから」

 

 

 音願さんの体から光のもやがどんどんと湧き出て、それを吸収して力をつけるように桜の輝きが増していきーーーついに満開になった。

 

 

 

「さあ詩羽ーーーあなたの願い、一度限りの奇跡に頼ってみませんか?」

 

「私はーーー」

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「あれは………」

 

 

 オレは駅から降りると遠くから桜色に光るものを見た。

 やっぱ音願の奴やるつもりなのか、美桜が六年前にやったように奇跡の力を。美桜と違って正規の方法で。

 オレは文化祭が始まる3日ほど前、音願と夢惹神社で話した。

 

 

「もしかしたらの話です。わたしは伯奇の力を使います。今度は美桜の想いで具現化した桜の力を奪った時とは逆に、わたしの中に眠る数多の想い()を解放して詩羽の願い、叶えようと思います」

 

「そんなこと出来るのか? 今のお前はーーー」

 

「ええ、わたしは感情を持っている。だから新たに夢を受け入れることは出来ません。ですが外に出すことはあなたが預かっている伯奇神楽鈴があれば可能でしょう。だから直宏、鈴を貸してください」

 

 

 中村家との契約を締結した時に引き渡された鈴は今もオレの部屋で眠っている。目の前の音願の表情はいつになく真剣だった。それほど霞ヶ丘先輩の力になりたいってのが伝わってくる。

 

 

「けどそんなことしたらどんな風に過程が歪められるか……」

 

「大丈夫ですよ直宏。わたしはただ詩羽にーーめて欲しくないだけですから」

 

「なるほど」

 

 

 

 音願の真意が分かった。ならば音願を信じよう、霞ヶ丘先輩は強い人だと音願信じているなら、音願の信じる先輩を信じよう。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 夢を見た。それは倫也君と私が付き合った(あったかもしれない)未来。倫也君が運命の出会い(加藤さんとの出会い)をせず、ゲームを作らない世界線。

 倫也君が私のバイト編集になって一緒に作品の為の取材したり、プロットについて議論して一緒に新作を作り上げる。その過程で喧嘩したり、拗ねたり、我儘言って困らせたり……いい雰囲気になって致す寸前まで行ったりなんかして、色々な事を経て結ばれる。

 

 

 

 ………それはなんて私にとって都合のいい物語。

 

 

「せっかくの誘いだけど私は断るわ」

 

「それは……何故?」

 

 

 桜の花びらが舞い散る中、私は彼女に伝える。

 

 

「それは今までの私を否定するものだから。私の、倫也君の、サークルみんなの努力を、苦悩を、喜びを全否定してしまう。そんな独りよがりを私は許せない」

 

「……」

 

 

 私は音願さんのいう想いを叶えるのに結果だけを持ってくるとは思えない。私の願いを叶える為に過程を捻じ曲げ、ゲーム作りを無かったことにされるだろう。原因と結果。因果は切っても切れない関係性がある。そして何より……

 

 

「私の想いは私の力で完遂するーーーだからあなたの力は使わない」

 

 

 私がそう宣言すると桜の木に宿った伯奇の力が霧散して、花びらが吹き荒れ、完全に散った。

 

 

「バカですね……詩羽は」

 

「そうかもね」

 

 

 そう言いながらも音願さんには呆れてはいなかった。それはまるで初めから私の答えが分かっていたかのようで……

 

 

「あなた最初から分かってて聞いたわね?」

 

「さて、どうでしょうか」

 

「……食えない子」

 

「ふふ、今日はウチに泊まっていってください。わたしだけ詩羽の事を知っているのは不公平ですから色々話しましょう」

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな直宏」

 

「………フリードマンか。もうこっちにくることはないんじゃなかったか?」

 

 

 謹慎5日目の夕方、蔵に入ってきた外国人の男が後ろから声をかけてきた。

 

 

「出来れば私も来たくはなかったが、仕事だ。直宏、お前にも関係のあることの、な」

 

「何?」

 

 

 オレはフリードマンが日本に現れた理由を聞かされる。

 

 

 

 後日、日本中が震撼したニュースが流れる。

 

 

『草薙純一郎氏の遺作『春夏秋冬夢道中』の春夏秋の三作は偽物だった。それを描いたのは彼の息子草薙直宏氏。これに対しムーア財団は遺作ではなく遺産だと証言しーーー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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