素直になれない彼女《ヒロイン》の育てかた   作:アメリカンショコラ

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第二十六話

 

 

 

 放課後視聴覚室で豊ヶ崎に在籍するサークルメンバーが久しぶりに全員揃っていた。オレを取り巻く騒ぎがだいぶ落ち着いてきたので今日から復帰することになった。それで今は英梨々が完成させたイラストを全員で見ていたのだが……

 

 

 

 

「どうだった? あたしの絵……今までにないくらい最高の出来だと思うんだけど」

 

「……ああ、すげえよ。特に最後の7枚! なんだよこれ……今まで見たどの神イラストレーターでもこんなに凄かなかったぞ! すげぇな英梨々!」

 

 

 床に並べられたイラストを見て安芸は興奮して英梨々を褒める。他のメンバーも英梨々を囲んですごいすごいと褒め称えていた。普段英梨々に素直じゃない霞ヶ丘先輩もなりを潜め、法悦とした表情でイラストを見ている。

 

 

「でしょ? 直宏はどう? 自分的には最高傑作と言っても過言じゃない出来なんだけど」

 

「………」

 

「………直宏? ちょっと直宏ってば! 話聞いてる!?」

 

 

 オレは真剣に英梨々のイラストを見る。安芸の言う7枚のイラストではなく、それ以前の方を細部まで読み込む。

 やっぱり……か。

 

 

「英梨々」

 

「あ、やっと気付いてくれた! 無視するなんて酷いじゃない、ちゃんと感想聞かせてよ、良かったでしょ?」

 

 

 英梨々はオレが今から言う言葉なんか想像もしていないように英梨々は笑顔だ。

 

 

「……………駄目だ」

 

「……え?」

 

 

 

 オレのまさかの否定意見にみんなの声が一致する。

 

 

「これを世に出すわけにはいかない」

 

「何を言って……」

 

 

 最初から危惧はしていた。こうなってしまうのではないかと予想はついていた。

 違和感は後に進むごとに増していき、決定的だったのは最後の7枚。

 

 

「最後の7枚は論外。その前の3枚……いや4枚、計11枚の描き直し、リテイクだ」

 

「何を言ってるのよ……あんたは凄いと思ってないの? 全然駄目なの? そんなに酷い出来?」

 

 

 英梨々は縋るような目で訴えかける。

 

 

「いいや、素晴らしい出来だ。今までの柏木えり最高傑作と言ってもいい」

 

「だったら………!」

 

「だが駄目だ。これが安芸倫也の一番になる為の作品ならそれで良い。このまま成長すればNo. 1イラストレーターにだってなれるだろう」

 

 

 本当にオレは酷いことを言っている。ちゃんと考えついていたことなのに放っておいてしまった。

 

 

「けどオレはお前を嫉妬出来ない。このまま先に進むと言うなら柏木えりを、澤村・スペンサー・英梨々を嫉妬する事は一生ない」

 

「………ッッッッッッ!!!!????」

 

「おいッ! 英梨々!」

 

 

 英梨々はオレの通告で弾けるように視聴覚室を去り、安芸はそれを追いかけに行った。

 オレはそれに続いて追いかけることはせず、倒れ込むように椅子に座る。

 

 

「それで、何がダメだったの彼女の絵」

 

「草薙くんに否定されたら英梨々がああなるって分かってたよね? 酷いことを言ったって自覚もしてるよね?」

 

「ああ……そうだなあんな事言ったら嫌われるな。本当に酷い事言ったよオレは。二人も最低なオレなんか放っておいて、罵詈雑言でも投げつけでもして英梨々を追いかけてあげてください」

 

「言われた本人より悲痛な顔をしているのに置いていける訳がないでしょうに……」

 

「それに英梨々の事は安芸くんに任せれば大丈夫だしね」

 

「………二人とも大変お人好しだな………」

 

 

 本当に酷いくらいお人好しだ。オレを一人にして楽をさせる気はないらしい。

 

 

 

 

「………本当はアレでも良かったんです」

 

「それは……どういう?」

 

「約束……したんです」

 

「何を……?」

 

「オレがあたしにすっごく嫉妬するような芸術家になるって……約束したんです」

 

 

 それが今のままじゃ決してたどり着けなくなる。

 

 

「けどあのままじゃ駄目だ………」

 

「………一体どうして?」

 

 

「それはこのまま進んだらーーー」

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「英梨々……」

 

「何しに来たのよ……今は放っておいて……」

 

 

 学校から帰ってきた英梨々は大きな部屋の隅で膝を抱えて座っていた。真っ暗闇な事もあってただでさえ大きな部屋がさらに広く見える。

 倫也が名前を呼んだ英梨々の背中は小刻みに震えていて涙が枯れるほど泣いていた跡のひくつきだと分かる。

 

 

「草薙は俺が説得するよ。もし駄目だって言われてもいざとなったら強行してでもあのスチルでゲームを出すし、だから元気出せよ。な?」

 

「それは………ダメよ………直宏が認める形じゃなきゃ意味ないもん」

 

 

 英梨々はその為に描いてきた。英梨々は直宏が嫉妬してしまう程のイラストレーターになるって約束を果たす為に、一度折れた心を再起させて今までやってきた。

 最初は自分が否定されたように感じて思わず流した涙だったが、今は意味を変えていた。

 それは悔しさ。それが今の英梨々を満たす感情だった。

 決して自暴自棄になって倫也を突き放した訳ではなかった。一人で考えていたかったのだ何故リテイクなのかを。

 

 

「……何が駄目なんだろうな? あんなにも凄いイラストで草薙も凄い絵だって認めたのに世に出せないなんて意味が分からない」

 

 

 それは直宏の言葉により生じる疑問点。何故凄いイラストだと認めているのにリテイクなのか? 英梨々の描きあげた14枚の内、最初に描いた3枚はOKというのもおかしい。

 

(……イラストの出来映えが問題じゃない。ちゃんと思い返せ、直宏の言った言葉を)

 

 

 英梨々は直宏の言葉を思い返す。

 

 

『いいや、素晴らしい出来だ。今までの柏木えり最高傑作と言ってもいい』

 

 

『けどオレはお前を嫉妬出来ない。このまま先に進むと言うなら柏木えりを、澤村・スペンサー・英梨々を嫉妬する事は一生ない』

 

 

(普通凄かったら嫉妬するわよね? けど直宏は嫉妬しないと言った。なら嫉妬する気も起きないほどの絵だったって事? ううん、そんなニュアンスじゃなかったし、もしそうだと言うならならそう伝えるはずだ。態々誤解を招く言い方をするはずがない。

 柏木えりを、澤村・スペンサー・英梨々を嫉妬しない。なら誰に嫉妬し………)

 

 

 英梨々はようやく直宏の真意が見えた。

 

 

「そういうことだったんだ……」

 

「英梨々……?」

 

 

 倫也は英梨々が落ち込んで塞ぎ込んでいたと思っている為、英梨々が突然勢いよく立ち上がったことを不思議に思っていた。

 英梨々は直宏の言っている言葉を理解して、行動を開始した。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

「このまま進んだら、草薙直宏(・・・・)になってしまうからです」

 

 

 残った二人にオレは語る。英 草薙直宏が培ってきた技術や論理を教えたことにより、英梨々はオレの作風に自然と近づいてしまっているのだ。

 勿論技術や論理を教えても同じ答えになる事はない。何故ならオレに絵の技術を叩き込んだ親父とオレの作風は別物だからだ。

 だが英梨々は無数にあるルートからオレと同じ道を選んでしまった。なまじ天才だったが故にオレの主観の入った論理を組み込んだ結果、オレと同じ答えを出してしまった。

 

 

「正確にはオレが事故に遭わずに描き続けていたらの草薙直宏です」

 

「ifなのにそんな事が分かるの?」

 

「分かる。今はまだ柏木えりの個性が残ってる。だからこのゲームは出せる」

 

 

 そうオレが英梨々に教えた期間はたったの半年。半年でオレの作風を完璧にマスター出来るほど自分を過小評価しているつもりは無かった。皆んながオレの絵と英梨々の描いた絵が似ていると分からなかったのは、今はまだ他人では気付けない程に柏木えりの個性が強いから。

 けどオレには分かる。自分の絵の事を誰よりも理解しているオレだからこそ断言できる。

 遠いか近いかは分からないが、将来、必ず柏木えりは草薙直宏になるだろうと。

 

 

「けどこれからは違う………つまり柏木えりが草薙直宏にならない為の最後の分岐点があの七枚と言う事?」

 

「それは分かりません。ですが修正するなら早い方がいい」

 

 

 取り返しが付かなくなるのがいつになるか分からない以上、まだ大丈夫なんて思えるわけがなかった。

 英梨々がオレの作品をよく集めるくらい知ってくれているようだったから途中で気付いてくれると思って放置した結果がこれだ。楽観視するのは危険すぎる。

 オレは草薙直宏じゃなくて柏木えりに、澤村・スペンサー・英梨々に嫉妬したいんだ。

 

 

「けど今から締め切り前に新しい描き方を身につけるなんて出来るのかな? それも締め切り前までになんて……」

 

「………」

 

 

 

 加藤の言うことはもっともだ。だからこそオレは英梨々に酷いことを言ったと思った。

 今から作風を変えて、尚且つ締め切りを守るなんて無茶、普通に考えたら無理だ。不可能だ。

 だからそんな誰しも無理だと匙を投げることを英梨々がもし達成したならオレも………覚悟を決めなければならないだろう。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 英梨々side

 

 

 

 

 原画の最終締め切り五日前の12月上旬。

 まずあたしが起こした行動は今まで集めてきた直宏の作品を引っ張り出すことだった。

 倫也にはあたしの描いた14枚のイラストを持ってきて貰って、直宏の作品と見比べる。

 ぱっと見全然違うように見える絵も、細部まで見るとそうじゃないと分かるものだ。色使いや線の強弱の付け方一つ一つに直宏の作風が組み込まれている事が分かる。

 けどそれが分かったところでどうしたらいいのか全く検討がつかなかった。

 一日目は結局一枚も描くことは無かった。柏木えりの個性を見つめ直す段階だ。直宏とは違う作風にする具体的な方法が確立していない状態で取り敢えず描き始めるのは思考の停止で危険な行為だからだ

 

 

 最終締め切りまで後四日。

 あたしはある事に気づいた。直宏の絵は抽象的な作品が多く、全体的に淡い色使い。色の強弱によるギャップではなく、同じ色でも僅かに変化させることで色彩の渦に飲み込まれて世界観に溺れてしまうような絵を描くのが草薙直宏。

 かえってあたしの昔の作品の絵は写実的で立体感が強い。ガツンとハッキリとした建物や人物と儚げな空気感とのギャップは観客に殴りかかるように世界観が飛び込んできたような作風だった。

 あたしは今の技術で昔のあたしと同じ絵を描いたらどうなるだろうと筆をとるのだった。

 

 

 最終締め切り三日前、あたしは不思議な感覚に苛まれていた。

 昔を意識して強弱のハッキリした絵を描いた筈なのに異物感が全くない。人為的に造られた建物が自然と溶け込み調和する様は互いを補い合い、高め合うかのようだった。

 直宏の作品が緻密なまでに計算しつくされた高級フレンチなら、あたしは醤油とプリンの組み合わせのように奇跡的相性(マリアージュ)を起こした作品だと言えるのではないだろうか。

 あたしの頭の中の霧が一気に晴れるようだった。

 

 

 そこからは早かった。作風が定まったのなら今まで培った技術がものを言う。

 二日前、一日前、締め切り当日。最後に筆を一筆入れた後、パレットごと筆を横の机に置く。

 これで柏木えりとしての作業は遂に終わった。

 後はディレクターと直宏のOKをもらう………だけ。

 あたしはスマホを取り出して、ボヤけた目で直宏に電話をかけて……

 

 

『もしもし英梨々?』

 

 

 なおひろの声だぁ……声を聞いたらなんだか安心して眠くなってきた。

 

 

 ……あたしがんばったよ? 今度こそ大丈夫、もうあんな酷い顔はさせないから……だから今はただあんたに会い……た………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーバタンッ。

 

 

 

『英梨々? おい、英梨々ッ! しっかりしろ! 英梨々! 英梨々!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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